父が腐男子で困ってます!

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6・告白合戦

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世界が真っ黒に見えていた。

格好良いとか美しいとか、顔についてはたくさん褒められてきた。
そんな人間は祝福されて幸せになれるんだと思っていた。
でも現実はそんなモノではなかった。

美しかろうが醜かろうが不幸はやってくる。
いやむしろ美しい分、より多くの汚い心を見せつけられてきた。
美しくなければ見ないで済んだであろう、人間の醜さを知った。
そんな目に遭うなら、美しくなんか生まれたくなかった。

自分に近づく人間のすべてが信用できなくなった。
もう裏切られたくない。夢も見たくない。
そう思っていた時に了に出会った。

真っ黒な世界で了だけが輝いて見えた。




放課後の廊下に了はいた。
目の前には美貌の少年、奏がいる。

最近の不自然な出来事を宗親の依頼だと思い、響を呼び出して問い詰めた。
けれど返ってきたのは予想外の言葉だった。

今朝の呼び出しの内容を、響は奏に話したのだろう。
いや、逆かもしれない。
響を呼び出した事に、奏が気付いた可能性もある。

今朝とは違い、今度は了が人気のない場所に呼び出されていた。
本当は来たくなかった。
奏の事を嫌いになったとかそういう事ではない。
でも二人で会いたくはなかった。
何を言われるのかと考えると、胸の中が重たくなった。

窓から差し込む強い日差しをさけて、二人は日陰で見つめ合う。
奏は真剣な顔をしていた。
いつ見ても完璧な美貌だ。
顏の作りも良いが、こうやって対峙するとそのスタイルの良さに圧倒される。
モデルもしているというだけあって背も高いが、とにかく足が長い。
細身なのに華奢な感じや弱そうな感じがしない。
ダンスもしているらしいので、しっかり筋肉がついているのかもしれない。

「前にヒビキが、ボッチだった俺に声をかけたのが出会いだったって言ってただろう?」
出会った日の事を思い出した。
ボッチとは独りぼっちの意味だ。
心を閉ざしていた奏は、教室でいつも一人で過ごしていたと聞いている。

「5組に来ていたヒビキに声をかけたのは俺の方なんだ。もちろんリョウに近づくために」
何で? と聞きかけてやめた。
奏は以前から了の事を知っていたと言っていた。

「入学してすぐに了の存在を知って、ずっと見てたんだ。最初にお年寄りを助けたのはたまたまなのか、そうじゃないのか知りたかった。でもその後も了はいろんな人に親切にしていた。ああ、この人は本物だ。信頼できる善良な人間なんだなって思った」
「……なんか、褒めすぎだよ」
人間として認めてもらえるのは嬉しい。嬉しいけれど……。
了は今、逃げ出したい気持ちだった。
これ以上聞くのは良くない。そんな予感がしていた。

「ヒビキがリョウの友達なのは知ってたから、仲間になりたくて俺から声をかけた。更に出来たらリョウと二人で過ごせるようにして欲しいって頼み込んだ。ヒビキは良いヤツだったから、俺に協力してくれてたんだ。ミズキがいない日を狙って、ミズキを除け者にするようになったのは悪かったって思っている」

奏はやっぱり良い人だなと思う。
奏に協力した響だって別に悪いというわけではない。
宗親が自分の妄想の為に、了と奏を会わせていたと考えた時より、よっぽど気分は良い。
けれど……。
了の心臓は大きく脈打っていた。
黙り込んでいる奏の次の言葉が怖い。
ここで笑顔で「気にしてないよ」と告げて無理に話を終わらせてしまいたい。
そう、そうするべきだ。
了が唇を開くより一瞬早く、奏の声が聞えた。

「ずっとリョウの事が好きだった」

予想していた言葉だが、了は動揺してゴクリと唾を飲み込んだ。
そう、そんな事を言われるのだと予感があった。
先日のやりとりからずっと、奏の思いは伝わっていた。
どちらかと言うと鈍い了でもわかる位に。

