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第五話 リブート
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夢を見ている最中に、これは夢だなと気付いて見る夢がある。
今回はそういう夢だった。
学校の教室。見覚えがあるようでないような人々。
子供の頃の俺の姿。おそらく中学1年生とか、それくらいの頃の。
みんなで仲良く授業を受ける。みんなで仲良く。
何度も何度も夢で見た光景。
場面が変わる。指導室らしき部屋。不鮮明。
大人の姿。顔は分からない。向かい合って座る、子供の俺。
子供の俺が口を開く。
「■■■くんは●●さんの筆箱をゴミ箱に捨てたり、足を引っかけたり、髪の毛を引っぱったりしてイジメてました」
「ある日●●さんが階段から落ちて大けがをしたとき、みんな悲しんでいるのに■■■くんはニヤニヤ笑っていました」
「なんでニヤニヤ笑っているのか■■■くんに聞くと、●●さんみたいなキモくて、ウザくて、調子に乗ってるやつは、そんな目にあって当然だと言いました」
「だから俺にとってキモくて、ウザくて、調子に乗っている■■■くんは、そんな目にあって当然だから階段から突き落としました」
「先生、俺が間違ってるなら、■■■くんも間違ってるんだよね?」
あの二人の名前はなんだったか。もう覚えていない。
覚えているのは、それから俺が学校に行かなくなったこと。
再び場面が変わる。俺の部屋。
ベッドで横になっている俺。お行儀よく座っている、子供の頃の姿のルカ。
「俺に構ってないで学校行けよ、ルカ」
「ウィルが居ない学校、つまんないもん」
母さんが部屋に入ってきて、お菓子と野菜ジュースを置く。
ゆっくりしてね、そう言って母さんは部屋を後にする。
確かこの後の展開は、二人で母さんにお願いして外に遊びに行く、だったか。
それからまもなくして、俺たちはボスと、そしてリーナさん達と出会う。
────────。
「おはよー!」
「おはようございます」
目が覚めてソファから身を起こすと同時に、リーナさんが自分の部屋から出てくる。
流石に少し身体が痛い。慣れるしかないか。
「朝ごはん作っちゃうからちょっと待っててねー」
「はい、ありがとうございます。テレビ点けていいですか?」
「いいよー!」
何も手伝わないなんてヒモみたいだとも思ったが、勝手にキッチンや冷蔵庫を触られるのがいやだ、という人もいるという話を聞いたことがあるので素直に甘える。
ニュース番組にチャンネルを変える。『三大ヒーローのひとり、”キャプテン・ホープ”特集!』
大した内容はやらないと思うが、これでいいか。
予想通り、キャプテン・ホープが撮られている映像をかき集めたものを紹介するだけのコーナーだった。
「出来たよー!ウィルくん、おいで!」
「はい、すぐ行きます」
テレビを消して、食卓に向かう。
朝から一汁一菜、贅沢だ。
「簡単なものだけど、食べて食べて!」
「充分豪華ですよ、いただきます」
「いただきます!」
二人で手を合わせて、食事を始める。
美味しい。
そう率直に伝えると、リーナさんが顔をほころばせた。
少し会話を挟みながら食べ進め、あっという間に平らげる。
洗った食器を拭くくらいなら出来るだろうと申し出ると、快諾してくれた。
リーナさんと並んでキッチンに立ち、雑談を始める。
「リーナさんって、俺と出会った頃からそんなに変わらないですよね」
「えっ、お姉さんあれから成長してない!?」
「ああいやそういう意味ではなくて、良い意味です。ほら、ボスとか今より地味だったじゃないですか」
「確かに~。年々派手になっていったよね!」
昔は普通のスーツ姿……とはいえ、ボスのことだからどうせお高いやつだったんだろうけど。
今では白スーツに派手なネクタイ、アクセサリーも大量に付けている。
「懐かしいねえ。でもなんで急にそんな話?」
「夢を見たんです。俺が子供の頃の、ボスやリーナさん達に会った頃の夢を」
「……そっか」
「大丈夫ですよ、いやな夢とかじゃないんで」
リーナさんが少し心配そうな顔をするが、杞憂だ。
むしろ引きこもり一歩手前の俺を救い出してくれた、人生の希望が見えた日なのだから。
────。
────。
────。
「それじゃあ、仕事に向かおっか!」
「はい、行きましょう」
二人で揃って家を出る。
たとえどんなに大きな事件が起きても、次の日の仕事が休みになるわけではない。
今、指南役は俺ひとりだ。だからより一層気を引き締めなくては、ハニー達に示しがつかない。
「気負い過ぎちゃダメだよー」
「ハニー達の前でくらい格好つけたいんですよ」
「そういえばウィルくんって、教え子たちのことをハニーって呼ぶよね。理由聞いてもいい?」
「教える側になると、教わる側って無条件に可愛く見えるんですよ」
「わーお、女たらしだね」
