【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

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 ミシェラは、その日から毎日魔術の灯りで魔法陣の展開を練習した。

 そちらがあまりに上手くいかないので、座学の方だけがどんどん進んでいく。
 三週間がたち、まだ魔術の灯りすら安定しないミシェラに、シマラはそれでも優しい。

「ここまで理解度が深いのに、なぜ魔法陣が安定しないのか理解に苦しみます」
「……わかっているのに、わからないんです」

 シマラはミシェラの解答を見ながら、本当に不思議そうに呟く。シマラは苦しそうに答えるミシェラを見かねたのか、慰めるように言葉を紡ぐ。

「……ここに居る魔術師は、皆幼少のころから魔術に触れています。学問に触れる機会の少ない平民はほとんどいないのです」
「でも、それじゃ駄目なんです。ハウリー様のお役に立ちたいのです」

 きちんと教えてくれるシマラに対し、こんな風に言ってはいけないのに、それでも後ろ向きな答えが口からこぼれてしまう。

「座学は、かなり優秀と言えるでしょう。たった三週間であなたは魔術学院に通えるレベルの学力に達しています。……試験に落ちたら、魔術学院に通えるように進言いたしましょうか?」

 肩に手を置き、そっとシマラが声をかけてくれる。

 この三週間という短い時間ですら、シマラがどれだけミシェラに心を砕いてくれているかわかっていた。
 涙が落ちそうになるのをぐっとこらえる。

 誰もがとても優しいのに、期待に応えられない自分が悔しい。

「座学でさえ、まだ、魔術学院に入学レベルだったのだな。それならば、入団などはまだまだ夢の様だろう。試験は辞退した方が、ハウリー様の為になる」

 きっぱりとした低い声が聞こえ、そちらを見るとマウリゼが立っていた。冷たい視線でミシェラとシマラを眺めている。

「マウリゼ副師団長……。まだ、講義中です」
「シマラ。この者の魔術の進捗状態はどうなのだ。報告せよ」

 マウリゼがそう問うと、シマラは一瞬躊躇した素振りを見せたが、そのまま礼を取り答えた。

「……今はまだ、魔法陣を安定して展開することが出来ていません。その為、魔力をのせても具現化が出来ていない状態です。魔力に対する扱いは問題ないと思われるのですが」

 シマラの言葉途中で、マウリゼはもういいというように手を振った。

「そうか、わかった。試験を受けるまでもなく、その資格がないという事だ。スカイラ師団長には、そう進言しよう」

 マウリゼはにやりと笑い、そのまま部屋を出ていった。
 シマラは申し訳なさそうに眉を下げ。、ミシェラを守るようにそっと優しくなでてくれた。

「気にしないで。彼はスカイラ師団長を妄信しているんだ。……僕はミシェラの努力を知っているよ。座学に関しては本当によくできていると思う。ただ、魔術を習得するための時間が足りていない。あなたのせいじゃないよミシェラ」
「ありがとうございます。私、頑張りますのでよろしくお願いいたします!」

 ミシェラはばっと頭を下げた。
 こんなにいい環境を用意してくれたのだ。

 それを自分から手放すなんてことをしてはいけない。もっと努力をしなければ。そう、改めて思う。

「……あれ……」
「ミシェラ!」

 なのに、なぜかミシェラの目の前は暗くなり、意識はそのまま沈んでいった。

 ※※※※

 目が覚めると、キラキラと光る天井が見えた。

「ここは……」

 自分の状況を悟り、魔術の光の輝きが涙でぼやける。
 もうすっかり見慣れたそれは、自室のベッドの天井だ。

 あのまま気を失ってしまったのだろう。全然うまくできない自分にも弱い心の自分にも、嫌になってしまう。

「あぁ……もう……」
「ミシェラ、目が覚めたのか?」
「えっ」

 すぐそばから思ってもみない声が聞こえ、ミシェラは飛び起きた。
 ベッドの上に腰かけ、何故か水差しを持ったハウリーと目があう。

「なんでここに……」

 出てきてしまった涙を誤魔化すように、ミシェラは下を向いた。慌てて服の袖で涙を拭う。

「よく眠れたか? なかなか様子も見に来れずに、すまない」
「いえ、ハウリー様が忙しいのは知っていましたし大丈夫です」
「ドラゴンの動きがどうにも怪しく、訓練以外はそちらにつきっきりだったのだ。……でも心配する事は、ないから」

 ドラゴンという単語に、ミシェラは息が止まりそうになる。
 ついこの間までミシェラの生かされてる意味だった、ドラゴン。

 あの村でのドラゴンに動きがある。
 ミシェラが生贄になるのは本当にすぐそこだったのだ。

 知らず、震えが走る。

「私、わたし……」
「講義については、聞いた。……私の師団に来て欲しいなど、プレッシャーをかけてしまった。この間も話したが、魔術師は選択肢の一つだ。一緒に居れればもちろん嬉しいと思っていた。私の手配のせいでこんな短い期間だし、うまくいかない事が当然だと思っていたけれど、ミシェラにとってはそうじゃなかったよな。すまない」
「謝らないでください!」

 期待していないと、そんな風に言わないで欲しい。

 求められる存在になりたかった。
 他ならない、ハウリーに。

 ミシェラは自分の中の自分勝手な欲望に振り回されているだけなのだ。
 努力しているのはハウリーの事を思っての事ではなく、ミシェラがハウリーに求められたかったのだ。

 自分勝手な、その思いでハウリーを苦しめている。
 それを突き付けられた気がして、ミシェラは息をのんだ。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私、違うんです。ハウリー様の役に立ちたいなんて言っていたのに、ただ認めて欲しいなんて思っていた欲深い駄目な人間だったんです。こんなんじゃ、生贄のままの方がまだ役に立ったのかもしれないのに……」
「そんな事を言うな!」

 パニック状態になってしまったミシェラを、ハウリーはぎゅっと抱きしめた。

「ハウリーさま、わたし……」
「ミシェラの努力は知っている。役に立たないだなんて、誰が言ったんだ」

 ゆっくりと言い聞かせるように、ハウリーはミシェラの目を見た。
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