【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

文字の大きさ
上 下
11 / 49

11

しおりを挟む
 グルタの部屋はミシェラの部屋とは雲泥の差だった。広さも段違いながら、調度品も。本棚には本がびっしりと詰め込まれているし、敷き物はミシェラに出さえ高級品だとわかる織の複雑さと艶やかさだ。

 ベッドも広く、誰かの手が入っているのだろう、きれいに整えられていた。

 グルタは乱暴にミシェラをベッドに投げ捨てる。ひねられ続けていた腕が痛い。のろのろと上半身を起こすと、上機嫌なグルタがこちらを見ている。

 白いワンピースは何も守ってくれそうもない。

 ミシェラには全く自覚はなかったけれど、グルタはミシェラの細長い手足と儚げな外見が気に入っていると言っていた。
 何も嬉しくない褒め言葉を、グルタは気持ちが悪い視線とともに何度もミシェラに投げつけてきていた。

 そういう目線だと、知っていた。
 でもずっと気が付かないふりでやり過ごしてきていた。

 しかし、それも今日はもう無理だろう。

 生贄になるのが昨日なら良かった。
 これ以上嫌な目に合う前に。

 痛い目なら散々あってきた。なのに、更にこんな辱めまで受けるのかと絶望的な気持ちになる。

「良かったな、ミシェラ。今日は俺が可愛がってやるから喜べよ」
「……生贄になるなら、綺麗な身体の方がいいんじゃないかな」

 震える声で言った精いっぱいの抵抗を、グルタは笑い飛ばした。

「なんだミシェラ、そんな事を気にしていたのか。可愛いなあ」

 そう言って、ミシェラの白い髪の毛を掴む。乱暴なその仕草に、頭皮が痛い。

「こんな髪色してなけりゃ、俺の嫁になれたのにな」

 残念そうに言うけれど、そんな未来も全く望んでいない。何でも手に入る子供の、傲慢な考えを押し付けないでほしい。

 何にも持っていないミシェラは、身をよじってグルタから身体を遠ざける。その動きが不快だったのか、バシンとグルタはミシェラの頬を打った。

 簡単に行われる暴力に、ミシェラは自分の価値を存分に思い知る。

「なに抵抗してるんだよ。所詮生贄なんて魔力があればいいんだ、生きていれば関係ないんだからな」
 馬鹿だなあ、とこれから起こることを想像させるようにゆっくりとミシェラの髪の毛を上に持ち上げていく。
 ぎりぎりと髪の毛が鳴る。

 とっさに髪の毛を掴んで守るが、もう一度グルタはミシェラの頬を打った。
 圧倒的な強者の顔で。

 ミシェラは身体が震えるのを感じた。暴力には慣れているつもりだが、これから起こることが怖い。

 誰も助けてくれないのはもう知っているので、声をあげる事もなくただ震えるしかできない。
 こわくなって目をつむると、今度は目を開けるのがこわくなった。

 耳元で、グルタの声がした。

「まだ夜も早い。時間はたくさんあるな、ミシェラ」

 ぞっとする声に心臓の音が早くなり、耳元で大きくなり響く。
 急に優し気にゆっくりと肩を撫でる手が気持ち悪い。

 その動きにこれから起こることが想像され、恐怖に身体がこわばる。

 もう駄目だ。

 そう絶望した瞬間、ドアが開く大きな音がした。何が起きたのかわからない。

 それでも怖くて目を開けられないミシェラは、次の瞬間投げ飛ばされていた。

 ガシャンとけたたましい音を立て、ミシェラは食器棚にぶつかる。ミシェラがぶつかった食器棚からは皿が落ち、次々と割れる音がした。

 痛みを覚えて手を見れば、割れた皿で手を切ってしまったようで、赤く染まっている。
 肩も強く打ってしまったようで、痛い。

 それでも、気持ち悪い手が離れたことにほっとする。

「おやじ……どうして……」

 グルタの驚いた声がしてそちらを見ると、今まで見た事ない恐ろしい顔で村長がミシェラの事を見ていた。

「昼間は魔術師団にすり寄り、今度は俺の息子か……!」
「え……」

 どうしてここに、と思ったが近づいてきた村長におなかを蹴られ、それどころではなくなった。

「グルタ! お前もだ! いくらこの女が誘惑してきたところでお前がのってどうする! 今日は魔術師団が来ている重要な日だという事がわからないのか!」
「でも、親父……。そうだ、ミシェラがどうしても俺の部屋に泊めてくれって言うから、俺は……」
「そうだとしても、今日は駄目だ! 偶然お前と一緒にミシェラが歩いているのを見かけて良かった。今まで機会はたくさんあっただろうに、なぜ今なのだ。こんな女はいつでも好きにすれば良かったじゃないか」
「あんな薄汚い小屋でそんな気になれるかよ……」

 ミシェラの気持ちを全く無視して二人は言い合いをしている。

 誰がそんな男を誘うというのか。
 ミシェラの頬の赤さは目に入らないのか。

 疑問は次々と浮かぶが、結局諦めのため息が出ただけだった。

 とりあえず、助かった。

 村長の話しぶりからして、今日はもう襲われることはないだろう。
 これから暴力を受けるかもしれないけれど、グルタにされることを思えばまだまだましだった。

 二人の言い合いが終われば来るであろう痛みに備え、ミシェラは身体を丸めてうずくまり、目をつむった。

 早く朝になればいいのに。

 何故かハウリーの温かな手を思い出し、涙がにじんでくる。

 いくら痛くても、明日になれば。大丈夫。
 もうすぐ生贄になるから。大丈夫。
 酷い事があっても、暴力はもう知っている痛みだから、大丈夫。

 いつものように丸まっていれば、現実からは離れられる。
 そう繰り返していると、場違いにパンと手を叩く音が響いた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

純白の檻からの解放~侯爵令嬢アマンダの白い結婚ざまあ

ゆる
恋愛
王太子エドワードの正妃として迎えられながらも、“白い結婚”として冷遇され続けたアマンダ・ルヴェリエ侯爵令嬢。 名ばかりの王太子妃として扱われた彼女だったが、財務管理の才能を活かし、陰ながら王宮の会計を支えてきた。 しかしある日、エドワードは愛人のセレスティーヌを正妃にするため、アマンダに一方的な離縁を言い渡す。 「君とは何もなかったのだから、問題ないだろう?」 さらに、婚儀の前に彼女を完全に葬るべく、王宮は“横領の罪”をでっち上げ、アマンダを逮捕しようと画策する。 ――ふざけないで。 実家に戻ったアマンダは、密かに経営サロンを立ち上げ、貴族令嬢や官吏たちに財務・経営の知識を伝授し始める。 「王太子妃は捨てられた」? いいえ、捨てられたのは無能な王太子の方でした。 そんな中、隣国ダルディエ公国の公爵代理アレクシス・ヴァンシュタインが現れ、彼女に興味を示す。 「あなたの実力は、王宮よりももっと広い世界で評価されるべきだ――」 彼の支援を受けつつ、アマンダは王宮が隠していた財務不正の証拠を公表し、逆転の一手を打つ! 「ざまあみろ、私を舐めないでちょうだい!」

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

処理中です...