ある島国の軍人は異世界へ

太郎

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第十六話 ちょっとご挨拶に伺いました

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─レウス王国 王都─

ギルド支部に個室を与えられた、"開祖"の二つ名を持つレベル3がいる。
名をギュレイス・ハマート。
魔法使いの最高位といわれ、あらゆる魔法に通じると言われる。
20歳でレベル3になり、その2年後には二つ名を与えられた、正真正銘の天才。
そんなギュレイスだが───

「はあ───」

ギルド支部の個室で深いため息をつく。
また失敗だ。何が駄目だというのか?
茶色の髪の毛を腰まで伸ばし、前髪から覗く双眸は血を思わせる赤。
美しい顔立ちだが、白い肌に赤色の瞳はよく目立ち、見る者によっては恐怖を与える。
本人は気に入っているので、そんな風に思われているとは気づいていなかった。

あらゆる魔法に通じると言われる彼女だが、どうしても使えない魔法というものが存在した。

「……どうして回復魔法が使えないのよ」

理論的には今の魔法陣の構築式で発動するはずなのだ。
それなのに、どうしても発動しない。

「はあ……やっぱり神聖法王国の神官を拉致ってくるしかないかぁ……」

数ヶ月前に、以前から計画していた拉致計画を実行に移したのだが──名前も知らない冒険者に邪魔をされてしまった。
あいつさえいなければ……。

「せっかく造ったホムンクルスまで奪われちゃうし……」

村の女の子の遺伝子を培養して造った"ホムンクルス"。
私の精神とリンクして自由自在に動かす事ができる、私だけの便利なお人形さんホムンクルス
スエルのギルド支部に拘束されたまま動かせない。

「はあ……」

魔法使いの"開祖"と呼ばれ、見知らぬ人からも尊敬されるようになった今、回復魔法が使えないなどと、とても人前で言う事はできないし、バレる前にさっさと使えるようになってしまいたい。
そう考えて研究を重ねているが、何故か未だに使えない。

コンコン……

その時、誰かがこの部屋のドアをノックする。
私に会いに来るとは珍しいが、ギルドから強制任務が出されたのかも知れない。
強制任務を断る事はできないので、面倒事はさっさと済ませるに限る。

「どうぞ」

誰かは知らないけど、さっさと用件を済ませてしまおう。

「失礼します」

中に入ってきたのは……

「──!?」

中に入って来たのは、数ヶ月前に私の計画を邪魔してくれた男……
黒い軍服を着た冒険者だった。

「何か用かしら……?」

私とこの男は初対面。この体では会った事は無いから、向こうは私の本当の顔を知らない。
しかし、何故この男がここに……?

「はい、実は先日、"二つ名"を頂いたのでご挨拶と思いまして」

なんて律儀な男。
二つ名をもらったから、二つ名持ち全員に挨拶して回っているというのだろうか。

「そうなの、へえ。どんな二つ名をもらったのかしら?」

「はい、私の名前はスズムラ・ジロウと申します。そして、"殲剣"の二つ名を頂きました」

"殲剣"か。
なかなか素敵な二つ名ね。
二つ名を与えられる、という事はこの男もかなりのやり手──そりゃそうか。
一人で盗賊団を壊滅させるくらいなんだから。
私もあのくらいは簡単だったけど、この男の手際もなかなかだったわね。
スズムラとは変わった名前ね。どこかの田舎者かしら?

「私はギュレイス・ハマートよ。二つ名は"開祖"。なかなか素敵な二つ名をもらったわね、これから頑張りなさいよ」

「ありがとうございます。名に恥じない働きをしたいと思います」

私の言葉に頭を下げる男。

「それで、何階に部屋をもらったの?」

二つ名にもランクがある。
私は当然として、"不屈"や"戦闘狂"、"隻腕姫"といった有能な二つ名は最上階の9階。
つまり、能力のある者ほど上の階に部屋を与えられる。
階数を見れば、ギルドからの信頼度が分かる。

まあ、最上階は私たち四人がほとんど独占してるから、最上階は無理なんだけどね。
特に"戦闘狂"が無駄に部屋を占有している上に誰にも譲らないから、必然的に8階以降になる。

「私は14階です」

「はあ?」

この支部の最上階は9階。つまり私のいるここが最上階。
この男は何を言っているの?

「4階の間違いじゃないの?」

それとも私の聞き間違いだったのかも知れない。

「いえ、間違いなく14階です。"ギルドマスター"の階下です」

「──んん?」

今この男は"ギルドマスター"と言ったのかしら?

「"ギルドマスター"って、この支部じゃなくて本部じゃない。本部に部屋をもらったとでも言うのかしら?」

二つ名に部屋を与えられるのは、この支部だ。本部ではない。
どうもこの男と話が噛みあわない。もしかして私は騙されているのかしら?
この男、なんだか怪しく見えてきたわね。

コンコン…

その時、誰かがドアをノックする。

「失礼」

すでに顔を覗かせながら、ドアをノックしていたのは───

「───"隻腕姫"、珍しいわね。貴方がここに来るなんて」

私と同じく最上階に住まう者、"隻腕姫"。
圧倒的な剣の腕で、隻腕とは思えないほどの戦力を持っている。
私でも勝てるか分からないほどで、この女は間違いなく実力者。ちょっと苦手なタイプだけど。

「"殲剣"、この後の予定が山積みだ。挨拶はさっさと済ませてくれ」

「あら…まるで"殲剣"の秘書みたいじゃない」

あの氷姫とも言われ、誰からも恐れられるようなこの女が。

「秘書ではない。私は"殲剣"の副官だ」

「──────え?」

副官…?
あの"隻腕姫"が?
なんで?

「何故……貴方が副官をしているのかしら?」

何故、この有能な女が、今しがた二つ名をもらったような、新人の副官をしているの?

「すまないが"開祖"、今はあまり長話をしている時間は無い。残り二人にも挨拶をして本部へ行かなくてはいけないのでな」

「それでは"開祖"、お話の途中で申し訳ありませんが、失礼します」

"隻腕姫"に腕を引っ張られるようにして、"殲剣"が部屋から出て行った。
自室で一人になった私。

──おかしい。

あの"隻腕姫"が積極的な姿を見せるのは、氷姫らしくない。
誰にでも冷めた態度と表情の"隻腕姫"が、あれでは本当に副官じゃないの。

「本部に行くと言ってたわね」

どうも気になる。
私と互角と認めていた"隻腕姫"のあの態度。
ちょっと調べてやろうじゃないの。

私は身支度をすると、そのまま本部へ向かった。

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