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レンレン、レン
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篠崎蓮二郎は人形のように整った顔の少年だった。
ロシア人とのハーフかと思う程の美しい顔とスタイル、そして透明感のある肌だった。
中学3年だと聞いていたが、男らしさよりも、女性的な美しさを感じさせる少年だった。
中性的な容姿と無表情のせいで、人形感がとにかく強い。
ダイニングの椅子に座り、了はマジマジと蓮二郎の顔を見つめていた。
初対面の時と同じように彼の顔には笑顔がない。
蓮二郎は了とは視線を合わさないように俯いているか、ほとんど宗親の方ばかりを見ていた。
「前にも話したけど、蓮二郎君は人形師の篠崎ともかさんの息子さんなんだ」
了の気まずさに気付かないように、宗親が笑顔で話し出した。
「父さんて、人形師の篠崎さんと知り合いなの?」
「ああ、そうだよ。元々は俺がファンだったんだけど、ともかさんもミステリーが好きで、俺の作品も読んでくれていた事がわかって、それから仲良くなったんだ」
一体いつ仲良くなったんだろう。
もしかしてそれが離婚の原因ではないかと疑ってしまう。
宗親は基本人間好きで、男女誰とでも親しくなる。しかも女性受けはとにかく良い。
もしや不倫などしていたのではと不安になる。
「お互いバツイチだって事もわかって、何かと話も合ったんだよ」
どうやら出会いは独身になってからのようだ。
不倫の可能性が消えた事にほっとした。
「お互い、息子一人を育てる男親同士、意気投合したって感じだな」
「え!」
了は驚きに立ち上がりそうになった。
「ちょっと待って! 男親ってなに!?」
「ん? ああ、言ってなかったか。ともかさんは男性だよ。女性っぽい名前だから誤解している人もいるが、有名な男性人形作家さん」
「マジか……」
最初に説明して欲しい事だった。
だがそれで少し納得がいった。
ほぼ同じ年頃の子供を持つ、芸術家同士。ミステリー好きなど趣味が合うのなら親しくもなるだろう。
「えっと、やっぱりともかさんも腐男子?」
「いや、違うよ。でも理解があるから、俺や他のお客さんが自分の作った人形でBL妄想しても文句を言ったりしない。すっっっごく良い人だよ」
宗親からすると腐男子を受け入れてくれるかどうかは、友人になれるかどうかの大事な部分なように感じた。
「お前が学校に行ってる間に、よくあの村まで、ともかさんに会いに行ってたんだよ。そこでレンジ君とも仲良くなったんだよ」
「え、日帰りしてたの? あの村まで?」
「余裕だぞ。北海道日帰りだってよくしてるぞ」
「いつの間に……」
了が学校に行っている間、宗親がどこまで出歩いているのか謎すぎだ。
まぁ、ちゃんと晩御飯の時間までに帰って来ているので文句はない。
「今ではともかさんだけではなく、レンジ君とも親友だ。ね、レンジ君」
宗親が声をかけると、無表情だった蓮二郎の顔に笑みが浮かんだ。
「おじさんにそう言ってもらえて嬉しいです」
心底嬉しそうな顔に見えた。
「やっぱりレンジ君はかわいいな。うちの息子にしたいよ、もう!」
「ぜひお願いします」
いやいや、そこはお断りした方が良いよ!
了は心の中で突っ込んだ。
「そんなワケで、レンジ君は俺の友達なんだ。しばらく家に泊まってもらうんで、リョウも仲良くしてくれよ」
「え、あ、うん」
俺はそうしたいけど、彼はそう思ってなさそうだよと言いたかったが堪えた。
笑顔で蓮二郎に向き直る。
「よろしくね、レンジ君」
「……よろしく」
嫌々という感じで、低い声で返事をされてしまった。
宗親への対応とは大違いだった。
やっぱり、彼に嫌われているのではなかという印象は正しかったようだ。
蓮二郎が泊るのは了の部屋の隣だった。
客間はいくつかあるのに、どうしてよりにもよって隣の部屋なんだと思ったが、一階の客間は隼人が昼間は入り浸っている事を思いだした。
翌日。
目が覚めてキッチンに行くと、蓮二郎と宗親が仲良く料理をしていた。
「おはよう、リョウ」
「お、おはよ」
宗親に挨拶され、了は答えながら二人を見た。
宗親がコンロで目玉焼きを焼いている横で、蓮二郎がサラダを用意していた。
ダイニングの椅子に座っていると、蓮二郎がサラダを運んできた。
「いつも何も手伝わないの?」
「え?」
冷たく言われて言葉がでない。
蓮二郎は軽蔑するように了を見る。
「二人暮らしなのに何でもおじさんにさせてるの? 呆れるね、それで僕より年上なわけ?」
言い返せなかった。
確かに了はいつも家事を宗親に任せっきりだった。
「イマドキ家事も出来ない男は女子にモテないよ。あ、別にそれでも良いのかな? だってあなた、男が好きなんでしょ?」
「え?」
予想外の発言に了は固まった。
蓮二郎は美しい顔で微笑む。
「やっぱりそうなんだ。この前会った時に見てて気付いたよ。友達とか言ってたけど、金髪の人とか距離近かったし、あと真面目そうな人が僕の事用心してるっぽかったし」
「違うよ! 本当に友達だってば! その、俺の方はそう思ってる……」
「ああ、なんだ、そういう事」
蓮二郎は納得したというように頷く。
「あなたはあの人達に一方的に好かれてるんだ? で、答をはぐらかしてモテるのを楽しんで弄んでるんだね?」
顔が熱くなった。
「違うよ!」
言ってから思った。本当に違うのだろうか。
告白されてスルーしている。それはどういう状況だろうか。弄んでいる事になるんだろうか。
俯いている了を見て、蓮二郎はため息をついた。
