きっと、叶うから

横田碧翔

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低学年編

大会

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 それからしばらくして僕は小学生になった。同級生のほとんどが同じ幼稚園出身ということで、学校では特に大きな変化は感じられない。だけど、サッカーには大きな変化がある。小学生には大会があるのだ。本来、大会は二年生からなのだが、僕のチームには二年生が一人もいない。そこで、僕たち一年生だけで出場することになったのだ。練習の中でミニゲームはしたことがあったが、知らない人とチームとして試合をするのは初めてだ。勝てる自信があったわけではないが、とにかく楽しみで仕方なかった。
 試合の一週間前、来週からの大会に向けて、練習後にキャプテンを決めることになった。キャプテンなんてかっこいいし、ちょっとやりたいなと思ったけど、キャプテンは自然と勇武に決まった。勇武は、特別サッカーが上手かったわけではないが、とにかく元気な悪ガキで、いつもみんなの中心にいる。みんなをまとめられるかと言われれば微妙だが、キャプテンは勇武だとなんとなく全員が思っていたのだ。キャプテンが勇武に決まり、次はユニフォームが配られる。サッカーをやるならやはり十番を背負いたいと思うのが子ども心だ。でも、名前順で番号が決まった結果、僕の背番号は十二番。微妙だ。でも、それ以上に気に食わないことがある。ユニフォームがデカすぎるのだ。母は、きっと背は伸びるからと、かなり大きなサイズを買っていたようで、ユニフォームを着た僕は、ズボンが見えなくなる丈のせいで、まるでワンピースを着ているようだ。それでも、やはり初めてのユニフォームは感慨深いものがある。長すぎる丈を無理矢理ズボンの中に押し込め、こないだテレビで観た試合で、ゴールを決めた選手の真似をしてポーズを決める。我ながら良い感じだ。気分が乗ってきた僕は、いてもたってもいられず、とりあえずボールを持ち、もう一度練習しようと走り出す。しかし、汚れるから脱げと血相変えた母に捕まった。



 一週間後、ついに試合当日。僕は試合会場に着いても、黙って座り込んでいた。とにかく眠すぎる。昨日は、楽しみで楽しみでなかなか寝られなかったし、さらに朝は早起きだ。何ども落ちそうになるまぶたに力を込めて、ギリギリのところで意識を保つ。僕以外のチームメイトもそんな感じだ。僕らが睡魔と奮闘していると、僕たちの試合の、前の試合が始まる。その瞬間、会場の空気が変わった。白い線の四角いコートの中から、熱気があふれ出してくる。それを全身で感じ、一気に目が覚める。あの中だけ、まるで別世界だ。自分も、もうすぐあの世界に飛び込んでいくのだと思うと、体が熱くなる。体の中で血が沸騰しているみたいだ。みんなも同じようなことを感じたのか、僕らは一斉に上着を脱ぎ捨て、ウォーミングアップへと向かった。

 そして遂に試合の時間が来た。僕のチームは十三人。ベンチは二人で、順番に交代して出ることになった。
「作戦は特になし!初めて試合だしとくかく全力で楽しんでこい!」
監督がそう声をかけて僕らをピッチに送り出してくれる。
「しゃー!」
 と叫びながら、整列に向かう。向かい合った相手選手の大きさにびびりながらも、それを悟られないように、大きく挨拶をして、力強く握手する。そして、円陣を組んでからピッチに散らばり、ドキドキしながら試合開始を待つ。ポジションなんてよく分からないから、とにかくボールに触れるように、センターサークルのラインギリギリに陣取る。今か今かと構えていると、ピッーっと審判が笛を吹き、相手ボールから試合が始まる。開始と同時に相手選手がドリブルで攻めてくる。小柄な僕らを見て、舐めているようだ。いくら年上といったって、一人で十一人かわせるはずがない。そう思い、ボールめがけて右足を伸ばしながら飛び込むが、相手がすごい速さで僕の横を通り過ぎていく。目の前にいたはずなのに。一瞬、困惑したが、戻らないと思ってすぐに振り返ると、他のメンバーも、するりするりと次々に抜かれていくのが見える。僕たちはまるで、ドリブル練習のときに立っているコーンのようだった。そのまま、相手はあっという間にゴール前まで到達する。しかし、次の瞬間、相手選手の背中が視界から消える。何が起きたが分からなかった。砂ぼこりが舞っていたあたりをよく見ると、真守と相手選手が倒れている。真守が吹き飛ばされてしまったのかと思ったが、真守の腕には、ガッチリとボールが抱えられていた。つまり、キーパーの真守が、ドリブルしてきた相手選手に、フロントダイブで突っ込み、ボールを奪ったのだ。僕が、すごいなぁと感心して突っ立っていると、真守はすぐに立ち上がり、ボールを相手陣地めがけて思いっきり蹴っ飛ばした。その姿が、僕にはスローモーションのように見えた。かっこよかった。同い年でもあれだけ戦えるのだと勇気をもらった。その後、僕はひたすら走った。ほとんどボールになんて触れていない。それでも、全力で追いかけて、全力でスライディングし続けた。
 
 試合終了の笛が鳴り、0―3で負けてしまった。負けたことは悔しい。でも、全力でやりきったことで、僕の中で何かかが変わったという、すがすがしさもある。整列して、挨拶が終えてベンチに戻ると、みんなが僕を避けた。不思議に思っていると、お母さん達が走ってきて
「大丈夫!?すぐ足洗いな!」
と深刻そうに言う。不思議に思って自分の膝を見ると、スライディングのせいで傷だらけの血まみれだった。こんなに痛そうなのに、試合中には気がつかなかった。それだけ夢中になっていたのだろう。だが、気づいてしまえば、痛いものだ。じわじわと痛みが上ってくる感じがする。でも、痛み以上に、これは頑張った証のような気がして、嬉しさがこみ上げてきた。

 その後も、僕らは、下手くそなりに走って走って頑張ったが、負け続けて全敗という結果で大会は幕を閉じた。初日は、負けても頑張ったと満足していたのに、負けが続くと悔しさがどんどん募ってきた。最後の試合なんて、負けたのが悔しくて大泣きしてしまった。最後の試合の後、そんな僕らを見た監督は、ミーティングで言った。
「この大会中、相手は二年生だけど一年生だけでよく頑張った。でも、負けると悔しいよな。だから、来年は勝とう。そのために、たくさん練習しよう。この気持ちを忘れちゃダメだ。君たちは、本当にいい経験をしたんだから。」
僕には、負けた経験の何がいいのかは分からなかった。頑張ったうれしさなんて、最初の試合だけで十分だ。もう負けたくない。だから、来年は絶対勝つと心に誓った。そのために誰よりも上手くなろうとも。
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