父が腐男子で困ってます!

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紫苑と猫の王子様

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新年早々、紫苑と二人で出かける事になった。
スマホで年明けの挨拶をしていたら、初詣に行こうという話になったからだ。

宗親やいつもの友人達とは、年越しから一緒に過ごし、初詣まで済ませてあった。
なので今、了は紫苑と二人で神社に向かっている。

尾崎家の近くに小さな神社があった。
コノハナサクヤヒメを祀った神社だが、夏祭りには多くの出店が並ぶ。
残念な事に正月にはそういった出店はなく、参道を歩く人の姿も少なかった。

「本当にこんな小さな神社で良かったんですか? 受験生だし、もっと大きな神社で合格祈願した方が良かったんじゃないかと思うんですけど」
了が聞くと、横を歩く紫苑が頷いた。
「うん、大丈夫だよ。神社が大きいとか小さいとかで、御利益が変わるとは思わないし、何より受験って自分の力で合格するモノだしね」

お参りの時には、お願い事をするのではなく、日ごろの感謝を伝えるものだと、どこかで聞いた事があった。
テレビで見たのか宗親に聞いたのか忘れたが、それ以来、了は初めに感謝の言葉を述べるようにしていた。
その後に念のためお願いもしている。もしかしたら叶えてもらえるのではないかと期待してだ。

「シオンさん、知ってますか? お参りする時には、ちゃんと自分の住所と名前を言わないと神様に伝わらないらしいですよ」
「神様って全知全能じゃないんだね」
「どちらかと言うとお役所みたいですよね。○○区の○○ですって身分証出して照会するみたいな」

話していると最初の鳥居が見えた。石造りの大きな鳥居だ。
先を歩いていた紫苑は一礼してから鳥居をくぐった。
了もそれを真似する。
紫苑はそのまま道の左側を歩いていく。神社の参道は真ん中が神様の通り道なので、そこを避けて端を歩くのが決まりだ。
紫苑はそれを知っているのだろう。
坂道を上がると、先ほどよりも小さな赤い鳥居があり、その奥に手水舎が見えた。
手水舎での作法も紫苑は完璧だった。

「シオンさんて神社とかに詳しいんですか? 手の清め方も知ってるし、参道も端を歩いてましたし」
了は水で濡れた手を拭きながら訊ねた。
「ああ、そうだね、元々神社仏閣は好きなんだ。それに宗親さんが詳しいから、夏の旅行の時にもいろいろ教えてもらったよ」
旅行の時にも神社に行った事を思いだした。
あの時は神社よりも村ホラーで頭がいっぱいだったので、お参りの記憶があまりなかった。

「俺、あの時は生きて帰れるか心配してたんですよね。村の儀式の生贄になるかと思ってました」
紫苑はクスリと笑う。
「そう言えば、バンジーがどうとかヒビキ君が言ってたね」
「そうなんです。生贄の儀式かと思ってたらバンジーでした。思い返すと恥ずかしいですね」
「そうかな? 楽しい思い出だなって思うけど」
微笑む紫苑に見惚れてしまった。
人間との付き合いが苦手で、不器用な紫苑が、あの旅行を楽しんでくれていたと思うと嬉しかった。

「お正月なのに誰も人がいないんだね」
拝殿の前で紫苑が呟いた。
「元旦じゃないのと、時間のせいじゃないですか? やっぱり早朝にお参りする人が多そうだし」

拝殿の正面に立つと、二人で並んでお参りをした。
了は家族と友人の健康と楽しい日々の感謝を伝え、その後にこんな日々がずっと続くことを願った。
更には紫苑の合格祈願と、あとできれば隼人との仲の進展をほんの少しだけ祈った。
顔を上げると紫苑はすでに脇に抜けて、了を見ていた。