「本当に使えない息子さんだね。おじさんが本当にかわいそうだよ。僕ならおじさんを喜ばせてあげられるよ?」
「それってどういう意味だ?」
了は腕を組んでいる蓮二郎を見つめる。
「おじさんて腐男子でしょ?」
蓮二郎がその事を知っている事に驚いた。いや、でもさっきも宗親は自分で口にしていた事を思いだす。
「僕ならおじさんに喜んでもらえるように、彼氏だって適当に選んで作ってみせるよ。僕は家事の手伝いもするし、あなたよりずっと良い息子になれるって思ってる。だからおじさんを僕にちょうだいよ」
了は立ち上がると、腕を組んでいる蓮二郎に向き直った。
「彼氏を適当に選ぶってなんだよ? 言っておくけど、俺は恋人を適当に選んだりしない。そもそも父さんの為には選ばない。自分が好きになった人と付き合う」
「なっ」
普段無表情な蓮二郎の顔が変わった。
反対に了の心は静かになっていく。
「家事を手伝わないのは俺が悪いよ。そこはもう本当に君の方が立派だと思う。それは見習いたいとは思うよ。でもこれでもたまにはやってるんだ。自分なりにはね」
組んでいた手を解いて、蓮二郎は拳を握りしめていた。
「最後の父さんを欲しいってヤツも、それも良くないと思うよ。君には本当のお父さんがいるだろ? ウチの父さんではなく、ともかさんを大事にしなよ」
蓮二郎の体が小刻みに震えていた。
「……何も知らないくせに……」
小さな声だった。さっきまでの勢いがなくなっている。
「いや、だって何も知らないよ。君から何も聞いてないもん」
了が言うと蓮二郎は睨むように見つめてきた。その目が潤んで見えた。
「さ、ご飯が出来たぞ!」
明るい声で宗親が現れた。
「今日の朝食はホテル風だぞ。パンとサラダ、スクランブルエッグ、目玉焼き、ウインナー、コーンスープ、ヨーグルト、おかゆだ!」
「なんで最後がおかゆなんだよ?」
了の突っ込みに宗親は微笑む。
「ホテルの朝食は洋と和が両方用意されている物だろう? 当然おかゆも必須だ、漬物もある」
「ここは家だから洋か和、どっちかだけで良いと思うよ」
いつものノリだった。
「さ、二人共椅子に座って、食べよう!」
宗親のこの明るさはもしかしてわざとではないかと思った。
二人の険悪な雰囲気は見ればわかっただろう。
でも何も言わずに、いつものノリにするのが宗親らしいと思えた。
了は宗親のノリに合わせて席についた。
「レンジ君、今日はどうする予定? せっかくだからリョウに観光でも連れて行ってもらったらどうかな?」
目玉焼きをつつきながら宗親が訊ねた。
蓮二郎は美しい箸使いで、淡々と食事しながら答える。
「元々両親の離婚前はこっちで暮らしてたんで、別に今更行きたい所なんかないですよ」
「ああ、そっか。じゃあ、映画とかは? お金出すから二人で見に行ったら良いよ」
「僕、映画館とか興味ないです。小さい画面でも問題ないんで、そのうち待ってれば動画配信とかで見られますよね? そもそも人混みも嫌いなんです」
「……そうか、じゃあ、家で動画配信見る? うちのテレビ大きいし、ネットの画像も見られるんだ。リョウと二人で見たら良いよ」
蓮二郎は箸を置いた。
「そもそもなんでリョウさんと一緒の前提なんですか? 僕がここに遊びに来たのは宗親おじさんに会いたかったからですよ」
「ああ、うん、それは嬉しいんだけど、俺は仕事があるからずっと構ってあげられるワケじゃないから」
「問題ないです。書斎の本を読ませて頂くので邪魔はしません」
「ああ、そうだった。レンジ君も読書好きだったよね。ともかさんに似て」
「父には似てません。僕はおじさんに似てるんです」
「……」
さすがの宗親も蓮二郎の勢いに押されていた。
「知ってると思いますが、僕はインドア派なんです。いわゆる陰キャなんで友達もいないし、いなくて困らないんで、家で本を読んで、時々おじさんと話せれば満足です」
おとなしそうな見た目と違って、かなりはっきり物を言う事に了は驚いていた。
しかもとにかく宗親に懐いている事がわかった。
もしかして宗親の息子であるという事で、自分は嫌われているんだろうか。
考えていると蓮二郎がこちらを見た。
「なのでリョウさんは、僕の事は気になさらないで、どうぞお友達とお出かけして下さい」
そうは言われても返答に困る。
「えっと、俺の友達は会った事あるでしょ? 一緒に遊ばない?」
「今の話を聞いてなかったんですか? 僕は社交的な性格じゃないんですよ。一人で大丈夫なんで、放っておいて下さい」
これはもう仲良くなるのは無理だなと思った。
放っておく方がぶつかる事もなく問題も少ないだろう。
朝食後の食器は了が洗った。
隣で蓮二郎がそれを拭いている。
「一応、手伝うんですね」
冷たく言われた。
「まぁ、たまにだけど、でもさっきあれだけ言われたからね、手伝わないわけにはいかないだろ?」
「素直ですね、バカみたいに」
最後の一言はいわなくて良いのに。
「えっとさ、聞きたかったんだけど、君ってもしかして俺の事嫌い?」
蓮二郎は冷ややかな目で了を見た。
「もしかしなくても嫌いです」
予想はしていたが衝撃だった。誰かに嫌いだなんて言われるのは胸が痛い。
「君とは旅先で会ったのが初対面だよね? 今回で二回目でしょ? 俺の事最初から嫌いって言うのはどうして?」
食器を拭いていた蓮二郎の動きが止まった。
「……そんなのあなたが宗親おじさんの子供だからに決まってるでしょ。あんなに優しくて楽しくて良い人が父親だなんてズルイよ」
蓮二郎の声は泣きそうな物に思えた。
「レンジ君?」
声をかけたら睨まれた。
「あんな素敵な人を、腐男子だからって邪険にしたり、お茶をかけるなんて間違ってる! あなたは贅沢で嫌な人だ!」
