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6巻
6-2
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◇ ◆ ◇
のんびりモードとは何だったのか。
みんなが寝静まった真夜中、俺はベッドの上で組み敷かれていた。いつも通り眠ってて、気がついて目を開けたらそうされていたのだ。
相手はミーシャだった。
「最近、相手してくれなかったから。アタシ、ずっと我慢してた」
「ちょっと待て、発情期は終わったんじゃ……」
「そんなこともないニャ~」
耳をぴこんと一度折りたたんでみせると、ミーシャは急に服を脱ぎ出す。
これはヤバくないか……? 待て、冷静に考えると何がヤバいのかがわからなくなってきて混乱する。
「なあミーシャ、今日のところは控えたほうが」
「結婚してるわけでもないのに何に遠慮するの? 若い男女がいたら普通じゃないかな。アタシはジャーのこと好きだからしたいけど。心の準備ができてないとか、いまさらないでしょ?」
確かに、俺のほうはないのだが、いまはもう一人、非モテマンというやつがいるわけで。
小さく腕輪に話しかける。
「おい、起きてるか」
『……オレが寝ることはない。急展開にドキドキしすぎてて混乱していただけだ』
なんて素直なやつだよ。
「どうする? いっても問題なさそうか?」
『よよよ、よろしくお願いする』
腕輪も満足するかもしれないし、ここはいっちょ頑張るしかないだろう。つーか、色んな意味でミーシャは激しいので、気合いを入れなくちゃいけないな。
ミーシャが眠りについたのは、早朝だった。
ようやく終わったと俺はベッドに横になり、しばらく休んでいると、非モテマンが急に語り出す。
『お疲れ。刺激的な夜を、ありがとう』
「おぅ、刺激的すぎて、大丈夫だったか?」
『何度も気絶しそうになった。でも、こうしてオレはいま、ここにいる』
非モテマンは何かを悟ったように、神妙な様子で話す。
『いままでの男では満足できなかったが、ジャーに代わったらたった一日で満足できた。お前ってやつが羨ましいよ。オレはお前に生まれたかった』
「俺も前世は、わりと酷い生活してたけどな」
『前世!? やはり、人は転生できる可能性があるのか?』
「あるな。俺がそうだから」
『ならば、もう心残りはない。オレは行くよ。来世にかけて、腕輪の人生は終わりにする。礼を言うよ、ジャー』
腕輪の決定は思いの外早く、もう別の世界に旅立ってしまうらしい。早く俺から離れてほしいとは願ってたが、いざ行くとなると若干の寂しさを覚えるのが不思議だ。
「待てよ。何か、最後に言い残してけよ――」
『――気持ちよかった!』
パキッと腕輪にヒビが入ると、数秒もしないうちに完全に壊れてしまう。
「えぇー……別れの言葉とか期待してたわ……」
まぁ、最後まであいつらしいと言えば、そうなのだが。
非モテマンが来世では女性にモテモテになりますように、と五秒くらい祈ってから俺は眠りにつくのだった。
来世あるのかね、あいつ。
2 北方三大陸
無事腕輪もなくなり、また元の気ままライフを送りたいと思っていたが、どうもそうはいかないようだった。ルシルがウズウズした様子で俺に訊いてくるのだ。
「ねえ、あの件考えてくれたかしら」
「あの件?」
「ほら、飛行木板のことよ」
「あ~」
そうそう、そんな話してたっけな。何でも中央大陸より上にある北方三大陸の一つに存在してるって噂らしい。
普段はコンパクトなのに使うときだけ大きくなって、さらには空をも飛べるという不思議アイテムだとか。
そんな魔道具あってもおかしくはないけど、ただ、やはり噂に過ぎないので信憑性の問題がある。
「遠出して、結局ガセでしたーは、俺は嫌だぞ」
「そこは問題ないわ。北西大陸の迷宮に絶対あるらしいから。何人かの冒険者にも確認したから間違いないの」
結構真剣に調査したらしくて、情報は信頼できるもののようだ。イレーヌやクロエも反対しないので、観光も含めてすぐに北方大陸へ旅立つことに。
グリザードのスラパチたちに手紙を書き、それを終えると、今日にでも出発する。
一応、王様に挨拶に行く。
もらう予定になっていた褒美を保留にしていたので、褒美の代わりに北の港町から北方大陸まで船で運んでくれないかと頼んだら、快く承諾された。
そして王都の出口までは、グリンヌと王女様が見送りに来てくれた。もちろん護衛付きだ。
ちなみに、グリンヌは軍を指揮するダンディなオッサンで、色々と信頼できる人物である。
「ふむ、ジャー殿がいなくなると寂しくなりますな」
「ジャー様、別荘の管理などは、こちらにお任せください。傷まないように人を使いますわ。ですから、必ずまたここへ寄ってくださいね」
「おう、必ずまた来るよ。グリンヌも王女様も、みんな色々と世話になった。そんじゃ」
別れの挨拶をして、俺たちは用意してもらった馬車に乗り込む。
何回も顔を合わせた兵士や住民なども見送りには交じっていて、何とも言えない気分になった。
