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第16話 退去命令
しおりを挟むミズキは首を傾げて、本当に疑問そうに私に話しかけてきた。
邪気のない顔で、薄く微笑んで言われる言葉を咄嗟に理解できない。
ミッシェとミズキは当然のように隣に座ったので、私はフィスラの隣に座っていた。そして、一息つく間もなく、ミズキは話し始める。
いきなりのミズキからの呼び捨てに、私は戸惑う。
まだ、席に着いただけだ。
しかも話があると呼ばれてきて第一声がこれか。
私の方がだいぶ年上だけど、身分的なものから言って呼び捨てであっているのか。さっきフィスラからも聖女様って呼ぶように言われたからあっているのか。
私が何も返せずにいると、ミズキは更に言い募る。
「聖女として、私が儀式でよばれたのよ。なのに、あなたみたいな人が居るだけで、私の立場を怪しむ声が生まれるみたいなの。とても困っているのよ」
告げられる内容に、私は青くなりミッシェの方を見た。ミッシェはミズキの言葉には特に疑問はないようで、優雅にお茶を飲んでいる。その態度は、ミズキの発言への無言の肯定だ。
私の立場は悪い。
先日の騎士やメイドの態度からもそれは明らかだ。
私はきゅっとカップを握りしめた。
「あの、聖女様。私も、日本に帰れるならその方がいいのですが……無理、なんですよね?」
最後はミッシェに向かって言うと、彼は残念そうなそぶりもなくただ首を振った。
「無理だ。だが、ミズキのいう事も最もで、通常であればミズキが聖女として手放しで歓迎されるところが、ツムギがいる事で要らぬ憶測をばら撒く輩が出てくるのだ」
ミズキは、聖女である自分をすっかり受け入れているようで、ミッシェの言葉に頷いた。
「でも、それって私はどうしたら……」
「とりあえず、召喚された人が二人いるっていうのが問題だわ。見たらすぐに違うとわかるとはいえ、何か言われることが既に嫌なの」
ミッシェの腕に手を乗せ、ぷっと頬を膨らませてわがままを言うミズキは可愛い。そして、そのミズキを見るミッシェのまなざしは優しく、甘い。
私はこれ以上何か言ったところで、ただ不利になるだけだと悟る。
「それでは、私は王城を去りましょう」
「まあ、良かったわ」
私の言葉にミズキは嬉しそうに笑い、ミッシェはあからさまにホッとした顔をしている。
「わかってくれてよかったわ! 聖女として、ツムギの健康と幸せを祈っているわ」
祈られても嬉しくない。
「それはありがとうございます。ところで、去る条件として当面の生活費の支援はしていただきたいです。私もまだ異世界に来たばかりで全くこの世界の事がわかっていません。事故だとはいえ、呼び出したのはそちら側です。ある程度の責任は取っていただきたいと考えています」
私は交換条件を出した。王子様と聖女様と戦うのは無理だ。ならば、少しでもお金を引き出して今後の生活だけでも保障しなくては。
私の突然の交渉に、ミッシェは少し怯んだような顔をした。しかし、すぐに気を取り直したようで、苦い顔をして顎に手を置いた。
「そうだな……それなら」
「おい、ツムギ」
ミッシェが条件を話し始めそうなところで、フィスラが強い声を出した。
黙っていたので少し忘れかけていた。不思議に思いフィスラの方を見ると、思いがけず厳しい顔でこちらを見ていた。
「な……なんでしょう」
「何故私に断りもなくそのような話を?」
じっと私を見る目は厳しくて、思わず下を向いてしまう、
「ええと、もう出ていかなければいけないなら、資金がいるな、と思いまして……」
威圧感が凄すぎて、しどろもどろになってしまう。
「私との契約は、忘れたのか?」
「い、いえ。でも、まだ契約前でしたし、これはどう考えても退去命令なので、少しでもいい条件になったら嬉しいな、なんて」
「退去命令」
「そうです、よね?」
私は助けを求めるようにミッシェを見たが、彼はさっと目をそらした。とんだ裏切りだ。
「誰が、誰に出したのかな?」
区切るようにゆっくりと誰と問われる。それは私の口からは言えるはずもない。そもそもはっきりと彼にも聞こえていたのに。
「ええと、今の話の流れでは、早めに退去するのが正解ではなかったですか?」
私は空気の読める日本人。そして偉い人には逆らわない事なかれ主義なのだ。
……王子というとても偉い人に巻かれた結果、師団長の意向とははずれてしまったようだが。
難しい話だ。
「ツムギが王城から出るのは当然だと思うのですけれど」
意外なところからの援護射撃が来た。元凶でもあるが、今はともかく有難い。
フィスラは私に向けていた視線を、そのままミズキに向ける。
「それは、どういった理由でしょうか」
ミズキはフィスラの険しさを気にもせずに、にっこりと微笑み返した。
「先ほども言いましたが、聖女は私だけなのに二人いるのは変だとか、何か意味があるのでは、などと言う人が居るのです。ツムギは無魔力ですしこの見た目でありますし、聖女ではありえないと思うのですが、それでも。憂いは取り払った方がいいと思うのです」
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