父が腐男子で困ってます!

あさみ

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2・同級生二人

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「俺も、もしかすると腐男子かもしれない」
「え?」
ミズキの言葉に、了は完全に固まってしまった。
ある意味、父親の宗親の告白よりも衝撃的だった。
宗親はあの性格だから、変な事を言いだしても勝手にしてくれと放っておける。
でもミズキは違う。

ミズキはとても真面目で誠実な性格だった。
入学した当初、出席番号順の席に座らされたのだが、尾崎の後ろの席が小沼だった。
最初は無口なミズキに戸惑ったが、すぐに真面目な性格なのが伝わってきて好感を抱いた。
響を含め、今はいつも三人で過ごしている。
「えっとさ……」
了は額に指を当てて考える。
「さっき腐男子って言葉を初めて聞いたって言ってただろう? ミズキ、腐男子の意味をちゃんと理解してないんじゃないか?」
「そうかな? 腐男子って男同士の恋愛が好きな男って意味だろう? 女ではなく男の人を好きで、男同士の恋愛を想像してしまう人の事」
「いや、やっぱ間違ってるって。腐男子は自分が男が好きなんじゃないから! あくまで自分以外の男同士の想像を楽しむの。それも実在の人物より漫画とかアニメのキャラで想像する人のが多いから! いや、それもちょっと違うのか? スプーンとフォークで受け攻め想像するとかも聞くしな」
混乱してきた。
「とにかく、今の説明でわかった?」
「……多分」
頷くミズキに安堵する。
「じゃあ、ミズキは腐男子?」
「……違うと思う」
やっぱり誤解だったのか。そうだよな。真面目なミズキが腐男子なわけないもんな。
そう考えて笑顔を向ける。
「よし、戻ろうか?」
教室に戻ろうとしたが、ミズキは動かない。

「俺、腐男子じゃないみたいだけど、リョウの事が好きなんだけど」

動きが止まった。心臓まで止まった気がした。
振り返るとミズキは真剣な顔をしていた。
ミズキはこんな冗談を言ったりふざけたりする人間ではない。
だが先ほどは腐男子の意味を理解していなかったし、今回も誤解があるのかもしれない。

「ミズキは女の子より男の方が好きなの?」
「男が好きなわけじゃないよ。ただリョウだけが特別なだけ」
ドキリとした。
さっきは止まったように感じた心臓が今はうるさく感じる。

「えっと、それはほら、友情ってヤツじゃないの?」
「でもお前が他の人間のモノになるのは嫌だし、さっきの腐男子みたいに、自分とリョウでならそういう想像もできる」
体が熱くなった。そんなストレートに言われると恥ずかしくなる。

「ちょっと待った!」
了は手を翳してこれ以上の発言を止める。
「あれだろ、ミズキって今まで恋とかした事ないんだろ?」
「ない」
了は頷く。
「そっか、ならこれも恋じゃないから。男同士の友情でも、自分より他の人と仲良くして欲しくないって独占欲とかあるから。だから俺への好きも恋愛感情じゃないと思うよ」
「そう、なのかな……」
ミズキは自分の胸を押さえている。
「うん、俺だってミズキが、俺やヒビキ以外の奴ともっとずっと仲良くしてたら妬くしさ」
「本当に?」
ミズキの目が煌めいた気がした。
「うん、それは本当。友情だって好意の差はあるもんだろ。それにもし本当にミズキが俺を好きなら、今みたいによく分からないって顔してないと思うよ。好きで好きで仕方ないって時は、自分で絶対わかるって」
「そっか、うん、そうだな」
ミズキは納得したように微笑んだ。
その笑みに了は安堵した。

ミズキの思いが迷惑だったというわけではなかった。
正直、嫌われるよりは好かれていたい。
でもミズキに告白なんかされたら、あの父親が泣いて喜びそうなのが嫌だった。
いや、嬉しさのあまり踊りだすかもしれない。町内会パレードとかしそうだ。
今の出来事は絶対に宗親には知られないようにしようと、了は思った。



教室に戻ると響の姿が見えた。
了とミズキに気づくと近づいてくる。
「お前らどこ行ってたんだよ。いつも早く来ている二人がそろっていないからビビったよ。世界の終わりかと思った」
また大げさなと思いながら了は言う。
「トイレに行っていたとかは思わないかな?」
「え、二人でトイレってなんかいやらしい」
いつもの冗談で、他意はなかったのかもしれないがドキリとした。
別にやましいワケではないが、先ほどのやりとりの後だと変に意識してしまった。

「ん、どうかしたのか?」
了が固まったので、響が顔を覗きこんできた。
「もしかして熱があるとか?」
前髪をかきあげて額を寄せられた。
「うわっ」
つい驚いて後ずさったら、ミズキに抱きとめられた。
「ごめん、ミズキ」
「いや、いいよ」
答えながらミズキは響を見る。

「俺達がいなくても、ヒビキはクラスのみんなと仲が良いから淋しくはなかっただろう?」
響は唇を尖らせる。
「みんなと話せたのは良いけど、だからってお前らがいなくて良い理由にはならないの。俺達は親友だろう?」
響はミズキと了の二人をまとめて抱きしめてきた。いつもの悪ふざけだ。
「俺、淋しくて死んじゃうトコだった!!」
「はいはい」
了は苦笑する。

抱き合う三人に気づいて、他の生徒たちが口々に呟やく。
「また、遠山がふざけてるよ」
「なになに三角関係?」
女子がきゃあきゃあ言っているのを見ると、響は二人から離れて投げキッスをする。
「安心して、俺は女の子達みんなのモノだよ」
響は格好つけて言ったが、女子からは「別に遠山なんかいらない」と冷たく言われてしまっていた。
やがてチャイムが鳴り、生徒たちはそれぞれ自分の席に向かった。


遠山響は明るく活発で、クラスの中心的人物だった。
顏は美形というより、格好いい系だ。
元の顔の作りも悪いわけではないが、それよりも自分の魅せ方が抜群に上手い少年だった。
調子が良く誰とでも親しくなれるのは、素晴らしい才能だと了は思っていた。

高校に入学した当初は席が近かったので、ミズキと二人で過ごしていた。
そんな了に響は何の壁もなく、気さくに話しかけてきた。
一度話した後は当たり前のように毎日何度も話しかけられ、気付くと三人で過ごすようになっていた。
放課後に遊ぶのはもちろん、ゴールデンウィークには三人で映画にも出かけていた。

響は流行やネットにも詳しく、おしゃれでもあった。
社交的な性格のせいで他のクラスにも友達が多く情報通でもある。
おそらく響には腐男子の意味を説明する必要はないだろう。


昼休み。
いつもなら教室で弁当を囲むのだが、今日は三人で中庭のベンチに移動していた。
開いた了の弁当箱を見ながら、響が声をあげる。
「毎日見てたけど、これってあの親父さんが作ってたんだな」
「え、ああ、うん」
今日はから揚げ弁当だった。了の好物でもある。
「昨日の料理も豪華だったし、リョウの親父さんすげーよな。あとすっごい若くてイケメン」
「イケメンはどうかと思うけど、若いのは確かだよな」
「イケメンだと思うよ。リョウにちょっと似てるし」
ミズキの言葉につい顔が熱くなった。
ヤバイ、もしかして変に意識してるんだろうか。そう思いながら了は首を振る。

「いや、そんな似てないと思うよ。てか俺と似てたらますますイケメンとは程遠いし」
「リョウは綺麗だと思うよ?」
ミズキのストレートな言葉に、持っていた箸を落としそうになった。

「なんか、今日のミズキは饒舌だな」
不思議そうに響がミズキを見た。
「ヒビキはそう思わないのか?」
「え、リョウの顔? かわいいんじゃないの? 俺ほどイケメンではないけど」
普段と変わらない響の発言に少しほっとする。

「まぁ、顔の話はおいておいて、リョウの親父さんてマジで良いよな。話しやすくて父親って言うより兄貴って感じで羨ましい」
「え、ああ……」
一昨日までは素直に聞けたであろうセリフに今は顔が強張る。
あの人、腐男子だけどねと。

ただ毎日こうして弁当を用意してくれたり、仕事の合間に家事をしてくれているのも確かだ。
親としてはいろんな面で感謝して尊敬している。

「えっとさ、ヒビキは昨日、父さんに何か変な事言われなかったか?」
「ヘンな事?」
パンを齧りながら響は首を傾げた。
「んーーーーーー?」
真剣に考えている。すぐに否定の言葉がないのは、もしや何か言われたのではと心配になる。

「あ、そうだ、変な事は言われてないけどこれ貰ったんだった」
響はポケットから紙を取り出した。
「記入して提出してくれって言われてたんで、今日持ってきてたんだよな」
「それって何?」
眉を顰める了に響は笑う。
「なんか面白いアンケートだった。住所氏名、生年月日、身長体重、得意教科、好きな本、歴代の恋人の名前と交際期間と別れた理由、あと好みのタイプとか、履歴書の変わったヤツみたいな質問」
了は弁当箱をひっくり返す所だった。
「その用紙破り捨てて良いから! 個人情報保護して!」
「それなら、俺ももらったんだけど……」
ミズキもポケットから紙を取り出した。
「さっき何もなかったって言ってたじゃんかー!」
突っ込まずにはいられなかった。

「なに、なんかあったの?」
響が好奇心いっぱいという目で聞いてきた。了はため息をつく。
「実は昨日の夜、父さんに自分は腐男子だって告白されてさ……」
了は宗親が腐男子であり、自分や友人達をそういう目で見て楽しんでいる事を説明した。

