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〇〇が腐男子で困ってます
しおりを挟むここは冷静になろう。
了はそう考え、自室のベッドで横になっていた。
宗親や隼人のせいで、最近頭がBL脳になっている。
ミズキや奏や蓮太郎に告白されたせいで、同性愛が普通のモノのように思えていた。
でもよくよく考えると、それはまれな事だ。
思ってもいなかった存在。
隼人にキスされた事で動揺し、その動揺を恋愛と勘違いしてしまった可能性が高いのではないか。
そう。
ミズキや奏からのキスなら予測できた事だし、耐性があった。
でも今回は隼人だ。
まさか生徒会長が、好きでもない相手にBLノリの為だけにキスするとは思っていなかった。
そのせいで了は混乱し、その動揺を恋愛と勘違いしたんだ。
「そうだよ、そうに決まってるよ」
了は声に出して言うとベッドからとび起きる。
「よし、理由はわかった。もう動揺なんかしないぞ!」
了は拳を握りしめていた。
翌日。
教室にはミズキと響の他に奏の姿もあった。
「おはよ、カナデが朝からこっちの教室に来てるの珍しいな」
了が言うと奏は頷く。
「そうだね。昨日、リョウの具合が良くなかったって聞いたし、ハヤトさんもどうだったのかなって思って」
「ああ、うん、小清水さん元気だったよ。あと俺も問題ない。すっごい元気」
「リョウも熱があったんじゃないのか? ミズキとカナデが心配してたぞ」
響の言葉に首を振る。
「いや、俺のは勘違い。なんかのぼせてただけっぽい」
「……のぼせてたんだ?」
ミズキが意味深に呟いた。
ドキリとした。
「え、あ、うん……ほら、季節の変わり目ってヤツかな?」
了は視線をそらして机に向かった。
横顔にミズキと奏の視線を感じた。
隼人には出来れば会いたくない。そう思っているのに、今日は生徒会の集まりがあった。
放課後、生徒会室に行くと隼人の姿があった。
しかも他のメンバーは見当たらない。
気まずい。
そう思っているのに、隼人は気軽に声をかけてくる。
「やぁ、リョウ。その後ミズキ君たちとはどうかな? 何か進展したかな?」
「してないですよ!」
了は乱暴に席に座った。
こっちは隼人のせいで、いろいろ考えたり振り回されているのに、当の本人がいつも通りなのが腹立たしい。
「せっかく進展するように俺が体を張ってあげたのに残念だよ」
隼人は両手を組んだ姿勢でため息をついた。
「頼んでないですから! あと勝手な事されて俺は被害者なんですけど!?」
隼人は真顔で首を傾げる。
「被害者? 俺のキスは金を出す価値があると言われているものだぞ。君は何一つ損してないし、被害者でもないと思うぞ。なんなら俺が謝礼をもらっても良い位だな」
「あなたのキスにどんだけの価値があるんですか!?」
突っ込みながらも、確かに隼人のファンからしたら、それ位の価値はあるのかもしれないと思ってしまった。
了の前での隼人はこんな調子だが、一般の生徒から見たら高嶺の花のような存在だろう。
顔も頭も良い生徒会長。
マンガの王子様みたいだ。
そんな人物なら、お金をだしてもキスしたい人間がいるのもわかる気がした。
そもそも当の隼人にとって『キス』にはどれほどの意味があるのだろう。
了にしたのがBL妄想のためというのは分かっている。
好きでもない了に出来るのなら、他の人間にも出来るのだろうか?
いや、してきたのだろうか?
