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第43話 【SIDEフィスラ】無力な自分
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心臓が痛い。
息も仕方がわからない。
だけど、それどころではない。
瞳は閉じられたまま、ツムギの身体はフィスラの腕の中で力をなくした。
そのくったりとした力の入らない様子に、目の前が暗くなる。
恐ろしい。
この存在が今にも消えてしまいそうで。
存在を確かめたくてぎゅっと身体を抱きしめる。感じる温かな体温と荒い吐息に、まだ生きていると感じられてほっとすることができた。
それでも、このままにしておいては何が起こるかわからない事も、フィスラにはわかっていた。
泣いて叫び出してしまいそうな自分を必死で律する。
恐怖とはこういうものだったのだ。
自分の感情が、こんなに自由にならないなんて。
自分に何かある方がよっぽど良かった。油断すると涙も出てきそうになってしまう。
考えなくてはいけないのに、頭がガンガンとしてくる。
瘴気にやられてもいるのだろう。
ツムギに魔法が効かないことはわかっていたので、瘴気に向けて浄化魔法をかけ続けていた。
何の勝算もない手ではあったが、ツムギの意思の力もあり瘴気は無事にツムギに取り込まれたようだ。
聖女の間で直接瘴気を感じていた時よりはかなり圧が低くなっている。とはいえ、このままずっといられるはずもない。
そろそろ意識がなくなりそうだ。
必死で魔力抵抗をかけているが、口の中には血の味が広がっている。
このままでは、駄目だ。
ツムギをそろっと横に寝かせ、頬を撫でた。顔色は意外と悪くない。
そっと頬に唇を寄せた。
「ツムギ。ここで待っていてくれ」
閉じられた瞳はそのままで、いつものような笑顔も見せてくれない。離れがたく思い、もう一度抱きしめる。途端に心臓が殴られたように痛む。
ここで意識を失ってはいけない。
仕方なしにツムギから身体を離し、ミッシェとミズキを掴んで魔方陣まで連れて行く。
「なにするんだ! ミズキはもっと丁寧に扱え」
馬鹿が何か叫んでいるが、やめてほしい。
こんな状況で、イライラする言葉を発するなんて信じられない。
殴ってしまいそうだ。
しかし、貴重な魔力なので服を引き、首をぎゅうぎゅう絞めて伝える。
「このままここに居るのならば、お前の命はない。当然ミズキもだ。お前に関しては魔力があるから魔方陣を起動する補助に使えるが、こっちの女に関しては全く意味がないのに連れていくのだ。協力できるな」
フィスラの声が冷たく響き、それが真実だとミッシェにははっきりと伝わった。瘴気とは別の震えが止まらない。
ミッシェはただ、頷くことしかできなかった。
取りあえず時間がない。
ミッシェとともに、魔力を魔方陣に込めて移転する。
そこには、魔法師団が揃っていた。皆顔色が悪い。魅了に侵されていた騎士たちは囚われている。
「コノート師団長! ご無事でよかった!」
ホッとした顔でフィスラを見た彼らは、手に持っている二人を見てまた青ざめた。
「この二人は拘束をしておいてくれ。反逆を企んでいたので、捕まえることに問題はない」
「かしこまりました」
フィスラの言葉にさっと頷いて動く部下に、ほっとする。魔法師団の中には魅了にかかっているものは居ないようだ。
「ミスリア!」
「はい。ここに」
団員と一緒に拘束しようとしていたミスリアは、呼ぶとすぐさまフィスラの前に跪いた。
「聖女の間に転移する。ツムギを連れ出す」
端的に伝えると、ミスリアも頷く。
顔をあげるとフィスラは、部下に命令するために声を張り上げた。
「ここに居るものは、すぐにポーション液を作成しろ。私もすぐに合流する。今から本物の聖女を連れてくる。多量の魔力が溢れている状態なので、ここからすぐに退散するように! 反逆者も連れていけ。状況は私から王に説明しよう」
