幻灯夜話・幻想奇譚

伽音蓮子

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第四章

魔女の星・月の影

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異世界フォール・ランド…魔法の息づく幻影の国。あまたの魔法使いが存在していた。彼らは魔法の力を得るために、険しい山を登り星を手にするといわれていた…。その山のふもとに、一人の少女がたたずんでいた。
「この山を…登らなければならないのね。」
美しいドレスを身にまとった少女、彼女の名前はセレスといった。
上品な雰囲気が彼女からかもしだされていた。
そして、双眸は深い悲しみを湛え、山の頂きを見つめる。
なにかを決心したかのように、彼女は山を登りはじめた…。




険しい山をセレスはゆっくりと登っていった。山肌は荒れた岩壁…彼女の指はすぐに切り裂かれ、血がにじむ。しかし彼女は登り続けていた。
―魔女に、なりたい
セレスはその願いだけを胸に、岩肌にしがみつく。
―魔女になれば、あの人に…
一心不乱に登り続ける。
…セレスは、フォール・ランドの王女だった。幼いときから、乳母に魔女の伝説をきかされて育った。
…セレス様、魔女は不思議な力を使うんですよ。
乳母はやさしかったが、魔女の話になると、決まってセレスに語っていたことがあった。
…魔女には決してなってはいけません。あなたはおやさしい姫だから…乳母は心配です
乳母の話を、幼いセレスは真剣にきいていた。
『わたしは、魔女になんかならないわ。』
セレスがこういうと、決まって乳母は安心したような笑みを浮かべていた…
そして今、セレスは誓いを破り、山を登っている…
魔女になるために…。
「痛い…」
セレスの指はぼろぼろになり、腫れて熱をもちはじめている。
山の中腹で、やすめそうな岩のうえに座り込み、セレスは自分の手足をみた。
足も傷だらけ。ドレスのすそも破れている。
セレスは手足に破れたドレスの切れ端を巻き付けた。「これくらい、国を救うためなら…」
―そして、あの人を…
セレスは再び山を登りはじめた。





どれほどの時間がすぎただろうか…。セレスは朦朧とした意識を奮い起こしながら、懸命に山を登り続けた。体が疲労して、今にも山を転げ落ちそうになっていた。しかし
険しい岩肌が、不意に途切れた。彼女は山の頂きに辿り着くことができたのだ。息を切らしながら、体を引き上げ頂上の平らな地面に横たわる。
「ついた…」
セレスの視界には、夜空が広がっている。瞬く星達がセレスをむかえてくれた。体はまったく言うことをきかなかった。しかし彼女は成し遂げた達成感と望みがかなうよろこびに笑みをもらした。
しかし、なにも変化は起こらなかった。
―…?
セレスは体を少し横にして、頂上をみわたした。
そこにはなにもない。ただ岩が転がっているだけだった。
「そんな…どうして?」
山を登れば魔女になれる、という伝説しか知らない彼女はなにをしていいのかわからなかった。
不思議な薬があるわけでも、だれかがまっていたわけでもない…セレスのなかに不安が広がる。
「だれか…いないの!?」擦れたような叫びは、夜空に吸い込まれていく。
セレスの瞳に涙があふれた。不安が絶望感にかわっていく。
「わたしは…魔女になりたいのよ!そうしなければ」すべてが、おわってしまうつぶやきは、こえにならなかった。
もう彼女には、山をおりる力さえ残っていない。そして気力さえ奪われそうだった。
「だれか…たすけて」




そして…いつのまにか彼女は眠っていた。短い時間だったが、額にちりちりと刺すような痛みを感じて、セレスは目を覚ました。
光が一筋、降ってきていた…細い金の針のような光。夜空の高みから、彼女の額へ。
「これは…えっ!?」
むくりと起き上がったセレスは、自分の体が動くことに驚いた。
そればかりか、不思議な力がみなぎっている。
光はすぅっと消えてしまった。
自分の額に手をやると、そこは熱をもって熱くなっていた。
セレスは水溜まりをみつけ、自分の顔を映してみた。額に見慣れないものがある。痣だった…星の形をしている。
―これは、まさか魔女の印なの…?
セレスが茫然としていると東の空が明るくなっていた…夜明けの太陽ではなかった。赤く空が燃えている。「まさか、あれはわたしの国が…!?」
その方向には、彼女の故郷がある。セレスは立ち上がった。
「帰らなくちゃ!でも…どうやって?」
魔女になれたはずなのに、彼女は力の使い方がわからなかった。
セレスは目を閉じて…祈った。
―帰りたい
祈ると光が目蓋の裏で、あふれだした。
ばさっ…
セレスの背中に、白い翼がうまれた。
彼女はとまどいながらも翼に力をこめる…翼は風を巻き起こし、彼女の体を天高く持ち上げていた…。





