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訪れる危機
対策すべき問題
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クミルの話しを聞いた後、孝則は住人達に会議を行う事を告げた。
そして孝則は江藤に連絡し、予備のVRゴーグルを三つ用意する様に指示をする。そして、一つは病院に、二つはさくらの自宅へ、本日中に届ける事も重ねて指示をした。
そして、孝則の指示通り、予備のVRゴーグルが届けられる。
しかしさくらは、会議開始の直前まで、ギイ達を参加させるか否かを迷っていた。
今回の会議では、不用意な発言に、ギイ達が心を痛める事が有るかもしれない。それを危惧したのだ。
「姉さん。ううん、さくらさん。大丈夫ですよ、うちの人も先生も、それに豪善さんも、みんなみんな、さくらさんの味方ですから」
「そうだね、みのり。全員が味方だ。それに、あいつ等は最善の決断をしてくれる。だから大丈夫、大丈夫なんだ。信じればいい。それにあたしは、守り通すと決めたんだ。だから、絶対にこの子達を守る!」
心配は有る。それ以上にさくらは、信川村の住人達を信じた。
予備のVRゴーグルをギイ達の頭につけて、スイッチを入れる。そして、自らもVRゴーグルを装着し、スイッチを入れる。居間が会議場に変わる。
幾つかのアバターが見える、そして小さな手が自分を掴んでいるの感じる。
自分達は、居間でさくらの隣に座っている、その感覚も確かに有る。だが、目に飛び込んでくるのは、居間とは異なる空間である。
怖い。ギイ達が、そんな感覚を覚えてもおかしくは無い。
さくらは、ギイ達をしっかりと抱きしめる。
ギイ達は、さくらの体温を感じて安心したのだろう。不安そうに体を縮こませていた小さなアバターは、さくらのアバターを見上げる様にして呟いた。
「ギャアギャ」
「ガアガ」
「心配しなくてもいい。ばあちゃんがついてるからね」
「ギイちゃん、ガアちゃん。わたしも居ますからね」
「ギギギ」
「ガガガ」
さくらとみのりは、ギイ達を会議用の円卓へ連れていく。席に着くと、背後から聞きなれた声が届く。
「なんだ? ギイとガアか? 誰かと思ったぞ」
「ギギ?」
「ガガ?」
「アバターだっけか? 俺達のとは、作りが違うのか? お前達の顔は、のっぺりしてんな。表情が読めないのは、俺達のも同じだけどな」
「孝道。ギイ達のアバターは、急ごしらえだったしね。仕方ないよ」
各人が使うアバターは、本人の写真を元に作り上げられている。ただし、表情を豊かに再現する仕組みは、加えていない。
アバターを使用して会話する事に、慣れきっていない住民も多いのだ。必ずしも、情報量を豊かにすれば、適応出来るという訳ではない。
少し周囲を見渡せば、貞江の姿が見える。横に立つのは、クミルのアバターだろう。ギイ達程ではないが、クミルも驚いている。
その証拠に、キョロキョロと忙しなく首を動かし、自分の体や周囲を見渡しているのがわかる。
そんなクミルの手を引き、貞江は席に着く。
「さくら、さん?」
「あぁ、そうだよ。よろしく頼むね、クミル」
「わかりま。あぁ、ちが。かしこありました」
さくらとみのりを挟んで、ギイ達が座る。さくら貞江を挟むようにして、クミルが座る。また、貞江の隣には孝道が座り、孝道の隣には遅れて入った孝則と三笠が陣取った。
そして進行役を江藤と助役の佐川を挟み、他の住人達が席に着く。
江藤から見れば、わかり易いだろう。自分を中心に、勢力が二つに分かれた格好になったのだから。
ただ、いつもの会議とは、雰囲気が違った。住人達は、この会議で結論が出ると確信している。
少し、ピリリとした雰囲気を感じ、ギイ達はさくらに抱きつく力を強める。クミルも、ややオドオドとし、落ち着かない様子を見せている。
いつもなら江藤の言葉で、会議はスタートする。しかし今回は、江藤が話し始める前に、郷善が口火を切った。
「会議の前に言っておくぞ!」
「なんだ郷善。藪から棒に!」
「先生は黙ってろ! 俺はさくらに言ってるんだ!」
「おい! そんな言い方!」
