58 / 93
変わりゆく集落
優しい食卓
しおりを挟む
三笠の葬儀が執り行われた日、ギイとガアは居間の座卓でノートを広げていた。そして何度も文字を書き、発生を繰り返す。
「どうだい? 勉強は楽しいかい?」
「ギイ、ギイ」
「ガガガ」
「そうかい。でも、根を詰めたらいけないよ」
「ギイギ、ギイギイ」
「ガアガア、ガガガア」
「クミルかい? 夕方には帰って来るよ」
「ギギ、ギギイ?」
「ガガアガ?」
「そうだね、今夜は何を作ろうかね。何か食べたいのは有るかい?」
「ギギイ、ギギイギイ」
「ガアガ、ガガアガガア」
「カレーかい? わかったよ、ばあちゃんが美味しいのを作ってあげるよ」
さくらは、優しくギイ達の頭をなでると、台所へ向かう。そしてギイ達は、嬉しそうに目を細めた後、再び発生を繰り返した。
ギイ達は、誰かに言われたわけでは無く、自発的に始めた。
言葉を話せる様になりたい、早く村の一員になりたい。例えその身が異形であっても、温かく接してくれる村の人達と、もっと仲良くなりたい。
その一心で、三笠に習った事を反復しているのだろう。
それを間違いだとは言わない。寧ろ、その小さい体で、出来る限りの事をしてきた。
しかし今の状況が、ギイとガアにとって、必ずしも良い事とは限らない。
薬も過ぎれば、毒になる。純粋な想いは、時として無垢な心を縛り付ける。
さくらは知っている。
ギイとガアは、うなされて目を覚ます事が有る。そんな時、決まってギイ達は、さくらの布団に潜り込んでくる。
拭いきれない悪夢、それはギイ達の足を絡めとる。
藻掻けば藻掻く程、嵌っていく蟻地獄の様に。やがて、それはギイ達の呼吸を止めるだろう。
さくらは、腕をまくって、息を吐く。そして、炊飯器のスイッチを入れると、料理に取り掛かる。
ギイ達の為に作るのは二品、オーソドックスな家庭の味と、店で提供される味だ。
野菜を炒めて、市販のルーを溶かして煮込む。じっくりと弱火で煮込めば完成する、特に変哲もないカレーだ。
次に作るのは、行きつけだった店の味を、模したカレーだ。
先ずはフライパンで、一口大に切った牛肉を弱火で炒める。色がついたら、ワインを加えて煮込んでいく。
煮込んでいる間、別のフライパンで、カレーのベースを作る。
油を入れたフライパンに、刻んだニンニクを入れてから火を付ける。香りが立ったら、玉ねぎを炒めて、クミンシードを加える。その後、おろし生姜や複数の野菜を加えて炒める。
調合したターメリック、コリアンダー、カイエンペッパーを加えた後、ホールトマトを入れて水気を飛ばす。
更にヨーグルトを加え、チリペッパー、カルダモン、パプリカパウダー等、数種のスパイスと塩で味を調える。
肉が柔らかくなった所で、カレーのベースに加えて、馴染ませれば完成だ。
☆ ☆ ☆
スパイスの香りが、キッチンから溢れる。ギイとガアは、鼻をクンクンとさせながらも、勉強を続ける。
やがて、料理が終わる頃に、玄関の戸が開く音がする。そして、ただいまの声と共に、クミルがキッチンに足を踏み入れる。
気配に気が付いたさくらは、振り向く事なく声をかけた。
「おや、早かったね。あんたも、食べるかい?」
「はい、さくらさん」
クミルの腹が、香りにつられて、ぐうと鳴る。
参加出来なかったさくら達を気遣って、料理には余り口をつけなかったのだ。そういう子だ。
さくらは火を止めて振り向くと、クミルの顔を覗き込む。それは、子を思う母の様に。
「吹っ切れたかい?」
「すこし、だけ」
「それで充分さ。偉いね、クミル」
「ありがとう、ございます」
クミルは、少しと語った。だが、それでいい。
理不尽な殺意、そして仲間達の死。悪夢と呼ぶには足りない程、残酷を体験したのだ。向き合う事が出来ただけ、充分だろう。
さくらは、柔らかな笑みを浮かべた。
「そろそろ出来上がるからね。あんたは、ギイ達と一緒に、片付けておくれ」
「ぎいとがあは?」
「勉強してるよ」
「そう、べんきょう……」
「気になるかい?」
「はい。ぎいとがあ、つらい、はず。わたし、きょう、いろいろ、まなんだ」
「教えてやりたいのかい?」
「はい……」
「そうかい、偉い子だ。でも、お腹いっぱいになってからにしな」
「わかりました」
やがて、カレーが完成する。
二種類のカレーを、半人前ずつ皿に盛りつけると、さくらは声をかける。
直ぐにギイとガアが、音を立てて走って来る。その後ろを、クミルが追いかける。
