魔法少女ムサシちゃん 後篇

八田若忠

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後篇

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 夕暮れの草原で六人の野次馬に囲まれた少女が、ポンチョを一気に脱いだ。

 少女の姿は見たことも無い極彩色で彩られ、ヒラヒラとしたレースをふんだんに使い、膝丈のスカートはフワフワと揺れ動いていた。

「ム、ムサシちゃん!」

「はい?」

「結婚して!」

 少女は魔法使いの再度の求婚に顔を赤らめ少年に助けを求める。

「おめでとう」

 少年はにっこりと微笑む。

 むうっと口をへの字に曲げた少女は、腰につけていたこれまた淡桃色の短いステッキを取り出し、器用にくるくると回しだした。

「先ずはシェルタから……ぴぴるまぴぴるま……ふんやらはんやら……ぱー!」

 少女はちらちらと少年の顔色を伺いながら、魔法を詠唱する。

 地面が軽く揺れて、地響きが辺りに響いた。

 半円状のドームが迫り出して、人一人入れる程度の入り口がぽっかりと口を開けた。

 早速中に入った剣士達は大人気なくはしゃいだ声を挙げた。

「すげえええ! 俺の家の実家より広いぜ! このままここに住みたくなるな!」

「ここで宿屋が開けそうだ……」

 半円状のドームの前で剣士が一人、剣を上段に構える。

「おらああああああ!」

 気合一閃ドームに剣を突き立てる。

 剣は軽い金属音を立てて、綺麗に弾かれドームには傷一つ付いてはいなかった。

 剣士は掌をプラプラと振り、痺れを払った後に一言呟いた。

「合格だ」

「何すんのよばか!」

 魔法使いの女が容赦の無い回し蹴りを剣士の腹に放り込んだ。

「ムサシちゃんがせっかく作ったシェルタに傷付けんじゃないわよ!」

「い、いや……テストをだな……」

「嫌なら表で寝なさいよ!」

「すんませんでした……」

 少女がおずおずと手を挙げて、魔法使いにお伺いを立てた。

「あの……お姉さん、お風呂を作っていい?」

「まああ、ムサシちゃんごめんねえええ、ヒゲゴリラが失礼な事しちゃって、後でしっかり調教しておくからね? それと私の名前はイチカよ、ハニーって呼んでもいいわ」

「はい、じゃあお風呂作りますね、イチカちゃん」

「ヒゲゴリラって……」

 少女はまた短いステッキをクルクルと回し、呪文詠唱を始める。
 良く観察してみると所々に収められた魔石が、回転する度にキラキラと輝き、光の帯を引いている。

「らみぱすらみぱす……ふんぬらばー……くるくるぴかりんくるぴかりん」

 シェルタがもう一棟建設されたかと思えば、入り口からは湯気が上がっていた。

「ノリノリだな……」

 少年が呟いた。

「すてきーーー! ムサシちゃん! 早速! 早速!」

 イチカはかれこれ一週間は風呂に入っていない為、テンションが上がりきってしまっている。

「お兄ちゃん……」

「いいよ、行っておいで」

「うん」

 風呂の入り口から顔だけを出し、イチカが表にいる男達に鋭い眼光で睨みつける。

「あんたら覗いたら、ヒゲゴリラにカマ掘らすわよ?」

「やらねえよ! 二重の意味でやらねえよ!」

 パーティーの中でそう言った意味合いでの諍いはご法度だ。
 感情が一瞬の躊躇を招き、躊躇がパーティーの全滅を招くのだ。
 選りすぐりのパーティーに不要な者等一人として居ない、それが冒険者パーティーだ。

「それじゃあ、彼女達がお風呂に入っている間に、夕飯の支度をしちゃいましょうか? 丁度昼に狩った馬の肉があるんですよ。
 血抜きもしてあるので刺し身でもいけますよ」

