上 下
11 / 50
赤の章

赤十話

しおりを挟む
 それから二人は店を出て、通りを歩いた。花売りが大きな籠に花を揃えて呼び声を掛けていた。アキレスが見ると、籠の中はバラの花だった。赤、白、青、ピンク、黄色、オレンジ、紫。一輪の花に黄色やピンク、緑、紫などカラフルな色を持つ虹色のバラもあった。バラは色も違ったが、形もそれぞれ違った。一輪咲きの物、一つの茎にいくつかの花を咲かせた物、多くの花弁で広がりのある物、五枚の花弁の一重咲きのシンプルな物など。
「バラはやはり華やかだな」
「バラは王家の者が多い。バラの王家は花の色で分かれている。他の大陸にもバラ族の影響があり、西大陸のお土産といえば、バラが一番である。バラ族と関係がない町でも、赤バラ白バラは必ず花売りが持っている。アキレスよ、足を休めるのにいい店がある」
 デンファーレ王は一つの店を見た。紅茶を飲む店だった。看板は葉の模様で彩られていた。
「そうだな。王が勧めるとは楽しみだ」
 王とアキレスは店へ入った。
 その店の客は王冠を頂いた者も多く、無冠でもその姿からどこかの王族のように見えた。
 アキレスが店のメニューを見ると、花の香りのフレーバーティーが並んでいた。バラ、桜、ラベンダー、りんご、キンモクセイなど。アキレスはりんごとマスカットとバラの合わさった甘そうな紅茶を頼んだ。王は幻の島で客人にもてなされる紅茶を頼んだ。
 紅茶が届いた。ティーカップは緑の葉の模様だった。
「この店は昔から王族の休憩所として知られている」
「おや、久しぶりだな、デンファーレ」
 そこに赤髪の青年が現れ王に挨拶した。
「こちらに来ていたのだな」
 デンファーレ王はふっと笑った。
「少し長旅をしてきた。赤バラの王は変わりないか?」
「ああ。そろそろチェスも近いと嘆息し、心を燃やしている」
「アキレス、紹介しよう。彼は赤バラの王家の者で、スカーレット・ポルカ・ローズ。現赤バラの王の近しい親戚だ。現在の赤バラの王は十五才で気さくな性格をしている。スカーレット・ポルカは西大陸の王たちの中で顔が広く、親切だ。友人も多い」
「デンファーレも隅に置けないな」
 スカーレット・ポルカは爽やかに笑った。アキレスは挨拶をした。
「初めまして。私はアキレス。バラ族の者と会えて嬉しい」
「こちらこそ、どうも、アキレス。デンファーレは優しい者だろう?」
「ははは。二人は仲が良いのだな」
 アキレスは笑って誤魔化し、話を変えた。スカーレット・ポルカは言った。
「王たちの中でも美しい王だと思う。野心があるだろう? デンファーレの話は目の付け所が良くて聞いていて飽きない。友達としては楽しい王だ」
 笑みを見せるバラ族の者は、複雑な王家の関係や王族の間の政治をかいくぐってきた鋭さが垣間見えた。
「スカーレット・ポルカは赤バラの王の側近だ。子どもの頃は遊び友達としてよく世話になった」
「いつでも頼ってくれて構わないよ。歓迎する。それじゃ、ご馳走様!」
 スカーレット・ポルカは明るく挨拶し、王とアキレスの元を離れた。
 デンファーレ王はアキレスに説明した。
「現在の赤バラの王はスカーレット・メイ・ローズだ。十四才で戴冠した。十才でメリルの大学に入った聡明な者で親戚の多いバラ族の中でも信望の厚い青年である。バラ族でも珍しく飾り気がなく、爽やかな性格をしている。赤バラと白バラは百年に一度チェスで戦うが、現赤バラの王と白バラの王の在位中に行われると言われている。二人の王は同い年でよく比べられる」
「それは盛り上がりそうだな」
「赤バラと白バラの戦いには、蘭族の王たちも賭けに参加し、応援する。馬上試合では、西大陸中から王が集まり、ある者は試合に参加し、ある者は観客席でこの祭りを優雅に観戦する。デンファーレ王家では、毎回赤に賭けている。よって、赤バラの王もデンファーレ王家に縁を感じて親しくしている。カトレアも毎回赤に賭けている。彼らは仲が良い」
「そうか。政治も絡んでくるのだろうか?」
「大した影響はない。しかし西大陸の大物が動く大祭ではある」
「楽しみだな」
「そうだな。その時は、一緒に馬上試合を見に行こう、アキレス」

 カトレア王の屋敷に戻ったデンファーレ王とアキレスは、館の中が賑やかになっていることに気付いた。屋敷の召使いが客人に告げた。
「お帰りですか、デンファーレ王とアキレス女王。先程主が戻られました。どうぞ大広間へご挨拶をお願いします。主は楽しみにされております」
「分かった」
 デンファーレ王は一言言うと、アキレスに頷いた。
「帰る前に挨拶ができて良かった。一緒に行こう、アキレス」
「大事な方だ。会えて良かった」
 大広間に近付くと、音楽が聞こえてきた。その調べは上品で、心地良かった。
 主人の席に座っていたのは、十代後半の若い女性だった。
「久しぶり、デンファーレ」
 カトレアは音楽を止めて、客人を迎え入れた。その髪色はデンファーレ王と同じ薄紫色だった。ピンと伸びた姿勢は堂々として、高貴な者特有の空気を纏っていた。顔立ちは整っていて、下がり目の瞳は髪色と同じ紫色だった。
「こたびも世話になった。感謝する」
 デンファーレ王は柔らかい声で返した。デンファーレ王とアキレスは召使いの案内で客人の席に座った。
「そちらがアキレス女王ですね」
 カトレア王はアキレスを見てにこりとした。笑みに魔性の魅力があった。アキレスは畏れ多く感じた。年は下でも、カトレア王は多くのことを知り、西大陸の中央で政治を渡ってきた貫録を感じた。
「初めまして、カトレア王。この町に泊めて下さってありがとう」
 カトレア王は笑みを見せたままデンファーレ王に言った。
「感じの良い方ね」
「カトレアは七つの時に戴冠して十一年だ、アキレス。蘭族の庇護者でもある。昔から色々と世話になっている」
「メリルの町は楽しかった?」
 カトレア王はアキレスに尋ねた。こぼれる笑みは女性の魅力に満ちており、アキレスは何でも話してしまいそうな陶酔感を覚えた。
「王に案内されて色々見てきた。この町に住む者は好奇心を楽しませ飽きることがなさそうだと思った。ぜひまた来て違った顔を見てみたい」
「そうね。ぜひまたいらっしゃい。私はもてなします」
「ありがとう、カトレア王」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

とりかえばや聖女は成功しない

猫乃真鶴
ファンタジー
キステナス王国のサレバントーレ侯爵家に生まれたエクレールは、ミルクティー色の髪を持つという以外には、特別これといった特徴を持たない平凡な少女だ。 ごく普通の貴族の娘として育ったが、五歳の時、女神から神託があった事でそれが一変してしまう。 『亜麻色の乙女が、聖なる力でこの国に繁栄をもたらすでしょう』 その色を持つのは、国内ではエクレールだけ。神託にある乙女とはエクレールの事だろうと、慣れ親しんだ家を離れ、神殿での生活を強制される。 エクレールは言われるがまま厳しい教育と修行を始めるが、十六歳の成人を迎えてもエクレールに聖なる力は発現しなかった。 それどころか成人の祝いの場でエクレールと同じ特徴を持つ少女が現れる。しかもエクレールと同じエクレール・サレバントーレと名乗った少女は、聖なる力を自在に操れると言うのだ。 それを知った周囲は、その少女こそを〝エクレール〟として扱うようになり——。 ※小説家になろう様にも投稿しています

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...