【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

文字の大きさ
上 下
40 / 49

37

しおりを挟む
 グルタはしばらく動けないだろう。

 氷の囲いに問題がないかを確認してから、そのままミシェラは救護テントに戻った。

「どこに行っていたの? 全然戻らないから心配していたのよ」

 戻るとマイヤが心配した顔で駆け寄ってきた。無事を伝え、謝る。そしてクッキーが見つからなかったことも。

 病状が悪化したものや新しい救護人はまだ出ていないとの事だったので、ほっとする。
 このまま回復魔術を使う機会はないかもしれない。

 もう一度今の救護人を診て、必要ならば薬を与えようかと迷っていると、遠くからざわめきが聞こえていた。

 見知った女性が、誰かを抱えてこちらに走ってくる。

「ミシェラ! 怪我人よ! とりあえず応急処置はしてある。私は魔力の温存をしなければいけないから、頼むわ」
「わかりました! ……っ、ダギーさん」

 シュシュが連れて来たのは、ハウリーと村に来ていた、ダギーだった。無口で優しい彼の背中が、ずたずたに切り裂かれている。

 慌てて背中を見ると、シュシュの言う通り、表面上の傷はふさがっていた。しかし、それは表面だけで、多くの血が失われただろうダギーはぐったりとしていた。

「……大丈夫だミシェラ。そんな顔をするな」

 大怪我をしているのに、ダギーはミシェラに安心させるように声をかけてくれた。その笑顔に、ミシェラは心がぎゅっとなるのを感じた。

 皆、戦っている。
 なのに、私は機会がないからと言い訳をして魔術を使ってもいなかった。まったく最善を尽くしていない。

 私は私のやり方で、きちんと戦いに参加しなければいけない。

 禁止されるだとか、もしかしたらハウリーに嫌われるかだとかは、関係なかった。
 これで、何が魔術師団に入りたいだ。村を守る決意ができているだ。

 何の覚悟もしていなかった事に、気が付いてしまった
 自分のできることを何もやっていなかったことに、恥ずかしくなった。

「ダギー様、大丈夫です! 私が今回復するので、安心してください」

 ミシェラがにこりと笑いかけると、ダギーをベッドに運んでいたシュシュがさっと顔色を変えた。

「駄目よ! スカイラ師団長から聞いているわ。あなたの回復は、魔術じゃない」

 当然の指摘に、ミシェラは眉を下げたどたどしく説明した。

「……私が使うのは、魔法陣を用いています。ただ、教科書とは違ったので、テストでは使えなかっただけなんです」
「なんですって?」
「シュシュさんもダギーさんも、魔法陣は見れますよね。私が展開するので、見てください」

 そういって、ミシェラは魔法陣を展開した。

「……確かに、私の使うものとは違う。でも、回復の魔法陣とは似通っているわ。知らないシンボルがいくつかある……」
「そうだな。……だが、ミシェラが使えるのならちょうどいい。シュシュは魔力の温存をしなければいけないから、彼女が使えるのならその方がいいだろう。俺はミシェラを信じてる」
「そう、よね。ミシェラが私達に害悪を与えるとは思えないし、信じるわ」
「そうだ。傷は痛いしな。早くしてくれ」
「まったく、いつになく冗談なんて言って」
「いたっ」

