【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香

文字の大きさ
上 下
11 / 54

第11話 扉の外

しおりを挟む
 情報量が多くあまりにも疲れたため、食事は部屋でしたいとマスリーに伝えると、彼女はすぐに手配してくれた。

 ベッドのそばにテーブルセットがあるので、そこに食事を並べてくれる。

 ちなみにお昼はフィスラが高カロリーそうなジャムを挟んだだけのパンをくれて食べた。
 本当にあの人は不健康な生活をしていそうで心配になる。

 私の雇い主には、是非長生きをしてもらいたい。

 今日のメニューはサラダにスープ、メインはローストビーフのような見た目の薄切りお肉だ。それに白いパン。
 気を使ってくれたのか、甘そうなお酒もつけてくれている。

 食事は給仕してくれそうだったが、申し訳ないけれど下がってもらった。
 慣れない客室だとしても、一人になれると緊張ゆるみほっと息をついた。

 でも一人になった途端、部屋の静かさが気になってしまう。ここは日本の自分の部屋じゃないからテレビもないし、音楽もかけられない。
 食事もとても美味しいのに、一人で食べる味気なさは日本の比ではない気がした。

 そういえば、コンビニで買ったお菓子があったんだっけ。

 チェストの端に場違いな感じでコンビニの袋が置いてあった。召喚されたときに着ていた服も一緒に綺麗に畳まれて積まれている。洗濯しておいてくれたみたいだ。

 がさがさと袋の中から飴を取り出す。
 ミルク味のお気に入りの飴だ。口に入れると、優しい砂糖の甘さが広がった。

「……おいしい」

 呟くと、その声は思いの外大きく響いた。

 ここは、静かだ。
 そう思った瞬間、涙がこぼれた。

「あれ、おかしいなあ……。日本に未練はないはずだって、フィスラ様も言ってたのに……」

 それでも、涙が出てくる。
 拭っても、次から次へとあふれる涙を止めることができない。

 未練はない。
 私もそう思っていた。

 ここ何年も、ただ、時間を無為にしていただけだったから。
 それでも、思い出が日本にはたくさんあった。楽しい事はあった。
 私はそれすらも、失ってしまったのだと気が付いた。

 それとも、私はすでに何も持っていなかったのだろうか。
 わからない。

 言葉にはできない感情があふれ、私はしばらく泣き続けそのまま眠ってしまった。

 **********

 起きても特にやる事がない。

 泣いたせいで腫れた目をこすりながら、どう過ごしていいのかわからない私は、ベッドのそばの窓から入る朝日を恨めしい気持ちで見た。

 フィスラからもらった魔導具の効果は絶大で、目が覚めてこんなにクリアな視界は物心ついてから初めてだ。

 豪華な室内は全く自分の部屋とは違い、嫌でも聖女召喚を思い出させる。

 マスリーは、今は居ないようだ。
 食事はともかく飲み物が飲みたい。昨日フィスラ様と食事をした近くにキッチンがあったから、そこに行けば何かもらえるかもしれない。

 取りあえず誰かに聞いてみよう。

 特に行動を制限されていたわけではないので、着替えて外に出た。
 ドレスは昨日食事の時に着た、軽くて動き易そうなものがあったのでそれを選んだ。昨日も着ていたので、あまりにも場違いという事もないだろう。

 歩いていると、すぐにメイドらしき人が居たので話しかけようと近寄る。しかし、メイドは私の顔を見るなり眉をひそめてメイド仲間の方に行ってしまった。あからさまにこちらを見てひそひそされる。

 やっぱりこの服装が怪しいのだろうか。

 気が滅入りそうになりながらも、次に男性の騎士らしき人を見つけたので、聞いてみることにした。

「おはようございます。すいません。飲み物を頂きたいのですが何処に行けばいいか教えて頂けますか?」

 礼儀正しそうな騎士の人は、私の方を見ると不快そうにした。

「失礼ですが、聖女召喚の……」

「あ。そうです。怪しげな人ではありませんので!」

「今の段階で、まだあなたの処遇については決定していないと聞いています。出歩かないで頂けると助かります」

 これ以上話すことはないというように、もう彼は私に目も合わせてくれなかった。
 きっぱりと拒絶をされて、悲しい気持ちになる。

「わかりました。申し訳ありません」

 私の地位って本当に低いんだな。
 邪魔者を見る目を感じた。

 私は居た堪れなくなり、頭を下げ急いで自室に戻った。

 結局ここだけが、私の自由になる場所だったのだ。だけどここだっていつ追い出されるかわからない。

 沈んでいく気持ちの中で、そんな事はない、と思いなおす。
 ここではないけれど、塔に部屋を用意してもらえる。

「フィスラ様が雇ってくれると言っていたから大丈夫」

 自分に言い聞かせるように、声に出す。
 そうだ。ちょっと変な人ではあるけれど、仕事をくれる。

 大丈夫。
 私には仕事をくれる人がいるからいらなくてもここに居られる。大丈夫。

 もう泣かないように、大丈夫と繰り返す。

 そうしているうちに、ノックの音が聞こえた。先程の視線を思い出し、知らず身体がこわばる。
 恐る恐る返事をすると、扉が開いた。

「ツムギ様! もう起きていたのですね」

「マスリー……おはよう」

 知った顔が現れてホッとして身体の力が抜けた。何故か彼女は少し息を切らして、険しい顔をしている。

「大丈夫? なにかあったの?」

「いえ。そこでメイド仲間に会って、外に出られていたって知ったので」

「ああ、ごめんなさい勝手に出て。出たらよくないって知らなかったの……」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

恋愛は見ているだけで十分です

みん
恋愛
孤児院育ちのナディアは、前世の記憶を持っていた。その為、今世では恋愛なんてしない!自由に生きる!と、自立した女魔道士の路を歩む為に頑張っている。 そんな日々を送っていたが、また、前世と同じような事が繰り返されそうになり……。 色んな意味で、“じゃない方”なお話です。 “恋愛は、見ているだけで十分よ”と思うナディア。“勿論、溺愛なんて要りませんよ?” 今世のナディアは、一体どうなる?? 第一章は、ナディアの前世の話で、少しシリアスになります。 ❋相変わらずの、ゆるふわ設定です。 ❋主人公以外の視点もあります。 ❋気を付けてはいますが、誤字脱字が多いかもしれません。すみません。 ❋メンタルも、相変わらず豆腐並みなので、緩い気持ちで読んでいただけると幸いです。

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

異世界でも、とりあえず生きておく

波間柏
恋愛
 大学の図書室で友達を待っていたのにどうやら寝てしまったようで。目を覚ました時、何故か私は戦いの渦中に座っていた。 いや、何処よここは? どうした私?

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

塔の魔王は小さな花を慈しむ

トウリン
恋愛
セイラム国第一王子アストールは、その強大過ぎる魔力故に人と交わることができず、辺境の塔に身を置いていた。彼の力を恐れるあまりに、使用人はいつかない。いい加減、数えるのにも飽きた頃、彼の前に連れてこられたのは、まだ幼いフラウという名の少女だった。彼女もまた、ある理由から孤独の中に身を置いていて…… 己の不幸に囚われていた傲慢な王子と人の温もりを知らない無垢な少女は、互いにかけがえのない相手となっていく。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...