52 / 54
第52話 聖女の書
しおりを挟む
塔にあるフィスラの私室で、聖女の書を前に私は固唾を飲んだ。
聖女の書自体は、なんて事のない茶色の皮っぽい表紙の古そうな本だ。
しかし、ミズキの言葉が気にかかっていた。
それまでは、ミズキはやる気はなかったもののフィスラの指示に従っていた。しかし、聖女の書を手に入れた結果、すぐに行動に出た。
聖女の書を手に入れたのは、単にフィスラを出し抜きたかっただけだと思われた。
しかし、この本を読んだ結果……なのかもしれない。
「まさか呪われていたり、しませんよね」
怯える私に、フィスラはお茶を用意してくれながら笑った。
「呪いなんてものを信じているのか?」
「えっ。魔法はあるのに呪いはないんですか?」
「当然だろう」
全然当然じゃない。
私の不満顔を誤解したのか、今度はフィスラが驚いた顔をした。
「えっ。魔法がないのに呪いはあるのか?」
「ありません」
思わず吹き出してしまう。異世界への理解はお互いまだまだ浅いな。
……私達には時間はまだまだたくさんある。
まずは、第一歩としての聖女召喚だ。
「まったく、ツムギの言葉はわかりにくいな。気をつけなさい」
ため息と共に、お茶をもって私の隣に座った。
いつの間にかこの距離に違和感がなくなっていることに気が付く。
隣に居るだけで、驚くほどの安心感があることも。
「気をつけます。……やっぱり緊張しますね。甘くして飲もう」
角砂糖を五つ、カップに入れる。大変な時には甘いものだ。流石にお菓子を食べるわけにはいかないが。
「砂糖の量が……! これでは紅茶本来の味がわからないのではないか?」
「砂糖を入れることによって、際立つものもあります」
「際立つのは甘さだろう……」
フィスラは私の紅茶に慄いているが、甘くしたところで美味しい紅茶は美味しい。何かがぼやけることなどないのだ。
軽口をたたいて、少し気持ちが落ち着いた。そっと皮の表紙に触れると、あの時と同じようにふっと光り消える。
「幻想的ですね」
「これは特に聖女の書だからというわけではない。君のベッドにもかけるか? 毎夜寝る前に光らせられる」
「なんだかとっても馬鹿っぽい絵しか想像つかないのでやめておきます……」
幻想的なところから子供のおもちゃに成り下がってしまった。悲しい。
気を取り直し、聖女の書を手に取った。表紙はザラザラとしていて、古さを感じさせる。
「うーん。普通の本ですね」
呪いはないと言っていたので、本を開く。ぱらぱらととりあえずめくってみるが、手書きで作者が何人かいるようだ。字体が何種類かある。
「これは……読むのに時間がかかるな」
「え? 何でですか? 割ときれいな字だと思いますけど」
中には子供のような丸い文字があったりしてほほえましいぐらいで、読めないような文字はない。
「そうか……聖女の召喚の儀は本当に応用できないか考えた方がいいな。これは、時代がまたがっているせいで、使われている文法や文字が違う。私も読めないものがある」
一緒に見ていたフィスラは、悔しそうにつぶやいた。
その姿が背伸びした子供のようで、なんだかかわいく思えて思わず微笑む。
「役に立ててうれしいです。私が聖女の書を読んでいる間、一緒に居てくれればいいですよ」
「一緒に読めないとか心配でしかない」
「でも、呪いはないんですよね?」
「……呪いはないが、呪いのように恐ろしい出来事なら、ある」
「えっ。強制的に元の世界に返されるとかですか?」
「それは間違いなく恐ろしいが……人間がやる事の方が残酷な事もある」
魔法師団長という立場に居るフィスラには、色々あるのだろう。
そういう重さを感じさせる言葉だった。
それでも。
私は隣に居るフィスラに寄り掛かる。
「そうじゃない人が居るってわかっていれば、何とかなると思うんです。だから、こうやってフィスラ様に寄り掛かって、あったかくて甘いお茶を飲みながら読めば、私の心は大丈夫ですよ」
「……つらくなったら、遠慮せずにすぐに言ってくれ」
私の頭をぎゅっと抱きしめ、髪の毛にキスをする。とても心配性だ。
安心させたくて、にっこりと笑いかけるともう一度抱きしめられた。
「これじゃ読めないですよ」
「……私が学びながら読んでもいいんだ」
どうしても心配してしまうらしいフィスラに、わざと偉そうにする。
「フィスラ様が読んだらいつ内容がわかるかわかりません。仕方がないので異世界より来た才女である私が読んであげましょう」
「読んだ内容がわからなかったらすぐに言うように」
「わー信じてないですね! なんとぱらぱら見た感じ難しい表現はなかったので大丈夫なのです」
「それは威張るべきことなのだろうか」
「フィスラ様には違う表現で見えてるなら、古語のようでしたって言えばよかった」
「君は抜けているな」
フィスラがこつんと私のおでこをつついて、お互いに笑いあった。
「チョコレートあげたら赤くなったフィスラ様が懐かしい」
「あれは絶対に絶対に他の人にしないように」
「私ももうちゃんと学びましたよ」
「もしかして、この世界に来る前はそんな事を……?」
「いえいえ。喪女だったので男の人とのご縁は全くなかったです残念です」
「そこは全く残念じゃない」
馬鹿な事を言い合って、いつもの空気に戻り力が抜けた。
私は本を手に取り、再びフィスラに寄り掛かった。
「じゃあ、読みますね」
フィスラの体温を感じながら、私はページをめくる。
