【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

文字の大きさ
上 下
45 / 49

42

しおりを挟む
 伊織はテーブルの上にあるタッパーの中身をじっと見つめた。
 今日はリルトとの二回目の面会日だ。
 つい今しがた隣に座っているリルトが蓋を取ったタッパーの中には小さな丸い容器に入ったゼリーが四つ入っていた。
 色味と匂いでそれが苺と蜜柑だとわかる。
 ゼリーは小さくて二口程度で食べれる大きさだ。

「これって……」
「ゼリーなら食べられないかと思って。この量なら負担にならないかなと」

 今日はラフにセーターとジーンズのリルトが、少し眉を下げて笑う。
 会った時に初日とは違う服装をマジマジと見れば、初対面だから気合を入れたと言われて笑ってしまった。
 可愛いとうっかり思ってしまったのは内緒だ。
 それにしても、どう見ても家庭用のタッパーだし、取り出したのも家庭用の保冷バックだった。

「もしかして、手作り?」
「そう、まだ冷たいからよかったら」

 手作りを持ってきてくれるとは思わなかった。
 ぽかんとゼリーを見つめてしまう。

「俺なんかにわざわざすみません」

 ふいに右手を取られた。
 顔を上げたら、リルトの真剣な眼差しが見つめてくる。

「なんかじゃない」

 じっと紺碧の瞳に見つめられて、どう答えたらいいかわからなくて伊織は視線をそらした。
 そういう言葉は慣れていない。
 花も小さい頃は何度か言っていたけれど、いちいち気遣わなくていいと言ったら言わなくなった。

「作れるなんて凄いね」

 どうにか話をそらしたくてゼリーの話題を振ると、手を離されてほっとした。

「料理は結構必死で覚えたから」

 一人暮らしなのだろうと思う。
 アメリカから来たと言っていたから、食文化が違って大変だったのかなと考えた。
 もしくは食べるのが大好きか。

「努力家なんだ」

 関心すると、リルトが一瞬キョトンとしてからふっと笑った。
 思わずといったように。

「そんなんじゃないよ。オメガに会えたとき、やってあげたいことを妄想してたら出来るようになりたくなった」
「妄想って」
「妄想だな」

 直球な言葉に噴き出すと、伊織はくすくすと笑った。

(なんか本当この人、可愛く思っちゃうな)

 こんな整った大人の男が堂々と妄想を元に頑張ったなんて、おかしくて仕方がない。

「リルの本は知り合いがファンで何冊か読んだんだ」
「そうか、嬉しいな」

 パアッと顔を明るくさせたリルトは金髪のせいもあって、さながら尻尾を大きく振っているゴールデンレトリバーに見える。

「恋愛ものとかもあったけど、もしかしてそれも?」
「それは半分はやってみたいことの妄想だな」
「あはは!そうなんだ」

 神妙な顔で頷くものだから、とうとう伊織は声を上げて笑ってしまった。

(こんな百戦錬磨みたいな見た目してるのに!しかもそれ言っちゃうところが、ちょっと残念な人だな)

 笑う伊織に気分を害したふうもなく、リルトは脇に避けていた保冷バッグから小さなスプーンを取り出した。
 用意がいい。
 スプーンを渡されるのかと思ったら、それを右手に持ったままリルトは蜜柑のゼリーの容器をひとつ手に取った。
 ぷるりとしたそれをスプーンで小さく掬い上げる。
 そのまま口元に運ばれてしまった。

「ほら」
「え!自分で」
「駄目、したい」
「小さい子じゃないんだから」

 拒否をすると、目に見えてシュンとされてしまった。

「アルファの給餌は求愛行動だよ。駄目?」

 くうんと鳴き声が聞こえてきそうだ。
 ついでにヘタレた犬耳の幻覚が見える。
 うっと伊織は動揺した。
 さっきまでゴールデンレトリバーだったのに、一瞬で子犬になるなんて何なんだと。
 ちょんとゼリーの乗ったスプーンで唇を小さく突かれると、まあいいかと思ってしまい口を開いてしまった。
 途端、リルトの顔に満面の笑みが広がる。

