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白の章
白二十二話【本編ネタバレ有り】
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「エーデル」
五月のある日、エーデルが城のハーブの畑で新しく育った花を眺めていると、スターチス王が現れ後ろから抱きついた。今日は特別な日なので、エーデルは驚かず、楽しそうな王に合わせた。
「今日は少し馬で散策しましょう。さんざしの林があるのですが、今頃は白い花で見頃です。甘い香りが楽しめますよ」
「ええ、ご一緒します」
エーデルはにっこり笑って答えた。
五月の森の道は青葉が茂り、若草の匂いが心を弾ませた。
「この時期になると、アーサ様の王城ではスノードロップ王妃を連れて城の者たちと一緒にピクニックに行っていたそうです。皆が緑の服を着て、思い思いに初夏の陽気を楽しんだそうです」
馬で少し行くと野に出て、その先にさんざしの低い木の並ぶ林があった。白い花は満開だった。
さんざしには魔力がある。昔から魔術師はさんざしを杖の材料に使っていた。異界の者はさんざしの道を通って他の世界と行き来すると伝えられていた。さんざしは西大陸のどこでも見られる木で、その実はドライフルーツにして親しまれていた。
さんざしを名乗る王家はいない。それはこの木が西大陸で最も馴染みの深い木だからだった。
スターチス王とエーデルは林の前で馬を止めて花を眺めた。風が吹いた。甘い香りがエーデルの心を酔わせた。
「アーサ様と魔術師リン・アーデンの出会いの場もさんざしの林だったと言います。アーサ様はよくこの林までリン・アーデンと一緒に散策して、相談したり、たわいもないことを話したりしたそうです。今日はアーサ様の誕生日ですが、毎年ここまで散歩しに来ていたそうです」
「同じ日に誕生日だったのですね」
スターチス王はにっこり笑った。
「アーサ様と同じ名前を頂いたのも、誕生日が同じだったからでした」
「何かご縁があるのかも知れないですね」
「私としては嬉しいことです」
エーデルはスターチス王の誕生日は王城では特に何もすることはない、と聞いていた。ただ王は一日自由にし、毎年城を空けると聞いていた。毎年敬愛する青年王のことを思いながら過ごしていたのだろう、とエーデルは思った。
スターチス王とエーデルはさんざしの木の下に肩を並べて腰を下ろした。スターチス王は木を見上げた。エーデルも上を見上げると、青い空にゆっくり雲が流れていた。その風景は二千年前と変わらなかった。柔らかな風が吹く。風は甘い香りを含み、白い花びらがひらひらと舞った。花びらを乗せる風はその先に異界を示しているようにエーデルは感じた。
エーデルは再びスターチス王を見た。目が合った。スターチス王はエーデルの額にキスをした。まるで無垢な少年のように。
「私の隣がエーデルで良かったです。ありがとう」
「私こそ……」
スターチス王が言った。
「今日は私が“王様”です。一つ“命令”を聞いて頂けますか?」
「何ですか?」
エーデルは王のお願いに耳を傾けた。スターチス王はエーデルの肩に手を掛け、腕を撫でた。エーデルは王の肩に頭を預けた。スターチス王は言葉を続けた。
「アーサ様は誕生日の日、さんざしの木の下でリン・アーデンに日頃の感謝を込めて一時膝枕をしていたそうです。その時“リンの気持ちは知っています。今日は私が王様ですよ”と言って、いつも頼っているリン・アーデンをもてなしたそうです。エーデル、私もアーサ様と同じように感謝を捧げます」
エーデルはスターチス王の優しさに応えた。
「そうですか。ではお言葉に甘えて私もリン・アーデンになりましょう」
エーデルはゆるりとスターチス王の膝に頭を預けた。スターチス王はエーデルの頭を撫でた。エーデルは心地よく辺りを包む甘い香りに酔った。
「リン・アーデンは生涯会った人たちの中で、アーサ様が一番好きだったと言われています。好意に結び付いた主従だったのでしょう」
それからゆっくり時間が流れた。さんざしの花は歴史を語りかけ、二人はそっと耳を澄ませていた。
スターチス王が言った。
「今日の夜は異界の旅人が訪ねてきます。彼はルイ・グリムと言って、リン・アーデンと旅をしたこともある方です。異界の話が聞けますよ、エーデル」
エーデルが王城に戻ると、一人の吟遊詩人が王の間で待っていた。リュートを手にした、ひょろりと背の高い男性だった。スターチス王は温かく迎えた。
「ようこそ、ルイ・グリム」
「今日はお祝い申し上げます、スターチス王」
「また異界の話を聞かせて下さい。こちらは女王エーデルです」
エーデルは紹介されて、微笑んで吟遊詩人を見た。
