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お泊り
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蓮二郎が帰る日の前日。
宗親がお別れ会をすると言いだした。
その場に招かれたのは蓮太郎と隼人の二人だった。
隼人と蓮二郎はすっかり友達になっていたようで、互いの連絡先を交換し別れを惜しんでいた。
家を訪れた蓮太郎は、隼人を見るなり呟いた。
「え、何このイケメン? リョウの側にこんなイケメンがいるの?」
何故かショックを受けている蓮太郎に、了は首を傾げる。
「レンも負けない位の美形だよ。そんなに落ち込まなくても良いと思うけど、あ、もしかしてレンって自分が世界で一番のイケメンだと思ってた? 他の美形はライバルで気に入らないとか?」
「違うよ。そうじゃなくて、僕は君をこの顔で落とせると思ってたというか、この顔は有利に働くと思ってたんだよ」
蓮太郎は真顔で言った。
その横で隼人がトドメを刺す。
「リョウの側には俺に負けない位の美形がもっとたくさんいるよ」
「まさか!?」
世界の終わりを聞いたような顔で、蓮太郎は隼人を見つめた。
「事実だよ。忠犬みたいな誠実なイケメンに、ブラコン入った優男風イケメンに、ああ、芸能人もいるな」
「そんな! 僕が顔で負けるかもしれないなんて! この顔があれば人生イージーモードだと思ってたのに!」
頭を抱える蓮太郎を見て、蓮二郎が冷ややかに呟く。
「同じ顔の人間として、すごく複雑な心境になるんだけど……」
了はフォローするように声をかける。
「あのさ、人間大事なのは顔じゃないよ? というか、普通は内面を見て好きになるもんだし」
「僕は顏以外には自信がないよ」
何故か自信満々に蓮太郎は言った。
「そもそも顔が好きなら、簡単な話なんだよ。なんの努力もなしに好いてもらえるんだからね。でも顔が好みじゃないとなると、どうして良いかわからないよ。性格勝負なんて言ったら、僕は性格良いとも言えないしね」
「自分で言っちゃうんだ。あとリョウの事好きなんだ?」
蓮二郎が冷静に突っ込んでいた。
「ふーん、君はリョウの事が好きなんだね?」
隼人は自分の顎に触れながらニヤリと笑った。
「じゃあ、リョウの一番好きな顔が俺だったら、君はもうリョウを諦めるの?」
「諦めないよ」
蓮太郎は即答した。先ほどまでと違い強い視線だった。
「顔はあくまで簡単に落とせるって話だから、それがダメなら僕は努力するよ。リョウに好かれるようにね」
蓮太郎が了に向き直った。
ドキリとする。
「リョウ、僕は絶対に君に好きになってもらうよ! 将来は絶対に結婚しようね!」
「いや、無理だから」
隼人が悪の幹部のような高笑いをした。
「あはは! これは最高じゃないか! まさかこんな楽しいBL展開が待っていようとは!」
「そりゃ、あなたは楽しいでしょうね!」
突っ込む了の肩を蓮太郎は掴む。
「ほら、あの人も応援してくれてるみたいだし、もう今日から付き合う?」
「付き合わないから! あと、あの人はBL展開なら相手はレンじゃなくても誰でも大喜びだから!」
「え、そうなの? 味方が出来たと思ったのに。あ、レンレンは当然僕の味方だよね?」
「僕は誰の味方でもないから。あとレンレンって呼ばないでよ。恥ずかしい」
「え? 良いじゃん、レンレンて可愛いでしょ?」
「絶対に嫌だから」
冷たく言うと蓮二郎はリビングのソファに座った。最近の蓮二郎の定位置だ。
改めて四人はリビングのソファに座った。
宗親は先程からずっとキッチンで料理を作っている。
「えっと、紹介がまだだったと思うから、改めてこちらは俺の学校の生徒会長で父さんの小説のファンでもある、小清水隼人さん」
了に紹介された隼人はニコリと笑う。
「今紹介された通り、俺はリョウとリョウの友達のBL展開を楽しんでいる腐男子で、宗親さんは俺の腐男子の先輩というか師匠にあたる恩人だ」
「何で俺の紹介と違う挨拶するかな!?」
了は突っ込んだが、蓮太郎は平然としていた。
「よろしくお願いします。リョウの近い未来の恋人、将来の結婚相手の皆川蓮太郎です。レンジの双子の兄です。レンと呼んで下さい」
「そこも挨拶おかしいから!」
突っ込む了の前で二人は握手をしていた。
「君の恋を精一杯応援するよ」
「えっと、嬉しいんですが、他の人とリョウの事も応援するんですよね?」
「ああ、すまないね。推しの総受主義なもので」
「はぁ、自分に正直な人ですね。まぁ、僕も自分に正直なんですが」
似たもの同士か!?