考えながら胸を押さえた。
「あの……」
無意識に声がこぼれた。
「ん?」
見つめられて心臓が早くなる。
「その、小清水さん、俺に簡単にキスしてましたけど、その……あなたにとってはキスって誰とでもするって言うか……たいしたモノじゃない感じですか?」
隼人は即答しない。黙って了を見ている。
無言に耐えられず了は早口で話しだす。
「いや、だから、俺はキスって緊張するし、そもそも好きな人とするモノだと思うし、俺なんかぜんぜん初心者で、キスに慣れてないのに、小清水さんは遊びで出来る程慣れてるのかと思うとズルイって言うか、もうノリで俺にキスするのはやめて欲しいって思うワケで……」
「俺は君とのキスが初めてのキスだが」
「え?」
驚きで息が止まった気がした。
隼人は真顔で言う。
「俺は君意外とキスした事はないよ。そもそも今まで恋愛に興味はなかった」
身体中が熱くなった。
この前のキスが初めて。キスした人間は了だけ。その事実にクラクラする。
「で、でも、小清水さんモテるだろうし……」
「当然だろう」
隼人は無表情で言い切った。
「俺がモテるのは事実だ。告白なんか何百人単位でされている。町を歩いているだけで、格好良いとか素敵とか言われまくっている」
なんだそれ、自慢かよ。そう突っ込みたいのに声は出ない。
「だがしかし、そんな事が多すぎて誰かと付き合っていたらキリがない。そもそも勉強や読書に忙しいから、恋愛などする時間はない。恋愛する位ならもっと多くのBL本やミステリーを読みたいし、生徒会の仕事もある」
BL本読む時間があるなら恋愛したら? と思うが突っ込めない。
「そういう理由で、キスしたのは先日が初めてだし、相手は君だけだ。ああ、君の質問は遊びでキス出来るのかというヤツだったか? それで言うなら遊びでキスなんか出来ないよ。君にしたキスは遊びではない。君とミズキ君カナデ君のBL展開を進展させるために必要な行為であり真剣なモノだからな」
了は自分の顔を押さえていた。
いろいろ突っ込みたい事がいっぱいある。
モテ自慢すごすぎ。BL本読みすぎ。そもそも生徒会の仕事が忙しいんじゃなくて、青少年を非行に走らせないような、世直し行為に忙しいんだろう。
だいたい了と友人達との仲を進展させたいからと言って、隼人自身がキスしてくる意味がわからない。
隼人の言う事はいろいろズレている。
そう思うのに突っ込む気が起きない。
そんな事より何より、隼人が誰とも付き合っていなかった。
キスしたのは了一人だけだという事に胸が熱くなった。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
否定したいのに、そんな気持ちが胸の中からわき上がる。
隼人の初めてのキスは自分だった。他に恋人がいない。そう思うと自分だけが特別なんじゃないかと思えてしまう。
了は顏を押さえたまま上げられなかった。
こんな顔を隼人に見せるわけにはいかない。
きっと好きだっていう気持ちがバレてしまう。
了は生徒会の机を見ながら思った。
認めたくはないが、きっとそうなんだろう。
自分はやっぱり隼人の事が好きなんだ。
「リョウ?」
黙っている了を訝るように隼人が声を出した。
了は顔を上げる。
「小清水さんがモテるのは良くわかりました! あと俺にキスした理由もわかったんで、それはもう良いんで、今後はそういう事しないで下さいね!」
「え、駄目なのか?」
隼人は真顔で首を傾げた。
「いや、それはダメに決まってるでしょ!?」
了が突っ込むと隼人は笑った。
「はは、言ってみただけだよ。さすがにもうしないよ。これ以上君にキスしたら、ミズキ君やカナデ君に殴られそうだからな」
言われたセリフは相変わらずの物だが、隼人の笑顔が眩しく見えた。
「……さっきからなんの話をしているんだ?」
静かにドアが開き、生徒会副会長のミツルが現れた。
ギクリとした。
今の会話を聞かれていた? どこから?
ミツルからは負のオーラが発せられていた。
「あ、えっと……何でもないですよ」
了は誤魔化そうとした。けれどミツルは目を細める。
「どうも君がハヤトとキスしたと聞こえたんだけど?」
「い、いや、してない……」
「そうだ。キスした」
了が否定するより早く、隼人が答えた。
その瞬間、ミツルは了の背後に立ち、首を腕で圧迫していた。
「なんですかこの人、アサシンですか!?」
了は命の危機を感じて叫んだ。
ミツルは素手でバスケのボールを破壊する程の力を持っている。
隼人は軽く片手を上げた。
「ああ、大丈夫。ミツルが怒る必要はないよ。俺が意味あってした事だからな」
隼人が言うと、ミツルは了を開放した。黙って自分の席につく。
だがその目は了を睨みつけたままだった。
「次にお前がハヤトを襲ったら始末するからな」
「この人がキスしてきたんだから、襲われたのは俺なんですけど!?」
叫んだが、ミツルの目は冷たいままだった。
了はため息をついた。
仕方ない。ミツルにとって隼人は恩があり尊敬する存在だ。そんな隼人が了とキスしたと聞いて面白いハズはない。
そう考えてハッとした。
本当にそれだけだろうか?
もしかしてミツルは隼人の事を、恋愛として好きな可能性があるんじゃないか?