蓮二郎はふきんを投げ捨てるようにキッチンに置くと、宗親のいる書斎に向かっていった。
了は拭き終わって揃えられた食器を見ながら頭を押さえた。
多分、普段の日常が宗親の口から伝わっていたのだろう。
いつもの冗談、ふざけたノリ突っ込みだが、話だけで聞いていたら雰囲気が上手く伝わらず、蓮二郎からすると印象が悪かったのだろう。
了は宗親の腐男子をバカにしているつもりはなかった。趣味は認めている。
行き過ぎた時に突っ込みを入れているだけのつもりだった。
お茶をかけたのは良くなかったかもしれないが、それもその場のノリ的なモノだった。
どうやったらこのノリが蓮二郎に通じて、誤解が解けるのかわからなかった。
蓮二郎は宣言通り、ほとんど宗親の書斎に入り浸っていた。
宗親が執筆をしている横で、ひたすら本を読んでいるらしい。
了と蓮二郎は昼食の時に再び顔を合せたきりだった。
了はリビングのソファに座り、テレビを見ながら蓮二郎が出てくるのを待っていた。
どうやって仲良くなったら良いかわからなかったが、とにかく誤解は解きたかった。
だが蓮二郎はなかなか書斎から出て来なかった。
午後になるとチャイムが鳴った。
時間的に隼人だと思った了は迎えに出た。
「やぁ、今日もお邪魔するよ」
慣れた様子で隼人が玄関に入り、ドアに鍵をかける。
隼人は振り返ると、美しい顔で真面目に聞いてくる。
「毎回開けてもらうのも面倒だな。そろそろ合鍵をもらった方が良いかな?」
「また随分と遠慮ないですね!? 一応、ここは自分の家じゃないって覚えておいて下さいね!」
了はいつものように突っ込んでから、口を押えて振り返る。
「ん?」
隼人が訝し気に首を傾げた。
「あ、すみません、昨日からお客さんが来てるんです」
「お客?」
スリッパを履いて廊下に上がる隼人に説明をする。
旅先で会った蓮二郎が来ている事。そして彼が少し面倒な性格である事。了が嫌われている事。
「ふーん、また面白そうな子が来てるんだな。先生のファンでもあるようだし、挨拶してくるよ」
「え?」
戸惑う了を置いて、隼人は書斎に向かった。
あの二人は気が合うのか、了には分からなかった。
奏よりもある意味人間嫌いというか、人間に興味がなさそうな蓮二郎は、どういう反応をするのだろう。
暫くすると隼人が部屋から出てきた。
「小清水さん、どうでしたか?」
了が近づくと隼人は頷いた。
「普通に挨拶して話して来たよ。先生のファン同士、気も合うし、それなりに上手くやれそうだよ」
「マジですか?」
やっぱりこの人は生徒会長だけあって、人の心を掴む力があるのだろうか。
普段から世直し先生みたいな事をやっていて、問題児には慣れているのかもしれない。
ただの腐男子ではないんだなと感心してしまう。
「あの、俺の誤解は解けそうでした?」
「ああ、君の件か、それは自分で何とかしてくれ」
「え?」
了は隼人の前に立って必死に訴える。
「でもいつも学校の問題児を更生させてましたよね? 俺の誤解も小清水さんなら、簡単に解けちゃうんじゃないですか?」
隼人は了を見下ろして腕を組む。
「先生を巡っての誤解は君と彼との問題だろう? 学校内の生徒の問題とはまた別だよ。俺が出る幕はない」
「そんな……」
がっかりする了の肩に隼人は手を置く。
「君ならどうにか出来る問題だと思うよ」
普段と違い、信頼するような優しい言葉にドキリとした。
隼人は了の顔を覗きこむ。
「君も生徒会に入るんだ。これ位の問題は片付けてもらわないとね」
「だから俺は生徒会入らないって言ってるのに!」
隼人は楽しそうに笑うと、使い慣れた一階の客間に入っていった。
3時のおやつの時間は全員がリビングに集まった。
隼人と蓮二郎は普通ににこやかに会話をしていた。
了は複雑な思いでそれを見つめていた。
世の中には仲良くなれない人間がいる。性格が合わない人や、本当に意地悪な人とは友達になれない事もある。
でも蓮二郎の事を、了は嫌いなわけではなかった。
宗親の友人でもあるし、この先も付き合いがあるのだろう。
だったらやっぱり仲良くなりたかった。
「そうか、君も先生の本のあのキャラが好きなんだね。先生は作品も良いんだけど、人柄の良さが登場人物にもにじみ出ていると思うんだよ」
「はい、僕もそう思います!」
隼人と蓮二郎は楽しそうに語り合っていた。
そんな様子を見ると心底羨ましくなる。
自分も蓮二郎と笑顔で語り合いたい。いや、せめて普通に接して欲しい。少しでも微笑んで欲しい。
「あ、俺も、父さんの本は読んでるよ!」
話に入ろうと声をかけると、蓮二郎は冷たい目で了を睨んだ。
「息子なんだから、読んでて当然じゃないの?」
「……」
とても仲良くなれる気がしなかった。
結局、蓮二郎とは親しくなれないまま数日が過ぎた。
たまにリビングで二人きりになる時があっても、蓮二郎はスマホばかり弄っていて了の方を見ようとしなかった。
了は同じソファの、少し離れた場所に座る蓮二郎を見た。迷ったが勇気を出して声をかける。
「ねぇ、レンジ君は家では家事を全部してるの?」
蓮二郎はスマホから視線を上げると睨むような目で答えた。
「父さんは人形制作の作業に入ると、まったく家事をしないんですよ。だから仕方なくやってるだけです」
「そう……なんだ。芸術家の人とか、創作活動する人ってそうなりがちだよね。作業に熱中してしまうから」
「でも宗親おじさんは家事もちゃんとしてますよね? 僕の父は家事どころか、親らしい事なんかほとんどしないし、全く息子に興味ないですよ。離婚したから仕方なく一緒に暮らしてるってだけです」
「それは違うんじゃないかな?」
「何が違うって言うんですか?」
蓮二郎はスマホを置いた。刺すような瞳で見られたが、了は負けずに見つめ返す。