「おおおう! 馬を狩ったのか? やるなあ坊主」

「はは……偶然ですよ、あとボクの名前はコジロウです。
 よろしくお願いします」

 少年は礼儀正しく頭を下げる。

「変わった挨拶だな? 頭を下げるなんて」

「はは……」

 少年は弱々しく笑うだけだった。

 臭い消しにも使われるハーブの葉に包まれた生肉を取り出し、調理台に並べ始める。
 少年は几帳面に包丁を通し、薬味の葉を刻み、油っけの多い大きな葉の上に並べ始めた。

「コジロウよ、腰のポーチはマジックアイテムか? 二人パーティーならマジックポーチは必要かも知れないが、あまり派手に使っていいもんでも無いからな気を付けろ、特にお前等は子供だ。
 力づくで奪っても成功率は高いと見られるからな」

「ご親切にありがとうございます、ヒゲゴリラさん」

「うん、解っていればいいんだ。
 それとな、俺の名前は……」

「うwくぁああああああ! おっぱいがああああ!」

 風呂場からムサシの悲鳴が聞こえる。

「どうした! ムサシ!」

「お兄ちゃん大変! イチカちゃんのおっぱいが! シェルタの魔法にかかってる! もう! ぼんよよよ~んて! ぼんよ……むぐぅ」

「ほほほ! なんでもないのよ! だから踏み込んで来ないでね!」

 コジロウは先程作ったシェルタの全景を見て、暫しぼんやりした後に頭を振って気持ちを入れ替える。

「いかんいかん……」

 調理場に戻ると残っていた男達が、シェルタの全景をぼんやりと眺めている所だった。



***************************************************



「くはあああ! うめえなあ、風呂あがりに馬の油がたっぷりの刺し身と酒なんてなあ」

「こんな贅沢ができるとはなあ……」

「料理酒なんで味見程度しか分量が無くて、少ししか振る舞えなくてすいません」

 コジロウが申し訳なさそうに果実水を啜る。

「いやいや、長期間の狩りの大敵ってのぁな、ストレスが何よりの大敵なんだ。
 下らないストレスが下らない油断を生む、俺達の天敵はモンスターじゃなくて、自分自身の精神管理よ、町に辿り着いて自分の家の布団に転がるまでは、緊張の連続だ。
 ストレスからの適度な開放ってのぁ、狩場じゃあ難しいんだ。
 本当にありがとうな、俺達も明日からまた油断せずに良い緊張を保って狩りが出来るぜ」

「わたしもこんな所でおっぱいが補給できるとは、思ってなかったよ」

「ちょ……ムサシちゃん!」

「すいません……妹はこっちが素なんです……」

「よし、酒の分量も味見程度で身体に影響も無いし、美味い肉も食ったし、水の補給も出来たし、思い残す事はねえな? 今夜は超絶頑丈なシェルタもあるこったし、慢性的な寝不足も甲斐性するぜ! いつまでも起きてるともっと酒が飲みたくなっちまう。
 そろそろ寝るとするか」

「おう!」

 自制の効いた腕の良いパーティーなのだろう、皆一斉に寝床の準備を始める。

「お兄ちゃん! わたし今夜はおっぱいに挟まれて寝るよ!」

「そうか、おっぱいに迷惑かけないようにな」

「うん! イチカちゃああん!」

「いらっしゃあい」

 すっかり意気投合した二人は一緒の毛布にくるまった。

********************************************************

 夜明け前の薄暗い時間帯にそれは始まった。

 シェルタの魔法により、ドームの中は半地下状態になっているが故、誰もが気付く事になる。

 地響きだ。

 一流の冒険者達は違和感に気づき、次々と覚醒していく。
 誰かが呟いた。

「シェルタが崩れているのか?」

「いや……違う……もっと遠い……もっとでかい」

 薄暗闇の中でがちゃがちゃと、装備を身につけて行く冒険者達。

「坊主達はここで待機だ。
 俺達が様子を見に行く」

「はい……」

 装備を固めた冒険者達が見た光景は、夜目の弱い者でもはっきりと解る程の小山が、こちらに向い移動している光景だった。

「山か? ……いや……象か?」

 この世界の象は正に小山程の大きさである。
 モンスターの中でもアンタッチャブルとして、扱われるモンスターだ。
 年に一回レイドパーティーを組み、冒険者の力を示す為だけに狩りをするが、二百人からの人員を要すお祭りである。
 狩った後に得物を持ち帰るのに、二百人が必要とされる最大級の大物だ。