了は頭を抱えた。問題がいろいろありすぎる。
他の生徒会メンバーが揃うと、今日の会議が始まった。
内容に集中出来ないまま時間が過ぎた。
了はほとんど意見を言う事もなく、生徒会の集まりは終わった。
誰にも捕まらないように、そそくさと一人で帰途についた。
了は歩きながらも考えを巡らせていた。
隼人への恋心を自覚したばかりだが、これは完全な片想いだ。
隼人は、了と他の男子との恋を応援している。
自分が付き合おうとはまったく思っていない。
隼人は言わば読者の立場でBLを楽しみたいだけなんだ。
今までは父が腐男子で困っていたが、今後は好きな人が腐男子で困るという状況だ。
それに生徒会には隼人を尊敬し、もしかしたら好きなのかもしれないミツルがいる。
しかもミツルは元ヤンでほぼアサシンだ。
今までも普通ではなかったが、今後はもっととんでもない学生生活が待っているのではないかと心配になった。
人生初の恋をした。と思うのだがウキウキした気分にはなれなかった。
相手はとても両想いにはなれそうもない隼人で、しかも自分に好意をよせてくれている友人もいる。
いったいどんな顔で彼等に会えば良いのかわからない。
了はため息をつきつつ家の玄関を開けた。
「ん……」
目に入った靴に来客を悟る。
いつもは隼人や紫苑が、遊びに来ている事が多い。
たまに蓮太郎がくる事もあるが、靴の様子からして、今日の客の予想が出来た。
綺麗に磨かれた高級な革靴。
こんなのを履いているのは、宗親の他には一人しか思いつかなかった。
リビングに行くと久しぶりにワタルの姿があった。
ワタルは宗親の学生時代からの友人だ。
宗親とは趣味が合わない事が多いようだが、それなりに今は上手く付き合っている。
スポーツマンみたいに精悍な顔立ちだが、親しみやすい人柄だ。
二人はすでにワインを開けて飲みだしていた。
「やぁ、リョウ君、お邪魔してます」
ワタルは笑顔で近寄ってきた。
「今日もリョウ君は美形だね。というか前より美人さんになったんじゃないかな? あ、もしかして恋でもしてるとか?」
肩を掴んで聞かれてドキリとした。
なんで図星をつくんだ? 顔に出てるか?
了が動揺していると、宗親がワタルの手を払いのけた。
「俺のリョウに触るんじゃない! 俺はオヤジ攻めは好きじゃないって言っただろう!? あとリョウが美形なのは生まれつきだ! 俺の息子だからな!」
完全に酔っ払っているな。了はそう思い二階の自室に向かう。
途中で宗親の声が聞こえてくる。
「リョウ、晩御飯は出来てるから、カバン置いたらおりて来いよ」
「了解」
夕飯は酔っ払ったワタルと宗親と一緒に食べる事になった。
二人はすでに白ワインを一本空けていて、今は赤ワインを飲んでいた。
「そうだ、リョウ君にお土産があるんだ」
ワタルが取りだしたのは缶ビールだった。
「……」
ドン引いて無言でいると、ワタルは手を振った。
「ごめんごめん、間違えちゃった。こっちだよ、こっち」
了は出された紙袋を受取った。
「ありがとうございます。大きいですね、何だろう?」
了は四角い絵画みたいな物体を引っぱり出した。
「……」
出てきたのはポスターサイズの宗親のコスプレ写真だった。
昔に撮った写真だろう。宗親はまだ20代に見えた。
仮面を抱えてマントを翻している。
メイクをしているのか妖艶さが際立っていた。
「ほら! このムネチーのコスは最高だろ!? 俺の持ってる写真で一番エロいんだよ。ぜひ部屋に飾ってくれ!」
「飾りませんよ!」
了は叫んだ。
普段なら突っ込みそうな宗親が、酔っ払っているせいかケラケラと笑っていた。
面倒だから夕飯を食べ終えたらさっさと部屋に戻ろうと思った。
了が黙々と箸を動かしていると、ワタルが顔を覗きこんできた。
「さっきの話の続きだけど、もしリョウ君に好きな人が出来たら、俺に相談してくれて良いからね。実の父親には恥ずかしくて言えない事も他人には言えるってあるでしょ?」
思わず箸を持つ手が止まってしまった。やっぱり顔に出ているんだろうか?
「おじさんが人生の先輩としてアドバイスするからさ!」
この人、昔から父さんに片想いしてたよね? この人にアドバイス受けても意味ないんじゃない?
そう考えるとカタコトの返事になってしまった。
「……アリガトウゴザイマス」
「ワタル、リョウに近づくなって言ってるだろう!」
宗親はワタルを引っ張り、了から離した。
「だいたいリョウに恋愛相談は不要なんだよ。この俺の息子で、これだけの美貌だ。顔だけで相手を落せるに決まってるからな!」
そんな簡単なワケないだろうと言いたかった。
顔なんか人それぞれ好みというモノがあるんだ。
顔が好みじゃなかったら、それこそどうして良いのか分からない。
中身を見てくれ?
