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白の章
白三十話
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夏至祭も終わった六月下旬のことだった。エーデルが厩で自分のペガサスを撫でていると、客人の男性が白馬を引いてこちらへやって来た。エーデルは一目で相手が高貴な者だと察した。背が高く、身形は貴族のもので、金の髪は短く整い、白い顔は爽やかだった。見た目は騎士のようだが、高い魔力も感じられた。年の頃は三十代に見えた。客人は朗らかに言った。
「暑くなってきましたね」
エーデルはにこやかに答えた。
「そうですね。私は涼しい国で育ちましたので、夏の気配は嬉しいものです」
客人も微笑んだ。
「私の国ではこの時期に王家の花が咲き誇るので、楽しい季節です」
「それは結構なことですね。ここでは何ですから、涼しい王城へご案内しましょう」
「恐れ入ります、エーデル女王陛下」
客人は馬を留めた。エーデルは王の間へ客人を案内した。
王の間では客人の訪問を門番から伝え聞いていたスターチス王が玉座で待っていた。
「エーデル、案内ありがとうございました。お久しぶりです、マーシャ。白バラの王アイスバーグの戴冠おめでとうございます」
客人は王の挨拶に丁寧に御礼をした。
「ありがとうございます、スターチス王。今日は王の代わりにご挨拶に参りました。一晩の宿をお願い致します」
「ええ、新王の話を聞かせて下さい」
「はい。我が王の名代として、お話をさせて頂きます」
スターチス王は隣の席に座ったエーデルに客人を紹介した。
「この方は白バラの王家の方で、騎士のマーシャです。よく白バラの王家に縁のある王の元に訪れる外交官でもあります。白バラの王は縁を大切にする方で、昔からスターチス王家ともこういう形で繋がりを保っています。
白バラの王は今年御代が代わり、新しく十五才のアイスバーグが王の位に就きました。それで早速挨拶に来て頂いたわけです」
マーシャはエーデルに笑みを見せた。
「初めまして、エーデル様。この度はご挨拶の代わりにお土産を用意して参りました」
エーデルは笑みに答えた。
「こちらこそ。まぁ、お土産とは何でしょう?」
客人マーシャは旅行鞄から白いバラを一輪取り出した。
「このバラは“エーデルワイス”と呼ばれています。ぜひ受け取って下さい」
マーシャはエーデルの元へ行きお辞儀をし、白いバラを捧げた。その花はクリームがかった白色の可憐な花だった。エーデルは受け取り、凛とした声で答えた。
「ありがとうございます、マーシャ。お心遣い大切にしますね」
エーデルは白い花を鼻に当てた。
「エーデル様はバラはお好きですか?」
客人マーシャは部屋へ案内したエーデルに尋ねた。いつも高貴な客人は女王自らが部屋へ案内していた。エーデルは爽やかに答えた。
「私はバラにはご縁がなくて、あまり知らないのです。西大陸一有名な花ですので、その王家の庭園はさぞやみごとなのでしょう」
マーシャはにこりと笑った。
「宜しければお見せできますが、私と庭園を散歩してみませんか?」
エーデルはどうやって? と思ったが、ふとこの客人が魔力が高いことで察した。
「異空間魔術も使えるのですね」
「はい。私は空間を渡ることはできませんが、ささやかな異空間を創ることはできるのです。そこに王家のバラ園と同じ物をお見せすることができます。スターチス王には一度お見せしたことがあります。エーデル様もいかがでしょう?」
そこへ召し使いの少年が客人へ紅茶を持って来た。エーデルは答えた。
「では、そのバラ園で紅茶を飲みましょうか。この少年に紅茶を運んでもらいましょう」
マーシャは頷いた。
エーデルは異空間に佇むと、咲き誇る多くの白いバラに迎えられた。白バラは真ん中に黄色のしべを見せ、風に揺れ、温かく客人を見守った。バラと言えば凛と咲くものを思い浮かべていたエーデルは、親しみの湧く花の群れに心が弾んだ。マーシャは言った。