イレーヌが俺の気持ちを代弁するように話す。
「ディシディア王都。素晴らしいところでしたね」
「ああ。グリザードに次ぐ第二の故郷って感じか」
「またいつか訪れて、皆さんとお会いしましょう」
「飛行木板さえあれば、みんなで楽に移動できるもんな。少しやる気が出てきたわ」
こうして、長いようで短かった王都での生活は終わりを告げた。
俺たちは北の港町に到着すると、すぐに用意されていた船に乗り込んだ。俺たちだけのために、だいぶ大きいものを用意してくれたらしい。
王様の太っ腹には頭が下がるね。
「船長のモルモンダと申します。さっそくで恐縮なのですが、実はご相談がありまして」
海の男っぽい太い腕した船長さんが、何やら真面目な顔つきだ。
「航路についてです。危険な魔物に遭遇する可能性はあるが短時間で着くものと、安全だが時間がかかるコースとあります。ジャー様はどちらをご所望でしょう?」
今回の船旅はだいぶ長い。北方三大陸の一つ、北西大陸に行くわけだから、一週間以上の船旅は避けられない。長旅は覚悟していたが、少しでも短いならそっちを選びたい。
「魔物が出たら俺たちが倒そう。短いほうで頼む」
「畏まりました。我々も多少なら戦えますので、いつでも参加します」
「頼もしいな」
「では中へお入りください」
ありがたくそうさせてもらう。
船内でくつろぎながら、俺はパーティで一番物知りなクロエから情報を集める。
「北方三大陸って、全部邪竜が支配してるんだっけ?」
「そう、聞いたことがある。北西は確か……蒼炎美竜――セレアーデという女王が人々を支配して君臨しているのだとか」
「邪竜が人を従えるかぁ。南大陸とは随分事情が違うみてぇだな」
「あちらでは、邪竜を差別する者は反社会的と捉えられてもおかしくないそうだ」
「目的はアイテムだし、邪竜とかに特に関わらなくてもいいならスルーしとこうぜ。それはともかく、これやらないか?」
俺は、机の上にディシディアで購入した黒と白の小石と四角い木の板を置いた。板のほうは刃物で切れ目を入れてある。八かける八で六十四マスだな。
せっかくなので他の三人も呼んで、全員にゲームの説明をしてみる。
「俺のいた世界にあったリバーシっていうゲームをやろうぜ。長旅だし、退屈しのぎにはちょうどいいんじゃねえかな」
相手の石を挟んで自分の色に変えるだけ。最終的に自分の色の石が多いほうが勝ちっていう至極単純なルールなので、みんなも簡単に理解してくれたな。
「さっそく始めようぜ」
異世界のゲームに全員ノリノリだったので、対戦相手には事欠かない。みんな俺とやりたがったので、一人ずつ順番に闘っていく。
三巡ほどすると、このゲームはだいぶ性格が出るんじゃないかと感じるようになってきた。
最年少ながら、イレーヌはさすがとしか言い様がない。マスの外側や角を取ると勝利に近くなるとほぼ一戦目から見抜いていて、冷静に打ってくる。おかげで一度、俺が敗北を喫するという事態になった。
クロエは判断力に優れるが、俺がちょっと口出しすると少々迷ったりする。このゲームにおいては俺のほうが詳しいから、どうしてもそうなるか。
ルシルは頭が回るのだが、若干飽きっぽさが見られる。
三回目になると、立ち上がりたくてウズウズしているようだった。令嬢だがおてんばの気質があるもんな。
ミーシャは、最も向いてないな。その場のノリで石を置くし、角を狙うとかもほとんど考えない。そのとき、一番石が多く取れる手だけを狙ってる感じだ。
そしてミーシャとルシルは、途中で飽きて外の空気を吸いに出ていった。
「ご主人様、もう一度お願いします」
「その次は、私で頼む」
存外負けず嫌いのイレーヌとクロエがへこたれずかかってくるので、当面は暇にならなくて済みそうだ。
船旅は順調に進んで、五日目に入った。
イレーヌとクロエがすっかりリバーシにハマってくれたおかげで、俺はあまり退屈しなかったな。
だんだんと俺が負けることも多くなってきて面白くなってきたところ……唐突に邪魔が入る。いや、邪魔って言い方は失礼か。
俺たちを運んでくれる船長なんだからよ。
「おくつろぎのところ失礼します! 出ました、魔物です」
「よっしゃ、俺らの出番か」
面倒くせえ……とならないのは、何だかんだで体を動かしたかったからだ。
甲板に出ると、随分と状況が悪いのが一目でわかった。まず、手すりなどに巨大なタコらしき魔物の足が何本か絡みついている。海から伸びてきてるみたいだが、本体の姿はない。
すでにルシルとミーシャが魔法で応戦してるんだけど、相手は、そのタコじゃない。上空にも七、八体の敵らしきものがいるのだ。
何だありゃ? ハイエナに灰色の翼が生えた、としか表現できねえ。ちょこちょこ、船員やルシルたちにちょっかい出してくるみたいだ。
「巨魔タコに、空ハイエナという魔物です」
「なあ船長、あいつら同士は仲間なのか?」
「いえ、そうではありません。ハイエナのほうはずっと船をつけていて、タコが船を沈めたところを狙っている、というわけです」