いや、中身なんかもっと難しい。
自分は人に誇れるような内面を持っているのだろうか?
隼人は顔や頭が良いだけではなく、いつも誰かの力になっている。
みどりの事だって、下僕扱いはしているがストーカーを辞めさせている。
ミツルの事だって更生させているし、図書室で会った生徒も隼人に救われていた。
そう考えると、了は自分が隼人に相応しい人間とは思えなくなってきた。
隼人の横に立つのにふさわしい人物は、他にいるんではないだろうか。
「あのさ、好きになった人と自分が釣り合わないとかって思う事ある?」
了は真面目に宗親に訊ねた。
宗親の目が変わった。
さっきまでの酔っぱらいの顔ではなくなった。
「釣り合うとか関係ないんじゃないか?」
答えたのはワタルだった。
ワタルは穏やかな顔をしていた。
了がワタルを見つめていると宗親が頷いた。
「俺もそう思う。好きな人と釣り合うかなんて誰が決めるんだ? お前は他人の評価で納得するの? 好きな人が、お前が良いって言うんなら釣り合ってなくても良いんだよ」
迷いが晴れた。そうだ。釣り合うかどうかの判断を、他人にされたって関係ない。
当人同士が想いあっていればそれだけで良い。
「というか、リョウは顔も性格も良いからな! カナデ君でもミズキ君でもシオン君でもお似合いだぞ!」
「別にカナデ達を想定して話してないから!」
宗親がいつものノリになったので、了も普段と同じように突っ込んでいた。
「じゃあ、やっぱりハヤト君か! ハヤト君なんだな!?」
「ち、違うから!」
了は全力で否定した。
宗親が本気で隼人だと思って言っているのか、ノリで言っているのか分からなかった。
ただ今は必死で誤魔化した。
その横でワタルが言う。
「リョウ君はそんな事で悩んでたのか、かわいいな。おじさんは釣り合うとか釣り合わないとか、身分違いとかもぜんぜん気にしないよ。男同士も年の差も気にしないからね。さ、俺の事が好きなら、この胸に飛び込んできて良いよ!」
ワタルは了に向かって両手を広げて見せた。
「いや、男同士も年の差も俺は気にするんで。あとワタルさんの事、恋愛って意味で好きじゃないんで……」
了が否定している途中で、宗親がワタルに跳び蹴りをした。
ワタルはさっとよけた。
「危ないよ、ムネチー!」
「リョウにセクハラするんじゃない!」
「父さんはいつも俺にしてるけどね」
了の突っ込みを無視して、宗親はワタルに対峙する。
「リョウを狙う事は許さないからな」
ワタルはワイングラスを片手に持って、楽しそうに笑みを浮かべた。
「おやおや、宗親君は息子のリョウ君に嫉妬してるのかな? もう、照れ屋さんだな。本当は俺の事が大好きなんだな。でも安心しろ。俺の一番はいつでも宗親だよ」
「キモい事言うなよ……」
心底嫌そうに宗親は呟いたが、ワタルは動じない。
「ムネチーは素直じゃないな。今晩抱いてあげようか?」
「ムリ、吐く、キモすぎる」
「えームネチー冷たいよー」
いつもの二人だった。
了は二人の漫才を横目に食事を終えると、二階の自室に向かった。
宗親とワタルは今もふざけ合いながら、楽し気に飲んでいるようだ。
今日はワタルは泊まっていくのかなと思った。
風呂に入った後でベッドに寝転んだ。
時刻は21時を過ぎている。
宗親とワタルのお陰で、隼人と不釣り合いなんじゃないかという不安は晴れた。
けれどそもそも了は、隼人と付き合いたいと思っているのか分からなかった。
好きだという自覚をした。
でもとても両想いになれるとは思わない。
ならば片想いは片想いとして、今まで通りに過ごすという事で良いんではないか。
告白だってする必要はない。
「そう、今まで通りで……」
枕元に置いていたスマホが振動した。
見ると奏からのメッセージだった。
『今日はダンスのレッスンだったから疲れた。帰りが遅くなったけど、夜空がキレイな事に気付いてラッキーだったかも』
綺麗な星空の写真が添付されていた。
更にメッセージが続いた。
『キレイなモノを見るとリョウを思いだすよ。会いたいなって、会って一緒に見たいなって思うんだ』
奏のメッセージを見て泣きそうになった。
今まで通りで良い?
ミズキや奏にも何も言わない?
それは間違いではないんだろうか?
了は隼人の事を諦めて、二人の事を考える方が良いのではないかと思った。
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