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僕の家族
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最近、お気に入りの家がある。
いや、本当の事を言うと、お気に入りなのは家ではない。そこにいる一匹の美しい猫の事だ。
僕はその猫の事が気になって仕方ない。
最初は偶然だった。
元々、僕のいた町はここではない。
子供の頃は母親ときょうだい猫と一緒に育った。けれど母親に追い出され、ひとり立ちした僕はこの町まで流れてきた。
そしてたまたま通った家の庭で、彼に気づいた。
彼は真っ白い毛並みの美しい猫だった。
足も尻尾も長く体はスレンダー。そして何より印象的なのはその瞳だった。
左右の目の色が違っていた。
右が青で左は黄緑だった。
透き通った宝石のような神秘的な瞳だ。
その目に見られた瞬間、体に衝撃が走り動けなくなった。本当に時間が止まったように感じだ。
空気も動かない、音も聞こえない。
世界中に僕たち二人しか存在しないような錯覚。
でもすぐに僕は我に返り、無意識に駆け出してしまっていた。
そして走りながら後悔した。
なんで逃げてしまったんだろう。もっとちゃんと顔を見れば良かった。勇気を出して話しかければ良かった。
そんな後悔をしながら数日が過ぎた。
その間にあの家には何度も行った。バレないように隠れながら、窓から彼の姿を探す。
彼はだいたい部屋のソファの上で寝ていた。時折、窓の近くに来て庭を眺めている事もある。
僕は塀の上からそんな彼を見つめる。
もしかしたら彼も僕を探してくれているのではないか、会いに来るのを待ってくれているのではないか? そんな妄想にかられた。
本当はもっと近くに行きたかったし、勇気を出して彼に話しかけたかった。
でもそれはなかなか出来なかった。
何故ならあの家には人間が住んでいたからだ。
人間は基本怖いもの。でも時々ご飯をくれる優しい人がいる。でも近づいてはいけない。
そんな事を母親に教わっていたし、経験で僕も知っている。
あの家には白い美しい王子様のような猫の他に、たくさんの人間の姿が見えた。
だから僕は近くまで行くのを躊躇していた。
ほとんどの人間はあまり怖くないのだけれど、あの家には一人、とても怖い人がいる。
何が怖いのかはよく分からない。でもその人を見ると体がきゅっとなる。
食べられちゃう! 食べられちゃう! 食べられちゃう!
そんな恐怖でいっぱいになる。
だから僕にとって、あの家にいる美しい王子様に会いに行くのは、本当に命がけだった。
そう。僕は彼に恋をしている。
彼の事が好きなんだ。
今日も僕はあの家に来ていた。僕は人間の文字は読めないけれど、玄関に『尾崎』という文字が書かれた家だ。
僕はその文字を眺めながら塀に上る。
その上をグルリと歩いて庭の方に進む。大きな窓があり、そのカーテンの隙間がいつも少しあいている。
僕は野良ネコだけど、家ネコという存在も知っている。
僕達の仲間に、元、家ネコという人もいるからだ。その人達から家ネコの生活の話を聞いた事があった。
家ネコは家の中でしか生活出来ないが、寒くも暑くもない居心地の良い場所で、毎日ご飯をもらえるのだという。
そんな暮しを懐かしむ人もいれば、野良生活の方が性に合っているという人もいる。
家ネコは外に出られないので、窓から家の外を眺めるのを楽しみにしている人が多いと言う。
おそらく彼も窓の外を見るのを楽しみにしているのだろう。
窓の見える場所まで来た。
ドキリとする。
彼がこちらを見ている。目が合った。というか、今も合っていると思う。
ドキドキが止まらなかった。
僕の体は固まってしまった。
じっとお互いの目を見つめる。
左右の色違いの綺麗な目が僕を見ている。
緊張と興奮で思考が働かない。頭がふわふわする。
その時彼が「みゃ」と声をかけてきた。
驚いてつい塀から庭に飛び降りてしまった。
彼の声はこっちに来いと言っているように聞こえた。そしてその目が僕を呼んでいるように見えた。
僕はゆっくりと彼のいる窓に向かう。
ガラス越しではあるが、すぐ側に彼の顔が見える所まできた。
どうしよう。声をかけるべきか。悩んでいると彼が話しかけてきた。
「最近、よくここを通るね」
顔が熱くなった。彼が僕の事を知っていた。覚えてくれていた。その事だけで感動した。
「う、うん! そうなんだ! さ、最近このヘンにやってきて、それで……」
上手くしゃべれなかった。緊張して思いが上手く言葉にならない。
「君は野良ネコなの?」
彼に聞かれて返答に困る。
野良ネコなんて、汚いし彼にふさわしくないと思われるだろうか。家ネコじゃないと友達になってもらえないだろうか。
一瞬、嘘をつくことを考えた。でも正直に答える
「うん。そうなんだ。僕は野良ネコで一度も誰かの家で飼われたことはないんだ」
「ふーん」
彼は首をかしげるような仕草をした。やっぱり野良なんかじゃ彼とは釣り合わないかと落ち込んだ時、彼は言った。
「僕も前は野良だったよ」
「え? そ、そうなの?」
意外だった。こんな綺麗な毛並みの美しい猫が、野良ネコだったなんて信じられなかった。
彼は近くで見るとますます綺麗だった。毛並みが艶やかで輝いている。そして光を放つような左右の色違いの瞳。
つい見惚れてしまう。
「僕は最近この家に来たんだ。他に猫はいないし、君がこの庭を通るのが気になっていたんだ」
彼に認識されて、しかも気になっていたと言われて嬉しくなってしまった。
「僕はキラ。君の名前は?」
「僕は黒色だからクロとかクロムとか呼ばれてるんだ。飼い主がいるワケじゃないから、みんな好き勝手に呼ぶ感じで」
彼はクスリと笑った。
「うん、わかるよ。人間は僕を見るとシロちゃんとか呼ぶからね」
僕は全力で頷いた。
「君の名前が決まってないなら、じゃあ僕は君をクロムって呼ぼうかな? それで良い?」
「もちろん!」
彼が僕の名前を決めてくれたのが嬉しかった。僕は今日からクロムだ。黒猫のクロム。
僕は暫く彼といろんな話をした。
彼のこの家での生活は楽しいもののようだった。つい最近までは保護猫カフェという場所にいたらしい。
そこも居心地は良かったが、誰かの特別な家族になるのはそれ以上に幸せだと彼は言った。
一人ぼっちの僕にはそれはとても羨ましい事に思えた。
キラがではなく、キラを家族に迎えて愛情を注げる人間が羨ましかった。
でも真っ黒でぜんぜん綺麗ではない僕が、キラの側にいるのはおこがましいと思えた。
家族になるなんておそれ多い。
その時、突然僕の体に緊張が走った。
身体が反応した。
僕は塀の上まで登っていた。
窓の向こう。キラの後ろに一人の人間が立っていた。彼は窓越しに僕を見る。
その存在がとても恐ろしかった。
「キラ、今の黒猫は君の友達? まだ子猫かな? 君より少し小さかったね」
人間はキラの頭に手を向けた。
キラが殺されちゃう!