獲物の横取りってやつか。だからといって無視してタコの相手だけしてると、ガラ空きの背中をハイエナに突かれちまうらしい。
ヒュッ――とイレーヌが矢を射る音がする。
土の矢……貫通矢とも言われるものが、ハイエナの片翼を撃ち抜く。バランスを崩して落下した後に、もう一度射ってトドメをさす。
「油断さえしなければ、後れを取る相手ではなさそうですね」
「んじゃイレーヌ、あの二人の手伝い頼めるか」
「お任せください」
空ハイエナ掃除は任せて、俺はクロエと巨大タコの足切断に向かう。
「――雷纏剣!」
クロエがお得意の魔法剣を発動させ、素早く横に振る。横幅二、三メートルはありそうな吸盤のついた赤い足が見事に切断された。
「さすがだな。じゃ俺はあっちを」
クロエに対抗するわけじゃないけど、俺は剣に炎を纏わす。聖剣カラドボルグの斬れ味に、熱まで加わるのだから、水中生物には効果あるだろう――という狙いは成功。
斬れたタコ足の先が、苦しそうにうねうねと甲板の上で踊る。
「よし、この調子で…………復活してやがる」
切断面から、また足が生えてきたというね。クロエが声をかけてくる。
「ジャー、そちらもか!? こちらも、同じ状況なのだ」
「斬っても斬っても、効果なしね」
「必ずしも効果がないわけではないだろう。生えてきたタコ足は前のに比べて弱々しい」
「あ、本当だ」
確かにクロエの言う通り、よく見りゃ少し細いし、動きにも迫力がない。
「うおおっっっと!?」
しかしながら、船を揺らすことは可能のようだ。つーか、足はあちこちにあるので、俺とクロエだけじゃ対処しきれねえかもな。
だからと言ってルシルたちを頼れば、空ハイエナどもがウザいことしてくるっていうハメコンボ。
何なの? 仲間でもないのに息ぴったりすぎだろって。
そこへクロエが提案してくる。
「海面に雷を落とすべきだろうか?」
「いや、これを使う」
邪竜に戻れる秘竜薬はまだ八粒ほどある。俺は一粒を呑み込むと、本来の姿へ戻った。真銀光竜となれば、海に潜るのもわけない。
「船が沈没しねえよう、タコ足斬り続けてくれ。任せたぞ」
「任された、ジャーも気をつけるのだぞ!」
俺は親指を立て、海の中に頭から入る。長い長いタコ足をたどって本体へ。
……随分と長いな。十メートルとかそんなレベルじゃねえぞ、これ。船の真下、三十か四十メートルのところに巨魔タコがいた。
本体はやはり相当にデカい。
邪竜のときの俺の身長は三メートルくらい。それよりもずっと上だ。
「もっとも、大きさだけで強さが測れないのが、この世界の面白いところだよな」
尻尾を槍の形状に変化させて巨魔タコの肉に突き刺す。さすがに身の危険を察知したらしく、巨魔タコは伸ばしていた足を船から離して、俺を捕まえようとする。
水中でも想像以上に器用に動く。俺をすぐに捕獲すると、動けないよう足で締めつけてきた。力は、まずまずかな。だが、あんまり遊んでる暇もないので、俺は爪を立てて、力ずくで足を切り裂く。
「……!?」
悲鳴もなく驚いて逃げ出そうとした巨魔タコの頭に、さらに尻尾攻撃をお見舞いして、つまらない戦闘を終わりにする。
海の中から船の甲板に戻ると、空ハイエナたちの死体を船乗りたちが海に投げ捨てているところだった。おお、やっぱこっちも終わってたか。
獲物横取り狙いの雑魚じゃ、うちのメンバーには到底及ばないってこったな。イレーヌが俺に笑顔を向けてくる。
「いつもさすがです、ご主人様」
「そっちもなー。さて、説明といきますか」
竜の姿を見てビビってる船員たちに、俺は竜化が可能なんだぜ的なテキトーな後付け設定をしておいた。
◇ ◆ ◇
さすがに飽きてきたわー、そろそろ着いてくださいおねげえしますー、という俺の祈りが届いたのだろうか。
とある朝、船長が溌剌として俺たちを起こしに来た。
「皆さん、長らくお待たせしました。ようやく北方三大陸・北西大陸に到着しましたよ」
「やっとか!」
俺は元気よく起き上がって船から外へ出る。
潮の匂いが香る港町に、俺は降り立った。イタリアのジェノバとは言わないけど、そんな雰囲気に近い、なんか街並みが綺麗なところだ。
屋根の色とか、カラフルでセンスがいい。南大陸の港町とは随分と印象が違うな。
そしてやっぱり、こっちの世界でも北に行くほど寒いのな。風が少々冷たい。
入国管理人みたいな制服を着た偉そうな男がやってきたので、船長が身分証明をして、俺たちを観光者だと伝えてくれる。そして去り際に一言。
「ではジャー様、我々はしばらくここに滞在しますので」
「運んでくれてサンキュ。もし飛行木板見つからなかったら帰りも頼みたいもんだ」
「ほお? あなた方、目的は飛行木板なのですね?」
細面の管理人の目が光る。うっかり余計なこと話しちまった? そんなことはないようだ。むしろ、情報を与えてくれた。
「飛行木板は、分かれの迷宮で入手できますよ。もっとも、誰も手に入れたことはありませんがね。あのセレアーデ様ですら、引き返したほどです」
「マジかよ……」
邪竜ですら攻略困難とは、一筋縄じゃいかなそうだ。
管理人が言うには、分かれの迷宮は迷宮都市アラザム内に存在するという。
