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1巻

1-2

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「黒の魔法は深淵の力を使う魔法です。その中には精神感応というものがある。これは他人の精神を侵す魔法のことだ。それは知っていますか?」
「えええっと、知っています……」
「他人の精神を侵すということは、好きに操ることも可能ということでもある。そのような能力を持つ人は、周りからどう見られると思いますか?」
「ええと……そうですね、警戒されると思います」
「その通りです。良くわかりましたね」

 そこまで言って、胡散臭い優しげな顔でにっこりと笑う。

「それに、適性の有無で程度の違いはありますが、黒の魔法を使うと術者の精神に負担がかかります。なので黒の魔法は、そもそも敬遠して使わない人が多い魔法でした」
「そ、そうなんですね……」
「今では、黒の魔法の詳細は機密事項となっています。使うこと自体は禁忌ではありませんが、戦争もない今、無用な誤解を避けるため、黒の魔法を使おうと思う者はほぼいません。使い手は国に申請が必要ですし、精神感応などをむやみに使った場合は重い刑罰を科せられることとなっています」
「えええええ!!」

 そんな設定ゲームになかった!
 クロエラがばんばん黒の魔法を使っている時も、主人公も「まあすごいわ」ぐらいの感じだったよ!
 機密事項の黒の魔法を使いましたね、的な反応はなかったはずだ。
 いや、思い出せていない部分にあったのか?
 それとも敵と戦っている時だからそれどころじゃなかったのか?
 ふたりの世界にそんな無粋な単語は必要なかったのか? 
 疑問がぐるぐると回る。
 必死に授業のことを思い出そうとしても何も蘇ってこない。
 これはまったく聞いてなかったな……
 いや、黒の魔法に関しては教師が自分には使えないと言っていた。それを聞いて教師なのに使えない魔法があるなんて、と馬鹿にした気持ちになった覚えはある。
 授業自体は聞いてもいないのに上からだ、さすが悪役令嬢テレサ。
 このピンチをどうやって切り抜けよう。勉強不足がこんな形で悪影響を及ぼすなんて。

「でもそうですね、精神感応は歴史上でも使える者などほとんどいません。使えたとしてもかなり反動が酷いので、戦争がなければ使うことはほぼありません。学園では、黒の魔法について知識として教えることになってはいますが、実技を教えたり、適性を調べたりはしないことになっているんですよ。中には適性を隠している者もいるとは思いますが、今ではそもそも使えるかどうかさえわからない人が多いはずです。ですから」
「……そうなんですね……ええとじゃあ勘違いだったみたいです。高位の方は皆使えるものなのだと思ってしまっていました。勉強不足で申し訳ありません」

 これは馬鹿のふりをして乗り切ることにしよう。
 実際テレサは授業も聞いていないレベルだったわけだし、前世の私も賢くなかったので嘘ではない。

「勉強不足に勘違い、ですか。黒の魔法が機密事項であることすら知らないとおっしゃるあなたの口から、すらすらと魔法の名前が出てきたのも勘違いなのでしょうか。たまたま言った魔法名がたまたま実在する魔法名と同じだったのでしょうか。すごい勘をしていますね」

 わーすごいすごいと大げさに驚くクロエラに、殺意が湧く。
 やっぱり性格悪すぎ!
 仕事というより、私を追い詰めることを楽しんでいるようにしか見えない。
 ゲームでは大人で知的なキャラだったのに、こんなイラつく面があったとは。
 主人公に対して最初は冷たかったけれど、たまに見せる優しさがかっこ良かったのに……
 通常時は甘いセリフなんかは期待できない冷徹キャラだけど、行動で示してくれて、ここだという時には優しいセリフで慰めてくれる……
 ううう、私も好きだったのに。
 リアルってつらい。

