父が腐男子で困ってます!

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猫とウサギ

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この日、了は遠山家を訪れていた。
響の弟二人が猫とウサギを飼いだしたとの事で、それを見に来ていた。

「うっわ! ウサギだ! 猫だ! どっちもかわいい!」
了のテンションは上がっていた。基本的に動物は全部好きだ。
毛がふわふわしている動物は特に好きで、見ているだけでも癒される。

「はい、リョウ君、俺のウサギのラビを触ってみてよ」
「リョウ君、俺の猫の虎徹を触ってよ」

巧は茶色のウサギを、ユキオは茶トラの猫を抱っこしたまま言ってきた。
「えっと?」
了は横にいた響を見た。諦めきったような顔で言われた。
「うん、好きな方を触ったら良いよ」
「じゃ、じゃあ……」
了が猫の額に振れようとすると巧が言った。

「なんだよ、やっぱりリョウ君も猫が良いのかよ?」
「え……」
巧は恨めしいといった感じの目で見つめてきた。
「い、いや、どっちがってワケじゃないよ。じゃ、じゃあ、ウサギで……」
ウサギに触れようとしたらユキオが呟いた。
「虎徹が先じゃないんだ? 最初はこっちだって期待させておいて、裏切るんだ?」
「え、えっと?」
困惑している了の両脇から、ミズキと奏が現れた。
ミズキがウサギを、奏が猫を抱きあげてそれぞれ言う。

「ウサギを抱いたのは初めてだ。かわいいね」
「虎徹ちゃん、初めまして。うわ、かわいいな」
二人はモフモフの動物を堪能しているように見えた。
でもおそらくは二人共、困惑していた了を助けてくれたのだろう。

横でこっそり響が呟く。
「いや、実はあの二人は今、どっちのペットがかわいいか競ってるんだよ。単に親バカ状態なんだけど」
「うん……」


響に聞いた話によると、最初にユキオが猫を拾ってきて飼う事になった。
虎徹と名付けてかわいがっていた所、あまり触らせてもらえなかった巧が怒ってしまい、ウサギを飼いたいと言いだした。
平等にという事で二匹の動物を飼いだしたのだが、それぞれが自分のペットの方がかわいいと言い争っているのだという。

「どっちもかわいいと思うけど」
「ま、そうなんだけどさ、今はあの二人は敵対中なんだよ。敵対中というか、敵対中という遊びって感じだけど」
「なるほど」
仲が悪いのではなく、競う事自体を楽しんでいるんだろう。

「リョウ君も触って良いよ」
巧に言われて、了はウサギと猫を同時に触った。
どちらにも気を遣った結果だった。

「ミズキ君、こっちでラビと遊ぼうよ」
巧がウサギを抱くミズキの手を掴んだ。
ユキオは奏の服を掴かむ。
「ソファに猫を置いて撫でるのがおすすめだよ」

「「リョウ君もこっちだよ!」」
二人の声がハモった。巧とユキオがそれぞれ了の手を掴んでいた。

「これはいわゆる大岡越前というヤツでは?」
了は呟いたが巧とユキオには通じなかった。

「リョウ君はこっちの部屋でウサギとミズキ君と遊ぶよね?」
右手を掴んでいた巧がクリクリの大きな目で聞いてきた。
左手を掴んでいるユキオが力を込める。

「リョウ君はリビングのソファで、猫と奏君とイチャイチャする方が良いよね?」
「イチャイチャ?」
了が聞き返すとユキオは笑顔を見せる。

「そう! カナデ君とソファでイチャイチャするでしょ?」
「なんで猫じゃなくてカナデになってんの!?」
つい子供相手に突っ込んでしまった。

「ちょっと、勝手な事するなよ! リョウ君はミズキ君と付き合うんだから!」
「は? 変な事言うなよ! リュウ君はカナデ君のモノなんだよ。二人は恋人になるんだよ!」
「恋人になるのはミズキ君ですー。カナデ君じゃないんですー」
ユキオと巧が言い争っていた。

「なんか話がおかしな方向にいってるんだけど?」
了は助けを求めるように響を見た。
「いやーごめん、なんか俺が知らないうちに二人がミズキ派とカナデ派に分かれててさ。ま、別に問題や害はないから放っておいたんだけど」
「え、俺に問題あるんじゃない? 今凄い困ってるんだけど?」
響は顎をつまんで考えるような顔をする。
「うーん、ここはもうミズキかカナデか選ぶのはどうだ?」
「いや、無理に決まってんだろ!」