他にもいくつか迷宮はあるものの、セレアーデが引き返したことから、分かれの迷宮は難易度が最も高いとされている。
「旅人や観光者は、港町を出て北東か北西のどちらかに行きます。北西には王都ミラアーデが、北東には迷宮都市があります」
「俺たちは北東か」
「よろしいのですか? ミラアーデにはセレアーデ様がおられます。高貴で美しすぎるお方です。あなた方の容姿ならば、観光者でもお目にかかるチャンスは十分ありますよ」
「いや、迷宮都市でいいわ」
俺の回答が不満みたいで、管理人の眉間にシワが寄る。よほど美竜――セレアーデを崇拝してるんだな。死天破魔竜と俺以外は人化の術を覚えているというし、ガチで絶世の美女なのかもしれない。
面倒そうなので会いたいとは思わないが。
「では迷宮攻略を諦めた後、ぜひセレアーデ様にお目通りください!」
攻略諦めるの前提かよ。
「何でそんなに謁見を勧めてくるわけ?」
「あなた方五人が、全員美に通じているからです。セレアーデ様は美しい者を何よりも好みます。そういった方たちをあのお方の元へ届けるのも、私たちの仕事なのです」
管理人の熱意が普通じゃないので、気が向いたらそうすると告げておくと、ホッとした様子だった。こりゃ美竜のやつに、連れてこねえとクビにするぞ的な脅しを受けてんな。ダメな上司を見てきた俺にはわかる。
「そうそう、それとこの大陸では種族ごとに階級があります。観光者の方とはいえ、上の階級の者に無礼な振る舞いをするのはおやめください。重い罪に問われることもありますよ」
「種族ごと、にあるのですか?」
「何それー、差別的だよー」
エルフのイレーヌと、獣人のミーシャが真っ先に反応する。
「そうは言われましても、それがこの国のルールですから。人間より上に位置するのはそう多くありませんので、ご安心ください。竜人、エルフ、ダークエルフの三種だけでございます」
邪竜が支配してる国なら竜人は当然か。エルフに関しては、イレーヌがそうであるように美男美女が多い種なのが関係していると。
ちなみに人間の下には、軽く十以上の種族があるとか。
ミーシャが不満顔で言う。
「じゃあ何さ、獣人のアタシは会う人みんなにヘコヘコしなきゃいけないわけ?」
「外国の方に関しては、多少は考慮されますが……あまり傲岸不遜な態度はおやめください」
「別に普段からそんなのしないし」
「お話は以上になります。くれぐれも、セレアーデ様訪問の件、よろしくお願いいたしますよ」
しつこい管理人さんは適当にかわして、俺たちは港町を歩き回ることにした。
海に面しているだけあって魚や海藻類は豊富らしい。
とりあえず焼き魚を五人分買っておく。
「船旅の疲れもあるし、今日は宿屋に泊まる感じでどうよ?」
「そうですね。もうすぐ日も暮れるでしょうし」
意見が一致したので宿屋に足を向ける。観光客が多いから何軒もあって、泊まるところに苦労はしなかった。
六人部屋があったので、そこを利用する。一人多いが、そこはしょうがないだろう。
硬貨は共通で使えるので、俺たちはこの大陸でもそれなりの贅沢はできる。
久しぶりの揺れないベッドで爆睡して翌朝を迎える。ただ穏やかな一日の始まり……とはいかなかったな。
みんなで一階に下りると、揉め事が生じていたのだ。宿屋の利用客っぽい男たち数人が、獣人の男を座らせて謝らせている。
「もっと心込めて謝れ。死んでもいいのかよ」
「ほら早く」
「……すみません、肩をぶつけて、すみません」
獣人は、耳を見るに狼か犬系だろうか。体格は良く、男たちをまとめてはっ倒すことができそうなのに、随分と言いなりだ。
「ちょっとアンタたち、肩ぶつかっただけなら許してあげなさいよー」
真っ先にミーシャが反応して止めに入るが、男の一人に肩を強く押される。
「黙れ小娘。てめえも獣人のくせに、何いっぱしの口利いてやがんだ!」
あーそうだったわ。この国は、種族ごとに階級があるんだったっけ。
人間より上は竜人、エルフ、ダークエルフという話だった。俺が竜人だと伝えてみてもいいかもしんないが、それよりも……
チラッと視線を横に流すと、イレーヌが小さく頷いて男たちの元へ寄っていく。
「その方を許してあげてください」
「あぁ……? だからおれたちに命令……ンンッ!?」
「えっ、その耳……何でこんなところにエルフが」
「もう一度言います。もうそのへんで許してあげてください」
「……しょうがない、行くぞ」
「ちぇ、命拾いしたな獣人」
安い捨て台詞を吐いて男たちは宿から出ていった。相当階級の差があるのか、イレーヌにはまるで抵抗の意思を見せなかったな。
獣人の男が礼を述べてくる。
「あの……ありがとうございます」
「大変ですね。めげずに頑張ってください」
「そだよー! 獣人は誰が何と言おうと最高の種族だとアタシは思うよ!」
「うう、何だか、とても救われるよ……」
仲良くなったみたいだし、朝食はその獣人と一緒にとることにした。彼は観光客ではなく、この国に住んでいる者なので、ためになる情報も聞けた。