「ようこそ。これは我が王の花、アイスバーグです。王はこの花のように高貴で多くの方に受け入れられる性格の方です」
「不思議ですね。とても親しみを感じます」
「王にもそのようにお伝え致します」
マーシャは喜んだ。案内人は白バラの道を通り、庭園へ入った。中ではバラは白色に限らず、ピンクやオレンジや紫などの淡い花色が並び、時に赤がアクセントを付けた。バラ独特の香りがエーデルの鼻をくすぐった。
エーデルはバラにも花の形が色々あることを知った。
「あなたの家の花はどこでしょうか?」
エーデルは素朴な疑問をマーシャに尋ねた。
「はい、こちらです」
マーシャはエーデルを再び庭園の奥へと誘った。立ち止まったそこには、黄色いしべを白い花びらで包んだ、可愛らしい花々が咲いていた。高貴で、柔らかな色合いで、美しかった。
「みごとな花ですね」
「光栄です」
近くに東屋があった。マーシャとエーデルと少年はそこに落ち着いた。
「このバラは全部王家の家系と結びついているのですか?」
エーデルはみごとなバラ園を眺めながら、案内人に尋ねた。案内人はにこりとしながら否定した。
「いいえ。王家のバラ園は種類が豊富でバラの家の者の数を上回る種類があります。バラ園の広さは違う色のバラの王家同士で競い合っています」
「それぞれのバラ園できっと風情が違うのでしょうね」
「私は赤バラの庭園を見たことがありますが、現在の王スカーレット・メイは朱赤色の家の者なので、その花色の花が見事に咲き誇っておりました」
エーデルはふと思い出した。現在の白バラの王と赤バラの王でチェスをする予定だと。
「あなたはチェスに参加するご予定なのですか?」
エーデルの問いかけに、マーシャは首を横に振った。
「いいえ。私は年齢的に無理でしょう。若い方がきっとナイトになります。と言っても、私も王のお側にいると思いますが」
「そうなんですか」
エーデルは少し驚いた。ここまで見事な異空間を創る者でもルークではなくナイトで、しかも戦力外だという。
「バラの王家はお強いのですね」
「だからバラの者同士でないと戦えないのです」
「暑くなってきましたね」
エーデルはにこやかに答えた。
「そうですね。私は涼しい国で育ちましたので、夏の気配は嬉しいものです」
客人も微笑んだ。
「私の国ではこの時期に王家の花が咲き誇るので、楽しい季節です」
「それは結構なことですね。ここでは何ですから、涼しい王城へご案内しましょう」
「恐れ入ります、エーデル女王陛下」
客人は馬を留めた。エーデルは王の間へ客人を案内した。
王の間では客人の訪問を門番から伝え聞いていたスターチス王が玉座で待っていた。
「エーデル、案内ありがとうございました。お久しぶりです、マーシャ。白バラの王アイスバーグの戴冠おめでとうございます」
客人は王の挨拶に丁寧に御礼をした。
「ありがとうございます、スターチス王。今日は王の代わりにご挨拶に参りました。一晩の宿をお願い致します」
「ええ、新王の話を聞かせて下さい」
「はい。我が王の名代として、お話をさせて頂きます」
スターチス王は隣の席に座ったエーデルに客人を紹介した。
「この方は白バラの王家の方で、騎士のマーシャです。よく白バラの王家に縁のある王の元に訪れる外交官でもあります。白バラの王は縁を大切にする方で、昔からスターチス王家ともこういう形で繋がりを保っています。
白バラの王は今年御代が代わり、新しく十五才のアイスバーグが王の位に就きました。それで早速挨拶に来て頂いたわけです」
マーシャはエーデルに笑みを見せた。
「初めまして、エーデル様。この度はご挨拶の代わりにお土産を用意して参りました」
エーデルは笑みに答えた。
「こちらこそ。まぁ、お土産とは何でしょう?」
客人マーシャは旅行鞄から白いバラを一輪取り出した。