「息子に興味がないって事はないと思うよ。そうは見えなくても心の中ではちゃんと君の事を思ってるはずだよ。子供の事を好きじゃない親なんていないからね」
「あなたはバカですか?」
蓮二郎はソファから立ち上がった。
「そんな性善説を高校生にもなって信じてるんですか? 親が全部子供を好きなら虐待事件なんか起きないでしょ? でも現実は虐待される子供はたくさんいる」
「それは、確かにそうだけど……でも、少なくとも君は、お父さんのともかさんに愛されてると思うよ」
「他人のあなたにそんなの分かるわけないじゃないですか!」
蓮二郎は怒ったように大きな声を出すと、スマホを持ってリビングから出て行った。
了はそれを見送る事しか出来なかった。
でも蓮二郎がともかに愛されているのは間違いない。
了には確信があった。
それ以降も蓮二郎との仲は気まずいままだった。
隼人も宗親も、了と蓮二郎の不仲には気づきつつも、仲を取り持つ様子は見えなかった。
この日、了は気分転換に出かける事にした。
急に思い立ったので、一人での外出だった。
最近はミズキや奏など、誰かしら友人達と過ごす事が多かったので、一人で大きな駅まで遊びに来るのは久しぶりだった。
洋服や靴を眺めた後で、以前、奏と入ったゲームセンターを覗いてみた。
クレーンゲームは取れる気がしなかったのでスルーした。
アーケードゲームの前に来ると、他の人のプレイを後ろから眺める。
上手い人が居たらずっと見ていようと思ったが、なかなかそんな人は見つからなかった。
暫く眺めた後で外に出た。前のように芸能人に会う事もなかった。
コーヒーショップやファストフード店、ピザ専門店など飲食店が並ぶ通りを歩いて川沿いのビルに向かった。
そこで日常雑貨を買おうかと思っていると、少し先を歩く少年たちが目に入った。
「え?」
了は自分の目を疑った。
さっきまで家に居たはずの蓮二郎の姿が見えた。
5人位の同じ年頃の少年の集団に蓮二郎が混ざっていた。
了は思わず後をつけていた。
蓮二郎はこの辺りに住んでいたと言っていた。
昔の友人と会っていてもおかしくはない。
けれど違和感がある。
蓮二郎は自分で陰キャラだと言っていたし、人混みも嫌いだと言っていた。
そんな彼が町で一番の繁華街に来るだろうか?
しかも一緒にいるのはどう見ても陽キャラと言った感じの、派手な見た目の少年達だった。
頭の中で良くない想像がグルグルと回っていた。
昔の友人に呼び出され、無理やり付き合わされているのだろうか。
もしかしたら友達ではなく、カツアゲとか、金ヅルにされているのかもしれない。
ふとスマホを弄る蓮二郎の姿を思いだした。
SNSのオフ会という可能性を思いついた。
同じ趣味の人がネットの外で集まる事はよくある。
陰キャラでもそういう集まりには参加するかもしれない。
そう考えたが、やっぱり了は心配だった。
後ろ姿ばかりで、なかなか蓮二郎の顔が見えない。
その顔は笑顔なのか、曇ったものなのか。
もしも無理やり付き合わされているのなら助けないといけない。
少年たちが立ち止まった。
見るとカラオケボックスの前だった。
「カラオケ……」
あの蓮二郎とカラオケが結びつかなかった。
彼が大勢とカラオケに行って歌を歌う? いや、歌っていてもおかしくはない。
もしかすると凄く上手いとか、そういう可能性もある。
ただ彼のイメージにないと言うだけだ。でもそれは大きな違和感になる。
そもそも目の前の少年は本当に蓮二郎だろうか?
人違いかもしれない。
了が家を出た時、蓮二郎は家にいた。他人の空似の可能性もある。
いや、あんな美形のそっくりさんなんかいるか?
了は自分に突っ込み、蓮二郎がさっきまでどんな服を着ていたか思いだそうとしたが、思いだせなかった。
「早く入ろうぜ、時間もったいないからさ」
赤っぽい髪の少年が言った。
蓮二郎らしき少年が頷いた。
「僕、このあと行きたい場所があるから、途中で抜けるよ?」
「え、レンってばマジで?」
レンと呼ばれたのを聞いた瞬間、了の足は動き出していた。
カラオケボックスの前にいる蓮二郎の腕を掴む。
「行くよ! レンジ君!」
了は蓮二郎の腕を掴んで走り出していた。
今来た道を走りぬけ、川にかかった橋の上まで一気に移動した。
ここは以前、奏の事務所の先輩に絡まれた時に、走ってきたのと同じ場所だった。
息を整えた後で、蓮二郎を振り返った。
「急に連れて来てごめん! でも、レンジ君、陰キャだって、人混み嫌いだって言ってたから、あの人達に無理やり付き合わされてるのかと思って……」
了の事を蓮二郎は驚いたように見つめていた。
「えの、えっと怒ってる? あの人達知り合いだった? カツアゲじゃなかった?」
カツアゲという言葉にクスリと蓮二郎は笑った。
「あは、面白いな。僕がカツアゲされてると思ったの? ふ、ふふふ」
蓮二郎は本当に楽しそうだった。
蓮二郎が了に向かってこんな風に笑う姿を見せるのは初めての事だった。
「えっと、レンジくん?」
困惑していると、蓮二郎は走って乱れた髪をかきあげる。
「ふふ、ははは」
笑い続ける蓮二郎に不安になる。
「レンジくん?」
蓮二郎は声を出して笑うのをやめ、微笑んで了を見つめる。
「うん、そう、それなんだけどね、僕の名前はレンジでも蓮二郎でもないよ」
「え?」
蓮二郎と同じ美しい顔で、蓮二郎よりも妖艶に少年は告げた。
「うん、初めまして、かわい子ちゃん。僕の名前はレンジじゃなくて蓮太郎だよ」
「え?」
困惑する了の顎を掴んで、蓮太郎と名乗った少年は顔を寄せた。
「これからよろしくね」
蓮太郎はそのまま了の首筋に吸い付いた。
ちゅっという音と濡れた感触がした。
「へ?」
ええ!?