「俺はリョウのお父さんみたいな腐男子じゃないし、同性愛者でもない。でもリョウの事が好きだ。友情の域を超えて好きだ」

告白される予感はあったのに、返事は上手く出てこなかった。
返事は決まっている。友達としては好きだけど恋愛感情はない。
そんな思いを言葉にして、傷つけないように上手く伝えたい。
予期出来ていたのに、その言葉が出てこない。
喉が張り付く。
苦しさに胸を押さえた時、奏が微笑んだ。

「そんな顔しないで良いよ」
「え?」
了は呟いて奏を見る。

「告白の返事をもらうつもりはないんだ」
動揺する了に奏は続ける。

「好きって気持が溢れて止まらなくて、この前もちょっとアピールしちゃってたし、更にヒビキに頼んでたこともバレたしで、丁度良いから告白したけど、でも返事はいらないよ。どうせ友達にしか思えないって言われるってわかってたし」
スッキリした表情で、少し微笑みながら奏は続ける。

「リョウが俺の事好きじゃないのに、付き合って欲しいとか恋人になりたいなんて言うつもりはないんだ。いつか好きになってもらえたら嬉しいけど、でもすぐにとか、言うつもりはない。このまま今と同じように友達として一緒に居られるだけで十分幸せだと思ってるんだ」

奏の言葉がゆっくりと心に浸透していく。
このまま、今のまま。
それは了が望んでいた事だった。
告白を断った事で、奏が自分達から離れていくのは淋しいと思っていた。
だから返事が上手く言葉として出てこなかった。
でも奏が今まで通り一緒に居て、みんなと過ごせるならこんなに嬉しい事はない。
胸の中にあった不安や重苦しさが吹き飛んだ。

「俺もカナデの友達でいたいよ。カナデの言う通り、恋人とか恋愛とか、俺にはまだわからなくて、そういうのじゃないけど、でも今までと同じようにカナデと一緒に過ごしていきたい」
「うん、ありがとう」
奏が晴れやかに笑った。
その表情に心底安堵する。

「でも俺がリョウの事好きでいるのは許してくれるかな?」
「それは、うん……大丈夫」
好きという感情は急に止まる物ではない。それは仕方がない事だ。
「ありがとう、じゃあ、リョウに同じ気持ちになってもらえるように頑張るよ!」
「うん! ん……?」
アレ、なんか違うか?
そう思って首を傾げたが、奏が幸せそうな顔をしていたので、何も言えなくなった。

「じゃ、そろそろ戻ろうか。ミズキもヒビキも心配してると思うし」
「うん」
響に促され、了は二人が待つ教室に向かって歩き出した。


二人がいる7組の教室前まで戻ってきた時、廊下にいる一人の少女が目に入った。
明るい茶色の髪の美少女だ。
彼女はカフェオレのパックをストローで飲みながら、じっとこちらを見ていた。
視線の先には奏がいるので、おそらく彼のファンなのだろう。
当の奏はまったく眼中にない様子でその前を歩き去った。


教室に入ると心配そうな顔の響が出迎えた。
「お、おかえり」
普段明るい響の顔が不安そうに見える。
そんな響の肩に奏は手を乗せる。
「大丈夫だよ。俺達は今まで通りだ。あといろいろ協力ありがとう」
「そっか、良かったよ」
そんな二人と了を見て、ミズキが口を開く。
「よく分からないけど、問題が片付いたなら良かったよ」

奏がミズキの前に立つ。
「俺は本当言うとミズキにはもっと話したい事があるんだけど、でも今度にするよ」
「そっか。まぁ話があるならいつでも聞くよ」
「うん……」
奏は複雑な顔で少しだけ微笑んでいた。



今までのように四人で一緒に下校した。
帰り道では響が悪ふざけをしたり、すっかりいつもの調子に戻っていた。
告白されてドキドキしていた事も忘れる位に、今までと同じだった。

すっかり安堵しながら、了は自宅に帰った。
玄関を開けると異変に気付いた。見知らぬ靴がある。
誰か来ているのだろうか?
そう考えながらリビングに向かう。

「ただいま……」
「お帰り、リョウ」
そこには穏やかな微笑を浮かべた藤森紫苑がいた。

「え、シオンさん?」
驚く了に宗親が笑顔で告げる。
「買い物に○○駅まで行ったら、偶然会っちゃってさ、家に誘ってしまいました!」
絶対偶然じゃない! と思うが突っ込まずにいた。
今朝まで奏の件で宗親を疑っていたが、それは勘違いだった。今度も一応本当の可能性もある。