僕は無意識に人間を威嚇した。今まで出した事がない「シャーッ!」という大きな声がでた。
けれど人間の手は優しくキラを撫でた。
「あ、あれ? 大丈夫そう?」
僕が呟くと、キラが微笑んだのが見えた。
「大丈夫だよ。この人はシオン。怖がるのも無理はないけど、酷い事をしたりはしないよ。僕の飼い主の一人で家族なんだ」
キラの家族なら怖くないのかなと思ったが、シオンからはよく分からない、何かとてつもない気配がしていた。
キラが色違いの瞳を細めてクスリと笑った。
「うん、わかるよ。シオンは普通怖いよね。人間でいうところのサイコパス的な要素を持って生まれた魂なんだ。でも彼はそれを発現させることなく、抑え込んでいる。実際に危害を加えるような行動はしない」
「サイコパス? そんなのがわかるの?」
首をかしげる僕にキラは頷く。
「わかるよ。だって僕も同じ性質だから」
「え?」
急に気温が下がったような寒さを感じた。けれどキラがニコリと笑った瞬間、空気が戻った。
「大丈夫。僕もシオンと一緒だよ。残酷な面も持って生まれたけど、それを実行することはない。あやうい性格ではあるけど、ちゃんと常識や良心を持っているんだ。まぁ、猫も人もいつ精神のバランスを崩して破滅するかはわからないけど」
「そんな事ない! キラはそんな事しない!」
僕はつい庭に降りてキラに叫んでいた。
キラは驚いたように目を見開いたあとで微笑んだ。
「ありがとう。君が信じてくれるなら僕はこの先もずっと大丈夫だなって思えるよ」
キラはシオンを見上げた。
「彼もそう。大事な人が出来たから、道を踏み外す事はない」
キラのいう事がなんとなくわかった気がした。
「やっぱり、キラ以外の猫には嫌われちゃうか……」
シオンが悲しそうに呟いた。
僕はハッとした。シオンはキラに意地悪をしようとしたワケではない。
なのに僕は「シャー」までしてしまった。
「ごめんなさい!」
僕は謝ると、シオンの足元の方に行って頭を下げた。
シオンが目を見開いた。
「この子、俺に近づいてきた?! まさか、そんな事があるなんて……」
シオンが動揺しているので僕は焦ってしまった。何か良くない行動だっただろうか。
「ごめんね、もう帰るね」
僕が塀に向かうとキラの声が聞こえた。
「また会いに来てよ」
「え?」
振り返った僕にキラは美しい瞳で告げた。
「また僕に会いに来て」
また僕に会いに来て。
その言葉を、僕は愛の告白のように感じてしまった。あんなに綺麗な猫に、また会いたいと言われた。
舞い上がってしまっても仕方がないだろう。
それから僕は毎日のようにあの『尾崎』という家に向かった。
シオン以外の人間にも会った。
その日、キラを抱っこしていたのはムネチカという人間だった。
僕を見るなり一人で猛烈に話しだした。
「かわいい黒猫だな! 君は男の子だね! なんでわかるんだって? いや、性器を見なくても分かるよ! だってこの家はBLほいほいだからね! 自然と男が近寄ってくるんだよ! キラという美少年猫にはそれにつりあう黒猫美少年猫が現れる! 当然じゃないか! これぞ世の摂理! 神の計らいと言うモノだよ!」
何を言っているよく分からなかった。ニンゲンの言葉というのは難しい。
「ちょっと父さん! 何一人でブツブツ言ってんのって、あ、それって黒猫ちゃん!」
また一人現れた。
彼はこの家の息子のリョウだ。彼はなんだかほっとする存在だった。見るだけで落ち着く安心感がある。
リョウはしゃがみこんで僕の顔を窓越しにのぞき込む。
「わーかわいいな。キラは真っ白で綺麗な子だけど、この子は真っ黒で、それはそれで可愛い。黒も白も猫はどっちもかわいいな」
「そうだな。黒と白で並んだら、さぞ絵になるだろうな。うんうん」
「また父さんは変な妄想してるんでしょ? 相手は猫だからね!」
ムネチカの言葉に僕は期待してしまった。
もしかしたら尾崎家で僕をもらってくれるんじゃないだろうか?
白と黒、キラと僕が並んだら絵になると言ってくれた。もし僕がキラと家族になれるなら、こんな嬉しい事はない。
僕が期待に満ちた目でリョウを見ると、彼は窓のカギを開けた。
「黒猫ちゃん、触れるかな? うちの子になるかな?」
彼が僕に触れようとした時、ムネチカが叫んだ。
「ダメだ! その子は家に入れるな!」
僕はショックで走り出していた。
「クロム!」
キラの声が聞こえたが、僕は走り続けた。
ムネチカに拒絶された事がショックで悲しかった。
もしかしたら一緒に暮せる家族になれると思ってしまった。
でもそんなワケがなかった。僕は汚い野良ネコだ。毛の色も人間には不吉だと言われている黒。
こんな猫を迎え入れたい人間なんかいるわけがなかった。
僕は涙がこらえ切れなかった。
走っていると雨が降り出した。
ずぶ濡れになった。
汚い泥だらけの黒猫。
ああ、でもそうだな、黒いから泥はあまり目立たないかもしれない。
そんな時は黒猫だって便利だ。
僕は空を見上げて雨を浴びる。
どこかにダンボールは落ちてないだろうか。その中に入りたい。
誰か僕をもらって下さい。家族にして下さい。誰か。
「キラぁ……」
呟いた時、不穏な気配を感じた。
「え?」
後ろから何かで拘束された。前が見えない。真っ黒だ。何かで覆われている。
助けて! これはダメだ! 殺される!
