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第31話 大変身
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あれ以来フィスラに呼ばれることはなく、私はマナー講座に明け暮れた。
私の事は、魔力抵抗値の高い研究助手をパートナーにした、と説明すると聞いている。それでもパーティーに出る以上は最低限覚えろと講師は厳しい顔をしていた。
私の失敗はフィスラの恥になると聞いては手を抜くわけにもいかず、筋肉痛と戦いながら徐々にマナーを覚えていった。
リズム感はあったようで唯一楽しめたのはダンスだけだったが。厳しい顔の講師がだんだん褒めてくれるようになったのも嬉しかった。
ブラック企業では出来ることが増えればただ課題が増えるだけだったから。
いい世界だ。
結局講師から合格がもらえたのは、パーティーの三日前だった。
マスリーに伝言してもらい、フィスラを合格祝いとして夕食に誘った。
急な予定だけれどフィスラは快く応じてくれた。
「ありがとうマスリー! お花凄く綺麗だわ」
「ふふふ。合格祝いですものね」
食事は二人で気楽にできるようにと、私の部屋に運んでもらった。デザート以外は全て並べてもらい飾りつけはマスリー任せだ。
自分でやりたかったけれど、私にはお金もまだないので結局フィスラに頼るしかないと思うと諦めるしかなかった。
マスリーはどこからか借りてきた花器にお花を入れてくれ、ささやかながら華やかな空間になった。
そわそわとしながらマスリーとフィスラを待っていると、控えめなノックの音が聞こえた。
私は慌てて立ち上がる。
「変なところ、ないかな」
「もー今日のお嬢様は特別可愛いですよ。これだとちょっと別人みたいですけど」
私がスカートの形を整えながら訪ねると、にっこりとマスリーは微笑んでくれた。やさしい笑顔が心強い。
ゆっくりとマスリーが扉を開けてくれる。
「誰だ!」
開けた途端、フィスラの鋭い声がした。
「え? マスリーの事忘れちゃったんですか?」
「……ツムギか?」
目を丸くしてフィスラが呟く。上から下まで、びっくり顔のままじろじろと見てくる。
「私のこと忘れちゃったんですか? まさか」
「変わりすぎだろう」
「ああ。今日は化粧が違いますけど、そんなに驚くほどでは」
「いやいや、ほぼ別人だぞ」
「……まあ、確かにマスリーと盛り上がりはしました」
今日はパーティー用のドレスに合うように、濃いメイクにしていたのだ。反応は見たいなと思っていたけれど、まさか別人だと思われると思わなかったのでびっくりした。
「今日は別人みたいだって、言いましたのに」
マスリーが私にだけ聞こえるようにこっそり呟く。
マスリーがメイド仲間に色々聞いてくれた結果、私の手元にはつけまつげやら凄く落ちにくいアイラインや口紅などが揃っていた。
お絵描きかと思うレベルで陰影を入れると、私の地味な顔は凄く派手な顔になるのだ。良く見ると実際に凹凸があるわけじゃないけど。
私がどんどんメイクをしていくと、マスリーは驚きつつ凄く喜んでくれた。一緒に盛り上がって、もともと器用なマスリーはすっかり地味顔を派手にする技を身に着けていた。
自分ではこの顔も見慣れてはいるので、こんなに驚かれるとはびっくりだ。
「市井に色々あるとは思わなくて楽しかったからこういう感じに……。もーマスリーは似合ってるって言ってたのに!」
「……似合っている」
「え?」
「私は、その化粧も似合っていると思う」
真面目な口調でフィスラが言ってくれたので、更にびっくりする。あ、でもこれはマナー講座でやったなと思いだす。
貴族は女性の事は必ず褒めなければいけないと。
慌てて否定する必要などないんだった。
「ありがとうございますフィスラ様」
にっこりと笑い返すと、フィスラはふっと目を逸らした。
「……いつも、可愛いと思うが」
そのままフィスラが呟いた言葉は、私には届かなかった。
**********
「なんだかフィスラ様疲れてますか?」
食前酒を一口飲んで一息つくと、フィスラの顔色が気になった。フィスラは一度ぎゅっと目をつむると、ため息をついた。
「顔に出ているか」
「そうですね。なんだかお疲れの雰囲気が出ている気がします。顔色もちょっと良くないですし、元気ない気が」
「これじゃあ貴族失格だな」
「まあ、平民との食事会なので! 無礼講で飲みましょう」
「下のものが言うことじゃない」
それでもフィスラが笑ってくれたので、私は嬉しくなって瓶を持ってフィスラに注いであげる。
「飲めばなんでも大丈夫です!」
「雑な考えだな」
「ここに来る前勤めていた会社では、皆が驚くべき忙しさで、指示してくれる人は居ない、お客が言っていることが全て、どっちもはずれの二択、などストレスが多くてですね……」
「どっちもはずれの二択とはなんだ?」
「前回は先に報告をといったけど、次は先に報告すると報告してる場合じゃないだろ! と怒られたりするあれです」
「ろくでもない話があったものだ。非効率だろう決め事を守らないと」
「偉そうにするのが目的だと疑っています」
「可能性はあるな」