了は右手を掴んだままの巧の目を見る。
「俺はどっちも親友だと思ってるし、どっちも同じ位大好きなんだよ。だから片方は選べないよ?」
巧は鋭い目を向けた。
「そういう回答は残酷だと思うよ。ヒビキ兄ちゃんの言う通り、選んだ方が良いと思うよ」
「え?」
横にいたユキオも言う。

「俺もハッキリ選んだ方が良いと思うよ。気持ちがわからないって言うなら、二人にキスしてどっちのが嬉しかったか試してみたら?」
「そういう事はしてはいけません!」
了は全力で言った。

「でもほら、カナデ君はしても良いって言ってるよ」
「え?」
見ると奏が猫を抱いたまま頬を赤らめていた。
「リョウがしても良いならキスしたいな」
「いやいやいや、ないでしょ? え、だって俺はミズキともキスするって事だよ? それでもカナデは良いワケ?」
「あんまり嬉しくはないけど、ミズキなら親友だし、まぁ、許せる範囲だから」
「カナデ君、正気に戻って!」
了は助けを求めるようにミズキを見た。ウサギを抱いたままミズキは首を傾げる。
「リョウが良ければ俺は問題ない」
「いや、問題あるでしょ! キスしたって気持がわかる保証はないし!」

「じゃ、フリータイムを設けてあげるよ」
「へ?」
了はフリータイムと言いだしたユキオを見た。
「今から猫とカナデ君とリョウ君でそっちの部屋で二人きりで話すの。後でミズキ君と交代して、どっちと盛り上がったかで決めればいい。ほらお見合い番組でよくあるでしょ? そういうの」
「テレビの見すぎだよ……」
了は力なく突っ込んだが、巧が勝手に叫んだ。
「んじゃ決定! リョウ君頑張って!」
巧に隣の和室に押しこまれた。
猫を抱いたままの奏もユキオに押しこまれ、ドアを閉められた。

リビングにはみんないるのだが、この部屋には奏と二人きりという状況を作られてしまった。
仕方なく了は畳の上に座った。
奏も座ると猫を置く。
「なんで猫も一緒なんだろ?」
了が呟くと奏が猫を撫でながら言う。
「話のネタにとか?」
「初対面じゃないし、話題に困らないのに?」
「でもほら、新しい面が見られるって言うのはあるのかも」
奏は屈み込んで猫の顔を見ながら言った。その顔がとても優しい穏やかなものだと気付いた。
確かに普段見ない表情だった。
金に近い茶色の前髪が、茶トラの猫と似ているように思えた。

「虎徹って新選組のアレかな?」
了が言うと奏は首を傾げた。
「新選組ってなに?」
普段から本を読む了は当然幕末もおさえてあった。討幕派主役の本も佐幕派主役の本もどちらも読んでいる。
幕末の中でも特に新選組と坂本龍馬は有名で人気だ。

「新選組局長の近藤勇が持ってた刀の名前だよ。長曽根虎徹って名前の刀なんだよ。まぁ、ニセモノだったって噂もあるけど」
「ふーん、刀の名前なのか。鋭い爪してるのかな?」
奏は虎徹の前足を掴むと、ぎゅっと握って爪を出してみせた。
了は驚いた。
「意外と大胆だな。初対面の猫にそんな事、俺なら出来ない」
「え、そう?」
「そうだよ、怒って引っかかれたりするかもしれないだろ?」
「しないよ。な?」
奏は虎徹の鼻に自分の鼻をくっつけて頭を撫でた。
キュンとした。猫と仲良しとか癒される光景だ。
了は慌てて胸を押さえた。
いけない。これではユキオの作戦通りじゃないか。
冷静になろう。

「カナデってヒビキの弟のユキオ君といつの間にあんなに仲良くなってたんだ? なんか懐かれてなかった?」
了が聞くと奏は頷く。
「この前、家に遊びに来た時に連絡先交換してたんだよ。結構マメに連絡くれるから、今は普通に友達って感じかも」
意外だった。人間嫌いの奏の心を開かせるとはさすが響の弟だ。

了は改めて奏と猫を見た。
奏は優しい目で猫を撫でている。猫も目を細めて気持ち良さそうに見える。
「カナデって猫好きなんだな」
「うん、そうだね。人間と違って動物は正直だから、なんか安心する」
「でも猫って気まぐれだし現金じゃない? 餌がある時は来てくれるけど餌がないと無視するとか」
奏はクスリと笑った。
「ノラ猫を餌付けしようとした事があるんだ?」
「うん、まぁ」
昔近所の猫に好かれようとしたら、餌がある時しか遊んでもらえなかった。