「おみくじでも引く?」」
紫苑は社務所前に置かれた木の箱を見た。
社務所は閉まっていたが、おみくじは無人販売になっていた。

「えっと、俺はいいです。凶とか引いたらショックなんで」
正月早々、凶など引いたらダメージが大きすぎる。
「リョウは結構占いを気にするんだね」
「シオンさんは気にならないですか?」
「うん、あまり。でも意外だな。リョウってミステリーとか好きだし、占いは気にしないかと思ってたよ」
基本的にミステリーは現実的だ。
幽霊も占いも信じないミステリーファンが多い。

「確かにミステリーファンは非現実的なモノは信じてないんで、俺もそうなんですが、でもいないと思っていても幽霊が怖いのと一緒で、信じてなくても占いで良くない事が書かれてるとショックを受けるんですよ」
「そう言えば宗親さんも現実的なのに神社とか好きだったね」
「そうですね。でも俺も古事記とか好きです。なんですかね、物語的に面白いからですかね」
話しながら社務所の前に移動した。

「お正月なのに閉まってるんだね」
「朝はやってたみたいですね。せっかくならお守りとか買いたかったな」
「宗親さんへのお土産?」
「え、いや……」
本当は紫苑の合格祈願にと思っていたが、紫苑なら実力で合格するのだろうと思った。

一通り敷地内を見た後で、先ほど歩いて来た道に戻った。
その時、赤い鳥居の影に猫がいる事に気づいた。

「にゃんこ!」
つい弾んだ声が出た。
茶トラの猫はオスのようだった。
了はしゃがみ込んで猫に手を伸ばす。
猫は黙って了に触られる。暫くすると嬉しそうに手にすりついてきた。
「わ、すっごい可愛い」
微笑んで紫苑を振り返り、思いだした。

そうだ。この人、動物には嫌われるんだった。

「可愛いね。俺も触りたいけど、やっぱり逃げちゃうかな?」
紫苑は自覚があるようだった。
触りたいが、伸ばしたら逃げられると思ってか、自分の右手を左手で押さえていた。
了は紫苑を不憫に思った。
こんなに好きなのに嫌われてしまうのはかわいそうだ。

「触り方の問題だと思うんですよ。立った格好だと大きくて猫が怖がるので、しゃがんで体を小さく見せてからが良いですよ。あと動作はゆっくりとして下さい」
紫苑は素直に従った。

「触る時は、先に人差し指だけ鼻の前にそっと出してみて下さい」
「こうかな?」
紫苑はゆっくりと指を出した。
猫は鼻先を近づけて匂いを嗅ぐ。

「うん、大丈夫そう」
猫は逃げ出さなかった。
振り返ると紫苑は感極まったように目を輝かせていた。
「嬉しい。触れた」
「うん、そうですね」
了も嬉しくなった。
「この子、人に慣れてるみたいですね。多分頭も撫でられると思うので、優しく触ってみて下さい」
紫苑はゆっくりと手を伸ばした。
猫は目を細めてそれを受け入れた。

「!」
触れた事に紫苑は感動していた。
「可愛いね、すごく可愛い」
何度も頭を撫で、耳に触れる。その動きが急に止まった。
「この子、耳にケガしてるみたいだ」
「え?」
了は紫苑が触れている耳を見た。右上の先がカットされていた。
ほっと息を吐く。

「大丈夫ですよ。これはサクラ耳って言って、去勢した猫の印です」
「サクラ耳?」
紫苑が首を傾げる。
「そうです。この子はこの辺りの地域猫みたいですね。地域猫って言うのは、地域の人が面倒を見ている猫の事で、これ以上増えないように避妊や去勢手術を受けさせてるんですよ。手術が終わった子は目印に耳をカットするんですが、それがこのサクラ耳です」
紫苑は耳にそっと触れる。
「サクラの花びらみたいだからか……」
「その子は右耳にあるのでオスですね。左にあるのがメスです」
「そうなんだ」
「もしかしたら違う地域もあるかもですが、このへんの子は多分そうだと思いますよ。それにほら、茶トラはオスが多いし、この体格はオスで間違いないと思いますよ」
「リョウは詳しいね」
感心したように紫苑が呟いた。