「初めまして。異界の旅人なんですね。お話を楽しみにしています」
吟遊詩人は明るく挨拶をした。
「初めまして、エーデル女王陛下。私は歴代のスターチス王とは懇意にさせて頂いております。今日は祝いの席で少しお話をさせて頂きます」
夕食が終わった後、吟遊詩人ルイは、長い話をエーデルに語った。
「私はある男性と西大陸を長く旅をしておりました。その旅の友達はチェスが得意で、黒いシルクハットが目印でした。異界の最果てには塔の町という大きな図書館があるんですが、彼はそこの司書をしておりました。彼の仕事は西大陸を含むこの世界で作られた本のデータを集めて塔の町に送るという気の長いものでした。彼の名前はフェイと申します。
彼とは気が合って、長く旅をしたものですさ。フェアリーチェスを好む変わり者の城主と仲良くなったり、塔の町での研修生の話をしたりしました。ある時、エルシウェルドで彼はアンという魔術師に会ったのです。彼女は魔力が強くて、明るい性格でした。家はエルシウェルドの町から出た所にあったのですが、それは彼女が貧しいからでした。二人は気が合い、一緒に住むようになりました。フェイは異界の者だったので、子を持つことはないと思っておりましたが、なぜか子どもに恵まれたのです。それが魔術師リン・アーデンでした。
フェイは子どもを育てたのですが、途中で異界の故郷に戻らなくてはならない事情ができました。彼はシルクハットをアンの家に置いて、故郷に戻りました。アンは貧しいながらリン・アーデンを育てたのです。そこにフェイから頼まれた同郷の若い司書が幼いリン・アーデンを訪ねるのですが、それはまたの話にいたしましょう」
エーデルは異界の者に尋ねた。
「こちらの世界には長いのですね。あなたは何か仕事で西大陸に来られたのですか?」
「秘密にしておきましょう、女王陛下。私は異界から来た者達の案内役をしてるのですさ」
「ルイは西大陸の国の王に顔が広いのですよ、エーデル」
「長い間旅をしていますと、おのずと知り合いが増えましてね。バラの王様は建国からの知り合いですさ」
エーデルは驚いた。
「それは長いですね。いつからこの世界にいらっしゃったのですか?」
「ここだけの秘密にして下さいね。私は“世界の始まり”から住んでいますさ」
吟遊詩人は壮大な話をした。
「塔の町の司書とはまた違った仕事でしてね。始まりを見るのはこの世界で何件目でしたっけね」
異界の者は長い間この世界に留まるという。しかしこの吟遊詩人の話は桁が違っていた。エーデルは答えた。
「特別なお仕事なのですね」
「そうですねぇ。長旅も楽しいものですさ」
五月のある日、エーデルが城のハーブの畑で新しく育った花を眺めていると、スターチス王が現れ後ろから抱きついた。今日は特別な日なので、エーデルは驚かず、楽しそうな王に合わせた。
「今日は少し馬で散策しましょう。さんざしの林があるのですが、今頃は白い花で見頃です。甘い香りが楽しめますよ」
「ええ、ご一緒します」
エーデルはにっこり笑って答えた。
五月の森の道は青葉が茂り、若草の匂いが心を弾ませた。
「この時期になると、アーサ様の王城ではスノードロップ王妃を連れて城の者たちと一緒にピクニックに行っていたそうです。皆が緑の服を着て、思い思いに初夏の陽気を楽しんだそうです」
馬で少し行くと野に出て、その先にさんざしの低い木の並ぶ林があった。白い花は満開だった。
さんざしには魔力がある。昔から魔術師はさんざしを杖の材料に使っていた。異界の者はさんざしの道を通って他の世界と行き来すると伝えられていた。さんざしは西大陸のどこでも見られる木で、その実はドライフルーツにして親しまれていた。
さんざしを名乗る王家はいない。それはこの木が西大陸で最も馴染みの深い木だからだった。
スターチス王とエーデルは林の前で馬を止めて花を眺めた。風が吹いた。甘い香りがエーデルの心を酔わせた。
「アーサ様と魔術師リン・アーデンの出会いの場もさんざしの林だったと言います。アーサ様はよくこの林までリン・アーデンと一緒に散策して、相談したり、たわいもないことを話したりしたそうです。今日はアーサ様の誕生日ですが、毎年ここまで散歩しに来ていたそうです」
「同じ日に誕生日だったのですね」
スターチス王はにっこり笑った。
「アーサ様と同じ名前を頂いたのも、誕生日が同じだったからでした」
「何かご縁があるのかも知れないですね」
「私としては嬉しいことです」
エーデルはスターチス王の誕生日は王城では特に何もすることはない、と聞いていた。ただ王は一日自由にし、毎年城を空けると聞いていた。毎年敬愛する青年王のことを思いながら過ごしていたのだろう、とエーデルは思った。
スターチス王とエーデルはさんざしの木の下に肩を並べて腰を下ろした。スターチス王は木を見上げた。エーデルも上を見上げると、青い空にゆっくり雲が流れていた。その風景は二千年前と変わらなかった。柔らかな風が吹く。風は甘い香りを含み、白い花びらがひらひらと舞った。花びらを乗せる風はその先に異界を示しているようにエーデルは感じた。
エーデルは再びスターチス王を見た。目が合った。スターチス王はエーデルの額にキスをした。まるで無垢な少年のように。
「私の隣がエーデルで良かったです。ありがとう」
「私こそ……」
スターチス王が言った。
「今日は私が“王様”です。一つ“命令”を聞いて頂けますか?」
「何ですか?」
エーデルは王のお願いに耳を傾けた。スターチス王はエーデルの肩に手を掛け、腕を撫でた。エーデルは王の肩に頭を預けた。スターチス王は言葉を続けた。
「アーサ様は誕生日の日、さんざしの木の下でリン・アーデンに日頃の感謝を込めて一時膝枕をしていたそうです。その時“リンの気持ちは知っています。今日は私が王様ですよ”と言って、いつも頼っているリン・アーデンをもてなしたそうです。エーデル、私もアーサ様と同じように感謝を捧げます」
エーデルはスターチス王の優しさに応えた。
「そうですか。ではお言葉に甘えて私もリン・アーデンになりましょう」
エーデルはゆるりとスターチス王の膝に頭を預けた。スターチス王はエーデルの頭を撫でた。エーデルは心地よく辺りを包む甘い香りに酔った。
「リン・アーデンは生涯会った人たちの中で、アーサ様が一番好きだったと言われています。好意に結び付いた主従だったのでしょう」
それからゆっくり時間が流れた。さんざしの花は歴史を語りかけ、二人はそっと耳を澄ませていた。
スターチス王が言った。
「今日の夜は異界の旅人が訪ねてきます。彼はルイ・グリムと言って、リン・アーデンと旅をしたこともある方です。異界の話が聞けますよ、エーデル」
エーデルが王城に戻ると、一人の吟遊詩人が王の間で待っていた。リュートを手にした、ひょろりと背の高い男性だった。スターチス王は温かく迎えた。
「ようこそ、ルイ・グリム」
「今日はお祝い申し上げます、スターチス王」
「また異界の話を聞かせて下さい。こちらは女王エーデルです」
エーデルは紹介されて、微笑んで吟遊詩人を見た。
「初めまして。異界の旅人なんですね。お話を楽しみにしています」
吟遊詩人は明るく挨拶をした。
「初めまして、エーデル女王陛下。私は歴代のスターチス王とは懇意にさせて頂いております。今日は祝いの席で少しお話をさせて頂きます」
夕食が終わった後、吟遊詩人ルイは、長い話をエーデルに語った。
「私はある男性と西大陸を長く旅をしておりました。その旅の友達はチェスが得意で、黒いシルクハットが目印でした。異界の最果てには塔の町という大きな図書館があるんですが、彼はそこの司書をしておりました。彼の仕事は西大陸を含むこの世界で作られた本のデータを集めて塔の町に送るという気の長いものでした。彼の名前はフェイと申します。
彼とは気が合って、長く旅をしたものですさ。フェアリーチェスを好む変わり者の城主と仲良くなったり、塔の町での研修生の話をしたりしました。ある時、エルシウェルドで彼はアンという魔術師に会ったのです。彼女は魔力が強くて、明るい性格でした。家はエルシウェルドの町から出た所にあったのですが、それは彼女が貧しいからでした。二人は気が合い、一緒に住むようになりました。フェイは異界の者だったので、子を持つことはないと思っておりましたが、なぜか子どもに恵まれたのです。それが魔術師リン・アーデンでした。
フェイは子どもを育てたのですが、途中で異界の故郷に戻らなくてはならない事情ができました。彼はシルクハットをアンの家に置いて、故郷に戻りました。アンは貧しいながらリン・アーデンを育てたのです。そこにフェイから頼まれた同郷の若い司書が幼いリン・アーデンを訪ねるのですが、それはまたの話にいたしましょう」
エーデルは異界の者に尋ねた。
「こちらの世界には長いのですね。あなたは何か仕事で西大陸に来られたのですか?」
「秘密にしておきましょう、女王陛下。私は異界から来た者達の案内役をしてるのですさ」
「ルイは西大陸の国の王に顔が広いのですよ、エーデル」
「長い間旅をしていますと、おのずと知り合いが増えましてね。バラの王様は建国からの知り合いですさ」
エーデルは驚いた。
「それは長いですね。いつからこの世界にいらっしゃったのですか?」
「ここだけの秘密にして下さいね。私は“世界の始まり”から住んでいますさ」
吟遊詩人は壮大な話をした。
「塔の町の司書とはまた違った仕事でしてね。始まりを見るのはこの世界で何件目でしたっけね」
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