「別に男性でもそう呼びますけど。ハニーって元々どっちにも使えますし」
ニヤニヤしながら話を聞くリーナさん。
別に変な意味じゃない、子供を可愛がるような感覚なんだけどな。
そんなくだらない話をしながら、俺たちは仕事場に向かっていった。
────────。
「──つまり特殊能力の根源は、願望を叶えた先に得る力。だけど今の世では生まれた時にランダムに与えられる、本人の願望とは関係ない能力になる。ここまでで何か質問のある人はいるかな?」
今日は一部のひとが持つ特殊能力について、二人のハニー達に教えている。
黒髪で短髪の子は黒川さん、ノンバイナリー。
茶髪のセミロングな女性は白森さんだ。
特殊能力を持つ人間は多くないが、ヒーローの多くは特殊能力を持っている。
今回はその対策のための座学。
すると白森さんが挙手をした。
「ウィルさんも特殊能力があるんですよね。教えてもらえることって出来ますか?」
「もちろんいいよ。見せた方が早いかな、ほら」
そうして俺が指さした先に、”もうひとりの俺”が現れる。
これが俺の能力。”偽物”だ。
「これって動かせるんですか?」
「動かせるよ。こうやって俺の動作を真似させたり」
”偽物”に俺と同じ動きをさせる。
「こっちは簡単な指示しかできないけど、俺とは違う動作をさせたり」
”偽物”をその場で一回転させる。
二人揃っておおー、と声を上げた。
「生き物を動かせるなんて、すごい能力ですね」
「代わりに脆いんだよ。子供が投げたドッチボールくらいの衝撃で消えちゃうんだ」
”偽物”に軽く体当たりをすると、チカチカと点滅して姿を消した。
「じゃあ、あまり戦いには向かないってことですか?」
「良い着眼点だ、偉いぞ。武器を持たせるにしても俺が持った方が早いし、盾にしたところで意味ないからね」
褒めると嬉しそうに黒川さんが笑う。
「まあこんな感じに、能力者と言ってもそこまで壮大なことは出来ない。水を操れても海は動かせないし、人のウソを感じ取れても心を読むことは出来ない」
「ファンタジーの魔法みたいに無制限に強力なものではなく、それなりの制限があるということですね」
「その通りだ。だからヒーローもあくまで補助的に使っている人が多いね、基本は体術や武器術だ」
「そして最初に言ったように、これは”先天的な能力者”の話。次に話すのは”後天的な能力者”の話だよ」
二人の目が真剣なものに変わる。ここから先は、あまり一般的に知られていない話だからだ。
「意味はそのままだね。生まれた時は能力を持ってなくて、生きている内に能力が開花したひとのことを指す」
「仕組みは例が少なすぎて推測でしかないけど、長年に渡って強い願望を持ち続けることで、その願望通りの能力を得ることが出来る、らしい」
「で、重要なのはここから。”後天的な能力者”は”先天的な能力者”と比べて、強力かつ複雑な能力を持つことが出来る」
「まあ、それが戦闘面の強さに必ずしも関係するわけじゃないけどね。俺たちの組織にもひとり居るけど、戦闘員じゃないし」
再び白森さんに挙手されたので、話すように促す。
「強力かつ複雑、それって具体的にはどれくらいの規模になるんですか?」
「世界を創れるんだ」
「……え?」
二人が言葉を失う。意味が分からないといった様子だ。
「世界を創るは言い過ぎか。俺たちがいる世界とは別の時空に飛んで、そこに自分好みのデカい庭を作るみたいなイメージだね」
「は、話が壮大過ぎてよく分からないんですが……」
「そうだよね。俺も壮大過ぎると思う」
実際あまりにも壮大で、当の能力者本人も把握しきれてはいないのだから。
「だからもしそんな人が居ればの話だけど、ただひとりの存在を求め続けて、意思をもって自由に動く人間を生み出す能力者とかもあり得ない話じゃないね」
「もしかして、ヒーローにもそれくらい強力な能力者が居たりするんでしょうか」
「あー、居るよ。三大ヒーローって呼ばれてる中のひとりに」
その彼と戦うことはないけどね、と心の中でつぶやく。
「彼の名は”キャプテン・ホープ”。その名の通り、自分が思い描く”希望通りの姿”に変身できるのさ」
────。
────。
────。
「よし、じゃあ今日はここまでにしようか!」
座学を終え、休憩を挟みながら一時間ほど稽古をし、そう告げる。
俺は充分だと思ったのだが、二人は物足りなさそうにしている。
「あんまり根を詰めても、身体壊しちゃうからね?」
「それはその、そうなんですけど。久々に本格的に指南してもらえたので、せっかくならもっとお願いしたくて……」
「あー、そっか。そうだったね」
ここ一か月くらいはシューティングスターの捜索任務もあって、課題は出していたけどあまり長時間の指南が出来なかった。
はっきり言ってあの任務は無駄骨だった。悪の組織についてかぎ回っていると聞いてボスと対談させたが、結局大した情報を握ってはいなかったし。
