妖精さん達と暮らそう 改訂版

東郷 珠

文字の大きさ
上 下
23 / 39

運動の妖精さん

しおりを挟む
 胸の奥に重たい痛みを感じ、アンバーはメイドに微笑みかけた。

「今日はもう休むわね。明日からまたお願い」
「はい、奥様。シシィめは誠心誠意お仕え致しますので、どうぞお側に置いてください」

 シシィはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、これ以上アンバーに無理をさせるのも良くないと思ったのだろう。
 ワゴンを寝室の隅に控えさせ、シシィはそのまま寝室を出て行った。

 気持ちを落ち着かせるというカモミールティーを飲んでも、アンバーの沈痛な表情は晴れない。
 やがて続き部屋の方から気配がし、寝る格好をしたヴォルフがやって来た。

「少しは落ち着いたか?」

 アンバーの隣に座った彼から、石鹸の匂いがする。

「はい、色々申し訳ございませんでした」

 ティーカップをベッドサイドに置き、アンバーはクッションに背中を預けた。ヴォルフも同様の姿勢になり、二人は天蓋の中を何とはなしに見やる。

「君は……、危険に頭を突っ込むかもしれないと知っていながら、関わりたいと思うのか? 悪いが君は何の訓練も受けていない女性だ。いざという時、恐怖に身が竦んで何もできないだろう。そうならないように、俺は安全な城にいて欲しいと思っていただけだったんだが……」

 ヴォルフが話を切り出し、アンバーの手を静かに握る。

「自分が原因かもしれないのに、人任せにして自分だけぬくぬくと安全地帯にいるのは嫌です。私には意思があります。自分を狙う人がいるなら何者かを知りたいし、あなたやシシィたち、そして領地の家族や民を襲うかもしれない者を放っておけません」

 きっぱりとしたいらえに、ヴォルフは静かに息をついた。
 少し間を置いてから、彼はアンバーが狙われている理由を話してくれる。

「……君が裏オークションに出品された経緯には、二つの悪意があった。一つは君を襲った山賊の類い。そいつらに襲われ、君はあそこに売り飛ばされたのだろう」
「ええ。嫁ぐ途中だったのですが、侍女や荷馬車共々襲われて……他の者たちはどうなったのか分かりません」

 ギュッと拳を握れば、その上からヴォルフが優しく手を包んでくれる。

「安心しろ。ああいう輩は馬車に乗っている貴人しか狙わない。侍女は恐らくどこかで生き延びているだろう」

 殺されていなければ……という言葉を、ヴォルフは口にしなかった。アンバーもそれは分かっており、彼の気遣いに感謝する。

「ありがとうございます。それでもう一つの悪意というのは?」
「……最近この近隣で誘拐事件が頻発しているのは、国境の領地にいた君なら聞き及んでいたのではと思う」

「ええ。大規模な犯罪組織のようで、周辺国も力を合わせて解決に臨んでいますが、いまだ具体的な打開策を練れていないと……。私の知っているアルフォード王国の令嬢の中にも、不幸にも姿を消してしまった方もいらっしゃいます。主に貴族の令嬢が狙われ、どこに消えたのか分からないと……」

 自分もその『消えた令嬢』なのだが、アンバーはごく冷静に言う。

「俺はその犯罪組織を、王命で追っている。うちの公爵家は代々軍や警察の仕事を統括していて、今は俺がその頂点にいる。まぁ、元帥というやつだ」
「元帥閣下……。……だからお部屋に怖そうな武器があったのですね?」

 彼の立場に軽く驚きつつも、アンバーは彼の部屋で目にした物を思い出す。
 ヴォルフの部屋にはインテリアとしての剣が飾ってあったが、その他にも実用しているとしか思えない鞭がホルダーに入っていた。手錠やよくわからない道具もあったし、アンバーは彼が何をしている人なのか分からず不気味だった。
 いつかあの鞭で自分が打たれてしまうのでは……と怯えていたが、やっと合点がいった。

「隠しているつもりはなかったが、確かにアレは誤解を与えても仕方がなかったな」

 ふむ……とヴォルフは顎に手をやり、一人頷く。

「……話は戻るが、その犯罪組織の親玉は、どうやら貴族の中にいるようだ。貴族が貴族を陥れ、売買した令嬢を貴族の慰みものにする。どこかの別荘の地下には、哀れな令嬢が腹を大きくしているかもしれない。また最近、妖しげな薬……女をより感じさせる媚薬や、男の性欲を著しく飛躍させる物。妊娠をさせないための薬など、そういう物も裏で流通しているらしい」

「……そんな……」

 サッとアンバーの顔色が青ざめ、頭に『性奴隷』という言葉が思い浮かぶ。
 少し前まで自分も性奴隷になるかと思っていたが、アンバーを買ったヴォルフはこうして色々な事を話してくれている。彼の愛がどこから始まったものかは分からないが、真剣にアンバーを想っているのも伝わっている。

(私は恵まれている。けれど、姿を消した令嬢の中にはそうでない人もいるのだわ)

 自分はこのままでも、それほど不幸な事にならないだろう。
 仮に公爵であるヴォルフに本気で求められているのだとしたら、これ以上の好機はないと思う。

 だが攫われた令嬢たちは、明日の我が身がどうなるかすら分からず怯えているだろう。

「人身売買は人の権利を侵した犯罪だ。孕まされた令嬢は庶子を産み、それが将来的に貴族の爵位継承や財産分与などを乱す、不和の種となる可能性もある。あらゆる視点から、我々はこの犯罪を阻止しなければいけない」

 前を向いたままキッパリと告げるヴォルフは、声すらも誇り高い。

「……それ程まで人身売買を憎く思っているあなたが、どうして見知らぬ私を買ったのです?」

 揚げ足を取るつもりはない。だが素朴な疑問だった。
 自分がなぜ、ヴォルフのような見た目もよく爵位もある人に、突然愛されるのか理由が分からない。それがアンバーが抱えている不安の根底だ。

 質問をされたヴォルフはアンバーを見て、困ったように微笑む。

「今はまだ言えない。だが……そうだな。俺は君に恩返しをしたいんだ」
「恩返し……?」

 きょと、と目を瞬かせるが、アンバーには何の思い当たりもない。

「だって私、ヴォルフ様と初対面ですよ? 恩返しも何も……」
「ああ、そうだな」

 分かっていると穏やかに微笑みつつ、ヴォルフはアンバーを抱き寄せた。額にキスをし、形のいい耳を軽く食む。

「それでも俺は、君にとても感謝しているんだ。君が不憫だから買ったのではない。アンバーという一人の女性を救いたくて、俺は自分の立場も忘れ君を買ってしまった」

 じわ……と胸が温かくなり、涙ぐみそうになる。

「もう私、愚かな真似は致しません。ヴォルフ様やこの城の人を信じます。二度とあのような真似を致しませんから、……お許しください」

 目の前のヴォルフが、心の底からアンバーという一個人を想ってくれているのは、ちゃんと理解した。

「本当に……何と言う事をしてしまったのでしょう。肩を怪我されてしまったのですよね? 私のために申し訳ございません」

 ヴォルフの肩にそっと手を這わせるが、ガウンに隠れていて患部がどうなっているか分からない。シシィが打撲と言っていたから、きっと色が変わるぐらいはしているのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

てのひらは君のため

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)
児童書・童話
あまりの暑さで熱中症になりかけていた深森真白に、美少年が声をかけてきた。 彼は同じ中学に通う一つ年下の男子、成瀬漣里。 無口、無表情、無愛想。 三拍子そろった彼は入学早々、上級生を殴った不良として有名だった。 てっきり怖い人かと思いきや、不良を殴ったのはイジメを止めるためだったらしい。 話してみると、本当の彼は照れ屋で可愛かった。 交流を深めていくうちに、真白はどんどん漣里に惹かれていく。 でも、周囲に不良と誤解されている彼との恋は前途多難な様子で…?

黒地蔵

紫音
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

魔法少女はまだ翔べない

東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます! 中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。 キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。 駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。 そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。 果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも? 表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

しずかのうみで

村井なお
児童書・童話
小学五年生の双子姉弟がつむぐ神道系ファンタジー。 春休みの始まる前の日、息長しずかは神気を見る力に目覚めた。 しずかは双子の弟・のどかと二人、琵琶湖のほとりに立つ姫神神社へと連れて行かれる。 そして叔母・息長みちるのもと、二人は神仕えとしての修行を始めることになるのだった。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

処理中です...