「待ちなよ郷善! 先生には謝りな! それと、言いたい事が有るなら、早く言いな! 時間は、限りが有るんだよ!」
さくらの言葉で、ハッとした様に、郷善は三笠に向かって頭を下げる。三笠は、気にするなと言わんばかりに、手を軽く振った。
だが、そこからの郷善は、怒涛の勢いでさくらに詰め寄った
「最初の会議で、俺は譲歩したつもりだ。確かに、ガキ共の事情は聞いた方が良い、それには納得したつもりだ。それにこの二週間、先生とさくら、それに貞江が、色々頑張ってきたのも知っている。だが、そんな事は関係ねぇんだよ!」
「何が言いたいんだい? 奥歯に物が挟まった言い方は、あんたらしくないね」
「さくら。お前の目的は何だ? 言ってみろ!」
「目的って何の事だい?」
「お前は、この村を次の世代に託すために、色々頑張って来たんだろ? 俺達が、先祖から受け継いだこの村を、残す為によぉ! だから俺達は、お前に協力してきた。お前に感謝もしている。だけどよぉ、今お前がしようとしてる事は、その目的をぶっ壊す事にならねぇのか? 物には順序ってものが、必要だ! 途中の過程をすっ飛ばせば、結果は出ねぇ。出せたとしても、そりゃ中身がスッカスカの、紛いもんだぁ! そうじゃねぇのか?」
強く荒々しい口調で、郷善が糾弾したにも関わらずに、さくらは思わず笑いだしていた。その様子に、周囲は呆気に取られる。それは、糾弾していた郷善でさえも。
郷善は、全部理解していて、ギイ達を含めた村全体の事を考えている。
それがわかって、嬉しかった。だから緊張感も何も、全てさくらの中から吹っ飛んで、笑いがこみ上げた。
笑いが納まった後、少し呼吸を落ち着ける様にしてから、さくらは静かに口を開く。
「なんだ。あんたは、そんな事を心配してくれてたのかい? 嬉しいじゃないか」
「さくらぁ、暢気に言ってる場合なのか?」
「暢気に言ってる場合だよ。あたしを誰だと思っているんだい? どんな世界でしのぎを削って来たか、知らない訳じゃ無いだろ?」
「そりゃ、多少はなぁ」
「有難いけど、無用な心配だよ。色々と難しい事は、あたしに任せて起きな!」
「具体的には、どうするってんだ?」
「今は言えないよ。ただ、あたしにも居るんだよ、悪友ってのがね。こんな事が無ければ、借りない力がね」
さくらの事情は、みのりから聞かされている。
未だに経済界には、さくらの言葉一つで動く者が多い。そして政界にも知人が少なくない。
そんなさくらが吐く言葉なのだ、説得力も並大抵では無かろう。
「ったく、郷善。てめぇは、俺の役割を奪うんじゃねぇ!」
「仕方ねぇだろ、孝則! 今回のてめぇは、そっちに肩入れし過ぎだぁ! いつもの、てめぇは何処に行きやがった! まぁ……、わからねぇでもねぇけどよ」
「何にしても、納得したんならいい。それと、会議の前にもう一つ、やる事が有る。クミル、立て! お前の口から、ちゃんと頼め!」
孝則の言葉に応じて、クミルが立ち上がる。それを見たさくらは、ギイ達を立ち上がらせ、自らも立ち上がった。
ギイとガアは、立たされた理由を理解しておらず、キョトンとしている。
さくら自身、孝則の意図を事前に聞かされていない。だがさくらは、これが最も重要な事だと、理解した。
そしてクミルは、たどたどしい日本語で、話し始める。
「わたし、かえれません。いくばしょ、ありません。ここにいさせて、ください」
何度も練習したのだろう。昼間聞いた日本語より、遥かに流暢になっている。
そして、クミルは言葉の後に、深いお辞儀をした。それに合わせ、さくらが頭を下げる。さくらの行動を見たギイとガアが、さくらを真似て頭を下げる。
これだけで、充分なのだ。
あの夜、クミルが道で泣き喚いていた事を、住人達は知っている。もう、帰れないんだろうと、予想はしている。
ならば問うのは、帰還方法ではない。
この場合、政府に届けるのが、対処として正解なんだろう。しかし、彼らの意志を確認しないまま、それを選択する訳にはいかない。
それに、政府に預けた後、クミルはどうなる?
クミルには、強制送還させる国がない。物理的に強制送還が不可能の場合、政府はクミルをどの様に扱う?