盛り付けた皿を、ギイ達が運んでいく。そして、皆が揃った所で手を合わせた。
いただきますの挨拶と共に、皆がスプーンを手に取る。
ギイとガアは、スプーンを巧みに使って、カレーを口に運ぶ。そして、嬉しそうな表情を浮かべる。
さくらは、ギイ達の表情を見てから、食べ始める。
「ギイギ、ギイギイ!」
「ガアガ、ガガガア!」
「そうかい、よかったね」
「さくらさん。とっても、おいしい」
刺激が食欲をそそるのだろう。ギイとガアは、スパイスをふんだんに使用したカレーを、一気に平らげる。
次に、オーソドックスなカレーを口にする。
「ギイ?」
「どうしたんだい?」
「ギイギ。ギイギ、ギギギ」
「ガガアガガ、ガアガ、ガガガ」
「こっちが、いつものカレーだよ。違う味なのが、不思議かい?」
「ギイ!」
「ガア!」
やはり食べなれた味は、安心するのだろう。ゆっくりと味わう様に、ギイとガアは食べ進める。
対してクミルは、味を確かめる様に、二つのカレーを交互に食べていた。
「しげき、かおり、すごい。いつもの、あんしん。なんで、こんなにちがう? ざいりょう、ちがう?」
「いや、基本的な食材は同じだよ」
「なんで、ちがいでる?」
「大きい違いは、スパイスの量。それと、作り方さ。作り方を変えるだけで、違う味になるだろ?」
「つくりかた、かえる? それだけ?」
「あぁ、それだけさ。あんたは、どっちが旨いと思った?」
「きめられない。りょうほう、おいしい」
「そうかい」
やり方を変える、それだけで結果が変わる。だからといって、今までのやり方が悪い訳ではない。
どちらを選んでも正解なら、好きな方を選べばいい。結果に至るまで、しっかりと歩めばいい。
「さくらさん。なにか、わかった。きがする」
「あんたは、賢いね。クミル」
「ギイギ、ギギギ?」
「ガアガ、ガガガ?」
「勿論、あんた達も賢いよ」
余程、気を張っていたのだろう。腹が満たされると、ギイ達は船を漕ぎだす。
さくらは、寝室に布団を敷く様に、クミルへ頼む。
さくらの手を握り、フラフラと歩きながら、ギイとガアは寝室へ歩いていく。そして、倒れ込む様に、眠りについた。
最初の内は、毎晩の様に喚いた。宥めて寝かしつけるまで、かなりの時間を要した。
さくらは、スヤスヤと眠るギイとガアを見て、胸をなでおろす。
「辛い思いをしたなら、その倍は良い事がなくちゃ割に合わないさ。幸せにおなり。ギイ、ガア」
眠りについたギイとガアの腹を、優しく叩く。すると、子供らしい可愛い寝顔に、薄っすらと笑みが浮かぶ。
「あたしは、こんな事しか出来なくてごめんよ。でも、家族の温かさだけは、あんた達に教えてあげるからね」
明りを消すと、さくらとクミルは寝室を出て、静かに襖を閉めた。
☆ ☆ ☆
廊下を歩き、さくらとクミルは居間へと向かう。そして、食器を片付ける。
「今日は大変だったろ。あんたも、早く寝な」
「はい、そうします」
「あんたは、大丈夫なのかい?」
「はい。だいじょうぶ、です」
「そうかい、なら良かった」
クミルは笑って見せる。それが作り笑いではない事は、さくらで無くともわかるだろう。
「さくらさん、あのかれえ、つくりかた、おしえてください」
「あぁ、いいよ。今度は、一緒に作ろうか」
「さくらさん、もっと、いろいろしりたい。わたしたちに、おしえてください」
「私達にかい?」
「そう。わたしだけ、だめ。わたし、ぎいとがあ、いっしょ、いきる。このむら、いきる。それで、さくらさん、むらのひと。みんなに、おんがえしする。だから、しる」
「そうかい、そうかい、わかったよ。頑張りな、あんた達のペースで頑張りな」
「はい。ありがとう、ございます」
クミルは、食事に気を遣う以前に、食べる物を碌に与えられる事が無かった。食べなければ倒れる、だから口に運ぶ。それがどんな物であっても。
それが当然だった。味わった経験がない。ましてや、母親を失ってから、一人で食事をしていた。
ギイとガアが何を食料にして来たのか、それは森の恵みだ。
木の実、草木、虫等、栄養価については、如何な物だろう。やせ細っているのは、当然かも知れない。寿命が短いのも、それが一因となっているのだろう。
だが、問題は必要な栄養を摂る事ではない。心を満足させることだ。
この世界に来て、食事を楽しいと感じたなら、それは心が満たされた証だ。
