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トモダチ
奇跡が起きる時
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ある夜、隆は一枚の絵を祖父母に見せた。
いつもの抽象的な絵ではなく、デッサンに近い。また、風景ではなく人物を描いていた。
隆が描いたのは、クミル、ギイ、ガアの三名。それを見た正一は、言葉を失い唖然とした。
そして、園子はおずおずと問いかける。
「隆。お前、クミル達が見えているの?」
それだけ上手く描かれていたのだ。誰が見ても、それがクミル、ギイ、ガアであると、断定できる程に。
「いや、違うよおばあちゃん。ギイさんとガアさんは、体を触らせてくれるんだ。だから、どんな姿をしているのか、何となくイメージ出来た」
「そんな事が有ったの? それで、隆はどう思ったの?」
「別になんとも」
クミルには驚かないはず、何せ同じ人間なのだから。問題は、ギイとガアであろう。普通なら、驚くだけでは済むまい。
しかし、隆はあっけらかんとした様子で、首を横に振った。
ギイとガアの存在を知っても、隆が何らかの精神的なダメージを受ける事は無さそうだ。
隆の様子を見て、一先ず正一と園子は胸をなでおろす。
しかし、まだ大きな問題が残っている。ギイ達の存在を、外の人間が知ったのだ。
何の為に、調査隊がいつまでも駐留し、村の出入りを監視していると思っている。
ただ、誤魔化すにはもう遅すぎる。実際に、隆はギイとガアを認識しているのだ。
最悪の場合は、隆を村から出さない様にする可能性も有るだろう。その方がよっぽど、隆にとってマイナスになるはずだ。
「ギイさんとガアさんが、多少僕らと違う存在でも、温かい心を持った存在には、変わりがないでしょ? 僕の目が見えていたら、拒絶しちゃったかも知れないけどね」
「隆……お前……」
「今は見た目で判断できなくて、返って良かったと思うよ」
「そう。なら、わたしから言う事は無いわ」
「だけどな、隆。これは、村の秘密だ」
「わかってるよ。少し前に、ネットで騒ぎになったでしょ? それが関係してるんだよね。喋る訳ないよ、恩人の秘密なんかさ」
一応、隆には釘を刺しておいた。しかしこの件は、直ぐさくらに伝える必要が有る。
園子は隆の描いたデッサンを写真に撮り、さくらのパソコンへ送る。続けて、さくらに連絡を入れる。
だがさくらの反応は、園子の予想と大きく反していた。
「あの子は、大したもんだね」
「暢気な事を言ってて良いんですか?」
「でも、隆は黙ってるって言ったんだろ?」
「ええ」
「なら構わないだろうよ。あの子は、嘘をつかないさ。明日そっちに行くから、詳しい事はその時に話そうよ」
そして翌朝、さくらはクミル達を連れて、三堂家を訪れる。
クミル達には、事態を話していなかったのだろう。デッサンを見たクミルは、正一と同様に言葉を失っていた。
これまで隆が描いた物は、初見ではない。山や川等の自然は、誰もが見た事が有るし、想像し易い。そんな物を多く描いて来た。
だが、クミル達は違う。隆の目で確認した事が無い。映像記憶として残っていない。それをどうしたら、感触だけでリアルに描けるのか。
凄いという言葉で、終わらせていい絵じゃない。
光を失った少年が、ほんの僅かな間で、こんな絵が描ける様になったのだ。
またギイとガアは、絵に近づいて、はしゃぐ様に飛び跳ねていた。
自分達を描いてくれたのが、嬉しかったのだろう。
だから、思わず口から零れた。
「ギイ!」
「ガア、ガア!」
その瞬間、さくらの視線がギイ達に向かう。そしてギイ達は、喋る事を禁止されていた事を思い出し、両手で口を覆った。
驚かせたかもしれない。ギイとガアは、恐る恐る隆を見る。だが隆の様子は、驚くというよりも、嬉しいといった様子であった。
隆は優しい笑みを称え、ギイ達の声がした所までゆっくりと歩く。
そして、ギイとガアにゆっくりと触れた。
「嬉しいな。ギイさんとガアさんの声は、予想以上に可愛らしいですね。何か理由が有ると思って、我慢してたんです。でも本当は、お二人と話してみたいと思ってたんです」
隆の言葉を聞いて、ギイとガアはさくらに視線を送る。
そして、さくらは微笑みながら、ゆっくりと首を縦に動かした。
「いいよギイ、ガア。喋っておやり。だけど隆。この子らの言葉は、難しいだろ?」
「さくらさん。そんな事は無いです。ギイさんとガアさんは、言葉以外で、僕とこれまで会話してくれました」
「ギイギ、ギギギ」
「ガアガ、ガアガア」
「ふふっ。そうですよ、ギイさん、ガアさん。僕らは、もう友達ですもん。まぁ、僕の場合、ギイさんとガアさんの賢さに、甘えてるだけですけど」
「いや、そんな事はないさ。ギイとガアを受け入れてくれて、ありがとう」
「そんな。それは、こっちのセリフですよ」
隆は笑って答えてくれた。そしてさくらは、園子の方に体を向ける。
さくらが口を開こうとした瞬間、それを遮る様にして、正一が声を上げた。
「あ、安心してくれ、さくらさん。隆は黙ってくれるって言ってた。隆は、約束を破る子じゃない!」
「あははっ、何言ってんだい正一。あたしが話した事は、園子さんから聞いたんじゃないのかい?」
「それは、そうだけど。重要な事だろ?」
「そんなの、いずれは分かる事さ。それを承知で、許可してんだ。心配なんて要らないよ。ただ、思ったよりも、ずっと早かったのには、びっくりしたけどね」
さくらは、正一の心を慮って、笑って見せた。そしてさくらは、再び隆の方へと体を向け、徐に口を開く。
「隆。ギイとガア、それにクミルは、この世界の事を良く知らないんだ。だから、あんたが教えてあげてくれないかい?」
「いいんですか僕で?」
「いいさ。あんただから、頼みたいんだ」
そして、さくらは隆に近づくと、優しく頭を撫でる。
「よく頑張ったね。良く乗り越えたね。あんたが、この村に来た頃とは、顔つきが全く違うよ。だからこそ、あんたに頼むんだ。教えてやってくれるかい? あんたの目線で見た、この世界をね」
それを聞いて、暫く考え込む様に、隆は黙り込んだ。五分は経過していないだろう。
もしかすると既に、隆の中では答えが出ていたのかもしれない。
考えを巡らせるように目を瞑る隆を見て、さくらはそう感じていた。
考えているのは、出来るか否かじゃない、何をどう伝えようかだろう。
人間の嫌な部分と良い部分、その両方を見て来たから考え込むのだ。また、そうやって悩めるから人間だからこそ、さくらは依頼をした。
やがて目を開けると、隆は徐に口を開いた。
「わかりました。僕なりの方法で」
「あぁ。頼んだよ、隆」
そして、さくらはクミル、ギイ、ガアの三名に別れを告げると、玄関へ向かう。
三堂夫妻は、さくらを送る為、その後に続いた。
「園子さん、心配かけたね。まぁギイ達の事は、折を見て話すつもりだったし、手間が省けたよ」
「ありがとうございます、さくらさん」
さくらは、いたずらっ子の様な、おちゃらけた素振りで、その場を和ませた。
実の所さくら自身は、隆がギイとガアの正体に、近づく事はないと考えていた。自宅に戻るまでずっと、ただの子供だと思い込む、そんな可能性すらあると考えていた。
短期間で判明したのは、それほど親密な関係になった事の証だろう。寧ろ、喜ばしい事だ。
「子供の成長ってのは、早いもんだね」
「本当に、そうですね」
「もしかすると、いや止めておこう」
さくらが言い淀んだ言葉の意味は、園子にも理解が出来た。
余計な期待をして、それが気付かぬうちに、隆へプレッシャーを与える事になってはならない。
そんな想いを、胸に仕舞い。さくらは、三堂邸を去る。三堂夫妻も隆達に、一言告げて畑へと向かう。
そして隆達は、いつもの様に散歩へと向かった。
☆ ☆ ☆
隆の心は、いつも以上に弾んでいた。
これまで、ギイとガアに問いかけると、体をポンポンと叩いて反応するか、クミルが代わりに答えるだけだった。
それが、直接声を聞ける様になった。それだけで、より親密になれた気がしていた。
それは、ギイ達も同じだったのだろう。
「ギイ、ギャギャガ。ギャガガガ、ギイギギ。ギイ?」
「ガガ、ガガア。ガガガ、ガガガア」
確かに、意図を理解するのは難しい。そんな時は、クミルが補足する。
「ぎい、おどろいてます。なんで、うまくかけるか、きいてます。があ、たかしさん、ほめてます。すごい、いってます」
「クミルさんは、ギイさん達の言葉がわかるんですか?」
「わたし、わかる、すこしだけ。とくしゅ、のうりょく? みたいなもの、わたしもってる。すこし、きもち、かんじる」
「凄いですね」
「ギギギ。ギイギギ」
「すごいのは、たかしさん、いってる」
「はははっ。凄くなんてないですよ。ギイさん達が触らせてくれたおかげで、描けたんです」
他愛もない会話をしながら、一同は散歩を楽しむ。
クミルの提案で、いつもより少し先まで歩いた所で、休憩をする事にした。
道の脇にある草むらに、一同は腰を下ろす。無論、隆が座る前に、ギイとガアが安全かどうかを確認する。
隆がゆっくりと腰を下ろすと、クミルは背負った鞄を草むらに降ろし、中をまさぐる。
そして水筒を取り出し、中のお茶をコップに注ぐと、ゆっくりと隆に手渡した。
「ありがとうございます」
クミルに礼を述べてから、隆は少しずつお茶を口に運んでいく。
その時、脇からはしゃぐ声が聞こえてくる。
「ギギギ?」
「ガガガ?」
その言葉だけは、隆にも理解が出来た。
「うん。おいしいです。ギイさんとガアさんも、飲んで下さい」
「ギイギギ」
「ガアガガ」
「どういたしまして」
飲みかけのお茶を渡すまでも無く、水筒には充分な量が入っている。恐らくそんな事は、隆も理解しているはず。
でも隆は、飲んでいたコップをそのまま手渡した。そして、ギイ達は喜んでそれに口をつけ、礼を言った。
これは、仲のいい友達の光景なのだ。
大人しい性格の隆は、率先してクラスメイトと行動する事は無かった。休み時間は、黙々とノートにスケッチをしていた。
クラスメイトとは、多少の会話をする。また、挨拶も交わすし、スケッチを見せてと言われれば、快く見せる。
そして感想を聞いたり、リクエストを聞いて絵を描く。そんな風なコミュニケーションも図っていた。
ただ、一緒に食事をしたり、回し飲みをする事は無かった。
何てことの無い、誰でも一度はやる事だ。だが隆には、初めての経験だった。友人という実感が湧き、嬉しくて笑顔が零れる。その感情は、伝播する。
そんな時だった。ギイとガアがそれぞれ手を伸ばし、隆の顔に触れようとする。
「ぎい、があ、だめ! あぶない!」
「いえ、いいですよ。クミルさん」
音や気配で、隆もギイ達の行動を把握していたのだろう。諫めようとするクミルに、隆は優しく声をかけた。
そしてギイとガアは、そのまま手を伸ばし、隆の目を覆う様に触れた。いつも握っている手と同じ、右側をギイが、左側をガアが覆う。
そして隆は、手の温もりを感じて、静かに目を閉じる。
その時、クミルの中に、ギイとガアの感情が流れ込んでくる。
目が見える様になって欲しい。治って、今よりもっと元気になって欲しい。
それは祈りにも近い、感情だった。
ギイとガアの、隆への想いは、クミルの胸を熱くする。
そしてクミルは、力を失ったネックレスの欠片を握りしめて、祈りを籠める。
もしかすると、偶然に起きた出来事かもしれない。
隆の担当医は、失明の原因が心因性の可能性が有ると示唆していた。
今、隆は前を向いて全力で、歩みを進めている。そんな隆の傍には、クミル、ギイ、ガアが居て支えている。
可能性としては、充分あり得る。だが、それは奇跡に近い。
祈りを籠めて覆っていた手を、ギイ達が離す。それに合わせて、隆もゆっくりと瞼を開く。
そして奇跡は起きる。
何も映さないはずの黒の世界に、淡い光が差し込んでいた。
「えっ、えっ? 何? 何が? 光が、光が見える、見えるよ! 光が!」
混乱する様に、隆は声を上げる。そして、自然と涙が零れる。隆の驚きと、言葉にならない感動を感じ、クミルは涙を流した。
そして、ギイとガアは、声を上げて泣いた。
無論、帰宅後にその事を祖母たちに話すと、泣いて喜んでくれた。それは、直ぐに両親へと伝わる。
そして、真夜中に両親が到着して、隆を抱きしめる。
翌日、村の住人全てが、三堂邸に集まった。
「隆、お前の目は、必ず治るからな。今度来た時は、旨い野菜をたっぷり食わせてやる」
「心配すんなよ。お前の頑張りは、みんなが見てたからな。行って来い!」
「隆君、良かった。君は見違える程、良い表情をする様になった」
「今度、何かされたら、俺達に言え。そいつら全員、ぶっ飛ばしてやるからよ。お前の為なら、東京でもどこでも、直ぐに駆けつけてやる」
「隆、郷善の言葉は聞き流せ、言葉の綾だ。今のお前には必要ねぇだろ? それと忘れんな! お前は家族だ。いつでも帰って来い」
一人一人、隆へ言葉を投げかける。その言葉を受け取り、感極まったのか、隆の瞳から涙が止まらずにいた。
「ギイギ、ギギイギギイギ?」
「ガアガ。ガガアガガ?」
「治るさ、心配は要らないよ。そうじゃないかい、隆」
「はい。きっといい報告が出来るように、頑張ってきます」
「たかしさん、おうえん、してます」
「はい。行ってきます!」
隆は診察の為に、東京へと戻っていく。
そして、さくらは皆に向かって、言葉を紡いだ。
「大丈夫。心配しなくても、きっといい知らせが来るよ」
そして数日後、さくらの言葉通りに、連絡はやってきた。
隆の視力が戻った事、そして定期的に検査と診断を受ける必要がある事が伝えられる。
そして、何よりギイ達を喜ばせたのは、主治医が最後に言った言葉だろう。
「滞在した場所の環境が、目の治療には良いのかも知れない。暫くの間、このままの環境で、治療を続けると良いでしょう。ただ、通院を忘れない様にして下さい」
それから数日の後、隆は信川村へと戻ってきた。
それは、大切な友達との再会であった。
いつもの抽象的な絵ではなく、デッサンに近い。また、風景ではなく人物を描いていた。
隆が描いたのは、クミル、ギイ、ガアの三名。それを見た正一は、言葉を失い唖然とした。
そして、園子はおずおずと問いかける。
「隆。お前、クミル達が見えているの?」
それだけ上手く描かれていたのだ。誰が見ても、それがクミル、ギイ、ガアであると、断定できる程に。
「いや、違うよおばあちゃん。ギイさんとガアさんは、体を触らせてくれるんだ。だから、どんな姿をしているのか、何となくイメージ出来た」
「そんな事が有ったの? それで、隆はどう思ったの?」
「別になんとも」
クミルには驚かないはず、何せ同じ人間なのだから。問題は、ギイとガアであろう。普通なら、驚くだけでは済むまい。
しかし、隆はあっけらかんとした様子で、首を横に振った。
ギイとガアの存在を知っても、隆が何らかの精神的なダメージを受ける事は無さそうだ。
隆の様子を見て、一先ず正一と園子は胸をなでおろす。
しかし、まだ大きな問題が残っている。ギイ達の存在を、外の人間が知ったのだ。
何の為に、調査隊がいつまでも駐留し、村の出入りを監視していると思っている。
ただ、誤魔化すにはもう遅すぎる。実際に、隆はギイとガアを認識しているのだ。
最悪の場合は、隆を村から出さない様にする可能性も有るだろう。その方がよっぽど、隆にとってマイナスになるはずだ。
「ギイさんとガアさんが、多少僕らと違う存在でも、温かい心を持った存在には、変わりがないでしょ? 僕の目が見えていたら、拒絶しちゃったかも知れないけどね」