例えば、美竜は特に毛嫌いしている種族があるとか。迷宮都市に行く途中に休める、レゴという村があるとか。
のんびりモードとは何だったのか。
みんなが寝静まった真夜中、俺はベッドの上で組み敷かれていた。いつも通り眠ってて、気がついて目を開けたらそうされていたのだ。
相手はミーシャだった。
「最近、相手してくれなかったから。アタシ、ずっと我慢してた」
「ちょっと待て、発情期は終わったんじゃ……」
「そんなこともないニャ~」
耳をぴこんと一度折りたたんでみせると、ミーシャは急に服を脱ぎ出す。
これはヤバくないか……? 待て、冷静に考えると何がヤバいのかがわからなくなってきて混乱する。
「なあミーシャ、今日のところは控えたほうが」
「結婚してるわけでもないのに何に遠慮するの? 若い男女がいたら普通じゃないかな。アタシはジャーのこと好きだからしたいけど。心の準備ができてないとか、いまさらないでしょ?」
確かに、俺のほうはないのだが、いまはもう一人、非モテマンというやつがいるわけで。
小さく腕輪に話しかける。
「おい、起きてるか」
『……オレが寝ることはない。急展開にドキドキしすぎてて混乱していただけだ』
なんて素直なやつだよ。
「どうする? いっても問題なさそうか?」
『よよよ、よろしくお願いする』
腕輪も満足するかもしれないし、ここはいっちょ頑張るしかないだろう。つーか、色んな意味でミーシャは激しいので、気合いを入れなくちゃいけないな。
ミーシャが眠りについたのは、早朝だった。
ようやく終わったと俺はベッドに横になり、しばらく休んでいると、非モテマンが急に語り出す。
『お疲れ。刺激的な夜を、ありがとう』
「おぅ、刺激的すぎて、大丈夫だったか?」
『何度も気絶しそうになった。でも、こうしてオレはいま、ここにいる』
非モテマンは何かを悟ったように、神妙な様子で話す。
『いままでの男では満足できなかったが、ジャーに代わったらたった一日で満足できた。お前ってやつが羨ましいよ。オレはお前に生まれたかった』
「俺も前世は、わりと酷い生活してたけどな」
『前世!? やはり、人は転生できる可能性があるのか?』
「あるな。俺がそうだから」
『ならば、もう心残りはない。オレは行くよ。来世にかけて、腕輪の人生は終わりにする。礼を言うよ、ジャー』
腕輪の決定は思いの外早く、もう別の世界に旅立ってしまうらしい。早く俺から離れてほしいとは願ってたが、いざ行くとなると若干の寂しさを覚えるのが不思議だ。
「待てよ。何か、最後に言い残してけよ――」
『――気持ちよかった!』
パキッと腕輪にヒビが入ると、数秒もしないうちに完全に壊れてしまう。
「えぇー……別れの言葉とか期待してたわ……」
まぁ、最後まであいつらしいと言えば、そうなのだが。
非モテマンが来世では女性にモテモテになりますように、と五秒くらい祈ってから俺は眠りにつくのだった。
来世あるのかね、あいつ。
2 北方三大陸
無事腕輪もなくなり、また元の気ままライフを送りたいと思っていたが、どうもそうはいかないようだった。ルシルがウズウズした様子で俺に訊いてくるのだ。
「ねえ、あの件考えてくれたかしら」
「あの件?」
「ほら、飛行木板のことよ」
「あ~」
そうそう、そんな話してたっけな。何でも中央大陸より上にある北方三大陸の一つに存在してるって噂らしい。
普段はコンパクトなのに使うときだけ大きくなって、さらには空をも飛べるという不思議アイテムだとか。
そんな魔道具あってもおかしくはないけど、ただ、やはり噂に過ぎないので信憑性の問題がある。
「遠出して、結局ガセでしたーは、俺は嫌だぞ」
「そこは問題ないわ。北西大陸の迷宮に絶対あるらしいから。何人かの冒険者にも確認したから間違いないの」
結構真剣に調査したらしくて、情報は信頼できるもののようだ。イレーヌやクロエも反対しないので、観光も含めてすぐに北方大陸へ旅立つことに。
グリザードのスラパチたちに手紙を書き、それを終えると、今日にでも出発する。
一応、王様に挨拶に行く。
もらう予定になっていた褒美を保留にしていたので、褒美の代わりに北の港町から北方大陸まで船で運んでくれないかと頼んだら、快く承諾された。
そして王都の出口までは、グリンヌと王女様が見送りに来てくれた。もちろん護衛付きだ。
ちなみに、グリンヌは軍を指揮するダンディなオッサンで、色々と信頼できる人物である。
「ふむ、ジャー殿がいなくなると寂しくなりますな」
「ジャー様、別荘の管理などは、こちらにお任せください。傷まないように人を使いますわ。ですから、必ずまたここへ寄ってくださいね」
「おう、必ずまた来るよ。グリンヌも王女様も、みんな色々と世話になった。そんじゃ」
別れの挨拶をして、俺たちは用意してもらった馬車に乗り込む。
何回も顔を合わせた兵士や住民なども見送りには交じっていて、何とも言えない気分になった。
イレーヌが俺の気持ちを代弁するように話す。
「ディシディア王都。素晴らしいところでしたね」
「ああ。グリザードに次ぐ第二の故郷って感じか」
「またいつか訪れて、皆さんとお会いしましょう」