「俺は現金な所も裏表がなくて好きなんだけどね。あとずっと餌付けて仲良くなったら、餌がなくても遊んで欲しいっていつでも寄ってくるようになるよ」 
意外だった。今のは明らかに経験談だ。

「カナデも猫に餌をあげてたんだ?」
奏は笑って見せる。
「昔は友達がいなかったからね、猫位しか心を開けなかったんだよ」
美形で芸能人の奏は、そのせいで人間関係で嫌な思いをしていた。
そんな頃に一人で猫と遊んでいたのだろう。
昔の奏の気持を想像すると胸が痛んだ。

「でも今は俺達がいるからな!」
思わず力がこもった。
顔を覗きこむようにして見つめていると、驚いたような顔をしていた奏が微笑んだ。
「うん、今は良い友人に囲まれて幸せだなって思うよ」
奏の笑顔に安堵した。
「それに今は虎徹もいて、すっごい癒されてる」
本当に今の奏は幸せそうに見えた。

「みゃあ」
猫は一声出すと奏の膝に前足を置いた。
「ん、どうした?」
顔を寄せて猫に話しかける奏を見て、了は目を細める。

「虎徹がカナデの事、好きだって言ってるよ」
「え、そうなの? 俺、今告白された?」
「うん、されてた。大好きって聞こえた」
了はノリノリで答えた。
奏は猫を抱きあげて目線を合わせる。

「そっか、虎徹は俺の事が好きなのか? でもごめんな、俺はリョウの事が好きだからさ。お前は二番目だ」
ドキリとした。
猫を床に置くと奏は了を見た。
ストレートな言葉に心臓が大きく脈打っている。
いつの間にか猫が了の方にやってきていた。
足にすりつく猫の頭を無意識に触る。

「俺もリョウに触りたいな」
「え……」
奏の顔が近づいてきた。
「え、あの……」
近づく金茶の前髪が猫の毛を思わせた。先ほど奏と虎徹が鼻をつけていたシーンを思いだす。
あれは鼻チューというヤツだ。
奏は鼻チューをしようとしている? いや、これは。
唇が触れると思った時だった。

「はい! 交代の時間だよ!」

ドアが開いた時、了は猫を抱きしめていた。 
どうやら無意識に奏との壁として抱いていたようだった。
了は猫の顔を覗きこんだ。
「虎徹! 側にいてくれてありがとう!」
最後にもう一度ぎゅっと抱きしめた。開放されると、虎徹はユキオの元へ歩いていった。

「……おかしいな。カナデ君と仲良くして欲しかったんだけど、虎徹とリョウ君が仲良くなってる」
猫を抱きながら訝しむユキオを見て、奏が苦笑していた。
了はキワドイ所を見られなくて良かったと思った。


「じゃあ、今度はミズキ君とのフリータイムだから!」
巧が奏を引っ張り出すと、部屋にミズキを押しこんだ。
ミズキの腕にはウサギがいた。

ミズキは座ると茶色のウサギを畳に置いた。ウサギはちょこちょこと動き回る。
「俺、ウサギ飼ってる家に来るの初めてだよ。あんまり会った事ないからウサギ見るのって新鮮だ」
了は観察するようにウサギを見た。
目は黒くて大きく、始終鼻をヒクヒクと動かしている。

「名前はラビだって聞いたよ。猫の虎徹とは仲良しらしいよ」
ミズキが説明してくれた。
「耳はそんなに長くないんだな」
もちろん猫よりは長いのだが、アニメやイラストで見る程長いわけではない。
了は恐々手を伸ばした。
「大丈夫かな、逃げないかな?」
了が聞くとミズキが頷く。
「あのタクミ君のウサギだからね。すっかり人間に慣れてるみたいだよ」
了は安心して触ってみた。ふわふわだった。初めてのウサギの感触を堪能する。

「あれ、そう言えばウサギの目って赤いんじゃないんだっけ?」
今触っているラビは茶色の毛に黒い目だった。
「さっきタクミ君がいろいろ教えてくれたけど、ウサギも種類がいっぱいあるみたいだよ。赤い目のウサギは白いウサギだよね?」
「あ、そうか。ウサギってそういうイメージだったかも」
ウサギと言えば雪で作る白ウサギのような姿を想像していた。

「白い毛に赤い目は多分アルビノのウサギだと思うよ」
言われて初めて気付いた。
そうだ。白い体に赤い目はアルビノの特徴だ。
虎など他の動物ならすぐにアルビノだと気付くのに、ウサギはそれが普通だと思い込んでいた。
自分は今までウサギの事をあまり知らなかったんだなと思った。

