【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

文字の大きさ
上 下
35 / 49

32

しおりを挟む
 試験までもうすぐ。
 ミシェラは寝る間も惜しんで魔法陣と向き合っていた。

 食堂に行く時間も惜しかったけれど、フィアレーからどうしても食事はしっかりとってくれと言われては従うしかなかった。

「ハウリー様からも言われているんです。ミシェラ様を太らせるようにと」

 厳しい顔でいうフィアレーからも、まさか自分の事が家畜と思えているのでは? と思ったけれど彼女の心配した顔に、口にするのはやめておいた。

 どうしても魔術に対する心の有り様がわからない。自分で奇跡を起こすことができない。

 とぼとぼと食堂に向かっていると、廊下にシュシュが立っているのが見えた。彼女とは村を出てからは会うのは初めてだ。

「シュシュさん、お久しぶりです」
「……ミシェラちゃん」

 近付くと、彼女は目を見開いてミシェラを見つめた。

「これから食事?」
「はい。その予定です」
「……食事は持ってきてもらうから、私の部屋で一緒に取りましょう」

 何かを堪えるような平坦なシュシュの言葉に、ミシェラは戸惑いつつも頷いた。
 シュシュの部屋は、ミシェラの倍ぐらいの広さで、豪華だった。

 高そうな絵やタペストリーが飾ってあり、テーブルもミシェラのように簡素なものではなく、年季の入った凝ったものだ。

「わぁ素敵な部屋ですね」
「……そうね。私の家は伯爵家だから割といいものを揃えてもらっているわ。恵まれているとは思ってる」
「シュシュさん……? どうしたんですか?」

 元気がなさそうに見える。村で見たシュシュは、自信に満ちていて、優しい女性だった。
 シュシュはじっとミシェラの事を見つめ、ため息つき髪の毛をかきあげた。

「私も私がわからなくなっているところよ。でも、どうしてあなたなの?」

 真剣な顔で問われも、意味が分からない。

「どうして、とは……?」
「スカイラ師団長に選ばれたのが、どうしてあなたかってことよ」
「私は、魔力が豊富らしい白い髪だから、連れ出してもらえただけです」

 シュシュの質問に慌てて答えたが、自分の言葉に悲しくなる。
 本当の事だからだ。

「それでも! あなたはまだ何物でもない! あなたがきたせいで、師団長は無駄に仕事を抱え込んでいる。それなのに、気にした素振りもなく更に特別に目をかけたりしてる……! あなたのせいで、彼の評価が下がるのなんて見ていられない」

 ぐっと手を握り込み、下を見ながら言葉を震わせるシュシュをみて、ああそうか、とミシェラは思った。

「……シュシュさんは、ハウリー様の事が大事なんですね」

 ミシェラの言葉に、シュシュは弾かれたようにミシェラの方を向いた。

「それはそうよ! 私の方がずっと長い時間一緒にいて、ずっと長い間師団長を支えてきた。役に立ちたいと願って、そう努力してきたわ。ハウリー様から自分と似ていて、部下にしたいだなんて言葉、今まで誰にだってかけた事なかったのに……。」

「……それなら、わたしの事も信じてください。私もハウリー様に助けられて、救われています。自分よりも、ハウリー様の方が大事なんです。ハウリー様に不利益になる事はしたくないと思っています」
「それでも! 今だってミシェラは魔力はあるけれど全然魔術も安定しないし、なんであんな子供を連れて来たって言われてるのよ。今まで汚点なんて一個もない完璧な人だったのに。今貴女がいること自体が迷惑になってる!」

