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赤の章

赤一話

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 ある晴れた日、婚礼の儀となった。デンファーレ王家の直轄領では祝いの酒が配られ、祭りが開かれた。町の人達は踊りながら祝い事を楽しんだ。
 儀式はスウェルトの王城で行われた。アキレスは金の髪を結い、薄紫色のドレスを着て式の準備をした。
 準備が整うと、デンファーレ王のいる部屋へ行った。デンファーレ王はいつにも増して威厳のある姿だった。アキレスは頬を染めた。
「私の王家は蘭族ゆえ親戚が多い。中には私より目上の者も多い。蘭族は古い血筋ゆえ礼儀を重んじる。堅苦しいが我慢してくれ」
 アキレスは笑顔で頷いた。
「ああ、分かった。祝ってくれる客が多いのは歓迎する」
 儀式の時間だった。二人は厳かに王の間へ行った。王の間には来客が鮮やかに着飾って、所狭しと集まっていた。アキレスの両親や親戚もいた。見慣れぬ難しい顔の古老や、デンファーレ王と同じ髪色の紳士や淑女も多かった。
 二人は二つ並ぶ玉座の前に来た。その後ろには僧侶たちが控えていた。玉座の間には王冠を乗せた棚があった。金のガウンに金の帽子の大僧正の長が深く響く声で挨拶をした。
「これより、デンファーレ王とアキレスの婚礼の儀を行う」
「王よ、宣誓の言葉を」
 デンファーレ王は頷くと皆の前で威厳を持って言った。
「私はアキレスを生涯妻とする」
 次に大僧正はアキレスに宣誓を求めた。アキレスは答えた。
「私は生涯デンファーレ王を夫とし、支え、扶ける!」
「では、花の贈り合いを」
 僧侶の言葉とともに、花瓶に入った二本のデンファーレの花が二人の間に用意された。デンファーレ王は一つ取り、アキレスのブローチの留め金の所にそっと刺した。アキレスは花瓶をいただくと、自分も残った花を手に取り、デンファーレ王の胸に留めてあるブローチの留め金にくっ付けるように刺した。アキレスは呟いた。
「お揃いだな」
 デンファーレ王も答えるように小さく言った。
「ああ、一緒だ」
「それではこれより女王の戴冠の儀を行う」
 アキレスはデンファーレ王の方へ向き、礼をするように足をかがめた。デンファーレ王は大僧正から王冠を受け取ると、アキレスの頭の上にそっと載せた。外で花火が鳴った。アキレスは前を向き、客人を笑顔で見渡した。
 大僧正は深く響く声で宣言した。
「ここにアキレスがデンファーレ王家の女王になったことを宣言する」
 この後は王城と城下町へのパレードだった。デンファーレ王とアキレスは用意された馬車に乗り、鼓笛隊の先導の元、町を回った。町の人達はデンファーレの花を持ち、友好的に祝福した。

 パレードは終わって、デンファーレ王とアキレスは城に戻り、大広間へ行った。そこでは音楽が流れ、客人達はある者は食事をし、ある者は踊りを踊っていた。デンファーレ王とアキレスは椅子に座り、しばらくその楽しそうな様子を眺めていた。明るい曲が流れる中、デンファーレ王がアキレスに聞いた。
「ダンスは大丈夫か?」
 アキレスは笑って答えた。
「ああ」
「では、一曲願おうか」
 デンファーレ王は立ち上がり、アキレスの手を取り、踊る群衆の中に入って行った。二人は賑やかな曲を楽しく踊った。
「上手だな、王よ!」
 デンファーレ王はただ目を細めて笑っただけだった。
 舞踏が終わると、宴は終わった。アキレスは客人を見送ると、着替えるために私室へ行こうとした。デンファーレ王は一言声を掛けた。
「先に浴場を使っていい、アキレス」
「ああ、分かった」
 アキレスは王の親切を受け取った。

 風呂を済ませ、私室に戻ったアキレスは、次にどうすれば良いか分からず、落ち着かなかった。王から呼ばれるかとも思ったが、特に呼び出しはなかった。かと言って、そのまま眠る気にもなれなかった。結局アキレスは王の私室へ行った。
 王の私室ではコーヒーが二つあった。
 デンファーレ王はアキレスに席を勧めた。そしてコーヒーの一つをアキレスに渡した。アキレスは一口飲んだ。この城に来た時によく勧められた、いつもの味がした。
「肩肘張らなくて良い、アキレスよ」
 デンファーレ王は祝儀の手紙に目を通していた。
「床を共にするのは、アキレスがこの城に慣れてからで良い」
 デンファーレ王は気にする風もなく言った。アキレスは一つ荷が下り気が楽になった。
 アキレスは壁に立て掛けられたチェス盤に目を留めた。それは長方形のチェス盤だった。
「これは……?」
 デンファーレ王は説明した。
「『チェス』の時に使うチェス盤だ。私の国とスターチスの国は十六日程度離れていて、それを模したチェス盤だ。私の国に代々伝わっている」
「そうなのか……」
 アキレスはこの王家はチェスのことが重要な事案なのだと思った。
「明日は王の間で家臣たちと謁見する。私はいつも通りやる。アキレスは思った通りに動いてくれたらいい。最初は疲れるかも知れないが、私がそばにいる」
 アキレスはその時気付いた。この目の前の王も肩肘張っていることに。アキレスは微笑んだ。
「それでは私は眠りに行こう。王よ、今日はありがとう」
 アキレスは飲み終わったコーヒーのコップを置いて、立ち上がった。デンファーレ王も立ち上がり、アキレスを扉まで送った。


 アキレスは日の昇った頃に起きた。私室で身支度を済ますと、それからどうしたら良いか分からず、王の私室へいった。
 王はお茶を飲みながら、新聞に目を通していた。アキレスは王に声を掛けた。
「朝は早いのだな」
 デンファーレ王はアキレスに目で長椅子を勧めた。
「私は睡眠は三時間で十分だ」
 アキレスは心の中でふっと笑った。チェスでは王は昼間眠るのだが、短い時間しか眠らない王とは不似合いだった。王は新聞を畳んでお茶を一口飲んだ。
「朝食はどうする? 私室で食べるか? ここに運ばせるか?」
「王よ、あなたはもう食べたのか?」
「私は済ませた。朝はパンとコーヒーで終わる」
 アキレスは少し残念に思った。しかしそれは顔には出さなかった。何となくこの王の日課の邪魔はしたくなかった。しかしそっと見守りたかった。
「ここで食べていいだろうか?」
 アキレスは遠慮気味に聞いた。デンファーレ王は窓辺に立ち、そこに止まっていた伝書鳩に手を伸ばし、そっと窓の外に放った。
「今ここに食事を運ばせるよう伝えた。少し待てば来るだろう」
「ありがとう」
 アキレスは礼を言った。
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