「いや、ほら、ヒビキの家で猫を飼ってるじゃないですか。猫飼いだしてからヒビキが詳しくなって、俺もよく聞かされてるんですよ」
「なるほどね」
言いながら紫苑は再び猫を撫でる。
「本当に可愛いな。人に慣れてるしノラネコじゃないみたいだ」
「そうですね。地域猫ってみんなが世話してくれているから、本当のノラよりは人馴れしてますよね」
紫苑は目を細めて優しそうな顔で猫を撫でていた。
了はそれが嬉しかった。
「お前は本当に良い子だね、触らせてくれてありがとうね」
了は鼻先にちょんと触れた。
猫は言葉が通じたように『にゃあ』と鳴くと立ち上がった。

「もう行っちゃうの?」
紫苑が淋しそうに声をかけた。
猫は尻尾をピンと立てたまま、鳥居の横にあった緑の植え込みに向かった。
「行っちゃいましたね」
了が言うと紫苑は猫を見ながら頷いた。そしてポツリと呟く。
「猫に触れた……」
「うん、良かったですね」
しみじみと言ってしまった。
普段、紫苑は動物に逃げられてばかりいる。でも今日は猫と触れ合えた。
神様のご利益があったのかなと思った。


帰り道を歩きながら、了は紫苑に声をかける。
「この後はどうしますか? うちに寄ってお茶でも飲んで行きますか?」
「宗親さんにはさっき挨拶したし、今日はもう帰るよ。ちゃんと勉強しないといけないしね」
今日の待ち合わせ場所は尾崎家だったので、先ほど宗親には会っていた。

「父さんは残念がりそうですよね。シオンさんの為にお菓子とか用意してそうですけど」
「うん、そうだね。でもごめん、今日はもう帰るよ。ちょっと考えたい事があるんだ」
「考えたい事?」
了は紫苑の顔を見上げた。
紫苑は空を見るようにどこか遠くを見つめていた。
何か悩みでもあるんだろうか?
そう思った時、紫苑は了に笑顔を見せた。

「今日は本当に楽しかったよ。猫に会えたし、触れたし、これもリョウのお陰だね!」
「え、いや、俺は何も……」
否定して振るリョウの手を、紫苑は両手でつかんだ。
「そんな事ないよ! いつも動物には逃げられてしまうのに、今日は触れた! これはリョウのお陰だよ!」
「大げさですよ」
了はそう言ったが、紫苑の目はキラキラと輝いていた。
「リョウ、本当にありがとう」
美しい顔で微笑む紫苑に、少し見惚れてしまった。
受験勉強の合間、ほんの少しでも紫苑の気分転換になったのなら良かったと思った。




紫苑の受験の邪魔にならないようにと、連絡を最小限に控え、月日が過ぎた。
了としてはあっと言う間の期間だった。
その間にも、いつもの友人達とはいろいろあった。


紫苑の受験が終わり、合格発表があった。
予想通り、紫苑は希望の大学に合格していた。

そして今日、了は久しぶりに紫苑に会う事になっていた。
いつもは紫苑が家まで来てくれるのだが、今日は近くの公園で待ち合わせをしていた。

了は公園に向かう住宅街の道を歩いていた。
まだまだ肌寒いが民家の脇に水仙が咲いているのが見えた。
春なんだなと感じた。

何故、今日はいつもと違う公園で待ち合わせなのだろうと、不思議に思っていた。
直接家ではダメな理由。
宗親がいるから?
そう考えてドキリとした。
二人だけで会って話したい事なんて言うと、告白以外思いつかない。

「いや、でも、まさか……?」
呟いていると公園が見えた。
紫苑は木を見上げながらベンチの前に立っていた。緊張しながら近付く。

了に気付くと紫苑は微笑んだ。
「この木は桜みたいだね。まだまだ咲くのは先そうだね」
「そうですね」
こたえながら紫苑の前に立つ。
「ごめんね、今日はこんな場所まで呼び出して」
「いえ……」
ドキドキしていた。
やはり何か言われるのだろうか。でも了には好きな人がいる。
今更告白されても困ってしまう。

紫苑は了に向き直ると真面目な顔をした。
「実はずっと考えていたんだ」
緊張で身動きできない了に向かって、紫苑は続ける。
「前に一緒に神社に行ったでしょ? その時からずっと考えてたんだ……」
「あの日から?」
紫苑は頷いた。
了も緊張しているが、紫苑も緊張しているように見えた。

「ずっとずっと考えて、どうしたら良いのか、何が一番良いのか、いろいろ考えたんだ。宗親さんに誘われていたように君達の家に下宿して良いのか、俺の望む形でそれは出来るのか、正直、受験よりそっちの方が心配だった。期待と不安で、今まで感じた事がない気持ちになった」

心臓がバクバクと音を立てていた。
これはやっぱり告白だろうか。紫苑は自分の事を……。

紫苑は真っ直ぐに了を見ると、強い瞳で言った。

「猫を飼いたいんだ」

一瞬固まったあとで、了は首を傾げた。
「え? 猫?」
紫苑は頷いた。
「猫って……猫ですか?」
「うん、猫を飼いたいんだ。本当はずっと飼いたかったけど、俺は動物に嫌われてしまうのを知ってたから、無理だって思ってた。でもリョウと初めて会った、あのお見合いのホテルでも、この前の神社でも、俺は猫に触る事が出来た。すごく嬉しかった。それで気付いたんだ。俺が猫に触れたのはリョウのお陰だって!」
紫苑は了の顔を覗きこんだ。

「リョウがいたら、俺は猫に触らせてもらえるんじゃないかって!」
了はまばたきを繰り返す。
「え、えっと、つまり……?」
「俺は出来たら君達の家に下宿させてもらいたい。猫も一緒に!」
了は確認のため訊ねた。

「うちで猫を飼いたいって事ですね?」
紫苑は頷いた。
「リョウは猫を飼うのは反対かな?」
心配そうに聞かれて首を振る。
「いや、俺も猫は好きなんで大丈夫ですよ。でもほら、家主は父さんなんで……」
「もちろん、宗親さんにはもう相談してあるよ! 今回はリョウがどう思うか聞きたかったんだ。もちろん無理強いはしない。猫じゃなくて俺が嫌だから一緒に住みたくないというのなら諦める」
了は手を振って否定する。

「猫も紫苑さんも嫌じゃないですよ。猫と暮らせるなら楽しくなりそうだし」
「良かった!」
紫苑は了に抱きついた。
「わ!」
「ありがとう! リョウ、すごく嬉しいよ!」
抱きつかれた事に困惑したが、紫苑が嬉しそうなのを見ると、良かったと思ってしまった。
そして告白ではなかった事に安堵した。
そもそも、自分が告白されるんじゃないかなど、おこがましい考えだったと反省した。






後日。
了の前には紫苑がいた。
いつもの尾崎家のリビングのソファだ。
了は隣にいる人物を紹介する。

「改めまして、本日の講師の先生であらせられます遠山響君であります」
紫苑は真顔で呟く。
「初めまして」
「いやいや、初めましてじゃないでしょ!」
響が大声で突っ込んだ。
そこにティーセットを持った宗親が現われ、紫苑の隣に座る。
カップが全員の前に置かれた。

「いや、ごめん。改めて紹介されたからつい」
呟く紫苑に了は謝罪する。
「すみません、俺がヘンな言い方したせいで。俺としては今日はヒビキが猫飼いの先輩として、いろいろ助言してくれるという事で、講師とか先生って言ってみたワケです」
「うん、それは分かってるよ。ヒビキ君、今日はよろしく」
「はい」
紫苑に頼まれ、響は大きな声で答えた。