天を駆け、セレスはすごいスピードで進んでいく。
その表情は苦しげだった。「はやく…!はやくいかなきゃ!」
―あの人の、もとへ
そして、セレスは地上に降り立った。…彼女の国、街は荒れ、人の姿はない。
みな来るべき時にそなえて避難していた。
セレスは城にむかった。爆音が鳴り響いている…城の城壁に火が放たれていた。兵士達が火を消そうと城壁に集まっていた。
そのさわぎのなかに、翼をもった、セレスが姿を表すと、兵士達は息を呑んで彼女を一斉にみつめた。
「セ、セレス姫様…!そのお姿は…?」
一人の兵士が声をかける。セレスは少しほほえんだ。「みんな…ありがとう。お城を守ってくれたのね…あとは、わたしが」
セレスは念じながら腕をふった。その指先から、勢い良く水がほとばしる。
火はすぐに消えていった。おお!と兵士達がざわめいた。
「姫…そのお力は…?」
セレスはたずねた兵士に笑いかけ、強い目線を城にむかってなげかけた。
「わたしが、みんなを守るわ…これはそのための力ですもの。」
彼女は城のなかに進んでいった。兵士達はその後ろ姿を見送りながら、彼女に祈りを捧げていた。
「姫!どうか…ご無事で」だれも、彼女を引き止められなかった。だれにも、セレスの想いを止められない…国を守るため、愛する人と対峙しなくてはならない彼女を。





この騒ぎの発端は、セレスの婚約者が巻き起こした。王家につたわる、封魔の水晶を割ってしまったからだった。
水晶には、遥か昔に退治された悪魔の魂が眠っていた…彼は水晶から解き放たれた悪魔に取りつかれてしまったのだ。
セレスは、城の中庭に足を踏み入れた。中庭の噴水の縁に、誰かが座っていた。セレスの表情が歪む、悲しみが一瞬色を強めた。
そこにいたのは…変わり果てた姿の愛する人。
「エリオン…」
名前を呼ぶと、彼はセレスに顔をむけた。
巨大な魔物の姿になってしまった彼は、もうエリオンの心はない。ただの化け物…セレスはそうは思えなかった。
しかし、彼を救うには、国を救うには戦わなくてはならない…。
「エリオン。もう聞こえない?わたしの声」
魔物はセレスに腕を振り下ろして攻撃する。
セレスは軽やかに飛び、それをよけると、魔物の目の前に降り立った。
「話せないのね…あなたはもう…」
魔物の虚ろな瞳にセレスの姿が鏡のように映る。
「もう、笑ってはくれないのね…」
再び、魔物は腕を振り上げた。
「わたしを、抱き締められないのね…」
魔物が叫びをあげながら、セレスにこぶしを振り上げ…セレスの瞳に、光ったのは涙ではなかった。
まっすぐに、魔物をみつめた。
「あなたを救いたいの」





光が、魔物をなぎ払った。眩しくて、目をつぶりそうになった彼女だったが、双眸は閉じなかった。
光に弾かれて、魔物は空中に舞う…セレスは精一杯腕をのばして叫んだ。
「帰ってきて!エリオン…!」
セレスの祈り、願い…
想いは届くと信じて。
彼女の手は…届いた。
エリオンの手が、セレスの手をつかんだ。
魔物は天高く昇っていく…吸い込まれるように、消えていった。
彼女の目の前に…エリオンは降り立った。
光につつまれた、淡いはかない姿。
やがて、姿は形を取り戻していく。月の光が、彼の影を地上に映した。
倒れこむエリオンに、セレスは駆け寄り、体を抱き締めた。
彼は眠っているだけだった。セレスは涙を一筋こぼした。そしてほほえみ、
「おかえりなさい…」
ぬくもりを感じながら、エリオンがゆっくりと…瞳をあけた。
「ただいま」


その後、セレスは歴史に名を残す魔女になった。
物語は語り継がれていく…


魔女の星・月の影・完

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