信川村の奇跡

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
34 / 93
訪れる危機

襲い掛かる悪意

しおりを挟む
 ネットニュースと同局のTV放送を受けて、他局も同じ話題を取り上げる。
 そしてSNSを通じて、世界中へ急速に拡散した。

 UMAが存在するなど、ありきたりの話題では、ネットの住民は大して喜ばないだろう。ネットの住民が喜んで取り上げたのは、そのスキャンダル性に有った。

 世間とは隔離された村で作られた、謎の生命体。大手企業がその背後で、何かを企んでいる。

 拡散する毎に、物語が追加されていく。
 そして、あっという間に、謎の村と大手企業が特定される。

 翌朝、宮川グループの本社ビルには、多くの取材陣が押し寄せた。
 取材陣は通用口を封鎖し、出社する社員を強引に捉まえてインタビューを迫る。就業時間を過ぎても、多くの社員が本社ビルに入れない事態となった。
 また、宮川グループの全拠点で、朝から問い合わせの電話が殺到し、業務が停滞した。
 更に一部の拠点では、心無い中傷を浴びせる者や、投石をする者も現れる。

 昼近くになると、本社ビルにデモ行為をする集団が現れる。付近の交通が麻痺状態となり、警察が出動する事態となった。
 またこれらの影響で、宮川グループの株価は、著しく下落した。

 ただし、これは企業が攻撃された場合である。同様の事が、個人に襲い掛かったら、どうなるだろう? しかも対象が、高齢者だとしたら?
 だが、正義の皮を被った悪意は、留まる所を知らない。攻撃対象すら選ばない。

 信川村には、早朝から百人を優に超える、報道陣と野次馬が詰めかけていた。それは、長年住んだ住人達ですら、見た事も無い数である。

 診療所や役場には、人だかりが出来ている。そして、役場に最も近い、桑山邸にも人だかりが出来ていた。
 そして、彼らは口々に声を上げる。それは、開示要求や取材とは一線を画す、脅迫じみた怒声であった。

 あの生物について教えろ!
 お前達は、何を企んでいる!
 日本を危険に晒すのか!
 全部開示しろ!
 責任を取れ!
 罪人は裁きを受けろ!
 出て来て、説明しろ!
 出て来い! 出て来い!
 
 無断で庭に入り、勝手に納屋を開ける。入り口だけでなく、縁側にも集まり声を荒げる。どれだけ声を荒げても、無反応なのがわかると、他の家々を攻撃し始める。

 投石し、窓という窓を割る。
 我が物顔で村を闊歩し、大声で喚き散らす。
 たばこをポイ捨てし、空き缶をそこらに投げ捨て、色々なゴミを放置する。
 腹が減れば、畑を踏み荒らし、収穫を待つ作物を食い荒らす。
 
 一歩でも外に出れば、囲まれて脅される。
 TVの中継は、住人達の反応が無い事を、あたかも罪で有るかの様に伝える。
 
 モラルの欠片も無い、浅ましさの塊。
 
 農作業に遅れが出れば、収穫はもとより出荷に支障をきたす。細々と暮らす老人だけの村では、生活が困窮する程の影響を及ぼしかねない。
 だが、彼らには関係ない。

 そう。どうせ老い先短い老人だ。
 何人死のうと関係ない。自分達が正義なのだ、悪を滅して何が悪い。

 その思考を恐怖と呼ばずに、何と呼ぶ。
 
 朝が過ぎ、昼が過ぎ、夜になっても、集団は減るどころか増えていく。仮面を被った悪意は、住人達を追い詰めていく。
 更に集団は、警察の到着を遅らせる為、山道付近の道を塞ぐ様に車を放置する。

 それでも警察が来れば、集団は散らばる。そして、警察の姿が見えなくなると、攻撃を再開する。
 ネットの中には、彼らの行動に批判的な意見もあった。しかし、多衆によってかき消された。

 たった一日。いや、長い一日だ。
 だが、この一日を耐えれば済む訳ではない。騒動はいつまで続くかわからない。
 夏の収穫は、もう期待出来ない。夏植えの作物も、踏み荒らされた。

 住人達の怒りは、ピークに達しようとしていた。しかし、さくらを信じて、必死に耐えていた。

 幸三は、自分が映っている映像を、何度も繰り返し観ていた。

「あなた。太郎と三郎は、無事でしたよ。やっと家に入れる事が出来ました」
「そうか、助かった。それで、洋二はどうしてる?」
「録画した映画を見ていると、言ってましたよ」
「そうか。あいつの暢気な所は、見習わなくちゃいけねぇな」
「そう仰るなら、そろそろ動画を止めたら如何です?」
「そうはいかねぇ。奴らをぶっ飛ばしたくてならねぇんだ!」