怒りや破壊衝動、暴力がトラウマを生み出すなら、優しさはそれを緩やかに溶かしてくれる。それは、乗り越える力を与えてくれる。
母に抱かれた温かさを、クミルは覚えているはずだ、ギイとガアは覚えているはずだ。
何もかもを忘れる必要はない、辛い記憶を受け止められれば、それでいい。
きっと、悪夢に縛られたまま一生を終える事はない。それは、誰かが優しく溶かしてくれるから。そして、明日に希望が持てる様になればいい。
さくらは、確かな歩みを感じ、クミルに頷いた。その瞳は、今にも零れそうな程の、涙を湛えていた。
「どうだい? 勉強は楽しいかい?」
「ギイ、ギイ」
「ガガガ」
「そうかい。でも、根を詰めたらいけないよ」
「ギイギ、ギイギイ」
「ガアガア、ガガガア」
「クミルかい? 夕方には帰って来るよ」
「ギギ、ギギイ?」
「ガガアガ?」
「そうだね、今夜は何を作ろうかね。何か食べたいのは有るかい?」
「ギギイ、ギギイギイ」
「ガアガ、ガガアガガア」
「カレーかい? わかったよ、ばあちゃんが美味しいのを作ってあげるよ」
さくらは、優しくギイ達の頭をなでると、台所へ向かう。そしてギイ達は、嬉しそうに目を細めた後、再び発生を繰り返した。
ギイ達は、誰かに言われたわけでは無く、自発的に始めた。
言葉を話せる様になりたい、早く村の一員になりたい。例えその身が異形であっても、温かく接してくれる村の人達と、もっと仲良くなりたい。
その一心で、三笠に習った事を反復しているのだろう。
それを間違いだとは言わない。寧ろ、その小さい体で、出来る限りの事をしてきた。
しかし今の状況が、ギイとガアにとって、必ずしも良い事とは限らない。
薬も過ぎれば、毒になる。純粋な想いは、時として無垢な心を縛り付ける。
さくらは知っている。
ギイとガアは、うなされて目を覚ます事が有る。そんな時、決まってギイ達は、さくらの布団に潜り込んでくる。
拭いきれない悪夢、それはギイ達の足を絡めとる。
藻掻けば藻掻く程、嵌っていく蟻地獄の様に。やがて、それはギイ達の呼吸を止めるだろう。
さくらは、腕をまくって、息を吐く。そして、炊飯器のスイッチを入れると、料理に取り掛かる。
ギイ達の為に作るのは二品、オーソドックスな家庭の味と、店で提供される味だ。
野菜を炒めて、市販のルーを溶かして煮込む。じっくりと弱火で煮込めば完成する、特に変哲もないカレーだ。
次に作るのは、行きつけだった店の味を、模したカレーだ。
先ずはフライパンで、一口大に切った牛肉を弱火で炒める。色がついたら、ワインを加えて煮込んでいく。
煮込んでいる間、別のフライパンで、カレーのベースを作る。
油を入れたフライパンに、刻んだニンニクを入れてから火を付ける。香りが立ったら、玉ねぎを炒めて、クミンシードを加える。その後、おろし生姜や複数の野菜を加えて炒める。
調合したターメリック、コリアンダー、カイエンペッパーを加えた後、ホールトマトを入れて水気を飛ばす。
更にヨーグルトを加え、チリペッパー、カルダモン、パプリカパウダー等、数種のスパイスと塩で味を調える。
肉が柔らかくなった所で、カレーのベースに加えて、馴染ませれば完成だ。
☆ ☆ ☆
スパイスの香りが、キッチンから溢れる。ギイとガアは、鼻をクンクンとさせながらも、勉強を続ける。
やがて、料理が終わる頃に、玄関の戸が開く音がする。そして、ただいまの声と共に、クミルがキッチンに足を踏み入れる。
気配に気が付いたさくらは、振り向く事なく声をかけた。
「おや、早かったね。あんたも、食べるかい?」
「はい、さくらさん」
クミルの腹が、香りにつられて、ぐうと鳴る。
参加出来なかったさくら達を気遣って、料理には余り口をつけなかったのだ。そういう子だ。
さくらは火を止めて振り向くと、クミルの顔を覗き込む。それは、子を思う母の様に。
「吹っ切れたかい?」
「すこし、だけ」
「それで充分さ。偉いね、クミル」
「ありがとう、ございます」
クミルは、少しと語った。だが、それでいい。
理不尽な殺意、そして仲間達の死。悪夢と呼ぶには足りない程、残酷を体験したのだ。向き合う事が出来ただけ、充分だろう。
さくらは、柔らかな笑みを浮かべた。
「そろそろ出来上がるからね。あんたは、ギイ達と一緒に、片付けておくれ」
「ぎいとがあは?」
「勉強してるよ」
「そう、べんきょう……」
「気になるかい?」
「はい。ぎいとがあ、つらい、はず。わたし、きょう、いろいろ、まなんだ」
