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白の章

白十九話

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 六月だった。夏至が近かった。婚礼の儀から一年が経とうとしていた。エーデルは今朝もスターチス王と大広間で朝食を摂っていた。
「エーデルの国では夏至祭はどうしていましたか?」
 スターチス王はクロワッサンにバターを少し塗りながら、エーデルに尋ねた。
「私は町で開かれる夏至祭にたまに遊びに行ったりしていましたよ」
「一緒ですね。今年は一つ王としての仕事があって呼ばれているのですが、エーデルも大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんよ? 何ですか?」
「祭りに顔を出すだけです。そこで一組のカップルが結婚の宣誓をするのですが、その立会人は昔から国王夫婦が役を引き受けているのです」
「あら、そうですか。それではその初めてのお役目喜んで引き受けましょうか」
「ありがとう、エーデル。楽しんできましょう」

 モルドの町は直轄領で、夏至祭の日は周りの町からも人が集まっていた。野原には天幕が集まり、香草で茹でたじゃがいもや串焼きの豚や色々な料理が商われていた。それを眺めながら楽しげに歩く人々は、頭に花の冠を載せていた。
「毎年同じ料理の店が並び、変わらない景色なのですが、町の人達は皆この日を楽しみにしています」
 スターチス王はエーデルを伴って歩きながら、辺りの様子をにこにこと眺めた。子どもが祭りではしゃぐ様子が多く目に付いた。
「町の長に挨拶をする前に、エーデルにお勧めしたい店があるのですよ」
 スターチス王は一つの店の前にエーデルを誘った。その店は窯焼きピザの店だった。店の横には窯があり、美味しい匂いを漂わせていた。スターチス王とエーデルは店の列に並んだ。人気店のようで、待ち人は多かった。
「やぁ、いらっしゃい、スターチス王様」
 店の主は気さくに客人に挨拶をした。
「毎年ご苦労さまです。晴れて良かったですね。今日はエーデルの分と一緒に二枚お願いします」
「ぜひ女王様にも味を楽しんで下さいませ」
「人気のお店なんですね。楽しみにしています」
 ピザが焼けるまで少し待った。エーデルは焼き立てで程よく温かいピザを受け取った。具は豚肉とアスパラガスの一人分に丁度良い小さなピザだった。そばにあった客人の足を休ませるために用意されたテーブル席に座ると、エーデルはスターチス王と一緒にピザを食べた。焼き立ては香ばしく、アスパラガスが今まで食べたことのない甘さで舌を喜ばせた。
「美味しいでしょう?」
 スターチス王がエーデルの様子を見て嬉しそうに聞いた。
「ええ。こんなに美味しいピザを昔から召し上がっていたのですね」
「そうですね。ぜひエーデルにも教えたかったのです。このピザのアスパラガスは今年採れたてのものを使っているのです。城へのお土産にこのアスパラガスを少し買って行きましょう」
 そこへ身なりの整った初老の男性がスターチス王を見つけ、挨拶をした。
「これはようこそ。足をお運び頂いてありがとうございます。女王様と一緒に今日は宜しくお願いします」
「今日は楽しみにしています。エーデル、この方はモルドの町の長です。王城で食卓に上る野菜はこの町のものが多いのですよ」
「そうでしたか。いつもどうもありがとうございます」
 エーデルはにっこり笑って挨拶をした。

 それからスターチス王は店の並ぶ場所から外れた広場へゆっくりとエーデルを連れて歩いて行った。広場では、草花で飾られた大きな白いポールが横たえられていた。
 その横では、町から招待されたチェルロットの楽団が音楽を奏でる用意をしていた。それを聴きに大人たちや子どもたちが舞台の前に集まっていた。スターチス王とエーデルは賓客用の席に座り音楽を待ち、音楽が始まるとゆったりと耳を傾けた。
 日が天頂に昇った頃、ヴァイオリンやアコーディオンの明るい音楽に彩られた行列が広場に到着した。行列は大人たちの間に子どもも混ざり、町の中を軽やかに歩いてきた所だった。先頭は黒いピシッとした服に黒い帽子を被った若い男性と、青いスカートに頭に花冠を載せた若い女性だった。行列は広場を一周し、それを町の人達が明るく眺めた。祭りが始まった。
 行列の先頭にいた男女は用意されていた壇の前に立った。町の長が祭りの開始を宣言した。
「今日は一組の夫婦が皆の前で宣誓をする。ここの集まった皆は証人である。祝福されよ!」
 その言葉と共に、スターチス王がエーデルと共に壇の後ろに立った。スターチス王が新郎に言った。
「一つ誓いの言葉をどうぞ」
 若い新郎は答えた。
「自分は幸せを与えたいですが、妻からも幸せを貰います。私たち夫婦は互いに幸せを分け合いたいと思っています」
 新婦も誓った。
「支えられるだけでなく、支える時もあるでしょう。困ったことも互いに分け合い、困難を乗り越えたいと思います」
 スターチス王は宣言した。
「ここに一組の夫婦が結ばれたことを証明します。おめでとうございます」
 エーデルが用意されていた花束を新婦に優しく渡した。新婦は照れながらお礼を言った。
「ありがとうございます。私はエーデル女王様のように幸せになりたいです」
 エーデルはにこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。頑張って下さい」

 それから祭りは進み、白いポールを町の力自慢が数人で協力して立ち上げた。そしてポールが無事立ち上がると、その周りで町の人達が音楽に合わせて踊りを踊った。鍵盤ハープの歌が集まった人たちの気分を盛り上げた。スターチス王とエーデルはそれを眺めた。そして明るく幸福な時間に身を置いた。
 料理を扱う天幕のそばでは、お酒の入った大人たちが賑やかに夏至の午後を楽しんでいた。そのそばにはステージがあり、祭りに招待された吟遊詩人が歌を歌った。
 十五時に祭りはお開きとなった。
「今日はあっという間でしたね」
 エーデルが祭りの会場を後にしてスターチス王に言った。
「この町の人達が楽しむ時間はいつも不思議な魔法にかかっているような気がします。毎年同じなのに、毎年暖かな野の陽に当たって一日を過ごしてしまうのです」
「そうですね。このお祭りの穏やかさはきっと守られてきたものなのでしょう」
 スターチス王はエーデルの答えに驚いて、それから得心した。スターチス王は言った。
「今日の夫婦は幸せになれるといいですね」
 エーデルは明るく答えた。
「ええ、きっと大丈夫ですよ」
「私達は町の人の結婚を祝いながら年を重ねることになりますね」
「幸せを送り出す立場になったのですね」
 エーデルはその祝福の役目を気に入った。
「来年も宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
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