叫び声も出ない了に、唇を離した後で蓮太郎は微笑んでみせた。
何もかもが予想外の展開だった。
ロシア人とのハーフかと思う程の美しい顔とスタイル、そして透明感のある肌だった。
中学3年だと聞いていたが、男らしさよりも、女性的な美しさを感じさせる少年だった。
中性的な容姿と無表情のせいで、人形感がとにかく強い。
ダイニングの椅子に座り、了はマジマジと蓮二郎の顔を見つめていた。
初対面の時と同じように彼の顔には笑顔がない。
蓮二郎は了とは視線を合わさないように俯いているか、ほとんど宗親の方ばかりを見ていた。
「前にも話したけど、蓮二郎君は人形師の篠崎ともかさんの息子さんなんだ」
了の気まずさに気付かないように、宗親が笑顔で話し出した。
「父さんて、人形師の篠崎さんと知り合いなの?」
「ああ、そうだよ。元々は俺がファンだったんだけど、ともかさんもミステリーが好きで、俺の作品も読んでくれていた事がわかって、それから仲良くなったんだ」
一体いつ仲良くなったんだろう。
もしかしてそれが離婚の原因ではないかと疑ってしまう。
宗親は基本人間好きで、男女誰とでも親しくなる。しかも女性受けはとにかく良い。
もしや不倫などしていたのではと不安になる。
「お互いバツイチだって事もわかって、何かと話も合ったんだよ」
どうやら出会いは独身になってからのようだ。
不倫の可能性が消えた事にほっとした。
「お互い、息子一人を育てる男親同士、意気投合したって感じだな」
「え!」
了は驚きに立ち上がりそうになった。
「ちょっと待って! 男親ってなに!?」
「ん? ああ、言ってなかったか。ともかさんは男性だよ。女性っぽい名前だから誤解している人もいるが、有名な男性人形作家さん」
「マジか……」
最初に説明して欲しい事だった。
だがそれで少し納得がいった。
ほぼ同じ年頃の子供を持つ、芸術家同士。ミステリー好きなど趣味が合うのなら親しくもなるだろう。
「えっと、やっぱりともかさんも腐男子?」
「いや、違うよ。でも理解があるから、俺や他のお客さんが自分の作った人形でBL妄想しても文句を言ったりしない。すっっっごく良い人だよ」
宗親からすると腐男子を受け入れてくれるかどうかは、友人になれるかどうかの大事な部分なように感じた。
「お前が学校に行ってる間に、よくあの村まで、ともかさんに会いに行ってたんだよ。そこでレンジ君とも仲良くなったんだよ」
「え、日帰りしてたの? あの村まで?」
「余裕だぞ。北海道日帰りだってよくしてるぞ」
「いつの間に……」
了が学校に行っている間、宗親がどこまで出歩いているのか謎すぎだ。
まぁ、ちゃんと晩御飯の時間までに帰って来ているので文句はない。
「今ではともかさんだけではなく、レンジ君とも親友だ。ね、レンジ君」
宗親が声をかけると、無表情だった蓮二郎の顔に笑みが浮かんだ。
「おじさんにそう言ってもらえて嬉しいです」
心底嬉しそうな顔に見えた。
「やっぱりレンジ君はかわいいな。うちの息子にしたいよ、もう!」
「ぜひお願いします」
いやいや、そこはお断りした方が良いよ!
了は心の中で突っ込んだ。
「そんなワケで、レンジ君は俺の友達なんだ。しばらく家に泊まってもらうんで、リョウも仲良くしてくれよ」
「え、あ、うん」
俺はそうしたいけど、彼はそう思ってなさそうだよと言いたかったが堪えた。
笑顔で蓮二郎に向き直る。
「よろしくね、レンジ君」
「……よろしく」
嫌々という感じで、低い声で返事をされてしまった。
宗親への対応とは大違いだった。
やっぱり、彼に嫌われているのではなかという印象は正しかったようだ。
蓮二郎が泊るのは了の部屋の隣だった。
客間はいくつかあるのに、どうしてよりにもよって隣の部屋なんだと思ったが、一階の客間は隼人が昼間は入り浸っている事を思いだした。
翌日。
目が覚めてキッチンに行くと、蓮二郎と宗親が仲良く料理をしていた。
「おはよう、リョウ」
「お、おはよ」
宗親に挨拶され、了は答えながら二人を見た。
宗親がコンロで目玉焼きを焼いている横で、蓮二郎がサラダを用意していた。
ダイニングの椅子に座っていると、蓮二郎がサラダを運んできた。
「いつも何も手伝わないの?」
「え?」
冷たく言われて言葉がでない。
蓮二郎は軽蔑するように了を見る。
「二人暮らしなのに何でもおじさんにさせてるの? 呆れるね、それで僕より年上なわけ?」
言い返せなかった。
確かに了はいつも家事を宗親に任せっきりだった。
「イマドキ家事も出来ない男は女子にモテないよ。あ、別にそれでも良いのかな? だってあなた、男が好きなんでしょ?」
「え?」
予想外の発言に了は固まった。
蓮二郎は美しい顔で微笑む。
「やっぱりそうなんだ。この前会った時に見てて気付いたよ。友達とか言ってたけど、金髪の人とか距離近かったし、あと真面目そうな人が僕の事用心してるっぽかったし」
「違うよ! 本当に友達だってば! その、俺の方はそう思ってる……」
「ああ、なんだ、そういう事」
蓮二郎は納得したというように頷く。
「あなたはあの人達に一方的に好かれてるんだ? で、答をはぐらかしてモテるのを楽しんで弄んでるんだね?」
顔が熱くなった。
「違うよ!」
言ってから思った。本当に違うのだろうか。
告白されてスルーしている。それはどういう状況だろうか。弄んでいる事になるんだろうか。
俯いている了を見て、蓮二郎はため息をついた。
「本当に使えない息子さんだね。おじさんが本当にかわいそうだよ。僕ならおじさんを喜ばせてあげられるよ?」
「それってどういう意味だ?」
了は腕を組んでいる蓮二郎を見つめる。
「おじさんて腐男子でしょ?」