「隆……お前……」
「今は見た目で判断できなくて、返って良かったと思うよ」
「そう。なら、わたしから言う事は無いわ」
「だけどな、隆。これは、村の秘密だ」
「わかってるよ。少し前に、ネットで騒ぎになったでしょ? それが関係してるんだよね。喋る訳ないよ、恩人の秘密なんかさ」
一応、隆には釘を刺しておいた。しかしこの件は、直ぐさくらに伝える必要が有る。
園子は隆の描いたデッサンを写真に撮り、さくらのパソコンへ送る。続けて、さくらに連絡を入れる。
だがさくらの反応は、園子の予想と大きく反していた。
「あの子は、大したもんだね」
「暢気な事を言ってて良いんですか?」
「でも、隆は黙ってるって言ったんだろ?」
「ええ」
「なら構わないだろうよ。あの子は、嘘をつかないさ。明日そっちに行くから、詳しい事はその時に話そうよ」
そして翌朝、さくらはクミル達を連れて、三堂家を訪れる。
クミル達には、事態を話していなかったのだろう。デッサンを見たクミルは、正一と同様に言葉を失っていた。
これまで隆が描いた物は、初見ではない。山や川等の自然は、誰もが見た事が有るし、想像し易い。そんな物を多く描いて来た。
だが、クミル達は違う。隆の目で確認した事が無い。映像記憶として残っていない。それをどうしたら、感触だけでリアルに描けるのか。
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光を失った少年が、ほんの僅かな間で、こんな絵が描ける様になったのだ。
またギイとガアは、絵に近づいて、はしゃぐ様に飛び跳ねていた。
自分達を描いてくれたのが、嬉しかったのだろう。
だから、思わず口から零れた。
「ギイ!」
「ガア、ガア!」
その瞬間、さくらの視線がギイ達に向かう。そしてギイ達は、喋る事を禁止されていた事を思い出し、両手で口を覆った。
驚かせたかもしれない。ギイとガアは、恐る恐る隆を見る。だが隆の様子は、驚くというよりも、嬉しいといった様子であった。
隆は優しい笑みを称え、ギイ達の声がした所までゆっくりと歩く。
そして、ギイとガアにゆっくりと触れた。
「嬉しいな。ギイさんとガアさんの声は、予想以上に可愛らしいですね。何か理由が有ると思って、我慢してたんです。でも本当は、お二人と話してみたいと思ってたんです」
隆の言葉を聞いて、ギイとガアはさくらに視線を送る。
そして、さくらは微笑みながら、ゆっくりと首を縦に動かした。
「いいよギイ、ガア。喋っておやり。だけど隆。この子らの言葉は、難しいだろ?」
「さくらさん。そんな事は無いです。ギイさんとガアさんは、言葉以外で、僕とこれまで会話してくれました」
「ギイギ、ギギギ」
「ガアガ、ガアガア」
「ふふっ。そうですよ、ギイさん、ガアさん。僕らは、もう友達ですもん。まぁ、僕の場合、ギイさんとガアさんの賢さに、甘えてるだけですけど」
「いや、そんな事はないさ。ギイとガアを受け入れてくれて、ありがとう」
「そんな。それは、こっちのセリフですよ」
隆は笑って答えてくれた。そしてさくらは、園子の方に体を向ける。
さくらが口を開こうとした瞬間、それを遮る様にして、正一が声を上げた。
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そして、さくらは隆に近づくと、優しく頭を撫でる。
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それを聞いて、暫く考え込む様に、隆は黙り込んだ。五分は経過していないだろう。
もしかすると既に、隆の中では答えが出ていたのかもしれない。
考えを巡らせるように目を瞑る隆を見て、さくらはそう感じていた。
考えているのは、出来るか否かじゃない、何をどう伝えようかだろう。
人間の嫌な部分と良い部分、その両方を見て来たから考え込むのだ。また、そうやって悩めるから人間だからこそ、さくらは依頼をした。
やがて目を開けると、隆は徐に口を開いた。
「わかりました。僕なりの方法で」
「あぁ。頼んだよ、隆」
そして、さくらはクミル、ギイ、ガアの三名に別れを告げると、玄関へ向かう。
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「ありがとうございます、さくらさん」
さくらは、いたずらっ子の様な、おちゃらけた素振りで、その場を和ませた。
実の所さくら自身は、隆がギイとガアの正体に、近づく事はないと考えていた。自宅に戻るまでずっと、ただの子供だと思い込む、そんな可能性すらあると考えていた。
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「本当に、そうですね」
「もしかすると、いや止めておこう」
さくらが言い淀んだ言葉の意味は、園子にも理解が出来た。
余計な期待をして、それが気付かぬうちに、隆へプレッシャーを与える事になってはならない。
そんな想いを、胸に仕舞い。さくらは、三堂邸を去る。三堂夫妻も隆達に、一言告げて畑へと向かう。
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☆ ☆ ☆
隆の心は、いつも以上に弾んでいた。
これまで、ギイとガアに問いかけると、体をポンポンと叩いて反応するか、クミルが代わりに答えるだけだった。
それが、直接声を聞ける様になった。それだけで、より親密になれた気がしていた。
それは、ギイ達も同じだったのだろう。
「ギイ、ギャギャガ。ギャガガガ、ギイギギ。ギイ?」
「ガガ、ガガア。ガガガ、ガガガア」
確かに、意図を理解するのは難しい。そんな時は、クミルが補足する。
「ぎい、おどろいてます。なんで、うまくかけるか、きいてます。があ、たかしさん、ほめてます。すごい、いってます」
「クミルさんは、ギイさん達の言葉がわかるんですか?」
「わたし、わかる、すこしだけ。とくしゅ、のうりょく? みたいなもの、わたしもってる。すこし、きもち、かんじる」
「凄いですね」
「ギギギ。ギイギギ」
「すごいのは、たかしさん、いってる」
「はははっ。凄くなんてないですよ。ギイさん達が触らせてくれたおかげで、描けたんです」
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クミルの提案で、いつもより少し先まで歩いた所で、休憩をする事にした。
道の脇にある草むらに、一同は腰を下ろす。無論、隆が座る前に、ギイとガアが安全かどうかを確認する。
隆がゆっくりと腰を下ろすと、クミルは背負った鞄を草むらに降ろし、中をまさぐる。
そして水筒を取り出し、中のお茶をコップに注ぐと、ゆっくりと隆に手渡した。
「ありがとうございます」
クミルに礼を述べてから、隆は少しずつお茶を口に運んでいく。
その時、脇からはしゃぐ声が聞こえてくる。
「ギギギ?」
「ガガガ?」
その言葉だけは、隆にも理解が出来た。
「うん。おいしいです。ギイさんとガアさんも、飲んで下さい」
「ギイギギ」
「ガアガガ」
「どういたしまして」
飲みかけのお茶を渡すまでも無く、水筒には充分な量が入っている。恐らくそんな事は、隆も理解しているはず。
でも隆は、飲んでいたコップをそのまま手渡した。そして、ギイ達は喜んでそれに口をつけ、礼を言った。
これは、仲のいい友達の光景なのだ。
大人しい性格の隆は、率先してクラスメイトと行動する事は無かった。休み時間は、黙々とノートにスケッチをしていた。
クラスメイトとは、多少の会話をする。また、挨拶も交わすし、スケッチを見せてと言われれば、快く見せる。
そして感想を聞いたり、リクエストを聞いて絵を描く。そんな風なコミュニケーションも図っていた。