本物の聖女、という言葉に戸惑いをみせたが、やるべきことは伝わったようですぐに動き始めた。
ほっと息をつき転移陣に乗る。
もう魔力が少ない。しかし、そんな事は問題ではない。
聖女の間では、先程のままツムギが倒れている。先ほどは気が付かなかったけれど、近くに瘴気の入っていた珠も転がっていた。
「ツムギちゃん……! っこれは……」
「説明は後でする。ともかく連れ出す。悪いがこの状態の私ではツムギを連れて出ることができない。……ミスリアが彼女を。頼む」
ぐったりしているツムギを、正直誰にも触らせたいとは思えなかった。しかし、それでは駄目だという事もわかっていた。ぐっと握った手からは血がにじむ。
自分の事が情けなかった。
今までは天才だと呼ばれ、魔法師団長にも最年少で就いて、それで今は部下に好きな女の子を頼むしかない。
瘴気の影響が強く、今の状態では見ていることしかできない
。倒れるわけにはいかないが、ツムギを連れていくこともできない。
いくら自分が情けなくても、好きな女の子を苦しめている状況は許せない。ミスリアが苦しそうに彼女の事を抱きかかえたのを見て、すぐに魔法陣を起動した。
部屋に戻ってきたフィスラは、冷や汗と身体の痛みで膝をついてしまった。必死で部屋に保管してある魔力ポーションの所まで行き、ポーションをあおった。
魔力が回復したのを感じ、自分に回復魔法をかける。瘴気の影響は回復魔法だけでは難しいが、少しは回復したのを感じる。
「ミスリアは彼女を部屋へ。メイドは避難させろ」
「わかりました」
「ポーション液を作成しすぐ向かう」
本当はずっとツムギの事を見ていたいが、ポーション液を作るのは一人でも多い方がいい。
ミスリアに看病の役を任せるのは非常に不愉快だ。
それも、自分が不甲斐ないせいだと飲み込むしかない。
悔しさに握った手からは血が流れる。それでも、ミスリアには何事もない顔で頷いて見せ、フィスラは工房に向かった。
息も仕方がわからない。
だけど、それどころではない。
瞳は閉じられたまま、ツムギの身体はフィスラの腕の中で力をなくした。
そのくったりとした力の入らない様子に、目の前が暗くなる。
恐ろしい。
この存在が今にも消えてしまいそうで。
存在を確かめたくてぎゅっと身体を抱きしめる。感じる温かな体温と荒い吐息に、まだ生きていると感じられてほっとすることができた。
それでも、このままにしておいては何が起こるかわからない事も、フィスラにはわかっていた。
泣いて叫び出してしまいそうな自分を必死で律する。
恐怖とはこういうものだったのだ。
自分の感情が、こんなに自由にならないなんて。
自分に何かある方がよっぽど良かった。油断すると涙も出てきそうになってしまう。
考えなくてはいけないのに、頭がガンガンとしてくる。
瘴気にやられてもいるのだろう。
ツムギに魔法が効かないことはわかっていたので、瘴気に向けて浄化魔法をかけ続けていた。
何の勝算もない手ではあったが、ツムギの意思の力もあり瘴気は無事にツムギに取り込まれたようだ。
聖女の間で直接瘴気を感じていた時よりはかなり圧が低くなっている。とはいえ、このままずっといられるはずもない。
そろそろ意識がなくなりそうだ。
必死で魔力抵抗をかけているが、口の中には血の味が広がっている。
このままでは、駄目だ。
ツムギをそろっと横に寝かせ、頬を撫でた。顔色は意外と悪くない。
そっと頬に唇を寄せた。
「ツムギ。ここで待っていてくれ」
閉じられた瞳はそのままで、いつものような笑顔も見せてくれない。離れがたく思い、もう一度抱きしめる。途端に心臓が殴られたように痛む。
ここで意識を失ってはいけない。