「いやー、紫苑君がどうしても家に来たいって言うし! リョウに会えないと死んじゃうって言うから、父さん仕方なく連れてきたんだよ!」
「絶対に嘘だよな!? 来てくれないと死んじゃうって自分が言ったんだよな!?」
突っ込みつつ紫苑を見る。
「すみません、父さんが無理言って……」
「いや、良いよ。リョウに会いたかったのは本当だし」
「シオンさん」
やっぱり優しい人だよなと思う。

「まぁリョウも手を洗ってソファに座れば? 今からお菓子出す所だったからさ」
「じゃあ、食べる」
了はカバンをしまってくると紫苑の横に座った。

連絡は取り合っていたが、直接会うのはあのお見合い以来だった。
リョウと呼び捨てで呼ばれるようにもなり、前よりも心の距離が縮んだような気がした。

紫苑は相変わらず美しく、穏やかな顔で了を見つめてくる。
「制服姿、初めて見るから新鮮だな」
「え、ああ、そうですか?」
ただの白シャツに黒ズボンなので、先日のお見合いとあまり変わり映えしない格好だ。
「それを言うなら、シオンさんの方が制服、新鮮です」
裕福な私立高校の制服らしく、デザインが特徴的な制服だった。紫のネクタイにシャツのラインまで紫だ。

「この制服、リョウが着たら似合いそうだね」
「いや、そんな、お上品そうなの似合わないですよ!」
「リョウは上品な格好とか綺麗な服装、似合うと思うよ」
それは貴方です! と言いたい。この人に、おとぎ話の王子様の格好させたら完璧だと思う。
「良かったら今度着てみる?」
「え、王子様衣装?」
「ん? 着てみたいなら用意するよ?」
紫苑は父親から与えられているというカードを翳して見せた。
「いや、いらないですから! というか、シオンさんが王子様似合いそうって話です!」
紫苑は楽しそうにクスクスと笑っていた。

「君といると本当に楽しいな。こんな弟がいて、毎日すごせたら幸せだろうなって思うんだ」
紫苑は意味ありげに横にいる了を見る。
「宗親さん、母さんの事どう思ってるのかな?」
了も気になってはいた。でも聞いてもいつもBL話に持っていかれて、はぐらかされてしまう。
「父さんの気持ちは俺にもわかんないです。でも俺もシオンさんみたいなお兄さんがいてくれたら嬉しいです」
「リョウ」
紫苑は嬉しそうに微笑んで了を見つめる。
横に座っているせいで距離が近い。向かいに座れば良かった。そう思っていると更に紫苑の顔が近づく。
「え、え?」
鼻が触れそうな程の距離で紫苑は微笑む。
「二人で並んで歩いたら、本物の兄弟に見えるかな?」
「どうでしょう? 俺にはシオンさんみたいな優雅さがなくて、ガサツなんでって……父さん何してんの!?」
キッチンから宗親が動画撮影していた。
「なんで撮影してんだよ!」
「言っただろう? 息子の成長記録としてファーストキスのシーンはかかせないと!」
「しないから、キスとか!!」
叫ぶ了の横で紫苑が真顔で告げる。
「キスする? しても良いよ? かわいい弟とお父さんが出来るなら、何でもするよ?」
「そのセリフ、父さんには絶対言っちゃダメだから!」

了はここにいるのはマズイと感じた。宗親によけいな事は聞かれたくない。
「ちょっと俺の部屋にいきましょうか?」
「良いの? リョウの部屋見てみたかったんだ」
「二人で部屋に!? 待ってくれ、まだ隠しカメラを仕掛けてないから、あと10分時間をくれ!」
懇願する宗親を無視して了は立ち上がった。
「じゃ、部屋は二階なんでっ、えっ!」

何かを踏んでバランンスを崩した。
倒れそうになった了を紫苑が抱きとめる。
おとぎ話の王子様とお姫様が、抱き合って踊りを踊るような格好になった。
紫苑はキラキラとした瞳で了を見つめる。

