シャ・ベ クル

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人間ドール開放編

第四話 今日の一句、お金は余分に持っていこう。

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 善光はカバンを背負って帰りの支度をしていると、カバンから財布が落っこちてしまう。
散りばめられる小銭、善光はその場でしゃがんで一枚ずつ拾った。

「うわ!最悪…」

ロディオンは笑顔になって手伝う。

「善光は本当に不幸だなぁ~」

「くっそ…!」

善光は小銭を集め終えると、今度はある事に気づく。
そして財布の中身を確認しだした。

「そう言えば金があんま入ってなかった…!」

確認すると、善光は顔を真っ青にした。

「帰れない…」

善光が呟くと、ロディオンは一瞬黙りこんだが次に大笑いした。

「善光ったら天然~!必要最低限しかお金持ってこない癖直した方がいいよ!」

善光は黙り込んでしまうと、ロディオンは笑いながらも言う。

「大丈夫大丈夫!電車賃くらい俺が払うからー!善光の不幸体質はほんとに漫画レベルだなぁ~!」

と財布を確認した。
善光はまさかロディオンに恩を売られるとは思わなかったので、少々恥ずかしそうにしている。

「あ。」

ロディオンが急に冷静な声を出したので、善光は嫌な予感がして

「なんだよ…!」

と冷や汗。
するとロディオンは舌を出してウインクし

「翌々考えたら瑠璃も合わせて三人分だよな!二人分しかないや!俺も旅行帰りで金引き出すの忘れてた~!」

と言う。
善光は声を震えさせながら

「カードは…?近くの銀行から引き出せよ。」

と言うが、ロディオンは笑顔を見せた。

「旅行バッグに入れっぱ!」

善光はロディオンの胸ぐらを掴んで前後に揺すると

「なんでお前はそんなに余裕でいられんだよ!」

と言うと、ロディオンは笑う。

「だって善光の兄ちゃんがいるじゃん!迎えに来てもらえばそれでオーケー!」

善光は一度黙ると

「…確かに、そう言えば兄の存在を忘れてた。」

と言うのであった。



 善光達は屋上に来た。
三人とも屋上で風に吹かれながら誰かを待っている様子だった。
ロディオンと善光は屋上にある自販機で、瓶コーラを購入して飲んでいる。

彼等の時代は、自販機のジュースは大抵瓶か缶で売られていた。
ペットボトルというものは、もう少し後の年から普及する。

ロディオンは空になった瓶に息を吹き込み、瓶は「ぼうっ」と音を立てた。
それからロディオンは瓶をゴミ箱に投げ捨て、爽やかな笑顔を見せると言う。

「この風…、これから俺達の幸福の風になるんだな…!」

すると善光は不機嫌なのか舌打ちをしてしまう。
そんな善光を見たロディオンは、善光に近づいて言った。

「そんなに『正実(マサミ)』にお迎え来てもらうの嫌?」

その言葉に対し、善光は威嚇するように

「当たり前だろ!」

と怒った。
瑠璃は首を傾げ

「善光は兄が嫌いなのか。」

と聞くと、ロディオンはやれやれとした顔で言う。

「そうなんだ。善光の事をずっと子供扱いしてくるから嫌いなんだと。」

瑠璃はそれを流すように聞き、夕日の赤に彩られる広い空を見上げながら風に当たっていた。
それを見ていた善光は瓶を地面に置いて、またもやメモ帳に化学式を書き出す。
最早瑠璃を見て化学式を書くのは善光の本能である。
ロディオンもそんな瑠璃を見ると微笑み、瑠璃に歩み寄った。

「綺麗な髪、夕日を映し出しちゃう瞳も美しい。なんだか心が癒されるなぁ。」

とロディオンは瑠璃の髪をさらっと手に取ると、瑠璃はロディオンが近くにいるのに気づき頬を赤くした。

「急に来るな!」

瑠璃が言うと、ロディオンは瑠璃のピュアな反応に思わずニヤニヤしてしまう。

「瑠璃ったら可愛いな~!今ドキッと来ちゃったんでしょ?」

そう言われ、瑠璃は怒り出した。

「うるさい!このエロ男!!」

善光は顔を歪めると

「おいおい校庭の奴等に聞こえんだろ。」

と言うが、ロディオンは笑顔になって

「いいじゃんみんな大好きエッチ!」

と先程の空気を尽くぶち壊しにする。
瑠璃は怒ったまま

「消えろ!」

とどこから出したのかナイフを出し、ロディオンの下半身に向けて振り下ろした。
ロディオンはそれを避けると

「瑠璃に去勢食らう!!善光助けて!」

と顔を真っ青にして善光の背後に避難する。
善光は呆れると言った。

「神様の気持ちを踏み躙るから駄目なんだろ。お前は人を幸せにする以前に…近くの奴等の気持ち全く考えてないもんな。」

「え~マジかよ!?」

とロディオンは驚いてしまうと、善光は眉を潜めて

「お前、鈍感なんだな…」

と呟くのだった。
瑠璃はロディオンを睨んだままでいると、急に強風が吹く。
瑠璃の衣装はスリットスカートの様で、深い切れ込みが腰の両端にある。
そのため風で衣装がめくれそうになった。
ロディオンは下着を見ようとしゃがむが、善光がペン先をロディオンの頭に刺す。

「痛ッ!」

と言いつつロディオンは善光を見上げると、丁度真上を飛ぶヘリコプターが目に入った。

「あ!正実が来たよ!善光!」

どうやらこのヘリコプターは、善光の兄が乗っているヘリコプターの様だ。
瑠璃はそれに気を取られ、あまりの大きさに恐怖を感じたのかロディオンの後ろに隠れてしまった。
ロディオンは笑う。

