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第20話 チョコレートの距離
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「それにしても、お披露目会があるのですね。聖女召喚って頻繁にあるものなのですか?」
「いや、前回の召還は三百年も前だ。そして、何故か聖女については記録を残さない部分が多いのだ。……私は怪しんでいる部分がある。それでも二人居たという文献は見当たらなかったので、通常一人なのは間違いないだろう」
「たまたま私がミズキちゃんの近くに居たから……とかですかね」
夜だったしコンビニ帰りでぼんやりしていたので、周りに誰がいたとかは全然気にしていなかった。
全く思いだせない。
「近くに居たからと言って、そんな簡単に巻き込まれる術式ではない」
眉を寄せて耐えるようにフィスラが反論する。
そうだ。
フィスラが責任者だった。
こんなに責任を感じている人に、責める事を言ってしまった事に反省する。
「そうですよね。あの……私はフィスラ様が言ったように、そこまで未練があるわけではありません。料理も美味しいし、仕事もこれからさせてもらえるし、感謝しています。それに、人生で初めてパーティーにも出られますしね!」
最後は少しおどけて見せると、フィスラも笑ってくれた。
「私の隣に相応しいように仕上げよう」
「それって結構なスパルタですよね」
「怯える必要はない。いい教師をつけてやろう」
「ううう。頼もうとは思っていましたが、やっぱりそれはそれで緊張しますね……。でも教師はいないと全くわからないので助かります」
「聖女は、マナー講師にはあまり学んでいる様子がないのに、ドレスや宝石は予算を大分かけているらしいぞ」
「綺麗な子はきっとマナーなんて関係ないですよ、聖女様ですし。……ミッシェ殿下もすっかりあまあまですね」
あの綺麗な子が微笑んで立っているだけで、皆喜ぶに違いない。
私だってちょっと嬉しい。……嫌われてるけど。
「聖女だからと言って甘やかしていいとは思えないがな」
フィスラは眉をひそめたが、あまあまな理由は聖女だからとは限らない。私はミッシェのあの甘い視線を思い出した。
彼はミズキにすっかりやられていると思う。
「そうだ。チョコレートでも食べますか?」
テンションが下がった時には甘いものだ。私はコンビニの袋を出した。
「チョコレートとはなんだ?」
「あんなに色々なお菓子はあるのに、チョコレートはないんですね。これですよ」
お徳用の大袋のチョコレートだけれど、これから食べられないと思うと大事に食べたくなる。今日は一人一つずつにしよう。
キャンディ包装の袋を渡すと、不思議そうにされる。
「貴族の方はあんまりこういう風におやつは食べないのかもしれないですね」
「そうだな。こういう形態は初めて見た。もしかしたら市井ではあるかもしれないが。皿に乗っている菓子しか食べることはないな」
「贅沢な生活ですよね。こうやって剥くんですよ」
両端をひっぱってチョコレートを取り出す。まだ包装を不思議そうに見ているので、開けたチョコレートを口元に差し出した。
「師団長様に庶民からひとつあげましょう」
偉そうにしてみたけれど、フィスラは私を見つめるだけで口を開こうとしない。何故だろう。私はもっと近づくために、フィスラの肩に手を乗せる。
「口をあけてください」
そう言うとやっと口を開けたので、チョコレートを指で押し込む。フィスラは驚いたように口元を押さえ、下を向いた。
そこでやっと、フィスラに味を説明していなかったことに気が付いた。
「わー大丈夫ですか? 甘すぎでしたかごめんなさい!」
慌ててフィスラを覗き込むと、彼は真っ赤になっていた。
「……なんで」
「あああ。そうですよねマナー違反でしたよねごめんなさいごめんなさい」
貴族では過度な接触はマナー違反に当たると見たことがある。
フィスラはソファに隣に座ったりいつも距離が近かったので、あまり何も考えずにやってしまった。
もしかしてものすごく破廉恥だったのではないだろうか。
まずい。
やましい気持ちがなかったことを示すために、ソファの端の方に寄り手をあげた。
「もう何もしないので安心してください」
フィスラは先ほどよりは落ち着いた顔色で、ため息をついた。