 だが普段は大人しい筈の象が、凄まじいスピードでこちらに走ってくる。

「何があった? おい……ありゃあ何だ?」

 肉食獣が何かを咥えて走っている。
 夜が明けて来たとは言えまだ薄暗い、夜目の聞く斥候担当の男が照明弾の魔法を要求して来る。

 イチカはライトの魔法を空高く放り投げた。

「最悪だ……ブッシュドッグが咥えていやがるのは、象の子供の脚だ……」

「俺達も見つかってるはずだ。
 ああなったら、理屈なんて関係無ぇ……動くもの全てを踏み潰すぞ……」

「シ、シェルタに……」

「駄目だ。
 シェルタには子供がいる。
 シェルタから遠ざけるぞ……」

「引っ張るのかよ……」

「カッコイイだろう?」

「ヒゲゴリラが何言ってんだ……」

 男達が半笑いのまま次々に装備を外して行く。

「じゃあ、私は自慢のおっぱいで象を引き付けちゃうわよ」

 イチカも防具を次々に外して行く。

「お前等、走る準備は万端か? 生き残った奴は死んだ奴のボトルを飲み放題だ! 只酒を飲みたい奴は死ぬまで走れえええ!」

「おおおおう!」






「あのー……」

 走りだそうとしたその時背後から、コジロウの呼び止める声がした。

「待ってください」

「出て来るな! シェルタに入っていろ!」

「いえ……あの……象なんですが……」

「だから入っていろ!」

「あれ位なら倒せますよ」

「だから、はあああ?」

「子供の戯言に付き合っている場合じゃないんだ!」

 目をくしくしと擦りながら、ムサシもシェルタから出て来る。

「ムサシ、イチカさんがムサシを守ろうと、命をかけてくれたぞ?」

「イチカちゃんがあ?」

「それどころじゃないって! もうそこまで来てる! ああああああ! シェルタに入って今すぐ!」

 コジロウは重そうに抱えていた大槌をムサシに渡す。

「ムサシ、行っておいで」

「あああ、もうだめだああ」

 ヒゲゴリラがムサシに覆いかぶさろうとする。

「いえすろりーた、のーたっち!」

 ムサシがヒゲゴリラを片手で転がした。

「ムサシ、バフは?」

「いらにゃい、ゾウさんにデバフだけ」

「わかった。
 スロー、パラライズ、ポイズン、ブラインド、ウェポンブレイク、ウィークネス、デイジーズ、スリープ、フリージング、フィアー、パニック、イリュージョン」

