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ゴブリンが、現代社会で平和に暮らすには
旅立ち
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「なぁ、遊園地ってのが、有るんだよ。ジェットコースターってな、ビュンビュン、上がったり下がったりして、面白いんだよ。そうだ! ケーキ! お前ら、ケーキ食べた事ないだろ? 俺はガトーショコラが好きなんだ! 後な……」
ギイとガアが、意識を取り戻してから、一日が経過した。
薬剤が効果を表し始めたのか、熱の上昇を食い止め事が出来た。しかし、熱を下げるには至らない。
時折、苦しいのかギイとガアは、うめき声を上げる。そんな時、敏和は楽しい話を聞かせた。
見た事も、体験した事も、味わった事も無い、そんな話しを。
だが、それすらも、一時しのぎでしか無かったのだろう。
ギイとガアが意識を取り戻したのは、搬送中に一度と、病室で一度の二度だけ。
それも極めて短い時間で有り、昏睡状態に陥っている時間が、圧倒的に長い。
最初の内こそ、敏和の声に応えるかの様に、表情を和らげていた。
それが、徐々に反応を示さなくなっていく。
医師達も、投与する薬剤を変更し、反応を確認して、別の対策を練った。
無論、効果の高い薬剤を投与する事は可能だ。効果が高ければ、それなりに副作用が発生しやすくなる。
副作用がギイとガアの身体に、どんな変化を齎すのか判然としないのだ。効果を優先したが故に、副作用で命を落とす事すら考えられる。
根本的な原因は、依然として究明出来ずにいる。
どんな薬剤なら、熱を下げる事が出来るのか? 仮に副作用が出たとして、どんな対処が出来るのか?
手探り状態の治療が続く。その間、ギイとガアの身体は、着実に死へと近づいている。
貞江は、判断せざるを得なかった。
「村の人達を、呼びましょう」
「待ってくれ、桑山先生! まだ早い! まだ、救える!」
「当り前です! その為に、私達がここに集まってるんです!」
「ショウジ。有りかもシレナイ。トシカズの言葉に、反応スルンダロ? もっと大勢の応援がアレバ」
「馬鹿な! 患者に負担をかけるだけだ!」
「いいえ。ギイちゃんとガアちゃんは、戦ってます。生きようと、頑張ってます」
「だからと言って!」
「医者として、情けない限りです。しかし、我々に対処が出来ない以上、その強い意思にかけるしか無い!」
「クソっ! これだけの面子が集まって、子供の命すら救えないのか!」
「海藤君、ライツ君。私は諦めんよ! 君達もだろ?」
「当り前です!」
「ソウダヨ! あの子達を救えなナラ、医者の資格なんてナイヨ!」
権威も名声も、かなぐり捨てて取り組んだ。病院に集まってから、一睡もせずに全力を尽くした。
プライドは、粉々に打ち砕かれた。それでも、かけがえの無い命を、救おうとした。
それでも、届かない。
悔しくて、情けなくて、そんな自分を殺したくなった。何度も何度も嘔吐した。だけど、諦めなかった。
患者が戦ってるから。命をすくうのが、医者だから。
☆ ☆ ☆
孝則を通じて、信川村の住人達へ伝えられた。そして住人達の動きは、迅速であった。
全ての作業を止めて、取る物も取り敢えず、村で所有するバスに乗りこむ。バスを孝道が動かし、病院へと向かった。
敏和から連絡を受けた敏久は、会議中にも関わらず席を立った。また洋子は、タクシーを呼んで、病院へ向かった。
ギイとガアが眠る病室は、敏久が特別に用意した。二十を優に超える見舞客も、受け入れが可能だ。
連絡が入った夕刻には、宮川家の一同が集まる。その翌朝には、信川村の一同が到着した。
皆が入れ替わりながら、枕元で声をかけ続ける。
目覚めろ! 頑張れ! 死ぬな! 生きろ!