了は心の中で突っ込んだ。
改めて了は、並んで座る蓮太郎と蓮二郎を眺めた。
見た目はほとんど同じだった。
ハーフのような顔立ちに白い肌、身長も170センチ位で、ほぼ同じに見えた。
顔にホクロがないかと探したが、大きな目立つ物は見つけられなかった。
これはミステリー的展開になった時は、絶対に混乱させられるなと思った。
複雑な入れ替わりトリックが行われそうだ。
「君が今、何を考えているのか当ててあげよう」
横にいた隼人に言われた。
「君は二人の顔を凝視していた。区別がつくかどうかの判断をしていたんだね? そしてほぼ見分けがつかないと思った。だが二人は服装に少し違いがある事に気付いたかな? レンジ君がノーブランドの質素な服に対し、レン君は派手ではないがハイブランドのシャツを着ている。おそらく母親の趣味なんだろう。レンジ君の方は、お父さんがおシャレには無頓着そうだからね」
やっぱりミステリーマニアなだけある。
少し観察しただけでホームズ並に推理している。
おそらく隼人も数々の双子トリックの小説を思いだしていたんだろう。
服を着替えれば、入れ替わりのトリックが簡単に出来る。
「やっぱり、小清水さんも想像しますよね。双子と言えば双子トリッ……」
「双子と言えば双子二人の攻に受一人の溺愛、奪い合いストーリーだ!」
「え?」
隼人は横で拳を握りしめる。
「双子で受を奪い合うんだが、最終的には抗えなくなった受が二人を受け入れ、二人と付き合うというのがテッパンだ! 俺はそういうBLが大好きだ! というかこれはリアルで見られる大チャンス! さぁ、二人でリョウを押し倒してしまうが良い!」
隼人以外の三人がどん引いていた。
「僕はレンジと分け合ったりしないですよ。独占したい派ですから」
「そもそも僕はリョウさんに惚れてないです」
「文句言いたかったけど、レンジ君の一言に、俺がふられたみたいな微妙な気分ですよ! どうしてくれるんですか!?」
三人の言葉を聞き流して、隼人は楽し気に言う。
「これから先は楽しい日々になりそうだな!」
「あ、僕は明日、田舎に帰るんで」
今日がお別れ会だった事を隼人は思いだしたようだった。
少しだけ場がしんみりした。
「でもかわりに僕が頻繁に遊びにくるから、リョウもハヤトさんもそんな淋しそうな顔しないで下さいよ」
蓮太郎が言うと、蓮二郎も呟いた。
「その……僕も、マメに連絡するし、また遊びに来るんで……」
「うん、待ってるよ」
了は蓮二郎に笑顔を向けた。
あんなに冷たかった蓮二郎が、今はこんな風に言ってくれるのが嬉しかった。
「いっそ、こっちで高校探したら良いんじゃない?」
蓮太郎が言いだした。
「あ、それ良いんじゃないかな」
了も乗り気で言ったのだが、蓮二郎は俯いた。
「それも良いなとは思いますが、人形制作に没頭すると父さん何も出来なくなっちゃうんで、やっぱり僕が側で支えたいなって思ってます」
「そっか……」
残念に思いながら了が呟くと、蓮二郎は顔を上げた。
「でも大学か、社会人になったら、こっちに住むのも良いかなって思ってます。それまではまた遊びに来るんで」
「うん、俺達も遊びに行くよ!」
了が言うと蓮二郎は微笑んだ。
「さ、料理が出来たぞ」
宗親が料理を運んで、リビングのテーブルに並べる。
「うわ、すごい美味しそうですね!」
宗親の料理を初めて見た蓮太郎が声をあげた。
「おお、レン君ありがとう」
二人は先程、蓮太郎が家についた時に、少しだけ挨拶を交わしていた。
「いやーこうやって見てもやっぱりレン君とレンジ君はそっくりだね。あ、でも、頬の感じがレン君の方がシャープかな?」
「え、区別つくの!?」
了は声を上げた。
宗親は首を傾げる。
「いや、普通につくでしょ。見ればわかるよ」
「え、え、マジで?」
了は改めて二人を見る。顏だけだとまったく区別がつかない。
見慣れたらわかるかもしれないと思っていたが、宗親は一瞬で区別が出来ていた。
「さすが先生、観察力が鋭い、いや、野生の勘ですかね? どちらにしろ本当に素晴らしいです」
隼人が褒めると宗親は頭を押さえて照れる。
「いやーでもわかっちゃうんだよね。実はさっきちょっと覗き見してたんだけど、レン君てリョウの事好きなんでしょ? そういう子は特に目を見ればわかるんだよね。これぞ腐男子の勘ってヤツだよ!」
「さすがです、先生!」
「いや、ちょっと待って。今のは突っ込む所たくさんあったよね? さっき覗いてたの? 野生の勘じゃなくて腐男子の勘なの?」
問いかける了を無視して、宗親は蓮太郎に声をかける。
「おじさんも君の恋を平等に応援してるよ!」
「あ、ありがとうございます。できれば僕だけを応援して欲しいけど、反対されるよりは良いんで嬉しいです」
「うん、うん、君の為に今日は君とリョウが寝られる大きなベッドを用意したからね!」
「いや、用意しないで良いよ! 俺は一人で寝るから!」
今日は蓮太郎も尾崎家に泊まり、翌日蓮二郎を見送りに行く事になっていた。
「リョウ、初めて二人で過ごす夜だね」
蓮太郎に手を握って言われた。
「いや、一緒に寝ないから! てか、ここはレンとレンジ君で寝るべきでしょ!」
「僕を巻き込まないで下さい」
蓮二郎は湯呑で緑茶をすすりながら言った。
「先生、カメラの設定は完璧でしょうか? なんなら俺がベッドの下に潜んで隠し撮りしても良いんですが」
「だから貴方は生徒会長でしたよね!? 問題がある発言はやめてもらえますか!? あと絶対に一緒に寝ないんで!」
叫んでいる了をスルーして、蓮二郎は煎餅を齧っていた。
ロシア人ぽい顔立ちだが、蓮二郎は和菓子が好みのようだった。
隼人は夕方にはいつものように帰って行き、夕食は蓮太郎を入れた四人でのものとなった。
明るくよくしゃべる蓮太郎が入ったお陰で、いつもよりも賑やかな食事になった。
双子が交代で風呂に入っている間に、了は布団の用意をした。
宗親が何か言いだしたり、準備をする前に、完璧に準備を済ませた。
部屋に戻って来た蓮太郎が大きな声を出す。
「え、リョウと二人で寝れるんじゃないの?」
蓮二郎が使っていた客間に、了は三つ布団を並べていた。
「せっかくだからみんなで一緒に寝ようよ。修学旅行みたいで良いでしょ?」
了が言うと蓮太郎は笑顔になる。
「うん、それはそれで楽しそう!」
真ん中の布団に蓮太郎がダイブした。
「あ、そこはレンジ君に……」
「え、なんで?」
蓮太郎は枕を抱えて見上げてくる。
「え、いや、その……それだと俺の隣にレンってなるワケで、その……」
蓮太郎に何かされるんじゃないかと心配だ、とは言いだせなかった。
そんな了を見て蓮太郎はニヤニヤと笑う。
「ふーん、僕に何かされないか心配してるんだ?」
顔が熱くなった。
「そ、そういうわけでは……」
「いやいや、警戒するのは大事な事だよ。実際僕が何かしちゃうかもしれないしね?」
「え」
青ざめる了を見て蓮太郎は笑う。
「あはは、大丈夫だよ。いきなり凄い事はしないよ」
凄い事以外はすの?