「このバラは“エーデルワイス”と呼ばれています。ぜひ受け取って下さい」
マーシャはエーデルの元へ行きお辞儀をし、白いバラを捧げた。その花はクリームがかった白色の可憐な花だった。エーデルは受け取り、凛とした声で答えた。
「ありがとうございます、マーシャ。お心遣い大切にしますね」
エーデルは白い花を鼻に当てた。
「エーデル様はバラはお好きですか?」
客人マーシャは部屋へ案内したエーデルに尋ねた。いつも高貴な客人は女王自らが部屋へ案内していた。エーデルは爽やかに答えた。
「私はバラにはご縁がなくて、あまり知らないのです。西大陸一有名な花ですので、その王家の庭園はさぞやみごとなのでしょう」
マーシャはにこりと笑った。
「宜しければお見せできますが、私と庭園を散歩してみませんか?」
エーデルはどうやって? と思ったが、ふとこの客人が魔力が高いことで察した。
「異空間魔術も使えるのですね」
「はい。私は空間を渡ることはできませんが、ささやかな異空間を創ることはできるのです。そこに王家のバラ園と同じ物をお見せすることができます。スターチス王には一度お見せしたことがあります。エーデル様もいかがでしょう?」
そこへ召し使いの少年が客人へ紅茶を持って来た。エーデルは答えた。
「では、そのバラ園で紅茶を飲みましょうか。この少年に紅茶を運んでもらいましょう」
マーシャは頷いた。
エーデルは異空間に佇むと、咲き誇る多くの白いバラに迎えられた。白バラは真ん中に黄色のしべを見せ、風に揺れ、温かく客人を見守った。バラと言えば凛と咲くものを思い浮かべていたエーデルは、親しみの湧く花の群れに心が弾んだ。マーシャは言った。
「ようこそ。これは我が王の花、アイスバーグです。王はこの花のように高貴で多くの方に受け入れられる性格の方です」
「不思議ですね。とても親しみを感じます」
「王にもそのようにお伝え致します」
マーシャは喜んだ。案内人は白バラの道を通り、庭園へ入った。中ではバラは白色に限らず、ピンクやオレンジや紫などの淡い花色が並び、時に赤がアクセントを付けた。バラ独特の香りがエーデルの鼻をくすぐった。
エーデルはバラにも花の形が色々あることを知った。
「あなたの家の花はどこでしょうか?」
エーデルは素朴な疑問をマーシャに尋ねた。
「はい、こちらです」
マーシャはエーデルを再び庭園の奥へと誘った。立ち止まったそこには、黄色いしべを白い花びらで包んだ、可愛らしい花々が咲いていた。高貴で、柔らかな色合いで、美しかった。
「みごとな花ですね」
「光栄です」
近くに東屋があった。マーシャとエーデルと少年はそこに落ち着いた。
「このバラは全部王家の家系と結びついているのですか?」
エーデルはみごとなバラ園を眺めながら、案内人に尋ねた。案内人はにこりとしながら否定した。
「いいえ。王家のバラ園は種類が豊富でバラの家の者の数を上回る種類があります。バラ園の広さは違う色のバラの王家同士で競い合っています」
「それぞれのバラ園できっと風情が違うのでしょうね」
「私は赤バラの庭園を見たことがありますが、現在の王スカーレット・メイは朱赤色の家の者なので、その花色の花が見事に咲き誇っておりました」
エーデルはふと思い出した。現在の白バラの王と赤バラの王でチェスをする予定だと。
「あなたはチェスに参加するご予定なのですか?」
エーデルの問いかけに、マーシャは首を横に振った。
「いいえ。私は年齢的に無理でしょう。若い方がきっとナイトになります。と言っても、私も王のお側にいると思いますが」
「そうなんですか」
エーデルは少し驚いた。ここまで見事な異空間を創る者でもルークではなくナイトで、しかも戦力外だという。
「バラの王家はお強いのですね」
「だからバラの者同士でないと戦えないのです」
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