 全くできない自分が、迷惑をかけてしまっている事は知っている。
 でも、だからこそ努力することしかできない事も。

「それは、申し訳ありません。結果を出せていない事は、本当に申し訳なく思っています。……今は、魔術師になれるように努力するのが、ハウリー様の為になると信じています」
「そんなの、気持ちだけじゃない……。あなたの、何処がいいのか、わからない」
「ハウリー様は……境遇で通じるところがあるので、きっと同情してくれたんだと思うんです」
「輝かやかしい経歴を持つ師団長と生贄として生きてきたあなたに、何処に共通点なんてあるのよ……」
「上手く説明しにくいのですが、似ているんです。……気持ちの問題というか、心のありようというか、そういう事かもしれないです……」
「なによ、それ」

 ミシェラは生贄という事で、ハウリーはその完璧な人という事で壁を作られてきた。そして、その壁を自分でも受け入れてきた。でも、勝手にハウリーの気持ちを言ってはいけない気がして曖昧になってしまう。

 それでもシュシュには何か通じたようで、彼女は目をつむって俯いた。

「私だって、ずっと師団長を大事に思ってる……。だけど、あなたが来てからの師団長は、私の知らない人になってしまったみたいで……」

 呟いたシュシュは涙を流していた。それを乱暴にごしごしとこする。

「シュシュさん……」
「わかってるわ。……いつまでも、こんな風じゃいけないってわかってた。スカイラ師団長からも言われた言葉を、ずっと考えていたの。あなたに言われて、少しわかった。憧れていた彼に、理想像を押し付けていたんだわ。ごめんなさいミシェラちゃん。あなたと話したかったのに、感情的になってしまった。私もあなたの努力は、知っているわ」

 ぐしゃぐしゃの顔で、無理に笑ったシュシュは綺麗だった。

「ありがとうございます。……魔術、頑張りますね」
「そうよ。魔術ならだれもが詳しいんだから、それを忘れないでくれる? ここに居る人たちは質問なら誰だって応えられるのよ」

 そっぽを向いて伝えられた言葉は、つまり手伝うという事で。ミシェラは信じてもらえたことがわかって嬉しくなった。

「嬉しいです。シュシュさんから教えてもらえるなんてとても光栄です」
「なあにそれ。私はすぐに引導を渡したがるかもしれないわよ」
「ハウリー様を大事に思っているシュシュさんの事は、私は信じられます。その時は従います」
「……あなたは、馬鹿だわ」

 自嘲気味に笑って、シュシュはミシェラの肩を抱いた。そのまま頭をこつんとミシェラの頭につける。
 隣から感じる暖かさに、ミシェラも同じようにして目をつむった。言葉よりもずっと、通じ合えた気がした。

 その後、ふたりで食事をとったが、さっぱりとした顔のシュシュは団の話を面白おかしく話してくれた。
 ミシェラが入ったら、という仮定の話は、ミシェラには涙が出るほど嬉しかった。

 師団には入れないかもしれないけれど、仲間がいるってこういう事なのかな、とミシェラは嬉しく思った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

呪われた令嬢と呼ばれた私が、王太子の妃になりました

ゆる
恋愛
「呪われた娘」と蔑まれ、家族からも見捨てられた公爵令嬢ロミー。 唯一の味方だった母を失い、孤独な日々を送る彼女に持ち上がったのは、侯爵家の嫡男・レオンとの婚約話。しかし、顔も姿も見せないロミーを「呪われた醜女」だと決めつけたレオンは、翌日には婚約を一方的に破棄する。 家族からも嘲笑われ、さらなる屈辱を味わうロミー――だが、その場に現れた王太子アレクセイが、彼女の運命を大きく変えた。 「面白い。そんな貴族社会の戯れ言より、お前自身に興味がある」 そう言ってロミーを婚約者として迎えた王太子。 舞踏会でフードを剥がれ、その素顔が明かされた瞬間、誰もが息を呑む―― ロミーは呪われた娘などではなく、絶世の美貌を持つ先祖返りのハイエルフだったのだ! 彼女を蔑んだ家族と元婚約者には、身分剥奪と破滅の裁きが待っている。 一方、ロミーは王妃となる道を歩みながらも、公爵家の地位を保持し、二重の尊厳を持つ唯一無二の存在へ。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

処理中です...