「大丈夫? 君が転ばなくて良かったよ」
「……」
言葉が出なかった。
了が踏んだのはティッシュの箱だった。普段はテーブル横の棚に置いてある。
床になんかあるハズがない物だ。
それを踏んで転びそうになるなんて……・。

忘れていたワケではなかった。てっきりあんな作戦は、もうしないんだと勝手に考えていた。
前回、紫苑は了をピンチに陥れては助けて親しくなるという事をしていた。
まさかそれが継続しているなんて。
「君は大事な弟候補なんだから、ケガには気をつけてね。ああ、大丈夫、俺がいる時は守ってあげるから、大きなケガなんか絶対にさせないよ?」
「……」
分かっている。この人は不器用なだけなんだ。悪い人ではない。
了は気を取り直して自室へと紫苑を案内した。

「ここが俺の部屋なんですが、狭くてすみません。床かベッドかに座って下さい」
「綺麗にしてるんだね」
「最近、急に友達が遊びに来る事が増えたんで、前よりはちょっと気をつかってます」
「リョウは明るいし優しいし、友達が多そうだよね」
「そんな事ないです。普通ですよ、多分」
紫苑は部屋にあった本棚を覗きこむ。天井近くまでぎっしり本が詰まった本棚だ。
「結構、漫画も読むんだね」
「漫画も小説も好きですよ。ミステリーも父さんの影響で好きなんですが、そっちは父さんの書斎にあるんで、ここにはないです。シオンさんもミステリー読むんですよね? 良かったら父さんの書斎も見ますか?」
「うん、でも今はこれが気になるかな。俺も漫画好きなんだ。この本、前にアニメになってたよね?」
「ああ、それ! ちょっとグロいけどミステリーよりで面白いですよね? 読むなら全巻貸しましょうか?」
「ありがとう、借りていきたいな、今取ってもいい?」
「どうぞ」
答えると、紫苑は一番上の段から1、2冊ではなく全巻をいっぺんに掴んで取り出した。当然持ちきれない。
「わっ」
「落ちる!」
二人がかりで本を支えようとして失敗する。
しかもお互いの体が邪魔でぶつかりあう。バランスを崩して二人でベッドに倒れ込む。

「ご、ごめんね……」
ベッドに横になった姿勢のまま紫苑が謝る。
「い、いえ……」
これもワザとなんだろうか。ただのドジっ子だろうか。考えるように無意識に了は目を閉じた。

「どこかぶつけた?」
紫苑の手が前髪に触れて、パチリと目を開ける。
至近距離で窺うように見つめられて顔が熱くなった。
「だ、大丈夫で……」
「お菓子の用意が出来たんで持ってきたよー!!」
ノックもなく扉が開いた。

ベッドで見つめ合う二人を見て、宗親がカメラの連写ボタンを押した。
「ちょ、やめろ! 誤解だ! 何もしてないから! てか何で、お盆じゃなく一眼レフカメラ持ってんだよ!」
「気にするな。たまたまだ」
「たまたまのワケないだろう! ってかレフ板広げるなよ!」
「知らないのか? レフ板がある方が綺麗に取れるんだぞ?」
「そんな話はしてない!」
二人は大騒ぎだったが、本を片付けながら紫苑は楽しそうに笑っていた。


夕飯前に紫苑は帰宅したのだが、宗親はその後もご機嫌の様子だった。
今も二人で向かい合ったダイニングテーブルで、画像を見てはニヤニヤしている。
「いやー良い写真が撮れたよ。シオン君にも画像送っておいたら喜んでくれてたぞ。限りなくキスシーンに近い写真で最高だって!」
「そんな事言うワケないだろ! あの人は腐男子じゃないんだから!」
「ああ、返信は美姫さんからだ。あの人結構腐女子よりなんだなー。いや、本当に良い人みつけたよ。お見合い万歳だ! またしようかな?」
「今度は息子の連れ子はいない人にしてくれよな!」
了の発言に宗親は無表情になる。
「それじゃ意味ないだろ?」
「真顔で言うな!」
了の突っ込みも気にせずに、宗親はテーブルにあった麦茶のグラスに口をつける。

