信川村の奇跡

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
71 / 93
病魔の果てに

感じる違和感

しおりを挟む
 隆が信川村に戻って来た。
 既に一定の効果が出ている事から、医師と連携しつつ、信川村で継続的なリハビリテーションを行う事に、両親は反対しなかった。
 ある一点を除いて。

 現状で隆は、中学校を休学している。
 将来的な事を考えれば、何かしらの手を打つべきだ。両親がそう考えるのも、致し方ないだろう。
 ただし、隆の症状がどの様に変化していくか、医師でも断言は出来ない。

 もしかすると、普通の学校に通える様になるかもしれない。
 それとも特別支援学校の様な場所で、自身の体を社会生活に適応させる工夫を、習得する必要が有るかもしれない。
 これ以外にも、選択肢は存在するだろう。

 どちらにしても、両親や祖父母、また村の人間達が提示出来るのは、あくまでも選択肢のみ。
 いずれかを選択するのは、隆である。また、いずれも選択しない事さえ、隆の自由であろう。

 この問題について、当事者である隆、そして両親と祖父母、さくら、それに江藤を加えて、対話を行った。

「まぁ暫くは、リハビリに専念するのが良いんじゃないかい? 勉強なんて、少し遅れようが取り戻せるさ。なにせ、隆は賢いんだから」
「ご両親の心配は尤もです。しかし私は、さくらさんの意見に賛成です。今は、彼が多くを選択出来る様に、下調べをするのが適切でしょう。協力は惜しみません」

 さくらと江藤の発言に、両親と祖父母は頷いた。
 そして、将来的な進路を検討しつつ、選択肢を定めていく事になった。

 こうして隆が信川村に戻ってから、一週間が過ぎた。
 順調にリハビリが進む一方で、小さな異変が起きていた。

 ☆ ☆ ☆

 東京で受けた検査では、異常が無かった。医師に指摘されたのは、加齢による血圧の上昇くらい。
 極めて健康体、それどころか体年齢は、実年齢より二十以上も若かった。

 だけど、最近少しずつ、倦怠感を感じる様になった。歳も歳だ、仕方が無いだろうね。それに、ここ数日は咳が酷い。
 少し辛いけど、今は倒れている場合じゃない、あの子達の為にもね。
 
「ごほっ、ごほっ、ぐぅおほっ、ぐぉっほほ、がはがはっ、がはぐぅあはっ」
「さくらさん。せき、ひどい。だいじょうぶ?」
「心配要らないよ。ごほっ。貞江さんに連絡したからね」
「でも、しんぱい。わたし、なにか、できない?」
「クミル。ごほっ、ぐぉっほ。あんたには、ギイとガアの面倒を頼むよ。あの子等を、暫くあたしに近づけちゃ駄目だよ」
「はい。でも、ぎいとがあ、すごくさびしがる」
「だから、あんたに頼んでるんだ。それに、隆も居るだろ?」

 咳が続く、それは老いた体に酷く負担をかける。しかし、熱は出ていない。だから、直ぐに治まるだろう。
 さくらはこの時点で、自分の体に起きた異変を、ただの風邪程度に考えていた。
 
 気にかけていたのは、自分の体よりも、子供達の事。ギイとガアは、人間ではない。風邪のウイルスが、体にどの様な影響を与えるか、定かではない。

「これは、ごほっ、ごほっ。みのりか園子さんに、相談しなきゃ駄目かもね」

 隆の影響だろう、ギイとガアが、さくらの布団に潜り込まなくなっていたのは、幸いだった。
 しかし何処かの家で、ギイとガアを預かってもらう事も、視野に入れるべきだろう。

 桑山の家なら、みのりと孝道が居る。三堂の家には、友人の隆が居る。どちらでも、ギイとガアは楽しく過ごせるだろう。
 それに、どちらの家も引き取る事に、反対をしないはずだ。

「ぎいとがあのこと、さんせい。でも、わたし、どこにもいかない」
「あんた、案外強情だね」
「さくらさん、まけない」
「ははっ、そうかい。ごほっ、ぐぅおほっ、ぐぉっほ。ったく、好きにしな」
「さくらさん、くすり、のむ」
「ありがとうね、クミル。ごほっ、ごほっ。それより、ギイ達を連れて行ってきな」
「はい、そうする。さくらさん、かじしない、やくそくして。おとなしくする、やくそくして」
「わかってるよ。ごほっ。後は頼むね、クミル」
「はい、いってきます」

 ギイとガアを伴いクミルは、三堂家へ向かう。それから数時間後、貞江がさくらの家を訪れた。
 
 問診をし、聴診器を当てる。
 そして、さくらの主治医である貞江の診断は、風邪であった。

「薬は三日分です。お昼までには、お持ちします。今日の昼からは、市販の薬と切り替えてください」
「ごほっ、わかったよ」
「往診の予定も、三日後に入れて起きます。その間、少しでもおかしいと思ったら、直に連絡下さいね!」
「あぁ、悪いね」
「いつもお忙しそうにしてらっしゃるんですから、たまには体を休める事も必要ですよ。なんなら、入院します?」
「やだよ、ごほごっほ。だって、あんたに迷惑をかけるじゃないか」
「その位、いいんですよ。倒れてからじゃ遅いんですから」
「酷くなるようなら、考えるかね」
「そうして下さい。後、お仕事は駄目ですから! 次の往診で治ってなかったら、即入院ですからね!」