「教えてやりたいのかい?」
「はい……」
「そうかい、偉い子だ。でも、お腹いっぱいになってからにしな」
「わかりました」
やがて、カレーが完成する。
二種類のカレーを、半人前ずつ皿に盛りつけると、さくらは声をかける。
直ぐにギイとガアが、音を立てて走って来る。その後ろを、クミルが追いかける。
盛り付けた皿を、ギイ達が運んでいく。そして、皆が揃った所で手を合わせた。
いただきますの挨拶と共に、皆がスプーンを手に取る。
ギイとガアは、スプーンを巧みに使って、カレーを口に運ぶ。そして、嬉しそうな表情を浮かべる。
さくらは、ギイ達の表情を見てから、食べ始める。
「ギイギ、ギイギイ!」
「ガアガ、ガガガア!」
「そうかい、よかったね」
「さくらさん。とっても、おいしい」
刺激が食欲をそそるのだろう。ギイとガアは、スパイスをふんだんに使用したカレーを、一気に平らげる。
次に、オーソドックスなカレーを口にする。
「ギイ?」
「どうしたんだい?」
「ギイギ。ギイギ、ギギギ」
「ガガアガガ、ガアガ、ガガガ」
「こっちが、いつものカレーだよ。違う味なのが、不思議かい?」
「ギイ!」
「ガア!」
やはり食べなれた味は、安心するのだろう。ゆっくりと味わう様に、ギイとガアは食べ進める。
対してクミルは、味を確かめる様に、二つのカレーを交互に食べていた。
「しげき、かおり、すごい。いつもの、あんしん。なんで、こんなにちがう? ざいりょう、ちがう?」
「いや、基本的な食材は同じだよ」
「なんで、ちがいでる?」
「大きい違いは、スパイスの量。それと、作り方さ。作り方を変えるだけで、違う味になるだろ?」
「つくりかた、かえる? それだけ?」
「あぁ、それだけさ。あんたは、どっちが旨いと思った?」
「きめられない。りょうほう、おいしい」
「そうかい」
やり方を変える、それだけで結果が変わる。だからといって、今までのやり方が悪い訳ではない。
どちらを選んでも正解なら、好きな方を選べばいい。結果に至るまで、しっかりと歩めばいい。
「さくらさん。なにか、わかった。きがする」
「あんたは、賢いね。クミル」
「ギイギ、ギギギ?」
「ガアガ、ガガガ?」
「勿論、あんた達も賢いよ」
余程、気を張っていたのだろう。腹が満たされると、ギイ達は船を漕ぎだす。
さくらは、寝室に布団を敷く様に、クミルへ頼む。
さくらの手を握り、フラフラと歩きながら、ギイとガアは寝室へ歩いていく。そして、倒れ込む様に、眠りについた。
最初の内は、毎晩の様に喚いた。宥めて寝かしつけるまで、かなりの時間を要した。
さくらは、スヤスヤと眠るギイとガアを見て、胸をなでおろす。
「辛い思いをしたなら、その倍は良い事がなくちゃ割に合わないさ。幸せにおなり。ギイ、ガア」
眠りについたギイとガアの腹を、優しく叩く。すると、子供らしい可愛い寝顔に、薄っすらと笑みが浮かぶ。
「あたしは、こんな事しか出来なくてごめんよ。でも、家族の温かさだけは、あんた達に教えてあげるからね」
明りを消すと、さくらとクミルは寝室を出て、静かに襖を閉めた。
☆ ☆ ☆
廊下を歩き、さくらとクミルは居間へと向かう。そして、食器を片付ける。
「今日は大変だったろ。あんたも、早く寝な」
「はい、そうします」
「あんたは、大丈夫なのかい?」
「はい。だいじょうぶ、です」
「そうかい、なら良かった」
クミルは笑って見せる。それが作り笑いではない事は、さくらで無くともわかるだろう。
「さくらさん、あのかれえ、つくりかた、おしえてください」
「あぁ、いいよ。今度は、一緒に作ろうか」
「さくらさん、もっと、いろいろしりたい。わたしたちに、おしえてください」
「私達にかい?」
「そう。わたしだけ、だめ。わたし、ぎいとがあ、いっしょ、いきる。このむら、いきる。それで、さくらさん、むらのひと。みんなに、おんがえしする。だから、しる」
「そうかい、そうかい、わかったよ。頑張りな、あんた達のペースで頑張りな」
「はい。ありがとう、ございます」
クミルは、食事に気を遣う以前に、食べる物を碌に与えられる事が無かった。食べなければ倒れる、だから口に運ぶ。それがどんな物であっても。
それが当然だった。味わった経験がない。ましてや、母親を失ってから、一人で食事をしていた。
ギイとガアが何を食料にして来たのか、それは森の恵みだ。
