7 / 49
7
しおりを挟む
「遅かったじゃないか。何をやっているんだ!」
急いで村長のもとに向かったが、彼は険しい顔でミシェラを怒鳴った。頬に衝撃があり、よろけてしまう。
それでも転んだらもっと殴られることがわかっているので、とっさにぐっと力を入れ、なんとか転がる事は避けられた。
洋服が無事だったことにほっとする。
「ちゃんと綺麗にしてきたな。……腕は細いが、これぐらいならば問題ないだろう」
よろけるミシェラを冷たい目で見て、彼は乱暴にミシェラの腕を掴んだ。
そのままひねりあげるように手を持ち上げ、じろじろとミシェラの身体を検分する。
まるでものを見るような目と乱暴な扱いだ。
それでも、じっと耐えていると唐突に手を離される。
「ミシェラ。これからお前を客人の前に連れて行く。客人はどこからかお前の事を聞きつけて来たらしい。……必ず余計な事は話さないように。わかったな」
「わかりました」
「何か余計なことを言ったら、わかっているな」
「……はい」
どうやら今日が生贄になる日ではないようだ。
客人。
これはハウリーの事だろう。
彼が村人じゃないのは間違いないし、調査で来ていると言っていた。
……村長に知り合いだとばれたら、大変な事になるだろう。
今にも弾けそうな怒りをびりびりと感じる。
……でも、楽しかったからいいかな。
手を振ってくれて、心配をしてくれた。
あのまま生贄になったら知らなかったことだ。
そういう事が知れたのなら、代償は仕方がない。
自然と笑みが浮かびそうになり、慌てて真面目な表情を作った。
「行くぞ。ついて来い」
まったくミシェラを人と思っていない村長の後ろを、ゆっくりと服に気をつけながらついていく。
目的地は、村長の家の近くにある集会所だった。
会議や誰かが来て歓待しなければいけないときに使う場所だ。
ばたばたと忙しそうに出入りしている人が見える。食事を運んでいるようで、美味しそうな匂いがミシェラのもとにも流れてきた。
お腹がすく匂いだ。今日はまだ食事をとっていなかったのを思い出してしまう。
いい匂いに、ついついそちらに目が向いた。
生贄になる前には、せめてお腹いっぱい食べさせてくれたりしないだろうか。
「お前、何をそんなもの欲しそうな顔で見ているんだ」
「い、いえ、そんな事は……」
「まあいい。……失礼がないように、気をつけろ」
今までいつだって偉そうにしてきた村長が、相手を敬うように言うのが信じられなくて、ミシェラは咄嗟に彼を見た。しかし、その顔はピリピリとした雰囲気を出すばかりで詳細を教えてくれそうもなかった。
もとより、彼がミシェラの問いに答えることなどないが。
ハウリーは若そうだったので、彼以外にも偉い誰かが居るのかもしれない。
そう思いながら、集会所の広間に通される。
村には不釣り合いなほどの豪華な扉を開けると、広間の奥には三人の人が座って居た。商談にも使っているテーブルがあり、豪華な茶器が並んでいる。
精一杯の歓待をしている事がうかがえた。
その真ん中に、ハウリーが座っている。
豪奢な衣装だけでなく、その雰囲気から、彼がこの場で一番の高位者であることがミシェラにもすぐに分かった。
あまりに先ほど会った彼と違いすぎて、混乱してしまう。
「ミシェラ頭を下げろ」
村長に強い口調でささやかれ、慌てて頭を下げる。
あの明るい声ではなく、静かな、それでいて有無を言わせない声が響く。
「良く来たな。……こちらへ来てお前たちも座ってくれ」
「……わかりました」
村長は頭をあげて、ミシェラの背に手を当てそっとテーブルの方へ促した。
「ミシェラ、こちらにおいで」
その初めて受ける村長からの優しく親し気な仕草に、身体がびくりとはねてしまう。
確かに優しいのに、意図がわからなくて逆に恐ろしい。
そうして、三人の座るテーブルの向かいに、ミシェラも座った。
座って近くで見ても確かにハウリーだったが、その冷たい視線は別人のようだ。
整った顔と相まって、威圧感がある。
ミシェラを見ても、その顔には何の感情も浮かんでこない。
まるで初めて会ったかのように。