ただ、一緒に食事をしたり、回し飲みをする事は無かった。
何てことの無い、誰でも一度はやる事だ。だが隆には、初めての経験だった。友人という実感が湧き、嬉しくて笑顔が零れる。その感情は、伝播する。
そんな時だった。ギイとガアがそれぞれ手を伸ばし、隆の顔に触れようとする。
「ぎい、があ、だめ! あぶない!」
「いえ、いいですよ。クミルさん」
音や気配で、隆もギイ達の行動を把握していたのだろう。諫めようとするクミルに、隆は優しく声をかけた。
そしてギイとガアは、そのまま手を伸ばし、隆の目を覆う様に触れた。いつも握っている手と同じ、右側をギイが、左側をガアが覆う。
そして隆は、手の温もりを感じて、静かに目を閉じる。
その時、クミルの中に、ギイとガアの感情が流れ込んでくる。
目が見える様になって欲しい。治って、今よりもっと元気になって欲しい。
それは祈りにも近い、感情だった。
ギイとガアの、隆への想いは、クミルの胸を熱くする。
そしてクミルは、力を失ったネックレスの欠片を握りしめて、祈りを籠める。
もしかすると、偶然に起きた出来事かもしれない。
隆の担当医は、失明の原因が心因性の可能性が有ると示唆していた。
今、隆は前を向いて全力で、歩みを進めている。そんな隆の傍には、クミル、ギイ、ガアが居て支えている。
可能性としては、充分あり得る。だが、それは奇跡に近い。
祈りを籠めて覆っていた手を、ギイ達が離す。それに合わせて、隆もゆっくりと瞼を開く。
そして奇跡は起きる。
何も映さないはずの黒の世界に、淡い光が差し込んでいた。
「えっ、えっ? 何? 何が? 光が、光が見える、見えるよ! 光が!」
混乱する様に、隆は声を上げる。そして、自然と涙が零れる。隆の驚きと、言葉にならない感動を感じ、クミルは涙を流した。
そして、ギイとガアは、声を上げて泣いた。
無論、帰宅後にその事を祖母たちに話すと、泣いて喜んでくれた。それは、直ぐに両親へと伝わる。
そして、真夜中に両親が到着して、隆を抱きしめる。
翌日、村の住人全てが、三堂邸に集まった。
「隆、お前の目は、必ず治るからな。今度来た時は、旨い野菜をたっぷり食わせてやる」
「心配すんなよ。お前の頑張りは、みんなが見てたからな。行って来い!」
「隆君、良かった。君は見違える程、良い表情をする様になった」
「今度、何かされたら、俺達に言え。そいつら全員、ぶっ飛ばしてやるからよ。お前の為なら、東京でもどこでも、直ぐに駆けつけてやる」
「隆、郷善の言葉は聞き流せ、言葉の綾だ。今のお前には必要ねぇだろ? それと忘れんな! お前は家族だ。いつでも帰って来い」
一人一人、隆へ言葉を投げかける。その言葉を受け取り、感極まったのか、隆の瞳から涙が止まらずにいた。
「ギイギ、ギギイギギイギ?」
「ガアガ。ガガアガガ?」
「治るさ、心配は要らないよ。そうじゃないかい、隆」
「はい。きっといい報告が出来るように、頑張ってきます」
「たかしさん、おうえん、してます」
「はい。行ってきます!」
隆は診察の為に、東京へと戻っていく。
そして、さくらは皆に向かって、言葉を紡いだ。
「大丈夫。心配しなくても、きっといい知らせが来るよ」
そして数日後、さくらの言葉通りに、連絡はやってきた。
隆の視力が戻った事、そして定期的に検査と診断を受ける必要がある事が伝えられる。
そして、何よりギイ達を喜ばせたのは、主治医が最後に言った言葉だろう。
「滞在した場所の環境が、目の治療には良いのかも知れない。暫くの間、このままの環境で、治療を続けると良いでしょう。ただ、通院を忘れない様にして下さい」
それから数日の後、隆は信川村へと戻ってきた。
それは、大切な友達との再会であった。
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