「ウサギって何食べるんだろう?」
「主食は牧草らしいよ。あとこの子はリンゴが好きらしいよ」
「ミズキ詳しいな」
感心しているとミズキは頷く。
「さっきまでタクミ君にレクチャーされてたからね」
巧がすごい勢いで話し、ミズキが一言も口をきかない様子が想像出来た。

「そうだ、写真撮ろう」
了はスマホを出した。
「はーい、ラビちゃんこっち向いてねー。あーダメだってこっちだって。うん、よしよし、良い子でしゅねー」
上手く撮れた画像に満足する。
普段ウサギに会う機会はなかなかないので、誰かに画像を送りたくなった。
一瞬、宗親の顔が浮かんだが、画像は別の人間に送っておいた。

「さっきの虎徹も撮っておけば良かったな」
「リビンングに戻ったら撮ったら良いんじゃないか?」
「うん、そうする」
言いながら了はウサギを触るミズキの写真を撮った。
「俺の写真なんか撮って楽しい?」
了は笑顔で答える。
「うん、楽しいよ」
「俺は表情が乏しいってよく言われるし、楽しいとは思えないけど」
「乏しくなんかないよ。ミズキって普段クールだけど、動物の前だと優しい顔してるのがわかるし、今も楽しそうにニコニコしてたじゃん」
ウサギを触っていたミズキの動きが止まった。

「今、俺が笑ってたとしたら、リョウが可愛いかったせいだよ」
「え?」
かわいいなんて言われて驚いた。というか照れた。
「な、なんだよ、俺がかわいいわけないだろ?」
「可愛かったよ。ウサギに一生懸命話しかけててさ」
了は自分の顔を覆った。
さっきのアレか。つい動物に甘えた声で話しかけてしまった。
気をつけないといけない。

「さっきの言葉は忘れてくれないかな?」
「嫌だよ。可愛いかったから記憶しておく。確か『良い子でしゅねー』」
「ちょっ、口にしないで!」
覆っていた手を外したら、すぐ側にミズキの顔があって驚いた。
「ミズ……」
開いた唇にミズキの唇が触れると思った。
その時、手にしていたスマホが震えた。

「あ、メッセージだ!」
大げさに言って振り返った。

「え、どうしよ……」
内容を見ると了は呟いた。
肩越しにミズキが声をかけてくる。
「何か困った事が起きた?」
「いや、そうじゃないよ」
振り向いて答えて、また顔が近い事に驚いた。体が熱くなる。

「そんなに警戒しないでよ。リョウが良いっていうまで変な事はしないよ。だから……」
ミズキはスマホを持ったままの了の手を握った。ドキリとした。

「だからリョウに良いって言って欲しいな」
「な、なにを?」
言って気付いた。これは聞いてはいけない言葉だと。
ミズキの口が動く。
「キ……」

「はーい、時間です!」
扉を開けてユキオが叫んだ。そのユキオに巧が文句をぶつける。

「ちょっと待ってよ! まだ早いよ! あと30秒あればミズキ君がリョウ君を落とせてたんだから!」
「落とせてないですー。今の勝負はカナデ君の勝ちですー」
二人は火花を散らせていたが、やがて了を見る。

「「で、どっちの方が好きかわかった!?」」
二人の他に、ミズキと奏にも、じっと見られている事に気付いた。
しかもよく見ると響の母といずみまでいて、両手を組んで祈るような目で了を見ていた。

「え、いつからみんな居たの? もしかして会話聞こえたりしてないよね?」
「いや、会話までは聞こえてない。こっちの部屋はテレビもついてたし」
響がそう言ってくれた。
「でもなんとなく気配は感じるんだよな……。こっちの腐女子と弟達は耳をダンボにしてたし」
みんなの視線を浴びた了は焦った。
その時、持っていたスマホの事を思いだした。

「あ、あのさ、シオンさんが今からこの家に来たいって言うんだけど良いかな?」
了は響に問いかけた。
「え、シオンさん? 別に良いけど急にどうした?」
了はスマホを翳して見せる。
「さっきウサギのラビの写真を送ったんだ。そしたら見に来たいって連絡があったんだ。あの人、動物好きなんだけど、なかなか触れ合う機会がないみたいで動物に飢えてるんだ」
「ふーん、動物好きなんだな。別に良いよ。ウチはお客さん大歓迎だからさ」
「ありがと、じゃ、連絡しとく」
了はスマホに文字を打ち込んだ。