……少し会っただけで、仲良くなれたような気持ちになっていた。
そんな自分が恥ずかしくなる。
視線から逃れたくて、下を向いた。
「この子が、そうなのだな」
「はい、そうです。ミシェラと申します。……あの、この子は村に古くから伝わる儀式に参加させる為に、魔術学園には行かせていないのです」
「この白い髪……。下手をすれば、この子供は魔力の暴走で死んだかもしれない。その事は、この辺境の村にでさえ伝わっていると思っていたが」
「……申し訳、ありません。ただ、儀式が終われば、報告させて頂こうとは思っていました。……この村の奥には竜神様が住んでおり、村人たちも怯えて暮らしているのです。この辺境では信仰が驚くほど大事なのです。わかって頂ければ幸いです」
卑屈な笑みを浮かべながら、村長が言い募る。
さらっと嘘をつくんだな。
儀式は生贄で、言葉通り命を捧げるものだと何度もミシェラに言い募ってきたのに。
村長の言葉を受け、ハウリーは鷹揚に頷いた。
「……とりあえず、いいだろう。ドラゴンについては、今の段階で情報が少なすぎる。信仰についても、尊重したいという気持ちはこちらにもある」
村長がほっとした顔をしたが、ハウリーはその姿に薄く笑った。
「この件に関して私がなぜ知ったのか、魔術師団とはどういうものなのか、よく考えるように。ミシェラ、君からは別に話を聞かせてもらいたいと思っている。こちらに来てくれ」
急いで村長のもとに向かったが、彼は険しい顔でミシェラを怒鳴った。頬に衝撃があり、よろけてしまう。
それでも転んだらもっと殴られることがわかっているので、とっさにぐっと力を入れ、なんとか転がる事は避けられた。
洋服が無事だったことにほっとする。
「ちゃんと綺麗にしてきたな。……腕は細いが、これぐらいならば問題ないだろう」
よろけるミシェラを冷たい目で見て、彼は乱暴にミシェラの腕を掴んだ。
そのままひねりあげるように手を持ち上げ、じろじろとミシェラの身体を検分する。
まるでものを見るような目と乱暴な扱いだ。
それでも、じっと耐えていると唐突に手を離される。
「ミシェラ。これからお前を客人の前に連れて行く。客人はどこからかお前の事を聞きつけて来たらしい。……必ず余計な事は話さないように。わかったな」
「わかりました」
「何か余計なことを言ったら、わかっているな」
「……はい」
どうやら今日が生贄になる日ではないようだ。
客人。
これはハウリーの事だろう。
彼が村人じゃないのは間違いないし、調査で来ていると言っていた。
……村長に知り合いだとばれたら、大変な事になるだろう。
今にも弾けそうな怒りをびりびりと感じる。
……でも、楽しかったからいいかな。
手を振ってくれて、心配をしてくれた。
あのまま生贄になったら知らなかったことだ。
そういう事が知れたのなら、代償は仕方がない。
自然と笑みが浮かびそうになり、慌てて真面目な表情を作った。
「行くぞ。ついて来い」
まったくミシェラを人と思っていない村長の後ろを、ゆっくりと服に気をつけながらついていく。
目的地は、村長の家の近くにある集会所だった。
会議や誰かが来て歓待しなければいけないときに使う場所だ。
ばたばたと忙しそうに出入りしている人が見える。食事を運んでいるようで、美味しそうな匂いがミシェラのもとにも流れてきた。
お腹がすく匂いだ。今日はまだ食事をとっていなかったのを思い出してしまう。
いい匂いに、ついついそちらに目が向いた。
生贄になる前には、せめてお腹いっぱい食べさせてくれたりしないだろうか。
「お前、何をそんなもの欲しそうな顔で見ているんだ」
「い、いえ、そんな事は……」
「まあいい。……失礼がないように、気をつけろ」
今までいつだって偉そうにしてきた村長が、相手を敬うように言うのが信じられなくて、ミシェラは咄嗟に彼を見た。しかし、その顔はピリピリとした雰囲気を出すばかりで詳細を教えてくれそうもなかった。
もとより、彼がミシェラの問いに答えることなどないが。
ハウリーは若そうだったので、彼以外にも偉い誰かが居るのかもしれない。
そう思いながら、集会所の広間に通される。