木の実、草木、虫等、栄養価については、如何な物だろう。やせ細っているのは、当然かも知れない。寿命が短いのも、それが一因となっているのだろう。
だが、問題は必要な栄養を摂る事ではない。心を満足させることだ。
この世界に来て、食事を楽しいと感じたなら、それは心が満たされた証だ。
怒りや破壊衝動、暴力がトラウマを生み出すなら、優しさはそれを緩やかに溶かしてくれる。それは、乗り越える力を与えてくれる。
母に抱かれた温かさを、クミルは覚えているはずだ、ギイとガアは覚えているはずだ。
何もかもを忘れる必要はない、辛い記憶を受け止められれば、それでいい。
きっと、悪夢に縛られたまま一生を終える事はない。それは、誰かが優しく溶かしてくれるから。そして、明日に希望が持てる様になればいい。
さくらは、確かな歩みを感じ、クミルに頷いた。その瞳は、今にも零れそうな程の、涙を湛えていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
シロクマのシロさんと北海道旅行記
百度ここ愛
ライト文芸
第7回ライト文芸大賞【大賞】受賞しました。ありがとうございます!
【あらすじ】
恵は、大学の合格発表を見に来ていたその場で、彼氏から別れを告げられた、
不合格と、別れを同時に突きつけられた失意のまま自宅に帰れば、「だから違う大学にしとけばよかったのに」という両親からの言葉。
傷ついた心を守るために家出することを決め、北海道にいる姉の家へと旅立つ。
姉の家へ向かう電車の中、シロクマのシロさんと出会い行動を共にすることに。一緒に行った姉の家は、住所間違いで不在。
姉へのメッセージもなかなか返信が来ず、シロさんの提案で北海道旅を二人で決行することになったが……

【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。

"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。
青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。
大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。
私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。
私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。
忘れたままなんて、怖いから。
それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。
第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。

セリフ集
ツムギ
ライト文芸
フリーのセリフ集を置いています。女性用、男性用、性別不詳で分けておりますが、性別関係なく、お好きなセリフをお読み下さって大丈夫です。noteにも同じ物をのせています。
配信や動画内でのセリフ枠などに活用して頂いて構いません。使用報告もいりません。可能ならば作者である望本(もちもと)ツムギの名前を出して頂けると嬉しい限りです。
随時更新して行きます。
神楽囃子の夜
紫音
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。

それでも平凡は天才を愛せるか?
由比ヶ浜 在人
ライト文芸
鷹閃大学。世界屈指の名門であるこの大学には奇人が多い。平凡は彼らとの交流に悩み、苦悩し、対立する。
※小説家になろうにて同タイトルで公開しています。

【完結】離婚の危機!?ある日、妻が実家に帰ってしまった!!
つくも茄子
ライト文芸
イギリス人のロイドには国際結婚をした日本人の妻がいる。仕事の家庭生活も順調だった。なのに、妻が実家(日本)に戻ってしまい離婚の危機に陥ってしまう。美貌、頭脳明晰、家柄良しの完璧エリートのロイドは実は生活能力ゼロ男。友人のエリックから試作段階の家政婦ロボットを使わないかと提案され、頷いたのが運のツキ。ロイドと家政婦ロボットとの攻防戦が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる