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第36話 宝石に込めた想い
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フィスラの私室に来るのは、勝手に怒ってしまった日以来だ。
結果的にお友達という地位を獲得できたので良かったけれど、なんだか気恥しい。
あの日と同じように、フィスラは手ずからお茶を淹れてくれる。ソファに隣り合って座ったので、下を向けば顔が見えないのがちょっと助かった。
「フィスラ様って何でもできますよね」
この間と違う銘柄だけど、これもとても美味しい。
お茶を淹れる才能まであるだなんて、どれだけ色々な事が出来るんだろう。
「そうでもないと思うが。紅茶に関しては、確かに淹れることが多いから練習はしたな」
「フィスラ様が練習とか、ちょっと想像つかないかも」
「そうか?」
「最年少で師団長とか、なんだかとってもキラキラした経歴ですし。評判だってすごく良さそうです」
「ツムギはあまり他の人とまだ交流がないからそう思うのだ」
「そうですか? ミスリア様もフィスラ様の事を尊敬してそうでしたけど」
「いつもそうは思えない態度だが」
ミスリアの事を思い出したのか、フィスラが嫌な顔をする。
すぐに顔に出るのが面白くて笑ってしまう。
「紅茶も美味しいですしね」
「ツムギの作る焼き菓子は美味しかった」
急な反撃に、あっという間に頬が赤くなってしまった。ちらりとフィスラを見ると、彼もこちらを見ていたのでしっかりと目があってしまった。
「わー!」
びっくりして距離をとろうと後ずさった私の手を、フィスラがさっとつかんだ。
「なんで逃げるんだ。私の隣は嫌なのか?」
不満げな顔の彼を見て、こんな態度じゃ嫌な思いをさせてしまうと考え直して、元の距離に戻る。
ソファは距離が近い。
意識するとともかく恥ずかしい。
恋愛経験の全くない私には、こんなに格好いい人と二人からしてハードルが高いのに。
更には好きな人だなんて。
恨めしい気もしでフィスラを見る。
そう、好きな人だ。
いつから好きになってしまったんだろう。友達でいられるぐらいに気持ちを抑えていたかったのに。
フィスラは、顔はキラキラと整っているし、声だってとっても素敵だ。
中身だって優しいし周りに気を使ってるし、それなのに結構毒舌だし。
一緒に居ると身分差を感じない楽しさだし、貴族なのに顔に出たりこうやってお茶を淹れてくれたり……。
いい所が次々と浮かんでくる。
恐ろしい。
これは高嶺の花どころか天にある花だ。
全く手が届かない。
どうして、こんな人を好きになってしまったんだろう。
でも、こんな人だからこそ好きにならずにはいられない。
そう思う私の胸元に、彼は手を伸ばした。
そこにはフィスラに貰った、ネックレスがある。
今の軽装には合わないのはわかっていたけれど、フィスラに会うと思ったらそのままつけたくなってしまったのだ。
その黒い石を、彼は自称気味に笑んで撫でた。
「この間聞かれたことがあっただろう? このネックレスを付ける事で恋人と間違われたりしないのかと」
「あわわ、あれは勉強不足で恥ずかしい事言ってすいませんでした……」
フィスラはネックレスから手を離すと、そのまま私の頭を撫でた。
「あれは間違いではない」
「どういう事ですか……?」
「私は、お前と恋人だと思われるように贈った」
まっすぐこちらを見るフィスラの瞳に目が吸い寄せられるように、視線をそらせられない。
「それは何かの作戦的な事でしょうか」
「そうだな。ミッシェには少なくとも私が君の後ろ盾であることは伝わっただろう。他の女性たちには、私へのけん制になる」
続けられた言葉は事務的で納得できるものだったので、緊張が解け力が抜けた。
「だから、誰からも話しかけられなかったんですね! 聞かれたら研究助手だと答えると言われていたのに、全然聞かれないし話しかけられないし不思議だと思っていました。何の対策もしないと、引く手あまたで大変ですもんね」
モテる男は大変だ。私はフィスラが女性に掴まっている間はどうしたらいいのか、凄く考えていたので助かったけれど。
納得のセリフに頷いていたが、フィスラは首を振った。
「どれも確かに君に贈ろうと思って選んでいた時に考えていたことで、本音のつもりだった。だがそれらは全て建前だった。そのネックレスを付けた君を見た時にわかったんだ」
「え……?」
頭に置かれていた手が、いつの間にか頬を撫でる。
「私がこれを君につけてほしかったんだ。意味も教えずに、すまなかった。外そう」
その手がそのままネックレスを外してしまいそうで、私はぎゅっとフィスラの手を掴んだ。
フィスラの手首はごつごつとしていて私の手ではしっかり握れなくて、ああ男の人なんだなと思う。
「外しませんよ。これは私がフィスラ様に貰って、私がつけたくてつけているんですから」
フィスラの言葉は私にとっては夢のようで、もちろん外すはずがない。
「ツムギ。他の宝石を贈ることはもちろんできるから」
フィスラは何故か私が宝石欲しさに渋っているように見えるらしい。
私はフィスラの頬をぎゅっとつねった。
怪訝そうに顔を顰めたが、無駄に痛いと騒いだりはしないのは貴族だからなのか。
……ミッシェ辺りは騒ぎそうかも。
勝手に失礼な想像をしながら、ぐにぐにとフィスラの頬をつねる。
「それより前にいう事があるんじゃないですか」
「申し訳ない……? 謝罪の言葉が足りなかっただろうか」
