信川村の奇跡

東郷 珠

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それぞれの想い

支える者達 ~三島洋二~

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 八月七日の夜更けに、三島洋二はさくらの家を訪れていた。

 明日には、家屋の捜索が始まる。
 洋二は、ギイ達の身を隠す為、山へ向かわねばならない。また、調査隊が活動を開始する前に、山へ入る必要が有る。
 朝早くに行動するなら、山に近い洋二の自宅で一泊した方がいい。その為、取材陣が寝静まった頃を見計らって、夜更けにギイ達を迎えに来た。

「お~い、みのりさ~ん! 起きてます?」

 玄関を開け、洋二は大声で声をかける。
 暫く待っても反応が無い。すると、洋二はスタスタと中に入っていく。そして、居間に明りが点いているのを見つけると、そっと襖を開いた。
 
「あ~、やっぱり寝ちゃってるよ。みのりさん、みのりさん。子供達は何処です? みのりさん?」

 洋二を待っている間に、寝てしまったのだろう。熟睡しているのか、みのりは目を覚まそうとしない。
 みのりの上に、夏用の布団がかけられている。みのりの体を案じた子供達が、行ったのだろう。
 では、その子供達は、何処に?

 洋二は、居間をぐるりと見渡した後、縁側に出て奥の部屋まで眺める。明りが点いている部屋は、居間だけ。そして屋内は、静まり返っている。
 洋二は、少し首を傾げていた。

 夜更けに迎えに行くのは、伝わっているはず。みのりが寝室では無く、居間で寝てしまったのが、その証拠だ。

 それと子供達は、森の中で暮らしていたと聞いている。
 ならば、周囲の音には敏感なはず。そして洋二は、玄関を開けた時に大きな声をかけている。
 幾ら人間の暮らしに慣れたとはいえ、直ぐに野生の勘は消えうせはしない。最初にかけた声に、ギイ達が気が付いてもおかしくはない。

 ならば何故、姿を現さない。怯えているのか? それとも警戒しているのか?

 あり得る事かもしれない。
 洋二が最初に子供達を見たのは、山の中だ。あの時の子供達は、酷く怯えていた。
 熊に遭遇した恐怖が、残っていたのかもしれない。そのせいか、猟犬である太郎と三郎にも怯えていた。
 
 そもそも、動物と人間を比べるなら、動物の方が身体能力が高い。それにも関わらず、人間が地球上で繁栄したのは、知能が勝ったからだけでは無いはずだ。

 人間は臆病なのだ。恐らく、草食動物よりも。
 危機に際して草食動物は、逃走や姿を隠す事を選ぶ。それに対し人間は、身を守る為に戦い、知恵を持って相手を制する。
 相手を恐れるから、その存在を望まない。だから容赦なく攻撃する。それが人間の性だ。だから戦争が無くならない。

 子供達は、人間の恐ろしさを、よく理解している。あの騒動で、より恐怖は高まったはず。ならば、身を隠しているのも頷ける。
 子供達が心を許しているのは、さくらとみのり、そして孝道だけなのだろう。

「孝道の奴に、迎えに来させれば良かったかな? いや、そういう訳にもいかないか。これから、俺と一緒に行動しなきゃいけない訳だし。慣れて貰わないと、困っちまう」

 洋二は独り言ちると、もう一度みのりを見やる。
 そして、目を覚ます様子が無いのがわかると、今度は奥の部屋に向かって、問いかける様に声をかけた。

「お~い。覚えてないかぁ~。三島のおじさんだよ~。山の中で会っただろ~。出ておいで~」

 洋二は、ある確信の下、声をかけた。
 あの騒動で、人間への恐怖を再確認させられたなら、家の外に出る事はない。外に出れば、その怖い人間と出くわす可能性が有る。彼らにとって安全なのは、さくらの家だけなのだ。
 また、寝ているみのりに、布団をかけたのは、誰なのか? 彼らが家の中に居るのは、間違いない。

「まぁ何にしても、これだけ物音も立てずに、隠れる事が出来るなら、上等だよ。みのりさんもだな。こんな近くで大声だしてんのに、目を覚まさないなんてな。呑気というより、肝が据わってんだろ」

 何度も大声で、呼びかける訳にはいかない。何故なら、村はとても静かなのだ。旧市街地付近で、夜を明かしている取材陣に声が届いたら、飛んでくるかもしれない。
 洋二は万が一の事を考え、呼びかけるのを止める。

 最低でも、早朝に出発出来ればいい。何なら、さくらの家に泊まり、みのりが目を覚ます頃に、子供達を連れて出発しても遅くはない。
 そう考え、洋二はドカッと腰を下ろす。

 そんな時だった。開けていた廊下側の襖付近に、洋二は気配を感じた。
 洋二が襖を見やると、素早く影が消える。視線を襖から逸らすと、再び気配を感じる。何度か繰り返した後、ようやくヒョコッと襖から、気配の正体が顔を出した。