「シオンさんて、猫とか犬とか、今まで飼った事ないんですよね?」
響に聞かれ、紫苑は頷く。
「うん。なんでか俺は動物に嫌われちゃうんだ。それが分かってたから今までは我慢してた。でも今度は大丈夫じゃないかって思ってるんだ」
紫苑は了を見た。
了がいる時に猫に触れたのは、たまたまだと思ったが、紫苑は了に期待しているようだった。
ゲン担ぎというか、おまじないみたいなモノだなと思う。

「この家で飼うんですよね? えっと、おじさんもリョウも了承って事だよね?」
宗親は腕を組んで頷く。
「俺は猫が大好きだ! 口に入れたい位大好きだ!」
「なんで口に入れるの? 怖いんだけど!」
突っ込む了に宗親は真顔で言う。

「単なる比喩と思っているのか? 昔、俺は子猫を実際口に入れた事があるぞ?」
「だから何で口に入れるの!? まさか食べてないよね!」
「なワケないだろ。何で口に入れるかと聞かれれば、かわいいから以外に答えはない。こう、好きだという感情が爆発してギューってしたくて、ギューでも足りなくて、かわいさと愛しさを現したくて口に入れたんだよ」
「その気持ち、俺はわかります!」
紫苑はテーブルに手をついて身を乗り出していた。

「可愛くて可愛くて、抱きしめてギューってしたくなりますし、子猫なら俺も口に入れたいです!」
この人達同類だ。そりゃ動物に嫌われるよ。子猫からしたらトラウマだよ。
了は心の中で突っ込んだ。
もしかしたらこの家で猫に好かれるのは、自分だけなんじゃないかと思った。

「二人の愛は分かりました! 大丈夫そうですね!」
明るく言う響に了は突っ込む。
「わかったの!? むしろ猫が危険だから止めるべきでは!?」
叫ぶ了の肩に響は手を置く。

「まぁまぁ、良い大人なんだから、実際にはもう口にはしないと思うよ。目に入れても痛くないってノリで口に入れても不潔じゃないって位好きだって、俺には伝わったよ。てか、リョウも猫OKなんだよな?」
「それはもちろん、猫は好きだから問題ないよ」
響は微笑んで、うんうんと頷く。

「では猫の飼い方を教えましょう。まずは餌とトイレ。これがあれはすぐに飼えます。でもその前に準備して欲しいのがそこです!」
響は庭に続く掃き出し窓を指さした。

「猫が脱走しないように、すべての窓に脱走防止の柵をつけて下さい」
「脱走防止?」
紫苑が呟く。
「そうですよ、時代は昭和じゃないんです。タマみたいに家の中と外を行き来させて飼うなんて、時代錯誤は禁止です。猫は絶対に部屋で飼う。そして窓を開けた時に脱走しないように、脱走防止も必須です」
響の家に行った時に、窓に柵があった事を思いだした。

「買っても良いですが高くなるので、作るのが良いです。100円ショップの材料で安く出来ますよ。ウチは弟たちの手作りです」
紫苑は真剣な顔でメモを取っていた。
すると横にいた宗親が「フフフ」と不気味に笑いだした。

「この俺を誰だと思っている!? 天下の猫大将軍だ! この家を建てる時には将来の猫ライフも想定済! この家の網戸はすべて猫の爪では破れない専用網戸で出来ている! いつ猫が来ても大丈夫なようにな!」
宗親は高笑いを続けた。

「さすがおじさん! あと、玄関にももう一つ扉が必要ですよ」
「玄関にも?」
紫苑が呟く。
「玄関に何もないと、人の出入りがあるだけで猫逃げちゃいますよ。うちは大丈夫―なんて言ってる家が、猫を脱走させてるんで、二重の扉も絶対ですよ」
メモをとる紫苑の横でまた宗親は笑いだす。

「そこも完璧だよ! 実は取り外し可能の木製の欄間みたいなドアも用意してあるんだ! しまってあるから取り出してハメるだけだ!」
「マジで将来、猫飼う気満々だったんだな!?」
了の言葉に宗親は頷く。