 今すぐにでも飛び出して、暴れてる奴らを、軽トラで追い回したい。ロープを後ろに括りつけて、引きずり回すのでもいい。
 もしそれで自分の気が晴れても、最終的に報いを受けるのは自分だ。それを因果応報というなら、それでもいい。だが、村の連中に迷惑をかけるのだけは、絶対に駄目だ。
 これは、自分の短気が招いた事だ。同じ事を繰り返してはいけない。
 幸三は、自省を繰り返していた。

 郷善は、畳の上で胡坐をかくと、瞑想をする様に目を閉じていた。

「おい、華子。掃除は止めておけ」
「でも、あなた」
「こっちの部屋まで、石が飛んでくるんだ。危ないから、奥に行ってろ!」
「こんな事、いつまで続くんでしょうね?」
「せいぜい、二日か三日だろう。後は、さくらが何とかしてくれる」
「さくらさんには、負担をかけてばかりですね」
「構う事はねぇ。ガキ共を連れて来たのは、さくらだ」
「また、そんな心にも無い事を言って」
「馬鹿。本心だ」

 響き渡る怒声は、耳に届く。ガラスの破片が、縁側に散らばっている。
 今、怒りのままに飛び出せば、奴らと同じになる。気を静めなければ、全てが台無しになる。
 郷善は、必死に怒りを抑えていた。

 他の住人達も、似たり寄ったりの行動を取り、必死に耐える。
 その一方で、カウンター攻撃の準備を整える者も居た。

 孝則は自宅に籠り、TV局へ連絡を続けていた。
 しかし、担当したディレクターは勿論の事、プロデューサーやその他の番組関係者にも繋いでもらえない。
 挙句の果てに、脅迫電話を続ければ訴えると言われる。
 それでも孝則は、諦めない。さくらから教わった弁護士に連絡をし、力添えを乞う。

 佐川は、刑事が訪れた後、共にパトカーで役場へと向かった。
 そして刑事に、事件のあらましを説明した。刑事は事務所の写真を撮影し、佐川の指紋とドアに付着した指紋を採取すると、桑山邸と三島邸にも足を運ぶ。
 同日事務所に居た孝則、みのり、洋二の指紋も採取し、それぞれに事情聴取を行う。
 刑事が一連の捜査を終えると、佐川はそのままパトカーに乗り、被害届を提出する為に、警察署へ向かう。

 そして、さくらの家では、感受性の豊かなギイとガアが、さくらにしがみ付いていた。
 鳴り止まない怒声が、怖かったのだろう。
 またクミルは、耳を塞いで蹲っていた。

「ギイギ、ギギギ」
「ガアガ、ガガガ」
「大丈夫。ばあちゃんに、くっついてな。ばあちゃんが、守ってやるからね」

 さくらは、力強くギイとガアを抱きしめる。そして、クミルに視線を向けて、問いかける。

「クミル。あんたは、感情が読めるんだろ? 辛いなら、無理はしないでおくれ」
「かってに、はいってくる。とめること、できない」
「そうかい。そりゃあ辛いだろうね。あんたも、こっちにおいで。ばあちゃんが、ぎゅってしてやるよ」

 集団の悪意がそのまま、流れ込んでくるのは、相当に辛かったのだろう。
 クミルは、這いつくばる様にして、さくらの下へ近づいた。さくらの体温を感じ、少し安心したのか、クミルはゆっくりと話し始める。

「さくらさん。なんで、こんなに、さわぐ? なにか、わるいこと、した?」
「いいや、クミル。村の人間もあんたらも、何も悪い事はしてないよ」
「これ、いつまで、つづく? いつまで、たえる? みんな、だいじょぶ?」
「村のみんなが心配かい? あんたは、優しいね。でも、心配要らないよ。こんな事でへこたれる連中じゃないからね」
「こわい。こわい、です。どうしたら、おわる?」
「こんな事は、直ぐに終わらせるよ。もう、その準備は進めてる。色々と、やらかしてくれたんだ。報いは受けさせないとね」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

東大正高校新聞部シリーズ

場違い
ライト文芸
 県立東大正高校、その新聞部に所属する1年生の小池さん。  彼女の身の回りで発生するちょっとした不思議な事件の数々……そこには、少し切ない後悔の物語が隠されていて……。  日常の『小さな謎』と人間模様に焦点を当てた、ポップでビターな学園ミステリ。  高校エントランスに置かれたパノラマ模型には、何故、『ないはずの施設がある』のか……?  体育祭の朝、何故、告発の予告状が張り付けられていたのか……?  旧友は、何故、お茶の誘いを頑なに断るのか……?  身に覚えのないラブレターが、何故、私の鞄の中に入っていたのか……?  数年前には、数時間前には、数秒前には、もう2度と戻れない。輝かしい青春の学園生活の中で、私たちがずっと見落としていた、後悔のタネ。  だったらせめて、心残りのある謎は、納得のいくまで解いてあげよう。  キラキラしていて、だけど切なくてほろ苦い。  青春ミステリ作品集、どうぞお楽しみください。 ※カクヨムにて連載中『【連作ミステリー】東大正高校新聞部シリーズ』の、一部修正を加えたアルファポリス移植版です。

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...