 シュシュは困った顔をしながら、ダギーの肩を叩いた。ダギーは割と本当に痛そうな顔をしている。大丈夫なのだろうか。

「大丈夫じゃない」
「えっ。口に出てましたか?」
「顔に出ていた」
「あわわ。……じゃあ、信用してもらえたなら、回復します」

 ミシェラが確認するために二人の顔を見ると、二人は大丈夫という顔で頷いた。

『回復』

 ミシェラが祈る様に呪文を唱えると、ぱぁっと優しい光がダギーを包んだ。

「……! まさか……」

 光が消えた途端に、ダギーががばっと立ち上がる。ぐるぐると腕を回したり、足を動かしたりして確認している。

「急にそんなに動いたら危ないわ。内臓をやられていたのよ!」
「……回復している」
「えっ」
「回復しているんだ! 全く、問題ないまでに」

 物静かなダギーが、興奮したようにシュシュに身体を動かして見せる。

 やっぱり、実力は疑われていたようだ。
 これで、役に立つことが分かったなら良かった、とミシェラは息を吐いた。

「……本当に?」
「本当だ」
「なにそれ、本当にそんな事あるの……?」

 シュシュが呆然としたように呟いた。

「どういうことですか? 何か変な事がありましたか?」
「ミシェラちゃん、魔力の残りはどれくらい?」
「今日は特になにも使っていないので、ほぼ残っている状態です」

 回復魔術が使えたのに、薬に頼っていたことを告白するようで、ミシェラは下を向いて答えた。
 ミシェラの答えにシュシュは手で顔を覆い、大きなため息をついた。ダギーはなぜか頷いている。

「……うわーそうなのかー」
「魔法陣を見た時に、ちょっとそうかなとは思っていた」
「私だってそうよ! でもやっぱりこの目で見るとびっくりするじゃない!」
「ええと、何か問題があったら教えてください」

 ふたりの会話が全く分からない。
 ミシェラは思い切って二人に確認すると、彼らはばっとこちらを見て、何とも言えない笑顔を浮かべた。

「問題はない。まったくない」
「そうよ……。問題はないけど、どちらかというと今は前線に来てはどうかなっていう気持ちよ」
「えっ。行ってもいいんですか?」
「そうだな。戦況は悪いわけではないが、かなり厳しい戦いではある。ミシェラであれば、スカイラ師団長の助けにもなるだろう」

 二人が何を問題にしていたかはわからなかったけれど、前線へのお誘いは嬉しい。
 ミシェラは飛び上がって喜んだ。

「ありがとうございます! 邪魔しないようにするので!」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「マイヤには声をかけておこう」

 さっと二人が準備をしてくれて、あっという間に結界の中に出ることになった。マイヤは急なことにびっくりし、心配そうな顔をしつつ見送ってくれた。

「何か忘れものはない?」
「私は特に私物は持ってきていないので。……そういえば、さっきグルタをそこに捕まえておいたんだった」
「グルタ?」
「あの、村長の息子で、先ほど襲われそうになったんです」
「ああ! 前にミシェラちゃんに襲いかかった彼! え? また襲われたの? あの時に処分を重くするべきだったわね。ミシェラちゃん。襲われただなんて、大丈夫だった?」

 シュシュはあの日の事を思い出したのか、憎々しげにつぶやいて、ミシェラの身体を点検し始めた。慌てて怪我がないと言うと、ほっと息をつく。

「大丈夫でした。思ったよりもずっと、怖くなくて、大丈夫でした。ふふ、私のが圧倒的に強かったんですよ。魔術の氷の囲いをつくって出れないようにしたんです」
「それはいいな!」
「……氷の囲いなんて作れるのね。ああ、でももう安心ね。そんな馬鹿はその辺に置いておけばいいのよ。あとで回収して魔術師団を襲った罪で訴えましょう」

 二人はミシェラの言葉に大笑いして、グルタの事は気にするなとそのままドラゴンとの戦場に向かっていった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた聖女は角笛を吹く〜氷河の辺境伯様の熱愛で溶けそうです

香練
恋愛
ステラは最も優れた聖女、“首席聖女”、そして“大聖女”になると期待されていた。 後妻と義姉から虐げられ大神殿へ移り住み、厳しい修行に耐えて迎えた聖女認定式。 そこで神から与えられた“聖具”は角笛だった。 他の聖女達がよくある楽器を奏でる中、角笛を吹こうとするが音が出ない。 “底辺聖女”と呼ばれるようになったステラは、『ここで角笛を教えてもらえばいい』と辺境伯領の神殿へ異動を命じられる。『王都には二度と戻れない』とされる左遷人事だった。 落ち込むステラを迎えたのは美しい自然。 しかし“氷河”とも呼ばれる辺境伯のクラヴィは冷たい。 それもあるきっかけで変わっていく。孤独で不器用な二人の恋物語。 ※小説家になろうでも投稿しています。転載禁止。●読者様のおかげをもちまして、2025.1.27、完結小説ランキング1位、ありがとうございます。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...