「そうだったんですね……不思議なこともあるものですね。私、未来予知でもあるのかしら?」

 小首をかしげて見せる。
 かなり強引でも、もう誤魔化すしかないだろう。
 乙女ゲームの知識ですとは言えないし、私の頭ではいい言い訳も出てきそうにない。

「未来予知ですか……それはそれは。伝説の聖女様のようですねえ……」
「まあ! 私が聖女様のはずはないので、やっぱり先ほどのは偶然でしょう」

 きっぱりと言い放つ。テレサは聖女どころか悪役令嬢だ。しかも細かい嫌がらせをする感じの。

「偶然ですか……」

 クロエラは含みを持たせたような笑顔で呟く。
 そんな顔されたところで、ゲームで見たんですよとは言えないし。
 無理でもこのまま行くしかない。

「まったく知りませんでした。でしたら、黒の魔法について学ぶのはやめておきます」

 もうその話題はおしまいですという気持ちを込めて、にっこりと笑いかける。
 私の意思がはっきり伝わったはずなのに、クロエラはそれを無視して話を続ける。

「国の制限はかかっていますが、学ぶことは別に悪くないですよ。黒の魔法を学べる人間は限られますが、私にはその人選と、許可を下す権限があります。ただ――」

 にやりと笑って私の顎に手をかける。美しい顔が近い。

「私も黒の魔法については詳しくないのです。適性もわからないし、もちろん使ったこともない」
「えっ……」
「あなたの言う通りなら、私は黒の魔法の使い手らしいですね。……城に帰ったら使える者に師事してみましょう。披露はまた次の機会ですね」
「ええええええ」

 間近ですごく楽しそうにふふっと笑う顔はすごく綺麗で、見惚れてしまうほどだった。
 綺麗な顔に惑わされそうになるけど……
 彼は黒の魔法の使い手ではないと言った。ここはゲームの世界とは少し違うのだろうか? 

「それでいいですか? もし使えるようになったら、あなたにも教えてあげましょう」

 顎に添えられていた手が、頬に上がってくる。
 ゾワッとして思わず叫ぶ。

「やめてください! 顔が良いからって何でも許されるわけじゃないんですよ! 顔がいい分、嫌な奴度が加速してるんだから! その顔だと何もかも迫力が段違いでずるいのよ! 私は悪役顔だけどただの地味な令嬢になるんだから、教えてもらわなくて結構です!」

 手を払い、一気に畳みかけてしまった。
 クロエラは肩で息をする私を見て瞬いた。
 そして、ゲームでも見たことがないくらい大きな声で笑い出した。

「あははははは! 『顔がいい分、嫌な奴度が加速』とは! そんなこと生まれて初めて言われました。あなたは本当に面白いですね」

 その姿があまりにも年相応に楽しそうで、呆気に取られてしまう。

「な……何よそれ……」
「あなたにだいぶ興味が出てきました、テレサ様。驚いた顔も可愛いですね」

 そう言ってにやっと笑うクロエラは、やっぱり嫌な奴だった。
 でも、その日はそれ以上黒の魔法について追及してくることもなく、一般常識的な魔法の講義をしてくれた。とりあえず破滅への一歩を踏み出さずにすんだのではないだろうか。
 もともとのテレサには、やっぱり魔法の知識はなさそうだった。
 嬉々として私の知識不足をつついてきて、「バカな子ほど可愛いですね」などと甘いセリフに見せかけた嫌味を言ってくるクロエラに殺意を覚え、言い返すととても楽しそうに笑う。
 無駄にいい顔で笑うクロエラは美しいが、私はどっと疲れた。
 まあいい。クロエラと関わるのも今日で終わりだ。


 そして翌日――
 私はメイドから来客の知らせを聞いて愕然とした。
 約束もないのにクロエラが現れたのだ。
 授業は昨日で終わりのはず。それに、嫌味とはいえあんなに忙しいとアピールしてきた師団長が連日現れるものなのだろうか。
 夢かと思いたいが、夢のようなイケメンは現実に目の前にいるようだ。
 もしや、改めて黒の魔法の件で尋問でもされるのだろうか。怖すぎる。一晩寝たら昨日の私の失言をすべて忘れているなんてミラクルはないかな……

「今日もお会いできてとても嬉しいです。昨日は帰ってからもテレサ様のことで頭がいっぱいでしたよ」

 戦々恐々とする私の前で満面の笑みを浮かべて、砂でも吐きそうなセリフとともに私の手を取りこちらを見つめているこの男。
 ご機嫌と言っていいだろう。
 反比例して私のご機嫌は下がっていくが。
 何故だろう。
 この笑顔を見ていると精神力が削られていく気がする。
 イケメンを見て癒されていたあの頃の私はどこに行ってしまったのかしら。
 二次元と三次元の違いなのかしら。
 三次元とはいえ驚くぐらいのイケメンなのにおかしいな。
 思わず遠い目をしてしまう。

「テレサ様に教えていただいた黒の魔法ですが、私はやはり適性があるようでした。教えてくれた方がびっくりしていましたよ。適性がある人間が使う黒の魔法というのは……本当ですね、すごい威力でした。あれは使いどころを間違えるとかなり危ないと思われます」
「そうでしたか。クロエラ様が黒の魔法の使い手だったとは、私もとても驚きましたわ。ところで黒の魔法については機密事項だったのでは?」