聞きたかったが怖くて聞けなかった。
あとでこっそり、蓮二郎に真ん中に寝てくれるように頼んでみようと思った。
全員が風呂を済ませた後で、三人で布団の上に座った。
「うわー、本当に修学旅行みたいだね」
ハイテンションで蓮太郎が言う横で、蓮二郎がタオルケットにくるまる。
「僕はもう寝るんで」
「え、早くない?」
背中を向けて寝る蓮二郎に蓮太郎が突っ込む。
「……僕が寝たら、リョウさんと二人でいろいろ話せるんじゃない?」
蓮太郎は瞳を輝かせる。
「レンレンてば、なんてお兄ちゃん思いなんだ! 優しいし気がきくし、本当に良い子だな!」
「もういいから、早く二人でイチャイチャしなよ!」
背中を向けたままの蓮二郎に向かって、了は突っ込む。
「えっと、お兄さん思いなのは良いんだけど、俺の事は何も慮ってないよね? さっき、こっそりレンと場所変えてって頼んだよね!?」
「え、酷いな。リョウってば、そんな事言ったの? 僕の隣はそんなに嫌だってこと?」
悲しそうな蓮太郎の言い方に了は慌てる。
「いや、レンが嫌なんじゃないよ? ただ俺は自分の身を心配してるだけで……あ、いや、レンを信用してないワケでもないんだよ」
慌てて言い訳する了を見て、蓮太郎は微笑む。
「あーそっか、僕がこんな事すると思ったんだね?」
蓮太郎は了の腕をつかんで布団に押し倒した。
「うわっ」
自分の上に覆いかぶさる蓮太郎を了は見上げる。
「一緒のベッドじゃなくて残念って思ったけど、布団は布団で、なんかいやらしくて良いね。イケナイ事してる感がすごく堪んない」
恍惚とした表情で言われて、心臓の鼓動が大きくなる。
このまま本当に何かされそうだ。
蓮太郎は顔を寄せながら唇を舐めて見せる。
キスする気なんだろうか?
近づいてくる唇を凝視していると、隣にいた蓮二郎が呟く。
「同じ顔の人間がキスするの見るって不思議な感じだな」
「何で見てるの!?」
了は蓮太郎を突き飛ばして、蓮二郎の方を向く。
「あ、ごめんなさい、ちょっとどうなってるか気になっちゃって」
「レンレン、邪魔しちゃダメだろう。今イケそうだったんだから」
文句を言う蓮太郎に蓮二郎は真顔で告げる。
「キスなら、リョウさんが寝ちゃった後でいくらでも出来るでしょ。抵抗されないし、寝てからするのが良いと思うよ」
「レンジ君、俺の味方はしてくれないのかな!?」
了は全力で突っ込んだ。
「あ、ごめんなさい。でもやっぱりレンは実の兄で大事な人なので、その望みは叶えてあげたいなって思ってしまって」
少し胸がジーンとした。やっぱり蓮太郎の事を兄として慕っているんだなと。
「でもそれで俺を犠牲にするのは良くないと思うよ! 道徳とか平等とか勉強しようよ!」
了の全力突っ込みに蓮二郎は笑った。
「冗談ですよ」
本当だろうか。
電気を消した後で、改めて三人で川の字で横になる。
「なんかやっぱりこういうの新鮮だな」
暗闇で蓮二郎が呟いた。
「父さんと母さんが離婚してから、レンと会う事もほとんどなくなって、父さんと二人だけの日々で忙しく過ごしてたんだ。でも今思うと、一人でなんでもやらなきゃって思い込んでたんだ」
蓮二郎の言葉は了の胸に沁みていた。
「父さんに構ってもらえないとか、自分は一人ぼっちだって気になっていたけど、本当は父さんに大事に思われていたんだなって、やっとわかった。お母さんが再婚して、レンとも距離が出来たって思ってたけど、本当はぜんぜん距離なんかなかったんだよね。物理的に離れていても、ちゃんとお互いの事を思い合っていた」
蓮二郎が素直に自分の気持を話してくれている。それだけで了は感無量だった。
「明日、僕は田舎に戻るけど、ここに来て良かったって今は本当に思ってる。気づけなかったいろんな事をリョウさんや宗親おじさんに教えてもらってすごく感謝してます」
「そんな……俺なんか何もしてないよ」
思わず了は半身を起こした。
そして今の感動的な言葉を、蓮太郎が聞いていない事に気付いた。
彼はすでに眠っていた。
「え、レンってこんなに寝るの早いの?」
呆れつつ呟くと、暗闇の中で蓮二郎が笑った気配がした。
「レンっていつもそうなんですよ。布団に入ると一瞬で寝るんです」
了はクスリと笑った。
蓮太郎に何かされるのかもなんて思っていたが、そんな心配はまったくなさそうだった。
翌朝。
朝食の席での蓮太郎は元気だった。
「え、僕が寝るのが早いって? いや、それは作戦だよ。リョウはそれで安心して寝ちゃったでしょ? その間に僕は君に抱きついたり、胸を触ったり足を撫でたり、やりたい放題だったんだよ。キスも舌を入れたディープなヤツをいっぱいしたしね」