『大した脅威ではないと判明しただけで充分だ』とロロさんは言っていたが、俺としては貴重なハニー達との時間を減らされて不満でしかない。
「あ、すいません!ただのワガママですから、お忙しいのなら──」
「ワガママなんかじゃないよ。俺はきみ達の指南役だけど、それ以前に俺たちは仲間だ。思ったことは気兼ねなく言ってほしい」
「……ありがとうございます!」
「でもどうしようかな、これ以上トレーニングを一日に詰め込んでもあまり効果的ではないし……」
そこでひとつ、ちょうどいい案件があることを思い出した。
「それじゃあここで、みんな大好きな実戦といこうか」
────────。
とある街。情報通りに目的の人物を見つける。
槍を携えている、ポニーテールの女性だ。
彼女の後ろをついていき、タイミングを見計らって声をかける。
「やあお嬢さん、今日はいい天気だね。こんな日は俺とデートでもしないか?」
「あいにく今はヒーロー活動中なの。ナンパなら他をあたってちょうだい」
彼女は振り返ることも立ち止まることもなく、進み続ける。
「俺の顔を見れば、きみならオーケーって言ってくれると思うんだけど」
「あら、大した自信ね。その自信に免じて顔だけでも拝んで──」
彼女がようやく振り返る。最初の表情は驚き、次に嫌悪。
「お前……!」
「ここは人通りが多いし場所を変えよう。いい場所を知ってるんだ」
彼女は以前、俺が”ブーン”というヒーローと騒動を起こした際に駆け付けたヒーロー、”フルード”だ。
「よくのこのことあたしの前に顔が出せたな……!」
「こんなに歓迎してもらえるなら、顔を出した甲斐があるね」
当然だが敵意むき出しだ。
しかし彼女も市民に被害は出したくないのだろう、素直についてくる。
「あの後ブーンがどうなったか、知ってるか」
「ヒーロー辞めたんだってね、まあ再開したくなる時まで休めばいい──っ!?」
突然、俺の足が動かなくなる。
視線を下に向けると、ドロドロの金属のようなものが俺の足に絡みつき、固まっている。
「デートスポットはまだ先だぜ?」
「悪党が行きたい場所に付き合うわけないでしょ。ここなら人もいないわ」
フルードが槍先を俺に向ける。
「今から降参ってあり?」
「なしだ!」
槍を構えて、彼女が突進してくる。
それを二人のハニー達が迎え撃った。
ハニー達の迎撃を防ぎ、後退するフルード。
「どうせそんなことだろうと思ったわ、悪党が使いそうな手口ね」
「ふんぞり返ってヒーロー襲うのが悪の組織の役目だからね。二人とも、事前に打ち合わせした目標は覚えてる?」
「「はい!」」
「良い返事だ」
返事と共に二人が構え、フルードも槍を握りなおす。
こちらは素手、あちらは槍だ。
最初に仕掛けたのはハニー達。
二人同時に畳みかけるように攻撃を仕掛ける。
しかしフルードはそれに合わせるように立ち位置を調整し、片方を壁にして1対1になるように立ち回る。
流石に複数人を相手取るのに慣れている。ハニー達の連携にも課題点が多いけど。
はたから見れば、フルードが優勢な戦い。
だがハニー達もただ圧し負けているわけではない。
俺の足元に絡みついている金属が、徐々にほどけている。
人間の特殊能力は絵空事の魔法のように強力ではない。意識し続けなければ効果を発揮できないし、単純に距離が遠くなれば効力は弱まる。
ハニー達は今フルードの集中力を削ぎながら、俺との距離を広げようとしているのだ。
「あ、マズイな」
フルードが相手の一方を蹴り飛ばし、もう一方へと衝突させる。
ハニー達が二人揃って倒れこんでしまった。
その隙をついてフルードは俺の方へと走ってくる。
「自分の能力くらい自分で把握してる!距離を取らされてあんたが自由になる前に、あんたを倒す!」
「……」
槍を構え、俺に狙いを定める。
彼女の槍が、俺の腹部に突き刺さった。
正確には、俺の”偽物”の腹部に。
そのまま”偽物”は姿を消す。
「──なっ!?」
「動揺したな?」
「しまっ──ぐあっ!」
俺の拘束が解け、自由の身になる。だが俺は煽るだけで何もしない。
二人のハニー達がフルードを地面に押さえつけ、素早く縄で縛りあげた。
「はーい、お疲れさまー。目標通り『骨折以上のケガをさせずに拘束する』、達成だね!」
「最後はウィルさん頼りになっちゃいましたけどね……」
「良いんだよ、俺も”駒”のひとつさ。それに二人が彼女の集中力を削がなきゃ、”偽物”で騙せなかったし」
「ありがとうございます!」
拍手を送る。黒川さんは嬉しそうに照れていたが、白森さんはクールだ。
「何のつもりだ、あんたら!」
「何って、この二人の実戦練習。別に君をどうこうしようって気はないけど」
当然だが怒りをあらわにするフルード。
一応悪の組織……というより俺個人のことをかぎ回っていたので、余計なことをされる前に顔を見せようという思いもあったが。それは伝えない。
「あ、ウィルさん!近付いたら危ないですよ!」
「……これこそ何のつもりだ、バカなのか?」