 手を取られても、言質を取られるわけにはいかない。
 にっこりと微笑み返し、昨日の発言を完全になかったことにしてしらばっくれる。

「大丈夫です。あなたが知っていることについては、私の心の中に秘めておきますから」

 クロエラも笑みを崩さず平然と返してきて、更に言葉を続ける。

「さて、今日は約束通り、黒の魔法をお教えしに来ました。昨日もお伝えしましたが、私には黒の魔法を学ぶ許可を出す権限があります。テレサ様についてもすでに許可を下ろしていますので、問題ありませんよ」
「求めてません」

 無駄に行動が早い。
 有能さが、こういう方向のうざさになろうとは。

「テレサ様に私の才能を見抜いていただいて、私はとても感謝しているんですよ? 黒の魔法を使うことを考えてもいなかっただなんて、師団長として怠惰だったな、と感じています」

 クロエラは胸に手を当て、わざとらしく悲しそうな顔をして俯いた。

「それは良かったですね。私は特に何もしていませんが」
「何故そのように言うのでしょう。私にはあなたがすべてを見通す女神のように見えるというのに」

 にっこり笑いかけられても、嫌味だとわかってるんだこっちは。
 うちに来てもらうのは一度だけと聞いていたのに、何故私の家にコレがいるんだ。
 本当に頭を抱えたい気持ちになる。
 忙しすぎて、一度来てもらうことすら夢のような幸運だと父から聞いた記憶がある。
 実は暇なの?
 逃げ切れると思っていただけに、すっかり油断していた。
 春からは主人公が編入という形で入ってくるはずだ。学園さえ始まれば私のことなんて忘れるとは思うけど……

「クロエラ様にそのように言っていただき光栄ですわ。でも、本当に私は何もしていないし、魔法の才能もありませんので……」

 そこで一度言葉を切り、悲しそうな顔を作る。

「クロエラ様のお時間をこれ以上取っていただくのも申し訳ないですわ。魔法についてとても浅学だったため、もっと基礎から学び直したいと思っております。学園でお会いした時は、どうぞよろしくお願いいたします」

 頬に手を当て、帰ってくれよという気持ちを込めて黒い瞳を見つめる。
 クロエラはうーんと小首をかしげる。図々しい。

「本音は?」
「まあ! お時間を取っていただくのは申し訳ない気持ちです。本当ですわ」

 早く帰れ。
 私の気持ちが通じたのか、クロエラは残念そうな顔をする。

「こんなところで黒の魔法の披露をしなければいけないとは……。こういうことは、ちょっと私の本意ではなかったのですが」

 脅しだ! 精神感応使うぞっていう脅しだ! 
 本当に嫌な奴だ。主人公にはあんな優しかったくせに。

「黒の魔法について学ぶのは危険そうですし、私は頭も良くないので、クロエラ様の授業を聞くまでのレベルに達していません。帰ってください」

 失礼にならない程度に本音を挟んで言うと、クロエラは何故か満足そうに笑った。

「残念ながら確かに頭は良くなさそうですね。ただ、あなたと、あなたに黒の魔法を教えることには興味があります。今日から一緒に頑張りましょう」
「わー何にも話聞いてくれない」

 全然話が通じないし帰ってくれそうもない。しかも今日からってなんだ。
 忙しくて時間が全然ない師団長様って設定はどうした。

「会話が弾んで、喉が渇きましたね」

 侯爵令嬢としては、暗に「お茶が飲みたい」と悪そうに笑う彼に、何も出さずに帰すわけにはいかない。
 この策士め! 
 部屋の入り口で立ち話をしていた私たちを、メイドが心配そうに見ている。
 自分から帰ってくれたら何にも問題なかったのに……