 猛り狂った象が急停止した途端、腹を向けてひっくり返った。

「い……今のは呪いか?」

「デバフの事ですか? 呪い……そうですね呪いです」

「一体何段階の呪いを掛けたの……」

 イチカはコジロウのしでかした魔法を正確に理解していた。

 詠唱をせずに魔法発動媒体を使わず、呪いの名前だけで相手にダメージを与えるのは、敵に向かって「殺す」と呟いただけで殺すのと同じ位の無茶な魔法である。

「昼間のシェルタとお風呂も……あなたなの? コジロウ」

 コジロウは頭をポリポリと掻きながら、恥ずかしそうに答える。

「すいません、ムサシが魔法使いに憧れてて、いつもあんな感じなんです」

「じゃあ、ムサシちゃんは魔法を使えないの?」

 コジロウは黙ってムサシを指さす。

「魔法少女ムサシ参上! いけない子はお仕置きよおおお!」

 自身の身長を遥かに超える長さの大槌を軽やかに振るい、寝転んだ像の頭部に叩きつけると一際大きな地響きが地面を揺らす。

「マジカル~ビーム!」

 ムサシが大槌で腹下を殴ると、巨大な象が掬い上げられた様に宙に浮いた。

「マジカルレーザー」

 浮き上がった象の頚椎に渾身の一撃を叩き込むと像の目、鼻、口から霧の様に鮮血が吹き飛んだ。

「マジカルデルタダイナミック!」

 象の骨の中でも一番固いと言われている頭骨に、縦回転からの一撃を加える。

「おいおい……ダマスカスのシャフトが撓たわんでたぜ……」

 巨大な象がぐらりとよろめき、断末魔の悲鳴をあげた。

「ぴゅーい……」

 イチカが脱力した様子で一言呟いた。

「あら……かわいい……」

 ムサシがトボトボと戻って来て、大槌をコジロウに手渡すと、腰に常備してあるマジカルステッキを取り出し、構えた。

「悪い子は魔法少女ムサシがゆるさないぞ!」

 ぱらぱらとまばらな拍手がわいた。





***********************************************************




 その後ムサシは御機嫌斜めになり、イチカのおっぱいで半日ぐずり続けた。

 どうやら大槌で戦うのは、ムサシは嫌いな様で可愛く無いらしい。

 ムサシの理想は魔法でキラキラ光ながら、空を飛び、意味不明な攻撃を受けたモンスターは綺麗に爆散して無くなるのが理想らしく、血風吹き荒れる中大槌でモンスターを圧殺するのは、自分では無いと言いはってイチカを困らせた。

 冒険者の面々は解体ナイフも通らない様な、年経た巨象の始末は初めてらしく、冒険者ギルドに緊急事態を知らせる為の伝書鳩を飛ばした。

 普段伝書鳩を飛ばすのは、遭難時か遺言だけらしいが、先ず使う事は無いらしく鳩を飛ばすのも初めてだったらしい。

「あ~コジロウよ……今回のこの象なんだが……」

「拾った事にしましょう」

「は? お前これ大儲けだぞ? 像を倒したなんてランクアップ間違い無しだぞ?」

「いやぁ……実はそれで前にひどい目に合っちゃって……逃げている途中なんですよ、はは……」

「何が合ったんだ? 大丈夫だお前達をどうにかしようなんて、物理的に無理だ。
 話してみろ」

「人殺しを依頼されて、起こったムサシがそのぉ、依頼主の家を壊しちゃって」

「家を壊してお前等が逃げている?」

「ちょっと大き目の家でして……」

「大き目って……まさか半年前の王城半壊事件か? 死者行方不明者合わせて百人を超えた」

「ええ、なんか随分怒っちゃって、困っちゃったなあなんて」

「コジロウ、今すぐ逃げろ。
 象の引取は騎士団の連中の手も借りる事になるだろうさ、手配書が回っていたらお前等が面倒な事になる。
 俺はここから北の町にあるユベツの町に住んでいるから、必ず頼って来い! 俺が匿ってやる」

「いや、でも迷惑をかけちゃいますし……」

「子供が下らねえ事を気にすんな! その時に今回の分前を渡してやる! いや分前じゃねえな、俺達は像の引取手数料と手間賃、委託料をいただく。
 八割はお前等の取り分だ。
 必ず取りに来い、約束だ」

「大人はカッコイイですね」

「子供にカッコイイ所を見せるのが大人の仕事だ」



「ムサシ! 逃げるぞ!」

「ええええ! おっぱい連れて行っちゃだめ?」

「お前世話できないだろ?」

「きちんとお世話するから」

「後日また会わせてあげるから、今は逃げるぞ」

「ううう……、イチカちゃん、また今度ね」

「はいはい、待ってるわよムサシちゃん」

 しぶしぶ現場を離れるムサシ達を見送り、再開の約束したイチカが呟いた。

「あの子達なんで夜営を申し込んで来たのかしらね?」

「そりゃ、お前……おっぱいだろ?」

「……」


 草原では今日もまた連鎖の理を外れた者達が、命のやりとりを楽しんでいる。
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