僕はどこかに連れていかれた。いろいろ体を触られた。何をされているか分からない。目が覆われていて見えない。
たくさんの人間の気配と声。
鋭い痛みがあった。更に水に入れられた。
助けて、溺れちゃう! ダメだ、もう死んじゃう!
「大丈夫だよ、怖くないよ」
優しい声が聞こえた。知っている声だ。えっと誰だっけ? 少し前に聞いた事がある声。
そうだ。彼は。
「シオンさん、どう? 黒猫ちゃんまだ寝てる?」
その声で目が覚めた。
見るとシオンが僕の顔を覗き込んでいた。
僕はケージという入れ物の中に入れられていた。ふかふかのベッドと共に。
「今、ちょうど起きたよ。ご飯食べるかな?」
シオンが餌入れを僕の顔の前に持ってきた。
良い匂いだったので僕はそれに口をつけた。
「食べた! やった!」
リョウが喜んでいる。シオンは頷くと餌入れをケージに置いた。
僕は猫ベッドから出て本格的にご飯を食べる。落ち着いたらお腹がすいている事に気づいてしまった。
「ご飯を食べてるから大丈夫みたいだね。緊張すると最初はご飯も食べないっていうから」
二人共、僕を見てニコニコしていた。
その時、開いていたドアからキラがやってきた。
「キラ!」
僕はご飯そっちのけでケージから手を出した。
キラが僕の手に触れる。
初めてキラに触れた。
「キラ! 会いたかった!」
「僕もだよ」
僕達は見つめあった。
さっきまで絶望の中にいたのがウソみたいだった。
暖かい家で、しかもここにはキラがいる。
「なんか、隔離しなくても良い位仲良しそうだね」
リョウが言ってくれた。僕達が仲良しに見えるのなら嬉しい。
「なんだか、夢を見ているみたいだけど、どうして僕はここにいるの?」
僕の問いにキラが答える。
「君がいなくなってから急に激しい雨が降り出したでしょう? 帰ってきたシオンが心配して探しに行ったんだよ。すぐに見つけてくれてタオルで君を包んで捕まえて、そのあと病院に行っていろいろ検査して注射して、お風呂に入って、そしてここにいる感じ」
あの暗闇での出来事はそういう事だったのかと理解した。
「あの、もしかして僕はここの家の子になれるの?」
言ってから後悔した。楽天的すぎる。
「あ、いや、ごめん、そんなのわからないよね? 僕は他の家に行くのかもしれないよね」
「大丈夫だよ、君はここの家の子になるんだよ」
キラの言葉に胸がいっぱいになった。
この家にいられる。ここが僕の家。僕の家族が出来る。
「お、みんな揃ってるな。黒猫ちゃんも起きてるね」
ムネチカが部屋に入ってきた。僕は身構えた。
彼は僕の事を良く思っていない。追い出されてしまうかもしれない。
僕は不安でキラの手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ。ムネチカはクロムを飼うのに賛成してるんだよ」
「え、そうなの? でもさっきは家に入れるなって……」
「うん。ムネチカがリョウに説明してたんだけど、野良ネコはダニやノミがいるかもしれないから、僕に虫がつかないように、病院で駆除してからじゃないと家に入れない方が良いって判断したんだって」
僕は納得した。
ムネチカが僕を嫌っていたんじゃないと分かって安心した。
「二人とも可愛いな、天使だな、仲良しだな」
ムネチカは僕達の写真を撮りまくっていた。その顔は笑顔で、とても優しい。
ああ、僕はこの家の子になれるんだ。そう思うと嬉しかった。
「ね、この子の名前は何にする? 父さん、もう決めてるの?」
リョウが聞くとムネチカはシオンを見た。
「この子を飼いたいって言いだしたのはシオン君だからね、シオン君が決めていいよ」
「え、俺で良いんですか?」
シオンはじっと僕を見つめた。
そうか、この人が僕を飼いたいと言ってくれたのか。怖いとか思ってごめんなさい。
でも本当は名前はもうあるんだけど、シオンには伝えられないし、クロムという名前はキラだけが呼んでくれれば良いかな。
「うーん、黒いしクロ……クロムでどうかな?」
「え?」
僕はキラを見た。キラはニコリと笑う。
「ほら、シオンと僕は似てるでしょう? 考え方とか感性が近いんだ。だから僕はシオンが良いと思ってこの家に来たんだ」
「うん!」
僕はシオンの事も大好きになってしまった。
それからはとても賑やかで楽しい日々だった。
暖かい家に美味しいご飯。そして毎日側にキラがいる日々。
尾崎家は家族以外の来客がとても多い家だった。
僕も最初は緊張していたが、徐々に慣れた。
だいたい家に来る人間もわかってきた。
まずはミズキとカナデ。この二人はリョウの友達。二人とも穏やかで良い人だ。
ミズキは気配を消すのが上手くて、猫並に耳や鼻が良いんじゃないかと思う。きっと前世は猫だったんだと思う。
カナデは髪の色が他の人とは違う。綺麗な不思議な色をしている。猫の毛みたいに艶やかで、彼もきっと前世は猫だ。
ヒビキもリョウの友達だ。彼はとても僕を撫でるのが上手い。抱っこも猫じゃらしの使い方も上手い。
家に他の猫や動物がいるのが匂いでわかる。とても動物慣れをしていて面倒見が良い。
多分彼は『お兄ちゃん』だ。
最近、たまに見かけるのはゴウ君だ。彼もリョウの友達で本当はゴウキと言うらしい。
名前が変わってしまうのは、よくある事だと僕も知っている。
キラはキラという名前なのに、ムネチカに『キラキラ』とか『王子』とか『キラっぴ』とか呼ばれている。
僕も『クロっち』とか『クロにゃんにゃん』とか『このかわい子ちゃん』とか好き勝手に呼ばれている。
ゴウは大柄で最初は怖かったけど、触れ合うと優しい人だとわかった。
大きな声でいつも元気だ。すぐにランニングとか言って散歩に出かけるので、多分前世も今も犬だと思う。
あとよく家に来るのはハヤトだ。彼はもうほぼムネチカだ。行動や発言がムネチカにとてもよく似ている。