何もピンときてなさそうな顔で、フィスラが呟く。
「そういう謎の謝罪じゃないです。……これで勘違いだったら、私もう死ぬしかないですけど、私の事をどう思っているかとかです!」
結果的にお友達という地位を獲得できたので良かったけれど、なんだか気恥しい。
あの日と同じように、フィスラは手ずからお茶を淹れてくれる。ソファに隣り合って座ったので、下を向けば顔が見えないのがちょっと助かった。
「フィスラ様って何でもできますよね」
この間と違う銘柄だけど、これもとても美味しい。
お茶を淹れる才能まであるだなんて、どれだけ色々な事が出来るんだろう。
「そうでもないと思うが。紅茶に関しては、確かに淹れることが多いから練習はしたな」
「フィスラ様が練習とか、ちょっと想像つかないかも」
「そうか?」
「最年少で師団長とか、なんだかとってもキラキラした経歴ですし。評判だってすごく良さそうです」
「ツムギはあまり他の人とまだ交流がないからそう思うのだ」
「そうですか? ミスリア様もフィスラ様の事を尊敬してそうでしたけど」
「いつもそうは思えない態度だが」
ミスリアの事を思い出したのか、フィスラが嫌な顔をする。
すぐに顔に出るのが面白くて笑ってしまう。
「紅茶も美味しいですしね」
「ツムギの作る焼き菓子は美味しかった」
急な反撃に、あっという間に頬が赤くなってしまった。ちらりとフィスラを見ると、彼もこちらを見ていたのでしっかりと目があってしまった。
「わー!」
びっくりして距離をとろうと後ずさった私の手を、フィスラがさっとつかんだ。
「なんで逃げるんだ。私の隣は嫌なのか?」
不満げな顔の彼を見て、こんな態度じゃ嫌な思いをさせてしまうと考え直して、元の距離に戻る。
ソファは距離が近い。
意識するとともかく恥ずかしい。
恋愛経験の全くない私には、こんなに格好いい人と二人からしてハードルが高いのに。
更には好きな人だなんて。
恨めしい気もしでフィスラを見る。
そう、好きな人だ。
いつから好きになってしまったんだろう。友達でいられるぐらいに気持ちを抑えていたかったのに。
フィスラは、顔はキラキラと整っているし、声だってとっても素敵だ。
中身だって優しいし周りに気を使ってるし、それなのに結構毒舌だし。
一緒に居ると身分差を感じない楽しさだし、貴族なのに顔に出たりこうやってお茶を淹れてくれたり……。
いい所が次々と浮かんでくる。
恐ろしい。
これは高嶺の花どころか天にある花だ。
全く手が届かない。
どうして、こんな人を好きになってしまったんだろう。
でも、こんな人だからこそ好きにならずにはいられない。
そう思う私の胸元に、彼は手を伸ばした。
そこにはフィスラに貰った、ネックレスがある。
今の軽装には合わないのはわかっていたけれど、フィスラに会うと思ったらそのままつけたくなってしまったのだ。
その黒い石を、彼は自称気味に笑んで撫でた。
「この間聞かれたことがあっただろう? このネックレスを付ける事で恋人と間違われたりしないのかと」
「あわわ、あれは勉強不足で恥ずかしい事言ってすいませんでした……」
フィスラはネックレスから手を離すと、そのまま私の頭を撫でた。
「あれは間違いではない」
「どういう事ですか……?」
「私は、お前と恋人だと思われるように贈った」
まっすぐこちらを見るフィスラの瞳に目が吸い寄せられるように、視線をそらせられない。
「それは何かの作戦的な事でしょうか」
「そうだな。ミッシェには少なくとも私が君の後ろ盾であることは伝わっただろう。他の女性たちには、私へのけん制になる」
続けられた言葉は事務的で納得できるものだったので、緊張が解け力が抜けた。
「だから、誰からも話しかけられなかったんですね! 聞かれたら研究助手だと答えると言われていたのに、全然聞かれないし話しかけられないし不思議だと思っていました。何の対策もしないと、引く手あまたで大変ですもんね」
モテる男は大変だ。私はフィスラが女性に掴まっている間はどうしたらいいのか、凄く考えていたので助かったけれど。
納得のセリフに頷いていたが、フィスラは首を振った。
「どれも確かに君に贈ろうと思って選んでいた時に考えていたことで、本音のつもりだった。だがそれらは全て建前だった。そのネックレスを付けた君を見た時にわかったんだ」
「え……?」
頭に置かれていた手が、いつの間にか頬を撫でる。
「私がこれを君につけてほしかったんだ。意味も教えずに、すまなかった。外そう」
その手がそのままネックレスを外してしまいそうで、私はぎゅっとフィスラの手を掴んだ。
フィスラの手首はごつごつとしていて私の手ではしっかり握れなくて、ああ男の人なんだなと思う。
「外しませんよ。これは私がフィスラ様に貰って、私がつけたくてつけているんですから」
フィスラの言葉は私にとっては夢のようで、もちろん外すはずがない。
「ツムギ。他の宝石を贈ることはもちろんできるから」
フィスラは何故か私が宝石欲しさに渋っているように見えるらしい。
私はフィスラの頬をぎゅっとつねった。
怪訝そうに顔を顰めたが、無駄に痛いと騒いだりはしないのは貴族だからなのか。
……ミッシェ辺りは騒ぎそうかも。
勝手に失礼な想像をしながら、ぐにぐにとフィスラの頬をつねる。
「それより前にいう事があるんじゃないですか」
「申し訳ない……? 謝罪の言葉が足りなかっただろうか」
何もピンときてなさそうな顔で、フィスラが呟く。
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