「あ、そうだ、今度、父さんサイン会する事になったんだよ」
「サイン会?」
了は首を傾げた。
ミステリー作家である宗親だが、今までサイン会を開いた事はなかった。
「イケメンすぎるから顔は出せない!」 「売れても顔のお陰だと言われるのが目に見えている!」
そんな風に宗親は言い張っていて、今までは顔出しNGで著者近影なども載せずに来たのだ。

「珍しいな、なんかあったの?」
了は真剣に訊ねたのだが、宗親はニヤリと笑った。

「お前がイケメンの友達と一緒に、俺のサイン会をこっそり覗きにくる展開や、その際に起きるBL的ラッキースケベとか想像するとサイン会を開いても良いんじゃないかって気持ちになった! いや、むしろ楽しみだから友達をつれてサイン貰いに来い! ラッキースケベを起こせ!」
了は自分の飲んでいた麦茶を、宗親にぶちまけていた。




学校での昼休み。了はいつものメンバーと購買近くのベンチにいた。

「相変わらずおじさん面白いな! それでリョウはサイン会に行くのか?」
昨夜の話を聞いた響は楽しそうに声を上げた。
「行かないよ。どんなトラップが仕掛けてあるか分からないからな」
「トラップって?」
「例えばイケメンの編集者がいるとか、イケメンの書店員がいるとか、そういうヤツ」
「ああ、確かにありそうだな」
頷く響だったが、奏は隣で渋い顔をしていた。
「お父さんは面白いけど、そういうライバル増やされそうなのは笑えないな」
了は飲んでいた牛乳をふきだす所だった。
「カ、カナデ?」
動揺しながら呟くと、奏は「ん?」と首を傾げる。

「ああ、俺がリョウを好きだって事? このメンバーには内緒にしてないよ。だいたい二人共最初から気づいてたし」
了はずっと黙っていたミズキを見る。
「ミズキも知ってたの?」
ミズキは頷いた。
複雑な気持ちだった。以前、ミズキは了の事を好きだと言っていた。それはもう良いのだろうか?
眠っていた子を起こすような事にならないのだろうか。

「カナデがリョウを好きになるのは自由だから、それは気にしてない。俺はカナデの事も友人として好きだしね」
「あ、そうなんだ?」
少し意外なようなそうでもないような。
そう考える了の前で、ミズキは真剣な瞳を奏に向ける。
「でもリョウを傷つけたり、泣かせるような事は許さないよ」
ミズキの目を奏は正面から受け止める。

「うん、それはわかってる。本当はリョウを泣かせるような事したいけど、でも出来ないって」
「ちょっと待ってなんなの!? 俺を泣かせるような事って! いや、いい! 言わないで、絶対言わないで!」
頭を抱えて叫ぶ了を見て、奏は微笑む。
「そういうの、かわいくて仕方ないんだけどな」
呟く奏をミズキはじっと見つめていた。



放課後、最近待ちあわせに使っている二階のホールに了とミズキはいた。
二階のホールは吹き抜けになっていて、一階の昇降口や前庭が見渡せた。

響は友人と約束があると言って、先に帰っていった。今度の約束は本当のようだ。
奏のいる5組のホームルームが終るのを二人で待っていたのだが、了の視界に一人の少女が入った。

明るい髪の色の美人で、片手にカフェオレを持っていた。先日も見かけた事を思い出す。
あの子、前もカフェオレ飲んでた。好きなのかな?
カフェオレはパックに入った500ミリの物で、同じ物が購買で買える。

視線に気づいたのか、少女はこちらに近寄ってきた。
ドキリとした。
普段女子とはあまり話さないから扱いには慣れていない。
しかも彼女の目当てと思われる奏はまだ来ていないのに、何の用だろう。

「あなた達、7組の人達だよね?」
「あ、うん」
緊張しながらも声が出た。
ミズキは了の隣に立ち、少女を観察するように見ている。
美しい少女だったが、その目の強さに了は少したじろいでいた。
綺麗だが性格の強さが現れている。威圧感のある美人だ。

「最近、咲田君とあなた達一緒にいるよね? いつも一緒に帰ってるみたいだし。どういう事なの? あの人、誰とも友達にならないって言ってたのに」
「どうしてって……友達になったんだよ。普通に」
「普通って何よ!」
彼女は急に怒り出した。

「私達が声かけた時は断られたのよ! しかもその後はほとんど無視! 一体どんな手を使ったのよ?」
「……だから普通に友達になっただけだって言ってるだろ」
ミズキが少し怒ったように声を出した。
「あなたには聞いてないの! こっちのあなた、確か尾崎君だっけ? なんでいつも一緒にいるの? 私見たんだから、二人で出かけてるの!」
少女の剣幕にたじろぎながら了は言う。
「友達なんだから二人で出かけても不思議はないだろ?」
彼女の顔に青筋が浮かんだのが見えた。
「友達なのに手を繋いで歩くの? そんなの変じゃない!」
手を繋ぐ?