(くっ、ほだされる)

 初対面からほだされている自覚はあるけれど、ちょっと悔しい。
 口に入れたゼリーはまだ冷たい。
 つるりとしたほどよい蜜柑の甘味は、吐き気を誘うことはなかった。

「美味しい」
「よかった、吐き気は?」
「今のところ平気」

 結局嬉し気なリルトに給餌されたまま蜜柑と苺をひとつずつ食べてしまった。
 恥ずかしいことこのうえないけれど、他人の目がないからいいかと開き直った。

「残りは夜にでも食べて。容器は洗わずに返してくれていいから」
「ありがとう、美味しかった」
「どういたしまして」

 食事をしたのに吐き気がないことに伊織は機嫌がよかった。
 まだ普通の食事は食べるのが結構大変なのだ。
 けれどゼリーは少量だったのもあり、美味しく食べられた。
 手作りだと思うと、ほんのり胸が温かくなる。
 タッパーに蓋をして保冷バッグに戻してしまうと、じっとリルトは伊織を見つめた。
 その視線の先は顔ではなく、首元を見ている。

「前回はまったくしなかったけど、少しだけフェロモンが出てきたな」
「フェロモン?俺出してるの?」

 思わぬ言葉に伊織はパチパチとまばたきを繰り返した。
 首元を見ていたのはそれでだろうかと、なんとなく首筋に手をやっても自分では何もわからないし、それらしい匂いも感じない。

「本来ならつねに出てるものだよ。今は淡い花のような香りがうっすらしてる」
「してるんだ」
「うん、ほんのごくわずか。多分治療が進んだらちゃんと香るよ。投薬予定だったよね?」

 治療方針を思い出しながら、そうだったなと頷く。

「抑制剤ある程度抜けたら、治療用の薬飲むって言ってた。リルもフェロモン出してるの?」
「出してるよ」

 出してるのか。
 スンスンと鼻を鳴らしてみたけれど、それらしい匂いはまったくしない。
 そもそもフェロモンとはどんなものかも知らないけれど。

「俺のも治療が進めば感知できるようになるよ」
「そうなんだ」

 そういうものなのかと思っていると、望月が衝立から出てきた。
 時間らしい。
 そのままリルを見送ったあと自分も病室に帰る途中、手に持った保冷バッグを見下ろした。
 まだゼリーが二つ、中に入っている。

「花ちゃん以外にこんなことしてもらうの、はじめてだ」

 なんだかソワソワしてしまう。
 それは嬉しさなのか申し訳なさなのかは、ちょっとよくわからない。
 でも、大事に食べたいと思っている。

「わざわざ作ってくれたんだよな」

 伊織はそっと保冷バッグを胸に抱えた。




翌日、面会に花が来てくれた。
 ベータの女性なので面会許可が下りたらしい。

「心配させるんじゃないよ」

 フンと気の強そうな顔で言い放たれる。
 目の前で倒れたから心配させただろうなと申し訳なく思いながら、伊織はベッド横の椅子に座るよう促した。

「ごめん。でも俺のせいじゃないよ、大元は母さんだから」
「どういうことだい」

 椅子に座った花が眉を寄せる。
 花は爽子にいい感情を持っていない。
 怒るかなと思いながらも望月や日下部から聞いた話を説明すると。

「あのクソ女!」

 見事な罵り具合だった。

「わあ辛辣」

 伊織は怒るより困惑が強かったので、怒る内容だったんだなと花を見て思った。
 盛大な舌打ちまでした花は落ち着くように嘆息して、普段から伸びている背筋を正した。

「じゃああんたはオメガだったということなんだね?」
「そうみたい。実感ないけど」
「そうだろうね」

 どこか同情するような眼差しだ。

「それで作家のリルト・クランベルがマッチング相手?」

 確認する花に、伊織はこっくりと深く頷いた。

「そうなんだよ。俺も驚いた」
「親日家とは思ってたけど、日本に住んでたとはねえ」
「大学出てからずっと日本だって。日本語ペラペラだった」
「おかしな縁もあるもんだね。それでどうだった?」

