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赤の章

赤五話

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 ある夜、アキレスが王の私室にいる時、デンファーレ王はアキレスに言った。
「アキレスよ、私にはリン・アーデンのような側近がいる。王付き僧侶のブラックベリだ。ブラックベリは表に出来ない事柄を頼んでいる。これは何年も続いていることで、これからも続けるつもりでいる」
 デンファーレ王はアキレスに説得するように言った。触れないでほしい一線、ということのようだった。デンファーレ王の薄暗い行いは以前から聞いていた。それを王の手足となって動いているのがかの者だというようにアキレスは理解した。
 アキレスは王城内のことがだいぶ分かってきていた。王の薄暗い秘密を良しとする人と嫌う人は半々くらいいるようだった。その嫌う人の中でアキレスを担ぎたい人もいるようだった。しかしアキレスにはその気は無かった。不正を見て見ぬふりをするのは心苦しいが、この国を変えようとは思わなかった。政治に野心を持って嫁いだ訳ではないし、王とはそれぞれお互いを変えようとはしないという約束があった。その約束を王は大切に扱っていた。自分がそれを破る気はしなかった。矛盾は覚悟していたし、仕方がないことだと思った。デンファーレ王は続けた。
「これから少し、かの者に会ってきたいと思う」
 アキレスは少し驚いた。夜に訪うのは普通なのだろうか。しかしデンファーレ王には色めいた所はなかった。
「アキレスはここで待っていてよい」
 無言のアキレスをよそにデンファーレ王は部屋を出た。
 しばし時間が経った。アキレスは手持無沙汰で王を待った。今夜も用意されていたコーヒーは飲み干してしまった。不安がないと言えば嘘になるが、不思議と疑うことは無かった。いつの間にか信頼できるくらいには距離が縮まっていたことに、アキレスは気付いた。
 王は帰ってきた。何か満足したように、鋭い眼を輝かせていた。その様子をアキレスは美しいと思った。デンファーレ王は一言「待たせてしまったな」とだけ言った。アキレスは何があったか聞かなかった。デンファーレ王は話さなかった。アキレスはこのように距離を探りながらこの王と付き合っていくのだろうな、と思った。
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