蓮太郎は勢いよく話していたが、了は気にせずに味噌汁をすする。
了が起きた時、蓮太郎はぐっすりと眠っていた。
あれは朝まで爆睡コースだったと思う。
「なんだよ、リョウもレンレンも僕の言う事信じてないの? リョウとはキスしたし、抱きしめて寝たんだからね」
「そういう夢を見たんだね」
了はうんうんと頷きながら言った。
「なんか信じてない言い方だなー」
蓮太郎が不満そうに声を上げる。すると了の横にいた宗親が大きな声を出す。
「俺はレン君の言う事を信じるよ!」
「え、本当ですか?」
喜んで身を乗り出す蓮太郎に、宗親はタブレットを向けた。
「ほら、証拠の写真があるよ」
「ぶ!」
了は味噌汁をふきだした。
「な、それは何だ?」
震える手で宗親が持つタブレットを掴む。
そこには了にキスしている、ように見える蓮太郎の写真があった。
「え、え?」
了は箸を持ったまま頭を抱えた。
キスされたような感触はなかった。眠っていても触れられたら気づくだろう。多分。
だからこれは触れていないハズ。
いや、でも起きた時には蓮太郎はまだ眠っていた。
了はハッとして蓮二郎を見た。
「この写真はレンじゃなくてレンジ君だね?」
黙ってご飯を口に運んでいた蓮二郎の動きが一瞬止まった。
蓮二郎はご飯を飲み込んだ後で、了を見る。
「スミマセンでした。起きたらおじさんがドッキリ写真が撮りたいって言うんで、協力してしまいました。あ、でも唇は実際には触れていないんで安心して下さい」
「父さんに協力なんてしなくて良いから!」
突っ込む了の前で蓮太郎が叫ぶ。
「レンレンだけずるいよ! 僕もリョウとのキス写真欲しい!」
「いや、これ触れてないから!」
朝から大騒ぎだった。
でもこれでお別れとしんみりするより、楽しくて良いかもしれないと了は思った。
駅まで行くと言ったのだが、蓮二郎に断られ、了は家で見送りをする事となった。
「見送りは僕がしっかりするんで大丈夫だよ」
蓮太郎に言われて、了は玄関で頷いた。
駅で父親のともかと待ち合わせているとの事なので、家族の邪魔にならない方が良いだろうと思った。
最後に親子三人で話したい事もあるだろう。
「じゃあ、お世話になりました。また遊びに来ますね」
「僕もまた遊びに来るね」
そう言う双子に了は頷いた。その時だった。
「え……」
蓮太郎に首を引っ張られた。
唇にキスをされた。
濡れた感触にフリではなく、実際にキスされたのだと理解した時、シャッター音が響いた。
横で宗親がカメラのシャッターを切っていた。
「な、な、何を……」
動揺する了の横で、宗親と蓮太郎が握手をしていた。
「あとでデータ送って下さい!」
「もちろん!」
「……」
その横で蓮二郎が呆れたような顔をしていた。
「じゃ、レンレンを送ってきますね、お邪魔しました」
明るく手を振る蓮太郎に了は何も言えなかった。
「じゃあ、行きます」
呟く蓮二郎の肩に、了は手を乗せる。
「今見た事、誰にも言わないでくれる?」
「僕が言わなくてもおじさんが言うんじゃないですか?」
「……だよね」
しょんぼりする了に向かって、蓮二郎は肩をすくめて見せる。
「こんな不意打ちのキスなんか、気にするのはバカらしいですよ。恋人同士のキスじゃないじゃないですか? 言っておきますが、僕だって子供の頃にはレンとキスしてますからね、こんなのノーカンですよ」
微笑む蓮二郎を見て、了の胸は軽くなった。
「ありがと、レンジ君、慰めてくれて」
蓮二郎の顔が赤くなった。
「ぼ、僕は別に、慰めてなんか……というか、もう行きますから」
照れたような蓮二郎を見て、頬がゆるんだ。
出て行く二人に、笑顔で手を振ったあと、了は振り返った。
「父さん! 今の画像は絶対に消せよな!」
了の叫びを気にした様子もなく宗親は微笑んだ。
「今、隼人君に画像送信した所だよ! 幸せはみんなで共有しないとな!」
「不幸になる人がいる事は忘れないように!」
いつもと同じ親子二人暮らしに戻った。
けれど何故か淋しいという気はしなかった。
宗親が腐男子である事をカミングアウトしたあの日から、いつだって尾崎家は賑やかだった。
日々、了や宗親を慕う人間が家にたくさんやってくるし、宗親がいつでも妄想を語るので静かな時間が少ない。
今では以前の日々が思いだせない位だ。
でも了はこれで良かったと思った。
宗親が心を押し殺して我慢しているより、BLBLとうるさい位が丁度良い。
