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3巻
3-3
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どうやら男の子が前を見ないで走っていてイレーヌにぶつかったらしい。ザックが逃げていくそいつに、「気をつけろ!」と声を荒らげる。
イレーヌが俺に礼を言おうとして――。
「ありがとうございました、もうだいじょう―――。あぁっ、ポーチがない!?」
「ポーチって金入れてたやつか?」
「そうです、もしかして……」
「おいジャー、あのガキが持ってるの、イレーヌちゃんのだろ!?」
「追います!」
「オレも行くぜ。ジャーはその親子を見ててくれ」
「ああ……」
あのガキ、まだ小さいのにスリ師なのかよ。日本に比べるとさすがに治安が悪いな。
ガキにしちゃ快足みたいだけど、イレーヌとザックが相手じゃ捕まるのも時間の問題だろう。
「心配しなくていい、すぐにつかま…………、あ?」
俺が振り返って親子に話しかけたら、そこには誰もいねえの。狐につままれたみたいにポカーンとして、遠くに親子の姿を発見する。
何で全力疾走してるわけ?
「ああっ!? 俺の黒袋!?」
下に置いてた、なんでも収納できる魔道具――黒袋がなくなってる! もしやと思い逃走親子に視線を伸ばすと、ビンゴ。あのおっさんがしっかりと俺の黒袋を握ってやがる。
そうか、そういうことかよ。あのガキと親子はグルだったってわけだ。
「何が命日だよ、チクショウ」
亡き妻を想い続ける優しいおっさん演じやがって。その罪は重いからな。俺はチーターが獲物を追うがごとく親子との距離を縮めていく。
元々の自力が違いすぎるからな。親子もそれなりに頭使って入り組んだ道を右に左に進んでいたが、一分もかからず俺はその背中に追いつく。
とう! とジャンプして二人の頭を越えて前方に着地。
「ッ!?」
表情を絶望に染める親子。そんな顔したって許さねえからな?
来た道を引き返す素振りを見せたので風魔法を使う。
突風が発生すると、親子は踏ん張ることができず尻餅をつく。何の仕掛けもないただの強風。されど、よほど足腰を鍛えてなけりゃ立つこともままならないのだ。
「そん中にはよ、竜の肉とか大量に入ってるわけ。無駄な抵抗すると、大怪我負うぞ?」
軽く脅してやったんだけど、どうも逆効果だったようで。ナイフを取り出すおっさん。驚くのは女のガキもそうしたことだな。さらに俺は語気を強める。
「痛い目見ねえとわかんねえんだろうなぁ」
「死ね!」
おっさんが腕を天に伸ばし、そこから真っ直ぐナイフを振り下ろしてくる。まるっきりの素人ってわけじゃないが、玄人ってわけでもなさそうだな。せいぜい素人に毛が生えた程度。
避けることも反撃することもできた。だが、俺は敢えて防御に回る。
ひとさし指と中指で刃をサンドイッチ。換言するなら、白刃取り。
「なっ!?」
目をむくおっさんの腹に前蹴りを入れて吹っ飛ばす。これで一人はノックアウト。問題は斜め下、死角から俺の足首を切りつけようとしてくるガキのほうだ。
タイミングを合わせて軽く跳び、ガキの攻撃を避ける。こっちが着地するなりガキは至近距離から俺の喉元にナイフを投擲してきやがった。全く迷いがないし、こっちのほうがおっさんより数段強い。
軽く驚きつつ飛来したナイフをこれまた指で挟んでキャッチ。
ガキがすかさず俺の股間を蹴り上げようとするので、ステップ踏んでスカさせてからの踵落とし。脳天直撃。ぐへっという声を漏らしながらガキは地べたとキスして動かなくなる。
俺は黒袋を回収すると、おっさんの尻を軽く一発蹴っておく。これは人の物奪おうとした罰だよ。
「オーーーイ!」
どうやらあっちもカタがついたらしい。ザックとイレーヌに両脇を挟まれながらガキが連行されてくる。
「これは、どういうことですか?」
倒れている親子を見て動揺するイレーヌに、概要を説明してやると、やはりショックを受けていた。ザックのほうは平然としていたが。
「ジャー、こいつらどうする?」
「手口がやり慣れてたから初犯ってわけでもないだろう」
「やっぱ突き出すしかねーかー」
「置き引きだけならまだしも、思い切り殺る気だっ―――だっ!?」
「ご主人様!?」
尻のあたりに痛みが奔った。どうやら意識を取り戻した女のガキに背後から切りつけられちまったらしい。
油断したわ……。俺は次の攻撃に備えたが、ガキはイレーヌたちのほうへ向かう。そしてナイフを振り回して威嚇すると、男のガキを連れて一緒に逃走する。
さらにおっさんも意識を取り戻したらしく、二人のあとを追っていく。
「ご主人様、お怪我は大丈夫ですか!?」
「大したことねえな。あいつらを頼む」
「はい、絶対許せません!」
赫怒したイレーヌが矢をつがえる。が、横道から通行人が出てきてしまったので、これでは矢を放てない。
「直接捕まえてきますね!」
そう言うと、イレーヌが三人を追跡していった。ザックは薄緑色の液体が入った瓶、治療薬を取り出した。
「踏み込みが浅かったし軽傷だろ。見せてみ」
「悪りぃな」
尾てい骨の少し上あたりに、ザックがその治療薬をかけてくれる。
じわぁ~と、えも言われぬ温かみが広がっていく。けっこう気持ちいいけどよ、だんだんと「温かい」から「熱い」に変わってきたのはどういうわけ? 前にもこんな感覚になったことがある。これって確か――。
「じゃ、じゃ、ジャー、おま、おま……、え……、なんっだよ、それ?」
「ん?」
うぉおおおおお!? 何だこれ、尻尾が生えてるじゃねえの!?
……あ、そういうことか。これは竜手のときみたいに邪竜の力が戻ったってことだろう。
切りつけられて回復して、細胞が活性化したとか? よくわかんねえが何であれ嬉しいことには変わりないな、と思ったけど、ザックが混乱してたわ。
「竜人、って、尻尾も生える、のか?」
「あ~そうじゃなくてだな~」
面倒だし真実を伝えることにした。数メートルもある白銀の尻尾つけといて竜ではなく竜人です、は通じなそうだしな。これで友情が壊れるなら初めからその程度だってことだ。
話を聞き終えたザックは硬直していた。
「……」
「ザック、大丈夫かよ」
「か……、かっけええええええええ!!」
耳塞ぐ俺。声バカデカいのこいつ。
「やっべえじゃん、ジャー! オレ邪竜と友達だったのかよ! スゲー、いろんなやつに自慢したいぜ!」
「邪竜だけど怖くねえの? あと人に自慢するのは禁止な」
「邪竜ったって真銀光竜だろ? ぜんぜん悪さもしねえし、他の大陸の邪竜と違って人間ともあんま関わんなかっただろ。個人的には評価してたんだよ」
「そんなもんかよ。でもさすがに邪竜ってバレるとまずいからよ。わかるよな?」
「わかるわかる! つーか、尻尾触らせて!」
驚くほどザックには警戒心がない。イレーヌもそうだったし、邪竜っていっても案外受け入れられるもんなんだな。
ザックに尻尾をベタベタ触られていると、イレーヌが帰ってきた。
「三人とも捕まえたら、ちょうど騎士の方々がいらしたので、身柄を引き渡してきまし……た。……ご主人様、もしかして力が戻りました?」
「ああ、尻尾が生えてきたわ」
「かっこいい……、です」
「そう?」
「羨ましいぞジャー、これめちゃくちゃ強いんだろ? ちょっと見せてくれよ!」
「あ~じゃあ、実戦的にやってみるか」
久しぶりってこともあり、感覚を取り戻す意味で軽く戦ってみる。相手はザックに務めてもらうことにした。鉄槌を振り回してくるザックの攻撃を、俺は前に回した尻尾ですべて弾いていく。
キン、キン、キンと硬質な音が路地裏にいくつも鳴った。
「はあはあ、尻尾ガード強すぎだろ……。本体まで届く気がしねえ」
「イレーヌも交ざっていいぞ。遠慮はいらない、本気で来い」
「え、と、それじゃあ失礼します」
イレーヌは弓ではなくて近距離用の足刃を使う。ザックの槌術とイレーヌの蹴技。
二種の攻撃が同時に襲いかかってくると、俺もだいぶ忙しくなってくる。
といっても、やっぱり尻尾しか動かしてないんだけどさ。高速で動かし刃や槌をさばきつつ、隙を見て、しゅるしゅるしゅる。
タコ足のごとく鉄槌に巻き付かせて、ザックの武器を掠め取ることに成功。
「マジかっ!? ――ぐえ!?」
ザックの足を尾で薙ぎ払い、転倒させる。
ちなみに尻尾は軟体生物みたいな柔軟さと鋼のような硬さを併せ持ち、形状を変化させることも可能だ。
普段の尻尾の先は稲の穂先のような形を成しているが、斧頭や剣のようにすることもできる。さらには円錐状の突起物を体表面に作り、それを飛ばすこともできたりする。
「ザックさん!?」
そう叫ぶイレーヌの足首も巻き上げて、ステン。イレーヌが足を開いたまま転ぶ。
これにて戦闘は終了。結局、尻尾以外はどこも使わなかった。
尻尾を動かしながら剣や魔法も使えるだろうから、今後はより戦闘が楽になるだろう。そんなことを考えながら、俺は唖然としてしまう。
――?
どうやら、俺は見てはいけねえものを見てしまったようだ。
イレーヌはスカートを穿いているため、転んだ際にパンツが見えてしまったのだが――。
――赤のTバック……だ……と……?
俺は、保護者として教育を間違えていたのかもしれねえ……。思春期娘の育成本を購入したいと、割と本気で思った。
3 オシキモとネイル
いつもと変わらない夜。強いて変化を挙げるなら、俺たちが泊まっている宿屋の看板娘メルリダが、俺の出したドラゴン肉のおかげで超ハイテンションなくらいだ。
自分は最高級のドラゴン肉をモグモグ食いながら、客にはランクの落ちるステーキとか出すんだもん。ここが「お客様は神様」信仰の強い国だったら即座にクビだわ。
「ああー毎日でも食べたいなー。ジャーと結婚しようかなぁ」
「おい、食い物で結婚決めるっておかしいだろ」
食い物じゃなくても、金で結婚決めて旦那はATMとかほざく女は絶対許さねえから。メルリダは俺を華麗に無視してイレーヌに話しかける。
「ねえ、結婚生活ってちょっと憧れない?」
「すごく憧れます! 愛する人のために毎日ご飯を作ったり掃除をしたり、他にもいろいろと尽くしたいです」
「尽くす女なんだねー。ジャーは幸せ者じゃん」
「……」
「お、言葉を失ってますな?」
いや違うから。お前がさっき俺を一回無視したからやり返してるだけなんだけど。
女子の甘々トークを聞きつつ、黙々と俺は飯を食う。塩で味付けされてるはずの飯が甘く感じてくるから困る。
「ジャーさん、いるかー!」
おっと、ここで福音。禿頭のガッチリしたおっさん――オシキモさんが俺を訪ねてきたのだ。最近飲み屋で知り合いになったアラフォーで、俺と同じくなかなか寂しいやつだったりする。
「飲み行かねえかい? 紹介したい女がいるんだ」
「珍しいな。飲むだけだったら別にいいけどよ」
「よっしゃ、じゃ行こうぜ」
「じゃあそういうわけだから、イレーヌ……」
俺が途中で言葉を切ったのは、イレーヌがオシキモさんのことを軽く睨んでいたからだ。
「ご主人様に、変な人を紹介しないでください」
「おっと、そこは大丈夫だって。身元は知ってるやつだ。悪い女じゃない」
「……でも」
オシキモさんの返答に不信感を募らせたままのイレーヌ。俺は軽い調子で宥めにかかる。
「まあまあ、ちょっと話すだけだからよ。いつものとこで軽く流したらすぐ帰ってくるわ」
「……いってらっしゃいませ」
若干納得がいってないのか、頬を少し膨らませている。何であれ、感情が豊かになってきたのは吉兆だよな。もっと年頃の娘みたいにわがまま言ってもいいくらいだ。
さて、外に出た俺はオシキモさんにまず確認しておく。
「で、紹介したい女って?」
「お前さんのファンだよ」
「ファン? ちょっと意味がわかんねえんだけど」
俺が首を傾げると、オシキモさんはニヤニヤしてこづいてくる。
「知り合いの子なんだが、俺とジャーさんが一緒に歩いてるのをたまたま見て、一目惚れしちまったと。くー、モテる男は違うねー」
「冷やかさねえでくれって」
嬉しいか嬉しくないかで言やぁ……、嬉しいな。一目惚れって実は本能が選んでるから、理性で好きになった相手より長続きしやすいとも聞く。そういう意味では、俺と相性が良いのかもしれないし。
と、内心ウキウキしながらも、一応、なんでもない風を装っておく。
「でも俺もよ、女なら誰でも良いってわけじゃなくて」
「まずは会ってみてくれ。ちょっと地味なところがあるが、気立てが最高なんだ」
やたらオシキモさんが推すので、期待しながら俺は酒屋に足を運ぶことになった。
店端のテーブルのところに俺のファンとやらはいた。こっちの姿を確認するなり、緊張した様子で立ち上がる。ドキドキが顔から伝わってくるのも珍しい。
顔は――確かにどこか地味なところがある。でも顔立ち自体は悪くないし、何より外見に気を使っている。髪はクシでとかしてきたのかツヤツヤ、服装も白を基調とした清楚な感じに仕上げている。従順っぽく深く頭を下げて挨拶するところも悪くない。
「ジャーさん、こいつはネイルだ」
「よ、よろしく、お願いし、しまふ……します」
言い間違えて顔を真っ赤にするあたり、アニメだったら萌えキャラ認定されそうだな。
「おう、よろしく。とりあえず座ろうぜ」
俺たちが向かい合って座るよう配慮するオシキモさん。このおっさん、お見合いを勧めてくるおばちゃん並にお世話焼きだわ。
正面に座るネイルは恥ずかしいのか視線を下げっぱなしで、しかしこっちを必要以上に気にかけている。
「いや、そんな緊張する相手じゃねえんだけど。見た目が良いとかそういうのって、偉いのは本人じゃなくて親だから。遺伝の力だと思うわけ」
ちょっと顔がいいだけで高飛車になるやつとか最悪だしな。美人とかイケメンってある意味親の七光みてえなもんだから。
と、適当なことを話していると、ネイルも少し緊張がとけてきたのか、積極性を見せてくる。
「ジャ、ジャーさんは、冒険者を?」
「ハイパーフリーライフアドヴァイザーをやってるわ」
ハイパーメディアなんちゃらとかいう肩書もあるし、こういうのもありじゃねえかと思う。
「ハイパー……、えっと、何かアドヴァイスをするのですか?」
「俺が生きたいように生きて見せることが、回り回って他人への助言になる的な?」
「ようするに、遊びほうけてる無職だなぁ」
「うるせえからオシキモ!」
「わはは! 見たかネイル、図星だぞ!」
「くすくす」
オシキモさんに加え、楽しそうにネイルも笑う。見たかよ、この自分を下げて場を盛り上げるという営業スキル。
とにかく一回場が和むと打ちとけるのはかなり容易になる。
「もう二十三なのか。十代に見えるけどな」
「よく言われます。たぶん、精神が幼いから若く見えるのかもしれません」
「二十歳超えたらたぶん、精神なんて大して変わらねえと思うけどな」
ネイルと俺が中心になって会話して、オシキモさんがウンウンうなずく。そんな感じで話してたんだが、ネイルに酒が入ってからは少し雰囲気が変わる。
酔うと大胆になる人はいっぱいいるが、ネイルもまたそういうタイプだった。俺の隣に座り、ずっとベッタリくっついて甘えてくるわけ。
「ジャーさんみたいな人が恋人だったら、毎日が楽しいだろうなー」
「どうだろうな……」
「運命とかけっこう信じちゃうタイプなんですよー、私~」
酒の力がそうさせるのか、元々本性がそっちなのか。どっちでも良いが、ネイルは案外男慣れしてそうだ。
俺と腕を組んでみたり、太股をスリスリとさするわけで。
「よし、そろそろ出るか」
太っ腹のオシキモさんがここの勘定を済ませてくれるらしい。外に出て礼を言うと、ニヤッと悪戯気な笑みをする。
「二人の出会いに乾杯ってやつよ。あとは若い二人で楽しみな」
「いや、待ってくれよオシキモさん」
「いいからよ」
ポンッと俺の背中を押すオシキモさんと、まんざらでもなさそうなネイル。どーしたもんかと俺が思ったとき、後ろを通過した二人組から会話が聞こえてきた。
「今日は星が綺麗。きっと邪竜様が雲を晴らしてくれたのです」
「ええ、感謝しましょう」
白いローブを着た男女が邪竜を「様」付けで呼ぶのに違和感を覚える。俺って、嫌われ者じゃなかったっけ?
けどすぐにそんな思考は吹き飛んだ。なぜなら、一瞬だけどオシキモさんから殺意が漏れ出し、隣にいたネイルの眼光が刃物のように鋭くなったからだ。
とてもさっきまでの世話好きのおっさんと酔った可愛い女子、って感じじゃねえの。ただ二人ともすぐに平常心に戻ったようだが。
落ち着いている風を装いながら、ネイルが告げる。
「行きましょう、ジャーさん?」
「あー、やっぱ今日はやめるわ。イレーヌも待たせてるし」
「イレーヌ?」
ネイルはぴくりと眉を動かし、思案顔になる。まるでその名前に聞き覚えがあるみたいに。
俺はそのイレーヌが、すぐ近くにいることに気づいた。どうやら迎えにきてくれたらしい。
「おう、来てくれたのか? 今帰るわ」
「……」
反応がない。イレーヌはなぜか目を見開き、驚愕を露わにしている。そしてネイルまで同じようにしているから、俺には意味不明だ。
「ジャーさん、ではまた会いましょう。行くよ、オシキモ」
「急にどうした? ジャーさん、また今度な!」
「お、おう」
逃げ出すようにネイルが去っていき、それをオシキモが焦って追いかけていく。
つーかネイル、さっきより足取りしっかりしてんだけど。一連のアレは、やっぱ酔っぱらったフリだったわけか。
「ご主人様、あの女の人、知り合いなんでしょうか?」
「ほら、さっき紹介するって言われたやつだな」
「絶対に、仲良くしないでください!」
強い口調で訴えてくるイレーヌ。そんな彼女の態度から、ただ事じゃねえなとさすがに気がつく。
「私の故郷はサイクロプスに襲われ、私だけどうにか逃げ延びたことは知っていると思うのですが、その後、奴隷商人に騙されて……」
「おいおい、まさか」
「そう、あの女の人が、その商人だったんです」
こういうのも、また一つの縁なんだろうかね。あんまり喜べそうな縁ではなさそうだが。
でも、邪竜様について話していた通行人に向けたネイルの目つきを思い出せば、彼女が悪人だと聞かされても、そう不思議なことでもないように感じる。
女の素性も気になるけどよ――。ところで、オシキモさん、あんたがそんなやつとつるんでるのは、たまたまなのか? それとも……。
◇ ◆ ◇
宿に戻りイレーヌと相談した結果、あの二人を調べようということで話がまとまった。
イレーヌとしては、今はもう恨みはないようだが、自分と同じ目に遭う人がいるなら放っておけないと。俺の動機としては、オシキモさんがどういう人間なのかが単純に気になる。
とはいえ、あの二人が住んでる場所なんて俺にはわかんねえのよ。そこで出てきたのが、裏組織でボスをやっており、諜報力もある宿屋の看板娘、メルリダだった。
肉のお礼だと協力してくれたメルリダのおかげで、驚くほど簡単に二人の住処は割れた。
「二人とも宿暮らしだねー。でも別々のところを借りてるみたい」
すぐさまイレーヌが提案してくる。
「では、私はネイルを当たってもいいですか?」
「ああ、俺はオシキモさんだな」
「二手に分かれるならさー、これ貸してあげよっか」
そう言うとメルリダは、翡翠石のついたイヤリングを俺とイレーヌにそれぞれ手渡す。
「魔道具の一つで、魔伝のイヤリングっていうんだ。緑の石を触りながらだと会話ができるよ」
「便利なの持ってんな。ありがたいわ」
「高いんだから絶対壊すなよー? んじゃ頑張って~」
イヤリングをつけて性能を軽く予習してから、イレーヌはネイルのもとへ、俺はオシキモさんの宿へと向かった。
イレーヌが俺に礼を言おうとして――。
「ありがとうございました、もうだいじょう―――。あぁっ、ポーチがない!?」
「ポーチって金入れてたやつか?」
「そうです、もしかして……」
「おいジャー、あのガキが持ってるの、イレーヌちゃんのだろ!?」
「追います!」
「オレも行くぜ。ジャーはその親子を見ててくれ」
「ああ……」
あのガキ、まだ小さいのにスリ師なのかよ。日本に比べるとさすがに治安が悪いな。
ガキにしちゃ快足みたいだけど、イレーヌとザックが相手じゃ捕まるのも時間の問題だろう。
「心配しなくていい、すぐにつかま…………、あ?」
俺が振り返って親子に話しかけたら、そこには誰もいねえの。狐につままれたみたいにポカーンとして、遠くに親子の姿を発見する。
何で全力疾走してるわけ?
「ああっ!? 俺の黒袋!?」
下に置いてた、なんでも収納できる魔道具――黒袋がなくなってる! もしやと思い逃走親子に視線を伸ばすと、ビンゴ。あのおっさんがしっかりと俺の黒袋を握ってやがる。
そうか、そういうことかよ。あのガキと親子はグルだったってわけだ。
「何が命日だよ、チクショウ」
亡き妻を想い続ける優しいおっさん演じやがって。その罪は重いからな。俺はチーターが獲物を追うがごとく親子との距離を縮めていく。
元々の自力が違いすぎるからな。親子もそれなりに頭使って入り組んだ道を右に左に進んでいたが、一分もかからず俺はその背中に追いつく。
とう! とジャンプして二人の頭を越えて前方に着地。
「ッ!?」
表情を絶望に染める親子。そんな顔したって許さねえからな?
来た道を引き返す素振りを見せたので風魔法を使う。
突風が発生すると、親子は踏ん張ることができず尻餅をつく。何の仕掛けもないただの強風。されど、よほど足腰を鍛えてなけりゃ立つこともままならないのだ。
「そん中にはよ、竜の肉とか大量に入ってるわけ。無駄な抵抗すると、大怪我負うぞ?」
軽く脅してやったんだけど、どうも逆効果だったようで。ナイフを取り出すおっさん。驚くのは女のガキもそうしたことだな。さらに俺は語気を強める。
「痛い目見ねえとわかんねえんだろうなぁ」
「死ね!」
おっさんが腕を天に伸ばし、そこから真っ直ぐナイフを振り下ろしてくる。まるっきりの素人ってわけじゃないが、玄人ってわけでもなさそうだな。せいぜい素人に毛が生えた程度。
避けることも反撃することもできた。だが、俺は敢えて防御に回る。
ひとさし指と中指で刃をサンドイッチ。換言するなら、白刃取り。
「なっ!?」
目をむくおっさんの腹に前蹴りを入れて吹っ飛ばす。これで一人はノックアウト。問題は斜め下、死角から俺の足首を切りつけようとしてくるガキのほうだ。
タイミングを合わせて軽く跳び、ガキの攻撃を避ける。こっちが着地するなりガキは至近距離から俺の喉元にナイフを投擲してきやがった。全く迷いがないし、こっちのほうがおっさんより数段強い。
軽く驚きつつ飛来したナイフをこれまた指で挟んでキャッチ。
ガキがすかさず俺の股間を蹴り上げようとするので、ステップ踏んでスカさせてからの踵落とし。脳天直撃。ぐへっという声を漏らしながらガキは地べたとキスして動かなくなる。
俺は黒袋を回収すると、おっさんの尻を軽く一発蹴っておく。これは人の物奪おうとした罰だよ。
「オーーーイ!」
どうやらあっちもカタがついたらしい。ザックとイレーヌに両脇を挟まれながらガキが連行されてくる。
「これは、どういうことですか?」
倒れている親子を見て動揺するイレーヌに、概要を説明してやると、やはりショックを受けていた。ザックのほうは平然としていたが。
「ジャー、こいつらどうする?」
「手口がやり慣れてたから初犯ってわけでもないだろう」
「やっぱ突き出すしかねーかー」
「置き引きだけならまだしも、思い切り殺る気だっ―――だっ!?」
「ご主人様!?」
尻のあたりに痛みが奔った。どうやら意識を取り戻した女のガキに背後から切りつけられちまったらしい。
油断したわ……。俺は次の攻撃に備えたが、ガキはイレーヌたちのほうへ向かう。そしてナイフを振り回して威嚇すると、男のガキを連れて一緒に逃走する。
さらにおっさんも意識を取り戻したらしく、二人のあとを追っていく。
「ご主人様、お怪我は大丈夫ですか!?」
「大したことねえな。あいつらを頼む」
「はい、絶対許せません!」
赫怒したイレーヌが矢をつがえる。が、横道から通行人が出てきてしまったので、これでは矢を放てない。
「直接捕まえてきますね!」
そう言うと、イレーヌが三人を追跡していった。ザックは薄緑色の液体が入った瓶、治療薬を取り出した。
「踏み込みが浅かったし軽傷だろ。見せてみ」
「悪りぃな」
尾てい骨の少し上あたりに、ザックがその治療薬をかけてくれる。
じわぁ~と、えも言われぬ温かみが広がっていく。けっこう気持ちいいけどよ、だんだんと「温かい」から「熱い」に変わってきたのはどういうわけ? 前にもこんな感覚になったことがある。これって確か――。
「じゃ、じゃ、ジャー、おま、おま……、え……、なんっだよ、それ?」
「ん?」
うぉおおおおお!? 何だこれ、尻尾が生えてるじゃねえの!?
……あ、そういうことか。これは竜手のときみたいに邪竜の力が戻ったってことだろう。
切りつけられて回復して、細胞が活性化したとか? よくわかんねえが何であれ嬉しいことには変わりないな、と思ったけど、ザックが混乱してたわ。
「竜人、って、尻尾も生える、のか?」
「あ~そうじゃなくてだな~」
面倒だし真実を伝えることにした。数メートルもある白銀の尻尾つけといて竜ではなく竜人です、は通じなそうだしな。これで友情が壊れるなら初めからその程度だってことだ。
話を聞き終えたザックは硬直していた。
「……」
「ザック、大丈夫かよ」
「か……、かっけええええええええ!!」
耳塞ぐ俺。声バカデカいのこいつ。
「やっべえじゃん、ジャー! オレ邪竜と友達だったのかよ! スゲー、いろんなやつに自慢したいぜ!」
「邪竜だけど怖くねえの? あと人に自慢するのは禁止な」
「邪竜ったって真銀光竜だろ? ぜんぜん悪さもしねえし、他の大陸の邪竜と違って人間ともあんま関わんなかっただろ。個人的には評価してたんだよ」
「そんなもんかよ。でもさすがに邪竜ってバレるとまずいからよ。わかるよな?」
「わかるわかる! つーか、尻尾触らせて!」
驚くほどザックには警戒心がない。イレーヌもそうだったし、邪竜っていっても案外受け入れられるもんなんだな。
ザックに尻尾をベタベタ触られていると、イレーヌが帰ってきた。
「三人とも捕まえたら、ちょうど騎士の方々がいらしたので、身柄を引き渡してきまし……た。……ご主人様、もしかして力が戻りました?」
「ああ、尻尾が生えてきたわ」
「かっこいい……、です」
「そう?」
「羨ましいぞジャー、これめちゃくちゃ強いんだろ? ちょっと見せてくれよ!」
「あ~じゃあ、実戦的にやってみるか」
久しぶりってこともあり、感覚を取り戻す意味で軽く戦ってみる。相手はザックに務めてもらうことにした。鉄槌を振り回してくるザックの攻撃を、俺は前に回した尻尾ですべて弾いていく。
キン、キン、キンと硬質な音が路地裏にいくつも鳴った。
「はあはあ、尻尾ガード強すぎだろ……。本体まで届く気がしねえ」
「イレーヌも交ざっていいぞ。遠慮はいらない、本気で来い」
「え、と、それじゃあ失礼します」
イレーヌは弓ではなくて近距離用の足刃を使う。ザックの槌術とイレーヌの蹴技。
二種の攻撃が同時に襲いかかってくると、俺もだいぶ忙しくなってくる。
といっても、やっぱり尻尾しか動かしてないんだけどさ。高速で動かし刃や槌をさばきつつ、隙を見て、しゅるしゅるしゅる。
タコ足のごとく鉄槌に巻き付かせて、ザックの武器を掠め取ることに成功。
「マジかっ!? ――ぐえ!?」
ザックの足を尾で薙ぎ払い、転倒させる。
ちなみに尻尾は軟体生物みたいな柔軟さと鋼のような硬さを併せ持ち、形状を変化させることも可能だ。
普段の尻尾の先は稲の穂先のような形を成しているが、斧頭や剣のようにすることもできる。さらには円錐状の突起物を体表面に作り、それを飛ばすこともできたりする。
「ザックさん!?」
そう叫ぶイレーヌの足首も巻き上げて、ステン。イレーヌが足を開いたまま転ぶ。
これにて戦闘は終了。結局、尻尾以外はどこも使わなかった。
尻尾を動かしながら剣や魔法も使えるだろうから、今後はより戦闘が楽になるだろう。そんなことを考えながら、俺は唖然としてしまう。
――?
どうやら、俺は見てはいけねえものを見てしまったようだ。
イレーヌはスカートを穿いているため、転んだ際にパンツが見えてしまったのだが――。
――赤のTバック……だ……と……?
俺は、保護者として教育を間違えていたのかもしれねえ……。思春期娘の育成本を購入したいと、割と本気で思った。
3 オシキモとネイル
いつもと変わらない夜。強いて変化を挙げるなら、俺たちが泊まっている宿屋の看板娘メルリダが、俺の出したドラゴン肉のおかげで超ハイテンションなくらいだ。
自分は最高級のドラゴン肉をモグモグ食いながら、客にはランクの落ちるステーキとか出すんだもん。ここが「お客様は神様」信仰の強い国だったら即座にクビだわ。
「ああー毎日でも食べたいなー。ジャーと結婚しようかなぁ」
「おい、食い物で結婚決めるっておかしいだろ」
食い物じゃなくても、金で結婚決めて旦那はATMとかほざく女は絶対許さねえから。メルリダは俺を華麗に無視してイレーヌに話しかける。
「ねえ、結婚生活ってちょっと憧れない?」
「すごく憧れます! 愛する人のために毎日ご飯を作ったり掃除をしたり、他にもいろいろと尽くしたいです」
「尽くす女なんだねー。ジャーは幸せ者じゃん」
「……」
「お、言葉を失ってますな?」
いや違うから。お前がさっき俺を一回無視したからやり返してるだけなんだけど。
女子の甘々トークを聞きつつ、黙々と俺は飯を食う。塩で味付けされてるはずの飯が甘く感じてくるから困る。
「ジャーさん、いるかー!」
おっと、ここで福音。禿頭のガッチリしたおっさん――オシキモさんが俺を訪ねてきたのだ。最近飲み屋で知り合いになったアラフォーで、俺と同じくなかなか寂しいやつだったりする。
「飲み行かねえかい? 紹介したい女がいるんだ」
「珍しいな。飲むだけだったら別にいいけどよ」
「よっしゃ、じゃ行こうぜ」
「じゃあそういうわけだから、イレーヌ……」
俺が途中で言葉を切ったのは、イレーヌがオシキモさんのことを軽く睨んでいたからだ。
「ご主人様に、変な人を紹介しないでください」
「おっと、そこは大丈夫だって。身元は知ってるやつだ。悪い女じゃない」
「……でも」
オシキモさんの返答に不信感を募らせたままのイレーヌ。俺は軽い調子で宥めにかかる。
「まあまあ、ちょっと話すだけだからよ。いつものとこで軽く流したらすぐ帰ってくるわ」
「……いってらっしゃいませ」
若干納得がいってないのか、頬を少し膨らませている。何であれ、感情が豊かになってきたのは吉兆だよな。もっと年頃の娘みたいにわがまま言ってもいいくらいだ。
さて、外に出た俺はオシキモさんにまず確認しておく。
「で、紹介したい女って?」
「お前さんのファンだよ」
「ファン? ちょっと意味がわかんねえんだけど」
俺が首を傾げると、オシキモさんはニヤニヤしてこづいてくる。
「知り合いの子なんだが、俺とジャーさんが一緒に歩いてるのをたまたま見て、一目惚れしちまったと。くー、モテる男は違うねー」
「冷やかさねえでくれって」
嬉しいか嬉しくないかで言やぁ……、嬉しいな。一目惚れって実は本能が選んでるから、理性で好きになった相手より長続きしやすいとも聞く。そういう意味では、俺と相性が良いのかもしれないし。
と、内心ウキウキしながらも、一応、なんでもない風を装っておく。
「でも俺もよ、女なら誰でも良いってわけじゃなくて」
「まずは会ってみてくれ。ちょっと地味なところがあるが、気立てが最高なんだ」
やたらオシキモさんが推すので、期待しながら俺は酒屋に足を運ぶことになった。
店端のテーブルのところに俺のファンとやらはいた。こっちの姿を確認するなり、緊張した様子で立ち上がる。ドキドキが顔から伝わってくるのも珍しい。
顔は――確かにどこか地味なところがある。でも顔立ち自体は悪くないし、何より外見に気を使っている。髪はクシでとかしてきたのかツヤツヤ、服装も白を基調とした清楚な感じに仕上げている。従順っぽく深く頭を下げて挨拶するところも悪くない。
「ジャーさん、こいつはネイルだ」
「よ、よろしく、お願いし、しまふ……します」
言い間違えて顔を真っ赤にするあたり、アニメだったら萌えキャラ認定されそうだな。
「おう、よろしく。とりあえず座ろうぜ」
俺たちが向かい合って座るよう配慮するオシキモさん。このおっさん、お見合いを勧めてくるおばちゃん並にお世話焼きだわ。
正面に座るネイルは恥ずかしいのか視線を下げっぱなしで、しかしこっちを必要以上に気にかけている。
「いや、そんな緊張する相手じゃねえんだけど。見た目が良いとかそういうのって、偉いのは本人じゃなくて親だから。遺伝の力だと思うわけ」
ちょっと顔がいいだけで高飛車になるやつとか最悪だしな。美人とかイケメンってある意味親の七光みてえなもんだから。
と、適当なことを話していると、ネイルも少し緊張がとけてきたのか、積極性を見せてくる。
「ジャ、ジャーさんは、冒険者を?」
「ハイパーフリーライフアドヴァイザーをやってるわ」
ハイパーメディアなんちゃらとかいう肩書もあるし、こういうのもありじゃねえかと思う。
「ハイパー……、えっと、何かアドヴァイスをするのですか?」
「俺が生きたいように生きて見せることが、回り回って他人への助言になる的な?」
「ようするに、遊びほうけてる無職だなぁ」
「うるせえからオシキモ!」
「わはは! 見たかネイル、図星だぞ!」
「くすくす」
オシキモさんに加え、楽しそうにネイルも笑う。見たかよ、この自分を下げて場を盛り上げるという営業スキル。
とにかく一回場が和むと打ちとけるのはかなり容易になる。
「もう二十三なのか。十代に見えるけどな」
「よく言われます。たぶん、精神が幼いから若く見えるのかもしれません」
「二十歳超えたらたぶん、精神なんて大して変わらねえと思うけどな」
ネイルと俺が中心になって会話して、オシキモさんがウンウンうなずく。そんな感じで話してたんだが、ネイルに酒が入ってからは少し雰囲気が変わる。
酔うと大胆になる人はいっぱいいるが、ネイルもまたそういうタイプだった。俺の隣に座り、ずっとベッタリくっついて甘えてくるわけ。
「ジャーさんみたいな人が恋人だったら、毎日が楽しいだろうなー」
「どうだろうな……」
「運命とかけっこう信じちゃうタイプなんですよー、私~」
酒の力がそうさせるのか、元々本性がそっちなのか。どっちでも良いが、ネイルは案外男慣れしてそうだ。
俺と腕を組んでみたり、太股をスリスリとさするわけで。
「よし、そろそろ出るか」
太っ腹のオシキモさんがここの勘定を済ませてくれるらしい。外に出て礼を言うと、ニヤッと悪戯気な笑みをする。
「二人の出会いに乾杯ってやつよ。あとは若い二人で楽しみな」
「いや、待ってくれよオシキモさん」
「いいからよ」
ポンッと俺の背中を押すオシキモさんと、まんざらでもなさそうなネイル。どーしたもんかと俺が思ったとき、後ろを通過した二人組から会話が聞こえてきた。
「今日は星が綺麗。きっと邪竜様が雲を晴らしてくれたのです」
「ええ、感謝しましょう」
白いローブを着た男女が邪竜を「様」付けで呼ぶのに違和感を覚える。俺って、嫌われ者じゃなかったっけ?
けどすぐにそんな思考は吹き飛んだ。なぜなら、一瞬だけどオシキモさんから殺意が漏れ出し、隣にいたネイルの眼光が刃物のように鋭くなったからだ。
とてもさっきまでの世話好きのおっさんと酔った可愛い女子、って感じじゃねえの。ただ二人ともすぐに平常心に戻ったようだが。
落ち着いている風を装いながら、ネイルが告げる。
「行きましょう、ジャーさん?」
「あー、やっぱ今日はやめるわ。イレーヌも待たせてるし」
「イレーヌ?」
ネイルはぴくりと眉を動かし、思案顔になる。まるでその名前に聞き覚えがあるみたいに。
俺はそのイレーヌが、すぐ近くにいることに気づいた。どうやら迎えにきてくれたらしい。
「おう、来てくれたのか? 今帰るわ」
「……」
反応がない。イレーヌはなぜか目を見開き、驚愕を露わにしている。そしてネイルまで同じようにしているから、俺には意味不明だ。
「ジャーさん、ではまた会いましょう。行くよ、オシキモ」
「急にどうした? ジャーさん、また今度な!」
「お、おう」
逃げ出すようにネイルが去っていき、それをオシキモが焦って追いかけていく。
つーかネイル、さっきより足取りしっかりしてんだけど。一連のアレは、やっぱ酔っぱらったフリだったわけか。
「ご主人様、あの女の人、知り合いなんでしょうか?」
「ほら、さっき紹介するって言われたやつだな」
「絶対に、仲良くしないでください!」
強い口調で訴えてくるイレーヌ。そんな彼女の態度から、ただ事じゃねえなとさすがに気がつく。
「私の故郷はサイクロプスに襲われ、私だけどうにか逃げ延びたことは知っていると思うのですが、その後、奴隷商人に騙されて……」
「おいおい、まさか」
「そう、あの女の人が、その商人だったんです」
こういうのも、また一つの縁なんだろうかね。あんまり喜べそうな縁ではなさそうだが。
でも、邪竜様について話していた通行人に向けたネイルの目つきを思い出せば、彼女が悪人だと聞かされても、そう不思議なことでもないように感じる。
女の素性も気になるけどよ――。ところで、オシキモさん、あんたがそんなやつとつるんでるのは、たまたまなのか? それとも……。
◇ ◆ ◇
宿に戻りイレーヌと相談した結果、あの二人を調べようということで話がまとまった。
イレーヌとしては、今はもう恨みはないようだが、自分と同じ目に遭う人がいるなら放っておけないと。俺の動機としては、オシキモさんがどういう人間なのかが単純に気になる。
とはいえ、あの二人が住んでる場所なんて俺にはわかんねえのよ。そこで出てきたのが、裏組織でボスをやっており、諜報力もある宿屋の看板娘、メルリダだった。
肉のお礼だと協力してくれたメルリダのおかげで、驚くほど簡単に二人の住処は割れた。
「二人とも宿暮らしだねー。でも別々のところを借りてるみたい」
すぐさまイレーヌが提案してくる。
「では、私はネイルを当たってもいいですか?」
「ああ、俺はオシキモさんだな」
「二手に分かれるならさー、これ貸してあげよっか」
そう言うとメルリダは、翡翠石のついたイヤリングを俺とイレーヌにそれぞれ手渡す。
「魔道具の一つで、魔伝のイヤリングっていうんだ。緑の石を触りながらだと会話ができるよ」
「便利なの持ってんな。ありがたいわ」
「高いんだから絶対壊すなよー? んじゃ頑張って~」
イヤリングをつけて性能を軽く予習してから、イレーヌはネイルのもとへ、俺はオシキモさんの宿へと向かった。
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