地面に横たわるフルードに近付く。当然、先ほどの様に足を拘束された。
だが俺は気にせず話をする。
「俺はね、努力したやつが報われない世界はクソだと思ってる。だってそうだろ?頑張ったなら、それ相応のご褒美があってしかるべきだ」
「……本当に何の話をしている?」
フルードはまるで意味が分からないといった様子だ。後ろのハニー達も困惑している。
「頑張ったきみにはご褒美として俺の秘密を教えてあげよう。俺は今、とある美人のお姉さんの元でヒモになっているんだ」
「よし、バカにしているな?あたしをバカにしているんだろ?もう絶対その拘束解いてやらないからな」
「ハニー、これを受け取って」
再び憤るフルードを無視して、カバンから取り出した瓶を黒川さんに向かって投げる。
「何ですか、これ?」
「特製からし玉。わさび玉も入ってる」
「……はい?」
「それ、こいつの口の中に全部ぶち込んで」
「……えっ」
言いながらフルードを指さす。
まだ事態を把握していない黒川さんに対して、フルードは顔が青ざめている。
「そうすればこの拘束も解けるでしょ」
「ま、待て!拘束は解くから──」
「悪の組織がヒーローの言うことを信じられるか」
「じゃあいきますよー」
「待──」
フルードの悲鳴が、辺り一帯に響き渡った。
────────。
時刻は夕飯時、俺はハニー達の勝利祝いとして二人を連れて焼肉王子へ来ていた。
「そういえばなんであんなもの持ち歩いてるんですか?」
「あの瓶のこと?友達と遊ぶ時の罰ゲーム用だね」
「とんでもない遊びしてるんですね……」
とはいえ余らせていたからカバンの底にあったのだが。まさかこんな場面で使えるとは。
「さっきも言ったけど、二人とも素晴らしかったよ。動きに課題点はまだあるけど、昼間の座学を活かした戦いが出来てたね」
「ありがとうございます」
「白森さんってクールだよね。もっと喜んでいいんだよ」
「……」
白森さんがポカンとする。そんなに変なことを言っただろうか。
「あ、あの!ボクの名前は!?」
「え、黒川さんでしょ?」
「……」
「え、なに?何ごと?」
二人が顔を見合わせる。意外な発見をした、みたいな表情で。
これはもしかして……。
「俺、人の名前も覚えてないやつだと思われてた?」
「いや……そんなことは」
黒川さんの歯切れが悪い。苦笑いをしてごまかしている。
白森さんがそれをフォローするように話し始めた。
「ほら、ウィルさんってあたし達のことハニーって呼ぶじゃないですか」
「そうだね、そっちの方が親しみやすいでしょ?」
「え?」
「えっ」
白森さんがポカンとする。続いてあからさまな愛想笑い。
黒川さんの方を見る。わずかにだが、首を横に振られた。
え、もしかして逆効果だった?
そんなことを考えていると、黒川さんが前のめりになって話しかけてきた。
「ウィルさん!」
「はい、なんでしょう」
「思ったことは気兼ねなく言ってほしいって、昼間言いましたよね?」
「そうですね」
あまりの気迫に思わず敬語になる。訴えるとか言われたら泣いちゃうけど。
「じゃあ今度からボクのことは黒川って呼んでください。その方がずっと親しみやすくて、嬉しいです」
「あたしも白森でお願いします」
「……うん、分かったよ」
良い子たちだ、さっきまで訴えられるとか考えていた自分が恥ずかしい。
「でもなんで最初に、教え子のことをハニーって呼ぼうと思ったんですか?」
「俺のところに来るのは組織に入ったばかりの子だからね。その子たちに、きみは俺にとっても組織にとっても、大切な子なんだって伝えたかったんだよ」
「……」
「ウィルさんってズレてますね」
「えっ!?」
黒川さんから辛辣なひとことをもらう。
そっか、ズレてるのか。ろくに学校に通ってなかったからそういうセンスみたいなものもズレているのかもしれない。
いや、何でもかんでも学校のせいにするのは良くないか。
「あ、落ち込まないでください。ウィルさんだって真剣に考えての結果なんですもんね、失礼しました」
「いや、多分二人の方が合ってると思うから大丈夫だよ……」
「でも最初はびっくりしたんですよ。男女関係なくみんなハニーって呼んでるし、誰彼構わず手を出す人なのかなって噂が立ってたんですから」
何それ初耳、すごい不名誉。そんな噂になってるの。
あとそれに頷かないで、白森さん。
「俺はちゃんと一途な男だよ」
「え、でも今日戦い終えたとき、ヒモになってるって言ってませんでした?」
「……」
空気が凍える。おかしいな、焼肉店に来たはずなのに温まらないなんて。
二人の冷たい視線がすごく痛い。でも事情を話すのもな。
「二人とも、遠慮しないで食べていいよ。あ、ご飯頼もうか?」
「ごまかし方が下手過ぎじゃないですか?」
「温かいスープもあるよ」
「冷えてるのはウィルさんの肝だけです」
「上手いこと言うね、黒川さん」
一歩仲が進んだような、後退したような。