「ああ、まさかこんなに早く夢が叶うなんてな」
「俺が家を出たら、猫でも飼ってのんびりって計画だったんだ?」
「いや、お前が血の繋がらない美形の兄と同居をして、ドキドキの生活を猫と共に送りながら恋に落ちるという夢だ」
「猫以外どこも夢が叶ってないから!」
了は全力で突っ込んだが、紫苑は気にもしていないようで話を進める。

「じゃあ、家の準備はもう出来てる感じだね。あとはトイレとかご飯を買うだけで良いの?」
響は微笑む。
「あとは肝心の猫だね」
「猫」
紫苑の瞳がキラキラと輝く。

「実はもう何度かペットショップを覗いてみたんだ。俺が行くといつもみんなトイレの中に隠れたり、毛布にもぐったりして中々見えなかったけど、でも少しは見えたよ」
紫苑ははしゃいだ声を出したが、響は声のトーンを下げた。

「そっか、ペットショップですか。やっぱり血統書付きとかが良いですか?」
紫苑は首を傾げる。
「何か問題が?」
「いえ、出来れば保護猫が良いんじゃないかと思って」
「保護猫?」
「あ、保護猫は愛護センターとか、動物病院とか保護猫カフェで里親を探している猫の事です。元はノラだったり多頭飼育崩壊から保護されたりした子で、飼い主を探している猫です。どうしても飼いたかった、憧れの猫種がいるなら仕方ないかなとは思うんですが、そうでないなら保護猫がおすすめです」
「シオンさんて、どういう猫が良いとかあるんですか?」
了が聞くと紫苑は即答した。
「どんな子でも良いよ。もちろん保護猫でも!」
宗親が頷いた。
「俺も保護猫が良いと思ってたんだ。今まで辛い経験をした子を、今度は幸せにしてあげたい」
了も頷いた。
保護猫がどういう猫か、少しは知っていた。
多頭飼育で劣悪な環境にいたり、飼い主に飽きられ放置されていたり、外で餌が食べられず痩せていたり、交通量が多い危ない場所で生活していたなど。保護猫は不幸な環境にいた猫がほとんどだ。
そんな子を、今度は幸せにしてあげたいと言うのは大賛成だ。

「じゃあ、保護猫が良いです。俺もその子達を幸せにしたいです! 俺、全部の猫が好きなんで、どの子でも大丈夫です!」
紫苑がそう言ってくれた事が嬉しかった。

紫苑の見た目なら、きっと豪奢な血統書つきの猫が似合うだろう。
なのに保護猫が良いと言ってくれた。
ますます猫を飼うのが楽しみになった。

「いやーシオンさんがそう言ってくれて良かったです。実はうちの家族が通ってる保護猫カフェがあるんですが、ここなんかどうですか?」
響はスマホ画面をテーブルに置いて見せた。

「愛護団体てアヤシイ所もあると思うんですが、ここは俺達家族が何度も通っていて信用できるトコなんで」
紫苑は食い入るように画面を見ていた。
「ほら、猫の紹介ページがあるでしょ? それが詳しいのと、紹介文も愛にあふれてるんですよ」
紫苑は猫画像に釘付けになっている。

「あ、この子かわいいな。ちくわちゃんか。この子もかわいいな。レオ君」
「うーん、どれどれ」
宗親も覗き込む。

「おお、本当だ。かわいい。アゲハちゃんにミルクちゃんにマリアちゃんか」
「なんだろう、父さんが口にすると猫ではなく、夜の店のお姉さんの事にように聞こえる……」
「リョウ、父さんの事なんだと思ってるんだ? 女好きだと思ってるな? 確かに俺は美女が好きだけどな!」
「シオンさん、先に進めましょう。行く日程決めましょう」
了は宗親を無視して話を進めた。






「父さんは、オス猫とメス猫とどっちが良いなって思ってるの?」
夕食時、了は宗親に訊ねてみた。
「もちろんオス猫が良いよ!」
即答だった。
てっきりどちらでも良いと言われると思っていた。
紫苑は会って気に入った子なら、どちらでも良いと言っていた。
響の話ではオス猫はやんちゃだったり、甘えん坊が多いらしい。メスはマイペースで穏やか。見た目も華奢だとの事だった。