蓮二郎がその事を知っている事に驚いた。いや、でもさっきも宗親は自分で口にしていた事を思いだす。
「僕ならおじさんに喜んでもらえるように、彼氏だって適当に選んで作ってみせるよ。僕は家事の手伝いもするし、あなたよりずっと良い息子になれるって思ってる。だからおじさんを僕にちょうだいよ」
了は立ち上がると、腕を組んでいる蓮二郎に向き直った。
「彼氏を適当に選ぶってなんだよ? 言っておくけど、俺は恋人を適当に選んだりしない。そもそも父さんの為には選ばない。自分が好きになった人と付き合う」
「なっ」
普段無表情な蓮二郎の顔が変わった。
反対に了の心は静かになっていく。
「家事を手伝わないのは俺が悪いよ。そこはもう本当に君の方が立派だと思う。それは見習いたいとは思うよ。でもこれでもたまにはやってるんだ。自分なりにはね」
組んでいた手を解いて、蓮二郎は拳を握りしめていた。
「最後の父さんを欲しいってヤツも、それも良くないと思うよ。君には本当のお父さんがいるだろ? ウチの父さんではなく、ともかさんを大事にしなよ」
蓮二郎の体が小刻みに震えていた。
「……何も知らないくせに……」
小さな声だった。さっきまでの勢いがなくなっている。
「いや、だって何も知らないよ。君から何も聞いてないもん」
了が言うと蓮二郎は睨むように見つめてきた。その目が潤んで見えた。
「さ、ご飯が出来たぞ!」
明るい声で宗親が現れた。
「今日の朝食はホテル風だぞ。パンとサラダ、スクランブルエッグ、目玉焼き、ウインナー、コーンスープ、ヨーグルト、おかゆだ!」
「なんで最後がおかゆなんだよ?」
了の突っ込みに宗親は微笑む。
「ホテルの朝食は洋と和が両方用意されている物だろう? 当然おかゆも必須だ、漬物もある」
「ここは家だから洋か和、どっちかだけで良いと思うよ」
いつものノリだった。
「さ、二人共椅子に座って、食べよう!」
宗親のこの明るさはもしかしてわざとではないかと思った。
二人の険悪な雰囲気は見ればわかっただろう。
でも何も言わずに、いつものノリにするのが宗親らしいと思えた。
了は宗親のノリに合わせて席についた。
「レンジ君、今日はどうする予定? せっかくだからリョウに観光でも連れて行ってもらったらどうかな?」
目玉焼きをつつきながら宗親が訊ねた。
蓮二郎は美しい箸使いで、淡々と食事しながら答える。
「元々両親の離婚前はこっちで暮らしてたんで、別に今更行きたい所なんかないですよ」
「ああ、そっか。じゃあ、映画とかは? お金出すから二人で見に行ったら良いよ」
「僕、映画館とか興味ないです。小さい画面でも問題ないんで、そのうち待ってれば動画配信とかで見られますよね? そもそも人混みも嫌いなんです」
「……そうか、じゃあ、家で動画配信見る? うちのテレビ大きいし、ネットの画像も見られるんだ。リョウと二人で見たら良いよ」
蓮二郎は箸を置いた。
「そもそもなんでリョウさんと一緒の前提なんですか? 僕がここに遊びに来たのは宗親おじさんに会いたかったからですよ」
「ああ、うん、それは嬉しいんだけど、俺は仕事があるからずっと構ってあげられるワケじゃないから」
「問題ないです。書斎の本を読ませて頂くので邪魔はしません」
「ああ、そうだった。レンジ君も読書好きだったよね。ともかさんに似て」
「父には似てません。僕はおじさんに似てるんです」
「……」
さすがの宗親も蓮二郎の勢いに押されていた。
「知ってると思いますが、僕はインドア派なんです。いわゆる陰キャなんで友達もいないし、いなくて困らないんで、家で本を読んで、時々おじさんと話せれば満足です」
おとなしそうな見た目と違って、かなりはっきり物を言う事に了は驚いていた。
しかもとにかく宗親に懐いている事がわかった。
もしかして宗親の息子であるという事で、自分は嫌われているんだろうか。
考えていると蓮二郎がこちらを見た。
「なのでリョウさんは、僕の事は気になさらないで、どうぞお友達とお出かけして下さい」
そうは言われても返答に困る。
「えっと、俺の友達は会った事あるでしょ? 一緒に遊ばない?」
「今の話を聞いてなかったんですか? 僕は社交的な性格じゃないんですよ。一人で大丈夫なんで、放っておいて下さい」
これはもう仲良くなるのは無理だなと思った。
放っておく方がぶつかる事もなく問題も少ないだろう。
朝食後の食器は了が洗った。
隣で蓮二郎がそれを拭いている。
「一応、手伝うんですね」
冷たく言われた。
「まぁ、たまにだけど、でもさっきあれだけ言われたからね、手伝わないわけにはいかないだろ?」
「素直ですね、バカみたいに」
最後の一言はいわなくて良いのに。
「えっとさ、聞きたかったんだけど、君ってもしかして俺の事嫌い?」
蓮二郎は冷ややかな目で了を見た。
「もしかしなくても嫌いです」
予想はしていたが衝撃だった。誰かに嫌いだなんて言われるのは胸が痛い。
「君とは旅先で会ったのが初対面だよね? 今回で二回目でしょ? 俺の事最初から嫌いって言うのはどうして?」
食器を拭いていた蓮二郎の動きが止まった。
「……そんなのあなたが宗親おじさんの子供だからに決まってるでしょ。あんなに優しくて楽しくて良い人が父親だなんてズルイよ」
蓮二郎の声は泣きそうな物に思えた。
「レンジ君?」
声をかけたら睨まれた。
「あんな素敵な人を、腐男子だからって邪険にしたり、お茶をかけるなんて間違ってる! あなたは贅沢で嫌な人だ!」
蓮二郎はふきんを投げ捨てるようにキッチンに置くと、宗親のいる書斎に向かっていった。
了は拭き終わって揃えられた食器を見ながら頭を押さえた。
多分、普段の日常が宗親の口から伝わっていたのだろう。