村には不釣り合いなほどの豪華な扉を開けると、広間の奥には三人の人が座って居た。商談にも使っているテーブルがあり、豪華な茶器が並んでいる。
精一杯の歓待をしている事がうかがえた。
その真ん中に、ハウリーが座っている。
豪奢な衣装だけでなく、その雰囲気から、彼がこの場で一番の高位者であることがミシェラにもすぐに分かった。
あまりに先ほど会った彼と違いすぎて、混乱してしまう。
「ミシェラ頭を下げろ」
村長に強い口調でささやかれ、慌てて頭を下げる。
あの明るい声ではなく、静かな、それでいて有無を言わせない声が響く。
「良く来たな。……こちらへ来てお前たちも座ってくれ」
「……わかりました」
村長は頭をあげて、ミシェラの背に手を当てそっとテーブルの方へ促した。
「ミシェラ、こちらにおいで」
その初めて受ける村長からの優しく親し気な仕草に、身体がびくりとはねてしまう。
確かに優しいのに、意図がわからなくて逆に恐ろしい。
そうして、三人の座るテーブルの向かいに、ミシェラも座った。
座って近くで見ても確かにハウリーだったが、その冷たい視線は別人のようだ。
整った顔と相まって、威圧感がある。
ミシェラを見ても、その顔には何の感情も浮かんでこない。
まるで初めて会ったかのように。
……少し会っただけで、仲良くなれたような気持ちになっていた。
そんな自分が恥ずかしくなる。
視線から逃れたくて、下を向いた。
「この子が、そうなのだな」
「はい、そうです。ミシェラと申します。……あの、この子は村に古くから伝わる儀式に参加させる為に、魔術学園には行かせていないのです」
「この白い髪……。下手をすれば、この子供は魔力の暴走で死んだかもしれない。その事は、この辺境の村にでさえ伝わっていると思っていたが」
「……申し訳、ありません。ただ、儀式が終われば、報告させて頂こうとは思っていました。……この村の奥には竜神様が住んでおり、村人たちも怯えて暮らしているのです。この辺境では信仰が驚くほど大事なのです。わかって頂ければ幸いです」
卑屈な笑みを浮かべながら、村長が言い募る。
さらっと嘘をつくんだな。
儀式は生贄で、言葉通り命を捧げるものだと何度もミシェラに言い募ってきたのに。
村長の言葉を受け、ハウリーは鷹揚に頷いた。
「……とりあえず、いいだろう。ドラゴンについては、今の段階で情報が少なすぎる。信仰についても、尊重したいという気持ちはこちらにもある」
村長がほっとした顔をしたが、ハウリーはその姿に薄く笑った。
「この件に関して私がなぜ知ったのか、魔術師団とはどういうものなのか、よく考えるように。ミシェラ、君からは別に話を聞かせてもらいたいと思っている。こちらに来てくれ」
0
お気に入りに追加
1,191
あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた聖女は角笛を吹く〜氷河の辺境伯様の熱愛で溶けそうです
香練
恋愛
ステラは最も優れた聖女、“首席聖女”、そして“大聖女”になると期待されていた。
後妻と義姉から虐げられ大神殿へ移り住み、厳しい修行に耐えて迎えた聖女認定式。
そこで神から与えられた“聖具”は角笛だった。
他の聖女達がよくある楽器を奏でる中、角笛を吹こうとするが音が出ない。
“底辺聖女”と呼ばれるようになったステラは、『ここで角笛を教えてもらえばいい』と辺境伯領の神殿へ異動を命じられる。『王都には二度と戻れない』とされる左遷人事だった。
落ち込むステラを迎えたのは美しい自然。
しかし“氷河”とも呼ばれる辺境伯のクラヴィは冷たい。
それもあるきっかけで変わっていく。孤独で不器用な二人の恋物語。
※小説家になろうでも投稿しています。転載禁止。●読者様のおかげをもちまして、2025.1.27、完結小説ランキング1位、ありがとうございます。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。


【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる