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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ Never giveup
その日は、朝から大粒の雨が降り注いでいた。
野を越え山を越え、かれこれ一週間。広大無辺な荒野へと足を踏み入れた勇者クロエは、雨の幕の向こう、不気味にそびえ立つ魔王城を眺めている。
ばたばたとぶつかるような雨のせいでダークブラウンの髪は濡れ、黒っぽく変色していた。豪雨の中クロエは微動だにせず、ただ今は亡き両親のことを思い出す。
この数年、クロエは家族の汚名を雪ぐため、がむしゃらに剣を振り続けてきた。結果は報われるものではなかったが、必ずしも悪い結果ではないようにも感じる。倒そうと考えていたあの邪竜と、なんと友人になれたのだ。友などできたのは、いつ以来だろうか。
昔は友人ができても、クロエの家族にまつわる汚名を知るなり手のひらを返すように去っていった。もしかしたら、ちゃんとした友は初めてかもしれない。
「ジャーは今頃、何をやっているのだろうか」
懐郷に似た情が湧き上がったが、クロエはすぐに首を左右に振った。今はそんなことを考えている場合ではない。あの城を支配する魔王を打ち倒すことのみに集中するべきなのだ。
クロエは水を含んで重くなったブーツを動かし、迷いなく魔王城へと進んでいく。
◇ ◆ ◇
「……どういうこと……。これは………」
玉座の間の真ん中で、クロエは弱々しくつぶやいた。
城に侵入したときからおかしいとは感じていた。門兵はおろか、城内にも魔物一匹いなかったのだ。おおよそ生物の気配というものが感じ取れなかった。
そして、最上階まで上ってみれば……。
城の壁が一部欠損しており、外が見通せてしまうほど荒らされていた。よく床を探せば灰のような物が溜まっているところがある。そこを調べてみると、直径五センチにも満たない骨の欠片がいくつも見つかった。
これは何が起きたのだろう。クロエは頭を悩ます。
誰かがこの死体を焼いた? または火属性魔法で何かを倒した、ということだろうか。
それにしたって、極小さな骨の欠片しか残さないほどの高火力魔法…………。術者は、相当な使い手だろう。
「もしやこの灰が、魔王なのか……?」
これが魔王のなれの果てだとすると、この魔王城の状況にも納得がいく。魔王が何者かに討たれ、手下の魔族たちが一斉に逃げ出したと。対象を灰にするほどの魔法の使い手ならば、魔王を倒せたとしても不思議はない。
先を越されて悔しいという思いは一切起こらなかった。むしろクロエは、魔王を倒したらしいその謎の人物に尊敬の念を抱いていた。どんな理由であれ、その人物は英雄なのだ。
少し肩すかしを食らった気分は拭えないが、クロエは魔王を討伐した者を称えつつ踵を返した。
そうして魔王に捕らわれたままの人たちがいないか城をくまなく調べてみたところ、地下室があると気づいた。念のため、クロエは足音を殺して階段を下る。そして貯蔵室にたどり着くと、壁に背中をつけて身を隠した。
中から声が聞こえてきたからだ。
「……ええ、魔王を討った者がアレを持ち去ってしまったのだと思われます。ただ、灰の状態を分析しましたところ、時間はそこまで経過していないようです。おそらくこの近辺の町に住む人間か……、もっと可能性があるのは…………、数年前より復活したという……」
さらに声は続く。
「……はい、わかっております。仮にアレを持ち去ったのがやつだとすれば、ワタシ一人では手に負えないでしょう。ですが、人間である可能性もまた捨て切れません。まずは調査いたします。人間であれば、ワタシが単独で奪還しましょう。ですが、奪ったのがやつであった場合、応援を要請させていただきます」
……。
「……竜殺部隊とは心強い限りでございます。はい、承知しました、クリシュナ様。それでは失礼いたします」
話しかけている相手の応答は一切聞こえなかった。そのことから、テレパシー系の魔法を使っていたのだろうとクロエは推測する。会話内容からして魔王の手下ではなさそうだが。
(竜殺部隊? それに……、クリシュナ……)
自分の子どもに「クリシュナ」という名を与える親は、この世界にはまず存在しない。そんなことをすれば、たちまち非常識な人間というレッテルを貼られるからだ。