「そうですわね。私も喉が渇きましたわ。美味しい紅茶を用意させますので少々お待ちくださいね」

 嫌な顔は隠せないままだが、令嬢としての義務感でおもてなしをすることになってしまった。


 クロエラを庭が良く見える位置のテラスに案内し、向かい合って座る。
 今はバラの季節のようで、見える景色もとても華やかだ。
 さすがお金持ちの我が家だ。
 広大な手入れが行き届いた庭にある優雅なテラスでお茶会だなんて、日本人には夢のようだ。
 メイドが淹れてくれた紅茶は今日もとても美味しい。
 でも私は日本茶派だったため、どうしても物足りない気持ちになる。
 ペットボトルのお茶でもいいから飲みたい。
 ここが乙女ゲームの世界なせいなのか、私の知っている紅茶はこの世界にも普及しているようだ。毎日お茶の時間があるくらいだし。
 でも、紅茶はあるのに他の種類のお茶が全然ない。
 何故だ。
 コーヒーの話題も出てこない。
 この世界の貴族社会に存在しないだけで、この世界のどこかには存在するのだろうか。
 そのうち日本茶もどこかの国から入ってきたりするかな……期待したい。
 あ、日本茶と紅茶ってそもそも同じ木だったんだっけ?
 そうしたら、権力を使ってお茶を研究させれば飲めたりするのかな。
 でもいくら好きでも、さすがに作り方は知らないな。
 残念だ。
 転生して現代知識を生かすほど賢くなかったのが悔やまれる。

「とても美味しい紅茶ですね、テレサ様」

 日本茶の妄想をしていた私を現実に戻す、優しげに響く良い声がする。
 そこには私の持っているものと同じティーカップを持ち、優雅に微笑むクロエラがいた。
 ――あ、やっぱりいるよね。
 夢じゃないもんね。
 あーあ、良い声だなあ。歌もうまそうだなあ。
 いや、この声ならうまいとか最早関係ないよね、そうだゲームでは歌も良かったな。
 うまいだけじゃなくて、響く声がとってもときめくんだよね。
 このクロエラも歌はうまいかな。
 歌がうまくても、あのキャラソンを歌うところは想像できないな。
 早く学園始まらないかな。クロエラが教壇に立つとか授業で見る分にはとっても楽しそうだな眼福だな。学生の時にイケメンの先生がいるとかどう考えても盛り上がるよね。
 しかも学園には王子様もいるんだよね。本当の王子様なんてすごいし、しかもこちらもイケメンだなんてミラクルだよね。ミラクル学園生活。

「テレサ様?」

 全然答えない私に、クロエラが不思議そうにしている。
 ……現実逃避をしてみても、どうにもならなそうだ。
 諦めて、問いかけに応える。

「今日はどういったご用件で?」
「冷たいですね……黒の魔法の件だと言いましたよね? 早速一緒に学びましょう」
「いえ……黒の魔法は危険そうなので私はやめておく、と言った記憶があるのですが……」
「まあまあそう言わずに」
「いやいや、断ってますよね」
「便利だよ使おうよ楽しいよ私は案外優秀なんですよ」
「すごいグイグイ来ますね……。反動があるんですよね?」
「反動がないものもあるからそこからやってみましょう。とっても優秀な師団長がついていますよ。わー心強い」
「……クロエラ様ってこんなキャラでしたっけ?」

 息継ぎをいつしているかと疑うほどに次々と軽口を叩くクロエラを不審な気持ちで見つめる。冷徹キャラはどこに行ったんだ。

「こんなキャラだったも何も、テレサ様とは前回が初対面だったと思うのですが」

 面白そうに笑う。
 失言だ。

「ええっと、聞こえてくる噂が、ですね……」

 まあ、でもこれは嘘ではない。
 お茶会でも話題になるし、学園でもよく話題になっていた。
 私の濁した言い方に、クロエラは噂通りの冷たい顔に戻った。
 口元には笑みが浮かんでいるが、まったく笑っていないのがわかる。

「冷たくて誰に対しても笑ったりしない、などの話ですか?」
「そうですね、そういう感じです」

 相手にされなかった令嬢が恨みを込めて流している噂もあるので、もっとずっと酷いものもあるけれど。

「……ご令嬢とのお茶会では、楽しい話題など出てこないんですよ……」

 ため息とともにねるように響いたその声が意外で、私は目を瞬いた。

「お話は好きではありませんか?」
「いえ? 私ももちろん、微笑むぐらいはしていますよ」
「確かに笑ってはいますね。先ほどもですけど、楽しそうではないだけで」
「それは仕方がないと思いますけどね……。そもそもああいう場で楽しい話題なんてありますか? 魔法について誰か語ってくれますか? 魔法師団内で話が合う者とはもっと話をしたりしていますよ。何か問題のある発言をしてしまうくらいなら、黙っていたほうが何倍もましな世界ですし。自衛ですね」

 意外と不器用なのかな、びっくりだ。魔法師団内でのオフのクロエラはゲームでは出てこなかったし。

「先ほどまではすごく楽しそうでしたけど」
「お前をからかうのは面白いからな」
「なっ……!」

 急に砕けた口調と、にやっと笑うクロエラが格好良すぎてやられそうになる。
 危なすぎるわ……イケメンめ! 