 ベッド横の椅子に座っている花の前で、ベッドの端に腰掛けたままぷらりと伊織は足を小さく揺らした。
 思い返すのは、しゅんとする幻覚犬耳の見える顔だ。

「子犬みたい?」
「なんだいそりゃあ」
「ものすごく美形で背もたっかいんだけど、なんか可愛い人だった」

 伊織の感想に、花はあからさまに眉を寄せた。
 伊織の感想ではリルトの人物像がうまく浮かばないようだ。

「大の男の評価が可愛いかい」
「可愛かったんだもん」

 それは事実だから仕方がないと唇を尖らせれば、肩をすくめられてしまった。

「まあ悪くない人物なら、よかったじゃないか」
「確かに」

 脳裏に尻尾を振っているような幻覚のリルトを思い出す。
 しゅんとしてるのは子犬っぽいけど、それ以外もうっかり可愛く見えてしまったなと思う。

(確かに大人の男を可愛いとか子犬は失礼かな?いやでも可愛かったしな)

 それは事実だから仕方がない。

「結婚相手の候補みたいなもんだって言われても、好きな人出来たことないから不思議」
「物理的に人間関係遠ざけられてきたからね」

 そうなのだ。
 爽子は花以外は大人だろうが子供だろうが、伊織に人が近づくのを許さなかった。
 今思えばベータで初老の女だった花が伊織に近づいても、オメガ性に関係ないと思われていたのだろう。

「あんたはあの女のせいでちょっと世間とはズレてるんだ」
「ズレてるの俺」

 衝撃の事実だ。
 そんなこと思った事もなかった。

「そのうえオメガなら、しっかりしたアルファに守られるのもありだよ」
「守られる……」

 今まで庇護してくれたのは花だけなので、いまいちピンとこなかった。
 ぼんやりオウム返しをすれば、じろりと睨まれる。

「今まで一人だったからって、これからも一人でいなきゃいけないわけじゃない」
「花ちゃんは一人じゃん」
「おだまり。私は趣味が忙しかっただけだよ」

 多趣味で色恋より趣味だとハッキリしていた花は出会った頃から一貫している。
 変わらないなと伊織はくすくすと笑った。
そして花に言われた内容を考えてみる。
確かに花以外と関りのない人生だ。
おまけにオメガなんて事実も発覚してしまった。
正直今までと同じ生活は無理だろうなというのは、わかる。

「吐き気も薬のせいだったんだろう?」
「うん、薬抜ければ収まるはずだって」

 あからさまに花の眉間に皺が寄った。

「本当にふざけた女だね。ああ、バイトは連絡いれたから気にしなくていいよ。向こうも療養を優先しろだとさ」

 それにほっと息を吐いた。
バイト先を紹介してくれたのは花だ。
バイト先の店主たちの言葉に、ありがたいなと安心した。
 そんなことを考えていると、そうだこれと言って花が紙袋を渡してきた。

「着替え買ってきたよ」
「ありがと。通帳戻ってきたから退院したら払うね」

 紙袋を受け取りぽんとベッド上に置くと、花にふんと鼻を鳴らされた。

「いらないよ。しかし連絡とれないのは不便だね」
「うーん確かに」

 今まで実はスマホを持っていなかった。
 ネットなんかをさせたくなかったらしい爽子の猛反発にあったのだ。
連絡を取る友人もいなかったから、まあいいかできてしまった。
 退院後は決まっていないけれど、母と住むことはもうないだろうと思っている。
 なので新しく契約しなければだった。

「退院したらスマホ買わなくちゃ」
「まあ体調よくなったら外出許可出るんじゃないかい」
「そうだね」

 スマホはとりあえずは買う予定だ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...