【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香

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 誰かが入ってくる気配に、ミシェラは目を覚ました。気を失っていたようだ。

 身体中が痛い。
 特に足は酷く傷んでいる。折れているのかもしれない。

 痛む身体を起こして扉の方を見ると、男たちが入ってくるところだった。
 先程の男たちの姿はすでになく、ばたばたと怪我をした大柄の男が抱えられて運び込まれてきた。

 うめき声をあげ、意識も朦朧としている様子の男の背中は血まみれだ。
 すでに死にかかっているといっていいだろう。

 怪我をした男は数人がかりで抱えられ、血まみれのまま普段ミシェラが寝ている布団に丁寧な動作でそっと寝かされた。

 ミシェラの布団はあっという間に血で汚れる。

「ミシェラ。わかってるな。こいつは村を守る為に魔獣と戦って怪我をしたんだ。こんなところで死なせるわけにはいかない。躊躇したりしてファルに何かあったら、すぐさま痛めつけて殺してやるからな」

 先程まで心配そうに怪我をした男に声をかけていた村長が、ギラギラとした目でこちらを見た。
 ミシェラも先日男たちに痛めつけられた体が痛いけれど、気にする素振りもない。

 強い力でぐっとミシェラの肩を掴む。震える手で掴まれる肩は、爪が食い込んですごく痛い。
 足だって、動かない。

 でも、これからの事を考えたら、そんな痛みはまだましだと知っている。

 大丈夫。……しばらく痛いだけだ。何度もやってきたし、時間がたてば治まるのだから。

 そう自分に言い聞かせるが、目の前にいる血まみれの男を前に、これから起こる痛みにどうしても怯んでしまう。

「早くしろ!」

 髪を強くつかまれ、横になっている男のそばに強引に連れてこられる。
 髪の毛が何本か切れた音がして叫びそうに痛い。

 髪の毛と背中を押さえつけられ、男の胸のあたりにミシェラの両手が触れた。
 血の匂いが、目の前に広がっている。

 しっかりと苦しそうに浅くて速い呼吸を繰り返す男を見て、覚悟を決める。
 このまま何もしなければ、この男は確実に死ぬだろうという事がわかったからだ。

 息を吐き、目をぎゅっと瞑る。

「……大丈夫です」
「必ず助けろ」

 やっと髪の毛を離してもらえた。頭皮がじんじんして頭を押さえると、後ろから早くしろというように背中を殴られる。

 急かされても、いい結果は生まれない。それがわかっているので体勢を立て直し、息をすっと吐いて心を落ち着けた。

 そっと男の胸に手を乗せ、魔力を男の身体に直接流し込む。

 すぐさま、ミシェラの身体には痛みが走った。
 体中がきしむような激痛だ。

 しかし、ミシェラはそれを無視してどんどんと魔力を流していく。息が荒くなり、集中が途切れそうになるが、歯を食いしばる事で何とかやり過ごす。

 弱っていくミシェラとは対照的に、怪我人の男の傷は徐々にふさがっていき、息が穏やかになってくる。

 もう大丈夫だ。

 それを感じた瞬間、ミシェラの身体は男の身体の上に力なく倒れ込んだ。

「ファル! 良かった!」

 ミシェラの身体を乱暴にどかし、村長が嬉しそうに男に声をかける。男はまだ意識を失ったままだが、その顔色からはもう危機は去ったことが窺えた。

 良かった。

 しかし、回復を使った事で痛む身体を耐えるミシェラの事など、誰も気にした素振りすらない。

 誰かを助けるためにミシェラが犠牲になる。
 何度も繰り返されたことだ。
 虚しい気持ちで、男たちを見る。

 ファルと呼ばれた男の髪の毛は茶色い。他にも金色や黒い髪の毛、更には緑なんて人も居る。だけど、白い髪はミシェラだけだ。

 自分と彼の間には、いったいどれほどの差があるというのだろう。

 ミシェラは白い髪の毛に赤い目をしている。
 たったそれだけの事で、ミシェラを心配してくれる人は誰も居なくなってしまった。

 白い髪の毛をもつものは、魔力量がとても多いらしい。
 村の信仰の対象となる竜神様が現れた時に、生贄にすると村では古くから決まっている。

 ミシェラはその為に、生かされている。
 村の為に、いざという時の生贄となる為に。

 更にミシェラは魔力を流すことによって、相手の傷を治すことができる。
 代わりにミシェラは死ぬかと思う目にあうが、それでも魔力というのは凄いものらしく、その痛みも数日で治り死ぬこともなくまだ生きている。

 どうせ生贄になるものだ。死にかかっていても死ななければ問題ない。むしろ死にかかると魔力が増えるらしいと活用されてきた。

 ミシェラも怪我を治して回復した人を見ると、助けられてほっとする。
 ごくたまに向けられる感謝は、とても嬉しい。

 だけど。
 だけど、早く竜神様が暴れればいい。
 早く生贄なってしまいたい。

 最近は、そればかりを考えるようになった。

 もう十六歳になる。その時はきっと、もうすぐだ。

 血でべたべたの布団を横目で見つつ、ミシェラは冷たい床に丸まって時間が過ぎるのを待った。
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