流石に非人道的な行為はしないだろう。だが、平穏無事にと行くだろうか?
ギイとガアはどうなる?
間違いなく、人間とは認識されないだろう。実験動物として、殺されるのが、関の山じゃないのか?
一時でも、この村に居たのだ。無下には出来まい。
帰れないから、迷惑になるから、放り出すのか? そんな事は、村の誰もが選択出来ない。
ならば、留まる意志を問いたい。
これは覚悟の問題だ。
クミル、ギイ、ガア、それぞに事情が有るだろう。辛い思いをしただろう、これからもするだろう。だが、そんな事情よりも、今どうしたいかが重要なんだ。
直ぐに家族にはなれない。だけど、村で匿う位なら、直ぐに出来る。
そして、郷善が立ち上がる。
「頭を上げろ。お前達の滞在を、俺は認める」
その言葉が引き金となった。三堂正一、山瀬幸三、三島洋二、ヘンゲル・ライカが、次々に口を開く。
「全部納得した訳じゃないけど、仕方ないな」
「仕方ねぇだろうよ。守るべきは、己の正義ってこった」
「せっかく助けたんだから、命を無駄にする事は、したくないな」
「ワタシモ、どういシマス。よろしく、おねがいシマス」
男性陣が、言葉で同意を示した後、女性陣は全員が拍手をして、同意を示した。
そして、ようやく話し合いの始まりが、江藤から告げられる。
「では、皆さん。クミルさん、ギイさん、ガアさん。この三名が、信川村で滞在を続ける事になりました。全員賛成で、間違いは有りませんね?」
江藤は、一旦言葉を区切り、周囲を見渡す。そして、反対が無いのを確認すると、少し険しい表情を浮かべて、さくらに視線を向けた。
「かいちょ、すみません。さくらさん。社長には、今日の事を全て報告致します。宜しいですね?」
「あぁ、構わないよ。だけど報告は、あの子にだけだよ」
「わかってます」
江藤はさくらに頭を下げると、再び進行役に戻る。
「さて、彼らの事情を、知らない方が多いでしょう。先ずは、詳しい事情をどなたか、ご説明下さい。その後、直近の問題を洗い出し、対処方法を検討しましょう」
「説明は、わたしからしよう」
江藤の説明要求に手を挙げたのは、三笠であった。そして、昼間にクミルから聞いた事を、全て三笠は話して聞かせた。
しかしその内容は、直ぐには信じ難く、荒唐無稽と思える。事情を知らない他の住民達は、昼間の三笠同様に、怪訝な表情を浮かべていた。
議場の雰囲気は、やや重くなる。
「信じられないのも、無理はない」
「いや、先生。疑ってるとかじゃねぇんだよ」
「うん? よくわからんな、郷善」
「だからよぉ。常識が違い過ぎて、理解が追い付かねぇんだ。あんたらは、よく理解出来たな、こんな話しをよぉ」
映画や物語ではあるまいし、非現実的過ぎる。郷善の意見に、ほとんどの住人が頷いた。
それに拍車をかける様に、孝則が口を開く。
「いや、豪善。お前だけじゃねぇぞ、俺も半分理解出来てるかどうか」
「ったく、あんたらは、揃いも揃って! 孝則、特にあんたは、あの場に居たじゃないか! もう、そういうもんだって、覚えな! 暗記の試験と一緒だよ!」
確かに、理解出来なくても、それが事実なら、そのまま受け止めるしかない。
そしてこれは、ただの説明でしかない。
先程、法に係る問題は、さくらが引き受けると言い切った。それ以外に自分達が関わる問題は、対処方法を考えておかなければなるまい。
「ただなぁ、さくら。これを聞かせても、他の奴らは聞く耳持たねぇぞ!」
「だから、あんたは馬鹿だって言うんだよ、孝則! 外部の人間に、教えてやる必要が何処に有るんだい?」
「待てよさくらぁ。それなら、大学との共同研究はどうなる?」
「やり方を変えな! 大学にだって畑は有るんだ。研修目的の学生を、来させる必要はない。指導なら、向こうに行けばいい。それに、品種改良の実験は、サンプルデータと詳細な工程を提出すれば、終わりだろ?」
郷善の疑問に対し、さくらは即座に答えを出す。周囲からは、どよめきが起きる。
続いて、幾つかのレストランに、直接作物を降ろしている孝道からも、疑問がぶつけられる。
「さくらさん。取引先にも黙っとけって事か? 不義理には、ならないか?」
「ならないよ。聞かれても、黙っときな。向こうが欲しいのは、安全で美味しい野菜だ。自信を持って、それだけ届けりゃいい。こっちの事情を、詳らかにする必要は無いよ。他の卸しも一緒だよ、みんな自分の野菜に自信を持ちな!」
その後、次々にぶつけられる問いに対し、さくらは素早く答えを返す。