腐男子をオープンにした宗親は、きっと自由で幸福なんだろう。
父親が幸せなら、多少困らされても、了もそれで満足だった。
宗親がお別れ会をすると言いだした。
その場に招かれたのは蓮太郎と隼人の二人だった。
隼人と蓮二郎はすっかり友達になっていたようで、互いの連絡先を交換し別れを惜しんでいた。
家を訪れた蓮太郎は、隼人を見るなり呟いた。
「え、何このイケメン? リョウの側にこんなイケメンがいるの?」
何故かショックを受けている蓮太郎に、了は首を傾げる。
「レンも負けない位の美形だよ。そんなに落ち込まなくても良いと思うけど、あ、もしかしてレンって自分が世界で一番のイケメンだと思ってた? 他の美形はライバルで気に入らないとか?」
「違うよ。そうじゃなくて、僕は君をこの顔で落とせると思ってたというか、この顔は有利に働くと思ってたんだよ」
蓮太郎は真顔で言った。
その横で隼人がトドメを刺す。
「リョウの側には俺に負けない位の美形がもっとたくさんいるよ」
「まさか!?」
世界の終わりを聞いたような顔で、蓮太郎は隼人を見つめた。
「事実だよ。忠犬みたいな誠実なイケメンに、ブラコン入った優男風イケメンに、ああ、芸能人もいるな」
「そんな! 僕が顔で負けるかもしれないなんて! この顔があれば人生イージーモードだと思ってたのに!」
頭を抱える蓮太郎を見て、蓮二郎が冷ややかに呟く。
「同じ顔の人間として、すごく複雑な心境になるんだけど……」
了はフォローするように声をかける。
「あのさ、人間大事なのは顔じゃないよ? というか、普通は内面を見て好きになるもんだし」
「僕は顏以外には自信がないよ」
何故か自信満々に蓮太郎は言った。
「そもそも顔が好きなら、簡単な話なんだよ。なんの努力もなしに好いてもらえるんだからね。でも顔が好みじゃないとなると、どうして良いかわからないよ。性格勝負なんて言ったら、僕は性格良いとも言えないしね」
「自分で言っちゃうんだ。あとリョウの事好きなんだ?」
蓮二郎が冷静に突っ込んでいた。
「ふーん、君はリョウの事が好きなんだね?」
隼人は自分の顎に触れながらニヤリと笑った。
「じゃあ、リョウの一番好きな顔が俺だったら、君はもうリョウを諦めるの?」
「諦めないよ」
蓮太郎は即答した。先ほどまでと違い強い視線だった。
「顔はあくまで簡単に落とせるって話だから、それがダメなら僕は努力するよ。リョウに好かれるようにね」
蓮太郎が了に向き直った。
ドキリとする。
「リョウ、僕は絶対に君に好きになってもらうよ! 将来は絶対に結婚しようね!」
「いや、無理だから」
隼人が悪の幹部のような高笑いをした。
「あはは! これは最高じゃないか! まさかこんな楽しいBL展開が待っていようとは!」
「そりゃ、あなたは楽しいでしょうね!」
突っ込む了の肩を蓮太郎は掴む。
「ほら、あの人も応援してくれてるみたいだし、もう今日から付き合う?」
「付き合わないから! あと、あの人はBL展開なら相手はレンじゃなくても誰でも大喜びだから!」
「え、そうなの? 味方が出来たと思ったのに。あ、レンレンは当然僕の味方だよね?」
「僕は誰の味方でもないから。あとレンレンって呼ばないでよ。恥ずかしい」
「え? 良いじゃん、レンレンて可愛いでしょ?」
「絶対に嫌だから」
冷たく言うと蓮二郎はリビングのソファに座った。最近の蓮二郎の定位置だ。
改めて四人はリビングのソファに座った。
宗親は先程からずっとキッチンで料理を作っている。
「えっと、紹介がまだだったと思うから、改めてこちらは俺の学校の生徒会長で父さんの小説のファンでもある、小清水隼人さん」
了に紹介された隼人はニコリと笑う。
「今紹介された通り、俺はリョウとリョウの友達のBL展開を楽しんでいる腐男子で、宗親さんは俺の腐男子の先輩というか師匠にあたる恩人だ」
「何で俺の紹介と違う挨拶するかな!?」
了は突っ込んだが、蓮太郎は平然としていた。
「よろしくお願いします。リョウの近い未来の恋人、将来の結婚相手の皆川蓮太郎です。レンジの双子の兄です。レンと呼んで下さい」
「そこも挨拶おかしいから!」
突っ込む了の前で二人は握手をしていた。
「君の恋を精一杯応援するよ」
「えっと、嬉しいんですが、他の人とリョウの事も応援するんですよね?」
「ああ、すまないね。推しの総受主義なもので」
「はぁ、自分に正直な人ですね。まぁ、僕も自分に正直なんですが」
似たもの同士か!?