「それも含めて、お前と話すのは楽しいと思っている。すごくいい時間だ」

 笑いかけてくる顔は完璧だ。
 悔しい。
 わたわたしている私のことを完全に面白がっている。

「口調が崩れていますわ……」

 格好いいと思ってしまうのが悔しくて言い返す。

「そうだな。もともと魔法師団は育ちがいい者の集まりではないから、こっちが素だ。どうせ誰もいないし、いいだろう?」

 確かに魔法関連の話をするため、メイドには下がってもらっている。遠くに庭師がいるのが見えるが、会話が聞かれるようなことはないだろう。
 それでも、師団長のクロエラは貴族扱いだったはずだ。平民の出とはいえ、マナーが悪いなどといった話は一度も聞いたことがない。

「いないですけど……なんで急に」
「テレサと呼んでもいいかな?」

 私の問いかけを無視して勝手なことを言ってくる。

「駄目です」
「それは何故?」
「何度も言っていますが、顔が良くても駄目ですよ。嫌がらせはやめてください」
「嫌がらせだなんて……俺は悲しいよ」
「いやいや、そんな顔したって無理です図々しいこと言わないでください顔だけで許されませんよ」
「なんで俺のことは顔推しだと思ってるの」

 魔法も、師団長としても優秀だと言われてるはずなんだけど……とぶつぶつ言っているのは無視だ。

「顔がいいのだけがいいところじゃないですか」
「なかなかテレサも言うなあ」
「あ! どさくさにまぎれて呼び捨てしないでください! クロエラ様ファンのご令嬢に恨まれたら、私……!」

 悪役令嬢に仕立て上げられて、処刑コースかもしれないのに! 怖すぎる。
 ゲームではぜひお近づきになりたかったけど、リアルではご遠慮だ。

「恨まれたって関係ないだろう」
「関係ありますよ! 女子は大変なんですよものすごく!」
「面倒だな……」
「私はともかく穏便に過ごしたいんです。力は欲しいですが、学園に行って、平凡な男性をつかまえて、平凡な家庭を作るのが夢なんです」

 きっぱりと私の目標を伝える。

「平凡な男性」
「そうです。クロエラ様のように目立つイケメンはできるだけ避けたいのです。笑いかけられるだけで恨まれる可能性があるだなんて、恐ろしすぎます。それに本人は嫌な奴です。クロエラ様には今後運命の出会いがあると思うので私のことはどうか放っておいてください」
「なんかいろいろ悪口挟んできたな」
「クロエラ様はともかく目立つイケメンです! わーかっこいい!」

 パチパチ拍手をして喜んでみせる。

「お前も相当猫被ってるよな……」
「クロエラ様ほどではありませんわ」

 ふふふ、と笑うとクロエラも笑う。
 なんだかこれでは普通に友達みたいだ。
 クロエラは私をまっすぐに見つめ、楽しそうに笑う。

「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」
「えええええええ」

 何この状況。やめてほしい。
 これが処刑のフラグになったりしないよね? 
 何を間違ってしまったの。かなり塩対応だったと思うのに! 
 まさか……

「冷たくされると、萌える人だったの……!」
「おいやめろ」

 違うみたいだ。
 でも本当になんだか妙に砕けた雰囲気になってしまった。
 このままではご令嬢に恨まれて本当に危ない。でもどうやら帰ってはもらえないので、黒の魔法だけでも教えてもらおう。
 何かあった時に切り札は一枚でも多くあったほうがいい。
 というか、他に何にもない。家が侯爵なぐらい?
 いや、貴族間でトラブルがあった場合は、家族であっても対応が厳しい。私が何か問題を起こしてしまったら、いくらあの甘々の父親でも切り捨てられる可能性のほうが高い気がする。残念ながら、トラブルに対して貴族という立場はプラスになりそうもない……
 クロエラはもしかしたら味方になってくれるかもしれないが、彼に近づくこと自体がリスクになる。
 黒の魔法、何とか今日一日で覚えられたりしないかな……
 クロエラも今はこんな感じだけど、主人公との運命の出会いでさっと敵に回るかもしれないから、早めに覚えたいなあ。この頭じゃ無理かなあ。
 とりあえず魔法を教わるために、お茶タイムは終了にして、裏庭のほうに移動することにした。

「最初に聞きたいんだが、テレサには、どの魔法の適性があるんだ?」

 痛いところをいきなり突いてきたなコイツ。


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