多分彼の前世も今もムネチカだと思う。
あれ、ムネチカが二人になってしまった。でもいいや。気にしないでおこう。
「今日もこの二匹はラブラブですね。やっぱりキラ×クロムで間違いないですね!」
「俺もそう思っていたんだよ! さすがはハヤト君!」
二人は硬い握手を交わしていた。
「先生の新作はアレですね。次は白猫×黒猫!」
「ふふふ、読まれていたか。でも獣人とか猫耳の種族でも良いかと思っているんだ」
ハヤトが急に床に倒れた。
「ああ! さすが先生! 猫耳の獣人同士も良いですし、獣人×人間の少年も良いですね!」
「そうだろう! 妄想が止まらなくて、このネタで10冊は本が書けそうだ!」
「全部買います! 紙の本と全部のサイトの電子書籍で!」
「ハヤト君、キミはなんて素晴らしい信者、いや読者だ!」
「先生! 俺は信者で合っています! 先生の死後は神社を建立します! 神と拝めます! いや、もう現在でも神です!」
二人の会話にリョウがため息をついた。
「二人ともそろそろおかしな発言はやめてくれないかな? 猫達が呆れた顔してるよ。てかこの子達の教育に良くないから」
「猫は人間の言葉はわからないから良いんじゃない?」
ゴウキが言うとムネチカが「イヤ」とそれを止める。
「猫がわからないって言ってないんだから、理解して可能性もある」
「……そうかもしれませんね」
真顔でハヤトが顎をつまみながら言った。
「俺もわかってる方に一票! 猫ってたまに会話聞いてたのかって行動するからさっ」
「猫を飼ってるヒビキが言うならアリかもね」
カナデが言って、ミズキも頷いていた。
「そうだよ。僕達は人間の言葉がわかるよ」
僕は言ったが、みんなはには伝わっていないようだった。
「仕方ないよ。人間は僕達の言葉がわからないんだよ」
キラに慰められた。
「ちょっと残念だな」
「うん。でも、そのお陰で僕達はこうやって内緒の話が出来るからね」
「これって内緒の話なの?」
「じゃあ、本当の内緒の話をしようか?」
「内緒の話って?」
キラは美しい左右の瞳で僕の顔を覗き込む。
「僕はムロムの事が好きだよ」
「え? それって、ど、どういう意味で?」
動揺する僕にキラは微笑む。
「家族としても恋人としても好きって意味だよ」
体が熱くなった。
「え、ほ、本当に? え、だって僕なんかただの普通の野良猫で、毛並みも毛色もキラみたいに綺麗じゃないし、ふ、普通だし!」
「そんな事ないよ。最初から可愛い黒猫だなって気になってたんだよ。それにクロムは僕がシオンに虐められると思って『シャー』って怒ってくれたでしょ。あれでもう完全に恋に落ちてたんだよ」
キラが僕を好きだなんて、嬉しくて信じられない。
「クロムは僕の事どう思ってるの? やっぱりただの家族?」
僕は首を振った。
「違う! いや、違うじゃなくて、家族としても恋愛としても好き! 大好き! 最初からずっと好きだった!」
僕の叫ぶような告白にキラは微笑んだ。
「良かった」
キラの顔が近づいた。
そして僕達はキスをした。
「なんて事だ! キスしてる! カ、カメラ!」
ムネチカが叫んだ。
「なにこれ可愛い!!」
「おお!」
リョウやみんなが声をあげた。
ちょっと恥ずかしかったけど、誇らしい気分だった。
こんな綺麗な王子様みたいなキラと両想いなのが嬉しい。
「さ、カメラを用意したから、二人共もう一回チューして!」
ムネチカが言うので僕達はお互いを見て笑う。
「どうする? もう一度してあげる?」
「嫌だよ、恥ずかしいよ。でもキラが良いなら良いけど……」
「二人は何を話してるんだ? ね、言葉を理解してるんなら、もう一度して、お願い!」」
ムネチカは手を合わせて頭を下げた。
「俺からもお願いするよ」
ハヤトも真似をする。
「猫に頭下げてもしてくれないと思うよ!」
リョウがつっこんだ。リョウは基本、いつもつっこみ担当だ。気苦労が絶えないらしい。
「ここはエサを二匹の間に置いたら良いんじゃないかな?」
カナデの発言にヒビキとミズキが頷いた。
「それは良い案では?」
「そう思う」
「じゃあ、俺がちゅー〇オヤツを開けるよ」
シオンがオヤツを持って来て、僕達の間にそれを向けた。そして次の瞬間、それを僕達の体にぶちまけた。
「わ!」
「ええ?!」
飛び散った餌に、みんなはちょっとしたパニックになったが、当のシオンは飄々としていた。
「あ、でもほら、お互いの体を舐めだしたよ」
シオンの言う通り。
美味しいオヤツで汚れても、僕達は気にならない。お互いをペロペロすれば良いだけだ。
でも本当、こういう所がシオンだ。悪気はないが事件を起こす。
そんなシオンが僕は好きだ。
キラに似てるけど、そうでなくても僕の恩人で、不器用なその性格が愛おしい。
「これはこれでエロい! 最高だ!」
ムネチカがシャッターをいっぱい切っていた。
騒がしいけど、ここが僕の家で、大好きな家族だ。
いや、本当の事を言うと、お気に入りなのは家ではない。そこにいる一匹の美しい猫の事だ。
僕はその猫の事が気になって仕方ない。
最初は偶然だった。
元々、僕のいた町はここではない。
子供の頃は母親ときょうだい猫と一緒に育った。けれど母親に追い出され、ひとり立ちした僕はこの町まで流れてきた。
そしてたまたま通った家の庭で、彼に気づいた。
彼は真っ白い毛並みの美しい猫だった。
足も尻尾も長く体はスレンダー。そして何より印象的なのはその瞳だった。
左右の目の色が違っていた。
右が青で左は黄緑だった。
透き通った宝石のような神秘的な瞳だ。
その目に見られた瞬間、体に衝撃が走り動けなくなった。本当に時間が止まったように感じだ。
空気も動かない、音も聞こえない。
世界中に僕たち二人しか存在しないような錯覚。
でもすぐに僕は我に返り、無意識に駆け出してしまっていた。
そして走りながら後悔した。
なんで逃げてしまったんだろう。もっとちゃんと顔を見れば良かった。勇気を出して話しかければ良かった。
そんな後悔をしながら数日が過ぎた。
その間にあの家には何度も行った。バレないように隠れながら、窓から彼の姿を探す。
彼はだいたい部屋のソファの上で寝ていた。時折、窓の近くに来て庭を眺めている事もある。
僕は塀の上からそんな彼を見つめる。
もしかしたら彼も僕を探してくれているのではないか、会いに来るのを待ってくれているのではないか? そんな妄想にかられた。
本当はもっと近くに行きたかったし、勇気を出して彼に話しかけたかった。
でもそれはなかなか出来なかった。
何故ならあの家には人間が住んでいたからだ。
人間は基本怖いもの。でも時々ご飯をくれる優しい人がいる。でも近づいてはいけない。
そんな事を母親に教わっていたし、経験で僕も知っている。
あの家には白い美しい王子様のような猫の他に、たくさんの人間の姿が見えた。
だから僕は近くまで行くのを躊躇していた。
ほとんどの人間はあまり怖くないのだけれど、あの家には一人、とても怖い人がいる。
何が怖いのかはよく分からない。でもその人を見ると体がきゅっとなる。
食べられちゃう! 食べられちゃう! 食べられちゃう!
そんな恐怖でいっぱいになる。
だから僕にとって、あの家にいる美しい王子様に会いに行くのは、本当に命がけだった。
そう。僕は彼に恋をしている。
彼の事が好きなんだ。
今日も僕はあの家に来ていた。僕は人間の文字は読めないけれど、玄関に『尾崎』という文字が書かれた家だ。
僕はその文字を眺めながら塀に上る。
その上をグルリと歩いて庭の方に進む。大きな窓があり、そのカーテンの隙間がいつも少しあいている。
僕は野良ネコだけど、家ネコという存在も知っている。
僕達の仲間に、元、家ネコという人もいるからだ。その人達から家ネコの生活の話を聞いた事があった。
家ネコは家の中でしか生活出来ないが、寒くも暑くもない居心地の良い場所で、毎日ご飯をもらえるのだという。
そんな暮しを懐かしむ人もいれば、野良生活の方が性に合っているという人もいる。
家ネコは外に出られないので、窓から家の外を眺めるのを楽しみにしている人が多いと言う。
おそらく彼も窓の外を見るのを楽しみにしているのだろう。
窓の見える場所まで来た。
ドキリとする。
彼がこちらを見ている。目が合った。というか、今も合っていると思う。
ドキドキが止まらなかった。
僕の体は固まってしまった。
じっとお互いの目を見つめる。
左右の色違いの綺麗な目が僕を見ている。
緊張と興奮で思考が働かない。頭がふわふわする。
その時彼が「みゃ」と声をかけてきた。
驚いてつい塀から庭に飛び降りてしまった。
彼の声はこっちに来いと言っているように聞こえた。そしてその目が僕を呼んでいるように見えた。
僕はゆっくりと彼のいる窓に向かう。
ガラス越しではあるが、すぐ側に彼の顔が見える所まできた。
どうしよう。声をかけるべきか。悩んでいると彼が話しかけてきた。
「最近、よくここを通るね」
顔が熱くなった。彼が僕の事を知っていた。覚えてくれていた。その事だけで感動した。
「う、うん! そうなんだ! さ、最近このヘンにやってきて、それで……」
上手くしゃべれなかった。緊張して思いが上手く言葉にならない。
「君は野良ネコなの?」
彼に聞かれて返答に困る。
野良ネコなんて、汚いし彼にふさわしくないと思われるだろうか。家ネコじゃないと友達になってもらえないだろうか。
一瞬、嘘をつくことを考えた。でも正直に答える
「うん。そうなんだ。僕は野良ネコで一度も誰かの家で飼われたことはないんだ」
「ふーん」
彼は首をかしげるような仕草をした。やっぱり野良なんかじゃ彼とは釣り合わないかと落ち込んだ時、彼は言った。
「僕も前は野良だったよ」
「え? そ、そうなの?」
意外だった。こんな綺麗な毛並みの美しい猫が、野良ネコだったなんて信じられなかった。
彼は近くで見るとますます綺麗だった。毛並みが艶やかで輝いている。そして光を放つような左右の色違いの瞳。
つい見惚れてしまう。
「僕は最近この家に来たんだ。他に猫はいないし、君がこの庭を通るのが気になっていたんだ」
彼に認識されて、しかも気になっていたと言われて嬉しくなってしまった。
「僕はキラ。君の名前は?」
「僕は黒色だからクロとかクロムとか呼ばれてるんだ。飼い主がいるワケじゃないから、みんな好き勝手に呼ぶ感じで」
彼はクスリと笑った。
「うん、わかるよ。人間は僕を見るとシロちゃんとか呼ぶからね」
僕は全力で頷いた。
「君の名前が決まってないなら、じゃあ僕は君をクロムって呼ぼうかな? それで良い?」
「もちろん!」
彼が僕の名前を決めてくれたのが嬉しかった。僕は今日からクロムだ。黒猫のクロム。
僕は暫く彼といろんな話をした。
彼のこの家での生活は楽しいもののようだった。つい最近までは保護猫カフェという場所にいたらしい。
そこも居心地は良かったが、誰かの特別な家族になるのはそれ以上に幸せだと彼は言った。
一人ぼっちの僕にはそれはとても羨ましい事に思えた。
キラがではなく、キラを家族に迎えて愛情を注げる人間が羨ましかった。
でも真っ黒でぜんぜん綺麗ではない僕が、キラの側にいるのはおこがましいと思えた。
家族になるなんておそれ多い。
その時、突然僕の体に緊張が走った。
身体が反応した。
僕は塀の上まで登っていた。
窓の向こう。キラの後ろに一人の人間が立っていた。彼は窓越しに僕を見る。
その存在がとても恐ろしかった。
「キラ、今の黒猫は君の友達? まだ子猫かな? 君より少し小さかったね」
人間はキラの頭に手を向けた。
キラが殺されちゃう!