一瞬の間の後で気付いた。
ゲーセンから逃げ出した時に、手を引かれて駅近くの橋まで歩いた。
「あれはちょっとトラブルがあって……」
「なんなのあなた、男のくせに咲田君の事好きなの? ホモとか最高に気持ち悪いんだけど!」
ショックを受けた。事実とは違うが、それでも十分傷つく言葉だった。
「あなたも、あなた達なんかと一緒にいる咲田君ももう知らない!」
彼女は持っていたカフェオレを持ち上げた。
次の瞬間、それは了に向かって投げられた。
「わっ!」
空中に飛び散る液体がスローモーションのように見えた。

カフェオレを頭から被ると思ったその時、一瞬早くミズキが前に出て了を庇った。
ミズキの腕に当たってカフェオレのパックが床に落ちる。
スローモーションから時間が戻った。

「何やってんだよ!」
叫ぶ声に振り返ると、驚いた様子の奏がいた。
少女は奏を見ると慌てて逃げ出した。

奏は少女ではなく了とミズキに走り寄ってきた。
「大丈夫か?」
「ケガはない。けど、シャツは汚れた」
了を庇ったミズキはカフェオレで制服を汚してしまっていた。
「ごめん、ミズキ、俺を庇ったせいで」
自分ではなくミズキが犠牲になった罪悪感で泣きたくなった。

「いや、別に服が汚れる位どうって事ないよ」
「でもすぐ洗わないとシミになるな」
奏の言葉にミズキは頷いた。
「じゃあ、ちょっと洗ってくるから待っててくれる?」
「良いよ、俺達はこれ片付けておく。シャツはすぐ乾くだろうから、その間ジャージを着てると良いよ。ジャージある? ないなら貸すよ」
奏が言うとミズキは答える。
「あるから大丈夫だ。教室で着替えてくる」
「じゃ、あとで7組に迎えに行くよ」

ミズキがシャツを洗いに行った後で、二人で床に零れたカフェオレを拭いて、パックを捨てに行った。
片付けてから水道で手を洗っていると、奏に頭を下げられた。
「ごめん、俺のせいでからまれたんだろ?」
「え、いや……」
誤魔化そうと思ったが奏が先に言った。
「あの子、俺のストーカーみたいな子だったんだ。あんまりしつこかったから、ずっと無視してたんだけど、そのせいで二人に迷惑かけて本当にごめん」
「それはカナデが謝る事じゃないと思うから大丈夫だよ。悪いのはあの子だし、うん、カナデは悪くない」
あえて明るく言ってみた。青くなっていた奏の顔色が少し戻る。

以前、奏が人間不信になったと話していたが、自分で経験してみて分かった。
これはかなりキツイ。
こんなのを頻繁に経験していたんだと思うと、奏がグレてしまうのも仕方ない。
もうこんな思いをしないで欲しいと切実に思う。

「俺はぜんぜん平気だからさ、カナデの方こそ今度ストーカー被害に遭ったらちゃんと俺達に言うんだぞ。今は友達が三人もいるんだから、もっと頼ってくれよな」
奏の表情が変わる。
「うん、そうだな、ありがとう」

二人はミズキと合流する為に廊下を進んだ。歩きながら奏が呟く。
「ミズキは格好良いよな」
「え?」
横を見上げると奏と視線が合う。
「顔も、あっさりしてるけどもちろん格好いいし、何より性格が格好良い」
「ああ、うん、同感」
階段に着いたので、そのまま教室がある上階に向かう。

