【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

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 ミシェラが目覚めると、身体は痛いもののかなり動けるようにはなっていた。
 丈夫なものだ。

 魔力の糸は、何も反応はない。それでもそろそろ頼まれている書類を作らなければならないだろう。

 ミシェラは暖かい地下室を出て、肌寒い部屋に戻る。

 部屋の隅には場違いに綺麗な机と、高いらしい筆記用具と紙が積んである。
 本来ミシェラに許可されているのは勉強ぐらいだ。

 他の子供は村の働き手である為、なかなかまとまった勉強時間はとれない。
 なので、軟禁状態のミシェラは難しい書類の要点をまとめて渡すという仕事を任されている。

 ここで文字を学べたおかげで、ミシェラはこの場所で魔術を覚えることができた。

 それに本が読めるのは、この永遠にも感じる日々にとても有難かった。

 あの場所を見つけるまでは、本当にただ死を待つばかりだったのに、地下で本の中に入れば、少しだけ現状を忘れられたから。

 ため息をつき机の前に座ると、今度は頭が気になってしまう。

「頭がかゆい気がする……」

 魔力が豊富だとなるという白い髪は、もう腰まで届いている。
 切ってしまいたいがナイフなどは危ないからと渡されないので、適当な紐で結んでいる。

 お風呂にほとんど入れない今の環境では、長い髪はただ汚い。
 白い髪はほぼ灰色だ。

 もちろん水は出せる。
 勝手に綺麗にすることは出来る。

 でも、抑圧されて育ったミシェラに、魔術を使って身ぎれいにする事によっておこる色々な事に向かう力はなかった。

 与えられるのを待つばかりの身体は、ぼろぼろの服に汚い姿だった。

 この格好であの人形みたいに綺麗なハウリーと向き合ってしまった事に、今更ながら恥ずかしくなる。

「うーん。まだ血も乾ききってないなあ」

 昨日の怪我人の血が大きくついている場所は触るとぺたぺたしている。

 仕方がないので、痛む身体に鞭打ってワンピースだけ脱いで端の方にかけておく。
 乾燥すればいくらかはましだろう。下着までは血が染みていなかったのが幸いだ。

 本は汚れ防止がかかっているので問題ないが、頼まれている書類は当然そんなものはかかっていない。

 服を脱いだ時に汚れたかもしれないので、家の端に汲んである水で手を洗う。
 ミシェラが人前で自由に使える水は、バケツ二杯分だ。

 しっかりと手を洗い、手を拭いたところで魔力の糸に反応がある。

 こんな時に誰なのだろう。
 嫌な気持ちになりつつも、気が付かないふりをして書類に向かう。

「ミシェラ。そんな恰好で何をしているんだ?」

 扉が開くとともに聞きたくない声が聞こえてきて、ミシェラは眉を寄せた。声は優しいのに、何故か気持ち悪い。

 痛い体で振り返れば、やはり想像した通りの顔があった。

 見たくない顔だったから、わざわざ振り返って大損としか言いようがない。

「血で汚れちゃったから、脱いで乾かしているんだ。もしかして新しいお洋服とか布団を持ってきてくれたの?」

 期待はしていないが一応の為に聞いてみたけれど、返ってきたのは失笑だった。
 痛い中声を出して損した。

「まだ大人たちはそこまで気が回ってない。今はちょっとあって忙しいんだ。ミシェラの事にまで気が回らないだろう。しばらく来ないんじゃないかな。ミシェラには難しい事はわからないだろうが、そういう事だ」

 グルタは馬鹿にしたように言い放つ。

 大人じゃなくて、グルタが持ってきてくれればいいだけなのに。

 もちろん口には出さないけれど、ミシェラは恨みがましい目でグルタを見た。

 グルタは村長の息子だ。
 ごくたまにこうしてミシェラが住む小屋までやってきて、自分の事ばかり喋って帰っていく。

 偉そうにして、ミシェラが助けを求めるのを待っているのだ。
 それでも、汚いこの部屋が嫌なのか長居しないのだけが救いだ。

「そうだよね。……人出が足りなければ呼ばれるかもしれないけど」
「何かあればお前も呼ばれるかもしれないけどな。……その時は風呂に入るだろう? 俺の部屋に泊まってもいいんだぞ」

 行くはずない。

 それでもにやにやと笑うグルタは、いつかミシェラが泣いて自分に助けを求めることを疑っていない。
 不思議だ。

 邪険にすると村長にどんな目に合わせられるかわからないから、とりあえず今日もミシェラは笑顔で対応する。

「もしそうなら、お風呂に入れるのは嬉しいな」

 それは本当だ。
 たとえ水だけだろうが、血と汚れと自分の脂でべたべたしているのは気持ちのいいものではない。

「お前はいつまでも子供だな」

 その回答が気に入らなかったのか、グルタは興味を失ったように、挨拶もせずに帰っていく。

 ミシェラは息を吐き、書類をやる気になれなくてそのまま倒れこんだ。

 いつまで子供でいられるんだろう……
 ミシェラはもう一六歳だ。

 グルタが自分を見る目は、段々からかう様なものから気持ち悪いものに変化してきている。
 ミシェラにだって、それがどういう意味かは分かっている。

 今はまだ、子供の様にふるまうだけだ。
 だが、それがずっと通じるとも思えない。

「早く生贄に、なりたいなあ……」
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