僕は無意識に人間を威嚇した。今まで出した事がない「シャーッ!」という大きな声がでた。
けれど人間の手は優しくキラを撫でた。
「あ、あれ? 大丈夫そう?」
僕が呟くと、キラが微笑んだのが見えた。
「大丈夫だよ。この人はシオン。怖がるのも無理はないけど、酷い事をしたりはしないよ。僕の飼い主の一人で家族なんだ」
キラの家族なら怖くないのかなと思ったが、シオンからはよく分からない、何かとてつもない気配がしていた。
キラが色違いの瞳を細めてクスリと笑った。
「うん、わかるよ。シオンは普通怖いよね。人間でいうところのサイコパス的な要素を持って生まれた魂なんだ。でも彼はそれを発現させることなく、抑え込んでいる。実際に危害を加えるような行動はしない」
「サイコパス? そんなのがわかるの?」
首をかしげる僕にキラは頷く。
「わかるよ。だって僕も同じ性質だから」
「え?」
急に気温が下がったような寒さを感じた。けれどキラがニコリと笑った瞬間、空気が戻った。
「大丈夫。僕もシオンと一緒だよ。残酷な面も持って生まれたけど、それを実行することはない。あやうい性格ではあるけど、ちゃんと常識や良心を持っているんだ。まぁ、猫も人もいつ精神のバランスを崩して破滅するかはわからないけど」
「そんな事ない! キラはそんな事しない!」
僕はつい庭に降りてキラに叫んでいた。
キラは驚いたように目を見開いたあとで微笑んだ。
「ありがとう。君が信じてくれるなら僕はこの先もずっと大丈夫だなって思えるよ」
キラはシオンを見上げた。
「彼もそう。大事な人が出来たから、道を踏み外す事はない」
キラのいう事がなんとなくわかった気がした。
「やっぱり、キラ以外の猫には嫌われちゃうか……」
シオンが悲しそうに呟いた。
僕はハッとした。シオンはキラに意地悪をしようとしたワケではない。
なのに僕は「シャー」までしてしまった。
「ごめんなさい!」
僕は謝ると、シオンの足元の方に行って頭を下げた。
シオンが目を見開いた。
「この子、俺に近づいてきた?! まさか、そんな事があるなんて……」
シオンが動揺しているので僕は焦ってしまった。何か良くない行動だっただろうか。
「ごめんね、もう帰るね」
僕が塀に向かうとキラの声が聞こえた。
「また会いに来てよ」
「え?」
振り返った僕にキラは美しい瞳で告げた。
「また僕に会いに来て」
また僕に会いに来て。
その言葉を、僕は愛の告白のように感じてしまった。あんなに綺麗な猫に、また会いたいと言われた。
舞い上がってしまっても仕方がないだろう。
それから僕は毎日のようにあの『尾崎』という家に向かった。
シオン以外の人間にも会った。
その日、キラを抱っこしていたのはムネチカという人間だった。
僕を見るなり一人で猛烈に話しだした。
「かわいい黒猫だな! 君は男の子だね! なんでわかるんだって? いや、性器を見なくても分かるよ! だってこの家はBLほいほいだからね! 自然と男が近寄ってくるんだよ! キラという美少年猫にはそれにつりあう黒猫美少年猫が現れる! 当然じゃないか! これぞ世の摂理! 神の計らいと言うモノだよ!」
何を言っているよく分からなかった。ニンゲンの言葉というのは難しい。
「ちょっと父さん! 何一人でブツブツ言ってんのって、あ、それって黒猫ちゃん!」
また一人現れた。
彼はこの家の息子のリョウだ。彼はなんだかほっとする存在だった。見るだけで落ち着く安心感がある。
リョウはしゃがみこんで僕の顔を窓越しにのぞき込む。
「わーかわいいな。キラは真っ白で綺麗な子だけど、この子は真っ黒で、それはそれで可愛い。黒も白も猫はどっちもかわいいな」
「そうだな。黒と白で並んだら、さぞ絵になるだろうな。うんうん」
「また父さんは変な妄想してるんでしょ? 相手は猫だからね!」
ムネチカの言葉に僕は期待してしまった。
もしかしたら尾崎家で僕をもらってくれるんじゃないだろうか?
白と黒、キラと僕が並んだら絵になると言ってくれた。もし僕がキラと家族になれるなら、こんな嬉しい事はない。
僕が期待に満ちた目でリョウを見ると、彼は窓のカギを開けた。
「黒猫ちゃん、触れるかな? うちの子になるかな?」
彼が僕に触れようとした時、ムネチカが叫んだ。
「ダメだ! その子は家に入れるな!」
僕はショックで走り出していた。
「クロム!」
キラの声が聞こえたが、僕は走り続けた。
ムネチカに拒絶された事がショックで悲しかった。
もしかしたら一緒に暮せる家族になれると思ってしまった。
でもそんなワケがなかった。僕は汚い野良ネコだ。毛の色も人間には不吉だと言われている黒。
こんな猫を迎え入れたい人間なんかいるわけがなかった。
僕は涙がこらえ切れなかった。
走っていると雨が降り出した。
ずぶ濡れになった。
汚い泥だらけの黒猫。
ああ、でもそうだな、黒いから泥はあまり目立たないかもしれない。
そんな時は黒猫だって便利だ。
僕は空を見上げて雨を浴びる。
どこかにダンボールは落ちてないだろうか。その中に入りたい。
誰か僕をもらって下さい。家族にして下さい。誰か。
「キラぁ……」
呟いた時、不穏な気配を感じた。
「え?」
後ろから何かで拘束された。前が見えない。真っ黒だ。何かで覆われている。
助けて! これはダメだ! 殺される!
