ある島国の軍人は異世界へ

太郎

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第十四話 最期の瞬き

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こんな短時間で二体目───

誰もが目の前の悪夢に絶望する。
もはや立てない前衛は数人。二度と立てない者も数人。
立てる者もあと1度や2度、棍棒で攻撃されれば死ぬだろう。

「退却する!!総員退却!!急げ!!!」

"隻腕姫"は即座に退却命令を出す。
この疲弊した状態で連戦など不可能だ。1分ともたずに全滅する。

後衛がある程度攻撃してくれれば、前衛も逃げる機会が多少は生まれるが──
走る体力のある後衛は我先にと逃げ出して行く。

「無理か。……私が時間を稼ぐしかあるまい」

"隻腕姫"は覚悟を決めると、最前列に立つ。
先の戦いで消耗はあるが、重傷は負っていない自分が適任だ。

「全員走れ!!金が欲しければとにかく生き残れ!!!!!!」

後衛に続いて前衛も体を引きずりながらその場から離れて行く。
幸い、少し離れた所に馬車が停留されている。
あれに乗れれば助かるだろう。

「さあ、化け物!!その首切り落としてやるぞ!!!」

「guwaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!」

ヤツは私目掛けて棍棒を振り下ろして来る。
それをなんとか避けると、剣にオーラを流し込む。

「はあぁぁぁぁ!!!!」

横を通り抜けざまに、"ハイオーガ"の首目掛けて剣を振るう。

ギィィィィンッ!!!!

「くっ……」

弱っていない"ハイオーガ"に刃は基本的に通らない。
それは分かっているが、これしか私にはできないのだ。
痺れる手で無理やり剣を握り直す。

"ハイオーガ"の後方で逃げていく仲間達の後姿が見える。
それから幾度か"ハイオーガ"と攻撃のやり取りを繰り返した。

身体のすぐ近くを、"ハイオーガ"の棍棒の一振りが通り過ぎる。
凄まじい速度で振り回される、重量のある鉄の塊は、直撃すれば身体は容易く砕かれるだろう。
オーラでどれだけ身体を強靭にした所で、人間には限界がある。
冷や汗が背中を流れ伝う。

目の前にある死。
あの巨大な棍棒がかすれば容易く傷を負い、身体能力は著しく低下し、"ハイオーガ"に捕まれば四肢は裂かれ、食われるだろう。
──恐ろしい。目の前の化け物が、───恐ろしい。

ちらりと仲間達の姿が目に入る。
ほぼ全員が馬車に乗ったようだ。横には数人残念ながら逃げ遅れた者たち、もはや息をしていない者達がいる。

「早く行け!!新たな討伐部隊を組織するよう、ギルドに伝えろ!!!」

一人の魔法使いが頷く。
あれは確かジノードとか言ったか。
そして馬車がここから離れて行く。

「……これで私の義務は果たせたな」

思えば、ジノレット砦で聞いた"ハイオーガ"発見の報せは、二体目の情報であったと考えるべきであった。
一体しか出現していない、という軽率な判断をしてしまった己を恥じる。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

「さて……」

あとは目の前の化け物をなんとかするだけだが……。
腕をこいつの仲間に奪われてから、私は必死に己を鍛えてきた。
そしてひたすら敵を狩って狩って狩りまくってきた。

10年前、前衛だった私は、"ハイオーガ"に恐れをなして逃げ出した。
10代にしてレベル3になった私は調子に乗って、"ハイオーガ"に挑戦した。
何者にも負けないと思っていた私は、"ハイオーガ"の一撃を盾ごしに受け、あまりの衝撃に動転した。
オーラの込め方が甘かったのだろう、踏ん張りが利かず、盾ごと右腕を吹き飛ばされたのだ。

そして、私は恐怖に心を支配され───逃げた。
その結果、部隊は私以外全滅。
全滅するキッカケを作ったのは、この私だったのだ。

「………」

あの時、仲間たちは私を恨んだだろう。
私が逃げ出したから前衛は崩れてしまったのだから。

「ふう──」

あの時の罪滅ぼしではないが、最期くらい何か罪滅ぼしのような真似をしたかった。
ようやくそれが出来たのだ。もうここで……

「guaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!」

"ハイオーガ"の巨大な棍棒が私に振り下ろされる。
もう私はそれを避ける気は無かった。
どの道一人でできる事など限られているのだ。
苦しんで死ぬよりも、即死した方が楽だろう。
そう思って目を瞑る。

「─────」

衝撃は……こなかった。
いつまでも襲ってこない"ハイオーガ"の一撃。
私は目を開けると、目の前には見たことの無い男が立っていた。

黒い軍服を纏い、腰には細いサーベルのような剣。

そして、とてつもないオーラを放つ者。


「ご無事ですか?」

夕日の日差しを受けた男は──やけに神々しく見えた。




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