了は心の中で突っ込んだ。
改めて了は、並んで座る蓮太郎と蓮二郎を眺めた。
見た目はほとんど同じだった。
ハーフのような顔立ちに白い肌、身長も170センチ位で、ほぼ同じに見えた。
顔にホクロがないかと探したが、大きな目立つ物は見つけられなかった。
これはミステリー的展開になった時は、絶対に混乱させられるなと思った。
複雑な入れ替わりトリックが行われそうだ。
「君が今、何を考えているのか当ててあげよう」
横にいた隼人に言われた。
「君は二人の顔を凝視していた。区別がつくかどうかの判断をしていたんだね? そしてほぼ見分けがつかないと思った。だが二人は服装に少し違いがある事に気付いたかな? レンジ君がノーブランドの質素な服に対し、レン君は派手ではないがハイブランドのシャツを着ている。おそらく母親の趣味なんだろう。レンジ君の方は、お父さんがおシャレには無頓着そうだからね」
やっぱりミステリーマニアなだけある。
少し観察しただけでホームズ並に推理している。
おそらく隼人も数々の双子トリックの小説を思いだしていたんだろう。
服を着替えれば、入れ替わりのトリックが簡単に出来る。
「やっぱり、小清水さんも想像しますよね。双子と言えば双子トリッ……」
「双子と言えば双子二人の攻に受一人の溺愛、奪い合いストーリーだ!」
「え?」
隼人は横で拳を握りしめる。
「双子で受を奪い合うんだが、最終的には抗えなくなった受が二人を受け入れ、二人と付き合うというのがテッパンだ! 俺はそういうBLが大好きだ! というかこれはリアルで見られる大チャンス! さぁ、二人でリョウを押し倒してしまうが良い!」
隼人以外の三人がどん引いていた。
「僕はレンジと分け合ったりしないですよ。独占したい派ですから」
「そもそも僕はリョウさんに惚れてないです」
「文句言いたかったけど、レンジ君の一言に、俺がふられたみたいな微妙な気分ですよ! どうしてくれるんですか!?」
三人の言葉を聞き流して、隼人は楽し気に言う。
「これから先は楽しい日々になりそうだな!」
「あ、僕は明日、田舎に帰るんで」
今日がお別れ会だった事を隼人は思いだしたようだった。
少しだけ場がしんみりした。
「でもかわりに僕が頻繁に遊びにくるから、リョウもハヤトさんもそんな淋しそうな顔しないで下さいよ」
蓮太郎が言うと、蓮二郎も呟いた。
「その……僕も、マメに連絡するし、また遊びに来るんで……」
「うん、待ってるよ」
了は蓮二郎に笑顔を向けた。
あんなに冷たかった蓮二郎が、今はこんな風に言ってくれるのが嬉しかった。
「いっそ、こっちで高校探したら良いんじゃない?」
蓮太郎が言いだした。
「あ、それ良いんじゃないかな」
了も乗り気で言ったのだが、蓮二郎は俯いた。
「それも良いなとは思いますが、人形制作に没頭すると父さん何も出来なくなっちゃうんで、やっぱり僕が側で支えたいなって思ってます」
「そっか……」
残念に思いながら了が呟くと、蓮二郎は顔を上げた。
「でも大学か、社会人になったら、こっちに住むのも良いかなって思ってます。それまではまた遊びに来るんで」
「うん、俺達も遊びに行くよ!」
了が言うと蓮二郎は微笑んだ。
「さ、料理が出来たぞ」
宗親が料理を運んで、リビングのテーブルに並べる。
「うわ、すごい美味しそうですね!」
宗親の料理を初めて見た蓮太郎が声をあげた。
「おお、レン君ありがとう」
二人は先程、蓮太郎が家についた時に、少しだけ挨拶を交わしていた。
「いやーこうやって見てもやっぱりレン君とレンジ君はそっくりだね。あ、でも、頬の感じがレン君の方がシャープかな?」
「え、区別つくの!?」
了は声を上げた。
宗親は首を傾げる。
「いや、普通につくでしょ。見ればわかるよ」
「え、え、マジで?」
了は改めて二人を見る。顏だけだとまったく区別がつかない。
見慣れたらわかるかもしれないと思っていたが、宗親は一瞬で区別が出来ていた。
「さすが先生、観察力が鋭い、いや、野生の勘ですかね? どちらにしろ本当に素晴らしいです」
隼人が褒めると宗親は頭を押さえて照れる。
「いやーでもわかっちゃうんだよね。実はさっきちょっと覗き見してたんだけど、レン君てリョウの事好きなんでしょ? そういう子は特に目を見ればわかるんだよね。これぞ腐男子の勘ってヤツだよ!」
「さすがです、先生!」
「いや、ちょっと待って。今のは突っ込む所たくさんあったよね? さっき覗いてたの? 野生の勘じゃなくて腐男子の勘なの?」
問いかける了を無視して、宗親は蓮太郎に声をかける。
「おじさんも君の恋を平等に応援してるよ!」
「あ、ありがとうございます。できれば僕だけを応援して欲しいけど、反対されるよりは良いんで嬉しいです」
「うん、うん、君の為に今日は君とリョウが寝られる大きなベッドを用意したからね!」
「いや、用意しないで良いよ! 俺は一人で寝るから!」
今日は蓮太郎も尾崎家に泊まり、翌日蓮二郎を見送りに行く事になっていた。
「リョウ、初めて二人で過ごす夜だね」
蓮太郎に手を握って言われた。
「いや、一緒に寝ないから! てか、ここはレンとレンジ君で寝るべきでしょ!」
「僕を巻き込まないで下さい」
蓮二郎は湯呑で緑茶をすすりながら言った。
「先生、カメラの設定は完璧でしょうか? なんなら俺がベッドの下に潜んで隠し撮りしても良いんですが」
「だから貴方は生徒会長でしたよね!? 問題がある発言はやめてもらえますか!? あと絶対に一緒に寝ないんで!」
叫んでいる了をスルーして、蓮二郎は煎餅を齧っていた。
ロシア人ぽい顔立ちだが、蓮二郎は和菓子が好みのようだった。
隼人は夕方にはいつものように帰って行き、夕食は蓮太郎を入れた四人でのものとなった。
明るくよくしゃべる蓮太郎が入ったお陰で、いつもよりも賑やかな食事になった。
双子が交代で風呂に入っている間に、了は布団の用意をした。
宗親が何か言いだしたり、準備をする前に、完璧に準備を済ませた。
部屋に戻って来た蓮太郎が大きな声を出す。
「え、リョウと二人で寝れるんじゃないの?」
蓮二郎が使っていた客間に、了は三つ布団を並べていた。
「せっかくだからみんなで一緒に寝ようよ。修学旅行みたいで良いでしょ?」
了が言うと蓮太郎は笑顔になる。
「うん、それはそれで楽しそう!」
真ん中の布団に蓮太郎がダイブした。
「あ、そこはレンジ君に……」
「え、なんで?」
蓮太郎は枕を抱えて見上げてくる。
「え、いや、その……それだと俺の隣にレンってなるワケで、その……」
蓮太郎に何かされるんじゃないかと心配だ、とは言いだせなかった。
そんな了を見て蓮太郎はニヤニヤと笑う。
「ふーん、僕に何かされないか心配してるんだ?」
顔が熱くなった。
「そ、そういうわけでは……」
「いやいや、警戒するのは大事な事だよ。実際僕が何かしちゃうかもしれないしね?」
「え」
青ざめる了を見て蓮太郎は笑う。
「あはは、大丈夫だよ。いきなり凄い事はしないよ」
凄い事以外はすの?