「瑠璃ったら可愛~」

ヘリコプターから縄梯子が下ろされると、善光は不機嫌な顔をしながらそれを登っていく。
善光が上がり終えると、ロディオンは瑠璃を先に登らせる事に。

「ほら、怖くないから登ってご覧。上には善光もいるから大丈夫さ、俺も後から追うから。」

とロディオンは瑠璃に微笑むと、瑠璃は

「嫌だ!一緒に来い!」

と無理強い。ロディオンは苦笑してしまう。

「も~、瑠璃はヘリちゃんが怖いのかな?」

すると瑠璃は素直に

「当たり前だ!」

と怒ってくる。
瑠璃の体は少し震えていて、いつもより若干潤った瞳でロディオンを見つめていた。
それを見たロディオンは

「瑠璃…」

とロディオンにしては真面目な顔になると、ヘリコプターにサインを送る。
すると縄梯子は回収され、そのままヘリコプターは飛んでいくのだった。
驚いた様子で瑠璃は去っていくヘリコプターを見送り、それから喜び飛んで跳ねた。

「やったぞ!アイツは消えた!」

瑠璃はヘリコプターが帰った事を大変喜んでいる様子。
ロディオンはそれに笑ってしまうと瑠璃に言った。

「んじゃいつも通り電車で帰りますか!」

瑠璃はロディオンに振り返ると喜んで

「勿論だ!」

と、ロディオンの後ろについて歩くのだった。





 ロディオンと瑠璃は家に帰る為、野原や畑の多い凹凸のない町並みを歩いていた。
ちなみにロディオンは善光の家にホームステイしている留学生なので、家は善光の家だ。
田舎の道を歩くと、異質感を放つ大きなお屋敷が見える。
ロディオンはその屋敷の門をくぐるのだ。

但し、善光の家は屋敷ではなく、屋敷の庭の端に建っているごく普通の一軒家。
大きな屋敷の庭の端に、ポツンと一軒家が建つ姿はなんともシュール。

善光の家の前には善光の兄である『上郷正実(カミゴウマサミ)』の姿があった。
狐目が特徴の、ニタリとしたような怪しい笑みが特徴。
栗毛の短髪、善光より身長が低く小振り。
白がベースの坊ちゃん服を身にまとっていて、いかにも金持ちという雰囲気がする。

それもその筈、善光の家は大金持ちらしく親は日本にいないらしい。
善光の兄が金の管理などを任されていて、善光は正実に反感を持っているため別居している。

「正実ぃ!」

とロディオンが笑顔を見せて手を振ると、正実はロディオンに微笑んだ。

「あ、ロディオン!今夜は僕の家で泊まんない?善光機嫌悪くしちゃってさー。」

この軽快さはロディオンによく似ている。
ロディオンは心配そうに善光の家を見つめると、正実は言った。

「アイツが心配かい?なんでロディオンも善光がいいのかなー。僕の方がいいでしょ?本来ロディオンは僕の家にホームステイするはずだったんだしさ。」

ロディオンは善光の家であるごく普通の小さな一軒家を見つめながら呟く。

「俺が初めて会った時、善光、死んだ魚の目してたから。ちょっとでも元気になって欲しくて。」

すると正実は大笑いして

「死んだ魚の目!!いつもの事じゃん!アイツ産まれた時からああいう顔してるからさ!」

とロディオンの肩を叩く。
ロディオンは浮かない顔をしながら黙り込むと、正実は瑠璃を見た。

「彼女が噂の神様?旅行先の砂漠でストーカーされるようになったんだよね?」

「うん。瑠璃って言うんだ。無愛想な顔してるけど、可愛い奴なんだぜ。」

ロディオンは、まだ善光の話を引きずって表情は優れてないが微笑む。
正実は瑠璃に興味を示しながら呟いた。

「瑠璃、可愛いね。お人形さんみたいだ。」

瑠璃は顔を引き攣るとロディオンの背に隠れて言った。

「コイツはなんだか気持ち悪い。」

それに対しロディオンは呆れる。

「こらこら、瑠璃はすぐに警戒するからなー。もっと心を広く持てよー。」

しかし瑠璃は表情を変えず。
正実は笑うと

「そう言えばロディオンの兄妹から手紙来てたよ?」

とロディオンに二通の手紙を渡した。
一枚目はシンプルな真っ白で清潔感のある手紙、もう一枚は少々派手に装飾された小綺麗な手紙だ。
ロディオンは目を輝かせると飛んで喜ぶ。

「『ニコライ』と『ヴァルヴァラ』からだ…!ウラー!待ちに待ったお返事来たー!」

瑠璃はその二通の手紙を見ると言った。

「これが兄のだろう。随分変な手紙を寄越すな。」

ロディオンは二人の手紙を愛くるしそうに抱きしめながら

「そこがニコライの可愛いところだよも~!俺の天使なんだから~!」

と嬉しそうに語った。
正実は笑ってしまうと

「ニコライね~。まさか彼の口から『兄妹を日本へ留学させてやりたい』って懇願されるとは思ってもみなかったよ。」

と上の空で思い出すように言う。
ロディオンもついつい笑顔に。

「まさかニコライに日本人の、しかもお金持ちさんの知り合いいるなんて想像もつかなかったよ!だってニコライったら仕事以外全く頭が無い奴なんだぜ!?」

「彼はとっても面白い子だよね。」

正実はその笑顔を保ったまま言った。

ロディオンは手紙が来た感動に注意を奪われていたが、
瑠璃は正実からの異様な視線に気味悪さしか感じなかったのである。
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