「飛行木板さえあれば、みんなで楽に移動できるもんな。少しやる気が出てきたわ」
こうして、長いようで短かった王都での生活は終わりを告げた。
俺たちは北の港町に到着すると、すぐに用意されていた船に乗り込んだ。俺たちだけのために、だいぶ大きいものを用意してくれたらしい。
王様の太っ腹には頭が下がるね。
「船長のモルモンダと申します。さっそくで恐縮なのですが、実はご相談がありまして」
海の男っぽい太い腕した船長さんが、何やら真面目な顔つきだ。
「航路についてです。危険な魔物に遭遇する可能性はあるが短時間で着くものと、安全だが時間がかかるコースとあります。ジャー様はどちらをご所望でしょう?」
今回の船旅はだいぶ長い。北方三大陸の一つ、北西大陸に行くわけだから、一週間以上の船旅は避けられない。長旅は覚悟していたが、少しでも短いならそっちを選びたい。
「魔物が出たら俺たちが倒そう。短いほうで頼む」
「畏まりました。我々も多少なら戦えますので、いつでも参加します」
「頼もしいな」
「では中へお入りください」
ありがたくそうさせてもらう。
船内でくつろぎながら、俺はパーティで一番物知りなクロエから情報を集める。
「北方三大陸って、全部邪竜が支配してるんだっけ?」
「そう、聞いたことがある。北西は確か……蒼炎美竜――セレアーデという女王が人々を支配して君臨しているのだとか」
「邪竜が人を従えるかぁ。南大陸とは随分事情が違うみてぇだな」
「あちらでは、邪竜を差別する者は反社会的と捉えられてもおかしくないそうだ」
「目的はアイテムだし、邪竜とかに特に関わらなくてもいいならスルーしとこうぜ。それはともかく、これやらないか?」
俺は、机の上にディシディアで購入した黒と白の小石と四角い木の板を置いた。板のほうは刃物で切れ目を入れてある。八かける八で六十四マスだな。
せっかくなので他の三人も呼んで、全員にゲームの説明をしてみる。
「俺のいた世界にあったリバーシっていうゲームをやろうぜ。長旅だし、退屈しのぎにはちょうどいいんじゃねえかな」
相手の石を挟んで自分の色に変えるだけ。最終的に自分の色の石が多いほうが勝ちっていう至極単純なルールなので、みんなも簡単に理解してくれたな。
「さっそく始めようぜ」
異世界のゲームに全員ノリノリだったので、対戦相手には事欠かない。みんな俺とやりたがったので、一人ずつ順番に闘っていく。
三巡ほどすると、このゲームはだいぶ性格が出るんじゃないかと感じるようになってきた。
最年少ながら、イレーヌはさすがとしか言い様がない。マスの外側や角を取ると勝利に近くなるとほぼ一戦目から見抜いていて、冷静に打ってくる。おかげで一度、俺が敗北を喫するという事態になった。
クロエは判断力に優れるが、俺がちょっと口出しすると少々迷ったりする。このゲームにおいては俺のほうが詳しいから、どうしてもそうなるか。
ルシルは頭が回るのだが、若干飽きっぽさが見られる。
三回目になると、立ち上がりたくてウズウズしているようだった。令嬢だがおてんばの気質があるもんな。
ミーシャは、最も向いてないな。その場のノリで石を置くし、角を狙うとかもほとんど考えない。そのとき、一番石が多く取れる手だけを狙ってる感じだ。
そしてミーシャとルシルは、途中で飽きて外の空気を吸いに出ていった。
「ご主人様、もう一度お願いします」
「その次は、私で頼む」
存外負けず嫌いのイレーヌとクロエがへこたれずかかってくるので、当面は暇にならなくて済みそうだ。
船旅は順調に進んで、五日目に入った。
イレーヌとクロエがすっかりリバーシにハマってくれたおかげで、俺はあまり退屈しなかったな。
だんだんと俺が負けることも多くなってきて面白くなってきたところ……唐突に邪魔が入る。いや、邪魔って言い方は失礼か。
俺たちを運んでくれる船長なんだからよ。
「おくつろぎのところ失礼します! 出ました、魔物です」
「よっしゃ、俺らの出番か」
面倒くせえ……とならないのは、何だかんだで体を動かしたかったからだ。
甲板に出ると、随分と状況が悪いのが一目でわかった。まず、手すりなどに巨大なタコらしき魔物の足が何本か絡みついている。海から伸びてきてるみたいだが、本体の姿はない。
すでにルシルとミーシャが魔法で応戦してるんだけど、相手は、そのタコじゃない。上空にも七、八体の敵らしきものがいるのだ。
何だありゃ? ハイエナに灰色の翼が生えた、としか表現できねえ。ちょこちょこ、船員やルシルたちにちょっかい出してくるみたいだ。
「巨魔タコに、空ハイエナという魔物です」
「なあ船長、あいつら同士は仲間なのか?」
「いえ、そうではありません。ハイエナのほうはずっと船をつけていて、タコが船を沈めたところを狙っている、というわけです」
獲物の横取りってやつか。だからといって無視してタコの相手だけしてると、ガラ空きの背中をハイエナに突かれちまうらしい。
ヒュッ――とイレーヌが矢を射る音がする。