「俺はどっちでもかわいいから良いんだけど、何で父さんはオスが良いの?」
了が聞くと宗親は箸を持ったまま拳を握りしめた。
「何でって、夜中に月の光を浴びてイケメンに変身するかもしれないだろ!? イケメン猫に、お前が口説かれるなんて想像したらたまらん! それに他の猫もイケメンに変身したら、イケメン猫×イケメン猫のシーンが見られるかも知れない!」
「どんなファンタジー夢見ちゃってるの!? 絶対にないから!」
人間だけでなく、猫までBL妄想するのかと呆れてしまった。




数日後。
シオンと待ちあわせた了は、宗親と共に予約した保護猫カフェを訪れた。
宗親と紫苑が譲渡希望である事などをスタッフと話している時から、了は猫に釘付けだった。
部屋のいたる所に猫がいて、くつろいでいる。

「ここは天国だね」
紫苑が横に来て呟いた。

利用方法の説明を聞いた後で、さっそく猫と触れ合ってみた。
写真で見ていたちくわちゃん、レオ君、マリアちゃんなどが実際に目の前にいた。

猫じゃらしで遊んだり、撫でてみると、やはり写真で見た時と印象が変わった。
足にスリスリされたりすると愛おしさが爆発する。

「なにこれ、かわいすぎる」
了は呟きながらレオの頭を撫でる。
「マリアちゃんはおとなしいかと思ったら、意外にお転婆さんだな」
宗親がじゃらしで遊びながら言った。
見るとマリアが大きなジャンプをしていた。
「アグレッシブだなー」

紫苑はどうだろうかと見てみた。
じゃらしを持っていたが、側には一匹もいない。

「こ、こうやって動かすと良いみたいですよ」
了は紫苑に猫じゃらしの動かし方を教えた。
猫から見えないように隠したり、生き物のように不規則に動かすと遊んでもらいやすい。
了が動かすと早速一匹がじゃれついてきた。
「楽しそうにじゃれてるね」
紫苑は自分で動かす事を諦め、了の横に座り込んだ。

暫く二人で猫を遊ばせていると一匹の白猫が近くにやってきた。
見ていると、膝を立てていた紫苑の足の下を潜り抜けて、了の背中にコツンと寄りかかってきた。
「!」
「!!」
二人で声にならない声を上げてしまった。
その猫は了の背中に寄りかかったまま、手をペロペロと舐めている。

「この子、俺の足の間を抜けていったよ……」
紫苑は感動していた。
いつも動物には逃げられているのに、この猫は紫苑に怯える事もなく近づいてきた。
それが嬉しかったのだろう。

「あの、この子の名前はなんて言うんですか?」
了は近くにいたスタッフの女性に聞いた。
「その子はキラ君ですね。目がオッドアイなんですよ」
「オッドアイ?」
言われて顔を覗きこんだ。
左右の目の色が違った。右が青で左が黄緑だった。

「キレイな顔をしてるね」
紫苑が呟きながら手を伸ばした。
了は猫が逃げるのではないかと心配で、ドキドキしていた。

キラは紫苑の手が近付くのをじっと見ていた。
その手が額に触れた。
キラは逃げなかった。

了は猫よりも紫苑の顔をじっと見ていた。
紫苑の顔が嬉しそうな笑顔に変わった。

「キラ、キラ君、きみは優しい子だね」
紫苑が呟くのを見て、女性スタッフが微笑んだ。

「キラ君はマイペースなんですよ。他の子が大きな音にビックリして逃げても、この子は気づかないみたいに平気な顔して寝ていたり」
「そうなんですね。それにしても真っ白でキレイな猫ですね」
了が言うとスタッフが頷く。
「そうなんですよ。白い毛がキレイで、オッドアイのキラキラなお目めが魅力的なのでキラ君です」
「キラ君」
紫苑はキラに触れたまま、了を振り返った。