「もしかしてまたイケメンが来るの? ちょっとお母さんメイク直してくるわ」
響の母親が顔を赤らめていた。いずみは呆れたように言う。
「もう、お母さんは関係ないんだから! それよりまた素敵な人が現れたら、私はBL妄想が止まらなくなりそうで怖いよ」
「俺はお前ら二人が怖いよ」
響が冷静に家族に突っ込んでいた。

「えっとシオンさん、もう向かってるみたいだから、俺、ちょっと駅まで迎えに行ってくるよ」
「「俺も行くよ」」
奏とミズキに同時に言われた。
「ん、大丈夫。二人は虎徹とラビと遊んでたら良いよ。今度は逆の子触りたいんじゃない?」
二人は互いを見つめ合った後で頷いた。

「実はウサギも触ってみたかったんだ」
奏が言うと、隣でミズキも頷いていた。



駅で紫苑と合流すると、車道脇の道を歩いて遠山家に向かった。
紫苑と会うのは久しぶりだった。
紫苑は受験生なので、あまり頻繁に会うのは良くないかと、連絡なども気遣って少なめにしていた。

「今日は連絡くれてありがとう」
紫苑はいつものように、穏やかで美しい笑みを浮かべた。
相変わらず綺麗な人だと思った。
その顔が少し浮かれて見える。

「嬉しそうですね、そんなにウサギに会うのが楽しみだったんですか」
「違うよ、リョウに会えたのが嬉しいの」
「えっ」
反応に困るような言葉だった。でも紫苑に他意はないのだ。普通に兄弟みたいな気持ちなんだろう。
「でもウサギも楽しみだったんじゃないですか?」
「うん、それはもちろんね。ウサギかぁ、かわいいんだろうね」
紫苑は嬉しそうに目を細めていた。

ふと見ると、前方から犬を連れた男性が歩いてきていた。
もう少しですれ違うと思った時、急に犬が吠えだして左側の道に曲ろうとした。

「え、どうしたんだよ、ハナ太郎。そっちじゃないよ。まっすぐだよ」
飼い主が引っ張るのに、犬は足を踏ん張って左に曲ろうとしている。
「キャ、キャウーン」
死にそうな声を出している犬の目は、紫苑を見ているように見えた。
「……」
「ど、どうしたんだよ? いつもは良い子なのに、わかったよ。そっちに行けば良いんだろ!」
散歩の男性は犬に引きずられるように、左に曲っていった。

「……今の犬って、俺の事、避けてたのかな?」
悲しそうな紫苑の呟きに、了は慌てて手を振って否定する。
「そんな事ないと思いますよ! あっちに肉屋とかあるんですよ! きっと!」
「……そう、かな? それなら良いんだけど」
やっぱり紫苑は動物に嫌われやすいんだろうか。
動物に教えてあげたい。
紫苑は不器用なだけで、決して怖い人間ではない。サイコパスではないんだよ。
多分……。


急な坂道を上がり、遠山家に辿りついた。
「「いらっしゃい!」」
巧とユキオが迎えに出てきた。
「うわ! またすごいイケメンだ! 何この人? なんとか財閥の御曹司? 亡国の王子?」
「違うよ、タクミ。この体形はどう見てもフィギュアスケーターだろ!」 
どれもお母さんのやってるBLゲームのキャラクターかなと思った。
だが御曹司はちょっと惜しい。

「初めまして。俺はただの高校三年生。受験生の藤森紫苑です。はい、これお土産のケーキだよ」
二人はお土産を受取ってニコニコだった。
紫苑は一瞬で二人の心をつかんだようだった。


リビングに行くと、ソファにいた奏とミズキが紫苑を見て会釈した。
隣の和室ではいずみと母親が手を握り合って興奮している。

響が笑顔で紫苑を出迎えた。
「シオンさん、久しぶりです。リビングでゆっくりしてって下さい。あ、これがウサギのラビです」
足元にいたウサギに紫苑の目が輝く。

「うわー、ラビちゃん!」
紫苑がしゃがみ込んだ時、今まで床にいたウサギが立ち上がった。
ピンと耳を立てた、明らかに威嚇のポーズだった。

「え、え、何事? 今までラビがこんな風に立ち上がったの見た事ないんだけど!?」
響が動揺していた。
それを見てユキオと巧が言う。
「シャーって言ってるよ。ラビのこんな姿初めて見た」
「よっぽど何か怖いのかな?」

「……」
了は何も言えなかった。
笑顔が固まってしまった紫苑を、どうやって慰めようかと考えた。

紫苑が動物に嫌われるのは間違いないようだった。


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