土の矢……貫通矢とも言われるものが、ハイエナの片翼を撃ち抜く。バランスを崩して落下した後に、もう一度射ってトドメをさす。
「油断さえしなければ、後れを取る相手ではなさそうですね」
「んじゃイレーヌ、あの二人の手伝い頼めるか」
「お任せください」
空ハイエナ掃除は任せて、俺はクロエと巨大タコの足切断に向かう。
「――雷纏剣!」
クロエがお得意の魔法剣を発動させ、素早く横に振る。横幅二、三メートルはありそうな吸盤のついた赤い足が見事に切断された。
「さすがだな。じゃ俺はあっちを」
クロエに対抗するわけじゃないけど、俺は剣に炎を纏わす。聖剣カラドボルグの斬れ味に、熱まで加わるのだから、水中生物には効果あるだろう――という狙いは成功。
斬れたタコ足の先が、苦しそうにうねうねと甲板の上で踊る。
「よし、この調子で…………復活してやがる」
切断面から、また足が生えてきたというね。クロエが声をかけてくる。
「ジャー、そちらもか!? こちらも、同じ状況なのだ」
「斬っても斬っても、効果なしね」
「必ずしも効果がないわけではないだろう。生えてきたタコ足は前のに比べて弱々しい」
「あ、本当だ」
確かにクロエの言う通り、よく見りゃ少し細いし、動きにも迫力がない。
「うおおっっっと!?」
しかしながら、船を揺らすことは可能のようだ。つーか、足はあちこちにあるので、俺とクロエだけじゃ対処しきれねえかもな。
だからと言ってルシルたちを頼れば、空ハイエナどもがウザいことしてくるっていうハメコンボ。
何なの? 仲間でもないのに息ぴったりすぎだろって。
そこへクロエが提案してくる。
「海面に雷を落とすべきだろうか?」
「いや、これを使う」
邪竜に戻れる秘竜薬はまだ八粒ほどある。俺は一粒を呑み込むと、本来の姿へ戻った。真銀光竜となれば、海に潜るのもわけない。
「船が沈没しねえよう、タコ足斬り続けてくれ。任せたぞ」
「任された、ジャーも気をつけるのだぞ!」
俺は親指を立て、海の中に頭から入る。長い長いタコ足をたどって本体へ。
……随分と長いな。十メートルとかそんなレベルじゃねえぞ、これ。船の真下、三十か四十メートルのところに巨魔タコがいた。
本体はやはり相当にデカい。
邪竜のときの俺の身長は三メートルくらい。それよりもずっと上だ。
「もっとも、大きさだけで強さが測れないのが、この世界の面白いところだよな」
尻尾を槍の形状に変化させて巨魔タコの肉に突き刺す。さすがに身の危険を察知したらしく、巨魔タコは伸ばしていた足を船から離して、俺を捕まえようとする。
水中でも想像以上に器用に動く。俺をすぐに捕獲すると、動けないよう足で締めつけてきた。力は、まずまずかな。だが、あんまり遊んでる暇もないので、俺は爪を立てて、力ずくで足を切り裂く。
「……!?」
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海の中から船の甲板に戻ると、空ハイエナたちの死体を船乗りたちが海に投げ捨てているところだった。おお、やっぱこっちも終わってたか。
獲物横取り狙いの雑魚じゃ、うちのメンバーには到底及ばないってこったな。イレーヌが俺に笑顔を向けてくる。
「いつもさすがです、ご主人様」
「そっちもなー。さて、説明といきますか」
竜の姿を見てビビってる船員たちに、俺は竜化が可能なんだぜ的なテキトーな後付け設定をしておいた。
◇ ◆ ◇
さすがに飽きてきたわー、そろそろ着いてくださいおねげえしますー、という俺の祈りが届いたのだろうか。
とある朝、船長が溌剌として俺たちを起こしに来た。
「皆さん、長らくお待たせしました。ようやく北方三大陸・北西大陸に到着しましたよ」
「やっとか!」
俺は元気よく起き上がって船から外へ出る。
潮の匂いが香る港町に、俺は降り立った。イタリアのジェノバとは言わないけど、そんな雰囲気に近い、なんか街並みが綺麗なところだ。
屋根の色とか、カラフルでセンスがいい。南大陸の港町とは随分と印象が違うな。
そしてやっぱり、こっちの世界でも北に行くほど寒いのな。風が少々冷たい。
入国管理人みたいな制服を着た偉そうな男がやってきたので、船長が身分証明をして、俺たちを観光者だと伝えてくれる。そして去り際に一言。
「ではジャー様、我々はしばらくここに滞在しますので」
「運んでくれてサンキュ。もし飛行木板見つからなかったら帰りも頼みたいもんだ」
「ほお? あなた方、目的は飛行木板なのですね?」
細面の管理人の目が光る。うっかり余計なこと話しちまった? そんなことはないようだ。むしろ、情報を与えてくれた。
「飛行木板は、分かれの迷宮で入手できますよ。もっとも、誰も手に入れたことはありませんがね。あのセレアーデ様ですら、引き返したほどです」
「マジかよ……」
邪竜ですら攻略困難とは、一筋縄じゃいかなそうだ。
管理人が言うには、分かれの迷宮は迷宮都市アラザム内に存在するという。
他にもいくつか迷宮はあるものの、セレアーデが引き返したことから、分かれの迷宮は難易度が最も高いとされている。