聞きたかったが怖くて聞けなかった。
あとでこっそり、蓮二郎に真ん中に寝てくれるように頼んでみようと思った。
全員が風呂を済ませた後で、三人で布団の上に座った。
「うわー、本当に修学旅行みたいだね」
ハイテンションで蓮太郎が言う横で、蓮二郎がタオルケットにくるまる。
「僕はもう寝るんで」
「え、早くない?」
背中を向けて寝る蓮二郎に蓮太郎が突っ込む。
「……僕が寝たら、リョウさんと二人でいろいろ話せるんじゃない?」
蓮太郎は瞳を輝かせる。
「レンレンてば、なんてお兄ちゃん思いなんだ! 優しいし気がきくし、本当に良い子だな!」
「もういいから、早く二人でイチャイチャしなよ!」
背中を向けたままの蓮二郎に向かって、了は突っ込む。
「えっと、お兄さん思いなのは良いんだけど、俺の事は何も慮ってないよね? さっき、こっそりレンと場所変えてって頼んだよね!?」
「え、酷いな。リョウってば、そんな事言ったの? 僕の隣はそんなに嫌だってこと?」
悲しそうな蓮太郎の言い方に了は慌てる。
「いや、レンが嫌なんじゃないよ? ただ俺は自分の身を心配してるだけで……あ、いや、レンを信用してないワケでもないんだよ」
慌てて言い訳する了を見て、蓮太郎は微笑む。
「あーそっか、僕がこんな事すると思ったんだね?」
蓮太郎は了の腕をつかんで布団に押し倒した。
「うわっ」
自分の上に覆いかぶさる蓮太郎を了は見上げる。
「一緒のベッドじゃなくて残念って思ったけど、布団は布団で、なんかいやらしくて良いね。イケナイ事してる感がすごく堪んない」
恍惚とした表情で言われて、心臓の鼓動が大きくなる。
このまま本当に何かされそうだ。
蓮太郎は顔を寄せながら唇を舐めて見せる。
キスする気なんだろうか?
近づいてくる唇を凝視していると、隣にいた蓮二郎が呟く。
「同じ顔の人間がキスするの見るって不思議な感じだな」
「何で見てるの!?」
了は蓮太郎を突き飛ばして、蓮二郎の方を向く。
「あ、ごめんなさい、ちょっとどうなってるか気になっちゃって」
「レンレン、邪魔しちゃダメだろう。今イケそうだったんだから」
文句を言う蓮太郎に蓮二郎は真顔で告げる。
「キスなら、リョウさんが寝ちゃった後でいくらでも出来るでしょ。抵抗されないし、寝てからするのが良いと思うよ」
「レンジ君、俺の味方はしてくれないのかな!?」
了は全力で突っ込んだ。
「あ、ごめんなさい。でもやっぱりレンは実の兄で大事な人なので、その望みは叶えてあげたいなって思ってしまって」
少し胸がジーンとした。やっぱり蓮太郎の事を兄として慕っているんだなと。
「でもそれで俺を犠牲にするのは良くないと思うよ! 道徳とか平等とか勉強しようよ!」
了の全力突っ込みに蓮二郎は笑った。
「冗談ですよ」
本当だろうか。
電気を消した後で、改めて三人で川の字で横になる。
「なんかやっぱりこういうの新鮮だな」
暗闇で蓮二郎が呟いた。
「父さんと母さんが離婚してから、レンと会う事もほとんどなくなって、父さんと二人だけの日々で忙しく過ごしてたんだ。でも今思うと、一人でなんでもやらなきゃって思い込んでたんだ」
蓮二郎の言葉は了の胸に沁みていた。
「父さんに構ってもらえないとか、自分は一人ぼっちだって気になっていたけど、本当は父さんに大事に思われていたんだなって、やっとわかった。お母さんが再婚して、レンとも距離が出来たって思ってたけど、本当はぜんぜん距離なんかなかったんだよね。物理的に離れていても、ちゃんとお互いの事を思い合っていた」
蓮二郎が素直に自分の気持を話してくれている。それだけで了は感無量だった。
「明日、僕は田舎に戻るけど、ここに来て良かったって今は本当に思ってる。気づけなかったいろんな事をリョウさんや宗親おじさんに教えてもらってすごく感謝してます」
「そんな……俺なんか何もしてないよ」
思わず了は半身を起こした。
そして今の感動的な言葉を、蓮太郎が聞いていない事に気付いた。
彼はすでに眠っていた。
「え、レンってこんなに寝るの早いの?」
呆れつつ呟くと、暗闇の中で蓮二郎が笑った気配がした。
「レンっていつもそうなんですよ。布団に入ると一瞬で寝るんです」
了はクスリと笑った。
蓮太郎に何かされるのかもなんて思っていたが、そんな心配はまったくなさそうだった。
翌朝。
朝食の席での蓮太郎は元気だった。
「え、僕が寝るのが早いって? いや、それは作戦だよ。リョウはそれで安心して寝ちゃったでしょ? その間に僕は君に抱きついたり、胸を触ったり足を撫でたり、やりたい放題だったんだよ。キスも舌を入れたディープなヤツをいっぱいしたしね」