 流石のさくらも、主治医の言葉には逆らえまい。珍しく素直な態度のさくらに、貞江は苦笑いを浮かべる。
 そんなさくらが、ふと神妙な面持ちに変わる。

「わかったよ、所でさ」
「ギイちゃん達の事ですか?」
「あぁ、よくわかったね。ごほっごほっごほっ。最近の内科医は、メンタルケアもやるのかい?」
「何を仰ってるんです? 全く、直に茶化すんですから!」
「ごほごほっ、いや悪かったよ」
「お母さまに、相談しておきます。間違いなく、喜ぶと思いますよ。園子さんと、取り合いになるんじゃないですか?」
「それはそれで、面倒だよ」
「その辺は、お任下さい」
 
 診察を終えると、貞江は診療所に戻る。
 再びさくらの家を訪れた時には、クミルが戻っていた。余程、さくらが心配だったのだろう。
 貞江は、さくらの病名を伝えると共に、感染予防の注意事項を、クミルに伝える。

「いい? あなたも風邪引いたら、誰が看病するの?」
「ちゅうい、する。だいじょうぶ」
「慎重にね! 本当は、あなたが看病するのは、反対なんですからね!」
「さだえさん、なぜ?」
「あなたの場合、抗体が有るかわかってないのよ! だから、マスクをつける! うがいと手洗いを忘れない! 絶対だからね!」
「こうたい、よくわからない。でも、いわれたこと、まもる」
「そうして頂戴」
「さだえさん、わたし、なやみある。さくらさん、しょくじ、なに、いい?」
「そうね……、後でさくらさんのスマホに、レシピを送るわね」
「はい。みせて、もらう」
「でも、こうなると、あなたのスマホも必要ね」

 貞江はクミルに薬やマスク等を渡すと、念の為にと昼ご飯の用意をしてから、診療所に戻った。
 その後、江藤に連絡して詳細を伝えた後、スマートフォンを用意する様に依頼する。
 次に自宅に連絡を入れ、みのりに事の詳細を話した。

「そうね。うちで引き取るのが、良いんじゃない? だって、咳してるさくらさんと、一緒に居たんでしょ?」

 みのりの発言は、尤もだろう。
 数日とはいえ、咳き込んでいるさくらと、同じ家の中で生活してきたのだ。飛沫感染している可能性は、充分に考えられる。
 貞江が近くに居た方が、ギイとガアも安全だろう。

「ギイちゃんとガアちゃんには、私から上手く言っておくわ。正一さんにも、私から連絡しておくわね」
「すみません、お母さま」
「いいのよ。どうせ暇なんだし」
「そんな、暇なんて。家事をお任せしてるのに」
「ふふっ。こんな時くらい、私を頼りなさい」
「ありがとうございます、お母さま」

 貞江の電話を切ると、みのりは直ぐに正一のスマートフォンに連絡を入れる。
 事情を話すと、正一は直ぐに自宅へ戻り、ギイとガアを電話口に出してくれた。 

「さくらさんは、少し忙しくなっちゃったみたい。だから、さくらさんの邪魔にならない様に、少しの間、わたしと一緒に居ましょ」

 さくらの為と言えば、ギイとガアは喜んで頷く。
 少し狡いかもしれない。だが心優しいギイ達に、余計な心配をさせるよりは良い。
 また前回、さくらが検査で東京に行った時とは、状況が異なる。直ぐ近くにさくらが居る、それだけでギイ達の不安は減るはずだ。

 そして、夕方近くになり、正一がギイとガアを桑山の家へ送ってくる。
 明るく出迎えたみのりに、ギイとガアは飛びつく。

 ただの風邪だ、薬を飲んで、三日経てば治る。ギイ達を始め、村の連中に移さない様に注意すればいいだけだ。
 言われた通り、三日間は自宅で大人しくしてよう。それで、快方に向かうはずだ。

 その時のさくらは、そう信じていた。
 貞江とクミルを始めとした、村の住人も同じ様に考えていた。

 しかし皆の予想に反し、病はじわじわとさくらの体を侵食し、体力を奪っていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

とある日

だるまさんは転ばない
ライト文芸
さまざまなジャンルが織り交ざる日常系の短編集をお届けします。青春の甘酸っぱさや、日常の何気ない幸せ、ほのぼのとした温かさ、そして時折くすっと笑えるコメディー要素まで幅広く書いていきたいと思ってます。 読み進めるごとに、身近な出来事が楽しくなるように。そして心温まるひとときを提供できるように、忙しい日々の隙間時間にほっと一息付けるようなそんな物語を書いていきたいと思います。 読んで見るまでジャンルがわからないようタイトルにジャンルに記載はしてません。 皆さんが普段読まないジャンルを好きになってもらえると嬉しいです。

気だるげ男子のいたわりごはん

水縞しま
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【奨励賞】作品です。 ◇◇◇◇ いつも仕事でへとへとな私、清家杏(せいけあん)には、とっておきの楽しみがある。それは週に一度、料理代行サービスを利用して、大好きなあっさり和食ごはんを食べること。疲弊した体を引きずって自宅に帰ると、そこにはいつもお世話になっている女性スタッフではなく、無愛想で見目麗しい青年、郡司祥生(ぐんじしょう)がいて……。 仕事をがんばる主人公が、おいしい手料理を食べて癒されたり元気をもらったりするお話。 郡司が飼う真っ白なもふもふ犬(ビションフリーゼ)も登場します!

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

昭和最後の恋愛物語 -君を絶対忘れない-

麻美拓海
ライト文芸
ひとりの女性の人生を、彼女と同じ季節を過ごした4人の男の視点から描く超絶切ない物語!

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

百々五十六の小問集合

百々 五十六
ライト文芸
不定期に短編を上げるよ ランキング頑張りたい!!! 作品内で、章分けが必要ないような作品は全て、ここに入れていきます。 毎日投稿頑張るのでぜひぜひ、いいね、しおり、お気に入り登録、よろしくお願いします。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...