信川村の奇跡

東郷 珠

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ゴブリンが、現代社会で平和に暮らすには

新しい始まり

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 葬儀の翌朝は、珍しくどの家も、ゆっくりとした朝を過ごしていた。

 精進落しという名の宴会で、多くの者が日が昇り始めるまで、酒を呑んでいた。たまには、そんな日が有っても良いだろう。

 習慣になっているのだろう。
 早朝まで付き合っていた割に、七時には洋子が目を覚ます。

 賑やかさ故に、日付が変わるまで寝ようとしなかったギイとガアも、洋子とほぼ同じ位の時間に目を覚ます。
 それから、少し遅れる様にして、クミルが目を覚まし、四名で手分けをして、家事を始めた。

 日が高くなると、ばらばらと畑に足を運ぶ者が出始める。
 そして昼に近付いた頃、ようやく敏久と敏和が目を覚ました。

 皆でさくらの位牌に手を合わせた後、食卓を囲んだ。

「味はどう?」
「ギイ、おいしい。おふくりょ?」
「あら、ギイちゃん。お袋なんて、敏和の影響かしら?」
「そんな事、無いって。なぁ、ギイ?」
「おふくりょ、だめ?」
「ギイ。ははよ」
「はは、すごい。ばあちゃ、あじ、いっしょ」
「ガア。はは、すき」
「ありがとう、ギイちゃん、ガアちゃん」

 小さな子が居るだけで、食卓が賑やかになる。 
 特にギイとガアは、日本語が話せる様になり、より積極的に話す様になった。

 見てるいるだけでも、優しい気持ちになる。
 出来れば自分も、会話に混ざりたい。そうして、ギイとガアに敏久は、何気なく問いかけた。

「ギイ、ガア。私の事は、なんて呼んでくれるんだい?」
「としひしゃ?」
「ギイ、ちちよ」
「ちち?」
「そうか、父か。……うん、良いもんだな」

 呼び方など、どうでも良かった。
 また、敏久の年齢であれば、ギイとガアは孫の様なものだろう。
 しかし、父と呼ばれた時、愛おしさが込み上げてきた。
 思わず抱きしめたくなる気持ちを抑え、敏久は毅然とした態度を崩さない様に努める。

「そう言えば、朝食はクミルが手伝ったんだよな?」
「そうなのよ。ほんと、助かったわ」
「わたし、てつだっただけ」
「充分過ぎる位よ。あんなに上手だなんて、頑張ったのね」

 クミルは、洋子の心を感じて行動した。
 炒め物をする際、事前にカットした材料を、洋子が望む順番に手渡した。
 洋子が何も言わ無くても、手が届く場所に欲しい調味料が置いて有る。
 
 一つ一つは、どうと言う事もない行動だ。手慣れた者なら、同じ様に立ち回るだろう。
 しかし、意図を解した様な補助が有れば、作業効率は段違いに跳ね上がる。
 
 それは、単なる技術レベルの問題では無い。洋子を慮る気持ちこそが、重要だろう。

 ただでさえ、あまり寝てないのだ、満腹になれば睡魔が襲ってくる。
 眠気を堪え、敏久等は出発の準備を行った。

 敏久達が、東京に戻る頃には、住人達が全員目を覚ましている。
 そして、敏久等を見送る為に、皆がさくらの家に集まった。

「クミル、ギイ、ガア。私達は、東京に戻らなくてはならない」
「ちち、また、あえう?」
「勿論! それまで、この家を任せていいかな?」
「ガア、できうよ」
「ギイもがんばう」
「あんた等が居なくても、俺達が居るんだ。心配しねぇで、行ってこい」
「郷善さん、ありがとうございます。皆さん、子供達の事をよろしくお願いします」
「言われる迄もねぇ! あんたは、色々と忙しいだろ? こっちでやれる事は、任しとけ!」
「実際やるのは、お前じゃなくて、佐川だけどな!」
「うるせぇな、郷善! 余計な事、言ってんじゃねぇ!」

 昨日は、さくらの旅に幸運が有る様、願いを込めて送ったのだ。湿っぽい別れは、必要ない。
 特に、さくらの親族は、度々村を訪れる事がわかっている。

「としひささん、ようこさん、としかずさん。ギイとガアは、まかせてほしい。いえも、わたし、まもる」
「ありがとう、クミル。では、行ってくるよ」
「じゃあね。クミル君、ギイちゃん、ガアちゃん」
「直に来るからな、また遊ぼうな!」

 そうして敏久達は、東京へと戻っていった。

 ☆ ☆ ☆
 
 さくらの家にある仏壇の前には、中陰壇が設置され、さくらの位牌と遺骨が置かれている。
 賑やかな別れが終わり、親族だけでなく、住人達も日常へと戻っていく。
 さくらの家に残されたのは、クミル、ギイ、ガアだけとなった。