「誰にでも親切に出来るのも格好良いけど、リョウのピンチに迷わずに助けに入ったのが凄く格好良かった」
「うん。格好良かったな」
「好きになっちゃう?」
「え?」
思わず立ち止まってしまった。
階段の途中で二人は見つめ合う。

「す、好きって、えっと……」
ドキドキと心臓の音が大きくなった。先日奏に告白されたばかりだ。
つまりこの好きはそういう意味の……。

「冗談だよ」
「え?」
緊張していた了に、奏は肩をすくめて見せる。

「リョウはミズキの事を友達として好きだって知ってるよ」
「え、ああ、うん……それはうん、そうだよ」
了は変な方向に話が進まなかった事に安堵した。

「でも俺はミズキをライバルとして意識してるんだ」
またも言葉をなくす。なんと言えば良いのか分からない。

「ミズキはいつもリョウの近くにいて、何かあればさっきみたいに助けに入る事ができる。そんな立ち位置を許されている事が、心底羨ましいよ」
奏は微笑みを浮かべていたが、その表情は複雑だった。
冗談交じりに本音を言っているのが伝わる。

「ミズキは派手な立ち居振る舞いはしないし、目立とうとはしないけど、それでもやる事はちゃんとやる人間だ。多分俺よりずっと器用で立ち回りが上手い。なんていうか、戦国武将の横にいる腹心っていうか、いっそ隠密みたいに思える」
「隠密って……」
いつものように突っ込みたかったが、そんな空気ではなかった。

「きっとリョウはミズキの側にいると安心するんだろうなって思う。守ってもらえて、絶対裏切らない人間だって」
「……確かに信用してるけど、でもそれはカナデやヒビキも同じだよ。俺は二人の事も信用してる」
「信用しちゃダメだよ」
「え?」
奏は了の肩を掴んで壁に押し付けた。
階段の上でバランスを崩しそうになるが、奏がしっかりと了を抑え込む。
驚きに目を見開く了に、奏が顔を寄せる。

「俺の事は信用しないでよ。きっとミズキはこんな事しないと思う。でも俺はミズキみたいにしていられる自信がない。リョウが嫌がっても無理に抱きしめてキスするかもしれない。こうやって……」
奏の唇が近づいた。
了はその綺麗な顔をじっと見つめていた。
奏は了にキスしなかった。

「……なんで逃げないの?」
「信用してるって言っただろ?」
奏は了から手を放し、自分の前髪をかき上げた。
「うん、そう……そうだね。確かに今の俺には出来ない。ミズキみたいな良いヤツを出し抜くとか、リョウを傷つけるのは、今は無理」
奏は髪から手を離す。少し髪が乱れたが、それでも奏は美しい。

「でも俺はミズキ程の忠臣ではないかもしれない。いつか我慢できなくてリョウに手を出すかもしれない」
了は微笑んだ。
「良いよ。そしたらその綺麗な顔を殴って反撃するから」
奏は苦笑した。
「怖いなぁ」
空気が軽くなっていた。

奏は口ではそんな事を言っていたが、了は信用していた。
裏切られて傷ついた過去がある奏が、人を傷つける事をするとは思えなかった。


7組の教室に着くと、黒いジャージ姿のミズキが椅子に座っていた。
「制服のシミは落ちた?」
奏の問いにミズキは窓を見る。
「ちゃんと落ちたよ。今は窓から干してる」
窓のサッシにかけられている制服が見えた。シワになりそうだが、緊急事態だから仕方ないだろう。

「日差しも強いし1時間位で乾くんじゃないかと思ってる」
呟くミズキの席に向かう。
了はミズキの一つ前の席に、奏は隣の席に座った。
「乾くまで付き合うよ。三人で話してればあっという間に時間もすぎると思うし」
「そうだね、ありがとう」
「いやいや、お礼を言うのは俺の方! 庇ってもらったわけだし」
「ちょっと待った。それを言ったら元は俺のストーカーがやらかした事だし、俺の責任だ。二人共本当にごめん!」
ミズキは首を傾げる。
「ストーカーに遭ってたなら、カナデも被害者だろ? だったら俺に謝る必要ないよ」
「ああ、もう本当にミズキはイケメンだな! 間違って俺がお前に惚れたらどうしてくれる!?」
奏はやけくそのように叫んでいた。
了はなんだかおかしくて笑ってしまった。