「俺、この子が良いと思うんだけどどうかな?」
紫苑の目がキラキラしていた。





帰り道を歩きながら宗親が紫苑に訊ねた。
「こんな簡単にキラ君に決めちゃって良かったの?他の場所を見に行くとか、もっとじっくり考えても良かったんだよ」
紫苑は首を振った。

「大丈夫です。キラ君で良いです。多分、猫ってどの子もみんなかわいいと思うんですよ。どの子もみんなかわいくて選べないなら、最初に側に来てくれたキラ君がもう運命だったって思うんで、キラ君で良いです。それに俺は今、キラ君に会えてこんなに幸せなんで、キラ君が良いなって思います」
紫苑は本当に幸せそうな顔をしていた。

「宗親さんやリョウもキラ君で良いって言ってくれたけど、本当は他の子が気になったりしてますか?」
紫苑に聞かれ、了は首を振る。
「俺もキラ君が良かったんで大丈夫ですよ。背中に寄りかかってきて、その後、足にスリスリもしてくれて、俺ももうメロメロだったんで」
了が言うと宗親も頷く。

「キラ君、美形さんだしね、俺もキラ君で良かったよ。白い毛並みが王子様みたいだよね」
宗親はムフフと笑っていた。
頭の中で、またおかしな妄想をしてるんだろうなと思ってしまった。
きっと白猫(オス)×黒猫(オス)とか想像しているのだろう。



後日、改めてカフェで面談が行われ、キラは無事に尾崎への譲渡が決定した。
餌やトイレなど、猫を迎える準備がすべて整った後、キラは家に来ることになった。

引き渡し当日、了は学校からダッシュで家に帰った。
紫苑はすでに尾崎家に引っ越してきていた。

了がウキウキで家に帰ると、設置したばかりのケージの中にキラはいた。


「キラ君、いつまでケージから出れないの?」
了が聞くと紫苑が答えた。
「慣れるまではこの方が良いみたいだよ」
「でもオヤツも手から食べたし、慣れるのは早いんじゃないかな」
宗親が言う通りだった。

一週間後、キラは家の中をすべて探検し、すぐに尾崎家に馴染んだ。







紫苑とキラをくわえた新しい生活がスタートした。
最初のうちは見慣れない光景に違和感などもあったが、次第に慣れた。

キラは人見知りする事もなく、宗親にも了にも、そして紫苑にも懐いていた。
了からすると不思議だった。
普段、紫苑は動物に逃げられてしまうのに、キラだけは逃げずに側にいる。

「やっぱり、シオンさんの愛が通じてるのかな?」
ダイニングテーブルで了が呟くと、向かいにいた宗親が頷いた。
「そうだな。キラは普通の猫じゃないからな。シオン君が怖くないってわかるんだろう」
「え、キラって普通の猫じゃないの?」
了が聞くと宗親はニコリと笑った。

「月明かりを浴びるとイケメンに変身するからな!」
「しないよ! 普通の猫だよ!」
「いや、あの子の美貌を見ろ。絶対に魔法にかけられた王子様だぞ!」
「それ父さんの妄想だから!」
突っ込みながら、了はソファにいる紫苑を見た。
その膝の上には、気持ち良さそうに眠るキラの姿があった。

美しい光景だった。
美形の紫苑の膝にいる白い猫。
雑種の元ノラ猫なのに、キラは血統書付きの猫に負けない位美しかった。
二人はよく似ているように思えた。

視線に気付いたのか、紫苑が振り向いた。
キラを指先で撫でながら、紫苑は微笑む。

「キラに会ってから思ったんだ。俺はキラを幸せにするために生まれてきたんだって」

愛の告白のようだと思った。
でもその気持ちは了にもわかった。
猫とすごす幸福。
その幸福の恩返しのために、猫を幸せにしたいと思う。


幸せそうに微笑む紫苑を見て、了も微笑んだ。

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篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け 《あらすじ》 4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。 そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。 平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

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