私は以前の会社を思い出して遠い目をしてしまう。
「それで、そういう時はみんなでとりあえずお酒を飲んでました! 飲めばなんでも笑えるので大丈夫です。飲みましょう」
私の事は、魔力抵抗値の高い研究助手をパートナーにした、と説明すると聞いている。それでもパーティーに出る以上は最低限覚えろと講師は厳しい顔をしていた。
私の失敗はフィスラの恥になると聞いては手を抜くわけにもいかず、筋肉痛と戦いながら徐々にマナーを覚えていった。
リズム感はあったようで唯一楽しめたのはダンスだけだったが。厳しい顔の講師がだんだん褒めてくれるようになったのも嬉しかった。
ブラック企業では出来ることが増えればただ課題が増えるだけだったから。
いい世界だ。
結局講師から合格がもらえたのは、パーティーの三日前だった。
マスリーに伝言してもらい、フィスラを合格祝いとして夕食に誘った。
急な予定だけれどフィスラは快く応じてくれた。
「ありがとうマスリー! お花凄く綺麗だわ」
「ふふふ。合格祝いですものね」
食事は二人で気楽にできるようにと、私の部屋に運んでもらった。デザート以外は全て並べてもらい飾りつけはマスリー任せだ。
自分でやりたかったけれど、私にはお金もまだないので結局フィスラに頼るしかないと思うと諦めるしかなかった。
マスリーはどこからか借りてきた花器にお花を入れてくれ、ささやかながら華やかな空間になった。
そわそわとしながらマスリーとフィスラを待っていると、控えめなノックの音が聞こえた。
私は慌てて立ち上がる。
「変なところ、ないかな」
「もー今日のお嬢様は特別可愛いですよ。これだとちょっと別人みたいですけど」
私がスカートの形を整えながら訪ねると、にっこりとマスリーは微笑んでくれた。やさしい笑顔が心強い。
ゆっくりとマスリーが扉を開けてくれる。
「誰だ!」
開けた途端、フィスラの鋭い声がした。
「え? マスリーの事忘れちゃったんですか?」
「……ツムギか?」
目を丸くしてフィスラが呟く。上から下まで、びっくり顔のままじろじろと見てくる。
「私のこと忘れちゃったんですか? まさか」
「変わりすぎだろう」
「ああ。今日は化粧が違いますけど、そんなに驚くほどでは」
「いやいや、ほぼ別人だぞ」
「……まあ、確かにマスリーと盛り上がりはしました」
今日はパーティー用のドレスに合うように、濃いメイクにしていたのだ。反応は見たいなと思っていたけれど、まさか別人だと思われると思わなかったのでびっくりした。
「今日は別人みたいだって、言いましたのに」
マスリーが私にだけ聞こえるようにこっそり呟く。
マスリーがメイド仲間に色々聞いてくれた結果、私の手元にはつけまつげやら凄く落ちにくいアイラインや口紅などが揃っていた。
お絵描きかと思うレベルで陰影を入れると、私の地味な顔は凄く派手な顔になるのだ。良く見ると実際に凹凸があるわけじゃないけど。
私がどんどんメイクをしていくと、マスリーは驚きつつ凄く喜んでくれた。一緒に盛り上がって、もともと器用なマスリーはすっかり地味顔を派手にする技を身に着けていた。
自分ではこの顔も見慣れてはいるので、こんなに驚かれるとはびっくりだ。
「市井に色々あるとは思わなくて楽しかったからこういう感じに……。もーマスリーは似合ってるって言ってたのに!」
「……似合っている」
「え?」
「私は、その化粧も似合っていると思う」
真面目な口調でフィスラが言ってくれたので、更にびっくりする。あ、でもこれはマナー講座でやったなと思いだす。
貴族は女性の事は必ず褒めなければいけないと。
慌てて否定する必要などないんだった。
「ありがとうございますフィスラ様」
にっこりと笑い返すと、フィスラはふっと目を逸らした。
「……いつも、可愛いと思うが」
そのままフィスラが呟いた言葉は、私には届かなかった。
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「なんだかフィスラ様疲れてますか?」
食前酒を一口飲んで一息つくと、フィスラの顔色が気になった。フィスラは一度ぎゅっと目をつむると、ため息をついた。
「顔に出ているか」
「そうですね。なんだかお疲れの雰囲気が出ている気がします。顔色もちょっと良くないですし、元気ない気が」
「これじゃあ貴族失格だな」
「まあ、平民との食事会なので! 無礼講で飲みましょう」
「下のものが言うことじゃない」
それでもフィスラが笑ってくれたので、私は嬉しくなって瓶を持ってフィスラに注いであげる。
「飲めばなんでも大丈夫です!」
「雑な考えだな」
「ここに来る前勤めていた会社では、皆が驚くべき忙しさで、指示してくれる人は居ない、お客が言っていることが全て、どっちもはずれの二択、などストレスが多くてですね……」
「どっちもはずれの二択とはなんだ?」
「前回は先に報告をといったけど、次は先に報告すると報告してる場合じゃないだろ! と怒られたりするあれです」
「ろくでもない話があったものだ。非効率だろう決め事を守らないと」
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