 敏久等が東京に帰った翌日、さくらの家にも日常が戻る。

 朝の農作業が終わり、クミル達は一旦帰宅する。
 クミルが朝食を作り、ギイとガアが座卓を拭く等をして食事の準備を行う。
 その際に揃える箸は、三つでよい。しかしギイとガアは、四つ用意してしまう。

「ギイ、ガア。ようい、みっつ。さくらさんのぶん、おぶつだん、そなえる」
「おぶちゅだ?」
「おぶつばん?」
「お、ぶ、つ、だ、ん、だよ」
「お、む、つ、ば、ん?」
「ギイ、おぶつだんよ」
「そう。ギイ、ガア。おぶつだん、さくらさんのごはん、あげて?」
「あい!」
「あいあい!」

 供え物をお盆に乗せて、ギイ達が運んでいく。
 供え物を全て置き終わったら、クミル達は揃って手を合わせた。

 クミルにとって、個人を悼む儀式は初めての経験であった。
 四十九日までの作法は、村人達から教えられた。それを、そのまま行っている。

 この様な儀式が、なぜ必要なのか。
 宗教的な意味も説明されたが、いまいち理解は出来なかった。
 それこそ、これまで暮らしてきた文化の違いだろう。

 クミルがいた世界では、死んだら埋めて終わりだ。
 墓も建てない、故人を悼む事もない。

 しかし、クミルは漠然と理解をしていた。
 厳かに祀るのは、故人を大切にするからなのだろう。
 そして、納骨までに日数が有るのは、残された者に別れを実感させる時間が必要なのだろう。

 クミルとて、住人達から色々と聞いていなければ、さくらの食事を用意していたかもしれない。

 生前のさくらは、料理をしていると、アドバイスをしてくれた。
 出来上がった料理は、さくらに味見をしてもらっていた。
 もうさくらは、アドバイスをしてくれる事も、味見をしてくれる事もない。

 しかし、ふと感じる瞬間がある。
 朝食の準備をしていると、さくらの視線を感じて振り向く。

 よく見なくても、そこに誰もいないのはわかる。
 だが、つい味見をお願いしようと、さくらの名を呼んでしまう。

 昨日、ちゃんと別れを済ませた。
 さくらの、柔らかく微笑む様な死に顔を、目に焼き付けた。
 焼かれた後に骨となった姿も、目に焼き付けた。

 わかっているのに、まださくらがこの家に居る様な気になってしまう。
 頭では理解していても、心では理解しきれていないのだろう。

 さくらとこの家で、笑って食事をする事はない。
 ギイとガアが、今日の出来事をさくらに報告する。それを聞いたさくらが、優しくギイ達の頭を撫でる。
 そんな光景を見る事も無い。

 そんな事を考えると、心に穴が開いた様な気分になる。
 喪失感とも違う。なにかが足りない、そんな気分になる。

 恐らく、死を受け入れるのには、どうしても時間がかかるのだろう。
 こんな幸せな世界だから、尚更なのかもしれない。

 恐らくギイとガアも、クミルと同じ感覚でいるのだろう。
 何故なら、時折キョロキョロと周囲を見渡す事が有る。
 そんな時、決まってこう言う。

「ばあちゃ、どこ?」
「ばあちゃ、どこいりゅの?」

 さくらが居る訳が無いのは、理解しているはずだ。
 しかしギイとガアは、さくらを探す。

 理解している、受け入れている、それでも受け止めきれていない。
 それは多分、仕方がない事なんだ。

「ギイ、ガア。ひと、しぬ、たましいなる」
「たまし?」
「そう。たましい、てんごく、いく」
「クミリュ。そえ、おしょうさ、はなし」
「そう。ガア、おぼえてる、えらい」
「ガア、えらい」
「ギイもよ」
「ギイ、ガア、きく。てんごく、いく。じかん、いる」
「てんごく、どこ?」
「てんごく、なに?」
「わからない。おしえてくれた、むずかしい」
「ギイ。わからない」
「ガアもよ」
「たびだつまで、じかん、すこしひつよう」
「ばあちゃ、どこかいりゅ?」
「ばあちゃ、どこ?」
「ギイ、ガア。さくらさん、みえる?」
「ギイ、わからない」
「ガアも、わからない」
「私もみえない。でもさくらさん、みまもってくれる」
「みまもう?」
「まもう?」
「そう。ギイとガア、げんきない、さくらさん、かなしむ」
「ギイ。ばあちゃ、かなしむ、いや!」
「ガアも、ばあちゃ、かなしむ、いや!」
「わたしも、いや! だから、いっしょ、がんばろ!」
「あい!」
「あい!」

 恐らくクミルは、自らにも言い聞かせていたのだろう。
 葬儀の際に、僧侶が語ってくれた事、村の人達から教えて貰った事を、一つ一つ噛み締めて、自分の中で整理していたのだろう。
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