仕方なしにツムギから身体を離し、ミッシェとミズキを掴んで魔方陣まで連れて行く。
「なにするんだ! ミズキはもっと丁寧に扱え」
馬鹿が何か叫んでいるが、やめてほしい。
こんな状況で、イライラする言葉を発するなんて信じられない。
殴ってしまいそうだ。
しかし、貴重な魔力なので服を引き、首をぎゅうぎゅう絞めて伝える。
「このままここに居るのならば、お前の命はない。当然ミズキもだ。お前に関しては魔力があるから魔方陣を起動する補助に使えるが、こっちの女に関しては全く意味がないのに連れていくのだ。協力できるな」
フィスラの声が冷たく響き、それが真実だとミッシェにははっきりと伝わった。瘴気とは別の震えが止まらない。
ミッシェはただ、頷くことしかできなかった。
取りあえず時間がない。
ミッシェとともに、魔力を魔方陣に込めて移転する。
そこには、魔法師団が揃っていた。皆顔色が悪い。魅了に侵されていた騎士たちは囚われている。
「コノート師団長! ご無事でよかった!」
ホッとした顔でフィスラを見た彼らは、手に持っている二人を見てまた青ざめた。
「この二人は拘束をしておいてくれ。反逆を企んでいたので、捕まえることに問題はない」
「かしこまりました」
フィスラの言葉にさっと頷いて動く部下に、ほっとする。魔法師団の中には魅了にかかっているものは居ないようだ。
「ミスリア!」
「はい。ここに」
団員と一緒に拘束しようとしていたミスリアは、呼ぶとすぐさまフィスラの前に跪いた。
「聖女の間に転移する。ツムギを連れ出す」
端的に伝えると、ミスリアも頷く。
顔をあげるとフィスラは、部下に命令するために声を張り上げた。
「ここに居るものは、すぐにポーション液を作成しろ。私もすぐに合流する。今から本物の聖女を連れてくる。多量の魔力が溢れている状態なので、ここからすぐに退散するように! 反逆者も連れていけ。状況は私から王に説明しよう」
本物の聖女、という言葉に戸惑いをみせたが、やるべきことは伝わったようですぐに動き始めた。
ほっと息をつき転移陣に乗る。
もう魔力が少ない。しかし、そんな事は問題ではない。
聖女の間では、先程のままツムギが倒れている。先ほどは気が付かなかったけれど、近くに瘴気の入っていた珠も転がっていた。
「ツムギちゃん……! っこれは……」
「説明は後でする。ともかく連れ出す。悪いがこの状態の私ではツムギを連れて出ることができない。……ミスリアが彼女を。頼む」
ぐったりしているツムギを、正直誰にも触らせたいとは思えなかった。しかし、それでは駄目だという事もわかっていた。ぐっと握った手からは血がにじむ。
自分の事が情けなかった。
今までは天才だと呼ばれ、魔法師団長にも最年少で就いて、それで今は部下に好きな女の子を頼むしかない。
瘴気の影響が強く、今の状態では見ていることしかできない
。倒れるわけにはいかないが、ツムギを連れていくこともできない。
いくら自分が情けなくても、好きな女の子を苦しめている状況は許せない。ミスリアが苦しそうに彼女の事を抱きかかえたのを見て、すぐに魔法陣を起動した。
部屋に戻ってきたフィスラは、冷や汗と身体の痛みで膝をついてしまった。必死で部屋に保管してある魔力ポーションの所まで行き、ポーションをあおった。
魔力が回復したのを感じ、自分に回復魔法をかける。瘴気の影響は回復魔法だけでは難しいが、少しは回復したのを感じる。
「ミスリアは彼女を部屋へ。メイドは避難させろ」
「わかりました」
「ポーション液を作成しすぐ向かう」
本当はずっとツムギの事を見ていたいが、ポーション液を作るのは一人でも多い方がいい。
ミスリアに看病の役を任せるのは非常に不愉快だ。
それも、自分が不甲斐ないせいだと飲み込むしかない。
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