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第11話 扉の外
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情報量が多くあまりにも疲れたため、食事は部屋でしたいとマスリーに伝えると、彼女はすぐに手配してくれた。
ベッドのそばにテーブルセットがあるので、そこに食事を並べてくれる。
ちなみにお昼はフィスラが高カロリーそうなジャムを挟んだだけのパンをくれて食べた。
本当にあの人は不健康な生活をしていそうで心配になる。
私の雇い主には、是非長生きをしてもらいたい。
今日のメニューはサラダにスープ、メインはローストビーフのような見た目の薄切りお肉だ。それに白いパン。
気を使ってくれたのか、甘そうなお酒もつけてくれている。
食事は給仕してくれそうだったが、申し訳ないけれど下がってもらった。
慣れない客室だとしても、一人になれると緊張ゆるみほっと息をついた。
でも一人になった途端、部屋の静かさが気になってしまう。ここは日本の自分の部屋じゃないからテレビもないし、音楽もかけられない。
食事もとても美味しいのに、一人で食べる味気なさは日本の比ではない気がした。
そういえば、コンビニで買ったお菓子があったんだっけ。
チェストの端に場違いな感じでコンビニの袋が置いてあった。召喚されたときに着ていた服も一緒に綺麗に畳まれて積まれている。洗濯しておいてくれたみたいだ。
がさがさと袋の中から飴を取り出す。
ミルク味のお気に入りの飴だ。口に入れると、優しい砂糖の甘さが広がった。
「……おいしい」
呟くと、その声は思いの外大きく響いた。
ここは、静かだ。
そう思った瞬間、涙がこぼれた。
「あれ、おかしいなあ……。日本に未練はないはずだって、フィスラ様も言ってたのに……」
それでも、涙が出てくる。
拭っても、次から次へとあふれる涙を止めることができない。
未練はない。
私もそう思っていた。
ここ何年も、ただ、時間を無為にしていただけだったから。
それでも、思い出が日本にはたくさんあった。楽しい事はあった。
私はそれすらも、失ってしまったのだと気が付いた。
それとも、私はすでに何も持っていなかったのだろうか。
わからない。
言葉にはできない感情があふれ、私はしばらく泣き続けそのまま眠ってしまった。
**********
起きても特にやる事がない。
泣いたせいで腫れた目をこすりながら、どう過ごしていいのかわからない私は、ベッドのそばの窓から入る朝日を恨めしい気持ちで見た。
フィスラからもらった魔導具の効果は絶大で、目が覚めてこんなにクリアな視界は物心ついてから初めてだ。
豪華な室内は全く自分の部屋とは違い、嫌でも聖女召喚を思い出させる。
マスリーは、今は居ないようだ。
食事はともかく飲み物が飲みたい。昨日フィスラ様と食事をした近くにキッチンがあったから、そこに行けば何かもらえるかもしれない。
取りあえず誰かに聞いてみよう。
特に行動を制限されていたわけではないので、着替えて外に出た。
ドレスは昨日食事の時に着た、軽くて動き易そうなものがあったのでそれを選んだ。昨日も着ていたので、あまりにも場違いという事もないだろう。
歩いていると、すぐにメイドらしき人が居たので話しかけようと近寄る。しかし、メイドは私の顔を見るなり眉をひそめてメイド仲間の方に行ってしまった。あからさまにこちらを見てひそひそされる。
やっぱりこの服装が怪しいのだろうか。
気が滅入りそうになりながらも、次に男性の騎士らしき人を見つけたので、聞いてみることにした。
「おはようございます。すいません。飲み物を頂きたいのですが何処に行けばいいか教えて頂けますか?」
礼儀正しそうな騎士の人は、私の方を見ると不快そうにした。
「失礼ですが、聖女召喚の……」
「あ。そうです。怪しげな人ではありませんので!」
「今の段階で、まだあなたの処遇については決定していないと聞いています。出歩かないで頂けると助かります」
これ以上話すことはないというように、もう彼は私に目も合わせてくれなかった。
きっぱりと拒絶をされて、悲しい気持ちになる。
「わかりました。申し訳ありません」
私の地位って本当に低いんだな。
邪魔者を見る目を感じた。
私は居た堪れなくなり、頭を下げ急いで自室に戻った。
結局ここだけが、私の自由になる場所だったのだ。だけどここだっていつ追い出されるかわからない。
沈んでいく気持ちの中で、そんな事はない、と思いなおす。
ここではないけれど、塔に部屋を用意してもらえる。
「フィスラ様が雇ってくれると言っていたから大丈夫」
自分に言い聞かせるように、声に出す。
そうだ。ちょっと変な人ではあるけれど、仕事をくれる。
大丈夫。
私には仕事をくれる人がいるからいらなくてもここに居られる。大丈夫。
もう泣かないように、大丈夫と繰り返す。
そうしているうちに、ノックの音が聞こえた。先程の視線を思い出し、知らず身体がこわばる。
恐る恐る返事をすると、扉が開いた。
「ツムギ様! もう起きていたのですね」
「マスリー……おはよう」
知った顔が現れてホッとして身体の力が抜けた。何故か彼女は少し息を切らして、険しい顔をしている。
「大丈夫? なにかあったの?」
「いえ。そこでメイド仲間に会って、外に出られていたって知ったので」
「ああ、ごめんなさい勝手に出て。出たらよくないって知らなかったの……」
ベッドのそばにテーブルセットがあるので、そこに食事を並べてくれる。
ちなみにお昼はフィスラが高カロリーそうなジャムを挟んだだけのパンをくれて食べた。
本当にあの人は不健康な生活をしていそうで心配になる。
私の雇い主には、是非長生きをしてもらいたい。
今日のメニューはサラダにスープ、メインはローストビーフのような見た目の薄切りお肉だ。それに白いパン。
気を使ってくれたのか、甘そうなお酒もつけてくれている。
食事は給仕してくれそうだったが、申し訳ないけれど下がってもらった。
慣れない客室だとしても、一人になれると緊張ゆるみほっと息をついた。
でも一人になった途端、部屋の静かさが気になってしまう。ここは日本の自分の部屋じゃないからテレビもないし、音楽もかけられない。
食事もとても美味しいのに、一人で食べる味気なさは日本の比ではない気がした。
そういえば、コンビニで買ったお菓子があったんだっけ。
チェストの端に場違いな感じでコンビニの袋が置いてあった。召喚されたときに着ていた服も一緒に綺麗に畳まれて積まれている。洗濯しておいてくれたみたいだ。
がさがさと袋の中から飴を取り出す。
ミルク味のお気に入りの飴だ。口に入れると、優しい砂糖の甘さが広がった。
「……おいしい」
呟くと、その声は思いの外大きく響いた。
ここは、静かだ。
そう思った瞬間、涙がこぼれた。
「あれ、おかしいなあ……。日本に未練はないはずだって、フィスラ様も言ってたのに……」
それでも、涙が出てくる。
拭っても、次から次へとあふれる涙を止めることができない。
未練はない。
私もそう思っていた。
ここ何年も、ただ、時間を無為にしていただけだったから。
それでも、思い出が日本にはたくさんあった。楽しい事はあった。
私はそれすらも、失ってしまったのだと気が付いた。
それとも、私はすでに何も持っていなかったのだろうか。
わからない。
言葉にはできない感情があふれ、私はしばらく泣き続けそのまま眠ってしまった。
**********
起きても特にやる事がない。
泣いたせいで腫れた目をこすりながら、どう過ごしていいのかわからない私は、ベッドのそばの窓から入る朝日を恨めしい気持ちで見た。
フィスラからもらった魔導具の効果は絶大で、目が覚めてこんなにクリアな視界は物心ついてから初めてだ。
豪華な室内は全く自分の部屋とは違い、嫌でも聖女召喚を思い出させる。
マスリーは、今は居ないようだ。
食事はともかく飲み物が飲みたい。昨日フィスラ様と食事をした近くにキッチンがあったから、そこに行けば何かもらえるかもしれない。
取りあえず誰かに聞いてみよう。
特に行動を制限されていたわけではないので、着替えて外に出た。
ドレスは昨日食事の時に着た、軽くて動き易そうなものがあったのでそれを選んだ。昨日も着ていたので、あまりにも場違いという事もないだろう。
歩いていると、すぐにメイドらしき人が居たので話しかけようと近寄る。しかし、メイドは私の顔を見るなり眉をひそめてメイド仲間の方に行ってしまった。あからさまにこちらを見てひそひそされる。
やっぱりこの服装が怪しいのだろうか。
気が滅入りそうになりながらも、次に男性の騎士らしき人を見つけたので、聞いてみることにした。
「おはようございます。すいません。飲み物を頂きたいのですが何処に行けばいいか教えて頂けますか?」
礼儀正しそうな騎士の人は、私の方を見ると不快そうにした。
「失礼ですが、聖女召喚の……」
「あ。そうです。怪しげな人ではありませんので!」
「今の段階で、まだあなたの処遇については決定していないと聞いています。出歩かないで頂けると助かります」
これ以上話すことはないというように、もう彼は私に目も合わせてくれなかった。
きっぱりと拒絶をされて、悲しい気持ちになる。
「わかりました。申し訳ありません」
私の地位って本当に低いんだな。
邪魔者を見る目を感じた。
私は居た堪れなくなり、頭を下げ急いで自室に戻った。
結局ここだけが、私の自由になる場所だったのだ。だけどここだっていつ追い出されるかわからない。
沈んでいく気持ちの中で、そんな事はない、と思いなおす。
ここではないけれど、塔に部屋を用意してもらえる。
「フィスラ様が雇ってくれると言っていたから大丈夫」
自分に言い聞かせるように、声に出す。
そうだ。ちょっと変な人ではあるけれど、仕事をくれる。
大丈夫。
私には仕事をくれる人がいるからいらなくてもここに居られる。大丈夫。
もう泣かないように、大丈夫と繰り返す。
そうしているうちに、ノックの音が聞こえた。先程の視線を思い出し、知らず身体がこわばる。
恐る恐る返事をすると、扉が開いた。
「ツムギ様! もう起きていたのですね」
「マスリー……おはよう」
知った顔が現れてホッとして身体の力が抜けた。何故か彼女は少し息を切らして、険しい顔をしている。
「大丈夫? なにかあったの?」
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