だけど幹部のひと達とはまた違った関係を築けそうだなと思える、そんな一日だった。
<了>
今回はそういう夢だった。
学校の教室。見覚えがあるようでないような人々。
子供の頃の俺の姿。おそらく中学1年生とか、それくらいの頃の。
みんなで仲良く授業を受ける。みんなで仲良く。
何度も何度も夢で見た光景。
場面が変わる。指導室らしき部屋。不鮮明。
大人の姿。顔は分からない。向かい合って座る、子供の俺。
子供の俺が口を開く。
「■■■くんは●●さんの筆箱をゴミ箱に捨てたり、足を引っかけたり、髪の毛を引っぱったりしてイジメてました」
「ある日●●さんが階段から落ちて大けがをしたとき、みんな悲しんでいるのに■■■くんはニヤニヤ笑っていました」
「なんでニヤニヤ笑っているのか■■■くんに聞くと、●●さんみたいなキモくて、ウザくて、調子に乗ってるやつは、そんな目にあって当然だと言いました」
「だから俺にとってキモくて、ウザくて、調子に乗っている■■■くんは、そんな目にあって当然だから階段から突き落としました」
「先生、俺が間違ってるなら、■■■くんも間違ってるんだよね?」
あの二人の名前はなんだったか。もう覚えていない。
覚えているのは、それから俺が学校に行かなくなったこと。
再び場面が変わる。俺の部屋。
ベッドで横になっている俺。お行儀よく座っている、子供の頃の姿のルカ。
「俺に構ってないで学校行けよ、ルカ」
「ウィルが居ない学校、つまんないもん」
母さんが部屋に入ってきて、お菓子と野菜ジュースを置く。
ゆっくりしてね、そう言って母さんは部屋を後にする。
確かこの後の展開は、二人で母さんにお願いして外に遊びに行く、だったか。
それからまもなくして、俺たちはボスと、そしてリーナさん達と出会う。
────────。
「おはよー!」
「おはようございます」
目が覚めてソファから身を起こすと同時に、リーナさんが自分の部屋から出てくる。
流石に少し身体が痛い。慣れるしかないか。
「朝ごはん作っちゃうからちょっと待っててねー」
「はい、ありがとうございます。テレビ点けていいですか?」
「いいよー!」
何も手伝わないなんてヒモみたいだとも思ったが、勝手にキッチンや冷蔵庫を触られるのがいやだ、という人もいるという話を聞いたことがあるので素直に甘える。
ニュース番組にチャンネルを変える。『三大ヒーローのひとり、”キャプテン・ホープ”特集!』
大した内容はやらないと思うが、これでいいか。
予想通り、キャプテン・ホープが撮られている映像をかき集めたものを紹介するだけのコーナーだった。
「出来たよー!ウィルくん、おいで!」
「はい、すぐ行きます」
テレビを消して、食卓に向かう。
朝から一汁一菜、贅沢だ。
「簡単なものだけど、食べて食べて!」
「充分豪華ですよ、いただきます」
「いただきます!」
二人で手を合わせて、食事を始める。
美味しい。
そう率直に伝えると、リーナさんが顔をほころばせた。
少し会話を挟みながら食べ進め、あっという間に平らげる。
洗った食器を拭くくらいなら出来るだろうと申し出ると、快諾してくれた。
リーナさんと並んでキッチンに立ち、雑談を始める。
「リーナさんって、俺と出会った頃からそんなに変わらないですよね」
「えっ、お姉さんあれから成長してない!?」
「ああいやそういう意味ではなくて、良い意味です。ほら、ボスとか今より地味だったじゃないですか」
「確かに~。年々派手になっていったよね!」
昔は普通のスーツ姿……とはいえ、ボスのことだからどうせお高いやつだったんだろうけど。
今では白スーツに派手なネクタイ、アクセサリーも大量に付けている。
「懐かしいねえ。でもなんで急にそんな話?」
「夢を見たんです。俺が子供の頃の、ボスやリーナさん達に会った頃の夢を」
「……そっか」
「大丈夫ですよ、いやな夢とかじゃないんで」
リーナさんが少し心配そうな顔をするが、杞憂だ。
むしろ引きこもり一歩手前の俺を救い出してくれた、人生の希望が見えた日なのだから。
────。
────。
────。
「それじゃあ、仕事に向かおっか!」
「はい、行きましょう」
二人で揃って家を出る。
たとえどんなに大きな事件が起きても、次の日の仕事が休みになるわけではない。
今、指南役は俺ひとりだ。だからより一層気を引き締めなくては、ハニー達に示しがつかない。
「気負い過ぎちゃダメだよー」
「ハニー達の前でくらい格好つけたいんですよ」
「そういえばウィルくんって、教え子たちのことをハニーって呼ぶよね。理由聞いてもいい?」
「教える側になると、教わる側って無条件に可愛く見えるんですよ」
「わーお、女たらしだね」
「別に男性でもそう呼びますけど。ハニーって元々どっちにも使えますし」
ニヤニヤしながら話を聞くリーナさん。
別に変な意味じゃない、子供を可愛がるような感覚なんだけどな。
そんなくだらない話をしながら、俺たちは仕事場に向かっていった。
────────。
「──つまり特殊能力の根源は、願望を叶えた先に得る力。だけど今の世では生まれた時にランダムに与えられる、本人の願望とは関係ない能力になる。ここまでで何か質問のある人はいるかな?」
今日は一部のひとが持つ特殊能力について、二人のハニー達に教えている。
黒髪で短髪の子は黒川さん、ノンバイナリー。
茶髪のセミロングな女性は白森さんだ。
特殊能力を持つ人間は多くないが、ヒーローの多くは特殊能力を持っている。
今回はその対策のための座学。
すると白森さんが挙手をした。
「ウィルさんも特殊能力があるんですよね。教えてもらえることって出来ますか?」
「もちろんいいよ。見せた方が早いかな、ほら」
そうして俺が指さした先に、”もうひとりの俺”が現れる。
これが俺の能力。”偽物”だ。
「これって動かせるんですか?」
「動かせるよ。こうやって俺の動作を真似させたり」
”偽物”に俺と同じ動きをさせる。
「こっちは簡単な指示しかできないけど、俺とは違う動作をさせたり」
”偽物”をその場で一回転させる。
二人揃っておおー、と声を上げた。
「生き物を動かせるなんて、すごい能力ですね」
「代わりに脆いんだよ。子供が投げたドッチボールくらいの衝撃で消えちゃうんだ」
”偽物”に軽く体当たりをすると、チカチカと点滅して姿を消した。
「じゃあ、あまり戦いには向かないってことですか?」
「良い着眼点だ、偉いぞ。武器を持たせるにしても俺が持った方が早いし、盾にしたところで意味ないからね」
褒めると嬉しそうに黒川さんが笑う。
「まあこんな感じに、能力者と言ってもそこまで壮大なことは出来ない。水を操れても海は動かせないし、人のウソを感じ取れても心を読むことは出来ない」
「ファンタジーの魔法みたいに無制限に強力なものではなく、それなりの制限があるということですね」
「その通りだ。だからヒーローもあくまで補助的に使っている人が多いね、基本は体術や武器術だ」
「そして最初に言ったように、これは”先天的な能力者”の話。次に話すのは”後天的な能力者”の話だよ」
二人の目が真剣なものに変わる。ここから先は、あまり一般的に知られていない話だからだ。
「意味はそのままだね。生まれた時は能力を持ってなくて、生きている内に能力が開花したひとのことを指す」
「仕組みは例が少なすぎて推測でしかないけど、長年に渡って強い願望を持ち続けることで、その願望通りの能力を得ることが出来る、らしい」
「で、重要なのはここから。”後天的な能力者”は”先天的な能力者”と比べて、強力かつ複雑な能力を持つことが出来る」
「まあ、それが戦闘面の強さに必ずしも関係するわけじゃないけどね。俺たちの組織にもひとり居るけど、戦闘員じゃないし」
再び白森さんに挙手されたので、話すように促す。
「強力かつ複雑、それって具体的にはどれくらいの規模になるんですか?」
「世界を創れるんだ」
「……え?」
二人が言葉を失う。意味が分からないといった様子だ。
「世界を創るは言い過ぎか。俺たちがいる世界とは別の時空に飛んで、そこに自分好みのデカい庭を作るみたいなイメージだね」
「は、話が壮大過ぎてよく分からないんですが……」
「そうだよね。俺も壮大過ぎると思う」
実際あまりにも壮大で、当の能力者本人も把握しきれてはいないのだから。
「だからもしそんな人が居ればの話だけど、ただひとりの存在を求め続けて、意思をもって自由に動く人間を生み出す能力者とかもあり得ない話じゃないね」
「もしかして、ヒーローにもそれくらい強力な能力者が居たりするんでしょうか」
「あー、居るよ。三大ヒーローって呼ばれてる中のひとりに」
その彼と戦うことはないけどね、と心の中でつぶやく。
「彼の名は”キャプテン・ホープ”。その名の通り、自分が思い描く”希望通りの姿”に変身できるのさ」
────。
────。
────。
「よし、じゃあ今日はここまでにしようか!」
座学を終え、休憩を挟みながら一時間ほど稽古をし、そう告げる。
俺は充分だと思ったのだが、二人は物足りなさそうにしている。
「あんまり根を詰めても、身体壊しちゃうからね?」
「それはその、そうなんですけど。久々に本格的に指南してもらえたので、せっかくならもっとお願いしたくて……」
「あー、そっか。そうだったね」
ここ一か月くらいはシューティングスターの捜索任務もあって、課題は出していたけどあまり長時間の指南が出来なかった。
はっきり言ってあの任務は無駄骨だった。悪の組織についてかぎ回っていると聞いてボスと対談させたが、結局大した情報を握ってはいなかったし。
『大した脅威ではないと判明しただけで充分だ』とロロさんは言っていたが、俺としては貴重なハニー達との時間を減らされて不満でしかない。
「あ、すいません!ただのワガママですから、お忙しいのなら──」