「マナー講師は女性にお願いしよう。君の距離感が心配だ」
「ううう。勉強したいと思います……」
「いや、前回の召還は三百年も前だ。そして、何故か聖女については記録を残さない部分が多いのだ。……私は怪しんでいる部分がある。それでも二人居たという文献は見当たらなかったので、通常一人なのは間違いないだろう」
「たまたま私がミズキちゃんの近くに居たから……とかですかね」
夜だったしコンビニ帰りでぼんやりしていたので、周りに誰がいたとかは全然気にしていなかった。
全く思いだせない。
「近くに居たからと言って、そんな簡単に巻き込まれる術式ではない」
眉を寄せて耐えるようにフィスラが反論する。
そうだ。
フィスラが責任者だった。
こんなに責任を感じている人に、責める事を言ってしまった事に反省する。
「そうですよね。あの……私はフィスラ様が言ったように、そこまで未練があるわけではありません。料理も美味しいし、仕事もこれからさせてもらえるし、感謝しています。それに、人生で初めてパーティーにも出られますしね!」
最後は少しおどけて見せると、フィスラも笑ってくれた。
「私の隣に相応しいように仕上げよう」
「それって結構なスパルタですよね」
「怯える必要はない。いい教師をつけてやろう」
「ううう。頼もうとは思っていましたが、やっぱりそれはそれで緊張しますね……。でも教師はいないと全くわからないので助かります」
「聖女は、マナー講師にはあまり学んでいる様子がないのに、ドレスや宝石は予算を大分かけているらしいぞ」
「綺麗な子はきっとマナーなんて関係ないですよ、聖女様ですし。……ミッシェ殿下もすっかりあまあまですね」
あの綺麗な子が微笑んで立っているだけで、皆喜ぶに違いない。
私だってちょっと嬉しい。……嫌われてるけど。
「聖女だからと言って甘やかしていいとは思えないがな」
フィスラは眉をひそめたが、あまあまな理由は聖女だからとは限らない。私はミッシェのあの甘い視線を思い出した。
彼はミズキにすっかりやられていると思う。
「そうだ。チョコレートでも食べますか?」
テンションが下がった時には甘いものだ。私はコンビニの袋を出した。
「チョコレートとはなんだ?」
「あんなに色々なお菓子はあるのに、チョコレートはないんですね。これですよ」
お徳用の大袋のチョコレートだけれど、これから食べられないと思うと大事に食べたくなる。今日は一人一つずつにしよう。
キャンディ包装の袋を渡すと、不思議そうにされる。
「貴族の方はあんまりこういう風におやつは食べないのかもしれないですね」
「そうだな。こういう形態は初めて見た。もしかしたら市井ではあるかもしれないが。皿に乗っている菓子しか食べることはないな」
「贅沢な生活ですよね。こうやって剥くんですよ」
両端をひっぱってチョコレートを取り出す。まだ包装を不思議そうに見ているので、開けたチョコレートを口元に差し出した。
「師団長様に庶民からひとつあげましょう」
偉そうにしてみたけれど、フィスラは私を見つめるだけで口を開こうとしない。何故だろう。私はもっと近づくために、フィスラの肩に手を乗せる。
「口をあけてください」
そう言うとやっと口を開けたので、チョコレートを指で押し込む。フィスラは驚いたように口元を押さえ、下を向いた。
そこでやっと、フィスラに味を説明していなかったことに気が付いた。
「わー大丈夫ですか? 甘すぎでしたかごめんなさい!」
慌ててフィスラを覗き込むと、彼は真っ赤になっていた。
「……なんで」
「あああ。そうですよねマナー違反でしたよねごめんなさいごめんなさい」
貴族では過度な接触はマナー違反に当たると見たことがある。
フィスラはソファに隣に座ったりいつも距離が近かったので、あまり何も考えずにやってしまった。
もしかしてものすごく破廉恥だったのではないだろうか。
まずい。
やましい気持ちがなかったことを示すために、ソファの端の方に寄り手をあげた。
「もう何もしないので安心してください」
フィスラは先ほどよりは落ち着いた顔色で、ため息をついた。
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「ううう。勉強したいと思います……」
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