「そう言えば、今のミズキって裸にジャージ姿って事?」
つい好奇心で了は聞いてしまった。
「ああ、うん、そうだね」
想像してしまった。ジャージの下が素肌だなんて、なんかやらしい気がする。

「脱いだら筋肉凄そうだな……ちょっと上着のファスナー下げて見せてくれるかな?」
痩せてはいるが奏もそれなりに筋肉がついているからだろう。ライバル視しているのか、ミズキに頼み込んだ。

「別に良いけど……」
「良いの!?」
本当に見せると思わなかった了の前で、ミズキは立ち上がってファスナーを下げた。
見事に腹筋の割れた腹が見えた。
「なんか神々しい」
キラキラした目で了がつぶやくと、奏まで立ち上がった。

「俺もそれなりに鍛えてるから!」
「ちょっと何でカナデまで脱ぎだしてるの!?」
シャツのボタンを外して肌を出していく奏に突っ込む。

美形二人が放課後の教室で胸をはだけている状況を、誰かに見られたら変な誤解を受けかねない。
なんとなく逆に脱いでいない自分がおかしいんじゃないかという気にすらなる。
了は自慢できる程の筋肉はないので、絶対に見せたくはない。

「リョウはどっちの筋肉が好み?」
奏が色っぽくシャツを開いて、了に見せつけるようにして聞いてくる。
「いや、俺、筋肉フェチじゃないから! どっちとかないから!」
「……そうなんだ」
何故か残念そうにミズキが呟いた。
意外とミズキも筋肉自慢だったんだなと思った。

「でも良いよ。俺は筋肉より、俺自身をリョウに好きになって欲しいから」
「え?」
了と奏は同時にミズキを見た。
今の発言の意味を考えていた。それはつまり……。

「前にリョウに好きかもしれないって言った時には、勘違いじゃないかって言われただろう? あれからずっと考えてた。最初は友情との違いがよく分からなかったけど、カナデが加わってわかったんだ。カナデがリョウを好きなのと同じように、俺もリョウが好きだって」
心臓が大きく脈打っていた。
ミズキに告白されるのは二度目だった。
前回は友情じゃないかと誤魔化してしまった。でも今度はそうできない。
ミズキは自覚しているんだ。それに対して適当な返事は出来ない。

「カナデの事も好きだから、険悪にはなりたくない。でもリョウを守れる立場にいたい。いつでも最初にリョウに手を差し伸べられる存在でいたい」
「俺も同じだから!」
奏がいつもより大きな声で言った。
「俺もミズキの事を好きだから、今までと同じように過ごしたい。でもリョウの一番近くは俺がもらいたい!」

なんだこの告白合戦。
しかも裸ジャージとか、上半身はだけてるとか、どんな状況?
突っ込みたかったが、そんな場合ではなかった。

二人が同時に了を見た。
視線の力が強かった。さぁ、どちらを選ぶんだ? そんな圧力がある。
了は二人のどちらと付き合うかを想像しかけ、首をブンブンと振って立ち上がった。

「いや、だから二人共友達だから! 選べないよ!?」

了の答えに二人は椅子に冷静に座りなおした。
「……やっぱり、勢いで答えが出たりしないか」
「……二択のうちに決着つけておきたかったな」
ミズキと奏が一言ずつ呟いた。意外な程冷静だ。

「えっと……」
困惑する了に、奏が机で頬杖をつきつつ言う。
「前にも言ったけど、今すぐに返事が欲しいと思ってないから」
「俺も、今すぐ付き合えるとは思ってないよ。ただ、こうやって過ごしていくうちに自然とそうなったら良いと思ってる」
ミズキはジャージのファスナーを閉めながら言った。

「な、なんだよ。ビックリさせるなよ」
二択を迫られたわけではなかった事に安堵する。

今は二人の事が、同じように友達として好きだ。
でもいつか自然にどちらかを好きになったら、それはそれで仕方ないと思う。
そうなった時には自分の心に素直に従いたい。
男同士とか、釣り合わないとか、そんな理由で引いたりはしない。

ああ、でも父さんの妄想通りになるのはちょっとしゃくだなと了は思った。
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