いつもの冗談、ふざけたノリ突っ込みだが、話だけで聞いていたら雰囲気が上手く伝わらず、蓮二郎からすると印象が悪かったのだろう。
了は宗親の腐男子をバカにしているつもりはなかった。趣味は認めている。
行き過ぎた時に突っ込みを入れているだけのつもりだった。
お茶をかけたのは良くなかったかもしれないが、それもその場のノリ的なモノだった。
どうやったらこのノリが蓮二郎に通じて、誤解が解けるのかわからなかった。
蓮二郎は宣言通り、ほとんど宗親の書斎に入り浸っていた。
宗親が執筆をしている横で、ひたすら本を読んでいるらしい。
了と蓮二郎は昼食の時に再び顔を合せたきりだった。
了はリビングのソファに座り、テレビを見ながら蓮二郎が出てくるのを待っていた。
どうやって仲良くなったら良いかわからなかったが、とにかく誤解は解きたかった。
だが蓮二郎はなかなか書斎から出て来なかった。
午後になるとチャイムが鳴った。
時間的に隼人だと思った了は迎えに出た。
「やぁ、今日もお邪魔するよ」
慣れた様子で隼人が玄関に入り、ドアに鍵をかける。
隼人は振り返ると、美しい顔で真面目に聞いてくる。
「毎回開けてもらうのも面倒だな。そろそろ合鍵をもらった方が良いかな?」
「また随分と遠慮ないですね!? 一応、ここは自分の家じゃないって覚えておいて下さいね!」
了はいつものように突っ込んでから、口を押えて振り返る。
「ん?」
隼人が訝し気に首を傾げた。
「あ、すみません、昨日からお客さんが来てるんです」
「お客?」
スリッパを履いて廊下に上がる隼人に説明をする。
旅先で会った蓮二郎が来ている事。そして彼が少し面倒な性格である事。了が嫌われている事。
「ふーん、また面白そうな子が来てるんだな。先生のファンでもあるようだし、挨拶してくるよ」
「え?」
戸惑う了を置いて、隼人は書斎に向かった。
あの二人は気が合うのか、了には分からなかった。
奏よりもある意味人間嫌いというか、人間に興味がなさそうな蓮二郎は、どういう反応をするのだろう。
暫くすると隼人が部屋から出てきた。
「小清水さん、どうでしたか?」
了が近づくと隼人は頷いた。
「普通に挨拶して話して来たよ。先生のファン同士、気も合うし、それなりに上手くやれそうだよ」
「マジですか?」
やっぱりこの人は生徒会長だけあって、人の心を掴む力があるのだろうか。
普段から世直し先生みたいな事をやっていて、問題児には慣れているのかもしれない。
ただの腐男子ではないんだなと感心してしまう。
「あの、俺の誤解は解けそうでした?」
「ああ、君の件か、それは自分で何とかしてくれ」
「え?」
了は隼人の前に立って必死に訴える。
「でもいつも学校の問題児を更生させてましたよね? 俺の誤解も小清水さんなら、簡単に解けちゃうんじゃないですか?」
隼人は了を見下ろして腕を組む。
「先生を巡っての誤解は君と彼との問題だろう? 学校内の生徒の問題とはまた別だよ。俺が出る幕はない」
「そんな……」
がっかりする了の肩に隼人は手を置く。
「君ならどうにか出来る問題だと思うよ」
普段と違い、信頼するような優しい言葉にドキリとした。
隼人は了の顔を覗きこむ。
「君も生徒会に入るんだ。これ位の問題は片付けてもらわないとね」
「だから俺は生徒会入らないって言ってるのに!」
隼人は楽しそうに笑うと、使い慣れた一階の客間に入っていった。
3時のおやつの時間は全員がリビングに集まった。
隼人と蓮二郎は普通ににこやかに会話をしていた。
了は複雑な思いでそれを見つめていた。
世の中には仲良くなれない人間がいる。性格が合わない人や、本当に意地悪な人とは友達になれない事もある。
でも蓮二郎の事を、了は嫌いなわけではなかった。
宗親の友人でもあるし、この先も付き合いがあるのだろう。
だったらやっぱり仲良くなりたかった。
「そうか、君も先生の本のあのキャラが好きなんだね。先生は作品も良いんだけど、人柄の良さが登場人物にもにじみ出ていると思うんだよ」
「はい、僕もそう思います!」
隼人と蓮二郎は楽しそうに語り合っていた。
そんな様子を見ると心底羨ましくなる。
自分も蓮二郎と笑顔で語り合いたい。いや、せめて普通に接して欲しい。少しでも微笑んで欲しい。
「あ、俺も、父さんの本は読んでるよ!」
話に入ろうと声をかけると、蓮二郎は冷たい目で了を睨んだ。
「息子なんだから、読んでて当然じゃないの?」
「……」
とても仲良くなれる気がしなかった。
結局、蓮二郎とは親しくなれないまま数日が過ぎた。
たまにリビングで二人きりになる時があっても、蓮二郎はスマホばかり弄っていて了の方を見ようとしなかった。
了は同じソファの、少し離れた場所に座る蓮二郎を見た。迷ったが勇気を出して声をかける。
「ねぇ、レンジ君は家では家事を全部してるの?」
蓮二郎はスマホから視線を上げると睨むような目で答えた。
「父さんは人形制作の作業に入ると、まったく家事をしないんですよ。だから仕方なくやってるだけです」
「そう……なんだ。芸術家の人とか、創作活動する人ってそうなりがちだよね。作業に熱中してしまうから」
「でも宗親おじさんは家事もちゃんとしてますよね? 僕の父は家事どころか、親らしい事なんかほとんどしないし、全く息子に興味ないですよ。離婚したから仕方なく一緒に暮らしてるってだけです」
「それは違うんじゃないかな?」
「何が違うって言うんですか?」
蓮二郎はスマホを置いた。刺すような瞳で見られたが、了は負けずに見つめ返す。
「息子に興味がないって事はないと思うよ。そうは見えなくても心の中ではちゃんと君の事を思ってるはずだよ。子供の事を好きじゃない親なんていないからね」
「あなたはバカですか?」