「旅人や観光者は、港町を出て北東か北西のどちらかに行きます。北西には王都ミラアーデが、北東には迷宮都市があります」
「俺たちは北東か」
「よろしいのですか? ミラアーデにはセレアーデ様がおられます。高貴で美しすぎるお方です。あなた方の容姿ならば、観光者でもお目にかかるチャンスは十分ありますよ」
「いや、迷宮都市でいいわ」
俺の回答が不満みたいで、管理人の眉間にシワが寄る。よほど美竜――セレアーデを崇拝してるんだな。死天破魔竜と俺以外は人化の術を覚えているというし、ガチで絶世の美女なのかもしれない。
面倒そうなので会いたいとは思わないが。
「では迷宮攻略を諦めた後、ぜひセレアーデ様にお目通りください!」
攻略諦めるの前提かよ。
「何でそんなに謁見を勧めてくるわけ?」
「あなた方五人が、全員美に通じているからです。セレアーデ様は美しい者を何よりも好みます。そういった方たちをあのお方の元へ届けるのも、私たちの仕事なのです」
管理人の熱意が普通じゃないので、気が向いたらそうすると告げておくと、ホッとした様子だった。こりゃ美竜のやつに、連れてこねえとクビにするぞ的な脅しを受けてんな。ダメな上司を見てきた俺にはわかる。
「そうそう、それとこの大陸では種族ごとに階級があります。観光者の方とはいえ、上の階級の者に無礼な振る舞いをするのはおやめください。重い罪に問われることもありますよ」
「種族ごと、にあるのですか?」
「何それー、差別的だよー」
エルフのイレーヌと、獣人のミーシャが真っ先に反応する。
「そうは言われましても、それがこの国のルールですから。人間より上に位置するのはそう多くありませんので、ご安心ください。竜人、エルフ、ダークエルフの三種だけでございます」
邪竜が支配してる国なら竜人は当然か。エルフに関しては、イレーヌがそうであるように美男美女が多い種なのが関係していると。
ちなみに人間の下には、軽く十以上の種族があるとか。
ミーシャが不満顔で言う。
「じゃあ何さ、獣人のアタシは会う人みんなにヘコヘコしなきゃいけないわけ?」
「外国の方に関しては、多少は考慮されますが……あまり傲岸不遜な態度はおやめください」
「別に普段からそんなのしないし」
「お話は以上になります。くれぐれも、セレアーデ様訪問の件、よろしくお願いいたしますよ」
しつこい管理人さんは適当にかわして、俺たちは港町を歩き回ることにした。
海に面しているだけあって魚や海藻類は豊富らしい。
とりあえず焼き魚を五人分買っておく。
「船旅の疲れもあるし、今日は宿屋に泊まる感じでどうよ?」
「そうですね。もうすぐ日も暮れるでしょうし」
意見が一致したので宿屋に足を向ける。観光客が多いから何軒もあって、泊まるところに苦労はしなかった。
六人部屋があったので、そこを利用する。一人多いが、そこはしょうがないだろう。
硬貨は共通で使えるので、俺たちはこの大陸でもそれなりの贅沢はできる。
久しぶりの揺れないベッドで爆睡して翌朝を迎える。ただ穏やかな一日の始まり……とはいかなかったな。
みんなで一階に下りると、揉め事が生じていたのだ。宿屋の利用客っぽい男たち数人が、獣人の男を座らせて謝らせている。
「もっと心込めて謝れ。死んでもいいのかよ」
「ほら早く」
「……すみません、肩をぶつけて、すみません」
獣人は、耳を見るに狼か犬系だろうか。体格は良く、男たちをまとめてはっ倒すことができそうなのに、随分と言いなりだ。
「ちょっとアンタたち、肩ぶつかっただけなら許してあげなさいよー」
真っ先にミーシャが反応して止めに入るが、男の一人に肩を強く押される。
「黙れ小娘。てめえも獣人のくせに、何いっぱしの口利いてやがんだ!」
あーそうだったわ。この国は、種族ごとに階級があるんだったっけ。
人間より上は竜人、エルフ、ダークエルフという話だった。俺が竜人だと伝えてみてもいいかもしんないが、それよりも……
チラッと視線を横に流すと、イレーヌが小さく頷いて男たちの元へ寄っていく。
「その方を許してあげてください」
「あぁ……? だからおれたちに命令……ンンッ!?」
「えっ、その耳……何でこんなところにエルフが」
「もう一度言います。もうそのへんで許してあげてください」
「……しょうがない、行くぞ」
「ちぇ、命拾いしたな獣人」
安い捨て台詞を吐いて男たちは宿から出ていった。相当階級の差があるのか、イレーヌにはまるで抵抗の意思を見せなかったな。
獣人の男が礼を述べてくる。
「あの……ありがとうございます」
「大変ですね。めげずに頑張ってください」
「そだよー! 獣人は誰が何と言おうと最高の種族だとアタシは思うよ!」
「うう、何だか、とても救われるよ……」
仲良くなったみたいだし、朝食はその獣人と一緒にとることにした。彼は観光客ではなく、この国に住んでいる者なので、ためになる情報も聞けた。
例えば、美竜は特に毛嫌いしている種族があるとか。迷宮都市に行く途中に休める、レゴという村があるとか。
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