「気持ち悪い思いさせてゴメン! 本当に嫌だとは思うけど、もううちに来なければ実害ないと思うから!」
了は深々と頭を下げた。
すると響の明るい声が聞こえた。
「お前の親父さん、マジですげー面白いじゃん!」
「へ?」
面食らって響を見つめる。
「いや腐男子ってマジで時代の最先端じゃない? この履歴書もどきもめっちゃ面白いし、俺、別にぜんぜん嫌じゃないよ?」
「へ、え、あ、そうなの?」
「俺達で妄想とか、逆に面白いじゃん! 親父さん発想がすごいよな! 俺、あの人と友達になれないかな? 年上の友達ももっと欲しいって思ってたんだよ! あ、俺がお前のお父さんの友達になるのって嫌か?」
無意識に首を振る。
「嫌じゃないよ……」
「そっか、良かった。それに昨日の誕生日会すごい楽しかったから、またお前の家に行きたいと思ってたんだよ。ゴウとも友達になったしさ、頻繁に会いたいじゃん?」
「そ、そうなんだ」
響の勢いに了はたじろぐ。
「なんだよ、お前そんな事で、俺達が気分害するとかマジで心配してたのか? 本当に真面目だな。あ、ミズキも別に嫌じゃないよな?」
響はミズキに視線を向けた。
「ぜんぜん嫌じゃないよ。それにリョウのお父さんの気持ち、ちょっとわかる気がするし」
「ん?」
響はミズキの発言の意味が分からないようで小首を傾げたが、すぐにリョウに向き直る。
「ほら、ミズキも平気だって。だからまた家に呼んでくれよな?」
「うん……」
なだか嬉しくて胸が詰まった。でももう一度頷いた。
「うん、遊びに来てくれよ。俺も昨日、みんなで話したのすごく楽しかったし」
「よし、やったー! じゃあ近いうちにこの紙記入して提出に行くよ!」
「ちょっと待て、その紙はすぐに捨てろ! ミズキも!」
「俺も別に書いても良いんだけど」
「二人共父さんに優しすぎんだよ!」
了は叫んでいた。




閑静な住宅街の中にある一軒家が、了が父親と暮らす家だった。高給取りではないはずだが、家は十分立派な造りだった。
宗親は変人なので、家には拘りがあったのだろうかと思う。
ミステリー作家の息子である了は、そのジャンルの本を意識して多く読んでいた。
ミステリーには特殊設定の館物のシリーズが多くある。
あの父親なら家に仕掛けがしてあってもおかしくないなと考えた。
「でも今の所、地下室も隠し部屋も見つけてないな……」
呟きながら鍵を開けて、ドアを開く。
「ただいま」

了は廊下を進み、宗親の書斎に向かった。
作家である宗親は昼間に執筆活動をしている。そろそろ夕食の準備に入る時間だが、まだ仕事部屋の書斎にいるだろう。

「ただいま、今、ちょっと良い?」
ドアを開けると宗親は机のPCに向かっていた。
「お帰りー」
振り向いた宗親に、了はおずおずと告げる。
「えっと昨日はたくさんご飯作ってもらったし、その……今日の晩飯は俺が作るよ」
「お、マジか? リョウちゃん優しいなー」
日頃の感謝の気持ちを素直に伝えるのは照れくさいので、家事を手伝って少しでも宗親の助けになりたいと思った。

首が凝ったのか宗親は肩や首をグリグリまわしていた。
「疲れたなら休憩したら? お茶淹れてくるよ」
「お、ありがとう」
ドアに向きかけた時、宗親は立ち上がって部屋の真ん中にやって来た。

「そろそろこれも解禁しても良い頃だな」
「ん?」
宗親は壁のほぼ一面にある本棚に向かった。作家の本棚らしく、たくさんの本が並んでいる。
ミステリーがほとんどだが、過去に使用したらしい資料用の本もある。
宗親は本棚の中心に立つと、棚にあったボタンらしき物を押した。
その瞬間本棚が中央から左右にスライドするように開かれた。
「へ?」
立体駐車用の装置を見ているかのように、本棚が移動していく。

まさかの隠し部屋?
そう思っていたら、中から現れたのはもう一つの本棚だった。
「え?」
驚く了の前で宗親は両手を広げた。

「今までは腐男子だという事を秘密にしていたから隠していたが、これが俺の宝物だ!」
背表紙を見ただけで分かった。とっても恥ずかしいタイトルの文字がたくさん並んでいる。
タイトルを読み上げるだけで何かのプレイかと思うような、身も心も汚されそうな文字ばかりだ。

「見てくれ! このBL本の数々! 俺の大事なコレクションだ! あ、リョウも読みたかったらいつでも見て良いんだぞ?」
「見ないよ!」
全力で答えた。

「つーか、まさかの隠し本棚とかなんだよ? ミステリー作家なんだから、隠し部屋とかじゃないのかよ!?」
「ああ、隠し部屋はさすがにないよ。でも安心してくれ、お前の部屋はいつでも彼氏を連れ込んで、やらしい事ができるように防音仕様にしてあるから!」
「いらないよ、その仕様!」
怒りでクラクラしながら部屋から出ようとすると声をかけられた。

「あ、お茶はミルクティーが良いな」
「自分で淹れろ!」
先ほどまでの労わりたいなという気持ちがすっかり消えてしまっていた。
同級生二人は寛容だったけど、自分はとてもそこまでにはなれないなと了は思った。
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