蓮二郎はソファから立ち上がった。
「そんな性善説を高校生にもなって信じてるんですか? 親が全部子供を好きなら虐待事件なんか起きないでしょ? でも現実は虐待される子供はたくさんいる」
「それは、確かにそうだけど……でも、少なくとも君は、お父さんのともかさんに愛されてると思うよ」
「他人のあなたにそんなの分かるわけないじゃないですか!」
蓮二郎は怒ったように大きな声を出すと、スマホを持ってリビングから出て行った。
了はそれを見送る事しか出来なかった。
でも蓮二郎がともかに愛されているのは間違いない。
了には確信があった。
それ以降も蓮二郎との仲は気まずいままだった。
隼人も宗親も、了と蓮二郎の不仲には気づきつつも、仲を取り持つ様子は見えなかった。
この日、了は気分転換に出かける事にした。
急に思い立ったので、一人での外出だった。
最近はミズキや奏など、誰かしら友人達と過ごす事が多かったので、一人で大きな駅まで遊びに来るのは久しぶりだった。
洋服や靴を眺めた後で、以前、奏と入ったゲームセンターを覗いてみた。
クレーンゲームは取れる気がしなかったのでスルーした。
アーケードゲームの前に来ると、他の人のプレイを後ろから眺める。
上手い人が居たらずっと見ていようと思ったが、なかなかそんな人は見つからなかった。
暫く眺めた後で外に出た。前のように芸能人に会う事もなかった。
コーヒーショップやファストフード店、ピザ専門店など飲食店が並ぶ通りを歩いて川沿いのビルに向かった。
そこで日常雑貨を買おうかと思っていると、少し先を歩く少年たちが目に入った。
「え?」
了は自分の目を疑った。
さっきまで家に居たはずの蓮二郎の姿が見えた。
5人位の同じ年頃の少年の集団に蓮二郎が混ざっていた。
了は思わず後をつけていた。
蓮二郎はこの辺りに住んでいたと言っていた。
昔の友人と会っていてもおかしくはない。
けれど違和感がある。
蓮二郎は自分で陰キャラだと言っていたし、人混みも嫌いだと言っていた。
そんな彼が町で一番の繁華街に来るだろうか?
しかも一緒にいるのはどう見ても陽キャラと言った感じの、派手な見た目の少年達だった。
頭の中で良くない想像がグルグルと回っていた。
昔の友人に呼び出され、無理やり付き合わされているのだろうか。
もしかしたら友達ではなく、カツアゲとか、金ヅルにされているのかもしれない。
ふとスマホを弄る蓮二郎の姿を思いだした。
SNSのオフ会という可能性を思いついた。
同じ趣味の人がネットの外で集まる事はよくある。
陰キャラでもそういう集まりには参加するかもしれない。
そう考えたが、やっぱり了は心配だった。
後ろ姿ばかりで、なかなか蓮二郎の顔が見えない。
その顔は笑顔なのか、曇ったものなのか。
もしも無理やり付き合わされているのなら助けないといけない。
少年たちが立ち止まった。
見るとカラオケボックスの前だった。
「カラオケ……」
あの蓮二郎とカラオケが結びつかなかった。
彼が大勢とカラオケに行って歌を歌う? いや、歌っていてもおかしくはない。
もしかすると凄く上手いとか、そういう可能性もある。
ただ彼のイメージにないと言うだけだ。でもそれは大きな違和感になる。
そもそも目の前の少年は本当に蓮二郎だろうか?
人違いかもしれない。
了が家を出た時、蓮二郎は家にいた。他人の空似の可能性もある。
いや、あんな美形のそっくりさんなんかいるか?
了は自分に突っ込み、蓮二郎がさっきまでどんな服を着ていたか思いだそうとしたが、思いだせなかった。
「早く入ろうぜ、時間もったいないからさ」
赤っぽい髪の少年が言った。
蓮二郎らしき少年が頷いた。
「僕、このあと行きたい場所があるから、途中で抜けるよ?」
「え、レンってばマジで?」
レンと呼ばれたのを聞いた瞬間、了の足は動き出していた。
カラオケボックスの前にいる蓮二郎の腕を掴む。
「行くよ! レンジ君!」
了は蓮二郎の腕を掴んで走り出していた。
今来た道を走りぬけ、川にかかった橋の上まで一気に移動した。
ここは以前、奏の事務所の先輩に絡まれた時に、走ってきたのと同じ場所だった。
息を整えた後で、蓮二郎を振り返った。
「急に連れて来てごめん! でも、レンジ君、陰キャだって、人混み嫌いだって言ってたから、あの人達に無理やり付き合わされてるのかと思って……」
了の事を蓮二郎は驚いたように見つめていた。
「えの、えっと怒ってる? あの人達知り合いだった? カツアゲじゃなかった?」
カツアゲという言葉にクスリと蓮二郎は笑った。
「あは、面白いな。僕がカツアゲされてると思ったの? ふ、ふふふ」
蓮二郎は本当に楽しそうだった。
蓮二郎が了に向かってこんな風に笑う姿を見せるのは初めての事だった。
「えっと、レンジくん?」
困惑していると、蓮二郎は走って乱れた髪をかきあげる。
「ふふ、ははは」
笑い続ける蓮二郎に不安になる。
「レンジくん?」
蓮二郎は声を出して笑うのをやめ、微笑んで了を見つめる。
「うん、そう、それなんだけどね、僕の名前はレンジでも蓮二郎でもないよ」
「え?」
蓮二郎と同じ美しい顔で、蓮二郎よりも妖艶に少年は告げた。
「うん、初めまして、かわい子ちゃん。僕の名前はレンジじゃなくて蓮太郎だよ」
「え?」
困惑する了の顎を掴んで、蓮太郎と名乗った少年は顔を寄せた。
「これからよろしくね」
蓮太郎はそのまま了の首筋に吸い付いた。
ちゅっという音と濡れた感触がした。
「へ?」
ええ!?
叫び声も出ない了に、唇を離した後で蓮太郎は微笑んでみせた。
何もかもが予想外の展開だった。
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