「ワガママなんかじゃないよ。俺はきみ達の指南役だけど、それ以前に俺たちは仲間だ。思ったことは気兼ねなく言ってほしい」
「……ありがとうございます!」
「でもどうしようかな、これ以上トレーニングを一日に詰め込んでもあまり効果的ではないし……」
そこでひとつ、ちょうどいい案件があることを思い出した。
「それじゃあここで、みんな大好きな実戦といこうか」
────────。
とある街。情報通りに目的の人物を見つける。
槍を携えている、ポニーテールの女性だ。
彼女の後ろをついていき、タイミングを見計らって声をかける。
「やあお嬢さん、今日はいい天気だね。こんな日は俺とデートでもしないか?」
「あいにく今はヒーロー活動中なの。ナンパなら他をあたってちょうだい」
彼女は振り返ることも立ち止まることもなく、進み続ける。
「俺の顔を見れば、きみならオーケーって言ってくれると思うんだけど」
「あら、大した自信ね。その自信に免じて顔だけでも拝んで──」
彼女がようやく振り返る。最初の表情は驚き、次に嫌悪。
「お前……!」
「ここは人通りが多いし場所を変えよう。いい場所を知ってるんだ」
彼女は以前、俺が”ブーン”というヒーローと騒動を起こした際に駆け付けたヒーロー、”フルード”だ。
「よくのこのことあたしの前に顔が出せたな……!」
「こんなに歓迎してもらえるなら、顔を出した甲斐があるね」
当然だが敵意むき出しだ。
しかし彼女も市民に被害は出したくないのだろう、素直についてくる。
「あの後ブーンがどうなったか、知ってるか」
「ヒーロー辞めたんだってね、まあ再開したくなる時まで休めばいい──っ!?」
突然、俺の足が動かなくなる。
視線を下に向けると、ドロドロの金属のようなものが俺の足に絡みつき、固まっている。
「デートスポットはまだ先だぜ?」
「悪党が行きたい場所に付き合うわけないでしょ。ここなら人もいないわ」
フルードが槍先を俺に向ける。
「今から降参ってあり?」
「なしだ!」
槍を構えて、彼女が突進してくる。
それを二人のハニー達が迎え撃った。
ハニー達の迎撃を防ぎ、後退するフルード。
「どうせそんなことだろうと思ったわ、悪党が使いそうな手口ね」
「ふんぞり返ってヒーロー襲うのが悪の組織の役目だからね。二人とも、事前に打ち合わせした目標は覚えてる?」
「「はい!」」
「良い返事だ」
返事と共に二人が構え、フルードも槍を握りなおす。
こちらは素手、あちらは槍だ。
最初に仕掛けたのはハニー達。
二人同時に畳みかけるように攻撃を仕掛ける。
しかしフルードはそれに合わせるように立ち位置を調整し、片方を壁にして1対1になるように立ち回る。
流石に複数人を相手取るのに慣れている。ハニー達の連携にも課題点が多いけど。
はたから見れば、フルードが優勢な戦い。
だがハニー達もただ圧し負けているわけではない。
俺の足元に絡みついている金属が、徐々にほどけている。
人間の特殊能力は絵空事の魔法のように強力ではない。意識し続けなければ効果を発揮できないし、単純に距離が遠くなれば効力は弱まる。
ハニー達は今フルードの集中力を削ぎながら、俺との距離を広げようとしているのだ。
「あ、マズイな」
フルードが相手の一方を蹴り飛ばし、もう一方へと衝突させる。
ハニー達が二人揃って倒れこんでしまった。
その隙をついてフルードは俺の方へと走ってくる。
「自分の能力くらい自分で把握してる!距離を取らされてあんたが自由になる前に、あんたを倒す!」
「……」
槍を構え、俺に狙いを定める。
彼女の槍が、俺の腹部に突き刺さった。
正確には、俺の”偽物”の腹部に。
そのまま”偽物”は姿を消す。
「──なっ!?」
「動揺したな?」
「しまっ──ぐあっ!」
俺の拘束が解け、自由の身になる。だが俺は煽るだけで何もしない。
二人のハニー達がフルードを地面に押さえつけ、素早く縄で縛りあげた。
「はーい、お疲れさまー。目標通り『骨折以上のケガをさせずに拘束する』、達成だね!」
「最後はウィルさん頼りになっちゃいましたけどね……」
「良いんだよ、俺も”駒”のひとつさ。それに二人が彼女の集中力を削がなきゃ、”偽物”で騙せなかったし」
「ありがとうございます!」
拍手を送る。黒川さんは嬉しそうに照れていたが、白森さんはクールだ。
「何のつもりだ、あんたら!」
「何って、この二人の実戦練習。別に君をどうこうしようって気はないけど」
当然だが怒りをあらわにするフルード。
一応悪の組織……というより俺個人のことをかぎ回っていたので、余計なことをされる前に顔を見せようという思いもあったが。それは伝えない。
「あ、ウィルさん!近付いたら危ないですよ!」
「……これこそ何のつもりだ、バカなのか?」
地面に横たわるフルードに近付く。当然、先ほどの様に足を拘束された。
だが俺は気にせず話をする。
「俺はね、努力したやつが報われない世界はクソだと思ってる。だってそうだろ?頑張ったなら、それ相応のご褒美があってしかるべきだ」
「……本当に何の話をしている?」
フルードはまるで意味が分からないといった様子だ。後ろのハニー達も困惑している。
「頑張ったきみにはご褒美として俺の秘密を教えてあげよう。俺は今、とある美人のお姉さんの元でヒモになっているんだ」
「よし、バカにしているな?あたしをバカにしているんだろ?もう絶対その拘束解いてやらないからな」
「ハニー、これを受け取って」
再び憤るフルードを無視して、カバンから取り出した瓶を黒川さんに向かって投げる。
「何ですか、これ?」
「特製からし玉。わさび玉も入ってる」
「……はい?」
「それ、こいつの口の中に全部ぶち込んで」
「……えっ」
言いながらフルードを指さす。
まだ事態を把握していない黒川さんに対して、フルードは顔が青ざめている。
「そうすればこの拘束も解けるでしょ」
「ま、待て!拘束は解くから──」
「悪の組織がヒーローの言うことを信じられるか」
「じゃあいきますよー」
「待──」
フルードの悲鳴が、辺り一帯に響き渡った。
────────。
時刻は夕飯時、俺はハニー達の勝利祝いとして二人を連れて焼肉王子へ来ていた。
「そういえばなんであんなもの持ち歩いてるんですか?」
「あの瓶のこと?友達と遊ぶ時の罰ゲーム用だね」
「とんでもない遊びしてるんですね……」
とはいえ余らせていたからカバンの底にあったのだが。まさかこんな場面で使えるとは。
「さっきも言ったけど、二人とも素晴らしかったよ。動きに課題点はまだあるけど、昼間の座学を活かした戦いが出来てたね」
「ありがとうございます」
「白森さんってクールだよね。もっと喜んでいいんだよ」
「……」
白森さんがポカンとする。そんなに変なことを言っただろうか。
「あ、あの!ボクの名前は!?」
「え、黒川さんでしょ?」
「……」
「え、なに?何ごと?」
二人が顔を見合わせる。意外な発見をした、みたいな表情で。
これはもしかして……。
「俺、人の名前も覚えてないやつだと思われてた?」
「いや……そんなことは」
黒川さんの歯切れが悪い。苦笑いをしてごまかしている。
白森さんがそれをフォローするように話し始めた。
「ほら、ウィルさんってあたし達のことハニーって呼ぶじゃないですか」
「そうだね、そっちの方が親しみやすいでしょ?」
「え?」
「えっ」
白森さんがポカンとする。続いてあからさまな愛想笑い。
黒川さんの方を見る。わずかにだが、首を横に振られた。
え、もしかして逆効果だった?
そんなことを考えていると、黒川さんが前のめりになって話しかけてきた。
「ウィルさん!」
「はい、なんでしょう」
「思ったことは気兼ねなく言ってほしいって、昼間言いましたよね?」
「そうですね」
あまりの気迫に思わず敬語になる。訴えるとか言われたら泣いちゃうけど。
「じゃあ今度からボクのことは黒川って呼んでください。その方がずっと親しみやすくて、嬉しいです」
「あたしも白森でお願いします」
「……うん、分かったよ」
良い子たちだ、さっきまで訴えられるとか考えていた自分が恥ずかしい。
「でもなんで最初に、教え子のことをハニーって呼ぼうと思ったんですか?」
「俺のところに来るのは組織に入ったばかりの子だからね。その子たちに、きみは俺にとっても組織にとっても、大切な子なんだって伝えたかったんだよ」
「……」
「ウィルさんってズレてますね」
「えっ!?」
黒川さんから辛辣なひとことをもらう。
そっか、ズレてるのか。ろくに学校に通ってなかったからそういうセンスみたいなものもズレているのかもしれない。
いや、何でもかんでも学校のせいにするのは良くないか。
「あ、落ち込まないでください。ウィルさんだって真剣に考えての結果なんですもんね、失礼しました」
「いや、多分二人の方が合ってると思うから大丈夫だよ……」
「でも最初はびっくりしたんですよ。男女関係なくみんなハニーって呼んでるし、誰彼構わず手を出す人なのかなって噂が立ってたんですから」
何それ初耳、すごい不名誉。そんな噂になってるの。
あとそれに頷かないで、白森さん。
「俺はちゃんと一途な男だよ」
「え、でも今日戦い終えたとき、ヒモになってるって言ってませんでした?」
「……」
空気が凍える。おかしいな、焼肉店に来たはずなのに温まらないなんて。
二人の冷たい視線がすごく痛い。でも事情を話すのもな。
「二人とも、遠慮しないで食べていいよ。あ、ご飯頼もうか?」
「ごまかし方が下手過ぎじゃないですか?」
「温かいスープもあるよ」
「冷えてるのはウィルさんの肝だけです」
「上手いこと言うね、黒川さん」
一歩仲が進んだような、後退したような。
だけど幹部のひと達とはまた違った関係を築けそうだなと思える、そんな一日だった。
<了>
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