聖女の書自体は、なんて事のない茶色の皮っぽい表紙の古そうな本だ。
しかし、ミズキの言葉が気にかかっていた。
それまでは、ミズキはやる気はなかったもののフィスラの指示に従っていた。しかし、聖女の書を手に入れた結果、すぐに行動に出た。
聖女の書を手に入れたのは、単にフィスラを出し抜きたかっただけだと思われた。
しかし、この本を読んだ結果……なのかもしれない。
「まさか呪われていたり、しませんよね」
怯える私に、フィスラはお茶を用意してくれながら笑った。
「呪いなんてものを信じているのか?」
「えっ。魔法はあるのに呪いはないんですか?」
「当然だろう」
全然当然じゃない。
私の不満顔を誤解したのか、今度はフィスラが驚いた顔をした。
「えっ。魔法がないのに呪いはあるのか?」
「ありません」
思わず吹き出してしまう。異世界への理解はお互いまだまだ浅いな。
……私達には時間はまだまだたくさんある。
まずは、第一歩としての聖女召喚だ。
「まったく、ツムギの言葉はわかりにくいな。気をつけなさい」
ため息と共に、お茶をもって私の隣に座った。
いつの間にかこの距離に違和感がなくなっていることに気が付く。
隣に居るだけで、驚くほどの安心感があることも。
「気をつけます。……やっぱり緊張しますね。甘くして飲もう」
角砂糖を五つ、カップに入れる。大変な時には甘いものだ。流石にお菓子を食べるわけにはいかないが。
「砂糖の量が……! これでは紅茶本来の味がわからないのではないか?」
「砂糖を入れることによって、際立つものもあります」
「際立つのは甘さだろう……」
フィスラは私の紅茶に慄いているが、甘くしたところで美味しい紅茶は美味しい。何かがぼやけることなどないのだ。
軽口をたたいて、少し気持ちが落ち着いた。そっと皮の表紙に触れると、あの時と同じようにふっと光り消える。
「幻想的ですね」
「これは特に聖女の書だからというわけではない。君のベッドにもかけるか? 毎夜寝る前に光らせられる」
「なんだかとっても馬鹿っぽい絵しか想像つかないのでやめておきます……」
幻想的なところから子供のおもちゃに成り下がってしまった。悲しい。
気を取り直し、聖女の書を手に取った。表紙はザラザラとしていて、古さを感じさせる。
「うーん。普通の本ですね」
呪いはないと言っていたので、本を開く。ぱらぱらととりあえずめくってみるが、手書きで作者が何人かいるようだ。字体が何種類かある。
「これは……読むのに時間がかかるな」
「え? 何でですか? 割ときれいな字だと思いますけど」
中には子供のような丸い文字があったりしてほほえましいぐらいで、読めないような文字はない。
「そうか……聖女の召喚の儀は本当に応用できないか考えた方がいいな。これは、時代がまたがっているせいで、使われている文法や文字が違う。私も読めないものがある」
一緒に見ていたフィスラは、悔しそうにつぶやいた。
その姿が背伸びした子供のようで、なんだかかわいく思えて思わず微笑む。
「役に立ててうれしいです。私が聖女の書を読んでいる間、一緒に居てくれればいいですよ」
「一緒に読めないとか心配でしかない」
「でも、呪いはないんですよね?」
「……呪いはないが、呪いのように恐ろしい出来事なら、ある」
「えっ。強制的に元の世界に返されるとかですか?」
「それは間違いなく恐ろしいが……人間がやる事の方が残酷な事もある」
魔法師団長という立場に居るフィスラには、色々あるのだろう。
そういう重さを感じさせる言葉だった。
それでも。
私は隣に居るフィスラに寄り掛かる。
「そうじゃない人が居るってわかっていれば、何とかなると思うんです。だから、こうやってフィスラ様に寄り掛かって、あったかくて甘いお茶を飲みながら読めば、私の心は大丈夫ですよ」
「……つらくなったら、遠慮せずにすぐに言ってくれ」
私の頭をぎゅっと抱きしめ、髪の毛にキスをする。とても心配性だ。
安心させたくて、にっこりと笑いかけるともう一度抱きしめられた。
「これじゃ読めないですよ」
「……私が学びながら読んでもいいんだ」
どうしても心配してしまうらしいフィスラに、わざと偉そうにする。
「フィスラ様が読んだらいつ内容がわかるかわかりません。仕方がないので異世界より来た才女である私が読んであげましょう」
「読んだ内容がわからなかったらすぐに言うように」
「わー信じてないですね! なんとぱらぱら見た感じ難しい表現はなかったので大丈夫なのです」
「それは威張るべきことなのだろうか」
「フィスラ様には違う表現で見えてるなら、古語のようでしたって言えばよかった」
「君は抜けているな」
フィスラがこつんと私のおでこをつついて、お互いに笑いあった。
「チョコレートあげたら赤くなったフィスラ様が懐かしい」
「あれは絶対に絶対に他の人にしないように」
「私ももうちゃんと学びましたよ」
「もしかして、この世界に来る前はそんな事を……?」
「いえいえ。喪女だったので男の人とのご縁は全くなかったです残念です」
「そこは全く残念じゃない」
馬鹿な事を言い合って、いつもの空気に戻り力が抜けた。
私は本を手に取り、再びフィスラに寄り掛かった。
「じゃあ、読みますね」
フィスラの体温を感じながら、私はページをめくる。
20
お気に入りに追加
1,788
あなたにおすすめの小説

結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる