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第四話 ブラック、ホワイト&ブラッド
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「見つかんないねー」
「まあ方法が方法だ、成果が出るには時間がかかるさ」
時間はちょうど正午。快晴。
俺とレイは二人でとある街を訪れ、人探しをしていた。
目的の人物は女性ヒーロー、シューティングスター。
俺と幹部四人は彼女の捜索と、発見次第ボスの元へ連れて行くように命じられている。
事を荒立てたくないとのことなので部下に命令は伝えていないが、レイは彼女に会ったことがあるというので、単独行動を禁ずる代わりに俺が同行をお願いした。
おそらくその関係は利用できるだろう。
「パーッと暴れて呼び出せたら楽なのにね」
「今回はそれじゃ意味がないからな」
俺たち悪の組織は情報網が広い。だからヒーローがどこで活動しているか、野良のヴィランがいつどこでどのような計画を立てているかなどをある程度把握している。
これらは創立以前からボスがこつこつとコネを作っていたから、らしい。
だが今回はヒーローと悪の組織として対立したいわけじゃない。あくまでお互いプライベートで穏便に、ボスが話をしたいとのことだ。
だからヒーローとしての活動範囲から生活範囲を予測して、そこから偶然出会うのを期待して待つしかない。
流石にヒーローやヴィランのプライベートまでは把握していない。ほとんど必要のないものだし、それに俺たちは悪の組織ではあってもブラック企業ではないのだから、そこまで人員を割くわけにはいかない。
とはいえ命令が下されてから一か月が経とうとしている。彼女がヒーロー活動をしている時は探さなくていいし、他の仕事があればそちらを優先せよとも言われてはいるが、いい加減に成果が欲しい。
単純に飽きた。
「ウィル、あれ見て」
「なんか面白いもんでもあったか?」
「いや違う。見つけた、シューティングスターだ」
サラッと重大なことをレイが言う。彼女が指さした方向をみると、ひときわ目立つ長身の女性が居た。
写真で見た通りの顔、確かにシューティングスターだ。本当にデカいな。
とりあえず見失う……ことはないだろうが、目的の人物を発見できたのですぐに向かう。
まずはレイが話のきっかけを作って、兄として俺を紹介してもらい、後は交渉だ。
「あの、シューティングスターさんですか?」
「ん?その通りだが……おや、君は確か」
どうやら向こうもレイを覚えていたようだ。
二人が改めて自己紹介を交わし、話が弾み始める。
しばらく後ろで待っていると、二人の視線が俺の方に向いた。
「私の兄のウィルです」
「どうも初めまして、妹がずいぶんお世話になりました」
「いやいや、おれ様はただ仕事をしたまでですから!」
「あはは、ありがとうございます。それで今、お時間ありますか?もしよろしければお礼に──」
「おい!シューティングスター!」
俺たちの会話に、なんだか聞き覚えのある声が割って入る。
両手にコーヒーを持った男が、不満そうにこっちへ向かってきた。
どうやら彼女に文句があるそうだ。
「貴様!私を使いっ走りにしておいて、よく呑気にお喋りができるな!」
「今はプライベートなんだから名前で呼びたまえよ!それにおれ様の弟子になりたいって言ったのは君だろ?」
口調の荒い男が彼女に食って掛かる。だがその男は俺に気付くと、鋭く睨んできた。
どこかで会っただろうか。
「ああ、二人とも気にしないでくれ。口は悪いが彼はおれ様の弟子で──」
「待てシューティングスター。構えろ」
「え、なんでだい」
「そこにいる男は人殺しだ。名前はウィル」
思い出した。この声はホワイトナイトだ。
覆面越しの声と少し違っていたから、気付くのが遅れてしまった。
シューティングスターの目つきが変わる。最悪だな。
即座に俺は両手を上げる。
「降参する」
「……なに?」
「降参すると言った。2対1は無理だ」
ホワイトナイトは呆気にとられている。
シューティングスターはまだ若干警戒しているが、構えを解いた。
レイは俺の後ろで、何が起きているか分からない、という演技をしている。
「妹さんは関係ないんだな?」
「ああ、何も知らない」
「そうか、なら──」
「待て、シューティングスター!こいつの言うことを信用するのか!?」
「彼女は以前、暴漢に襲われても穏便に済ませようとしたところをおれ様が目撃している」
「この男は悪の組織を名乗っていた!妹も一員である可能性は充分にある!」
仲間割れが始まった。
好都合だ。
こっそり近づいてきていたレイの背後に周り、彼女の首元にナイフを当てる。
「やっぱり降参は取り消すよ。二人とも、手を頭の上に上げろ。そして後ろに下がれ」
「……っ!」
やられた、という表情と共に素直に従うシューティングスター。だがホワイトナイトは従わずに俺の方を睨む。
「ホワイトナイトくん!下がるんだ!」
「演技だ」
「……試してみるか?」
「やってみろ」
彼の表情はこれを演技だと確信しているように見える。
俺もレイも演技力に問題があるとは思わないが、彼の能力だろうか。
レイを見る。
ナイフに怯え、か弱く抵抗している演技。
だが決して俺の行動を邪魔しないように、俺が立ちまわりやすくなるように動いている。
そしていつでも戦闘に入れる体勢。俺が手を放せば即座に戦いが始まるだろう。
本当に、俺には勿体ないぐらい優秀だ。
バカな妹だよ。
レイの首をナイフで掻き切る。
「……は?」
ホワイトナイトが呆けた声を出すと同時に、レイが膝から地面に崩れ落ちる。
二人のヒーローは目を見開き、時間が止まったかのように動かずにいた。
「こういうの、なんて言うんだっけ。殺人教唆?俺、法律とかあんまり詳しくないんだよね。ヒーローならそういうの詳し──」
激しい打撃音と共に、ホワイトナイトが顔面から地面に叩きつけられた。
全く見えなかったが、隣にシューティングスターがいることから彼女の仕業だろう。
彼女はすぐさま地面に座り込み、俺に頭を下げる。
「すまなかった。おれ様の弟子が馬鹿な真似をした。君に手は出さない、だから彼女の手当をさせてくれ」
「……ああ、構わない。俺も戦わずに済むならそうしたいからな」
「感謝する」
彼女はそう言うと俺には目もくれず、レイの手当を始めた。
俺は手を出さず、ただそれを見守る。
しばらくの間沈黙が続く。すると彼女が何かに気付いたのか、一瞬だけ動きが止まる。
だが何事もなかったかのように手当を再開し、そのまま俺の方を見ずに話しかけてきた。
「ずいぶん殺しが上手いんだな」
隠しているつもりだろうが、手当を始めた段階と違い、警戒されている。
「最初から上手かったわけじゃない」
「そうか、どこで習った?」
「今のが答えだ」
彼女の警戒は解けない。
「この子の傷は、即座に適切な処置を施せば助かるような傷だ」
「……」
警戒されている。
彼女が手当を終えた。
だが顔は上げず、地面に横たわるレイの姿を見ている。
「もうひとつ聞いていいか」
「まあ待て、きみばかりではなく俺にも質問させてくれよ」
「……なにかな」
最大限の警戒をされている。
空から人が降ってきて、俺の後ろに着地した。
「やっほー、ウィルくん。リーナお姉さんが助けに来たよ」
「さて、これで2対1だ。俺なら逃げるが……きみはどうする」
────────。
「ちょっと眠っててねー」
シューティングスターに注射を打ち、眠らせる。
リーナさんが到着してすぐにロロさんが車で迎えに来てくれたので、彼女をその中に運ぶ。
「いくぞ」
「ほらほらウィルくん、早くお姉さんの隣に乗っちゃって!」
「はい、すぐ乗りますよ」
後部座席に乗り込み、ドアを閉める。
ロロさんが車のアクセルを踏み、俺たちはその場を去った。
レイを置いて。
意味もなく車の窓から外を眺めていると、リーナさんに話しかけられる。
「ウィルくん、大丈夫?」
「リーナさんが来てくれたお陰で戦わずに済んだので、ケガひとつないですよ」
「そういう意味じゃないよ、分かってるでしょう?」
彼女は心底心配そうな目を向けてくる。
ロロさんも、顔は見えないが心配してくれているのが伝わってきた。
「まあ、流石に帰る家はなくなりましたかね」
「……ウィルくんがそれで良いなら、お姉さんは何も言わないよ」
依然として心配されているが、それ以上の詮索は止めてくれた。
二人とも大人だ。俺なんか遠く及ばないほどに。
そう、遠いんだ。
俺がどんなに強がっても。
「帰る家がないなら、お姉さんの家に泊まるといいよ!」
「いや、ロロさんの家に泊まるんで大丈夫です」
「おれには家内と娘がいる。お前を受け入れる気はない」
頼りの綱が一瞬で切られる。無慈悲だ。
「じゃあホテルを転々とします」
「流石にあんな騒ぎを起こした後じゃ、いくらボスのコネがあるとはいえ止めといた方が良いと思うなー」
「そうだ。ボスの力は偉大だが万能じゃない」
じゃあどうしろと。野宿は流石に嫌だ。
「ルカも今は病院暮らしだろう。リーナを頼るしかないな」
「いや、流石にそれは……」
「ルカちゃんがリーナお姉さんの家なら良いって、今メッセージが来たよ!」
そっちで勝手に決めないでくれませんかね。
なんだかロロさんまで話に乗ってきてるし。
「独身女性の家に上がり込むのはちょっと……」
「悪の組織が今さら道徳について語るのか?」
「そうそう、お姉さん何もしないから!」
「それ普通は俺のセリフなんですよ」
二人揃って俺で遊び始める。
何なんだこの人たち、年下弄って楽しいか。
楽しいよな、俺もよくハニー達をからかってたし。
「お前は急ぎ過ぎだ、ウィル。お前くらいのガキはもっと周りを頼れ」
「いや、俺もうそろそろ三十代ですよ」
「30歳で大人だと思ってるうちはまだまだ子供だねー」
「ああ、話にならないガキだ」
昔はこの歳になるころには、もっと色々出来るようになると思ってた。
今は全然、想像と違う。
「学生時代からずっと、人生の半分以上を悪の組織で過ごしてるウィルくんは、自分が思ってるより頑張ってるんだって、お姉さん達は伝えたいんだよ」
「そうだ、ウィル。おれ達は大人になってから悪の組織に入った。お前がおれ達と比べて自分を至らないと思うのは構わん。責めるなとも言わん。だが自分を認めろ。でなければ前には進めない」
二人とも、優しい声色で話してくれる。
「二人には敵いませんね」
「当然だ、そう思わせるのが大人の役目だからな」
「それじゃあお姉さんにいっぱい甘えて!ハグしてあげる!」
「それは違うと思います」
やっぱり二人とも、俺なんかより遥かに大人だ。
────────。
「三人とも、ご苦労。下がっていいぞ」
定例会議で使っている、いつもの大部屋にて。
眠っているシューティングスターをゲスト用の席に座らせると、ボスからそう告げられる。
因みに彼女をここまで運んだのはロロさんだ。
「では俺たちは向こうに居る。何かあったら呼べ」
「何かなど起こらない。わたしはお客様と対談するだけだ」
「ウィルくん、あっちでボードゲームやろうよ!」
「……」
「ボスはこれから対談するんでしょう」
混ざりたそうにしているボスにひとこと添えて退散しようとすると、ボスが俺を見ていることに気付く。
「どうしました、ボス」
「ふん、なんでもない。いらん心配をしたなというだけだ。行け」
「分かりました」
「ウィルくーん!早くー!」
急かされたので小走りでリーナさんの元に向かう。
何かを探しているのか、ボードゲームの棚を指でなぞっている。
「みんなでドラゴンのお宝を盗むやつがやりたいんだけどー」
「ああ、これのことじゃないですか?」
「そうそう、これだよー。三人でやろう!」
棚から取り出して三人でセッティングを始める。
ボスの方を見ると、シューティングスターが起きていた。どうやら対談は始まっているようだ。
話の内容までは聞こえないが。
「何か賭けるか?」
「罰ゲームとかでもいいんじゃない?」
「じゃあボスのモノマネで」
「ウィルくん、天才~」
さて、ゲームスタートといこう。
────。
────。
────。
「ウィルくん、それ以上はドラゴンのブレスが怖いよ~」
「良いんですよ、このゲームは高得点のお宝を盗ったもの勝ちです」
「おれのように堅実に生きた方が身のためだぞ」
ゲームは中盤、盛り上がってきたところだ。
「お、良いカードが出揃って──」
「ふざけるな!」
「!!!」
ボスのいる方向から大きな物音と共に怒鳴り声が聞こえた。
すぐさま三人で駆けつける。
ボスがシューティングスターに胸ぐらを掴まれていた。直ちに戦闘態勢を取る。
「待て、諸君。下がっていい」
「……いいんですか?」
「気にするな、遊んでいたまえ」
「うん、分かったよ」
「必要になったら呼べ」
問題なしと判断し、三人でその場を去る。
「……お前は彼らを利用している」
「人聞きの悪い。わたしは彼らの意思を尊重している」
「お前が洗脳して──」
「……」
「ウィル。下がるぞ」
「あ、すいません。すぐ行きます」
────────。
それからは何事もなくゲームを終え、リーナさんが渾身のボスのモノマネを披露して爆笑し、飲み物を片手に談笑を続けていると、ようやくボスたちの対談が終わったのか、二人揃って姿を見せた。
「お疲れー、ボス」
「疲れてなどいない。三人で彼女を元の場所へ送って差し上げろ」
「分かった!それじゃあもう一回ぷすっと──」
「いや、眠らせる必要はない。目隠しはしてもらうが、それで充分だ」
「分かったよー」
リーナさんが手早く彼女に目隠しをする。
反抗する様子はない。
「おれ様は侮られているのか?」
「いやなに、何度もロロに背負わせるのは負担になると思ってね」
「おれが手を引いてやる。ついてこい」
ロロさんが彼女の手を引く。
素直に従っている。
「ボスはどうするの?」
「わたしにはやることがある。気にせず先に帰りたまえ」
「分かった!今度は一緒に遊ぼうね、ボス!」
「ああ」
四人で部屋を出て、エレベーターに乗る。
車に乗るまで彼女に一切の抵抗はない。後部座席に座らせる。
「シートベルトは締めたか?」
「全員締めたよ、だいじょーぶ!安全第一!」
「なら行くぞ」
ロロさんが車のアクセルを踏み、建物を後にする。
するとそれまで黙っていたシューティングスターが口を開いた。
「君たちはあの男に利用されている」
「……」
全員、何も返さない。
彼女の声からは、同情が感じられる。
「君たちはヒーローの横暴や反乱を止めるために作られた”対ヒーロー組織”なんだろう?」
「……」
全員、何も返さない。
構わず彼女は言葉を続ける。
「悪の組織については調べていた。君たちは必ず標的をヒーローとしていて、そして攻撃されたヒーローは大なり小なり不祥事を起こしている者だった」
「少なくとも立ち向かってこない市民には攻撃しない。逃げずに野次馬をする市民に対しても、積極的な攻撃はしていない」
「だけどそれはあの男の罠なんだ。悪いことをしているからヒーローを攻撃するという大義名分を背負わせて、君たちの加虐心と自己顕示欲に付け込んで、己の真の目的のために利用しようとしている」
「これは洗脳だ。ヒーローを攻撃させて、君たちを社会的に追い込み、逃げ場をなくす。そして組織にいる間はあの男のコネで守られ──」
「ねえ」
リーナさんが彼女の言葉を遮る。
「あなた、さっきから何を分かり切ったことを言っているの?」
「……は?」
シューティングスターが素っ頓狂な声を上げた。
「そんなのちょっと調べればすぐに分かると思うけど」
「そうだな。おれ達は分かりやすくイヤリングなんて目印も付けているしな」
「それくらいで分かった気にならないでほしいよねえ」
呆れたようにリーナさんが言う。ロロさんもそれに頷いていた。
「そうではない!重要なのはあの男が──」
「だからなぜお前は自分が気付いていることをおれ達が気付いていないと思っている?」
「……君たち、まさか気付いてなお従っているのか?」
彼女は目隠しを取り、こちらを見る。信じられないといった表情で。
まあ、もう目隠ししなくてもいいか。結構走ったし。
ロロさんが話を進める。
「お前は自分が従属している組織や人物の思惑や思考全てを把握しているか?」
「誰にだって隠し事はあるよねー」
「ボスに何か隠していることがあるなど、おれ達は最初から全員気付いている」
「分かりやすいもんね、ボス」
全くもって同意である。俺も頷いておくか。
だが彼女はまだ認められないようだ。
「目的が分からない男のために、悪事を働いているのか?」
「……」
心底理解できない、といった様子で問いかけられる。
全員、何も返さない。
「そのためなら、妹も手にかけるのか?」
「半端な同情を俺に向けるな」
思わず声を荒げてしまう。
いけない。冷静にならなければ。
「失礼、取り乱しました」
「今のはウィルくん悪くないよねー?」
「ああ。気にするな、ウィル」
「……そうやって身内同士で甘やかし合うのか」
「誰だってやっていることだろう。それの何が悪い」
彼女の批難するような言葉に、今度はロロさんが苛立ち始める。
態度には出てないが、運転が荒くなった。
「おれ達はおれ達を肯定し合う。少なくともこいつが今よりガキだったころに、こいつを肯定したのは世界におれ達だけだった」
「肯定だけでは人は正しく育たないぞ」
「正論だな。だが正論は言った者の気分を良くするだけで、言われた側に何ら利益をもたらさない」
「これ以上ウィルくんをイジメるなら、その顔を引っかいてやるからね!」
続いてリーナさんが動物の様に威嚇する。過保護だ。
そうこうしている内に目的地に着き、車を停める。
「よし、着いたぞ。さっさと降りろ」
無言でシューティングスターが車を降りる。
だが一瞬、俺のことを憐れむような目で見てきた。
そんなもの、要らないんだよ。
────────。
「お邪魔しまーす……」
「どうぞどうぞ!遠慮しないで入って!」
三人で晩飯を済ませた後、ロロさんに車でリーナさんの家まで送ってもらった。
マジで泊まるのか。マジでか。
とりあえずスマホを意味もなく開く。新しい通知はない。
「ウィルくん、この部屋に荷物とか置いちゃって」
「はい。寝床はソファを使っても大丈夫ですかね」
「お姉さんと一緒のベッドに──」
「ソファでお願いします」
どう考えてもルカに殺される案件だ。
リーナさんは本気で言ってるからタチが悪い。
「広いベッドだよ?」
「大きさの問題じゃないんですよ」
「ルカちゃんの許可も出てるよ?」
「許可の問題でも──いやなんで許可出てるんですか?」
ていうかどういう聞き方したんだ。それ次第ではすでにヤバい気がする。
疑問が顔に出てたのか、リーナさんがスマホの画面を見せてくれた。
──────────────
『ルカちゃんルカちゃん』
『ウィルくんと寝ていい?』
『殺します』
『寝床がないの』
『殺します』
『寝顔送るから』
『許します』
──────────────
「バカなんですか?」
「酷いよ、ウィルくん!」
ツッコミどころしかない。なんか寝顔で取引されてるし。
「はぁ、もういいです。ささっとシャワー浴びて歯を磨いてソファで寝ますので」
「つまんないー」
「面白いことを起こす必要もないでしょう」
用意したタオルと着替えをもって、脱衣所の場所を教えてもらう。
ようやくひとりに、静かになった。服を脱いで浴室に──。
「ウィルくんウィルくんウィルくん!」
「あっぶねえ!何してんだあんた!」
脱衣所の扉が勢いよく開く。思わず強い言葉が出てしまった。
ギリギリのところでタオルで身を隠せたからいいものの。
だがリーナさんはずかずかとこちらに寄ってくる。
「レイちゃんの容体、安定したって!」
「……!」
リーナさんが俺のスマホの画面を見せてくる。
確かにレイの容体が安定したと、ハニー達から連絡が来ていた。
良かった……。
「じゃあ出て行ってもらって」
「冷たくない!?」
「いや、状況が状況なんで」
あとなんで人のスマホのロック開けてんだとか、鍵かけたはずの脱衣所の扉開けてんだとかいろいろあるけれど。
浴室の扉を閉めて、頭からシャワーを浴びる。
大量の水滴が、頬を伝い落ちていった。
<了>
「まあ方法が方法だ、成果が出るには時間がかかるさ」
時間はちょうど正午。快晴。
俺とレイは二人でとある街を訪れ、人探しをしていた。
目的の人物は女性ヒーロー、シューティングスター。
俺と幹部四人は彼女の捜索と、発見次第ボスの元へ連れて行くように命じられている。
事を荒立てたくないとのことなので部下に命令は伝えていないが、レイは彼女に会ったことがあるというので、単独行動を禁ずる代わりに俺が同行をお願いした。
おそらくその関係は利用できるだろう。
「パーッと暴れて呼び出せたら楽なのにね」
「今回はそれじゃ意味がないからな」
俺たち悪の組織は情報網が広い。だからヒーローがどこで活動しているか、野良のヴィランがいつどこでどのような計画を立てているかなどをある程度把握している。
これらは創立以前からボスがこつこつとコネを作っていたから、らしい。
だが今回はヒーローと悪の組織として対立したいわけじゃない。あくまでお互いプライベートで穏便に、ボスが話をしたいとのことだ。
だからヒーローとしての活動範囲から生活範囲を予測して、そこから偶然出会うのを期待して待つしかない。
流石にヒーローやヴィランのプライベートまでは把握していない。ほとんど必要のないものだし、それに俺たちは悪の組織ではあってもブラック企業ではないのだから、そこまで人員を割くわけにはいかない。
とはいえ命令が下されてから一か月が経とうとしている。彼女がヒーロー活動をしている時は探さなくていいし、他の仕事があればそちらを優先せよとも言われてはいるが、いい加減に成果が欲しい。
単純に飽きた。
「ウィル、あれ見て」
「なんか面白いもんでもあったか?」
「いや違う。見つけた、シューティングスターだ」
サラッと重大なことをレイが言う。彼女が指さした方向をみると、ひときわ目立つ長身の女性が居た。
写真で見た通りの顔、確かにシューティングスターだ。本当にデカいな。
とりあえず見失う……ことはないだろうが、目的の人物を発見できたのですぐに向かう。
まずはレイが話のきっかけを作って、兄として俺を紹介してもらい、後は交渉だ。
「あの、シューティングスターさんですか?」
「ん?その通りだが……おや、君は確か」
どうやら向こうもレイを覚えていたようだ。
二人が改めて自己紹介を交わし、話が弾み始める。
しばらく後ろで待っていると、二人の視線が俺の方に向いた。
「私の兄のウィルです」
「どうも初めまして、妹がずいぶんお世話になりました」
「いやいや、おれ様はただ仕事をしたまでですから!」
「あはは、ありがとうございます。それで今、お時間ありますか?もしよろしければお礼に──」
「おい!シューティングスター!」
俺たちの会話に、なんだか聞き覚えのある声が割って入る。
両手にコーヒーを持った男が、不満そうにこっちへ向かってきた。
どうやら彼女に文句があるそうだ。
「貴様!私を使いっ走りにしておいて、よく呑気にお喋りができるな!」
「今はプライベートなんだから名前で呼びたまえよ!それにおれ様の弟子になりたいって言ったのは君だろ?」
口調の荒い男が彼女に食って掛かる。だがその男は俺に気付くと、鋭く睨んできた。
どこかで会っただろうか。
「ああ、二人とも気にしないでくれ。口は悪いが彼はおれ様の弟子で──」
「待てシューティングスター。構えろ」
「え、なんでだい」
「そこにいる男は人殺しだ。名前はウィル」
思い出した。この声はホワイトナイトだ。
覆面越しの声と少し違っていたから、気付くのが遅れてしまった。
シューティングスターの目つきが変わる。最悪だな。
即座に俺は両手を上げる。
「降参する」
「……なに?」
「降参すると言った。2対1は無理だ」
ホワイトナイトは呆気にとられている。
シューティングスターはまだ若干警戒しているが、構えを解いた。
レイは俺の後ろで、何が起きているか分からない、という演技をしている。
「妹さんは関係ないんだな?」
「ああ、何も知らない」
「そうか、なら──」
「待て、シューティングスター!こいつの言うことを信用するのか!?」
「彼女は以前、暴漢に襲われても穏便に済ませようとしたところをおれ様が目撃している」
「この男は悪の組織を名乗っていた!妹も一員である可能性は充分にある!」
仲間割れが始まった。
好都合だ。
こっそり近づいてきていたレイの背後に周り、彼女の首元にナイフを当てる。
「やっぱり降参は取り消すよ。二人とも、手を頭の上に上げろ。そして後ろに下がれ」
「……っ!」
やられた、という表情と共に素直に従うシューティングスター。だがホワイトナイトは従わずに俺の方を睨む。
「ホワイトナイトくん!下がるんだ!」
「演技だ」
「……試してみるか?」
「やってみろ」
彼の表情はこれを演技だと確信しているように見える。
俺もレイも演技力に問題があるとは思わないが、彼の能力だろうか。
レイを見る。
ナイフに怯え、か弱く抵抗している演技。