僕はどこかに連れていかれた。いろいろ体を触られた。何をされているか分からない。目が覆われていて見えない。
たくさんの人間の気配と声。
鋭い痛みがあった。更に水に入れられた。
助けて、溺れちゃう! ダメだ、もう死んじゃう!
「大丈夫だよ、怖くないよ」
優しい声が聞こえた。知っている声だ。えっと誰だっけ? 少し前に聞いた事がある声。
そうだ。彼は。
「シオンさん、どう? 黒猫ちゃんまだ寝てる?」
その声で目が覚めた。
見るとシオンが僕の顔を覗き込んでいた。
僕はケージという入れ物の中に入れられていた。ふかふかのベッドと共に。
「今、ちょうど起きたよ。ご飯食べるかな?」
シオンが餌入れを僕の顔の前に持ってきた。
良い匂いだったので僕はそれに口をつけた。
「食べた! やった!」
リョウが喜んでいる。シオンは頷くと餌入れをケージに置いた。
僕は猫ベッドから出て本格的にご飯を食べる。落ち着いたらお腹がすいている事に気づいてしまった。
「ご飯を食べてるから大丈夫みたいだね。緊張すると最初はご飯も食べないっていうから」
二人共、僕を見てニコニコしていた。
その時、開いていたドアからキラがやってきた。
「キラ!」
僕はご飯そっちのけでケージから手を出した。
キラが僕の手に触れる。
初めてキラに触れた。
「キラ! 会いたかった!」
「僕もだよ」
僕達は見つめあった。
さっきまで絶望の中にいたのがウソみたいだった。
暖かい家で、しかもここにはキラがいる。
「なんか、隔離しなくても良い位仲良しそうだね」
リョウが言ってくれた。僕達が仲良しに見えるのなら嬉しい。
「なんだか、夢を見ているみたいだけど、どうして僕はここにいるの?」
僕の問いにキラが答える。
「君がいなくなってから急に激しい雨が降り出したでしょう? 帰ってきたシオンが心配して探しに行ったんだよ。すぐに見つけてくれてタオルで君を包んで捕まえて、そのあと病院に行っていろいろ検査して注射して、お風呂に入って、そしてここにいる感じ」
あの暗闇での出来事はそういう事だったのかと理解した。
「あの、もしかして僕はここの家の子になれるの?」
言ってから後悔した。楽天的すぎる。
「あ、いや、ごめん、そんなのわからないよね? 僕は他の家に行くのかもしれないよね」
「大丈夫だよ、君はここの家の子になるんだよ」
キラの言葉に胸がいっぱいになった。
この家にいられる。ここが僕の家。僕の家族が出来る。
「お、みんな揃ってるな。黒猫ちゃんも起きてるね」
ムネチカが部屋に入ってきた。僕は身構えた。
彼は僕の事を良く思っていない。追い出されてしまうかもしれない。
僕は不安でキラの手をぎゅっと握った。
「大丈夫だよ。ムネチカはクロムを飼うのに賛成してるんだよ」
「え、そうなの? でもさっきは家に入れるなって……」
「うん。ムネチカがリョウに説明してたんだけど、野良ネコはダニやノミがいるかもしれないから、僕に虫がつかないように、病院で駆除してからじゃないと家に入れない方が良いって判断したんだって」
僕は納得した。
ムネチカが僕を嫌っていたんじゃないと分かって安心した。
「二人とも可愛いな、天使だな、仲良しだな」
ムネチカは僕達の写真を撮りまくっていた。その顔は笑顔で、とても優しい。
ああ、僕はこの家の子になれるんだ。そう思うと嬉しかった。
「ね、この子の名前は何にする? 父さん、もう決めてるの?」
リョウが聞くとムネチカはシオンを見た。
「この子を飼いたいって言いだしたのはシオン君だからね、シオン君が決めていいよ」
「え、俺で良いんですか?」
シオンはじっと僕を見つめた。
そうか、この人が僕を飼いたいと言ってくれたのか。怖いとか思ってごめんなさい。
でも本当は名前はもうあるんだけど、シオンには伝えられないし、クロムという名前はキラだけが呼んでくれれば良いかな。
「うーん、黒いしクロ……クロムでどうかな?」
「え?」
僕はキラを見た。キラはニコリと笑う。
「ほら、シオンと僕は似てるでしょう? 考え方とか感性が近いんだ。だから僕はシオンが良いと思ってこの家に来たんだ」
「うん!」
僕はシオンの事も大好きになってしまった。
それからはとても賑やかで楽しい日々だった。
暖かい家に美味しいご飯。そして毎日側にキラがいる日々。
尾崎家は家族以外の来客がとても多い家だった。
僕も最初は緊張していたが、徐々に慣れた。
だいたい家に来る人間もわかってきた。
まずはミズキとカナデ。この二人はリョウの友達。二人とも穏やかで良い人だ。
ミズキは気配を消すのが上手くて、猫並に耳や鼻が良いんじゃないかと思う。きっと前世は猫だったんだと思う。
カナデは髪の色が他の人とは違う。綺麗な不思議な色をしている。猫の毛みたいに艶やかで、彼もきっと前世は猫だ。
ヒビキもリョウの友達だ。彼はとても僕を撫でるのが上手い。抱っこも猫じゃらしの使い方も上手い。
家に他の猫や動物がいるのが匂いでわかる。とても動物慣れをしていて面倒見が良い。
多分彼は『お兄ちゃん』だ。
最近、たまに見かけるのはゴウ君だ。彼もリョウの友達で本当はゴウキと言うらしい。
名前が変わってしまうのは、よくある事だと僕も知っている。
キラはキラという名前なのに、ムネチカに『キラキラ』とか『王子』とか『キラっぴ』とか呼ばれている。
僕も『クロっち』とか『クロにゃんにゃん』とか『このかわい子ちゃん』とか好き勝手に呼ばれている。
ゴウは大柄で最初は怖かったけど、触れ合うと優しい人だとわかった。
大きな声でいつも元気だ。すぐにランニングとか言って散歩に出かけるので、多分前世も今も犬だと思う。
あとよく家に来るのはハヤトだ。彼はもうほぼムネチカだ。行動や発言がムネチカにとてもよく似ている。
多分彼の前世も今もムネチカだと思う。
あれ、ムネチカが二人になってしまった。でもいいや。気にしないでおこう。
「今日もこの二匹はラブラブですね。やっぱりキラ×クロムで間違いないですね!」
「俺もそう思っていたんだよ! さすがはハヤト君!」
二人は硬い握手を交わしていた。
「先生の新作はアレですね。次は白猫×黒猫!」
「ふふふ、読まれていたか。でも獣人とか猫耳の種族でも良いかと思っているんだ」
ハヤトが急に床に倒れた。
「ああ! さすが先生! 猫耳の獣人同士も良いですし、獣人×人間の少年も良いですね!」
「そうだろう! 妄想が止まらなくて、このネタで10冊は本が書けそうだ!」
「全部買います! 紙の本と全部のサイトの電子書籍で!」
「ハヤト君、キミはなんて素晴らしい信者、いや読者だ!」
「先生! 俺は信者で合っています! 先生の死後は神社を建立します! 神と拝めます! いや、もう現在でも神です!」
二人の会話にリョウがため息をついた。
「二人ともそろそろおかしな発言はやめてくれないかな? 猫達が呆れた顔してるよ。てかこの子達の教育に良くないから」
「猫は人間の言葉はわからないから良いんじゃない?」
ゴウキが言うとムネチカが「イヤ」とそれを止める。
「猫がわからないって言ってないんだから、理解して可能性もある」
「……そうかもしれませんね」
真顔でハヤトが顎をつまみながら言った。
「俺もわかってる方に一票! 猫ってたまに会話聞いてたのかって行動するからさっ」
「猫を飼ってるヒビキが言うならアリかもね」
カナデが言って、ミズキも頷いていた。
「そうだよ。僕達は人間の言葉がわかるよ」
僕は言ったが、みんなはには伝わっていないようだった。
「仕方ないよ。人間は僕達の言葉がわからないんだよ」
キラに慰められた。
「ちょっと残念だな」
「うん。でも、そのお陰で僕達はこうやって内緒の話が出来るからね」
「これって内緒の話なの?」
「じゃあ、本当の内緒の話をしようか?」
「内緒の話って?」
キラは美しい左右の瞳で僕の顔を覗き込む。
「僕はムロムの事が好きだよ」
「え? それって、ど、どういう意味で?」
動揺する僕にキラは微笑む。
「家族としても恋人としても好きって意味だよ」
体が熱くなった。
「え、ほ、本当に? え、だって僕なんかただの普通の野良猫で、毛並みも毛色もキラみたいに綺麗じゃないし、ふ、普通だし!」
「そんな事ないよ。最初から可愛い黒猫だなって気になってたんだよ。それにクロムは僕がシオンに虐められると思って『シャー』って怒ってくれたでしょ。あれでもう完全に恋に落ちてたんだよ」
キラが僕を好きだなんて、嬉しくて信じられない。
「クロムは僕の事どう思ってるの? やっぱりただの家族?」
僕は首を振った。
「違う! いや、違うじゃなくて、家族としても恋愛としても好き! 大好き! 最初からずっと好きだった!」
僕の叫ぶような告白にキラは微笑んだ。
「良かった」
キラの顔が近づいた。
そして僕達はキスをした。
「なんて事だ! キスしてる! カ、カメラ!」
ムネチカが叫んだ。
「なにこれ可愛い!!」
「おお!」
リョウやみんなが声をあげた。
ちょっと恥ずかしかったけど、誇らしい気分だった。
こんな綺麗な王子様みたいなキラと両想いなのが嬉しい。
「さ、カメラを用意したから、二人共もう一回チューして!」
ムネチカが言うので僕達はお互いを見て笑う。
「どうする? もう一度してあげる?」
「嫌だよ、恥ずかしいよ。でもキラが良いなら良いけど……」
「二人は何を話してるんだ? ね、言葉を理解してるんなら、もう一度して、お願い!」」
ムネチカは手を合わせて頭を下げた。
「俺からもお願いするよ」
ハヤトも真似をする。
「猫に頭下げてもしてくれないと思うよ!」
リョウがつっこんだ。リョウは基本、いつもつっこみ担当だ。気苦労が絶えないらしい。
「ここはエサを二匹の間に置いたら良いんじゃないかな?」
カナデの発言にヒビキとミズキが頷いた。
「それは良い案では?」
「そう思う」
「じゃあ、俺がちゅー〇オヤツを開けるよ」
シオンがオヤツを持って来て、僕達の間にそれを向けた。そして次の瞬間、それを僕達の体にぶちまけた。
「わ!」
「ええ?!」
飛び散った餌に、みんなはちょっとしたパニックになったが、当のシオンは飄々としていた。
「あ、でもほら、お互いの体を舐めだしたよ」
シオンの言う通り。
美味しいオヤツで汚れても、僕達は気にならない。お互いをペロペロすれば良いだけだ。
でも本当、こういう所がシオンだ。悪気はないが事件を起こす。
そんなシオンが僕は好きだ。
キラに似てるけど、そうでなくても僕の恩人で、不器用なその性格が愛おしい。
「これはこれでエロい! 最高だ!」
ムネチカがシャッターをいっぱい切っていた。
騒がしいけど、ここが僕の家で、大好きな家族だ。
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