蓮太郎は勢いよく話していたが、了は気にせずに味噌汁をすする。
了が起きた時、蓮太郎はぐっすりと眠っていた。
あれは朝まで爆睡コースだったと思う。
「なんだよ、リョウもレンレンも僕の言う事信じてないの? リョウとはキスしたし、抱きしめて寝たんだからね」
「そういう夢を見たんだね」
了はうんうんと頷きながら言った。
「なんか信じてない言い方だなー」
蓮太郎が不満そうに声を上げる。すると了の横にいた宗親が大きな声を出す。
「俺はレン君の言う事を信じるよ!」
「え、本当ですか?」
喜んで身を乗り出す蓮太郎に、宗親はタブレットを向けた。
「ほら、証拠の写真があるよ」
「ぶ!」
了は味噌汁をふきだした。
「な、それは何だ?」
震える手で宗親が持つタブレットを掴む。
そこには了にキスしている、ように見える蓮太郎の写真があった。
「え、え?」
了は箸を持ったまま頭を抱えた。
キスされたような感触はなかった。眠っていても触れられたら気づくだろう。多分。
だからこれは触れていないハズ。
いや、でも起きた時には蓮太郎はまだ眠っていた。
了はハッとして蓮二郎を見た。
「この写真はレンじゃなくてレンジ君だね?」
黙ってご飯を口に運んでいた蓮二郎の動きが一瞬止まった。
蓮二郎はご飯を飲み込んだ後で、了を見る。
「スミマセンでした。起きたらおじさんがドッキリ写真が撮りたいって言うんで、協力してしまいました。あ、でも唇は実際には触れていないんで安心して下さい」
「父さんに協力なんてしなくて良いから!」
突っ込む了の前で蓮太郎が叫ぶ。
「レンレンだけずるいよ! 僕もリョウとのキス写真欲しい!」
「いや、これ触れてないから!」
朝から大騒ぎだった。
でもこれでお別れとしんみりするより、楽しくて良いかもしれないと了は思った。
駅まで行くと言ったのだが、蓮二郎に断られ、了は家で見送りをする事となった。
「見送りは僕がしっかりするんで大丈夫だよ」
蓮太郎に言われて、了は玄関で頷いた。
駅で父親のともかと待ち合わせているとの事なので、家族の邪魔にならない方が良いだろうと思った。
最後に親子三人で話したい事もあるだろう。
「じゃあ、お世話になりました。また遊びに来ますね」
「僕もまた遊びに来るね」
そう言う双子に了は頷いた。その時だった。
「え……」
蓮太郎に首を引っ張られた。
唇にキスをされた。
濡れた感触にフリではなく、実際にキスされたのだと理解した時、シャッター音が響いた。
横で宗親がカメラのシャッターを切っていた。
「な、な、何を……」
動揺する了の横で、宗親と蓮太郎が握手をしていた。
「あとでデータ送って下さい!」
「もちろん!」
「……」
その横で蓮二郎が呆れたような顔をしていた。
「じゃ、レンレンを送ってきますね、お邪魔しました」
明るく手を振る蓮太郎に了は何も言えなかった。
「じゃあ、行きます」
呟く蓮二郎の肩に、了は手を乗せる。
「今見た事、誰にも言わないでくれる?」
「僕が言わなくてもおじさんが言うんじゃないですか?」
「……だよね」
しょんぼりする了に向かって、蓮二郎は肩をすくめて見せる。
「こんな不意打ちのキスなんか、気にするのはバカらしいですよ。恋人同士のキスじゃないじゃないですか? 言っておきますが、僕だって子供の頃にはレンとキスしてますからね、こんなのノーカンですよ」
微笑む蓮二郎を見て、了の胸は軽くなった。
「ありがと、レンジ君、慰めてくれて」
蓮二郎の顔が赤くなった。
「ぼ、僕は別に、慰めてなんか……というか、もう行きますから」
照れたような蓮二郎を見て、頬がゆるんだ。
出て行く二人に、笑顔で手を振ったあと、了は振り返った。
「父さん! 今の画像は絶対に消せよな!」
了の叫びを気にした様子もなく宗親は微笑んだ。
「今、隼人君に画像送信した所だよ! 幸せはみんなで共有しないとな!」
「不幸になる人がいる事は忘れないように!」
いつもと同じ親子二人暮らしに戻った。
けれど何故か淋しいという気はしなかった。
宗親が腐男子である事をカミングアウトしたあの日から、いつだって尾崎家は賑やかだった。
日々、了や宗親を慕う人間が家にたくさんやってくるし、宗親がいつでも妄想を語るので静かな時間が少ない。
今では以前の日々が思いだせない位だ。
でも了はこれで良かったと思った。
宗親が心を押し殺して我慢しているより、BLBLとうるさい位が丁度良い。
腐男子をオープンにした宗親は、きっと自由で幸福なんだろう。
父親が幸せなら、多少困らされても、了もそれで満足だった。
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