 襖を挟む様に、両側から二つの小さな頭が、覗き込む様にしている。それを見た瞬間、洋二は思わず笑ってしまう。
 
「ははっ。はははっ、あっはははは。何やってんだ? はははっははっ。お前達、何やってんだよ、まったく。はははっ、はははははっ」

 その笑い声に安心したのか、小さな二つの影は、ゆっくりと襖から姿を現す。そして、洋二に何かを問いかける。
 
「ギギギ、ギイ。ギイ?」
「あぁ? 何言ってっか、わかんねぇよ」
「ガア? ガガガ? ガアガ?」
「まてまて、わかんないって。どうしたもんかね?」

 さくらやみのりなら、何を言いたいのか、わかるのかもしれない。洋二には、ギイ達の言葉を理解する事は出来ない。
 意思が伝わらない事を理解したのか、ギイ達は困った顔で、洋二を見つめる。それは洋二も同じであった。
 互いに見つめ合って、僅かな時が流れる。

「すみません。わたし、くみる、です。ねてました。ごめん、なさい」

 ギイ達に意識を向けていたせいか、洋二は気が付かなかった。
 声をかけられ、少し驚く様にして襖の辺りを見やると、そこにはクミルが立っていた。

「なんだ、居たなら言ってくれよ。びっくりしたぞ」
「ごめん、なさい」
「ギイギ、ギギギイギ、ギギギ。ギイイギイギギ、ギギギギ。ギイギイギイ」
「ガアガ。ガアガガガガ」
「そう、おこして、くれたの? ごめんね、ぎい、があ」
「ギッ」
「グァ」

 申し訳なさそうに頭を下げるクミルを見て、洋二はさくらから聞いていた事を思い出す。
 それは、困惑した洋二とギイ達を助ける鍵となる。

「クミルって言ってたな。そう言えばお前、子供達と話せるのか?」
「いいえ」
「はぁ? だって、いま会話してたろ?」
「ああ。それは、わたし、こころ、すこしよめる。だから、ぎいたちのきもち、すこしわかる」
「そっか。って、え? 心が読める?」
「はい。こころ、すこしよめる。あなた、いま、おどろいてる」
「そんなの、表情でわかるだろ!」
「なら、ぎいたち、なに、かんがえてる、おしえる」
「あぁ。頼む」

 クミルの説明は、概ね洋二の予想と同じであった。
 洋二が訪れるまで、ギイ達は寝室で寝ていた。しかし玄関を開けた音で、ギイ達は目を覚ました。当然、ギイ達はその後の呼びかけにも、気が付いていた。

 もし、来たのが村の人間じゃ無ければ、居間で寝ているみのりが危ない。
 ギイとガアは、クミルを起こして、居間に向かおうとした。しかし、クミルは目を覚まそうとしない。
 困ったギイ達は、自分達だけ居間へと向かう。

「だったら、居間に入ってくれば良かっただろ?」
「みしまの、おじさん、やまでいっしょ、いってた。あなた、むらのひと、ぎいたちおもった。それで、わたし、おこしにもどった」
「はぁ、なるほどな。それで、俺が怖くないか、見定めてたって所か」
「そう」
「それで、あいつらは、何て言ってたんだ?」
「あぁ。ぎいたち、あなたに、だれですかと、きいてた。わたしも、あなたしらない」
「そうだな、お前とは初対面だったな。いや、違う違う! 子供達は、俺の事を忘れちまったのか? まあ、あの時なら仕方ねぇか。改めて、自己紹介といこうか!」
 
 そう言うと、洋二は立ち上がる。
 そして、ブワッと両腕を広げてポーズを取ると、笑顔で言い放った。

「俺は、三島洋二! 正義の味方だ! よろしくな!」

 正義の味方と言っても、クミルはまだ、その単語を知らない。
 訳がわからずに、クミルは口をポカンと開ける。当然、ギイとガアも、事態を理解出来ずに、唖然としていた。

 洋二は、敢えて茶化した自己紹介を行った。
 これから、一緒に行動するのだ。少しでも、距離を縮めておきたい。彼らが不安を感じない様に、自分が安全だと伝えたい。
 意味がわからなくても、彼らが安心できればそれでいい。少なくとも、心が読めるクミルには、意思が伝わるだろう。
 だがその台詞は、予想外の人物が聞いていた。

「あは、あははは。あはははは。洋二君、選りに選って、正義の味方だなんて。はは、あはははは」
「おい! みのりさん! いつから見てた!」
「洋二君が立ち上がった辺りからよ」
「もぉ、早く言ってくれよ!」
 
 みのりの笑い声につられて、クミルが笑いだす。対して、照れくさいのか、洋二は顔を真っ赤にしている。
 そんな洋二に、ギイとガアがトコトコと近づく。そして、洋二の足に手を添えると、ギイとガアは微笑んだ。

「ギイギギギギ、ギギギギ」
「ガアガガ」
「せいぎのひと、よろしくと、いってます」
「せいぎのひとじゃねぇよ。三島洋二だ」
「いいじゃない、洋二君。これからこの子達を守ってくれるんでしょ? ピッタリよ」
「ったく。たった二日だけど、よろしくな」

 八月八日の家屋捜索時は、南側の山へ入って姿を隠す。八月九日の山岳部調査時は、南側からの捜索を躱すように、東側へ回り込んで農村部に下りる。
 たった二日間、だが重要な二日間の潜伏は、こうして始まった。 
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