声をかけ続けても、ギイとガアの目は、開く事がない。そんな中、三人の医師と一人の学者は抗い続ける。
この瞬間も痛みに耐え、病と闘う小さな生命を救うために。
そして、皆がギイ達に声をかけている間、クミルがネックレスの欠片を握りしめて祈っていた。
母の形見は、幾多の奇跡を起こしてきた。それは母の願いと、息子に残した最後の力。そして力を失った欠片は、二度と光る事は無い。奇跡は起こらない。
それでもクミルは、多くの者達の意志を、ギイとガアに届けようと祈った。
これが終わりなんて、絶対に認めない。そんな強い意志を二つの魂へ届けんと、クミルは祈り続けた。
しかし運命は冷酷だ。努力も想いも、通じない。
生体情報モニターに映るバイタルサインは、ギイとガアの死を示す。
もし奇跡が起きるなら、それは神の御技ではない。
集まった人々の想い。そしてギイとガアの為に、この病室に辿り着いた二つの魂だろう。
「ギイ、ガア。目を覚ましなさい。お前達は、逞しい子だ。お前達は、最後の教え子だ、私の誇りだ。病気になんて負けない。目を覚ましなさい」
「ギイ、ガア。よく頑張ったね。でも、もう少しだけ頑張ってくれないかい? みんなが心配してる、あんた達を呼んでる。みんなが集まってくれた。あんた達の為に、集まってくれた。目を覚まして、応えてやりな」
二つの魂は、優しくギイとガアに語りかける。それはまさしく、奇跡そのものであったろう。
呼びかけに呼応する様に、ギイとガアは目を開いた。
ギイとガアは、動かない頭を賢明に動かし、ゆっくりと周囲を見渡す。
恐らく、見えてはいないのだろう。しかし、声は届いている。
始めにギイが続いてガアが、交代しながら集まった面々の名前を一人ずつ呼んでいく。
「たきゃのり、みのり、たきゃみち、しゃだえ、ありがと」
「こうぞ、たきゃこ、よおじ、ありがと」
「ごうじぇん、はにゃこ、たしゅけ、みちゅこ、ありがと」
「しょういち、そのこ、たきゃし、ありがと」
「ライカ、マアサ、えとお、ありがと」
「ちち、はは、ありがと」
「としかじゅ、たのしい、いっぱい。ありがと」
「みんな、みんな、いっぱい、ありがと」
名前を呼ばれる度、一人一人がギイとガアに返事をする。見舞客の名前を呼び終えると、最後にクミルの名前を呼ぶ。
腕を動かす力は無い。しかし一緒に世界を渡り、一緒に暮らした大切な家族を探す。
涙で声は掠れ、音にならなかった。だがクミルは、ギイとガアが伸ばした手を、しっかりと握る。
クミルの温もりを感じたのか、ギイとガアは柔らかな笑みを浮かべる。
「ギイ。クミリュ、すき」
「ガアも」
「ぎい、があ……」
「クミ、リュ。さびし、ない」
「ガア、ばあちゃ、いっしょ。クミリュ、まもりゅ」
クミルは、言葉を発する事が出来なかった。集まった一同も、同様であった。
そして、涙は止まらなかった。
純粋で無垢な子供達の命が、こうも簡単に失われようと、誰が予想出来ただろう。
これから楽しい事が、待っているはずだった。嬉しい事が、沢山訪れるはずだった。
笑顔を貰って来た。元気を貰って来た。その分、幸せにしてやるつもりだった。
長い間、高熱に晒され、ギイとガアの体は限界をとうに超えていた。それでも賢明に戦った。
そして最後の瞬間が訪れて尚、苦しみに耐えて目を覚し、皆に笑顔をみせた。
ギイとガアは揃って天井に目を向ける。
光を失った目で天井を見つめ、ギイとガアは最後の力を振り絞り、手を伸ばした。
「ばあちゃ、ギイたち、がんばったよ」
「ばあちゃ、ガアたち、そっちにいっていい?」
次の瞬間、ギイとガアが伸ばした手から、力が抜ける。糸が切れた様に、パタリとベッドへ落ちる。
心臓が停止した。
そして、未知の病に全力で取り組んでいた医師達は、蘇生措置をしても意味が無い事を理解した。