だが決して俺の行動を邪魔しないように、俺が立ちまわりやすくなるように動いている。
そしていつでも戦闘に入れる体勢。俺が手を放せば即座に戦いが始まるだろう。
本当に、俺には勿体ないぐらい優秀だ。
バカな妹だよ。
レイの首をナイフで掻き切る。
「……は?」
ホワイトナイトが呆けた声を出すと同時に、レイが膝から地面に崩れ落ちる。
二人のヒーローは目を見開き、時間が止まったかのように動かずにいた。
「こういうの、なんて言うんだっけ。殺人教唆?俺、法律とかあんまり詳しくないんだよね。ヒーローならそういうの詳し──」
激しい打撃音と共に、ホワイトナイトが顔面から地面に叩きつけられた。
全く見えなかったが、隣にシューティングスターがいることから彼女の仕業だろう。
彼女はすぐさま地面に座り込み、俺に頭を下げる。
「すまなかった。おれ様の弟子が馬鹿な真似をした。君に手は出さない、だから彼女の手当をさせてくれ」
「……ああ、構わない。俺も戦わずに済むならそうしたいからな」
「感謝する」
彼女はそう言うと俺には目もくれず、レイの手当を始めた。
俺は手を出さず、ただそれを見守る。
しばらくの間沈黙が続く。すると彼女が何かに気付いたのか、一瞬だけ動きが止まる。
だが何事もなかったかのように手当を再開し、そのまま俺の方を見ずに話しかけてきた。
「ずいぶん殺しが上手いんだな」
隠しているつもりだろうが、手当を始めた段階と違い、警戒されている。
「最初から上手かったわけじゃない」
「そうか、どこで習った?」
「今のが答えだ」
彼女の警戒は解けない。
「この子の傷は、即座に適切な処置を施せば助かるような傷だ」
「……」
警戒されている。
彼女が手当を終えた。
だが顔は上げず、地面に横たわるレイの姿を見ている。
「もうひとつ聞いていいか」
「まあ待て、きみばかりではなく俺にも質問させてくれよ」
「……なにかな」
最大限の警戒をされている。
空から人が降ってきて、俺の後ろに着地した。
「やっほー、ウィルくん。リーナお姉さんが助けに来たよ」
「さて、これで2対1だ。俺なら逃げるが……きみはどうする」
────────。
「ちょっと眠っててねー」
シューティングスターに注射を打ち、眠らせる。
リーナさんが到着してすぐにロロさんが車で迎えに来てくれたので、彼女をその中に運ぶ。
「いくぞ」
「ほらほらウィルくん、早くお姉さんの隣に乗っちゃって!」
「はい、すぐ乗りますよ」
後部座席に乗り込み、ドアを閉める。
ロロさんが車のアクセルを踏み、俺たちはその場を去った。
レイを置いて。
意味もなく車の窓から外を眺めていると、リーナさんに話しかけられる。
「ウィルくん、大丈夫?」
「リーナさんが来てくれたお陰で戦わずに済んだので、ケガひとつないですよ」
「そういう意味じゃないよ、分かってるでしょう?」
彼女は心底心配そうな目を向けてくる。
ロロさんも、顔は見えないが心配してくれているのが伝わってきた。
「まあ、流石に帰る家はなくなりましたかね」
「……ウィルくんがそれで良いなら、お姉さんは何も言わないよ」
依然として心配されているが、それ以上の詮索は止めてくれた。
二人とも大人だ。俺なんか遠く及ばないほどに。
そう、遠いんだ。
俺がどんなに強がっても。
「帰る家がないなら、お姉さんの家に泊まるといいよ!」
「いや、ロロさんの家に泊まるんで大丈夫です」
「おれには家内と娘がいる。お前を受け入れる気はない」
頼りの綱が一瞬で切られる。無慈悲だ。
「じゃあホテルを転々とします」
「流石にあんな騒ぎを起こした後じゃ、いくらボスのコネがあるとはいえ止めといた方が良いと思うなー」
「そうだ。ボスの力は偉大だが万能じゃない」
じゃあどうしろと。野宿は流石に嫌だ。
「ルカも今は病院暮らしだろう。リーナを頼るしかないな」
「いや、流石にそれは……」
「ルカちゃんがリーナお姉さんの家なら良いって、今メッセージが来たよ!」
そっちで勝手に決めないでくれませんかね。
なんだかロロさんまで話に乗ってきてるし。
「独身女性の家に上がり込むのはちょっと……」
「悪の組織が今さら道徳について語るのか?」
「そうそう、お姉さん何もしないから!」
「それ普通は俺のセリフなんですよ」
二人揃って俺で遊び始める。
何なんだこの人たち、年下弄って楽しいか。
楽しいよな、俺もよくハニー達をからかってたし。
「お前は急ぎ過ぎだ、ウィル。お前くらいのガキはもっと周りを頼れ」
「いや、俺もうそろそろ三十代ですよ」
「30歳で大人だと思ってるうちはまだまだ子供だねー」
「ああ、話にならないガキだ」
昔はこの歳になるころには、もっと色々出来るようになると思ってた。
今は全然、想像と違う。
「学生時代からずっと、人生の半分以上を悪の組織で過ごしてるウィルくんは、自分が思ってるより頑張ってるんだって、お姉さん達は伝えたいんだよ」
「そうだ、ウィル。おれ達は大人になってから悪の組織に入った。お前がおれ達と比べて自分を至らないと思うのは構わん。責めるなとも言わん。だが自分を認めろ。でなければ前には進めない」