かつて世界を支配したという十神。その中の一神が、クリシュナなのである。
声の主が歩き出した足音が耳に届き、クロエは判断を迫られる。
このまま上の階へ引き返すか、はたまた接触を試みるか。クロエが迷っていると――。
「む、誰かいますね……?」
気づかれた。
しかし、ここで逃げ出す気にはなれなかった。何もやましいことはしていない。相手も魔王側の人間ではない。クロエは一拍間を取ったのち、貯蔵室へと入っていく。
何もない部屋の中央に立っていたのは、緑髪美形の青年。長髪を後ろで束ねており、背が高い。上下繋がったガウンのような白い服を着ている。
神聖、神々しい、といった表現が適切だろうか。絵のモデルにしたらとても映えそうだ、とクロエは感じた。それにまだ若いのに、威容を誇るあたりもただ者ではない。
「私はクロエという。盗み聞きをするつもりはなかったのだが……、すまない」
「……聞かれていました、か。しかしワタシに気配を感じさせないとは、相当な実力者だとお見受けします。もしや魔王退治に来られた方では?」
「その通りだ。しかし魔王はすでに……。キミがやったのではない、な」
「ええ、ワタシではありませんよ。ワタシもまた魔王を倒しに来たという点では、アナタと同じですが……。申し遅れました、グリエルと申します」
グリエルと名乗った男は、恭しく頭を下げて見せた。悪い人間ではなさそうだ。そう考えてクロエは気を少しゆるめた。
グリエルはおもむろに顔を上げると、柔らかい笑みを浮かべてクロエに質問する。
「クロエさん、念のためいくつか質問してもよろしいでしょうか」
「ええ、私に答えられることなら」
「魔王は多くの宝物を所持していました。おそらくここに保管していたのでしょうが……。ご覧の通り寂しい部屋となっています。ワタシは魔王の持つ聖剣が目当てでここへ足を運んだのです」
「聖剣……?」
「そうです、カラドボルグという武器です。十神器とされる物の一つですね。どこにあるか、ご存知ありませんか?」
わずかだがクロエの目が泳ぐ。カラドボルグはジャーが所持していた物だ。魔王の手下を倒した際に手に入れたと聞いていたが。
「……残念ながら知らないな」
素性が知れない相手に友人のことを話す気にはなれなかった。誠実そうではあるが、人は外面だけでは判断できない。
「そうですか。ところで、クロエさんは信仰している宗教などありますか?」
「とくにはない。私は無宗教なので」
「なるほどなるほど」
「こちらも一つ伺いたい。先ほどクリシュナという名が聞こえたが」
「クロエさん? 一度目は大目に見ますが、次からは適切な敬称を付けてくださいね」
口調こそ柔らかいが、グリエルの目つきが明らかに鋭利になる。
彼から放たれる威圧感に襲われ、クロエは彼が神竜教徒であることを確信した。神竜教徒は神を崇拝しているのである。
「それで質問の答えですが、クリシュナ様はアナタが推測するように、神様ですね。十神のうちのお一方になります」
「神は……、邪竜によって」
「ええ、五百年前にね。ですが、復活なさったのですよ。この五百年間、ワタシは泥水をすすりながらも、竜歴に終止符を打つため、死に物狂いで活動してきたのです。その結果、現在九神がこの世界に復活なさいました。残るはあと一神――我らが父、ゼウス様を残すのみです」
「キミは、いったい……」
動揺するクロエに対し、グリエルはだめ押しとばかりに、非日常的な光景を見せつける。
――ファサ。
グリエルの背中から、白く、大きな、二枚の翼が広がった。
「天……、使……」
「ご名答、ワタシは神々に仕える天使なのです。ご理解いただけて何よりですよ」
疑いの余地はない。
全滅したとされる本物の天使ならば、先ほどの話にも信憑性が増してくる。
「我らが父なるゼウス様は、寛容な御心をお持ちの方です。神を信じてこなかったアナタをも許してくださることでしょう。もっともォ……、アナタが邪竜教徒であったならば、ワタシがこの場で八つ裂きにしていましたが」
酷薄そうな冷たい笑みを浮かべ、グリエルは声のトーンを若干下げる。
「さてクロエさん。もう一度問います。――聖剣はどこにありますか?」
「……知らないと、答えたはずだが」
「人間が、天使であるワタシを欺けるとお思いですか? ……愚かですねえ。実に……、愚蒙だ」
殺気――!?
クロエが剣を抜くのとグエリルが仕掛けてきたのは、ほぼ同時であった。
グリエルが手を横に振るなり、近くに丸形の黒い空間が無数に生まれ、そこから大量の白いコウモリが飛び出てくる。
あらゆる角度からバサバサバサバサと攻めかかる白コウモリ。
しかし戦闘能力ならば一流の冒険者にも劣らないクロエは、素早く迷いのない剣筋、そして重力を感じさせない軽やかな体術を以て、次々に敵を無力化していく。
「エクセレント……。人間にしてはやりますね。……で、す、が」
予想外の事態に、目を見張るクロエ。
コウモリを隠れ蓑にして、異質な存在がクロエの目の前まで接近していたからだ。
大きな一つの目玉に、翼が生えた小型の魔物。
リンプズビットと呼ばれるこの魔物と至近距離で目を合わせてしまったクロエは――。
カランと剣を床に落とし、二、三歩よろめくと、目が虚ろになった。
近距離でリンプズビットと目を合わせてしまった者は、催眠状態へと陥る。グリエルは口角をクイッと上げ、変性意識状態となったクロエへ再度質問する。
「聖剣はどこにあるのです?」
「……ジャー、……がもって……、いる……」
「ジャーという者の性別は?」
「だん……、せい……」
「どのような容姿をしていますか?」
「ぎんぱつで……、せが……、たか、い……」
「現在の所在地は?」
「ぐりざー……、ど」
「なぜ、その男性は聖剣を所持しているのでしょう?」
「……まおう、の……、てした、たおし、てにいれた……」
「そういうことでしたか。……はて? そうなると、魔王を倒したのは別の者ということでしょうか……。そこはどうでもいいですね」
ガリッと、クロエが自身の唇の一部を噛みちぎる。痛みによって我に返ったクロエは、素早く剣を拾い、すぐさまリンプズビット及びコウモリを殲滅する。
「自分を傷つけてまで自我を取り戻す。大したものですが、もう訊きたかった情報は手に入りましたよ?」
クスクスとあざ笑うグリエルを、クロエは睨みつけて叫んだ。
「ジャーへは絶対に手を出させない! グルエル、キミはここで私が止めてみせる!」
クロエの意志を反映したように、雷撃が剣に纏い出す。それでもいっこうに余裕の態度を崩さないグリエルに対し、クロエは得意とする魔法を使用する。
「―――超雷十字滅剣」
雷剣を宙で十字斬りすると、青き雷撃が大きな十字架を模して、グリエルへと放たれた。
大魔法よりもさらに強力とされる超魔法であり、数多いる冒険者といえど、このレベルの魔法を使用できる者は少ない。
しかし、強靱な魔物をも瞬殺するこの雷魔法が目標へ到達することはなかった。防いだのは、グリエル――ではない。
グリエルの眼前に召喚された存在が、この攻撃を受けて吸収していた。
宙に浮く雲、その上にあぐらを掻いた、豊かな髪と髭を蓄えた老人。仙人を彷彿させる容姿を持つ老人が、グリエルの前で浮いていた。
「雷精トールですよ。字のごとく雷の精霊ですからね、雷属性の魔法は一切効きませんねえ」
「う……」
一歩、クロエが引いてしまった刹那、トールより雷の矢が数本撃たれる。
それらはすべてクロエに命中し、桁違いに強力な電撃が彼女を襲う。神経まで焼き切れるようだった。
感電してまともに行動を取れなくなったクロエを、グリエルは楽しげに眺める。
「クロエさん。実はワタシ、ずっと気になっていたことがあるんですよ。初対面ではしょうがないですよ、まだワタシが天使だと知らなかったわけですし。しかし、人間より上位にあたる天使だと知ったあとも、アナタの言葉遣い、変わりませんでしたよねぇ? ……まあ、何が言いたいかと申しますと」
スッとクロエのそばへ移動するなり、グリエルは自らのつま先をクロエの鳩尾にエグいほど全力で蹴り入れた。
「てめえ、何で敬語使わねえんだよォ! ふざけんじゃねえぞこの、クソアマがァ!」
ゴッゴッゴッゴッと激しく、何度も何度も、クロエの腹にトウキックを入れ込むグリエル。クロエが口から血を吐き出すと――。
「汚ねえだろうがああ、下等な人間風情がよォ!!」
今度は顔面を容赦なく蹴り飛ばす。クロエは口の中に血の味を感じつつ、バイオレンスに耐えた。
グリエルは、三桁に達するほどクロエを執拗に蹴ったあと、側頭部を踏みつけてグリグリと動かしながら、ペッと唾を吐きつける。
「てめえよ、もしかして邪竜教を信仰してんじゃねえだろうな?」
「……信仰、など……、していない、だが、邪竜のすべてが悪だとも……、思って、いない」
「どれかの邪竜を実際に知ってるような口振りだな……。真銀光竜か」
「キミ……には関係が、ない」
「フン、どうせ戦いを挑んで無様に負けて、お情けで命を見逃してもらって、それから崇拝するようになったってとこだろ。……まぁ、確かにあいつは、北方三大陸でお山の大将やっている邪竜どもや、中央大陸の死天破魔竜みてえなバトルジャンキーよりはまともな性格してやがる。けどな? けどなぁ? ゼウス様にトドメの一撃を放ったのは――、あのクソ銀竜なんだよっ!!」
ガッガッガッガッ!
顔を、胸を、腹を、見境なしに足蹴にするグリエル。
彼の興奮状態は、蹴るたびに収まるどころか激しくなっていくばかりだった。グリエルは表情を大きく歪ませ、狂ったように攻撃を続けた。
「邪竜どもだけはっ! 許さねえっ! あいつらは、あいつらは、俺をゴミのように……、見逃した……。まるで蠅やクソ虫みてえな存在だと認識してやがった、この俺を…………、この俺をっ!!」
最後にクロエの下腹部を蹴ると、ようやくグリエルは足を止めた。そして、全身を震わせ、声を上げて笑い出す。
「けど、けどよ、どうだ? ついにここまで来た。長かった……、長かった……。十神器を集めて……、九神まで蘇らせた……。五百年もかけて。もうすぐだ、もうすぐ、竜歴は終わりを告げる。邪竜抹殺用の生物兵器だって、もうすぐ完成する……。あのとき、あのとき俺を『ゴキブリより殺す価値がない生き物だ』とあざ笑った邪竜を……、やつらを、逆に笑える日がもうすぐ――。……クロエ、残念だったなぁ。てめえの崇拝する真銀光竜は、真っ先に殺されると思うぜ。大神殺しの罪は何よりも重い。まあ、てめえもここで死ぬから、ちょうどよかったんじゃねえか。先に地獄行って、ダラしなくアソコ濡らして待ってやがれ」
そう一気にまくし立て、フーーッと長く息を吐き出すグリエル。
すると、まるで聖人のように、毒気が抜けた穏やかな表情になる。そして優しげな眼差しを、床でうずくまるクロエに注ぐ。
「クロエさん、実に楽しい時間でしたね。ワタシはこれからグリザードへ向かうことにします。神様を復活させるには神器もそうですが、大量の血液もまた必要となるのです。グリザードはなかなかに都会なところですからね、ちょうど良かったです。情報のご提供、感謝いたします」
グリエルは胸に手を当てて一礼すると、雷精トールに命令を出す。
「トール、ワタシは一足先に行きます。アナタはクロエさんの相手をしたあとに追いかけて来なさい。限界までいじめ抜いて殺してあげなさいね。それが敬意を表すということです。いいですか、決して楽に逝かせてはいけません。わかりましたね?」
トールが首肯すると、グリエルは侮蔑するようにクロエを一瞥して去っていった。
一方、その場に残されたクロエのぼやけた視界には、奇妙な表情をするトールが映っていた。
どことなく嗜虐的だ。これからクロエを苦しめて殺すことに喜びを見い出しているのかもしれない。
生温かい涙が、クロエの眦からこぼれ落ちた。
痛みのせいか、悔しさのせいか、悲しみのせいか、あるいはそのすべてのせいか。
思い返せば、辛いことばかりの人生だった。最愛の両親を失った。多くの人に軽蔑された。独りきりの時間が多かった。
それでもクロエが耐えられたのは、夢があったからだ。
尊敬する母の汚名を晴らしたら世界中を旅したい、といつも夢見ていた。知らない大陸の文化や風習に触れ、現地の人々と交流を持つ。自分の知らない種族も食べ物も、この世界には多く存在する。
知らないことを知るのは素敵なことだと感じる。ふと目を閉じると、瞼の裏にジャーの姿が映った。自分の思うように生きていく彼が羨ましかった。
幸の薄い人生だったけれど、最期に彼のような友ができたことは幸福だと心から思えた。
―――ピクリ。
指先が動く。先ほどまでは諦めかけていたのに、まだ死んではダメだと心が訴えているようだった。クロエは顔を上げ、弱々しくも身を起こす。
奥歯が抜け、鼻は折れ、口周りは血で汚れ、あばらもまた何本も折れているようだったが、力を振り絞って立ち上がる。
息をするたびに激痛が体を奔る。抵抗などしないほうがいくらか楽に死ねるだろう。
それでも立ち向かおうと思えたのは、自責の念。自分のせいで大切な友に危害が及ぼうとしているのだ。
また生きて友に会う。その鋼の想いだけが、限界を迎えた肉体に活力を与えてくれる。
「まだ……、まだ私は闘える…………。最後まで諦めないっ」
クロエの瞳の奥に、強く輝く光が宿る。
1 魔法も楽しい
なだらかな丘陵。穏やかな風が吹くこの場所で、ライオンが低く唸っている。
ライオンといってもベースがそうなだけで、ただのライオンではない。
まず頭から尻までで軽く四メートルはある。さらにライオンに加えてヤギの頭部がもう一つあり、尻尾は二メートルはありそうな大蛇。三体の生物が合体したこの魔物は、キマイラという。
キマイラは俺に飛びかかり、爪で俺の顔面をもぎ取ろうとする。
すかさず俺は膝を折り、頭を下げて避ける。すると今度は、尻尾の大蛇が直線的に伸びてきて俺の顔に食いついてくるが、ボクシングのスウェーのように上体を反らしてその攻撃を避け切った。
相手の動きが一時停止。どう見てもチャンスだ。俺は背中の剣柄に手をかけ――。
「ダメよ、それは禁止って言ったでしょ!」
やれやれ、師匠からの命令とあっては、弟子は従うしかないだろう。
俺はバックステップでキマイラから距離を取る。相手も深追いはしてこなかった。
師匠命令で物理攻撃を禁止されており、使えるのは魔法だけ。しかし瞬時に何を使うかで迷ってしまうあたり、まだまだ魔法脳には遠いってことか。
ライオン頭が赤い霧状の息を吐きつけてきた。熱を含んでいるのは判然としている。
「風雪乱舞」
風と雪を呼び起こして吹雪を発生させてやると、敵の熱息は霧が晴れるがごとく消失した。これは、風と氷の属性を組み合わせた「複合魔法」だ。
しかし、負けじとキマイラは連撃を仕掛けてくる。ヤギの頭が先端の尖った氷塊を吐き出してきたのだ。なるほどライオンが火、ヤギが氷でバランスを取っているというわけか。
「炎障壁」
俺の目の前に火の壁ができ上がり、敵の魔法を完封する。炎は氷を溶かす。当たり前の現象だ。自画自賛になっちまうが、魔法の発動速度もなかなかのもんじゃないか。
魔力を感じ取る「読魔」は即座にできるようになっている。イメージの「創像」も問題ない。一瞬頭に思い浮かべればいいだけだ。そして発射の「射放」、これもかなりスムーズにできる。
っていうのも、魔力が溜まったと感じたら放つだけなのだ。タイミングの判定がクソ甘いらしくまず失敗しない。
竜人特有の自動補正が強くかかっているのだろう。ありがたいわ。
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