滂沱の涙が流れていた。
それは、無垢な命を救えなかった、悔恨の念だったろうか、それとも温かい心に触れた感涙だったのだろうか。
恐らく両方だろう。
そして、集まった人々は、声を出して泣いた。
そして小さな体から、白い靄が抜け出る。
白い靄はふわふわと宙に浮かび、もう一つ現れた靄に抱きしめられた様に見えた。
そして、闘病生活の終わりが、看護師によって告げられる。
「十二月十七日、午前十時十五分。ギイさん、ガアさんの、死亡を確認しました」
ギイとガアが、意識を取り戻してから、一日が経過した。
薬剤が効果を表し始めたのか、熱の上昇を食い止め事が出来た。しかし、熱を下げるには至らない。
時折、苦しいのかギイとガアは、うめき声を上げる。そんな時、敏和は楽しい話を聞かせた。
見た事も、体験した事も、味わった事も無い、そんな話しを。
だが、それすらも、一時しのぎでしか無かったのだろう。
ギイとガアが意識を取り戻したのは、搬送中に一度と、病室で一度の二度だけ。
それも極めて短い時間で有り、昏睡状態に陥っている時間が、圧倒的に長い。
最初の内こそ、敏和の声に応えるかの様に、表情を和らげていた。
それが、徐々に反応を示さなくなっていく。
医師達も、投与する薬剤を変更し、反応を確認して、別の対策を練った。
無論、効果の高い薬剤を投与する事は可能だ。効果が高ければ、それなりに副作用が発生しやすくなる。
副作用がギイとガアの身体に、どんな変化を齎すのか判然としないのだ。効果を優先したが故に、副作用で命を落とす事すら考えられる。
根本的な原因は、依然として究明出来ずにいる。
どんな薬剤なら、熱を下げる事が出来るのか? 仮に副作用が出たとして、どんな対処が出来るのか?
手探り状態の治療が続く。その間、ギイとガアの身体は、着実に死へと近づいている。
貞江は、判断せざるを得なかった。
「村の人達を、呼びましょう」
「待ってくれ、桑山先生! まだ早い! まだ、救える!」
「当り前です! その為に、私達がここに集まってるんです!」
「ショウジ。有りかもシレナイ。トシカズの言葉に、反応スルンダロ? もっと大勢の応援がアレバ」
「馬鹿な! 患者に負担をかけるだけだ!」
「いいえ。ギイちゃんとガアちゃんは、戦ってます。生きようと、頑張ってます」
「だからと言って!」
「医者として、情けない限りです。しかし、我々に対処が出来ない以上、その強い意思にかけるしか無い!」
「クソっ! これだけの面子が集まって、子供の命すら救えないのか!」
「海藤君、ライツ君。私は諦めんよ! 君達もだろ?」
「当り前です!」
「ソウダヨ! あの子達を救えなナラ、医者の資格なんてナイヨ!」
権威も名声も、かなぐり捨てて取り組んだ。病院に集まってから、一睡もせずに全力を尽くした。
プライドは、粉々に打ち砕かれた。それでも、かけがえの無い命を、救おうとした。
それでも、届かない。
悔しくて、情けなくて、そんな自分を殺したくなった。何度も何度も嘔吐した。だけど、諦めなかった。
患者が戦ってるから。命をすくうのが、医者だから。
☆ ☆ ☆
孝則を通じて、信川村の住人達へ伝えられた。そして住人達の動きは、迅速であった。
全ての作業を止めて、取る物も取り敢えず、村で所有するバスに乗りこむ。バスを孝道が動かし、病院へと向かった。
敏和から連絡を受けた敏久は、会議中にも関わらず席を立った。また洋子は、タクシーを呼んで、病院へ向かった。
ギイとガアが眠る病室は、敏久が特別に用意した。二十を優に超える見舞客も、受け入れが可能だ。
連絡が入った夕刻には、宮川家の一同が集まる。その翌朝には、信川村の一同が到着した。
皆が入れ替わりながら、枕元で声をかけ続ける。
目覚めろ! 頑張れ! 死ぬな! 生きろ!