そして質問が止まり、さくらが大きく息を吐いた時だった。助役の佐川が、重々しく口を開く。
「あの、さくらさん。実はですね、TVの取材が入ってるんですよ」
「はぁ? 何の取材だい? それは何時だい?」
「取材は明後日です。山瀬さんへの取材です。何でも山菜採りの名人を取材したいとか」
「明後日? 佐川さん。なんで、それを先に言わないんだい! 孝則、幸三、あんたらは知ってたんだろ? そういう事は、先に言いな!」
「悪かった、さくら」
「俺は、忘れてた。すまねぇ」
「いえ。村長達のせいでは有りません。色々ごたついてましたから」
「言い訳は止めな! 取り敢えず、取材は中止の方向で、話しをしな! 無理なら、その日はギイ達を外に出さない」
そこまで話した所で、さくらは会議の終了を提案した。
既に夜も更け、いつもなら寝ているギイとガアは、さくらの膝を枕に寝息を立てている。
疲れているのは、皆も同じだろう。直ぐに提案が受諾され、会議は終了となった。
一早くVRゴーグルを外したさくらは、みのりと共に、ギイ達を寝床に運ぶ。
その後さくらは、スマートフォンを手にすると、とある番号に電話をかけた。数コールすると、相手が出る。
「久しぶりだね」
「そうですね、三年になりますか? お元気そうで何よりです」
「あぁ、元気にしてるよ」
「暢気な田舎暮らしは、どうですか? さくらさんの事ですから、息子さん達を心配している頃だと思うんですけど」
「そりゃあ心配だよ。でも、あの子達なら上手くやるだろうさ」
「そうですか。信頼されていて、羨ましい限りです。所で、今日はどうしたんですか?」
「今日は、あんたに頼みたい事が有ってね」
「私に? さくらさんが? 珍しい事もあるもんだ」
「そんな事はないさ、頼めるのがあんたくらいでね。実はさ……」
そうして、さくらは事情を電話の相手に、これまでの経緯を話し始める。
「さくらさん、流石に信じがたい。でも、あなたは嘘をつく人間じゃない」
「信じてもらえるかい?」
「今すぐにお伺いしたい所ですが、生憎」
「それは、仕方ないさ」
「ただ、TVですか。それにして急ですね。取材は受けた方が良いでしょうけどね。余計な事を勘繰られても、困りますから」
「一応、やり過ごすつもりだよ」
「いずれ時期を見て、そちらに伺います。緊急の場合は、電話で」
「あぁ、頼んだよ。阿沼さん」
そして孝則は江藤に連絡し、予備のVRゴーグルを三つ用意する様に指示をする。そして、一つは病院に、二つはさくらの自宅へ、本日中に届ける事も重ねて指示をした。
そして、孝則の指示通り、予備のVRゴーグルが届けられる。
しかしさくらは、会議開始の直前まで、ギイ達を参加させるか否かを迷っていた。
今回の会議では、不用意な発言に、ギイ達が心を痛める事が有るかもしれない。それを危惧したのだ。
「姉さん。ううん、さくらさん。大丈夫ですよ、うちの人も先生も、それに豪善さんも、みんなみんな、さくらさんの味方ですから」
「そうだね、みのり。全員が味方だ。それに、あいつ等は最善の決断をしてくれる。だから大丈夫、大丈夫なんだ。信じればいい。それにあたしは、守り通すと決めたんだ。だから、絶対にこの子達を守る!」
心配は有る。それ以上にさくらは、信川村の住人達を信じた。
予備のVRゴーグルをギイ達の頭につけて、スイッチを入れる。そして、自らもVRゴーグルを装着し、スイッチを入れる。居間が会議場に変わる。
幾つかのアバターが見える、そして小さな手が自分を掴んでいるの感じる。
自分達は、居間でさくらの隣に座っている、その感覚も確かに有る。だが、目に飛び込んでくるのは、居間とは異なる空間である。
怖い。ギイ達が、そんな感覚を覚えてもおかしくは無い。
さくらは、ギイ達をしっかりと抱きしめる。
ギイ達は、さくらの体温を感じて安心したのだろう。不安そうに体を縮こませていた小さなアバターは、さくらのアバターを見上げる様にして呟いた。
「ギャアギャ」
「ガアガ」
「心配しなくてもいい。ばあちゃんがついてるからね」
「ギイちゃん、ガアちゃん。わたしも居ますからね」
「ギギギ」
「ガガガ」
さくらとみのりは、ギイ達を会議用の円卓へ連れていく。席に着くと、背後から聞きなれた声が届く。
「なんだ? ギイとガアか? 誰かと思ったぞ」
「ギギ?」
「ガガ?」
「アバターだっけか? 俺達のとは、作りが違うのか? お前達の顔は、のっぺりしてんな。表情が読めないのは、俺達のも同じだけどな」
「孝道。ギイ達のアバターは、急ごしらえだったしね。仕方ないよ」
各人が使うアバターは、本人の写真を元に作り上げられている。ただし、表情を豊かに再現する仕組みは、加えていない。
アバターを使用して会話する事に、慣れきっていない住民も多いのだ。必ずしも、情報量を豊かにすれば、適応出来るという訳ではない。
少し周囲を見渡せば、貞江の姿が見える。横に立つのは、クミルのアバターだろう。ギイ達程ではないが、クミルも驚いている。
その証拠に、キョロキョロと忙しなく首を動かし、自分の体や周囲を見渡しているのがわかる。
そんなクミルの手を引き、貞江は席に着く。
「さくら、さん?」
「あぁ、そうだよ。よろしく頼むね、クミル」
「わかりま。あぁ、ちが。かしこありました」
さくらとみのりを挟んで、ギイ達が座る。さくら貞江を挟むようにして、クミルが座る。また、貞江の隣には孝道が座り、孝道の隣には遅れて入った孝則と三笠が陣取った。
そして進行役を江藤と助役の佐川を挟み、他の住人達が席に着く。
江藤から見れば、わかり易いだろう。自分を中心に、勢力が二つに分かれた格好になったのだから。
ただ、いつもの会議とは、雰囲気が違った。住人達は、この会議で結論が出ると確信している。
少し、ピリリとした雰囲気を感じ、ギイ達はさくらに抱きつく力を強める。クミルも、ややオドオドとし、落ち着かない様子を見せている。
いつもなら江藤の言葉で、会議はスタートする。しかし今回は、江藤が話し始める前に、郷善が口火を切った。
「会議の前に言っておくぞ!」
「なんだ郷善。藪から棒に!」
「先生は黙ってろ! 俺はさくらに言ってるんだ!」
「おい! そんな言い方!」
「待ちなよ郷善! 先生には謝りな! それと、言いたい事が有るなら、早く言いな! 時間は、限りが有るんだよ!」
さくらの言葉で、ハッとした様に、郷善は三笠に向かって頭を下げる。三笠は、気にするなと言わんばかりに、手を軽く振った。
だが、そこからの郷善は、怒涛の勢いでさくらに詰め寄った
「最初の会議で、俺は譲歩したつもりだ。確かに、ガキ共の事情は聞いた方が良い、それには納得したつもりだ。それにこの二週間、先生とさくら、それに貞江が、色々頑張ってきたのも知っている。だが、そんな事は関係ねぇんだよ!」
「何が言いたいんだい? 奥歯に物が挟まった言い方は、あんたらしくないね」
「さくら。お前の目的は何だ? 言ってみろ!」
「目的って何の事だい?」
「お前は、この村を次の世代に託すために、色々頑張って来たんだろ? 俺達が、先祖から受け継いだこの村を、残す為によぉ! だから俺達は、お前に協力してきた。お前に感謝もしている。だけどよぉ、今お前がしようとしてる事は、その目的をぶっ壊す事にならねぇのか? 物には順序ってものが、必要だ! 途中の過程をすっ飛ばせば、結果は出ねぇ。出せたとしても、そりゃ中身がスッカスカの、紛いもんだぁ! そうじゃねぇのか?」
強く荒々しい口調で、郷善が糾弾したにも関わらずに、さくらは思わず笑いだしていた。その様子に、周囲は呆気に取られる。それは、糾弾していた郷善でさえも。
郷善は、全部理解していて、ギイ達を含めた村全体の事を考えている。
それがわかって、嬉しかった。だから緊張感も何も、全てさくらの中から吹っ飛んで、笑いがこみ上げた。
笑いが納まった後、少し呼吸を落ち着ける様にしてから、さくらは静かに口を開く。
「なんだ。あんたは、そんな事を心配してくれてたのかい? 嬉しいじゃないか」
「さくらぁ、暢気に言ってる場合なのか?」
「暢気に言ってる場合だよ。あたしを誰だと思っているんだい? どんな世界でしのぎを削って来たか、知らない訳じゃ無いだろ?」
「そりゃ、多少はなぁ」
「有難いけど、無用な心配だよ。色々と難しい事は、あたしに任せて起きな!」
「具体的には、どうするってんだ?」
「今は言えないよ。ただ、あたしにも居るんだよ、悪友ってのがね。こんな事が無ければ、借りない力がね」
さくらの事情は、みのりから聞かされている。
未だに経済界には、さくらの言葉一つで動く者が多い。そして政界にも知人が少なくない。
そんなさくらが吐く言葉なのだ、説得力も並大抵では無かろう。
「ったく、郷善。てめぇは、俺の役割を奪うんじゃねぇ!」
「仕方ねぇだろ、孝則! 今回のてめぇは、そっちに肩入れし過ぎだぁ! いつもの、てめぇは何処に行きやがった! まぁ……、わからねぇでもねぇけどよ」
「何にしても、納得したんならいい。それと、会議の前にもう一つ、やる事が有る。クミル、立て! お前の口から、ちゃんと頼め!」
孝則の言葉に応じて、クミルが立ち上がる。それを見たさくらは、ギイ達を立ち上がらせ、自らも立ち上がった。
ギイとガアは、立たされた理由を理解しておらず、キョトンとしている。
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そしてクミルは、たどたどしい日本語で、話し始める。
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これだけで、充分なのだ。
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それに、政府に預けた後、クミルはどうなる?
クミルには、強制送還させる国がない。物理的に強制送還が不可能の場合、政府はクミルをどの様に扱う?
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ギイとガアはどうなる?
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一時でも、この村に居たのだ。無下には出来まい。
帰れないから、迷惑になるから、放り出すのか? そんな事は、村の誰もが選択出来ない。
ならば、留まる意志を問いたい。
これは覚悟の問題だ。
クミル、ギイ、ガア、それぞに事情が有るだろう。辛い思いをしただろう、これからもするだろう。だが、そんな事情よりも、今どうしたいかが重要なんだ。
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そして、郷善が立ち上がる。
「頭を上げろ。お前達の滞在を、俺は認める」
その言葉が引き金となった。三堂正一、山瀬幸三、三島洋二、ヘンゲル・ライカが、次々に口を開く。
「全部納得した訳じゃないけど、仕方ないな」
「仕方ねぇだろうよ。守るべきは、己の正義ってこった」
「せっかく助けたんだから、命を無駄にする事は、したくないな」
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男性陣が、言葉で同意を示した後、女性陣は全員が拍手をして、同意を示した。
そして、ようやく話し合いの始まりが、江藤から告げられる。
「では、皆さん。クミルさん、ギイさん、ガアさん。この三名が、信川村で滞在を続ける事になりました。全員賛成で、間違いは有りませんね?」
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「わかってます」
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「説明は、わたしからしよう」
江藤の説明要求に手を挙げたのは、三笠であった。そして、昼間にクミルから聞いた事を、全て三笠は話して聞かせた。
しかしその内容は、直ぐには信じ難く、荒唐無稽と思える。事情を知らない他の住民達は、昼間の三笠同様に、怪訝な表情を浮かべていた。
議場の雰囲気は、やや重くなる。
「信じられないのも、無理はない」
「いや、先生。疑ってるとかじゃねぇんだよ」
「うん? よくわからんな、郷善」
「だからよぉ。常識が違い過ぎて、理解が追い付かねぇんだ。あんたらは、よく理解出来たな、こんな話しをよぉ」
映画や物語ではあるまいし、非現実的過ぎる。郷善の意見に、ほとんどの住人が頷いた。
それに拍車をかける様に、孝則が口を開く。
「いや、豪善。お前だけじゃねぇぞ、俺も半分理解出来てるかどうか」
「ったく、あんたらは、揃いも揃って! 孝則、特にあんたは、あの場に居たじゃないか! もう、そういうもんだって、覚えな! 暗記の試験と一緒だよ!」
確かに、理解出来なくても、それが事実なら、そのまま受け止めるしかない。
そしてこれは、ただの説明でしかない。
先程、法に係る問題は、さくらが引き受けると言い切った。それ以外に自分達が関わる問題は、対処方法を考えておかなければなるまい。
「ただなぁ、さくら。これを聞かせても、他の奴らは聞く耳持たねぇぞ!」
「だから、あんたは馬鹿だって言うんだよ、孝則! 外部の人間に、教えてやる必要が何処に有るんだい?」
「待てよさくらぁ。それなら、大学との共同研究はどうなる?」
「やり方を変えな! 大学にだって畑は有るんだ。研修目的の学生を、来させる必要はない。指導なら、向こうに行けばいい。それに、品種改良の実験は、サンプルデータと詳細な工程を提出すれば、終わりだろ?」
郷善の疑問に対し、さくらは即座に答えを出す。周囲からは、どよめきが起きる。
続いて、幾つかのレストランに、直接作物を降ろしている孝道からも、疑問がぶつけられる。
「さくらさん。取引先にも黙っとけって事か? 不義理には、ならないか?」
「ならないよ。聞かれても、黙っときな。向こうが欲しいのは、安全で美味しい野菜だ。自信を持って、それだけ届けりゃいい。こっちの事情を、詳らかにする必要は無いよ。他の卸しも一緒だよ、みんな自分の野菜に自信を持ちな!」
その後、次々にぶつけられる問いに対し、さくらは素早く答えを返す。
そして質問が止まり、さくらが大きく息を吐いた時だった。助役の佐川が、重々しく口を開く。
「あの、さくらさん。実はですね、TVの取材が入ってるんですよ」
「はぁ? 何の取材だい? それは何時だい?」
「取材は明後日です。山瀬さんへの取材です。何でも山菜採りの名人を取材したいとか」
「明後日? 佐川さん。なんで、それを先に言わないんだい! 孝則、幸三、あんたらは知ってたんだろ? そういう事は、先に言いな!」
「悪かった、さくら」
「俺は、忘れてた。すまねぇ」
「いえ。村長達のせいでは有りません。色々ごたついてましたから」
「言い訳は止めな! 取り敢えず、取材は中止の方向で、話しをしな! 無理なら、その日はギイ達を外に出さない」
そこまで話した所で、さくらは会議の終了を提案した。
既に夜も更け、いつもなら寝ているギイとガアは、さくらの膝を枕に寝息を立てている。
疲れているのは、皆も同じだろう。直ぐに提案が受諾され、会議は終了となった。
一早くVRゴーグルを外したさくらは、みのりと共に、ギイ達を寝床に運ぶ。
その後さくらは、スマートフォンを手にすると、とある番号に電話をかけた。数コールすると、相手が出る。
「久しぶりだね」
「そうですね、三年になりますか? お元気そうで何よりです」
「あぁ、元気にしてるよ」
「暢気な田舎暮らしは、どうですか? さくらさんの事ですから、息子さん達を心配している頃だと思うんですけど」
「そりゃあ心配だよ。でも、あの子達なら上手くやるだろうさ」
「そうですか。信頼されていて、羨ましい限りです。所で、今日はどうしたんですか?」
「今日は、あんたに頼みたい事が有ってね」
「私に? さくらさんが? 珍しい事もあるもんだ」
「そんな事はないさ、頼めるのがあんたくらいでね。実はさ……」
そうして、さくらは事情を電話の相手に、これまでの経緯を話し始める。
「さくらさん、流石に信じがたい。でも、あなたは嘘をつく人間じゃない」
「信じてもらえるかい?」
「今すぐにお伺いしたい所ですが、生憎」
「それは、仕方ないさ」
「ただ、TVですか。それにして急ですね。取材は受けた方が良いでしょうけどね。余計な事を勘繰られても、困りますから」
「一応、やり過ごすつもりだよ」
「いずれ時期を見て、そちらに伺います。緊急の場合は、電話で」
「あぁ、頼んだよ。阿沼さん」
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ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!!
そんな数奇な運命をたどる女性の物語。
いざ開幕!!

隣の古道具屋さん
雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。
幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。
そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。
修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
大衆娯楽
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
※7月22日第2章完結。
※カクヨムにも投稿しています。

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