二人とも、優しい声色で話してくれる。
「二人には敵いませんね」
「当然だ、そう思わせるのが大人の役目だからな」
「それじゃあお姉さんにいっぱい甘えて!ハグしてあげる!」
「それは違うと思います」
やっぱり二人とも、俺なんかより遥かに大人だ。
────────。
「三人とも、ご苦労。下がっていいぞ」
定例会議で使っている、いつもの大部屋にて。
眠っているシューティングスターをゲスト用の席に座らせると、ボスからそう告げられる。
因みに彼女をここまで運んだのはロロさんだ。
「では俺たちは向こうに居る。何かあったら呼べ」
「何かなど起こらない。わたしはお客様と対談するだけだ」
「ウィルくん、あっちでボードゲームやろうよ!」
「……」
「ボスはこれから対談するんでしょう」
混ざりたそうにしているボスにひとこと添えて退散しようとすると、ボスが俺を見ていることに気付く。
「どうしました、ボス」
「ふん、なんでもない。いらん心配をしたなというだけだ。行け」
「分かりました」
「ウィルくーん!早くー!」
急かされたので小走りでリーナさんの元に向かう。
何かを探しているのか、ボードゲームの棚を指でなぞっている。
「みんなでドラゴンのお宝を盗むやつがやりたいんだけどー」
「ああ、これのことじゃないですか?」
「そうそう、これだよー。三人でやろう!」
棚から取り出して三人でセッティングを始める。
ボスの方を見ると、シューティングスターが起きていた。どうやら対談は始まっているようだ。
話の内容までは聞こえないが。
「何か賭けるか?」
「罰ゲームとかでもいいんじゃない?」
「じゃあボスのモノマネで」
「ウィルくん、天才~」
さて、ゲームスタートといこう。
────。
────。
────。
「ウィルくん、それ以上はドラゴンのブレスが怖いよ~」
「良いんですよ、このゲームは高得点のお宝を盗ったもの勝ちです」
「おれのように堅実に生きた方が身のためだぞ」
ゲームは中盤、盛り上がってきたところだ。
「お、良いカードが出揃って──」
「ふざけるな!」
「!!!」
ボスのいる方向から大きな物音と共に怒鳴り声が聞こえた。
すぐさま三人で駆けつける。
ボスがシューティングスターに胸ぐらを掴まれていた。直ちに戦闘態勢を取る。
「待て、諸君。下がっていい」
「……いいんですか?」
「気にするな、遊んでいたまえ」
「うん、分かったよ」
「必要になったら呼べ」
問題なしと判断し、三人でその場を去る。
「……お前は彼らを利用している」
「人聞きの悪い。わたしは彼らの意思を尊重している」
「お前が洗脳して──」
「……」
「ウィル。下がるぞ」
「あ、すいません。すぐ行きます」
────────。
それからは何事もなくゲームを終え、リーナさんが渾身のボスのモノマネを披露して爆笑し、飲み物を片手に談笑を続けていると、ようやくボスたちの対談が終わったのか、二人揃って姿を見せた。
「お疲れー、ボス」
「疲れてなどいない。三人で彼女を元の場所へ送って差し上げろ」
「分かった!それじゃあもう一回ぷすっと──」
「いや、眠らせる必要はない。目隠しはしてもらうが、それで充分だ」
「分かったよー」
リーナさんが手早く彼女に目隠しをする。
反抗する様子はない。
「おれ様は侮られているのか?」
「いやなに、何度もロロに背負わせるのは負担になると思ってね」
「おれが手を引いてやる。ついてこい」
ロロさんが彼女の手を引く。
素直に従っている。
「ボスはどうするの?」
「わたしにはやることがある。気にせず先に帰りたまえ」
「分かった!今度は一緒に遊ぼうね、ボス!」
「ああ」
四人で部屋を出て、エレベーターに乗る。
車に乗るまで彼女に一切の抵抗はない。後部座席に座らせる。
「シートベルトは締めたか?」
「全員締めたよ、だいじょーぶ!安全第一!」
「なら行くぞ」
ロロさんが車のアクセルを踏み、建物を後にする。
するとそれまで黙っていたシューティングスターが口を開いた。
「君たちはあの男に利用されている」
「……」
全員、何も返さない。
彼女の声からは、同情が感じられる。
「君たちはヒーローの横暴や反乱を止めるために作られた”対ヒーロー組織”なんだろう?」
「……」
全員、何も返さない。
構わず彼女は言葉を続ける。
「悪の組織については調べていた。君たちは必ず標的をヒーローとしていて、そして攻撃されたヒーローは大なり小なり不祥事を起こしている者だった」
「少なくとも立ち向かってこない市民には攻撃しない。逃げずに野次馬をする市民に対しても、積極的な攻撃はしていない」
「だけどそれはあの男の罠なんだ。悪いことをしているからヒーローを攻撃するという大義名分を背負わせて、君たちの加虐心と自己顕示欲に付け込んで、己の真の目的のために利用しようとしている」
「これは洗脳だ。ヒーローを攻撃させて、君たちを社会的に追い込み、逃げ場をなくす。そして組織にいる間はあの男のコネで守られ──」
「ねえ」
リーナさんが彼女の言葉を遮る。
「あなた、さっきから何を分かり切ったことを言っているの?」
「……は?」
シューティングスターが素っ頓狂な声を上げた。
「そんなのちょっと調べればすぐに分かると思うけど」
「そうだな。おれ達は分かりやすくイヤリングなんて目印も付けているしな」
「それくらいで分かった気にならないでほしいよねえ」
呆れたようにリーナさんが言う。ロロさんもそれに頷いていた。
「そうではない!重要なのはあの男が──」
「だからなぜお前は自分が気付いていることをおれ達が気付いていないと思っている?」
「……君たち、まさか気付いてなお従っているのか?」
彼女は目隠しを取り、こちらを見る。信じられないといった表情で。
まあ、もう目隠ししなくてもいいか。結構走ったし。
ロロさんが話を進める。
「お前は自分が従属している組織や人物の思惑や思考全てを把握しているか?」
「誰にだって隠し事はあるよねー」
「ボスに何か隠していることがあるなど、おれ達は最初から全員気付いている」
「分かりやすいもんね、ボス」
全くもって同意である。俺も頷いておくか。
だが彼女はまだ認められないようだ。
「目的が分からない男のために、悪事を働いているのか?」
「……」
心底理解できない、といった様子で問いかけられる。
全員、何も返さない。
「そのためなら、妹も手にかけるのか?」
「半端な同情を俺に向けるな」
思わず声を荒げてしまう。
いけない。冷静にならなければ。
「失礼、取り乱しました」
「今のはウィルくん悪くないよねー?」
「ああ。気にするな、ウィル」
「……そうやって身内同士で甘やかし合うのか」
「誰だってやっていることだろう。それの何が悪い」
彼女の批難するような言葉に、今度はロロさんが苛立ち始める。
態度には出てないが、運転が荒くなった。
「おれ達はおれ達を肯定し合う。少なくともこいつが今よりガキだったころに、こいつを肯定したのは世界におれ達だけだった」
「肯定だけでは人は正しく育たないぞ」
「正論だな。だが正論は言った者の気分を良くするだけで、言われた側に何ら利益をもたらさない」
「これ以上ウィルくんをイジメるなら、その顔を引っかいてやるからね!」
続いてリーナさんが動物の様に威嚇する。過保護だ。
そうこうしている内に目的地に着き、車を停める。
「よし、着いたぞ。さっさと降りろ」
無言でシューティングスターが車を降りる。
だが一瞬、俺のことを憐れむような目で見てきた。
そんなもの、要らないんだよ。
────────。
「お邪魔しまーす……」
「どうぞどうぞ!遠慮しないで入って!」
三人で晩飯を済ませた後、ロロさんに車でリーナさんの家まで送ってもらった。
マジで泊まるのか。マジでか。
とりあえずスマホを意味もなく開く。新しい通知はない。
「ウィルくん、この部屋に荷物とか置いちゃって」
「はい。寝床はソファを使っても大丈夫ですかね」
「お姉さんと一緒のベッドに──」
「ソファでお願いします」
どう考えてもルカに殺される案件だ。
リーナさんは本気で言ってるからタチが悪い。
「広いベッドだよ?」
「大きさの問題じゃないんですよ」
「ルカちゃんの許可も出てるよ?」
「許可の問題でも──いやなんで許可出てるんですか?」
ていうかどういう聞き方したんだ。それ次第ではすでにヤバい気がする。
疑問が顔に出てたのか、リーナさんがスマホの画面を見せてくれた。
──────────────
『ルカちゃんルカちゃん』
『ウィルくんと寝ていい?』
『殺します』
『寝床がないの』
『殺します』
『寝顔送るから』
『許します』
──────────────
「バカなんですか?」
「酷いよ、ウィルくん!」
ツッコミどころしかない。なんか寝顔で取引されてるし。
「はぁ、もういいです。ささっとシャワー浴びて歯を磨いてソファで寝ますので」
「つまんないー」
「面白いことを起こす必要もないでしょう」
用意したタオルと着替えをもって、脱衣所の場所を教えてもらう。
ようやくひとりに、静かになった。服を脱いで浴室に──。
「ウィルくんウィルくんウィルくん!」
「あっぶねえ!何してんだあんた!」
脱衣所の扉が勢いよく開く。思わず強い言葉が出てしまった。
ギリギリのところでタオルで身を隠せたからいいものの。
だがリーナさんはずかずかとこちらに寄ってくる。
「レイちゃんの容体、安定したって!」
「……!」
リーナさんが俺のスマホの画面を見せてくる。
確かにレイの容体が安定したと、ハニー達から連絡が来ていた。
良かった……。
「じゃあ出て行ってもらって」
「冷たくない!?」
「いや、状況が状況なんで」
あとなんで人のスマホのロック開けてんだとか、鍵かけたはずの脱衣所の扉開けてんだとかいろいろあるけれど。
浴室の扉を閉めて、頭からシャワーを浴びる。
大量の水滴が、頬を伝い落ちていった。
<了>
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