声をかけ続けても、ギイとガアの目は、開く事がない。そんな中、三人の医師と一人の学者は抗い続ける。
この瞬間も痛みに耐え、病と闘う小さな生命を救うために。
そして、皆がギイ達に声をかけている間、クミルがネックレスの欠片を握りしめて祈っていた。
母の形見は、幾多の奇跡を起こしてきた。それは母の願いと、息子に残した最後の力。そして力を失った欠片は、二度と光る事は無い。奇跡は起こらない。
それでもクミルは、多くの者達の意志を、ギイとガアに届けようと祈った。
これが終わりなんて、絶対に認めない。そんな強い意志を二つの魂へ届けんと、クミルは祈り続けた。
しかし運命は冷酷だ。努力も想いも、通じない。
生体情報モニターに映るバイタルサインは、ギイとガアの死を示す。
もし奇跡が起きるなら、それは神の御技ではない。
集まった人々の想い。そしてギイとガアの為に、この病室に辿り着いた二つの魂だろう。
「ギイ、ガア。目を覚ましなさい。お前達は、逞しい子だ。お前達は、最後の教え子だ、私の誇りだ。病気になんて負けない。目を覚ましなさい」
「ギイ、ガア。よく頑張ったね。でも、もう少しだけ頑張ってくれないかい? みんなが心配してる、あんた達を呼んでる。みんなが集まってくれた。あんた達の為に、集まってくれた。目を覚まして、応えてやりな」
二つの魂は、優しくギイとガアに語りかける。それはまさしく、奇跡そのものであったろう。
呼びかけに呼応する様に、ギイとガアは目を開いた。
ギイとガアは、動かない頭を賢明に動かし、ゆっくりと周囲を見渡す。
恐らく、見えてはいないのだろう。しかし、声は届いている。
始めにギイが続いてガアが、交代しながら集まった面々の名前を一人ずつ呼んでいく。
「たきゃのり、みのり、たきゃみち、しゃだえ、ありがと」
「こうぞ、たきゃこ、よおじ、ありがと」
「ごうじぇん、はにゃこ、たしゅけ、みちゅこ、ありがと」
「しょういち、そのこ、たきゃし、ありがと」
「ライカ、マアサ、えとお、ありがと」
「ちち、はは、ありがと」
「としかじゅ、たのしい、いっぱい。ありがと」
「みんな、みんな、いっぱい、ありがと」
名前を呼ばれる度、一人一人がギイとガアに返事をする。見舞客の名前を呼び終えると、最後にクミルの名前を呼ぶ。
腕を動かす力は無い。しかし一緒に世界を渡り、一緒に暮らした大切な家族を探す。
涙で声は掠れ、音にならなかった。だがクミルは、ギイとガアが伸ばした手を、しっかりと握る。
クミルの温もりを感じたのか、ギイとガアは柔らかな笑みを浮かべる。
「ギイ。クミリュ、すき」
「ガアも」
「ぎい、があ……」
「クミ、リュ。さびし、ない」
「ガア、ばあちゃ、いっしょ。クミリュ、まもりゅ」
クミルは、言葉を発する事が出来なかった。集まった一同も、同様であった。
そして、涙は止まらなかった。
純粋で無垢な子供達の命が、こうも簡単に失われようと、誰が予想出来ただろう。
これから楽しい事が、待っているはずだった。嬉しい事が、沢山訪れるはずだった。
笑顔を貰って来た。元気を貰って来た。その分、幸せにしてやるつもりだった。
長い間、高熱に晒され、ギイとガアの体は限界をとうに超えていた。それでも賢明に戦った。
そして最後の瞬間が訪れて尚、苦しみに耐えて目を覚し、皆に笑顔をみせた。
ギイとガアは揃って天井に目を向ける。
光を失った目で天井を見つめ、ギイとガアは最後の力を振り絞り、手を伸ばした。
「ばあちゃ、ギイたち、がんばったよ」
「ばあちゃ、ガアたち、そっちにいっていい?」
次の瞬間、ギイとガアが伸ばした手から、力が抜ける。糸が切れた様に、パタリとベッドへ落ちる。
心臓が停止した。
そして、未知の病に全力で取り組んでいた医師達は、蘇生措置をしても意味が無い事を理解した。
滂沱の涙が流れていた。
それは、無垢な命を救えなかった、悔恨の念だったろうか、それとも温かい心に触れた感涙だったのだろうか。
恐らく両方だろう。
そして、集まった人々は、声を出して泣いた。
そして小さな体から、白い靄が抜け出る。
白い靄はふわふわと宙に浮かび、もう一つ現れた靄に抱きしめられた様に見えた。
そして、闘病生活の終わりが、看護師によって告げられる。
「十二月十七日、午前十時十五分。ギイさん、ガアさんの、死亡を確認しました」
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